ちくちくの記

2007年:

4月


2007年4月29日

暖かかったり寒かったりが続くせいなのか、今年の我が家の桜は花が長い。一度にぱっと咲いてあっと
いう間に散るのではなく、じわじわと咲いてじわじわと散る感じである。今もばらばらと散らす感じで
花が咲いている。風が吹くとほんの少しひらひらと花びらが舞う。花吹雪なんて言葉とはまったく無縁
の散り方である。
これはこれで花を楽しむことができていいのだけれど、何だか妙な感じ。


2007年4月23日

地方選挙が終わった。わたしの親しくしている人は今回は出ないとの事で、さて誰にしたものかと迷っ
てしまった。考えたら選挙のときは声を聞くけど後の期間は全く見たことがない人が殆ど。議会の報告
を読んでも一度も質問した気配もない人がいるし、果てどうなってるのであろうかと首を傾げてしまう。
投票日の前日に、ある立候補者から電話がかかってきた。選挙公報で見たことがある程度で全く見ず知
らずの人である。四年前はお世話になりましてと言うので、思わず、わたしはあなたを存じませんしお
世話した覚えもございませんので、と返事をしてしまったら、電話の向こうで少々うろたえている気配
が伝わってきた。わたしのような反応って少ないのであろうか。
まあ何はともあれ、スピーカーによる連呼は終了。少しは静かになるのかなあ。
でも、これからは海岸がうるさくなる。バリバリ音を立てるバイクや車、カーキ色の街宣車、等々。な
んともはやである。

どうやらまた整理の虫が動き始めたようで、あちこちがたがたと弄っている。去年の春のような大々的
な整理ではないけど、日ごろ気になってる箇所をぼちぼちと片付けている。
手始めはステッチ物。刺しかけやこれから刺すつもりで準備したものや準備中の物が入り混じっていて
自分でも収拾がつかなくなりつつある状態。誰かの言ってた刺しかけボックスを真似て、刺しかけのみ
を入れる籠と、準備中と準備済みを入れる箱を用意して分けてみた。
ほんのちょっと刺してみたけどやっぱりやーめたとなっているフリーチャートは潔くほどく。フレーム
に張ったままの布も幾つかは丸枠を使うことにして外し、糸やチャートと一緒にひとつの袋に入れて刺
しかけ入れへ直行。あちこちに入れてあった糸も本来の場所に片付ける。たったそれだけのことなのに、
何だか妙にすっきり。
片付けながら、色々増えたなあと思う。ステッチ関連は当分何も買わなくとも十分。というよりも、あ
り過ぎると言うほうが正しい。生き物と違って自然増殖するわけはないから、全て自分で増やしたはず
のもの。なのに、何でこんなに増えるんだろうと妙に不思議な気がする。増やさずにおこうと思っても、
ぽちっ!の誘惑に打ち勝つのは中々難しい。
そんなことはさておき、一昨日は空き缶や空き瓶。それなりに使い道があって取ってあるものや形の面
白さや可愛さに惹かれて何となく取ってあるものなど、結構な数が溜まってしまった。置き場所と決め
たところから溢れ始めているので、少し処分。
片付け始めてみると、以前は重宝に使っていたのに、この頃使いにくいと感じるものもあれば、絶対こ
れは手放せないと思うものもあって、感じ方の変化に驚いてしまう。そして同じような瓶でも微妙に口
径や深さが違って面白い。ずらりと並べたところはまるで雑貨屋さんの瓶コーナー。そういえばこれと
同じようなものを結構な値段で売ってたなあと思う。
蓋が閉まりにくくなってたり錆びたりしてるもの、絶対使わないと思うもの、数が多すぎるものを撥ね
出して行く。どうしようかと処分を迷うものは残す。結局、当初の予定より大幅に数を減らして所定の
場所に納め、かなりすっきり。
そして昨日は食器棚。たまたま、もう使わないで眠っている食器や頂いたものの我が家では使わない食
器を貰ってくださる方が現れ、小さな箱一杯分の食器が棚から姿を消した。ついでだからと食器棚の掃
除をして食器の置き方を変えてみた。
食器の絶対量が減ったから棚にも余裕が出来、取り出しにくくなってた物が使いやすくなった。何とな
く置き場所がなくて、棚を整理したら箱から出して使おうと思っていた頂き物の皿も、きちんと指定席
が出来て表舞台に登場。その上、しまいこんだまま忘れている物や、確かあったはずと探していた物が
出てきたり、と思わぬ副産物も幾つか。
さて次は何が整理の対象になるのかなあ。


2007年4月20日

今刺しているステッチは白糸を使う部分が結構ある。それも枠取りだから殆どが細い幅でべたに刺して
いく。アイボリーに白だから余計に見難いのかもしれないけれど、刺してるうちに布の織り目を数える
のが段々苦痛になってくる。
そして、何とか刺し終わって見直すと、いくら何でもこれはないよなあと思うほど汚い針目の部分があ
ったりする。全部が全部汚い針目ではないだけに、その汚さがやけに目立つ。揃っているところは、光
線の加減によっては自分でも惚れ惚れと見とれたりするほどきれいだったりするから余計に。
今朝も、ようやく枠取りが全部つながってやれやれと思ったのに、いくら何でもこの針目ではと思う部
分を見つけて刺し直し。この白糸の部分をほどいて刺し直すのはこれで何回目であろうか。少なくとも
数回は刺し直している気がする。
これでは白糸刺繍、というか布と糸が同じ色の刺繍はわたしには鬼門かもしれない。実を言うと、布と
糸を同じ色にして刺してみたいものがある。布も糸も手持ちのもので間に合いそうだからやってみよう
かなとの気持ちになりつつあるのだけれど、果してうまく行くのであろうか。ちょっともう一度考えて
みたほうがいいかもしれない。
そんなことはさておき、今刺してるステッチは何とか先が見えてきた。今月中には完成させることが出
来るかなあ。そうなると気の早い私のこと。次は何を刺そうかと色んな思いが駆け巡り始める。一応刺
しかけのうちのどれかをと思っている。
でもねえ、新しいものを始めたいと言う気持ちも、むくむくと頭を持ち上げてきている。候補も幾つか
あって、キットや一式準備済みのものを引っ張り出して見比べたりしている。さてこの結末、如何相成
りますことか。


2007年4月13日

久々に時代小説に嵌ってしまった。元々好きなジャンルではあるけれど、ここしばらくはこれと思う物
がなくて殆ど読んでいない。一応気になるから、時々チェックはしてみるものの、アンテナに引っ掛か
ってくるものがない。最近はわずかに畑中恵の「しゃばけ」に始まる連作程度。これだって、時代小説
というよりあやしの世界の話。
それが三日ほど前に、何気なく覗いた本屋の文庫本棚に妙に気になる本がある。背表紙を見ただけで別
に中を読んだわけではないけど、本がおいでおいでと言ってる感じがする。本屋へ寄った目的は別の本
だったので素通りして別の棚に向かったものの、何だか気になって仕方がない。
結局探し物を見つけた後に件の本棚の前に逆戻り。手にとってぱらぱらと拾い読みをして、もう一度最
初の部分を読み始めたら止まらなくなってしまった。何がそんなにひきつけるのか良くわからないのだ
けれど、とにかく続きが読みたい。
そんなわけで買って帰って読み始めたら止まらなくなって、その晩のうちに読み終えてしまった。その
上、読んだ本が面白かったときの常で、気になった場面をもう一度拾い読みまでしてしまう。この小説
はシリーズ物。取り敢えずと第一巻のみを買ってきて読んだから、翌日には次の巻を早速購入。今度は
少しゆっくり時間を掛けて読むつもりだったのに気がつけばもう二冊目が終わろうとしている。
そして昨日、読み終わって途切れるのが嫌だからと続きを二冊買ってしまった。それも本屋を三軒はし
ごして探す始末。一体何が気に入ったのか自分でも良くわからないけど、続きを読みたくて仕方がない
のは事実。その上どうやらこの作者の別の本にも食指を伸ばしそうな気配。
まあねえ、ジャンル問わず本がおいでおいでと言ってるような気がしたときは大抵こうやって嵌ること
が多いんだけど。それにしても、中も見てないのに本がおいでおいでと言ってるような気がするのは一
体何故なのであろうか。


2007年4月11日

春眠暁を覚えずと言うけれど、本当にそうだなあと思う。とにかく良く眠れる。眠くてたまらないわけ
ではなく、一度寝たら目が覚めにくいと言う方が当たっているかもしれない。自分でも呆れるほど良く
眠れる。そして、寝る子は育つと言うけれど、今更何が育つのであろうか、などと変なことを考えたり
してしまう。
そんなわけでこの所就寝時間が早い。そうなると幾ら良く眠れると言っても限度があるわけで必然的に
起床時間も早くなる。わたしの場合、目が覚めても周りが暗ければまたおねんねとなるのだけれど、こ
の頃日が上るのが早いから、結局そののまま起床となる。
今朝も目が覚めたのは5時半。昨夜寝たのは10時だから睡眠時間は十分足りている。以前だったらど
れだけ起きろと言ったって起きなかった時間だなあと思いつつ起きていくと、つれあいはもう自分で支
度をして食事中。毎度のことながら、早起きだなあと改めて感心してしまう。
そんなことはさておき、早起きするとステッチが進む。他にやることが無い訳ではないけれど別に急ぐ
わけじゃ無しと、朝食後はステッチ三昧。出勤前というのに実に二時間も没頭してしまった。いつもは
半時間か一時間で、大抵は興に乗り始めた頃に出勤時間となって何となく物足りなさを覚えるのだけれ
ど、流石に二時間も刺すと十分と言う気がする。第一、目のほうも疲れてくる。
ここ何日かの早起きのおかげで、現在進行中のステッチが思った以上の進み具合。これって結構いい気
分である。この気持ちが持続すれば、刺しあがるのも早いかな、などと取らぬ狸の皮算用。そして、こ
れが終わったら次はあの刺しかけを、その次は刺しかけと新しいのとどっちにするかな、などと頭の中
では妄想が渦巻いている。さてどうなりますことか。


2007年4月5日

暖かくなったと思ったら急に寒くなったりで、気温の変化が激しい今日この頃。花冷えとはよく言った
もんだと、古の人の言葉に対する感覚に感心してしまう。
そんな気温の変化に敏感に反応して、庭の草花も今年は様子がいつもと違う。えっ、もう咲くの?と言
いたくなるほど早くに咲いてしまった花もあれば、おーいまだ出て来ないのかい?と言いたくなるほど
芽吹きが遅いものもあったりする。等と言いつつもどれもこれも順に花を咲かせ、春の足音は確実に大
きくなっている。
実を言うと、ここ何年か鉢植えの手入れがおろそかになっていて、根詰まりを起こしたり、下草のつも
りだったもののほうが勢いが良かったり、芽が出るまでは何を植えたんだかわからない状態だったりと、
どれもこれも惨憺たる有様。それなのに、季節が来るとちゃんと芽を出し花を咲かせる。捨て育ちと言
うのは逞しくならざるを得ないのであろうか。
等とのんきなことばかりも言っておられず、この所目に付いたものから鉢替えをしている。どれもこれ
も土は一体何処へ行ったの?と言いたくなるほど根が詰まっていたり球根が増えていたりで、これでよ
く花が咲いたなあと感心することしきり。気になっていた鉢の八割ほどは処置完了で、何となくほっと
している。
そして、鉢替えをしながら、何を植えたか忘れている様でもちゃんと覚えていることに自分でもびっく
りであった。でも実を言うと、中に何を植え込んだのか全く記憶の無い物がふたつある。名札もついて
ない単に土が入ってるだけに見える鉢でも、鉢をいじってるうちにそれなりに何が植えてあるかがぼん
やりと思い浮かぶのに、このふたつの鉢だけは思い出せない。
ここへきて、そのふたつの鉢に幾つか芽が出始めた。あるか無きかの小さな芽だけれど、芽の形を見て
ああそうだったとやっと思い出す。
ひとつは花手まり。昨年の秋、いつの間にか他の花に押されて枯れる寸前になっていた株を掘り起こし
て他の鉢に移しておいたもの。それも何かの花が終わった後の鉢に一時避難のつもりで植え込んでその
まま忘れていた。これだけ放って置かれてもちゃんと芽を出すのかと何だかうれしくなる。
もうひとつは原種のチューリップ。これまた昨年の秋植え込んだもの。割れてしまった鉢の代わりを買
いに行ったとき、店先に大量に並んでいた球根を無視できなくて手間要らずで丈夫のうたい文句につい
つい手を出してしまったもの。チューリップらしからぬ花の形にも惹かれたような記憶があるけど、色
までは思い出せない。さていつどんな花が咲くのであろうか。

鉢の花と同じく、ステッチ物も何となく根詰まりを起こし始めている。あっちにチャート、こっちにキ
ット、あそこの隅に刺しかけ、その引き出しに布地、あの箱に刺しっぱなし、この箱に全て揃った出番
待ち、等々。どれもこれも満杯でこれ以上入らないよと悲鳴を上げ始めている。
鉢植えと違って自然増殖はあり得ないから、間違いなく自分で増やしたもの。でもねえ、自分で認識し
ている以上に増えている気がしてならないのは何故だろう。あちこちに分散しているから、全体量を把
握しきれていないってことなのかもしれない。
やっぱり視覚に訴えて自分自身にはっきり在庫を認識させるために、どこかへ集めないといけないのか
なあ。


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