新火星のプリンセス2001  第34話 シン






アルマダ、風の谷アルマダ。

バルスームで伝説となっていたアルマダはいったいどこにあるのか。

イス河の源流にそれは位置する。イス河は火星唯一の大山脈地帯に源流があり、

オメアン海に発するともいわれる地下大水脈からイス河は流れ出す。

河は最高峰トゥーリューギの胸壁から大瀑布となって流れ落ち、

山を削りグランドキャニオンなど及びもつかぬ、おおよそ1ハアドの高さの絶壁をもつ

全長幾千ハアドもの大地溝帯を形作っている。

その壮大な渓谷には流れ落ちる膨大な水の勢いと吹きつのる偏西風があいまって

常に暴風以上の猛烈な風が止むことはない。その風が飛行艇を到達不可能にし、さらに

絶壁が人の侵入を拒んでいる。

 

アルマダはそこにある。源に近い大峡谷の屈曲部のほんの一部にまったく風のあたらない

小さな谷がある、それがアルマダである。そこへ行くためにはいかなる飛行船を持っても

上空に吹き荒れる風を妨害されて着陸することができない。

また周囲の岩壁は屋根のひさしのように張り出していて、たとえ風の吹くことがなくても

地を這う蟻でさえも墜落してしまうような険しさであった。

アルマダに入るためには唯一つトゥーリューギ峰の胸壁の内側に穿たれた岩道を通るほかはなかった。

ここもまた絶壁であり、ここに近づくためには飛行艇を使うことは不可能で、人はみずからの足で

よじ登っていくより他はなかった。

そして、岩道の入り口はさしわたし100アドもある大きな岩、−トゥーリューギの門と呼ばれる− によって常に閉じられている。

その門を通り抜ける方法は、アルマダのスレダーのみに知らされている・・・・

 

 

 トゥーリューギ峰の麓、その胸壁直下を斜めに流れ落ちる氷河の舌端に、夏の間に

地元の民が使う台地状の放牧地がある。この季節には誰も滞在するものはいないが

放牧者が夏の間に住まう小屋がけと大きな石碑が立っていた。そして、

その石碑には次のような歌が刻まれていた。

 

真直ぐなる者、問う、汝遅れたる者、何処に在り也。

遅れ来る者、答う、我、其処彼処に在り、また狭間に。

我、風に問う、否、風聞く事なし、また、聞く事為せず。

 

その前に火星人としては珍しく加齢のあとも明らかな老婆が一人立ち、彼方から数十隻の飛行艇の

船団が近づいてくるのを見つめていた。そして、小さな声でつぶやいた。

「来たか・・・、バルスームを救うものたちが・・・」

 

まもなく、一団の飛行艇はその台地に着陸した。

「ここが、伝説のアルマダの入り口か・・・」

「やれやれ、やっと着いたわい。」

などとつぶやきながら、降りてきたのは、シン、じい、ラナナ、ジャー・ムリ姫、その侍女パルパン

そして、おかぴーの体に頭脳の移植されたパンサンである。パンサンはひとりごちた。

「どうも、この一緒になったヘリウムの艦隊は気に食わんな・・・」

 

「あー、よかった、みんな、元気だった!」

大きな声で喜びを表しながらかけよって来るのは、ひとみである。

「おかぴー先輩も元気だったー ・・・・って中身は違うんだったっけ。」

その後ろからはゾル・ドーンが巨躯をあらわし、その横には

オタサームinパンサンが見える。

 

 

横に着陸した飛行艇からはおかぴーinオタサームとナティス・オカピーが現れた。

 

「俺の体!」

「私の体!」

「僕の体!」

三人が同時に叫んだ。

「無事でよかった!」

 

そのとき、残りの飛行艇から降り立った一群の戦士がいっせいにそちらへ向かって

長剣をきらめかせながら突進してきた。

「見つけたぞ、覚悟せい!」

「やっと、見つけたわ!」

 

先頭にたって声をあげたのは元巡洋艦艦長のマール・マルンとその娘ママンである。

目指すのは、オタサームinパンサンである。そもそも、パンサンがママンとの交際が

もつれたことが恨みを買った原因であるが、そんなこととは露知らぬオタサームは

呆然と佇んでいた。

 

「あいやー、またれい、人ちがい、いや、脳みそ違いだぞ。」

突然物陰から紅サリアが飛び出した。

 

「そこな珍妙な男、どけい! その男はわが娘ママンをたぶらかした男だ。

 成敗するのじゃ、邪魔だてすると、お前も一緒に長剣の露としてくれるわ。」

「だから、それがちがうの、脳みそが入れ替わっているのだから、これを

 斬っても脳みそは他のところで生きとるのだよ」

紅サリアが説明すると、二人はパンサンの脳みそがまるで透視して見えるかのように

あたりの人間を物色し始めた。

 

パンサンinおかぴーがそろりそろりと物陰に隠れようとしたとき

 

大音声が響き渡った。

 

「そのような戯言を問題にするでない!」

「ここに一同が集まってきた目的を知りたくはないのか!」

 

その声はこの寒風吹きすさぶ台地に佇んでいたあの老婆の口から発せられていた。

 

一同はあっけにとられて、老婆をみた。すると今度は老婆は静かな声で

話をはじめた。

 

「もう、時間がないのじゃ、ご一同。」

「この火星、バルスームの存続がかかっているのだから。」

一同がいっせいに問い返した。

「バルスームの存続?」

 

「さよう、お前たち皆、アルマダに行こうとしていたが、なぜかわかっておるのか。

 地球の人とバルスーム人とが、どうして、一緒に行動し、アルマダに向かっているのか。」

「このバルスームは、年老いた世界じゃ、そうこの婆のようにな。大洋は太古の昔に干上がり

 水はもうこのイス河にわずかに流れるのみ、人々はその水を運河へと導き作物を作って生きている。

 また、この大気も自然の営みでは充分に得られなくなって久しい、今こうして息がつけるのも、あの大気製造工場が稼動しているからじゃ。」

 

「しかし、これだけではないのじゃ、このバルスームがこうしてあるのは、バルスームには進んだ超文明がありながら、野蛮であり、また野蛮であるがゆえ、人々は清く美しくあることができる。この精神のバランスを保つのが、伝説のアルマダの役目なのだ。」

「ここから発せられる音なき歌声は、サブエーテル波を通じて全火星に広がっていく。その精神作用は

 全てのバルスーム人に加わる。気高くも野蛮なバルスームはこうして成り立っているのじゃ。」

 

「考えてもみるがいい、もし、赤色人があの超科学を最大限に利用してお互いに戦争を行なったら、

 どうなるか?何一つ残らずにお互いを滅ぼしてしまうだろう。」

「もし、緑色人があの残虐性を完全にあらわにしたら、どうなるだろう。ブラックパイレーツがその欲を

押さえるすべを持たなかったら、黄色人が全ての飛行船を無効にできるあの技術を持って

南下してきたら、白色人が宗教支配を持って全火星を支配したら、・・・」

 

「これらの行き過ぎを精神的に支配してきたのが、アルマダの役目だった。科学力に頼ることに

精神的な制限をかけ、個人の力を重んじることをたたえるように心を操作してきた。

それがゆえに、火星では超科学的な武器がありながら、最終的な紛争の解決は長剣を持って

行なわれるのじゃ。」

 

「その精神操作がそうおおむね100年も昔から不調になり始めた。

人々の欲望が制限できなくなってきた、集団と強欲の論理が徐々に広がり始めた。

なぜか、それは一つにはアルマダの民の中での血が濃くなりすぎたため、

その歌の力が落ちてきたことがある。」

「もう一つは、地球からの有害な精神波が段々と強まってきたためである。」

 

「長老たちは相談した上、二つのことを行った。一つは毒を持って毒を制す、

で、地球からその中でも最も優れた心の持ち主を招聘し、混乱を収めることであった。」

「その地球人こそ大元帥、かのジョン・カーターなのじゃ。

それは、まさに考え通りにうまく運んだ。かの男の行動力と精神力が

この世界の結束を強化したのじゃ。」

 

紅サリアが咳払いをした。

 

「二番目は、スレダーの血を強化するために、精神作用力の強い地球人の血を入れる計画であった。

 もっとも力を持つスレダーが一族の中から一人、地球へと派遣された。

しかし、これは地球での混乱で長期にわたって帰ることができなくなっていた・・・」

 

ナティス・オカピーとおかぴーinオタサームが顔を見合わせた。

 

「地球、ジャスームでは、いよいよ科学技術が進歩し、この星にも到達しようかの勢いじゃ。

 しかし、精神的には病んでいる。地球の人々は科学技術にあまりにも依存しすぎていて、

人本来の 心のありようを忘れておる。」

「しかし、精神感応力はこのバルスーム人よりはるかに強い、

このままでは、地球人が精神的には未熟のままでこの火星に到達してしまう、

 そうなれば、強力な精神感応力でバランスの乱れがばらまかれてしまう、

そうなれば、バルスーム、この世界の成り立ちは根底から崩れてしまう。」

 

老婆は喋りながら、一同を招き、石碑の裏側を見せた。

 

「おお、これは!」

「なんと!」

「なんでこれがここに!」

「あれ?!」

一行の中の地球人たちが驚きの声を上げた。

 

そこには今までに、地球から火星に向けて送り込まれた宇宙探査機、バイキング、マース・サーベイヤーなどが山積みにされていた。

 

「そう、これらを知っておるじゃろう。現実の宇宙船じゃ。これらが報告したのは荒れ果てた無生物の火星だが、本当の姿はこのバルスームなのだ。もっとも力の強いスレダーがこれらの宇宙船の観測機器を偽ったのじゃ。」

 

「地球の人々は、まだ、真のバルスームを知るにはまだ早いとな。」

 

「しかし、もうその力も尽きた。このような現実の物質を欺くのは非常に力を使うし、宇宙空間を超えて

 影響を及ぼす地球人の精神的な毒でスレダーは憔悴した。」

 

「いまや、火星自身の秩序を保つだけの力もない。そこの地球から来たスレダーの末梢といろいろな

 人種が同じ事に力を合わせるというその行為、その行為が生む望ましい精神的影響がこのバルスームをすくう鍵なのじゃ。」

 

「おまえたち、救ってくれるかこのバルスームを。」

 

おかぴーinぱんさんが眼をきらきらさせながら言った。

「そうなんですか、わかりましたわ。」

他のメンバーも口々に

「そうか、やらなきゃな。」

「やってやろうかい。」

といった。

 

「やってくれるか。皆で協力してアルマダへ向かい、いまは空座となっている“秩序の天秤の座”に

 その資格かあるものがつけばよい。そして歌うのじゃ。」

 

「さて、前口上が長くなりすぎたわい、もう充分にわかったであろう。お前たちは皆、力を合わせて

 アルマダへ向かわなければならぬことが。」

「アルマダへの道は、かっての道とは似ても似つかぬものと変わり果てている。アルマダの精神力はそれほどまでにも、落ちているのだ。」

「スレダーの持つ精神感応力は、あの遥かな高みにあるテューリューギの門へと肉体を運ぶことをも可能にしていたが、今、この精神波の乱れたバルスームではそれもかなわぬ。お前たちは、皆で力を合わせて自らの足で、あの絶壁を登っていかねばならぬ。」

 

「いよいよ俺の出番のようだな。」 シンがつぶやいた。

 

「時間はもうあまりないのだ、行け。行って、このバルスームを救ってくれ。」

 

老婆は最後にこう叫ぶと、くるりと向きを変えて、台地から下っていった、振返りもせずに。

そして、小さな声でつぶやいた。

「・・・・・そこの石碑の言葉を忘れるでないぞ・・・」

 

 

「さて、そういうわけで、とりあえずは、休戦となったわけだ。さて登ろうか。」

シンが水を得た魚のように生き生きとして声をあげた。

他の一同は呆然としていたが、その声ではっと我にかえった。

 

この遠征のメンバーとなることの出来ないヘリウムの戦士たちは釈然としてはいなかったが

一同が登攀するための装備を提供した。

 

極寒の高所へあがるために、一同はアプトの毛皮の上下を二枚重ねで身につけた、内側の一枚は

表面の毛を内側にしてあり、外側は毛を表にしてある。こうすると、身につけた側は暖かく、

外からはまた雪氷がはじかれてぬれることも少なくなる。

 

足には同じように二重の毛皮の長靴をはくが、そこにはバンスの牙が縫い付けてあり氷に突き刺さり滑ることのないようにしてある。

 

シンはヘリウムの軍船の船倉でみつけた黄色人の使う武器を各自に二本ずつ渡した。黄色人は短めの剣と鎌のような剣を組み合わせて使うが、シンが渡したのは鎌のような剣だけを二本である。

 

「これは、異な。」

「なぜ、こちらだけ。」

紅サリアとゾル・ドーンが同時に声を上げた。

「この武器はこちらだけで使うものではないのだが? シン殿。」

 

「武器としてではなく、あの高みまで登るための道具としてお持ちください。

つるつるの氷の壁を攀じ登るときには

あの先端を引っ掛けるように氷に突き刺して登るのです。」

 

「なるほど、了解した。」

 

あとは各自が頑丈な綱を一巻きと氷や岩に打ち込んで手がかりとするための短剣を数本、暖を取るための毛皮のケープ、簡単な調理をすることもできるラジウムランタン、数日分の携帯口糧である。

 

もちろん、火星人の常で普段から使い慣れた武器を持つことも忘れてはいない。

長剣、短剣、ラジウムピストルなどなど。

「ながものは、やはり、一つはなくてはな。」

と、ゾル・ドーンは長槍を小脇に抱えた。

 

 

門へと行き着くためにはまるまる2日かかった。高度が低いところは、完全には

凍り付いていない硬くしまった急傾斜の雪壁を両手に鎌状の剣を持ち、

蟷螂のように這い登っていく。

ふくらはぎの筋肉が引きつって悲鳴をあげても、単調な登りが続き

休憩することもままならない。全員は無言で上り続けた。

体力的に余裕のない女性陣は先に行くものに結び付けられたロープに

半分引き上げられていた。

やっと休憩できる小さな岩棚に着いた。体力のないものはがっくりとそこに腰を下ろし

息をついているが、残りのものは上にそそり立つ大胸壁を声もなく見上げていた。

「あれを登るのか・・・」

 

「だいじょーぶですよ」

「あの左側のルンゼからあがって、稜線どうしに、こねこねこねと行けば・・・」

シンが脳天気にルートの解説をはじめると、じいがそれをさえぎった

「シン殿、簡単におっしゃられますが、女子供も多いのですぞ。」

じいはここまでの登りの最後はラナナを背負って登ってきたのだ。

 

見ると、バルスーム側の女性陣、ジャー・ムリ姫、パルパン、ナティス・オカピー、

ママンなどは全て青い顔をして座り込んでいた。

 

「そうですね、じゃあ、こうしましょう。」

 

そこからは体力的に余裕のあるもの、紅サリア、ゾル・ドーン(inカイ)、シンが、

氷壁、岩壁など危険な箇所には全てロープを固定し

それを頼りにオタサーム(inぱんさん)、マールマルン、じいらが

女性陣、ジャームリ姫、パルパン、ナティス・オカピー、ママンを安全に通過させ、

最後にとパンサン(inおかぴー)、ひとみがロープを回収して先頭に渡していった。

 

この方式に変えてから、登る速度は格段に遅くなったが、

ゆっくり進む分だけ、全員の体力も回復してきた。

 

ふきつのる偏西風とこの寒さの中でも凍ることなく流れ落ちるイス河源流の

滝のしぶきが、全員に吹きつけそれが凍りつく。

 

充分に暖をとる休憩もなく、登りつめると、突然のように

前に門が立ちはだかっていた。

 

「やっと着いたな。」

「さーて、中に入るのはどうするのかな。」

 

門といっても、人工の物のようには見えなかった。

稜線をさえぎるように二本の岩塔が立ち、その間には門扉のように

二枚の一枚岩がある。

 

「さて、門を開けるのは誰かにお願いしようかな。」

そうシンは言うと、後ろへ下がった。

 

あとは、門を開けて、アルマダへと続くトンネルに入らねばならない。