1999年

 

1/1

 みなさま、明けましておめでとうございます。

 去年はあんまりライブをやれなかったので、今年はできればいろんな形でライブをやりたいなと思ってます。どこかでお会いする機会がありましたら、どうぞよろしく。くれぐれも石を投げたりしないように。

 とりあえず、1月中に2つほどライブの予定が入りそうなので、現在わかっていることを、パブのバンド情報のほうにまとめておきます。まだはっきりしない点が多いため、急に取りやめになったりしたらごめんなさい。

 それと、去年はインスト曲しか作らなかったので、久々に歌も書かなくちゃと思ってます。ネタはいくつか発酵しつつあるし。

 ――なんて言いつつ、暮れにWindows版のウィザードリーが出ていたもんで、つい買ってしまい、おまけに、光栄の三国志6 withパワーアップキットもいっしょに買ってしまったもんで、実はそっちのほうが忙しかったりして・・・・。ウィザードリーのほうは1作目から3作目までをまとめたものなんだけど、考えてみれば、私がこのRPGを買うのって、アップルU版に始まって、FM-7版、PC-98版、Macintosh版・・・・ときて、これが都合5回目か。なにやってるんだろうね、まったく!

 ま、なにはともあれ、今年もよろしくお願いします。はい。

 

 

1/31

 自分の過去に向き合う作業とは、懐かしくもある反面、またおそろしく気恥ずかしいものでもある。

 先日、長いこと会っていなかった人から、自分のガキの頃の写真を渡された。初めて目にする写真ばかりだ。妙にリアリティがないというか、はっきり言って自分のような気がしなかった。なのに、背景にはたしかに見覚えがある。奇妙な気分になった。

 さらに追い討ちとばかりに、ガキの頃の思い出話まで披露される。1人で大きくなってきたような顔をしていても、こういう人にかかると形無しだ。それでも不思議と嫌な感じがしないのは、どこかに世話になった記憶が残っているからか。

 自分の過去をさらけだす行為に、はたしてどれだけの意味があるものなのか、よくわからない。おそらく、自分以外のたいていの人にとっては、そんなものはせんべいの袋に入っている乾燥剤ほども、興味を持てないシロモノなのではないかと思う。それでもあえて公開する人があとをたたないのは、一種のナルシシズムなのか。ま、そんなことを言いだしたら、個人のWebサイトそのものが、そもそもナルシシズムの産物なのかもしれないが。

 

 

2/13 秘密の日記番外編

 「ビル・ゲイツの秘密の日記」(アスペクト刊)という本を読んで笑い転げる。マイクロソフトのあのお方の、架空の日記という設定なんだが、これがひたすら面白かった。かなり危ない内容−−というか、いろいろ問題ありそうなシロモノでもあるのだけれど・・・・。

 この本を読んでいて、あることを思い出した。幕張メッセで行なわれたWindows World Expoか何かで、G氏が基調講演をやったときの話だ。

 私もコンピュータ関係のライターのハシクレなもんで、なんとか早起きをして聴きに行ったのだが、これがまずかった。遠くのほうだったから油断していたこともあり、ついうっかりとアクビをした瞬間に、G氏と目が合ってしまった。マズイ!

 そのときG氏、少しも騒がず。「お昼を食べたばかりで眠たいでしょうが、どうか我慢して私の話を聴いてください」てなことを、穏やかな口調でしゃべったのだった。いやはや。

 その日のビル・Gの日記には、きっとこんなことが書かれたに違いない。

「幕張メッセで基調講演。

 この僕のスーパークールなスピーチを聴きながら、アクビをしている間抜け野郎がいた。たらふくタダメシを食ったばかりで腹の皮がつっぱってたのかもしれないが、その金は僕が払ってるんだぞ。負け犬め!」

 もし幕張でのランチサービスがなくなったとしたら(わはは)、それはひとえに私のせいです。関係者のみなさんごめんなさい! あ、それからG氏にもごめんなさい。話自体は、すっごく興味深いものだったんですよ。いや、ほんとに。

 

 

3/1

 1998年はほんと〜に仕事をしなかったので、だいぶ財布の中身が心細くなってきた。ちょっと心を入れ替えて、今年は真面目に働かなければなるまい。

 てなわけで、先週はせっせと単行本のゲラ刷りに赤字を入れていた。いま校正が上がったということは、実際に原稿を書いていたのは去年のことだったわけだが、あらためて読み返してみると、やけに饒舌な部分があったりして、当時の絶不調ぶりがしのばれる。私のバヤイ、調子が悪いと、てきめんよけいな文章の割合が増えるのだ。あまりにも鼻についた部分を3箇所ほど手直ししたら、だいぶ感じがよくなった。著者校正の段階で大きな直しを入れるのは、誉められることではないのだが・・・・。

 ま、それなりに面白い本になったと思うので、脱初心者を目指すWindowsユーザーのみなさんは、ぜひぜひお読みくださいませ。技術評論社から近日発売の予定。タイトルは、とりあえず「ウィンドウズがわからなくなる本」となってますけど、いつものことで、発売までに違うタイトルに変更されることでありましょう。

 正式に発売されたら、また宣伝しますから、よろしゅーに。

 

 

99/3/1 恐怖の大王の正体?

 毎日新聞によれば、日本の2000年問題への取り組みは、最低ランクの「C」なんだそうな。

 これはアメリカでの評価だというから、そのまま鵜呑みにすることもないのかもしれないが、ある程度思い当たる節はある。もう1年もないというのに、いまだにどこか他人事のような雰囲気を感じるのは私だけだろうか? 事が起きてから慌てても遅いのだが・・・・。ノストラダムスの「1999年の7の月」の詩は、実はこの2000年問題を予言したものではないか−−というくらいの覚悟でいても、バチは当たらないかもしれない。

 とはいえ、具体的に何が起こるのかと聞かれても困る。この問題に関しては、むしろ何が起こるかわからないところが怖いのだ。コンピュータとはそういうもんである。自分でプログラムを書いたことがある人だったら、きっとこの感覚はわかってもらえると思う。 官民ともにソフトウェア技術に対する意識が低いというのは、もしかしたら日本の伝統なのかもしれない。もっとも、当のソフトウェア技術者にしてからが、認識が甘かったことは認めざるを得ないのだけれど。だいたい、私がソフトハウスでスーダラ社員をやっていた10ウン年前だって、西暦の下2桁を比較するだけでは将来破綻することは、重々わかってたんだから。にもかかわらず、「どうせその頃にはこんなプログラム使ってねーよな」と、たかをくくっていたというお粗末。いまになって振り返ると、どこへ出しても恥ずかしい話なのだった。

 だってあの頃は、2000年なんてずっと先の話のように思えたんだもの!

 

 

3/16

 確定申告のたびに思うんですけど、どうして締め切り間際にドタバタと1年分の帳簿をつけることになるだかなぁ? 毎日マメにつけてれば、何の問題もないものを。ま、そんなことができる人間だったら、普通の会社で普通に働いてますよね、きっと。

 何はともあれ、Excel様をフル稼働させて、15日の期日にはギリギリ間に合わせました。ホッ。

 しかし、コンピュータの減価償却期間が6年っていうのは、ちょっと長すぎやしませんかね? パーソナルコンピュータなんて、だいたい2、3年で、陳腐化して使い物にならなくなるってえのが現実だと思うんです。たしかにハードウェア自体は6年くらい楽勝で持つでしょう。でも、いくら壊れないったって、世間様の進歩にスペックのほうが追いついていかないんだからお話になりませんや。減価償却の用紙に古いマシンの名前を書きながら、「そういえばそんなコンピュータもあったねー」なんて感慨にふけっちゃったですよ。

 ボヤキついでに書いちゃいますけど、おカミに提出する書類のハンコにシャチハタ(・・・・って登録商標だっけか)が使えないのはなぜなんでしょうね? 私はあんまり合理的な理由を思いつかないんですが。お役人さんはああいうもの嫌いなのかな? う〜む。

 話代わって、都知事選挙に石原慎太郎さんが立候補したみたいですね。政治についてはまったくの素人なので、選挙そのものへの意見は差し控えさせていただきますけど、このお方の出馬の弁「今度書く本は文学史に残る作品になる。それを投げ打って出馬するんだから・・・・」−−ってーのは、そうとうにあぶねーなー。かなりの妄想入ってる感じ。ほんとにだいじょぶなんだろうか、この人?

 

 

3/31 バルカン半島の憂鬱

 ああ、ユーゴスラビア、ユーゴスラビア!

 ナゴヤグランパスエイトのストイコビッチ選手がアンダーシャツに「NATO STOP STRIKES」と書いた気持ち、私にはよくわかるなぁ。ああいう形でアルバニア人を迫害するのがアカンというのは、議論するまでもないこと。だからといって、その暴力をやめさせるために空爆をもってくるっていうのは、話がヘンだよ、やっぱり。仮にNATO軍のパワーでユーゴスラビアを抑止することができたとしても、後に禍根を残すことになるんじゃ、あまり意味ないと思う。それにつけても、イラク空爆のときにもそう思ったけど、日本政府の対応はもうちょっとなんとかならんのか?

 う〜、また政治がらみのネタを書いてしまった。ここはそういうことを書くためのページじゃないんだが・・・・。気にさわった人、ごめんなさい。

 −−というところで、政治とはあまり関係ない話を。昨日(3月30日)は、Microsoft Office 2000のレビュワーズ・ワークショップというのがあったので、赤坂のホタルニューオータニまで行ってきました。今回Officeパッケージのバージョンアップについては、いろいろと書きたいこともあるのだけれど、それは商売のほうの原稿に回すとして、そのワークショップで私の前の席に座った女の人というのが・・・・。どう見ても、長野オリンピックのモーグルの金メダリスト、里谷多英さん(漢字あってるかな?)だったんですよ。他人の空似ってヤツかなぁ? う〜む・・・・。

 

 

4/9

  音の出ない タンブリングをたたこう

  もうサーカスは店じまい

  風船も 売りきれたし

  おとぎ話もなくなった

(西岡恭蔵「サーカスの終わり」)

 ジャクソン・ブラウンの曲に、Song For Adamというのがある。長いこと会っていなかった友人が自殺したことを知り、自分たちのこれまでの人生や、たどり着く先について考える−−というような内容の歌だ。その歌の中に、「The story's told that Adam jumped. But I am thinking that he fell」というくだりが出てくる。「跳び込んだのではなくて、落ちてしまったんだと信じたい」。私にもその気持ちはよくわかる。

 その知らせを聞いた夜、ギターを手にして、西岡恭蔵さんの歌をたくさん歌った。この人が作った歌を、自分がこんなにたくさん歌ってきていたことを思い出して、あらためて驚く。きっと、なくしてみてはじめて気づくことも多いのだ。

 

 

4/21

 えー、個人的な宣伝です。

 技術評論社から私の新しい単行本、「ウィンドウズが好きになる本」が出ました。脱初心者を目指すWindowsユーザーを対象にした実用書(なのかな?)であります。全国優良書店で販売されるはずですので、興味のある方は、ぜひ立ち読みでもしてやってください。もちろんお買い上げいただければさらにうれしいですー。

 このサイトが維持できるかどうかも、ほとんどこの本の印税いかんにかかっているわけでありますから、なにとぞよろしく−−なんちって。詳しい内容の紹介、訂正などは、著書紹介のページでおいおいやるつもりでいます。乞うご期待(?)。

 しかし春ですねー。窓の外にはスミレがいっぱい咲いていて、なかなかのどかな雰囲気っす。仕事なんかしている気分じゃないなぁ。う〜む。

 

 

5/12 デジタルスタジオ顛末記

 長いこと物置状態だった部屋を整理し、そこにローランドのデジタルMTR、VS-880EXを設置しました。シンセとか、ギターアンプとかも並べ、プライベートスタジオ風にして、1人で喜んでます。「馬子にも衣装」とはこのことだっと。

 2度にわたる引越しのゴタゴタ以来(結局、元の場所に戻ってきたわけですが)、自宅録音ともずいぶんごぶさたしてたんで、録音してない自作曲もだいぶたまってるし、これからボチボチと形にしていこうかと思ってます。

 しかし、VS-880なら、アナログのMTRとたいして変わらないだろうと思ってたら、これがアマかった。液晶画面を使ったオペレーションの勝手がつかめなくて、現在いささか消化不良気味です。

 それと、音質がクリアすぎちゃって、いままで使っていた機材のホンワカした感じがなくなっちゃったような気がするのが、ちょっと残念。ま、そもそもの私の演奏がしっかりしてれば、こんなことで悩まなくてもいいんですけどね。−−というわけで、しばらく思考錯誤してみようかと思ってます。なんだかんだ言って、けっこう楽しいっす。

 

 

6/7 ポケットに入っていたのは?

 チャールズ・ブコウスキーの晩年の日記(「死をポケットに入れて」河出書房新社・中川五郎訳)というのを読みました。

 ブコウスキーさんという詩人・作家について、詳しいわけではないのですが、この日記を読む限りでは、めったやたらと周りにかみつきまくってる過激なお年寄りだったりして、なかなか愉快。

 とくに興味深かったのが、70歳を越えてから長年使いなれていたタイプライターを捨てて、コンピュータ(Macintosh)で原稿を書くようになったくだりで、コンピュータとの格闘の様子や、意外なほどの期待感が、日記の随所に出てきて、いろいろ考えさせられました。つい、現在の自分の状況と比べたりして。

 道具ひとつで、人間の気の持ちようもずいぶんと変わるものですからね。いま、この文章を書いているコンピュータは、もうひとつ仕事がはかどらないような気がするので、原稿書きは新しいマシンに変えようかな、と考えているところだし。え? 能率が上がらないのは、コンピュータのせいだけじゃないだろって?

 あ、ところで、この本の挿絵を描いているのは、あのロバート・クラムさんです。このサイトを覗きにいらっしゃるような方なら、「フリッツ・ザ・キャット」を持ち出すまでもなく、ジャグ・バンドやオールドタイム系のミュージシャンとして、よくご存知のことでありましょう。

 

 

7/7 うれし恥ずかしデモテープ作り

 ちょっとした事情があって、ライブハウスにデモテープを送らなくてはならなくなりました。

 せっかく部屋を片付けて録音機材も新しくしたんだから、これで新しく録った音を送ろうと、泥縄でレコーディングを始めたのはいいんですが、機材に慣れていないこともあって、録音に4日、マスタリングに1日半。さらにCDを焼くのに1日半(MTRとセットでCDライターも買ったんです)……と、ずいぶん時間がかかってしまいました。とほほ。それにしても、CDライターのパフォーマンスの悪いこと!

 こうまでして送っても、あっさりボツになっちゃったりするんですよねー、きっと。本業のほうも尻に火がついているというのに、なーにやってんだか。

 

 

11/9 9.11ジャバラ・ライブに至る道

 ライブハウスに送ったデモテープが、その後どうなったかというと、はっきり言っていろいろありました。まず、ライブハウスからは、「デモテープといっしょに送ったジャバラホームパーティのCDが気にいったから、そっちのライブをやってほしい」、という返事がくる。

 気にいってもらったのはうれしいんですけど、あのアルバムでは、レコーディングの当日に呼ばれていって、ちゃかちゃかマンドリンを弾いた以上のことはやってないんですよねー。だから、「オレだったらこういう風にするのにな」みたいな部分がずいぶんあるんです。それに、あのときのメンバーをもう一度集めるのも、たいへんそうだし……。とはいえ、せっかくのお話でもあるし、新しいメンバーで、あのアルバムのリベンジをするのも悪くないかな、と思い直しました。

 それから、バンド編成を考えて、人選をして、出演交渉をして……。私のバヤイ、これまでは自然発生的にメンバーが集まるか、すでにでき上がっているバンドに呼ばれて演奏をするか−−というパターンがほとんどだったもんで、自分からこんなに積極的に動いたことはありませんでした。だから、最初はうまくいくかどうか、とっても心配してたんですけど、案外なんとかなるもんですねー。

 てなわけで、あとは実際にライブを見てちょーだい。

 

 

12/28

 プレイヤー誌の2月号を手にとってみたら、なんと、西海 孝さんの特集が載ってるじゃないですか! 西海さんといえば、いっしょにアメリカを旅して、いっしょの部屋に泊まったこともある仲(ま、エッチ!)……というよりも、ブルーグラス若旦那でバンジョーを弾いてた頃からのファン(もちろん、私が西海さんのファンね)なのであります。つーわけで、久々にプレイヤーを買ってしまいましたよ。 で、この特集っていうのが、5ページにわたって西海さんの愛器を紹介しているものなんですが、いや〜、こんなにいっぱい楽器を持っていらっしゃるとは知らなかった。いったいいつの間に集めたんだろう……?

 コレクションの詳細は、実際にプレイヤー誌を読んでいただくとして、マンドリン関係だけでもリストアップしとくと、アコースティックワールドのF-5コピーに、ギブソンF-4ブラックトップ、そしてケイのマンドリンが2本。

 う〜ん、ケイのマンドリンって、チープな感じだけど、デザインがかわいくて、私も1本ほしいな、なんて思ってたところなんですよねー。61年製のテレキャスター・カスタムもいいよなー……って、いかん、またほしいほしい病が出てしまった。