ちくちくの記
2008年: 1月
2008年1月30日 お手手の具合は一進一退。具合の悪いほうはなるべく使わないようにとのことで、可能な限り左手でマ ウスを操作しキーボードをたたいている。速度は落ちるけれどそんなに不自由な感じもしない。ゆっく り確実に入力するからキーインミスによるやり直しが少なくなったような気もしないではない。 もっともこれは、ツールを使ったり、決められた文書を作ったり、メールを開いて読むときのみの話。 考えていることを文章にしたり、急いで文書を作ったり、表操作をしたりするには、左手だけではまど ろっこしくてかなわない。 そしていつもよりゆっくりペースで入力しながら、普段如何にせっかちにキーをたたいていたかを思い 知る。何しろカタカタとキーを操作する音の速さが全く違う。入力しても中々次の動作に行かなくてマ シンの反応が遅いとイラつくことが結構あったのに、そんなことは全く無い。 うーん、せっかちになっても碌なことはないのだからゆっくり行こう、等といってるくせに自分自身が かなりせっかちだったのね、と改めて思い知ってしまった。手の具合が良くなったら少しゆっくり目で、 なーんて思っているけれど、喉元過ぎれば何とやらでまたせっかちにカタカタとやるんだろうな。
2008年1月28日 ちょっとばかりお手手の具合が良くなくて、キーボード入力に時間がかかる。この週末、このままでは ちょっとまずいとお医者さんへ行ってきた。お医者さんと言っても接骨医でスポーツドクターもやって るところ。以前、首の捻挫で通って以来だから何年振りであろうか。 余談だけど、首も捻挫になるのだ。皆様お気をつけあれってところ。わたしの場合、うつむいていてひ ょいと顔を上げたら首筋のあたりでくきっと音がして、それがそのまま首の捻挫と相成った。どう動い ても首が痛くって布団から起き上がるだけでも一苦労。結局、普通に動けるようになるまで毎日通って 一週間かかった。完治までには更に時間がかかったんだけど。 で、肝心のお手手は、自覚症状のある箇所を少し押されただけで指先から肩までぴきっと痛みが走る。 電気治療をして薬をつけてマッサージ。これもある程度痛みが取れるまでには毎日通って一週間はかか るそうな。これをすると多少は楽かもしれないねと示されたのがテニスひじ用のサポータ。試しにつけ てみたら確かに楽。 特に何をしたわけでもなく、日々の生活を送っていただけなのに、テニスひじ用のサポータ。何だかと っても不思議な気分。聞けばこの頃こういう人は結構多いんだとか。キーボードやマウスに触る度合い が皆様増えているかららしい。日常生活からくる故障と言われてへぇーと妙な気がしてしまった。 海の上のカムデン。これを読んで何を想像するであろうか。実はこれ、今読んでる推理小説の舞台で、 実態は元高級ホテルを改造した、海のそばに建つプライベートビーチまで持つ医療施設付の高級有料老 人ホーム。主人公は70歳代との設定で、このホームの入居者である二人の未亡人。 事件の謎解きの合間に二人の主人公も含むホームの入居者の日常がさりげなく語られるのだけれど、そ の語り口が素晴らしい。食堂のメニュー、個々人が抱える持病や過去の諸々、老いていく様々な姿、身 につけるものの描写、部屋のしつらい、年老いた人たちに係る様々な職種と年齢の人たち、等々。見る 角度を変えたらかなり悲惨で無残な姿や日常が、淡々と、さらりさらさらと、見事に描きあげられてい る。謎解きの方もそれなりに楽しめるのだけど、バックボーンとして語られるこれらのことの方が、わ たしにはより興味深い。 推理小説を読んでこんな風に感ずるのは初めて。一体何故こんな風に感じてしまうのであろうか。 ちなみに作者はコリン・ホルト・ソーヤー。略歴によれば現在の住まいは高級老人ホームだそうな。 それにしても、小説の狂言回しを勤めるのが70歳代、作者もどうやら同じくらいの年齢とはねえ。こ んな推理小説にお目にかかるのはわたしは初めて。これも世の中が、それも世界規模で、高齢化社会に 進みつつあることの証なのであろうか。
2008年1月22日 何となく気忙しく毎日が過ぎる。特に何かあるわけではない。いつもの如く会社で仕事をし、家へ帰れ ばつれあいと自分の二人分の身の回りのことをするだけ。それも何かにつけてまめなつれあい故、他所 様と比べたら至って手がかからなくて樂な状態。面倒を見なくてはいけない子供や年寄りがいるわけで もないし、これまでにはなかった用事が新しく増えたわけでもない。それなのに何となく気忙しい気持 ちで毎日が過ぎる。 まあねえ、会社の仕事は増えこそすれ減ってはいない。人が減っても補充されるわけではないから、残 った仕事は皆で分担することになる。その結果、多少会社にいる時間は長くなったけど、残業続きと言 うわけでもない。 好きな手仕事をする時間はどうかと言えば、そんなに減った感じもない。本を読むのも相変わらずのペ ースだし、テレビも結構見てるし、パソコンでゲームをしたりする時間もある。三度の食事に掃除洗濯、 家の中の細々なども、これまでとペースが変わっているわけでもないような気がする。にも拘らず、な ぜか気忙しい。何でかねえ。
2008年1月20日 昨秋、いつまでも花が咲き続けるものだから、つい菊をそのままにしておいてしまった。おまけに何だ かばたばたと日々が過ぎ、気がつけば庭には菊の残骸が残ったまま。これではいくらなんでもみすぼら しすぎるとやっと重い御輿を上げて庭仕事。 作業を始めてみるとあっちもこっちも気になるところばかり。 立ち枯れたままの菊を切り、のびすぎたピラカンサや榊の枝をつめ、あちこちに積もったままの落ち葉 をかき集め、更に草取り。立ち枯れの菊を切り取るだけのつもりが大仕事になってしまう。とは言うも のの気になっていたことなので全て片付いて庭も気持ちもすっきり。これでしばらくは気持ちよく過ご せるかな。 草取りをしていて気づいたのがあちこちから出ている木の芽。特にやつでは何でこんなに沢山と呆れる ほど出ている。その次に多いのが万両。千両は全く出てこないのに万両ばかり何でこんなに沢山出てく るのであろうか。他にもヒイラギやらアオキやら、びっくりするほどの量。狭い庭ゆえ全て引っこ抜く しか仕方がないのだけれど、せっかく芽吹いたのにと思うと何だかかわいそうになってしまう。 その罪滅ぼしと言うわけでもないのだけれど、買い物に出た先で売れ残りの球根を見つけ思わず買い込 んで帰宅。これ以上鉢を増やさないつもりでいたのに、3鉢も増やしてしまった。植えた時期が遅いか らまともに花が咲いてくれるか少々不安なれど、何だか楽しみでもある。
2008年1月18日 久々にと言うほどでもないけど、編み針を買いました。靴下用の細い短い竹の編み針です。前々から使 っている竹の編み針が軒並み曲がって、何をどうやっても元に戻らなくなってしまったのです。実を言 うと昨年少し買い足したのですけど、買い足した後も別の編み針が曲がってしまって使いにくくて困っ ていました。同じ号数の金属の針ならば在庫があるのですが、すべりが良すぎて針がすっぽ抜けること が多くて往生してしまうんです。そんなわけでまたも編み針買い足しとなってしまった次第。 これだけ立て続けに針が曲がると、何でだろうと不思議になります。だって曲がるのは比較的新しい編 み針ばかり。新しいといってもどの針も買ってから数年は経っているんですけど。 でもねえ、母から譲り受けたり、社会人になったばかりのころ買ったりした古いあめ色になったものは、 同じように使っているのに曲がらないんです。もっとも、古いのと新しいのは号数が全く同じわけでは ないから使う頻度が全く同じと言うわけではないので一概に言い切れるわけではないのですが。 細い針だから折れやすいし曲がりやすいと言うのはわかっているつもりです。でもこれだけはっきり違 いが出ると何でかなあと思ってしまいます。メーカーによるのかなあと思ったりもするけど入れてあっ た袋を捨ててしまっているので何処のメーカーの針なのかはわかりません。それとも使ってある竹が違 うのでしょうか。作り方が違うのでしょうか。同じ竹でも使う部分によって曲がりやすいものとそうで ないものが出来るのでしょうか。 さて今回新しく手に入れた編み針、あめ色になるまで使うことが出来るのでしょうか。
2008年1月16日 一月ももう半分が過ぎてしまった。何もしないうちに過ぎてしまった気がする。別に何もしてないわけ ではないのに、何でそんな風に思うのかねえ。 なんてことはさておき、今年も恒例のメサイア終了。 年々歳々参加者が増えるのはうれしいのだけれど、裏方ははらはらどきどき。名簿の入力に間違いは無 いであろうか、受付担当者を必要人数確保できるであろうか、予想以上の申し込み人数になったけど当 日のプログラムが足りるであろうか、大人数でのぶっつけ本番はうまくいくであろうか、開場時間より 早く来過ぎる人が多くなければいいが、等々。考え出すときりが無い。 実を言うと裏方のメンバーも直前まで風邪でダウンしていたり、体調が悪くて出られなくなったりした 人がいて、人数的にぎりぎりだったのだ。 でもまあ案ずるより生むがやすしとはよく言ったもので、まずは無事に終了。 不足が心配された当日のプログラムは何とか足りたし、受付係も多過ぎず少な過ぎずでやれやれ。 開場の一時間以上も前と言う極端に早く来てしまう人も相変わらずいたけれど、ほんの数人。極端に早 く開場しないでも済んだ。それでも開場を待つ人の列が長くなりすぎて、予定より10分早く開場せざ るをえなかった。でもまあ、開場一時間前に長蛇の列になり予定より30分以上も早く開場した年もあ ったのだから、由とすべしなのであろう。 ぶっつけ本番の演奏も、オケの人がインフルエンザにかかってダウンで出られなくなり前日に急遽代役 を手配したり、一部途中でオケと合唱がずれたりもしたけれど、最後には何とか辻褄合わせができてや れやれというところ。トータルすれば演奏の出来もまずまずだったのでまるというところか。 さて残すは参加者名簿の整備。次回開催をスムースに行うためにも、気持ちがホットなうちに片付けて しまわなくては。
2008年1月15日 また靴下編みに嵌まりだしました。例年だとテレビをお供に年末年始に何足か編んで、今頃は靴下編み には飽き始めている頃なのですが、この年末年始は珍しく靴下を一足も編まなかったのでその反動でし ょうか。それに、かなり残っていた靴下在庫もほいほいと進呈してしまって、現在残っているのは一足 のみというのもあるのでしょう。 気がつけば目下三足が同時進行中。ひとつは昨年から持ち越しのながーい靴下。もうひとつは糸が足り ない気配なので両足が同時進行中。そして十分糸があるのでいつも通りに編んでるものがひとつ。一足 づつ順に仕上げればいいものを、全く気が多いことです。 何足も同時進行になると足りなくなるのが針。曲がって何をどうやってもまっすぐに戻らなくなってし まったのでお払い箱にするつもりだった針も引っ張り出して使っている始末。編みにくいなあと思いつ つ、それでもせっせと編んでる自分に半ば呆れています。 同時進行していると言っても長いもの以外は多分今週中に編みあがることでしょう。本当はながーい靴 下を仕上げるのが一番の課題のはずなんだけど、こちらはなぜかぼちぼちとしか進みません。その上、 頭の中では次にどの毛糸を使って靴下を編もうかなあ等と考え始めています。実を言うと既に次の靴下 用は在庫を漁って準備済み。 この調子ではまたしばらく靴下編みにずぼずぼっと嵌まり込んだままになりそうです。靴下以外の編み かけは、さてどうなるのでしょうねえ。このお正月に子供に編んでと言われたものはぼちぼち進んでい るのでそれなりに仕上がるのでしょうが、他のものはしばらくおねんねして頂くことになるのでしょうか。
2008年1月11日 このところ毎朝お寝坊続きで手仕事が進みません。寝坊といっても毎朝のお楽しみである手仕事ををす るだけの時間が無いと言うだけで出勤時時間には十分余裕があるのですが、何だか忘れ物をしたような 気がしてなりません。 それに、夜は夜とて積みあがったまま放ってあった紙類の整理と、これまた積み上げたままだった本を 読むのに忙しく、針を持つ時間は激減。身近なすぐ手が届くところにやりかけが転がっているのに、気 がつけば手を出さないまま。別にやる気が無いわけではないのに、自分でも一体どうしたことであろう かと驚いています。 そのくせ、頭の中ではあれこれ妄想が膨らむばかり。自分でも呆れるほど様々なことが頭に浮かびきり がないのです。今朝も食べながら思いついたことを忘れないようにとノートを取り出してメモを取って いました。 年に何回かこういう症状が現れるのですが、こういうときは要注意。頭に浮かぶ様々な妄想の実現に必 要な材料がないとわかると買いに走ってしまいやすいのです。闇雲に何でも買い込むわけではないし、 買ったものは殆どの場合ちゃんと使って妄想は実現するのですが、その時期が問題。思い立ったらその ときにで即刻出来上がるものは少なく、どちらかというとかなり長い間構想を暖めたあとで出来上がる ものの方が多いのです。 となると、材料によっては別にそのときに買うこともないし、必然的に買い込んだ材料はおねんね状態。 傍から見たら余剰在庫を抱えているにすぎません。場合によってはやっぱり作るのやーめたってことも あるので、使われないまましまいこまれる材料も出てきます。 今年は、なるべく余計なものを買い込まないで、溜まりこんでる様々な手仕事材料の在庫減らしをした い。そう思っているので、在庫が増えるようなことは避けたいのですが、どこまで自分の妄想を抑える ことが出来るでしょうか。だってもう既に妄想の果てに毛糸を買い込んでしまったのですから。
2008年1月9日 帰りのバスの中で偶然手仕事好きの知人に会いました。彼女は何でも手で縫ってしまう人。ミシンで縫 ったかと見まごうばかりの細かな針目で縫う人です。お互い歌好きで本の虫でもあるので、会えば歌や 本の話になることが多いのですが、今回は縫いもの話で盛り上がりました。 なんでも小学生の娘さんがぬいぐるみ作りに嵌まってしまったとかで、親子で色々縫ってるとのこと。 縫いぐるみって思った以上に詰め物がいるので驚いたと言う彼女に、思わず家にある綿を上げようかと 言ってしまいました。 実は我が家には布団を打ち直したときに余った分や、半纏を解体したときに出てきたものなど、かなり の量の綿が眠っているのです。一部は縫いぐるみを作ると言う人に進呈したし、自己流つづくろいの中 綿に使ったりもしてるのですが、中々無くなってくれません。誰か使ってくれる人がいればいいんだけ どなと常々思っていました。 そんなわけでこれこれこういったものがあるのだけれどと話したら、少し欲しいなとのこと。一部では あるけれどめでたく貰って頂けることになりました。バスで会えるとは限らないので、時間のあるとき にわたしが持参することに決定。 さて忘れないうちに進呈する綿を用意しなければ。どれくらいにしようかなあ。あまり多くても驚くだ ろうから、程々にと思っています。でもその程々が難しい。とにかく鉄は熱いうちに打てというから今 月中には届けたいんですけどねえ。
2008年1月8日 今年は材料を買いすぎない、在庫を減らそう、と年の初めに思ったはずなのに、もう既に掟破り。 何かって言えば、すぐ使う予定も無いのに色と物の良さとお値段に惹かれて毛糸を買ってしまいました。 それもセーター着分。おまけに、年明け早々色目の濃い毛糸でベストを編んでと子供に頼まれ、手持ち 在庫には濃い色の毛糸が無かったのでそれ用の毛糸を既に注文済みなのです。 年明けてまだ10日も経っていないのに既にこの有様。この調子では在庫が減るどころか増えてしまう のかも。用心しなくっちゃ。 実を言うと、このお正月中に体の方にも贅肉と言う余剰在庫が増えてしまいました。こちらも増やさな い、減らす、と思ってる(と言うより減らさなくてはならない)はずなのに、おいしいものの誘惑に負 けてしまったようです。何とか増える前の状態に戻りつつあるのですが、まだ完全に戻ったとは言い難 い状態。 何も今更始まったことではないのだけれど、どうやら今年は様々な面でこれまでより強固に「増やさな い、減らす」と肝に銘じないといけないようです。
2008年1月7日 休みの間は手仕事三昧と思ったのにそうは問屋が卸してくれませんでした。 編み物は一応ぼちぼちと進んだのですが、ステッチは目の前に幾つもあるのに全く手を出さないで終わ ってしまいました。やりかけをひとつは仕上げるぞ!なーんて思っていたのにこの体たらく。そして、 縫い物は、雑巾を何枚かと掛け布団カバーを二枚縫ったにとどまりました。 布団カバーといっても大したものではありません。手持ちの材料を使って作るのが基本なので、大きな 袋を縫って入れ口をボタン止めにしただけの至って簡単なつくりです。面倒なのは布の手持ち在庫をい かに組み合わせるかを考えるくらいでしょうか。それも面倒ではなくお楽しみだったりするんですけど。 それでも大きい布は重いんだなあと改めて実感。直線を縫うだけなのに、ミシンの布送りが結構大変で した。そして、結構大き目のカバーを縫っても思ったほど布地が減らないことに少々がっかりしました。 実を言うと、ここの所殆ど買っていないのに増える一方の布地をどうやったら無駄にせずに減らすこと が出来るかと考えて思いついたのがかなりくたびれてきているカバー類を縫うことでした。クッション カバーや座布団カバー、枕カバーに布団カバーと取り替えたいものは結構あります。というわけで年初 めの掛け布団カバー縫いと相成ったわけです。 でも、今回少なくとも10メートル以上の布地を消費したはずなのに、布地棚は依然満杯。減ったなん て何処の話?といいたくなる状況です。それに、昨秋クッションカバーをかなり縫ったから、トータル すれば結構な量の布を使っているはず。なのに布地棚は満杯のまま。うーん、自分で思っている以上に 布地在庫があるってことなのでしょうかねえ。 まあそんなことはさておき、余りにもおくたびれのカバー類ばかりなので、今年はもう少し縫って取り 替える予定です。カバー類の他にもまだ縫う予定のものが幾つかあるのですが、さて、どれくらいの布 地が消費されるのでしょうか。せめて布地棚一段分程度は空にしたいのですけどねえ。
2008年1月3日 今年も例のごとく駅伝三昧のお正月。箱根駅伝は往路復路共に沿道に出て旗を振ってきました。 毎年見るたびに思うことだけど、ただひたむきに走る姿はなんであんなにすがすがしいのでしょうねえ。 そしてこれもまた毎年思うことなのだけれど、応援する方のお行儀の悪さったら、、、。 今年は特に、大きなのぼり旗を持って応援している大学関係者の行儀の悪さが目に付きました。応援し たい気持ちもわかるし思わず我を忘れてしまうのもわかるけど、それはないでしょうと言いたくなるほ どの行儀の悪さ。一番見通しのいいところに旗を自分の目の前に並べてずらり一列に並ぶから、かなり 離れた位置に立っていても旗が目隠しになってなーんにも見えないのです。その上車道に出ているから、 走る選手すれすれの位置。先導の車との間が数十センチしかなかったりして見ていて怖い怖い。 思わず、旗を並べられると他の人が何も見えないから旗を持って車道に出て並ぶのやめてくださいませ んか?と頼んでしまいました。その結果、旗を並べて立てるのはやめてくれたけど車道に出ているのは 相変わらず。見ていて何だかなあと思ってしまいました。事故がおきてからでは遅いのに。