国東弁笑話編

背景色は、国東みかんイメージして見ました。


梅の実の実る頃

毎年、学校の先生から取って食べては駄目だよと注意されてましたね。 今頃では食べる子供なんかいませんでしょうね。

今の子供たちは

親父は「俺が子供の頃は学校に行く前に、牛にやる草刈をやってから学校に行ったもんだ」と言ってました。 私は子供に「朝御飯を食べて学校に行きなさい」と言ってます。

長男、長女だけ

私は三男です。 お節句は長男長女の時しか盛大にしないのは不公平だと思っていましたが。 自分の子にもそうしてしまいました。 ○○、ごめん。

節季

節季が近づくと親父たちは金の工面に四苦八苦してました。 今、考えると昔の商売人は偉かったんですよね。 節季が来るまで待ってたんですから。 節季も今では日本全国、日常生活では死語ですね。

タニシは田圃にいる

田螺が田圃にいるのは当り前ですよね。 でも、実際に見たことのない人は信用しないんですよね。

国東では蛸は畑で拾う

他所の人から何度か言われました。 多分、飯ダコ拾いのことだと思うのですが、国東出身の誰かが吹いたんですね。 それとも私が知らないだけですかね。

イノシシがいる

昔、猪供養塔と書いた石塔を見ました。 鹿の供養塔と聞いていましたが、最近では国東にも猪が棲みついたそうですね。 説明の看板でも立てないと死んだ鹿が泣きますね。

犬を食べる

韓国に行って犬を食べたと言って、顰蹙をかった人がいます。 昔は「犬殺し」って、いましたよね。 後継者の養成を怠ったんですかね。 それとも野犬がいなくなって商売にならなくなったんですかね。

ちょこっと ちごう

日本全国あちこちで仕事をしましたが「さよなら三角、また来た四角に始まる」例のやつ。 地方によって微妙に違ってましたね。 最近では恥ずかしくて聞けなくなりましたが。

明治は遠くなりにけり

「おっかちゃんが○○に蝋燭立てて」と言う例のやつ、昔、この二番、三番を知っている婆さんが居ました。 今思うにあの婆さんは若いころは冒険家だったんでしょうね。

むかしの子供は幼稚

「あのねえちゃん、きいれいね。 でも・・・」と大きな声で歌ってましたよね。 私は幼稚だったんですね。 友達は知りませんが。

双子は両子

国東には、成仏と両子(ふたごと読む)と言う部落が隣合わせて在ります。その成仏に双子の姉妹がありました。その姉妹が学校からの帰り、よく似ているのを見て、ある人が「あんたちゃふたごかえ(あなたたちは双子ですか)」と聞いたところ、その姉妹は「いんげ、成仏じゃ(いいえ、成仏です)」と答えたそうです。

「〜でした」は現在形?

国東人が北海道に行きました。ある政党の集会に出たときの事。中年のおばさんが舞台に上がって「おばんでした」と言ったのを聞いて、冗談だと思って声を出して笑ってしまい周りから怪訝な目で見られました。「おばんでした」は、「こんばんは」なのです。東北などでは、〜でしたは現在形で使うことがあるんです。

「はわけ」は通じません

数人がモップを持って床の拭き掃除をしています。彼らの上司である熊本人がそこへやって来て「拭く前にはわけ」と言いましたが、誰も反応しません。やがて一人の福岡人が笑いながら箒を取りに行きました。そうです。「はわけ」ではなく「はけ」が共通語なのです。国東も同じですね。

図示説明せよ

60代のおじさんがたちが昔、田草取り機で草取りをしたことを腰を振りながら面白おかしく話していたところ、20代の青年(農家の子)が、まったく理解できないようすなのでついに表題のようになってしまいました。国東には、田草取り機が残ってますかね−、博物館に。

「おめっさら」ってなに?

このホームページのアドレスに使っています。昔、あだ名に使っていたのを思い出して使ったのですが、変に誤解されました。波打ち際の岩にくっ付いているアワビのようなものといってもせせら笑われました。

国東は仏の里に相応しく、レンゲ畑にウグイスの声

私の駄作ですが、蓮華と法華経の言葉遊びの説明に苦労しました。都市の核家族では仏教用語が生活の中から無くなりつつあります。