山中城悲話ダイジェスト

戦国時代最後の戦いと言われる豊臣秀吉と北条家の小田原合戦は、
空前絶後の規模であった。動員兵力は双方合わせて三十万に達し、
その戦域は関東全土に及んだ。その緒戦にして勝敗の分水嶺ともな
った戦いが、山中城攻防戦である。山中城は箱根山系の西麓にあり、
北条家西方防備の要であった。そのため、両者の激突は山中城で切
られることが必至であった。攻城勢の主力は豊臣秀次に率いられた
豊臣家屈指の将兵、対する北条家もえり抜きの精鋭を送った。
北条家の副将、間宮康俊は自身の持つ普請知識を駆使して、究極
の山城を築いていた。しかし、敵と味方兵力、火力の差はいかんとも
し難く、開戦前には落城必至と悟っていた。開戦前日、康俊は孫にあ
たる十六歳の彦次郎を密かに小田原に落とす。彦次郎は戦場に留ま
ることを懇願するが、康俊は許さず、彦次郎は泣く泣く落ちて行く。

合戦緒戦は康俊の守る岱崎出丸から始まった。功を焦り、押し
寄せる敵の多くを討ち取ったものの、衆寡敵せず、岱崎出丸も
半日にして落ちた。康俊は白髪首を敵に供することを恥じ、
鬢を墨で黒々と塗り、敵の中に突入して行った。続いて、敵は
三の丸、二の丸、本丸、西の丸へと押し寄せ、山中城は遂に
一日にして、落城することとなる。


長宗我部元親殿の宮内少輔の屋敷よりMIDIを
使わせていただきました。

5月18日(日)ここのところ雨が続きましたが、当日は、曇りから、晴れ間までのぞく晴天に恵まれました。

山中城悲話は、ストーリーも素晴らしかったですし、30分という短い時間の中での演出、効果、ナレーション、音楽などどれを取っても良くできていました。演技をされた方々お疲れ様でした。カッコ良く決まってました!

最後まで、戦った板東武者の誉れ北条の戦いがこのように語り継がれて行くことを願って止みません。このような感動こそ歴史の醍醐味!

岱崎出丸会場で開催の合戦小劇場 なだらかな坂になっていて見やすかった!
大迫力の合戦絵巻! 豊臣方にも犠牲者「一柳直末」が!
一柳直末役と諏訪部宗右衛門役・だ〜れだ? ●役者陣で〜す。皆カッコイイ〜!
凧上げ教室やクラフトコーナーなど盛だくさん ●二の丸から見た岱崎出丸の会場
7万人の敵に囲まれても臆することなく勇敢に戦った山中城の勇士たちへの鎮魂
山中城悲話
合戦小劇
山中城祭り2003

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北条氏が西からの攻撃に備えて、西の国境の役割を果たすため 
築城した山中城は、天正十八年三月二十九日、徳川家康を主将 
とする豊臣勢の7万の兵に囲まれ、城主・松田康長、間宮康俊  
以下約4千の兵で篭城・・・                 

宗閑寺には、18倍という想像を絶する数の敵を前に死力を尽して正々堂々と臆することなく立派に戦って果てた松田康長、間宮康俊などが、豊臣方の一柳直末といっしょに菩提を弔われております。

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