ちくちくの記

2008年:2月


2008年2月27日

所用があって田舎へ行って来ました。駅に着いたら一面の雪。前日に降った分だそうです。前々日は全
部解けて雪の気配などさらさらなかったのに今頃こんなに降るなんてねえ、と聞いて、改めて雪国なん
だなあと実感してしまいました。
まあそんなことはさておき、用事が終わって電車(厳密にはディーゼル車)に乗る前の一時間ほどの間
に、街の中をうろついて見ました。高校生の頃よく通っていた道を歩いてみたのですが、何だか違う街
に来たような錯覚を覚えてしまいました。
古い家並も碁盤の目のような道路も、川にかかってる橋も、遠くに見える山並みもちっとも変わってい
ません。なのに何だか違和感を覚えるのです。何でかなあと考えたら歩いている人が違うことに気がつ
きました。年々歳々人は生き死にを繰り返すのだから違って当たり前で何を言ってんのと思われるかも
しれません。でもね、大きな違いがあるんです。それは、地元の人より観光客が多いと言うこと。
わたしが高校生の頃は、市内在住や近郷近在の人たちの姿が大半で、観光客は余り見かけませんでした。
まあ、祭りのときは例外ですが。毎月決まった日に目抜き通りに市が開かれ、朝市は本当に朝の間だけ。
お土産屋さんはあるけどそんなに沢山あるわけではないし、蕎麦屋さんはあってもラーメン屋さんは全
く無い街でした。
それが今は平日にも拘らずそこそこの観光客。だから飛び交う言葉も種々様々。それにお土産屋さんも
ラーメン屋さんも一杯目に付きます。そうか、だから違和感を覚えるのか、と考えてはっと気付いてし
まいました。私自身も観光客の一人にしか見えないってこと。地元の言葉で話しかけられれば地元の言
葉がすぐ出てくるけど、そうじゃなければ今使っている言葉が口をついて出る。これって観光客そのも
の。
うーん、それだけ長い年月が過ぎてしまったと言うことなんだなあと改めて思った次第。


2008年2月23日

少し暖かくなってきたらまた片付けの虫が目を覚ました気配。気がつけば、家の中を見回して、あれこ
れ片づけを考えている。今日も引っ張り出すだけでぐちゃぐちゃになりつつあった在庫毛糸を引っ張り
出して、少し整理。結構使ったと思っているのに減った気がしない。その分新しく買っていたりもする
のだから減らないのは当たり前か。
厚手のセーターを引っ張り出したときに、もう着ないからほどこうと別にしておいたセーター類もある
んだなあ。袋に入れたまま放ってあるけれど、これを全部ほどいたら果たして毛糸入れにおさまるので
あろうか。何だか心配になってしまった。


2008年2月21日

ここ数日妙にステッチしたい気分で昨日からステッチモード。今刺しているのは刺しかけ籠に入ってい
たもののひとつ。それもかなりうきうきといい気分で刺している。実を言うと新しいものを刺したくて
布も糸もすべて準備したのだけれど、そちらには手もつけていない。全く何のために廃盤糸探しまでし
たんだか。まあねえ、刺しかけが減ればそれはそれで良しなんだけど。
今刺しているのは布のカウント数は細かいけれど使う色は数色。バックステッチも糸のブレンドも無く、
ただひたすらばってんを刺すのみの至ってシンプルなもの。これって確かカウントの細かさに音を上げ
て放り出したはず。でも今は何故かその細かさが苦にならないし、むしろ楽しい。
久々にわたしがステッチする姿を見たつれあいが、新しいのを始めたのかと聞くので、やりかけで放っ
てあったものを引っ張り出してきたと答えたら、俺には出来ないなあと言う。何が出来ないのかと聞い
たら、やりかけとして放置しておいてある日唐突に作業を再開することが出来ないという事らしい。俺
だったら放置した時点でそれは自分の中から消え去ってしまうとも言う。
そもそも、わたしのものつくりを見ていると、常々不思議で仕方がないらしい。材料が足りないとか、
時間切れだとか、やる気が失せたとか、ちょっとやり方を考えてみようとかでやりかけとなったものを
そのまましまいこんでおいて、ある日突然作業を再開して続きをやると言うのが信じられないのだそう
な。再開しても、ものによってはまたやりかけで仕舞い込んだりしてるのを見ると益々不思議な気がす
るのだとか。
でも最後にはどれもこれもちゃんと出来上がるんだよなあ、とさも不思議で仕方がないと言うニュアン
スの言葉を聞いたら何だかおかしくなってしまった。まあ、確かにやりかけ大魔王と言ってもいいほど
あちこちに様々なやりかけが転がっているから、そういう感想を持っても不思議は無い。
旅行中の暇潰しや持ち歩き用だから家ではやらない。材料が溜まるのを待っている。部分は決まったけ
ど、全体のまとめ方が決まらない。急ぎのものがあるからそちらを優先。何だかやる気が失せてしまっ
た。季節がずれたから次の季節まで待とう。材料が足りないから買ってこなくちゃ。構想どおりに行か
ないから構想を練り直してから再開しよう。等々。わたしにしてみたら、やりかけで放ってあるのはそ
れなりに理由があるんだけどねえ。


2008年2月20日

本屋さんをうろうろしていて折り紙の本が多いなと思う。それも適度にやさしくて適度に難しさの混じ
った大人向けの本が増えている気がする。折っているものもバラエテイ豊かで見ていて飽きない。折り
紙には一方ならぬ興味があるので、見かけるとつい手に取って見てしまう。
実は今を去ること20年ちょっと前、子供がきの字がつくほど折り紙にとち狂って、折り紙本をかなり
買わされた。その頃はうんとやさしいお子様向けか、とても凝ったマニアックなものが多くて、適度に
やさしくて適度に難しさの混じったものは余り見かけた記憶がない。載せてあるものも、マニアックな
本は別として、大体どの本を見ても似たような感じだった気がする。何せ、我が家には折り紙本だけで
棚一段、50冊を超える蔵書があるのだから、そう外れた感想ではないと思う。
まあそんなことはさておき、気になる折り紙本をぱらぱらと拾い読みしてみた。実用的に使える折り紙
だけで構成してあったり、小さい頃自分で工夫して作っていたくす玉だけで一冊の本になっていたりす
る。季節柄かお雛様の載っている本も結構あるのだけれど、初めて見るような折方があったりする。
折り紙は進化し続けているってことなのかなあ等と思いながら、別の本をぱらぱらめくっていてはっと
する。先日亡くなった叔母さんが、容態が急変する前日まで折っていたというお雛様が載っていた。
前日まで折っていたものだからとスクラップブックに一杯貼った折り紙と大好きなお針用具一式をおば
さんに持たせて見送ったのだけれど、そのとき見せてもらった折り紙そのままであった。何だか懐かし
いものを見つけたようでしばらくそのページに見入ってしまった。
とにかく手仕事が好きで、色々なことをやっていたおばさんだけど、途切れることなくやっていたのが
折り紙。身の回りには様々な紙が溢れていた。折ったものは請われるままに進呈して手元にはあまり残
っていないと笑って言うのを聞いたことがあった。
いとこが言うには自宅の押入れ一杯におばさんの作品が入ってるのだとか。中でも折り紙は量が多く、
そのままにもしておけないのでスクラップブックに貼って取ってあるらしい。折った端から欲しいって
人にあげてたみたいなんだけど、それでも何冊もスクラップブックはあるし、箱に入ったままのもまだ
あるのよ、とはいとこの弁。
本を見ながらそんなことを思い出していたら、我が家の箱一杯眠っている折り紙が頭に浮かぶ。くす玉
を作ろうと思って気に入った包装紙を切り揃えた折り紙もそのままになっている。ちょっと引っ張り出
してわたしも折って見ようか。そんなことを考えてしまった。


2008年2月18日

つらつら考えてみたら、今年に入ってステッチしたのは一回だけ。それも車中の暇潰しにほんの少々や
った程度で、ステッチしてます等と言える量ではない。それなのに、年明け以来キットを一個と気に入
ったステッチ雑誌を何冊か購入。更に、気に入ったフリーチャートをいくつか見つけてダウンロードし
ていたりする。
それがこの週末、どうした風の吹き回しか妙にステッチしたい気分。それも、枠を使わず一色で単純に
ばってんを刺すだけのものを刺したい。そこで、沢山ある刺しかけの中にご希望のものはあるかと刺し
かけ籠の中をひっくり返してみた。でも、どれもこれも多色使い。糸のブレンドもあったりするし、バ
ックステッチてんこ盛りだったりもするしで、刺したい気分にぴったり来るものがない。
折角刺す気になったのになあと思いつつふっとテーブルの上を見たら、ダウンロードしたフリーチャー
トのプリントが目に留まる。このフリーチャート、デザイン的にはとても気に入ったのだけれど、如何
せんサイズが大きい。それに毎月少しづつ発表される年間プロジェクトで、指定されている糸は三色。
やっぱりこれも希望とは違うなあと考えながら、ボーっと眺めているうちに、ふっとあることを思いつ
く。どうするかなと考える暇もなく、気がつけば行動を開始していた。
まずは好きで買いこんである段染め糸の中から気に入ったものをチョイス。ステッチ布を入れた引き出
しの中からカウント数が細かくて段染め糸に合いそうなアイーダを引っ張り出す。余白の計算をしてサ
イズを測ってさっさと切り出し端ミシン。洗濯機で糊落しをして、湿っている状態でアイロンがけ。刺
しはじめの角に半端な糸で印しつけ。ボビンの下糸の巻き方が悪くて何回もミシンを止めて調整したの
に、この間僅か一時間。大して悩むことなく糸も布も準備してしまった。
全部準備が終わったところではっと我に返る。布を切り出してみたら思ったほど大きくはなかったのだ
けれど、果たして一年間飽きずに続けられるであろうかの思いがむくむくと頭をもたげてくる。そうな
った途端にステッチしたい気分が薄れてしまう。そんなわけで結局準備をしただけでおしまい。さてこ
れは刺し始めるのであろうか。我が事ながら甚だ疑問。それが夕方の話。
そして、刺し始めるか疑問等と言いながら、気がつけば寝る前に糸量が足りるかどうかのチェックを始
めていた。全体像を眺めながら、全面刺しで計算して半分にすれば大体よかろうと思う。計算してみた
ら予想していたよりずっと多くてびっくり。本当にこんなに沢山いるのであろうかと半信半疑。
改めて布や糸について書いてある文章を丁寧に眺めてみたら、布のカウント数に対してどれだけの糸が
必要かの記述を見つける。読んでみるとわたしが計算したのとほぼ同じ。大雑把な計算だけど間違って
いなかった様子である。
で、肝心の使おうと思った段染め糸は、かなり沢山あるから大丈夫と踏んだのに、指定してある三色の
内の一色分しかないことが判明。廃盤の糸だから買い足すことも出来ない。さて困った、やはり刺さな
いで終わってしまうのであろうか、折角その気になったのにどうしたものか、違う色の組合せで刺すか
なあと考えていて、ふと思い出したのが行きつけの手芸用品屋さん。一本だけ糸を買い足しに行った時、
確かまだ廃盤糸が残っているのを見かけた気がする。
そして週明け早々、早速チェックに行く。案の定廃盤糸は何色も残っていた。とはいえ一軒目はお目当
ての番号は既に売り切れて在庫なし。近くにあるもう一軒を覗いたら、お目当ての番号の糸発見。引き
出しにあったのを全部、と言ってもたった四束なのだけれど、買い占めてしまった。指定されている数
より二束少ないけれど、一色で刺すのだからまあ何とかなるであろう。さてこれで準備万端整ってしま
った。こうなったら後は刺すしかないな。


2008年2月15日

最近、自分用の帽子を二個ほど編んだ。どちらもシンプルなメリヤス編みで、ひとつは正ちゃん帽のぽ
んぽんをつけないバージョン、ひとつはベレー帽型。薄手のものが欲しかったので糸は細目。おまけに
わたしの頭は大きいから、編む目数がいつもよりかなり多い。その結果、出来上がるまでに結構時間が
かかってしまった。それでもどちらもいい感じに出来上がって思わず頬が緩む。
とは言うもののちょっと計算をミスったようで思ったほどのゆるみがない。もっとだぼっとした感じで
被りたかったのに、被ってみたらほんの少々ゆるみがある程度になってしまった。被ってみながら、改
めて自分の頭の鉢の大きさに呆れる。
まあねえ、市販の帽子はLサイズのものじゃないと頭が入らないんだから当たり前と言えば当たり前な
んだけど、ここまでとはねえと思う。自分で思っている以上に頭の鉢が大きいってことなのであろう。
そんなことはさておき、ベレー帽型に使った糸はフェルト化しやすい糸。かって色違いで編んだ帽子は
洗ったら縮んで大きめに作ったはずなのにぴったり帽になってしまっている。縮んでもゆったりした感
じで被りたいと今回かなり大きめに編んだつもりなのに、これも同じようにぴったり帽になってしまう
のであろうか。ちょっと心配。


2008年2月14日

叔母さんがなくなりました。享年89歳。父の兄弟は父を含めこれで全員この世からおさらばしてあの
世とやらに身罷ってしまいました。今頃みんな集まって楽しくおしゃべりでもしているのでしょうか。
久々に何人かのいとこたちと会ったのですが、中には何十年ぶりなんて人もいます。それに、何しろ父
方はいとこの数が30人を超す大所帯。年齢の幅も30歳以上あります。おまけにわたしはいとこの中
でも年齢的には下から数えたほうが早い。そんなわけで何人かは果てあれは誰だっけ?状態。
顔つきを見るとあのおじさん、あっちのおばさんと思い浮かぶ顔があるのですが、名前がわからない。
話してるうちに良く遊びに行って可愛がってもらったおねえちゃんだとか、一度しか会ったことがない
人だとか、色々わかっては来たのですが、街で会ってもお互いいとこだとは知らないで通り過ぎてしま
うのだろうなと思ってしまいました。
そんな中、同い年で高校が一緒のいとこが一人。でも会うのは何十年ぶり。やあやあ久しぶりと話は始
まったものの中々会話が続きません。でもそこは同窓生。いつの間にやらあれこれ話し込んでしまいま
した。小さいころはいざ知らず、高校生の時だってここまで親しく話してないよなあと思うほど楽しい
おしゃべりで、双方びっくり。おまけに小さなころの呼び名が素直に口をついて出るのです。
何十年も前にタイムスリップしたようで、何だかとっても不思議な気がしてしまいました。


2008年2月12日

ひょいと思いついて旅行に行ってきました。昨年は休日出発平日帰宅だったけれど、今回は平日出発休
日帰宅の行程。おかげでどこもかしこも休館日なし。見たいものは全部見ることが出来たし、そこそこ
空いていました。帰る日はホテルは満室、どこもかしこも人の波。こんなに違うのかとびっくりでした。
この日程癖になりそうです。
一番歩き回る日に雨に降られてしまったのが少々残念だったけれど、食べ物はおいしかったし、色々楽
しい経験も出来たし、帰ってからのんびり出来たんだから贅沢は言うまい。
で、何処へ行ったか。お土産に買ってきたものを見たらすぐおわかりでしょう。
これを造った人いわく、表に出しておくのは家のお守りだから威嚇するために怖いお顔、家の中で眺め
て楽しむのはお話をしたくなるようなやさしく楽しいお顔にするのだそうです。この顔そっくりの人が
そういうのを聞いて、なーるほどと思ってしまいました。
花織の体験もしてきました。つれあいと二人、並んでトンパタと機織です。織機には既に縦糸が張って
あり、横糸を渡していくだけなのですが、これが楽しい。二人とも病みつきになりそうといいながら夢
中になってしまいました。織物を習おうかなと思うほど楽しい持間でした。模様の糸は織る人が自分で
選ぶのですが、どちらがわたしが選んだ方かわかるかな。
水族館では呆けた顔をしてさめの餌やりに見入ってきました。さめが立って食べるとは知りませんでした。
びっくりしたのは家のつくり。石造りだったりコンクリートだったりで木造の家が殆どありません。ど
の家も明るい色に塗られていて、明るい感じがします。更に、広い屋根付テラス(大抵は洗濯物が干し
てあったのですが)が組み込まれてます。その上どの家も屋根の上には貯水槽。そして外階段付の家が
沢山あるのです。
もうひとつのびっくりは家のような形のお墓。スラリ並んでいるところはまるで集落。その上全て石積
みかコンクリート製。知識として知ってはいたけれど、目の前に並んでいるのを見ると不思議な気がし
ました。
路地植えのハイビスカスは咲いてるし上着一枚違うほど暖かくて、日本ってのは南北に長いのねえと改
めて感じた次第。


2008年2月5日

家にある紅茶を眺めてみたら、思った以上に在庫があって焦ってしまう。何でこんなに沢山と見てみた
ら、自分で買ったものもあるけれど頂き物も結構多い。
そういえばこの頃、緑茶や中国茶は良く飲むけれど紅茶は余り飲んでいない。なぜかなあと考えたら、
甘いものを余り食べなくなったことに気付く。ケーキなんていつ買って食べたっけと思うほどご無沙汰
している。
紅茶そのものを全く飲んでいないわけではない。会社で一服するときは大抵紅茶だし、眠気覚ましにも
飲んでいる。もっとそういう時は手軽なティーバッグでリーフティーではない。家でも一服するときに
紅茶は飲むけれど回数はそんなに多くない。
そんなことを思い巡らしながらさてどうしたものかと思う。今の季節、水出し紅茶も余り飲まないし、
食事時は緑茶や中国茶が多いし、このままだとなかなか消費できそうも無い。おいしいうちに飲みたい
しなあと考えていてふっと思いついたのが自分でティーバッグにすること。それなら会社でも使える。
確かあったはずと棚を探したら未使用のお茶パック用袋が見つかった。早速、何種類かの紅茶で自家製
ティーバッグ作り開始。テレビを見つつ適当に詰めていたら結構な数の自家製ティーバッグが出来上が
った。早めに飲んだほうがいいと思われる半端に残っていた紅茶の入れ物もふたつが空になった。
出来上がったものは密閉袋に入れて会社へ持参。市販のティーバッグと同じように使ってみたけど何ら
遜色なし。お味のほうも自分の好きな紅茶だから文句なし。
というわけで、少し手間ではあるけれど自家製ティーバッグ作りをしばらくやってみようと思う。
それにしても手仕事材料だけでなく紅茶まで在庫が増えていたとはねえ。同じお茶でも緑茶は頂き物が
多いから在庫があるとの自覚はあったけれど、紅茶は全く眼中に入っていなかった。ひょっとしたら他
にも自分で認識している以上の在庫を抱えてるものがあるのかもしれない。やっぱり家中の棚卸をしな
いといけないのかもしれないなあ。


2008年2月4日

久々に雪が降ったのでそれようの靴をと下駄箱を物色して愕然とする。一足はあるはずと思っていたの
に何も無い。考えたら、雨靴もスノーブーツも経年変化で底が劣化したので処分したし、靴底の刻みが
深い靴も履き潰してしまったし、これなら多少の雪も大丈夫と思っていた靴は爪先から水がしみこむよ
うになってしまっている。これはわたしの分だけでなくつれあいのものも同じこと。
その上、着るものも雪のことなんて全く考慮していないものばかりで、何を着ようかと悩んでしまう。
うーん、ここまで備えがなくなっていたかと、我が事ながら唖然呆然。如何に普段雪から遠ざかってい
るかを改めて思い知る。多少雪に備えているつもりであった自分がこの有様。これではほんの少しの雪
で大騒ぎになるのは無理ないなあと妙に納得してしまった。そして少しは雪に対して備えておかないと
いけないなあとも思う。
でもねえ、なのである。こんなことを思っても喉元過ぎれば何とやらで雪に対して備えようと思ったこ
となんてきれいさっぱり忘れてしまうのだろうな。



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