オーリーのきまぐれ日記

4/30月 久し振りで大須詣で。安いUSBのマウスを捜して子どもと3人、パソコン店を巡り歩く。一応礼儀だからと言う事(そうか?)で観音様には先に詣っておく。色んな事を祈っていたら、子どもに「10円でそんなに頼んでもムリだよ」と言われてしまった。いーじゃんかよお(笑)
ジャンク品みたいなのの中に英語しか書いてない1000円以下のスクロール・ミニマウスを見つけて買うことにする。子どもは「あやしいあやしい」と連発するが、なあに、使えるさ、多分ね(笑) 歩き続けて疲れてしまった。お茶屋さんの抹茶ソフトを買って(いつものこと)食べながら歩いて実家に戻る。パソコンを持ち歩くカバンも欲しかったのだが、おっさんくさいデザインのモノばかりで気に入らない。たまに「おや」と言うのがあっても、値段が気に入らない。マウスの事でも分かるように、σ(^^)はとてもケチなのだ。
帰ってから二冊ばかり本を読んだが、あまりに下らなくて書いておく気にもならない。髪を洗って寝てしまおう。
4/29日 雨が降ってきた。静かな一日だ。σ(^^)も子どもも一日ウチから出ない。ダンナだけが昨日も今日も出かけていく。今日は豊田で「唐組」のテント公演があるのだと言う。σ(^^)だって行きたいのにーo(><
)oo( ><)oジタバター くすんくすん。明日はこっちが出てってやるゥ。と、言ったってせいぜい子どもと実家に行って、大須辺りでぶらぶらするだけなんだけどさ。ムスメのノートにマウスが欲しいし、入れておくケースも欲しいから、三人で掘り出し物を探すことにしよう。ダンナなんか独りで遊んでればいいのよ(笑)
今日は
ドロシー・バトラーの「子ども・本・家族」
のら書店
です。
ドロシー・バトラーと言えば「クシュラの奇跡」-140冊の絵本との日々-だ。実を言えば私の子どもは一歳半の検診の時に「自閉傾向有り」と言われたのだ。抱かれると身体を突っ張る。乳をやっている時にも目が合わない。とまあ、典型的な症状が顕れていた。言葉もまったく出ていない。検診を受ける前から私にはそれらのことが分かっていた。その頃やっと上の子が幼稚園に入り、午前中ちょっとの余裕ができた私は、せっせと図書館に通っていて「クシュラの奇跡」を見つけたのだ。「これだ!」と思った。この本のクシュラは重度の障害を負い、3歳以上には発達しないと言われていたが、両親の一日何十回にも及ぶ絵本の読み聞かせによって、豊かな読書体験を持つ事が出来たのだ。子どもがいまいち苦手で遊ぶことが下手な私にも、これなら出来る。だって、本を読むのは私にとって当たり前の事だから・・・で、膝の上に子供を置いて絵本を読んだ。ところが子どもはふいとどこかへ行ってしまう。クシュラは動けない子どもだったから聞くしかなかったんだろうが、大体自閉傾向のある子どもは自分の興味のあることしかしないのだ。それで、傍にいた上の子をたよりに兎に角読みまくった。次第次第に何日も掛かって近づいてくるようになり、自分から気に入った絵本を持ってくるようになった時には本当に嬉しかったし、三歳児検診では「情緒障害」と言われたが、私はもう平気だった。この子は本の面白さを理解できると言う事が分かっていたから。
本当に色々な問題を起こしてくれながら子どもはもう中学三年生。昔を知っている人からは「見違えるような普通の少年」になった。ちょっと未だに人間関係の距離がとれないところはあるが、情緒は安定しており、好きなことに熱中すると長時間我を忘れてしまう(今はパソコンで3Dを作成すること)タイプだ。真面目過ぎるきらいはあるが、良い人間だと思う。これからのことは未知数だけどね。
私に勇気と希望を与えてくれた「クシュラの奇跡」。この本にはクシュラのその後が書かれている。クシュラは次々と発見される障害を超え愛とユーモアに満ちた大人になっている。田舎の共同住宅で同じ様な若者たちと世話係のもとで個室を持ち、通信教育で勉強も続けている。そして相変わらず彼女の中には本と言う友があるのだ。母や父の愛に満ちた声に乗ってクシュラの元へやって来た友が---
「私達の互いの関わり合いが成功するか失敗するか、それが最終的に、世界の運命を決めるのです。」
4/28土 黄金週間の始まりだ。フン、なーにがゴールデン・ウィークだ。ウチなんか金が無いからなーんにも予定は無いんだじょ(;_;)ウルウル まあ、お金があっても、こんなにだらだら出来るってのに、何処かに出かけて行こうなんて言う気にはならないんだけどね。ウチの子ども達にも、別に異存は無いらしい・・・って言うか、もう諦めているんだろう。ああ、親孝行な子どもを持って幸せだわあ(笑)
今日は
石坂 啓の「赤ちゃんが来た」 朝日文庫
なのだった。
朝日新聞紙上に連載され、単行本で出た本の文庫化である。実はもうせんに単行本の方はアメリカで子供を産んだ友人に送ったのだった。何となくまた読みたくなって自分用に買ってしまったのだった。(今日はなのだったが多いなあ(笑)) σ(^^)は石坂啓さんのマンガが好きだ。「正しい戦争」とか、「キスより簡単」なんか、とても良くて、手塚先生の最後の弟子と言っても過言でないのではと思っている。時々読むエッセイも面白い。名古屋の出身なので、モロ名古屋弁の会話が随所にあり、特に実家の母親との対話が(名古屋人にとっては)最高なのだ。「まーじき、おみゃーのおっかさんが乳ぶら下げてきゃーて来るで、待っとりゃー。」なんておばあちゃんが毎日アカンボに言い続けてたら、将来絶対名古屋弁になるに決まっとるがね。(笑)ここにあるようなアカンボとの生活は、でっかくなった中高生がまわりでだらだらしている今では、もう思いでの彼方だが、あの頃の幸せと高揚感は、読む度に蘇ってくる。あれは本当に「蜜月」だった。(うっとり)
陣痛が来た 「ちきしょー、セックスより気持ちいいなんて言ってた奴は、だれだ?」
4/27金 新学期に入ると学校関係で色々な行事がある。五月の声を聞くまでは何となく落ち着かないモノなのだ。と言うわけで仕事を早上がりして中学の授業参観へ。その後PTA総会、部活説明会。なんやかやで五時近くにウチに帰り着く。何処の母親も同じなのだろうな。はあ。
今日は
サイモン・R・グリーンの「青き月と闇の森」 ハヤカワ文庫
よ。
σ(^^)はファンタジーが大好き。それも「剣と魔法」ってやつが。ゲームだって「ドラクエ」「ウィザードリィ」「ファイヤーエンブレム」「オウガバトル」なんてのしかやらないのだ。この「青き月と闇の森」も、ぱっと見そのたぐいだろうと読んでみたのだけれど、いや、こう言うの好きだなあ。正統的なファンタジーのパロディとまでは言わないが、まず王子の乗馬がユニコーンなんだもの。これでまず笑ったね。だってユニコーンてのは普通「処女」しか乗せないでしょう?て事は・・・だよね。そいでドラゴン退治に行くよう父王に命じられるんだけど、真相は王位継承者は一人で良いつうことで「死んでこい」と言われたのだわ。でもこのルパート王子、運がいいのと人柄がいいので、なんとかかんとか問題をクリアしてしまうのよね。とは言えドラゴンは宝物じゃなく蝶のコレクターだし、とらわれの王女はナニの経験ありで勇猛果敢だし。魔法使いは酔っぱらい、王子はいつまでもドーテイだし、難題は山積だ(笑)
ここまで読んで軽いユーモアファンタジーと思われた方はちょっと待って。内容は結構骨太なんだよ。主人公の成長物語として読んでもなかなか感動するし、かなり多いこの手の本の中でも結構σ(^^)のお気に入りになったっす。キャラも立ってて中でもチビのゴブリンは、その情けなさと抜け目のなさで最後までニヤリとさせてくれるしね。
「あんたにも幸運を、王子さま。あんたは悪いやつじゃない。人間にしては。」
4/26木 両目の間に二日酔いの残滓を感じつつ、「おはなしかあさん」のミーティング。忙しいので急いで5月の予定を決める。結局、長年の懸案であった大型絵本「ねずみのよめいり」を作ることになった。σ(^^)に言わせればやけくそでもう、作ってまえ、えーい!と言うところなんだよな。決意しないと何事も始まりはしないのだ。10年前に作った時のようにうまくいくかどうか・・・やってみなけりゃ分からない(笑)
今日は
村山早紀のシェーラひめのぼうけん「ガラスの子馬」 フォア文庫
です
図書館で子どもの本棚を見ていたら佐竹美保の絵だったので手に取ったのが、一巻目の「魔神の指輪」だった。可愛らしい画風にしてあるので小学生のオンナの子を対象にしたお姫様冒険ものだと思ったけど、二巻「うしなわれた秘宝」三巻「ダイヤモンドの都」四巻「海賊船シンドバッド」五巻「空とぶ城」六巻「海の王冠」 半年に一度の割合で出るのを、今ではまだかまだかと待っている私なのだわ。
この巻「ガラスの子馬」では、な、なんと一巻目にシェーラ姫の国を石に変え、父を殺した憎い魔法使い(石に変えられた国を救うため姫達一行は旅に出た)との和解と言う、思いも掛けぬ(伏線はあった)展開が待っていた。うーん、そう来たか。悪役のはずの魔法使い(実はσ(^^)の贔屓)がイイヤツになってしまったのはもっと強い敵を出すためだったのね。(笑)これで結末も思っていたのと違ってきたなあ。σ(^^)が一番いやなのは、私の思ったとおりにハナシが進むことなので、子どもの本と言えどもそれは変わらない。わくわくどきどきするのは読者の予想を裏切ってこそだものね。魅力的な登場人物の関係もなかなか複雑に絡み合って、このまま行くとあと三巻程で大団円って感じなんだけど。どうかなあ。おお、そうするとちょうど10巻だ。よしよし、また待つことにしよう。
「・・・国が残ることが大切です。国民さえ生き残ればよいのです。」
4/25水 今日は引っ越したネット仲間が、大阪に行く途中で名古屋に寄ると言うので「スーパーにゃじら迎撃オフ」♪かっのじょの名前はすーぱーにゃじら あ〜あ〜にゃっじら〜♪が名古屋駅地下いきつけの店で行われた。仕事後夕飯の支度をしてとんでゆく。今日ばかりはダイエットは忘れて呑み喰いかつ喋る。にゃじらー、早くまた来いよー。今度はゆっくり呑もうねえ (^-^)
4/24火 久しぶりの休日。洗濯して掃除して買い物行って、総裁選を見る。「変人」小泉純一郎氏自民党新総裁決定。自民党員以外には「コップの中の嵐」の政治ドラマだった。あの人結構右派だからねぇ、これから日本をどの方向に舵取りして行くのか、ちとコワイところではある。
今日は
渡辺浩弐の仮想科学小説集「2000年のゲーム・キッズ」 アスペクト刊
なの
作者の職域はハイテクカルチャー、映像、出版、ソフトウェアプロデューサー、評論家、そして作家である。σ(^^)はこの前の「1999年のゲーム・キッズ」が「週刊ファミ通」に読み切り連載されている時から見ている。なかなかいいよと教えてくれたのはウチの当時中一のムスメであった。ほとんどがハイテクの知識を素材にしたフィクションで、「ファミ通」の読者である小中学生に理解出来るのかな?いやいや、どうも今のゲームキッズはウチのムスメも含めて、意外に面白がっているようだと言う事が分かってきた。私達の世代が星新一の「ボッコちゃん」や「おーい、でてこい」なんかに熱中したのと同じだなあ。星作品の本当の意味や文章の簡潔にして的確な描写に唸るのは、も少し後になったけれど。
1999を書いてから、作者はネットワーク上で自分の小説に共感するゲーム・キッズとやりとりする事によって刺激を受け、この短編集を書くことになったと言っている。現在の彼らが、膨大な量の情報をしっかりと受け止めてしたたかに生きながら、囚われている漠とした不安感。ピカピカした近未来のイメージの裏に溜まったどろどろした澱。大人を追い越してしまってから、ふと途方に暮れる子ども達。・・・この短編集にはそんな気分が溢れているようだ。ああ、「ボッコちゃん」の頃は良かったよなあ(しみじみ・・・)
「世紀末をクリアした後も僕たちはすんなりと新世紀に流れ込むことが出来ない。【2001】の前に【2000】がある。」
4/23月 いや、流石に疲れてしまって、昨日は早々に寝てしまったよ。土曜日がパラパラと雨が降ったりやんだりの肌寒いお天気だったので心配したんだけど、日曜は朝からイイお天気で、私は大型紙芝居と12冊の絵本を抱えて(重いんだこれが(;_;)ウルウル)よっこらせとおばあさんは山にじゃなく(笑)栄に出かけて行っただよ。
三人の持参した本のリスト
「もこもこもこ」「もけらもけら」「かあさん、わたしのことすき?」「ろくべえ まってろよ」「おおはくちょうのそら」「サーカスのライオン」「パンのかけらとちいさなあくま」「ね、ぼくのともだちになって!」「ごあいさつあそび」「わたしとあそんで」「かいじゅうたちのいるところ」「めっきらもっきらどおんどん」「さっちゃんのまほうのて」「とにかくさけんでにげるんだ」「じゅげむ」まんじゅうこわい」「はいいろひめさま かぞえうた」「かぜのこもりうた」「かみさまからのおくりもの」「どんなのきみがすきだかあててごらん」「あがりめ さがりめ」「地雷ではなく花をください」「ラブ・ユー・フォーエバー」「100万回生きたねこ」「はなのすきなうし」「いないいないばあ」「ある朝ジジ・ジャンボウはおったまげた」「ぼくを探しに」「おとうさんはウルトラマン」「ぶた たぬき きつね ねこ」「11匹のねこ」
この「サンジョルディ・フェスティバル」-本と花に親しむ文化的なスペイン・カタルーニャ州の習慣を日本の新しい習慣として再現し、新しい愛のコミュニケーションづくりを目指す。-のが目的だそうな。まあ、よーするにバレンタインデーでチョコ屋にだけいい目を見させてはつまらないと言う本屋と花屋の陰謀なんだろうけど、もう少し若い層に受けるイベントも考えた方がいいんとちゃうかなあ。会場構成は ★本の展示・販売 ★花の展示・販売 ★協賛企業の物品販売 ★サンジョルディをテーマにしたブース展開 ★イベントステージ(ゲストライブ、パーソナリティトーク)そして★おはなし広場(本の読み語りコーナー)と、なっているんだけど、今ひとつインパクトに欠ける気がする。本のリサイクルも大したモノは無かったし、まあ前の日にイイのはほとんど売れてしまったのかも知れないが。大体ね、ステージのチャリティに本の組合が提供した本が「次郎物語」だもん。考え方の古いのが分かろうというモノじゃない?ゲストライブも、「山名敏晴、江口晶、フォークの時代」だよ。まあ、σ(^^)は懐かしかったし、それが悪いと言っているのじゃ無いけど。折角、スペイン・カタルーニャ州政府後援なら、スペインの音楽家・ダンサーを呼んで栄を練り歩くとか。スペインの屋台で売っているような食べ物飲み物を試食、もしくは販売するとか、美しい愛の習慣を持つ綺麗な外国のイメージをもっとアピールして欲しかったな。
おっと、肝心な「おはなし」についてだけど、一番はずれの一番枯れ葉が舞い込むブースが割り当てられた。まあね、ステージでガンガン音楽が鳴っているから仕方がないんだけどさ。だから着いたσ(^^)が一番にしたことは掃除だった。子どもが靴を脱いで上がるようになっているので、枯れ葉のかけらでちくちくしないように、出来るだけはキレイにして置きたいもんね。すぐにはらはらと枯れ葉が落ちてσ(^^)の努力を嘲笑ったけどさ(笑)。その内担当者がやって来て、昨日は天気のせいで子どもも余り来ず、淋しい状況だったと嘆いていた。私と、知立の松尾さん(60くらいのベテラン)大垣の中村さん(司書なのだがまだ初心者と本人) 今日の仲間である三人が集まったところで軽く打ち合わせをする。三人とも以前、講談社の全国縦断「おはなしキャラバン」に参加した事があり、そのつてで今日の要請を受けたのだ。絵本はバッティングしないように事前に連絡してあるのでそれぞれが持ち寄った絵本を前にひとしきり絵本談義。いや、絵本ってホントにいいですね(笑) 持ってきた本もその人を表しているし。たとえば若い中村さんは「おとうさんはウルトラマン」落ち着いた松尾さんは「おおはくちょうの空」σ(^^)は「まんじゅうこわい」(笑)
おはなしの時間は11時と1時(これはステージ)そして3時の三回だ。まあ、11時と3時は普段の「おはなし会」と同じ感じで行くことにして、肝心なのはステージだ。大物を持っていないと言う事で、σ(^^)が「おはなしかあさん」から借りてきた大型紙芝居「じごくのそうべえ」をメインにする事になった。いつもは「おはなしかあさん」の仲間がめくりをやってくれるので安心して語りに専念しているが、今日は「引き」と「語り」を両方こなさなければならない。何度もやって暗記しているようなそうべえだからいいとは思うのだが、突然上がって頭が白くなることもあり得ないとは言い切れないな(笑)松尾さんが持ち手を引き受けてくれ、引いたものを中村さんが隅に片づけてくれることになった。
11時の「おはなし」が終わって、ゆっくり話ながらお昼を食べた後、ステージ横で打ち合わせ。ヘッドセットを付けて待機する。紹介されて三人で舞台に出て、練習しておいた「おはなしかあさん」でいつも歌う「おはなしおはなしのうた」を三人で歌う。いい感じ。まずは中村さん。「こんにちは」の絵本でご挨拶。次の松尾さんは、手作りのエプロンシアター「おおきなかぶ」さすがにベテラン!かぶが最後にお鍋に入ってスープになるのがとてもいい。さて、σ(^^)の番。ヘッドセットを付けているのを忘れて、野外用のとびきり大きな声で始めてしまった
(^▽^) ハッハッハ、慌てて調節してくれたようでその後はいつもの美声がもちの木広場に流れたのだった(笑) めくりもスムーズにいって、σ(^^)としては自己満足。帰る時に金髪の外人が「サイコー」と親指を立てた。さんきゅー、でも分かったのか?
と言うわけで楽しく終わった訳なのだが、一つ文句がある。理事長の意向とやらで「おはなし」の後に外人講師による英会話体験レッスンと言うのが入っていたのだ。前の打ち合わせでは英語の絵本などを見せたり歌ったりの単なる英語体験と言う事だったのだが、ブースには大きな英会話教室の宣伝が貼ってあるし、昨日も来たと言う人の話ではおはなしを聞きに来ている子どもをそのまま残して、名前を書くまで帰れないような雰囲気だったと言う。はっきり言うが、「やめてくれ!!」 我々の「おはなし」を純粋に楽しんでくれた子ども達とその親を裏切る行為ですよ!同じことをまたどこかでおやりになるのなら、私達「おはなし」する仲間は決して協力しないと申し上げて置く。もう一度言う。私は怒っているのだ。今日はここまで!
4/21土 明日、名古屋は栄もちの木広場で「サンジョルディ・フェスティバル」に参加して、「おはなしライブ」をやるので、絵本を選んでいた。読む本も新しいのは底をついてしまい、飢餓状態にあったので、夕方慌てて図書館へ行った。ヤル予定の絵本があった!でホッとして、ここ2・3日に読む分をかき集めていたら、無情に5時の鐘が鳴った。くっそお、早過ぎるよ。考えてみたらσ(^^)もバリバリに仕事している頃は図書館なんて夢のまた夢だったよなあ。土日も仕事だったから行ける訳無いし・・・それに比べれば今は幸せなんだろうけど。あの頃は本代が生活を圧迫していたもの。呑みしろも圧迫していたけど
(^▽^) ハッハッハ。
つう訳で、今日は本の記録はナシ。明日は{サンジョルディ」でのライブについて報告するよ!
4/20金 金曜はチャットの日。ここんとこ風邪ひいてて夜が早かったから、久しぶりのチャットになる。何か最近ページが重い感じがするらしいんだけど、今夜はどうだろうね、ネットの神様。まあ、どこでも神様ってのはきまぐれだと相場が決まってるけどなあ(笑)
今日は
ジーン・ポーターの「そばかすの少年」 角川文庫
ですわ。
思い切り泣きたい時、貴方はどんな本を読みますか? 私はこの「そばかすの少年」と、続編とも言える「リンバロストの乙女」を取り出して読む事にしています。「赤毛のアン」のモンゴメリ、「若草物語」のオルコットほど知られてはいないジーン・ポーターですが、この二冊の持つ力は大したもので、海千山千のσ(^^)のようなオバタリアンの涙を絞ってくれるのです。いや、ホント。何度読んでも泣けちゃうのよね。いいわあ(笑) これって男性に分かる世界なのかしらん? オトコの人って、どんな本を読んで泣くんだろう・・・うーん、知りたいッ。どなたか教えて下され。
内容はねえ、あんまり言いたくないんだけど、言うと陳腐になっちゃうような気がしてさ。でも、どちらも愛を求める人々の、状況に負けない毅然とした生き方を書いているんだよね。「そばかす」の方はちょっとシンデレラものなんだけど、「乙女」は、これは泣ける。母親に愛されない少女が、自分の力で道を切り開いて行く姿の美しさ! ああ、最近のぢょしこーせーに読んで欲しい(笑) 訳は村岡花子。私はこの人の訳で少女時代を過ごしたと言っても過言ではない。今時、この中に書かれているような言葉を話すのは「上つ方」位かもね。やっぱり最近のぢょしこーせーにはちとムリなのでは無いかしら。おほほほほほ。(ムカついたぢょしこーせーが居たらかかっておいで(笑))
「貴女が下さるものなら何でも嬉しいですよ。私は貴女と言う人を良く知っていますから、貴女のする事は何でも素晴らしいと言う事が分かっています。」
4/19木 今日は「おはなしかあさん」の恒例ミーティングの日だ。新学期なので、メンバーも学校の役員に選ばれたりしてなかなか全員集合と云う訳には行かず、四人での打ち合わせになった。まだ子育ての只中にある我々にとって、春は苦悩の季節でもあるのだ。いやまったく、これから4・5年は、いよいよ苦悩も深まる事だろう。生きてる甲斐があると言うもの。楽しい楽しい(笑)
今日は
矢野徹の「ウィザードリィ日記」 角川文庫
なのさ。
毎日、日記日記と言っているので、矢野大人の素晴らしいこの本をまた読んでしまった。何と言っても私に10年も前にパソコンへの憧れをかき立てて呉れた名著なのだ。と言うか、パソコンゲームへの憧れかな。パソコン通信は栗本薫「仮面舞踏会」で、「どーしてもやりたいッo(>< )oo(
><)oジタバタ」と言う気持ちにさせられたから・・・
副題に「熟年世代のパソコンアドヴェンチャー」とある通り、還暦を過ぎた著者が1986年、安田均「SFファンタジィ・ゲームの世界」を読んで<ウィザードリィ>を知り、ゲームの為にパソコンを買ってから、聞き知り感じた、コンピューター文化の記録である。とは言ってもパソコンは88!!だし、メーカー対応もなってない。60過ぎの著者は必然的に苦闘するハメになるのだ。でも、σ(^^)と決定的に違うのは英語力。なんたって矢野大人はハインラインが登場人物の名前に使うくらい翻訳者としてもSF作家としても有名なんだからなあ。もちろん<ウィザードリィ>も英語版でやっているのだ。矢野大人の精神の若さ、好奇心の旺盛さ。本当に夢中になっているのが伝わって来る。可笑しいのは出版社のパーティーなんかに出ていてもゲームの事をつい考え始めてしまうのだろう、ウィザードリィの世界とどんどんオーバーラップした妄想が繰り広げられてしまうのだ。でも、矢野大人、妄想世界の中の美女相手とは言えそんなにやりまくったらお体にさわりまっせ(笑)
あれから10年。私も念願のパソコンと親しくお付き合いする仲となった。独学ながら色んな人に助けられて(いつもお世話になってます、まんぼうの皆様、特にらぐちゃん、ありがとね。)こんな事しているのが信じられない。いや、ほんとにスゴイ事だなあ。で、時々この本を読んであの頃の気持ちを忘れないようにしているのだ。
「ああ、 ついに遊びと仕事が完全に一致するぞ!
これはまったくSFの世界だなあ。」
4/18水 うはははは、今日も今日とて日記なのだ。しかしあれかね。やっぱり毎日つけるから日記っつうのかね。そんなに毎日読んで呉れてる訳無いんだからさあ、休んでもいいよなあ。きまぐれってわざわざ断ってある事だしさ(もう泣き言か(笑))
今日は
黒崎緑の「しゃべくり探偵」ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの冒険 創元推理文庫
でんがな。
いしいひさいちのイラストからして最高におかしいミステリーなんや。ホンマホンマ。立ち読みしとって吹き出したくらいやからなヘ(__ヘ)\(^^;バキ☆ なんや、痛いなあ、殴らんかてええやんか。え?わしらの本を立ち読みなんぞせんと、ちゃんと買わんかいってか。分かった、分かったがな保住。和戸くんはどないしたんや、ええ?まーた事件に巻き込まれてんのかいな。難儀なやっちゃなあ。という具合に全篇関西弁のしゃべくりで構成される四つのエピソード。思わず唸る見事な職人芸で最後まで飽きさせず、「おまえとは、もうやってられんわ」「ほな、さいなら〜」と見事に締めくくってくれる。関西弁に馴染めない人でも面白く読めること請け合いだ。
作者の黒崎緑は最初の作品「ワイングラスは殺意に満ちて」で、第七回サントリーミステリー大賞読者賞を受賞している。これは、本書とは似ても似つかぬおっしゃれーな作品で、ワインに対する造詣の深さに驚かされる。何でも自宅にワインセラーが有るんだそうな。その次の作品は、ミッションスクールの密室殺人事件「聖なる死の塔」これには確か続きみたいな「柩の花嫁―聖なる血の城」ってのが有ったように記憶している。いや、本当に多彩な才能だなあ。でも、「聖なる・・・」は私としてはあまり好みではない。やっぱり、この「しゃべくり探偵」シリーズが(と言っても何冊も出てる訳じゃないんだよね。続編に「しゃべくり探偵の四季」があるだけ(;_;)) 一番面白い。あ、「死人にグチなし」ってのもある。最近あまり新作を見かけない。まあ、多作な作家では無いからしゃあないけど、わて、はよう保住さんに会いたいねん。よろしゅうたのんまっせ。
「このドアホ! しばらく会わんあいだに、お前がしょうもない野郎やと言う事を、忘れてたわ。」
「そんな大切なこと、忘れたらあかんぞ。」
「どこが大切やねん!」
4/17火 いや、続いてるなあ。エライぞσ(^^)(笑) だーれも誉めて呉れないんだから、自分で自分を誉めてやりたい。いーだろ、それくらい
(`ヘ´)へヘンだ。という訳で、今日も覚書を書いておこう。何てったって近頃、「老人力」が五体に漲っていたりするもんだから、昨日の事すらマゼラン星雲の彼方だったりするからなあ(爆!)
今日は
エミリー・ロッダの「ローワンと魔法の地図」 あすなろ書房
です。
私は常々思っている。現代の世界で唯一希望のもてるのは「児童文学」なのではないかと。たかが子どもの本と言うなかれ、子どもの本を書くことはオトナのそれよりずうっと難しい。
児童文学者清水真沙子さんが、「世の中の闇を見つつ、それでも人生を肯定するためには、大きい力が必要だ。児童文学は、こういう力を持った人―成熟した人―によって書かれる文学であろう。だから子供時代を生き抜くよすがともなり、子どもに未来を示す道標ともなりうるのだ。」と言っておられるが、まったくその通りだ。苦しみの中から、それでも夢を見ようとする生命力無しには、子どものための本なぞ書けるものか。
この「ローワンと魔法の地図」も、そんな冒険ファンタジーだ。まず、佐竹美保の絵が素晴らしい。私はこの画家に以前から注目していて、この人が挿絵を描いているものは目を通すようにしている。大抵当たりなのがスゴイ。作者のエミリー・ロッダについては知らなかったが、この本はオーストラリア年間最優秀賞を受賞し、もう四冊目まで出ているのだそうだ。---ローワン少年の住んでいる谷の川に水が流れなくなった。このままでは村の未来は無い。原因を探るために山に登る七人の勇者の中に、内気で臆病なローワンが入る事になってしまうのは偶然では無かった。---この水が流れなくなった理由と言うのがちょっと思いつかなかったぞ。ファンタジーらしい解決で、σ(^^)はとても満足したよ。
この中に描かれている社会は、個人がそれぞれの役割を果たしていく男女差の無い、みんなが強くなければならないところだ。ある意味作者の理想なのだろうな。でも、ローワンも私の贔屓のアランも、その中でははずれ者だ。これからどうハナシが展開していくのか、大いに楽しみではある。
「怖がっているのがその子一人だというなら、その子だけが分別を持っているということじゃ。」
4/16月 私ねえ、日記の為に本を読んでるって訳じゃあないんだよね。気が付くとなんか読んでたりするだけの事なんだ。ウチには「本の樹海」(笑)があって、本人にもどこにどの本があるのか分からなくなっているから、もうウチにあるのを忘れて同じ本を買ってしまったりする事もよくあるのよ。バカだねえ(笑)まあ、基本的にウチの2500冊くらいの(多分ね)本は、何度も読みたいと思ったから買った本なので、今日読んだ本が30年前にもう読んだものだってのも有り得るっつう事をお断りしておきたいと思う。
今日は
周防正行の「【Shall we ダンス?】アメリカを行く」 太田出版
なのだ。
この本は、マーケットリサーチから一次二次のキャンペーンを経て一本の日本映画が全米公開される過程を、監督自身が綴ったものだ。【Shall we ダンス?】 はσ(^^)が珍しくキチンと映画館で観た久しぶりの日本映画だった。アメリカから来た旧友に最近の話題の映画を観ようと誘ったのだ。優しい、いい映画だった。彼女も「日本」に浸っていた。ちなみにその前の年は玉三郎を外人監督が撮った美しい映画。次の年は三谷幸喜のラジオの時間、北野武の菊次郎の夏である。
この映画は全米で公開され、成功を収めた。日本映画の最高興行収入記録を破ったのだ。批評も素晴らしいものだった。しかし、アカデミーの外国語映画賞の権利は無かった。日本から代表に選ばれなかったから。ところが、全米で公開された事でアメリカ映画としてアカデミーに参加出来るのではないかと、周りが期待するようになったのだ。本当に残念な事だが、それは叶わなかった。既に日本でテレビ放映されていたからだ。これは最近の映画がビデオ化されたり、テレビでやったりする事が速過ぎると言う事があると思う。映画館に行きたくても行けないσ(^^)のようなファンには嬉しいことだが、そう言うチャンスを奪ってしまう事は誰も望まないだろう。考えて貰いたいと思う。それと、日本の映画会社が海外に出て行くときどんなに弱腰であったかと言うことがよく分かった。海外配給に関しても監督の権利は何も無いのだ。
「どうやら僕は背負うつもりなど微塵も無かった日本映画を、いつの間にかどっかり背負い込んでアメリカに乗り込むことになったようだ」 周防監督、ご苦労さま。
4/15日 おお、もう三日目ではないか。自慢じゃないが、三日以上続いた日記を書いたことは一度しか無い(笑) それも実は20日で終わっていると言う体たらくなのだった
(^▽^) ハッハッハ
今日は
畠山けんじ・久保雅一の「ポケモンストーリー」 日経BP社
だッ。
日本初、親子で読めるビジネス書 と腰巻にあるぞ。こう言う類は「ゲーム・オーバー」とか、「ピカチュウの逆襲〜子どもたちはポケモンパニックをどう見たか」などと言う任天堂関連BOOKで読んでいたけど、親子を確実にターゲットにした本はこれが初めてかな。装丁も今までより子どもを意識した凝った造りになっている。
ウチにゲームがやってきたのは上の子が小学3年、下が一年生になった年だった。ファミコンはもうずっと以前からあり、実のところ親のσ(^^)が必死でそれまで耐えていたのだ。夢中になる事は目に見えている。こんな面白そうなモノ、自分で制御してやることが出来るわきゃあナイ。私だってやりたいのは子ども以上なのだったが、ハマルのを恐れていたので。・・・なのに、手に入ったのは友人のお兄さんが「自分にはムリなので」とタダで、しかも「ドラクエ1」のソフト付きで譲ってくれたからなのだった。これは貰わない訳にはいかないよなあ (゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウンと、最初の障碍を超えて以来、ウチには雪崩の如くゲームがやって来た。子どもが中学になるまでは、ゲーム時間は一日一人30分。土日のみ一時間やる事を許した。(親の方はその限りではない(笑))
今、ウチには殆どのゲーム機が揃っている。今度出る「ゲームキューブ」も多分買う事になると思う。子どもは欲しいソフトが出るかどうかだと言っている。ン、ひょっとしたら子どもの方が冷静? オホンオホン
えー、この本の中で面白かったのはポケモンが「ゲームボーイ」と言うハードの息の長さから生まれた怪物ソフトだった事だ。作者の田尻智(そう、主人公のサトシは作者自身なのだ) は1965年生まれで、ゲームボーイ誕生の89年に、ゲームフリークと言う会社の社長になっている。このハードが出てすぐに、田尻は通信機能を使ったゲームを思いついた。それが、ポケモンと言う形になるまでに、なんと、7年掛かっているのだ。今度「ゲームボーイアドバンス」と言う後継機が出たのも、ポケモンの成功のお陰だろう。だって、ポケモンが出た頃、ゲームボーイはもう終わったハードだと思われていたのだから。今のように新型ハード競争に明け暮れていたのでは、もしかしたらポケモンは無かったかも知れないなあ。もちろん、アドバンスも既に我が家に来ている(笑)
「ポケモンはゲームの王道だった。でも、王道を実現するのは一番難しい。だから相当堂堂巡りをした。」
4/14土 日記である( ̄^ ̄;;エッヘン。えらそうだなあ(笑)たかが二日めにしてこの有様では先が思いやられると言うものではないか。なんて言いながら今日読んだ本のことを考えているσ(^^)です。
今日は
スティーブン・キングの「グリーン・マイル」 新潮社
である。
分厚い本だ。おっそろしい事に3500円もする。流石のσ(^^)でも読むのに三時間掛かってしまった。序文に、この本が六分冊で発行され、一冊にまとめられたいきさつと、彼のアイデアが「発火」するまでが書かれている。発火と言えば私の好きなキングの小説は「ファイヤスターター」とか、「タリスマン」「シャイニング」と言った、能力のある少年少女がその身に起こる恐怖に対抗するものなのだが、これは、オトナの物語だ。語り手は老人ホームに暮らす元看守で、彼の目を通してタレントがもたらす永遠の苦しみと癒しが、時にユーモアを持って誠実に語られていく。私はふいと、手塚治虫先生(私が先生とお呼びするのは手塚先生だけなのさ)の亡くなる前、病床での作品構想メモに「死刑囚がトイレにピエタを描く」と言うのがあったのを思い出した。この本と同じイメージがあるように感じるのは私だけ・・・なんだろうな、やっぱり。
語り手と主人公の苦悩と哀しみが心に迫る。それにしてもどうしてキングは死の間近に居る人々を、これほどリアルに描く事が出来るのだろう? まさに生まれながらのストーリーテラーと言うべきである。そう、私たちは死と言う荷物を背負って歩き続けている。そして
「しかし・・・ああ、神よ。ときに<グリーン・マイル>はあまりにも長すぎる。」
4/13金 日記なんて続くわきゃないんだよね(笑) だからこれは私の読んだ本についての記録と思って書いていくことにするわ。だって、本なら毎日一冊は必ず読むもんね。(゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン
今日は
西原理恵子の「サイバラ式」 宝島社
なんだわ。
サイバラって面白いオンナだよねえ(すっかりオトモダチ(笑))初めて読んだのは「恨ミシュラン」★史上最強のグルメガイド★だったんだけど、中のマンガが面白くて、文章を書いた人のことなんかすっかり忘れたくらいのもんだった。あ、そうそう最初の方に「このヒトはプロだ。はじめから怒っている。」と、この若い女のコを尊敬のまなざしで見直した・・・って書いてあったのは覚えているぞ。それで、サイバラについてのσ(^^)の評価は決まったのだ。
「まあじゃんほうろうき」も良かったが、この「サイバラ式」の中にある生まれ故郷についてのマンガは、せいぜい6〜8ページなのにずしんとココロに残る。虐待を受ける子ども、みぞに落ちているじいさん、だれもいない家で幼い自分を呼ぶ声。ほおら、アナタも読みたくなったでしょ(笑)そして、サイバラは叫ぶのだ。
「カラダめあての人はよってきていいけど、お金めあての人はこないで下さい。」