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イチローのすべて
やったぞ!
200本安打!
朝日ソノラマ 1994.10.31 私にとって一番初めのイチロー本。これ以前に出ているのかどうかは知りません。兎に角衝撃のデビューだった。前人未踏の130試合での210本安打。記録は破られるためにあるのだし、今は140試合になっていると言うのに、弱冠二十歳の若者が立てたこの記録はとうてい破られそうにない。
イチロー
20歳の挑戦
永谷 脩

未来出版
1994.11.25 イチローフィーバーに沸きかえる1994年、イチローの周りの人々、家族・恩師・コーチ先輩等に丁寧な取材で『夕刊フジ』に連載(24回)されたものを中心に『週刊アサヒ芸能』『新撰組』『NUMBER』に初出したのに加筆修正されたのが本書である。周りの人、特にお父さん(チチローなんて言われましたね)をフューチャーした第4章「父親が教えた十六ヶ条」が、当時のフィーバー振りを物語っている。この年ご家族は仕事も手に着かない程の取材攻勢を受け本当に大変だったことと思う。
イチローの挑戦
イチローのすべて
U
永谷 脩
 
朝日ソノラマ
1995.10.30 阪神大震災とともに始まったイチローの二年目、「がんばろうKOBE」の合い言葉と復興への神戸市民の想いを乗せてイチローとオリックスはリーグ優勝を果たす。
この年イチローは8部門を制覇、担当記者をして「最高に贅沢なシーズン」と言わしめるのだ。
はばたけ、
イチロー

イチローのすべて
V
永谷 脩
高原寿夫

朝日ソノラマ
1996.10.30 前の年ヤクルトに敗れて日本一を逃したオリックスとイチロー。その日本シリーズから、またもやのリーグ優勝までのイチローを追う。96年のイチローは後半戦から三番に座り、巨人との日本シリーズまで打ちまくった。チームにとって最高の年であったと思う。イチローの凄さを知る記者をして「なんと言う男か」とうならせた最終戦のサヨナラ安打。めったにしないガッツポーズを決めまくったイチローは言う。 「二十二年しか生きておりませんが、初めてです」
父と息子
イチローと私の
二十一年
鈴木宜之

二見書房
1995.3.25 著者のサイン入りです。(^_^) 去年「イチロー展示ルーム」に行った時頂きました。TVで見る通りのとてもいいお父様です。あの子どもとの関わり方は到底真似の出来るものではありません。でも、そんな父子を黙って見守ったお母さんの方が大したものです。だって読む限り子どものイチローを、肉ならヒレ、魚なら白身果物はメロンなんて偏食にしたのはお父さんですもん。ああ、家計が…(笑)
  2001年に「息子、イチロー」と改題されました。
息子
イチロー
鈴木宜之

二見書房
2001.10.31 上記の本の改訂版。「はじめに」と「あとがきにかえて」の文章にだけ補足がある。
イチロー物語 佐藤 健

毎日新聞社
1995.10.5 初期のイチロー本の中で一番プロになってからの写真が多かった。そしてイチローは、どの写真の中でも溌剌としている。練習中のコーチや監督、選手同士との明るい雰囲気が良く書かれていてとってもいい。オリックスが次の年日本一になったのも頷ける。高校生の時よりイチローの笑顔が素直で幼く見えるのはナゼ?
 これも2001年「新編 イチロー物語」としてメジャーのイチローを補足出版された。
イチロー
進化する
天才の軌跡
佐藤 健
講談社

火の鳥人物
文庫
2000.11.20 上記の本をジュニア向きにして、加筆したもの。この本の編集中に、イチローのメジャー移籍が決定した。その為発売後また改訂版が出ている。
新編
イチロー物語
佐藤 健

中公文庫
2001.9.15 上記「イチロー物語」に第五章「なぜメジャーを目指したのか」を大幅加筆。2001年7月のメジャーリーグ・オールスター戦でのカラー写真等も加えて、一層読み応えのある仕上がりになっている。しかも廉価な文庫版だ!お買い得!(笑)
「何よりもうれしいのは、イチローが米大リーグでノビノビと、実に楽しそうにプレーしていることだ。」と語る作者が当時これ程の取材をイチロー本人に出来たのは亡くなられた三輪田スカウトの力であり「名スカウトはなぜ死んだか」に詳しい。
イチロー主義 小川 勝

毎日新聞社
1995.4.20 腰巻きに「〈奇跡の観戦ガイド〉野球の楽しみ方が180度変わる」と書いてある。その通り、私に記録と分析の面白さと、それを通して野球を見る楽しみ方を教えてくれた。今までの野球の歴史の中でもイチローがいかに突出した選手であるかが
データを通じて解ってくる。イチロー本の中でも気に入りの一冊。
株はイチロー
投資でいけ
東山一平
寺西摩三男

史輝出版
1996.1.20 これをイチロー本に入れるべきなのか疑問だが、イチローとビジネスを絡めると言うのは魅力的らしく、何冊か出ているのでいいだろう。ただし、イチローについて書いてあるのはほんの数行に過ぎず、本塁打でなくヒットを稼ぎ、最終的には首位打者と言う勲章を手に入れる、要するに小さな利益を積み上げていく投資方法のこと。でも、イチローはもっと積極的な攻めの打者なんだけどなあ。
イチローと13人の
仲間

野球少年
「鈴木一朗」物語
鈴木宜之

二見書房
1996.7.25 豊山町スポーツ少年団の監督として、イチローと13人のチームメイトを指導した著者は、イチローのお父さんだ。子供の頃から喜怒哀楽を余り出さなかったという一朗少年だが、小学校時代はスカートめくりも得意ないたずらっ子。素晴らしい仲間に恵まれて全国大会にも出場する。その小学校時代を中心に書かれたノンフィクション。
子供の頃のイチロー選手って、ホントに可愛いなあ。「可愛いね」なんて言おうものなら、「むっ」としそうなオトコノコって感じ。そこがまた可愛いんだよね(笑)
野茂とイチロー
夢実現の
方程式
永谷 脩

三笠書房
1996.8.10 これは野茂とイチローの本と言うより二人の力を引き出した近鉄とオリックス監督であった仰木彬の本かも(笑)野球に対して頑固で一途な二人の選手はタイプこそ違うが同じ義理堅さを持っている。野茂は「仰木さんの仕事なら何でも受けます。」と言い、イチローは「仰木さんが行くとこならばどこへでも行きます。」と言っていた。
ピッチャーイチロー
代打高津
桐島 源
江夏 豊
ダンカン

星雲社
1996.12.5 1996.7.21 東京ドームでのオールスター第二戦。7対3でパがリードの9回表、その時が来た。イチローがマウンドに上がったのだ。お祭りの中のファンサービスとして終わる筈だったこの登板が、パVSセ 仰木VS野村の大論争に発展するとは誰が考えただろう。松井に代えてピッチャーの高津を代打に送られたイチローはもちろん本気の投球は出来ない。見たかったなあ!ピッチャーイチロー対バッター松井!
イチローに
教えたこと、
教えられたこと
中村 豪

日本文芸社
2001.12.25 これもサイン本(笑) 以前この本は同じ日本文芸社から単行本で出ていたのだが私は図書館で読んでおり欲しいと思っていても手に入らなかった。文庫で出て嬉しい。日記にも書いてあるけど、ちょっと斜に構えたイチローの高校時代が詳しく書かれて楽しい。三年の夏愛知大会決勝で敗れてから、イチローと著者との本当の交流が始まった。男と男の付き合いで、イチローは素顔を見せるようになるのだ。
イチロー
勝利の方程式
永谷 脩

王様文庫
2001.1.20 この本は「野茂とイチロー」などに最近の書き下ろし原稿をくわえたもの。本屋に入ると、私の目が勝手に「イチロー」と言う文字を捜してしまうのだから仕方ない。最近は中身も見ないでレジに向かっている。コワイなあ(笑)
イチロー
勝利の方程式
2002
永谷 脩

王様文庫
2002.1.30 上記の本の改訂版です。おお、コワ(笑)
イチロー
素顔の青春
吹上流一郎

ラインブックス
2000.11.15 1995.7に出たワニブックス発売の「イチロー 素顔の青春」に加筆・訂正したもの。
イチロー本は結構こんなのが多い。特にメジヤー移籍が決まった2000年からの発行はすさまじいばかりだった。まあ、お陰で昔の本が手に入る様になった訳だが。
一球の心理

イチローと仰木
オリックス優勝
までの245日
永谷 脩

ダイヤモンド社
1995.10.19 1995年、神戸を襲った大震災。被害を目の当たりに見た選手たちは「野球の出来る幸せを感じ、我慢をすることで一つにまとまっていった」(仰木監督)そんなオリックス球団のパ・リーグ優勝までの245日を綴った一冊。
著者永谷脩氏は「実質2年目はダメと言われたイチローに対して、期待を込めての追っかけおじさんだったようにも思う。そんな中で、真面目に野球が語れ、はなしを聞けたのは幸いだった。そんな一年をまとめてみたかった。」とあとがきで言う。
イチローを育てた
鈴木家の謎
斉藤茂太

家の光協会
1995.10.26 著者は精神科医。父は歌人斉藤茂吉、弟は小説家の北杜夫、長男である。
爽やかなイチローに注目した著者の興味はイチローの家庭に、お父さんに向いた。そして著者の考えたことは「イチロー選手のお父さんは、父親である前に、二人の子どものお兄さん、つまり鈴木家の長兄だったのかも知れない。」だった。
イチロー
天才の理由
田尾安志

大栄出版
1995.11.10 私は中日ファンであり、現役の時の田尾のファンだった。(今は立浪)そしてイチローも同じだったのだ(^_^) 1993年二軍の時、彼のバッティングピッチャーをかって出た田尾にアドバイスされて、イチローはどんなに緊張し、嬉しかっただろう。
第四章の田尾とイチローの対談は本当に楽しいし、今とまったく変わらないイチローの野球に対するプロフェッショナルな姿勢に感動すら覚える。
野茂&イチロー スポーツグラフィック
ナンバー編

文春文庫
ビジュアル版
1996.4.10 「NOMO」と「イチロー」の目を見張るような出現は、まぎれもなく一つの『事件』であった。1995年の日本は 阪神大震災 オウム真理教のサリン事件 金融不祥事と続いた。そんな不透明な霧がかかるような社会気象の中で「NOMO」と「イチロー」だけが希望の星のようにくっきりとした姿を現したのである。ナンバーの美しい写真とコラム。読み応え見応えのある一冊。
イチローと
わが家
ほんとうの話
鈴木宜之

家の光協会
1996.8.21 大体は「父と息子」に書かれていることだが、周りの家族、祖父母、お母さん、兄一泰さんについて、足りないと思われた部分を補っている。子どものイチローを刺身、メロン好きにしたのはどうやらお祖父ちゃんだったらしい(笑)
溺愛
我が子イチロー
鈴木宜之

小学館
1996.8.10 「父と息子」の小学館版といったところか。イチローの一番のファンでサポーターでもあるお父さんの面目躍如だろう。なにしろ趣味は「イチローウオッチング」だもの。
イチロー’98
100の可能性
由倉利広

太陽出版
1998.4.20 現在までの全データ・記録を徹底分析・検証。打撃、守備、走塁など100項目について、記録達成への可能性を探る。シーズンを重ねるたびに新たな記録を生み出してきたイチローの無尽の潜在能力で「夢の4割」を願う。でも、中にはぜーーったいムリな「お願い」も(笑)
しなやかな
天才たち

イチロー
武 豊
羽生善治
万代 勉
鈴木 学
大矢順正

アリアドネ企画
1996.7.21 何をもって彼らを「天才」と呼ぶのだろうか。不思議に似ている気がするこの三人。現代日本を代表する若い俊英の、背景、生活、感性を、各番記者達の取材ノートから拾い上げる事によって、「しなやか」にして「シャープ」な彼ら現代のヒーローの共通項とキーワードを探る。
イチローに関する
素朴な72の
Q&A
イチロー
研究会

飯倉書房
1996.1.31 96年のイチローに対するQ&Aである。それにしてもデビューからたった2年で、これほど些末な部分まで言及されようとは、本人も思ってもみなかっただろう。本当に本人に取材したのかは可成り疑問。本になってしまうとそれが真実であるかのように独り歩きしてしまう。これはイチローに教えられた事の一つである。
イチロー
天才の真実と
秘密
イチロー番記者
グループ

ゼニスプラニング
2001.10.10 もう随分前からしていない打席でのバット回しを「メジャーに行ってからやめている」と書いていたり、塁に出てから手袋をはずし左手で持って走る(盗塁時に左手を突くクセがあったから)のだって98年にはやらなくなった(本人は「やめたのは面倒くさいから」と言ってる)のに「メジャーに行ってから防御の為に外さない事にしたのだ」とか、どんどん突っ込みを入れたくなる一冊(笑)これ本当に「イチロー番記者」が書いたのか疑いたくなるなあ。と思ってたら上記72のQ&Aの改訂版じゃないか。
イチロー
努力の
天才バッター
高原寿夫

(株)旺文社
2000.8.1 遊軍、オリックス担当記者時代、イチローに密着取材してきた著者の若い読者へ贈る「イチロー物語」2002年重版に際して、メジャーに向かうイチローを補足。


COMIX
Tomorrow
レジェンド
オブ
ブルーウェーブ
次原隆二

集英社
ジャンプ
コミックス
1997.1.15 わあい、マンガだあ(笑)こんなのあったんだねえ。寡聞にして存じませんでした。
イチロー選手が可愛い!(笑) オリックスブルーウェーブ95年優勝の陰にこんな
出来事があったとは!なんとイチローの前に立ちはだかるマーリンズの新人投手
は、未来からオリックスの優勝を阻止するためにやってきたイチローの孫だった!

月刊少年ジャンプ H8年10月号〜12月号までと週刊少年ジャンプ・H8年1号
〜2号掲載分収録。
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