日記的日常


色もしくはフィクションもどきがいささかありますので、そのつもりでおよみください。文責はもちません

   2010/08/01  更新

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31/07/2010(Saturday)

曇り。

昼、市内にて。

午後、所用にて福岡へ。

夜、にら饅頭を食べる。大濠はなびにスタミナ温存なのか、人は通常より少なめ。
大牟田人のだんな、杉内は千葉で勝利投手。13勝目。

武雄市長が図書館ipad対応に挑戦を発表。医師会の次は出版業界との戦に乗り出すのだろうか。
30/07/2010(Friday)

曇りときどき雨。
臨時国会開会

昼、なんかしらうわさをきいた。

夕刻、依頼。

夜、テレビでは11代目市川海老蔵披露宴がOAされていた。

ホークスは千葉で勝利。

29/07/2010(Thursday)

曇りときどき雨。
13年前にも大蛇山ツアーが開催(JTB)されたようだが、今年のクローバー旅行のはどうだったのだろう。

港倶楽部署名

有明新報の一面は古賀市長が田隈中での懇談会で吉野線(上内方面行)の存続について「がんばる」と述べる一方、西鉄にデータを、市民に利用を求めるコメントをした模様。
この吉野線に限らず、市内の各路線は高齢者が市立病院などに通ったり一部のひとの通勤通学+ゆめタウン下車以外はかなり減っている傾向があるように見受けられる。
署名もあがっているが、港倶楽部の時の2万7890人/月という数字はいまになって考えてみれば、大きかったのだなとは思う。 その前はNPOで三川坑のことをやってたものの・・。

昼、前日とあまり変化なし。

夜、三洋、消滅のお知らせと同じぐらいオグリキャップのお別れ報道は大きかっ た。

ホークスは全力で行った大隣の大炎上。

28/07/2010(Wednesday)

曇りのち雨。
J2の順位表を見ると、4位アビスパ、5位ロアッソ、6位サガン。どこか一つはJ1へ行って欲しい。

やぐら

昼間、平穏。

夕刻、桑田氏の食道がんのお知らせが大きくほうじられていた。

夜、外はそれなりに雨。

ラジオ深夜便では、「明烏」。演者:雷蔵、解説:さん喬

真弓監督、首位

27/07/2010(Tuesday)

曇り。
朝のニュースでは、非常事態宣言の全面解除を大きく報じていた。
それ自体は良かったのだが、深夜0時に記者会見する意味はあったのだろうか。 三作とJr

ちょっと落ち込むことがあったので、半分はブルー。

袴田吉彦はそういう年齢になっていたか。 むかーし高柳ポジションだった。

やほーとごーグルの提携はいろいろ影響がありそうなきがする。

26/07/2010(Monday)

くもり。
三区

朝のトップニュースは、埼玉のヘリ墜落

午後、興味深い話を聞いたが、それがあれするためにはまわしがいりそう。

秋田の話は、15年連続全国一のこととは直接の相関関係はないだろうが、何かありそうにも見える。

25/07/2010(Sunday)

晴れ。
上官演芸

昨日の夜からとっても鬱になっていたのだが、当初のとおり前日の撤収作業に出動。
二日酔いでもなく、何か飯が食べたくなかつたので、朝飯は無し。
途中、まだ午前中なのに大正町通りに向かう車両群をいろいろ目撃する。
祭りにかけるひともいようし、気合いが入る気持はかならずしもわからんじゃない。がんばれ。でも、まあいろいろ。

夕刻、少し雷鳴があったが、雨にはならず。
夜、龍馬伝。長崎で商売を始めようとする龍馬。大浦慶に気に入られる。
あおいゆうのポジションは、うら・・だったのか。
24/07/2010(Saturday)

晴れ。
二区大蛇山

暑いので体調不良なひとが身近に少なくない。夏祭関係でも体調不良のため 欠場あり。

夕刻、大牟田夏祭りにNPOとしてはキャップランプ隊で出動。昨年はすぐ後ろで現職代議士がたくさんの人を従えて踊っていたが、今年はなぜかこちらに入られていた。
事前打診はなかったが、市長から代議士に何かあったのかもしれない。昨年より炭鉱節の踊りには慣れたのかなという印象なり。もう一人の人はどこかにいたのかもしれないが不明。
市役所の関係部署の人も幟をもって参加。三池港関係や九州新幹線のほうにも何か幟があった。
一昨年から踊りの表彰が行われているが、優勝したのがどこかは聞こえず。信号電材さんが何かを受賞していた。

街角には、腕章着用の人多し。昨年より増えている感じ。日曜日も同様では。

夜、街には家族連れにカップルが平常時の数倍。それは祭りゆえ当然。
そうではないわたしが、何かしら飲める気を感じず。飲んでも酔うより気分が悪くなるというか、なんというか。
23/07/2010(Friday)

晴れ。
夜の本町1丁目 昼、最高気温33度超え。少し外を動くととたんにうだる。

夜、おーるすたーは見ずに、AMで1981年のトップ10を聞いていた。
夜になってもなかなか30度を下らず。

元社会保険庁の人々が集団提訴したという。おそらくは長期化するだろう。

22/07/2010(Thursday)

晴れ。
最高気温30度超え。

市内のあちこちではだいじゃやま祭りのあれこれの音が聞こえる。夏祭りとなって49年目の 夏。50年前は、休戦中。

風邪でたんがつまる。
もう夏休みのはずだが、子供の遊ぶ声は聞こえない。暑いせいもあるだろうし、数が少ないせいもあるだろう。

夜、ニュースでは、ヘリで江戸を飛ぶ北の人

21/07/2010(Wednesday)

晴れ。
最高気温33度。

有明新報の一面は、過疎地域自立促進特別措置法にもとづく過疎地域自立促進計画を市議会に市役所のえらいひとが説明 する話。
この過疎なんとか法関係は、42年前に島根県がいいだしっぺとなって始まった(山梨県町村会サイトによる)そうだ。
島根県と言えば、竹下さんと青木さん、だわな。

昼、風邪のため結構せき込むが、Backhand Blow防止のためには、ちょっとはあれ。

ホークスはサヨナラ勝利。鷹の祭典は、大阪夏の陣byバファローズやライオンズ・クラシックみたいにあまり勝てていない印象があるのだが。
ホークスはあの三宅氏時代のを復刻することはあるだろうか。

このところ、紙上に出てくる「関係者」とはどういう人を指すのだろう。
20/07/2010(Tuesday)

晴れ。

有明新報の一面は、三池港に寄港した「でじま」(元:はかた)。帝国海軍の艦船名は漢字、海自・海保のは、ひらがな。
社説はバス利用について。自動車主流とバス利用とを並行するのは利用者の絶対数が減っている以上、難しくなりつつある(つつ・・ではないかな)。
役所だけの知恵でも、それ以外だけでも、できまい。

朝のニュースはどこの局(除テレ東系)も、羽田から移動するスケジュールは秘密のはずの御一行をとらえていた。

昼、依然、ちょっと風邪ぎみ。ぜえ。

夜、入電。トウカイナチュラル88的なしたぁすげえな。

杉内、完封。
19/07/2010(Monday)

晴れのち曇り一時雨。海の日。

ちょっと風邪くさい。

三池港

午前、NPOでは三池港ウォーク実施。これがあることが知られていないせい(告知超薄)か、関心が薄いせいか、参加僅少。地元紙取材あり。
メイン会場では、まあいろいろあったらしい。例年のことのはずなのに、まあ。巡視船だけは盛況だが、式典の最中待つのはそれだけで疲れたらしい。
ウォーク参加者へはりんご牛乳草木まんじゅうをいただく。
FCとして、今後の決定済事項はキャップランプ隊(申し込み終了)と、8月実施の有明鉱慰霊碑などの草刈り、11月3日の宮原坑での常駐(予定)。

午後は撤収。気温は33度台に突入。豊前中津では36.8度。

夕刻より雨。

18/07/2010(Sunday)

晴れのち曇り一時雨。

夏祭り、開始となり、一部の山車は早速機動。あちらこちらで。

馬具の歴史 馬具 藤の木古墳

午前、九州国立博物館で、「 馬 アジアを駆けた二千年」を見る。
早めに行ったことと、題材が地味ということもあって、人出はやや少なめ。
黄色いビブスを来たHIS添乗員に案内されているchineseな人の割合が多く、キヤノン一眼ユーザーが目立つ。
エントランスあたりにはJRAのいろんな展示。筑豊の近代化遺産も展示があった。
外には、シンザンが亡くなって14年、種牡馬引退して23年経つのにシンザン産駒が対馬の馬とならんでいて驚いた。26歳とあったのでダービー馬でいえばメリーナイスあたりか。時間によっては騎乗できるらしい。
明日にはJRAのCMに出たAKBの糸島な人が来るそう。
本篇の入り口には最初ぽつんとハミがある。
最初にハミがあり、ついで鞍、そして鐙(当初は馬にまたがるためだけの補助器具だった)と 発展。
三国志の時代には鐙はあったかどうかあいまい(前漢にはなかった)といわれるが、これにより軍事的に選択肢が増えた。
全般的には、その鐙が普及した日本でいえば古墳時代といわれる時期のものが多い。
目玉は日本特有?だという金メッキ馬具系。藤の木古墳のそれや復元文化財(王冠)など。
八女の埴輪(たぶんこの写真:立立山古墳出土)も一点あった。細工は凝っていて確かに珍しい。当時、馬の多くは権威を示すものとして少なからず使われた様子。
広開土王碑の写しもあった。
展示スペース上のそこまでやれなかったのだろうが、使われた記録が多いはずの時代のことはあまりなく、賀茂の競馬ほか少数しか紹介されていなかった。
戦にかかわるところでは、由比ヶ浜で出土した馬の骨の展示があった。敗れたほうのが丁重に葬られることは考えにくいので新田方のものであろう。
せっかく表に対州馬がいるのだから、戦がなくなった江戸期になって馬が小型化(参考)したことには少し触れてほしかったかな。アジア的ではなくなるけど。
出口のところに南井師と安田師着用の勝負服(トウカイとナリタの)、そして阿部寛氏使用の鞍(坂の上の雲ロケ使用)があったのはちょっと驚いた。
そんなに休み前のせいか混んでなかったので、昨年の阿修羅展の数倍(筆者比)楽にみることができた。
写真は九州国立博物館提供によるもの。

午後、うだる暑さの中、帰宅。

夜、龍馬伝。長崎にやってきた龍馬。その時代はどちらに転ぶか混沌。 現代がこうだと仮定すれば、おそらく1になるだろう。
そんな意味でも、前首相のは。。。。

17/07/2010(Saturday)

晴れ。

地元紙のコラムには三池争議を知ることのいぎについて言及されていた。
さるひとが福岡のNHK以外はスルーと書かれていたが、必ずしもそういうわけではない。その時代には子供かそれ以外だった今日では、それを追うのは難しい。
負けたほうの証言は多いが、勝ったはずのほうからの証言が少ない。

午後、踊る大捜査線3を天神で見る。満員。評判からすると、久留米や熊本ではそうはいかないかもしれぬ。
サブタイトルを新たに別につけるなら、ニューフェイス、リターン、アンドプロローグ。
音楽が松本氏ではなくなっている。
所轄の係長ポストである警部補になつた青島だが、らしいシーンはあまりなし。 織田氏の提案だというシーンは、??。
深津絵里、内田有紀がいい。
そしてラスト、なにかをむりやりいれたようでもある。だれかさんの出るポイントはちょっと あれ。
ク○○○ングを見に行ったほうが良かったかな。とはいえ、退屈な作品ではない。

夜、某所に寄った。
16/07/2010(Friday)

曇り。

当初の話では事前登録制だと聞いていた世界遺産セミナーは、参加フリーだった。

未明、雨は止んでいた。

昼、ぼちぼち。

夜、ホークス戦をねっとで見る。 T−岡田、いい打者になった。

モテキ、森山未来は達者。大江千里に小沢健二ああ。その時代、リアルではま逆の世界。
15/07/2010(Thursday)

くもり。

新聞には、IMFのコメントが報じられていた。
社会保障制度の改革については、あちらを建てればこちらがたたず。かつて、海の向こうでは、ついていけないところは斬られていたという。で、生き残ったのがS社。

地元系ではバス。かつてさる知人は、高齢者をあてにするのはリスクがどうだろうといっていたのを思い出す.
昨日の雨では、いまも残す低い場所で冠水していた模様。

未明、雨は止んでいた。

朝、はぽんのたれかとだてをする夢を見て、驚いて目が覚める。ローカルは山笠メイン。

昼はあれやこれや。さることを後においていたので調整。どてぐみ。

夜、某所で数か月ぶりにたれかに遭遇。しょうだん。

14/07/2010(Wednesday)

雨。

朝の新聞一面は、初期ブログの雄でもあった木村氏の逮捕報道。一斉に書くのは、なにかしらへのサインだろうか。

そんな紙面の端で、ユニクロとグラミンがソーシャルビジネスをやるということを知った。
とうの会社のほうには書いてないような。

日中、大牟田では朝と夕刻に雨が降らない時間帯が少々あったが、鹿児島本線小倉−博多間を中心に運転休止状態。高速道路も。
このため、鹿児島方面も含めダイヤ運行困難。断続的に激しい雨。
大牟田でも最大1時間40ミリ近い激しい雨が降ったが、どこかに被害はあったのかどうかリアルタイムなことはまったく確認できず。
一昔前なら、築町や東新町、草木などで冠水していたところだろう。

夜、読書の続き。呉でロック。

4位に落ちたホークスは、小久保一発(でも負傷か)もありしゃっとあうと勝利。
13/07/2010(Tuesday)

雨ときどき曇り。

有明の一面は、なかだっつぁんに大牟田・みやまが2011年度から追加登録参加するという話。
費用対効果・・。

昼、もくもく。

夜、にこどうを見ていた。

いつのまにか荒尾市のサイトのデザインが変わっていた。

12/07/2010(Monday)

雨ときどき曇り。

ワールドカップ、スペイン初優勝なる。

渡辺氏

朝、どどどっと雨が降るが、警報発令されそうになるやいなや普通の雨に変わる。

テレビニュースは昨日の参院選の結果中心。大ねじれ確定。
ただ、民主党の比例代表での票は激減ではなく、大牟田では自民党は比例代表では3位だった。 みんなの党が伸びる。今後の焦点は「首」になるかもしれない。
そして、諫早湾は棚上げ。是非は別にいろいろ棚上げ。

選挙区候補の佐藤氏は選挙前には大牟田に来たが、期間中はスルーだった様子。それでも社民・共産を上回っていた。ちょっとふしぎ。

昼、いつもの月曜。

夜、テレビは見ずに読書。

日本競馬、仮想比較上で準優勝

11/07/2010(Sunday)

雨ときどき曇り。

大牟田でぐぐると、旅館の事件のことが上のほうに出てくるのはちょっと不思議。
川のときにくらべれば。

参議院選挙投票日。誰が斬られるか。銃弾は一応ないが別の戦争。
次の国政選挙まで最大3年近くある半面、統一地方選はたぶん来年。

昼、投票に出かける。昼間のせいかちらほら。昨年の衆院選より、けつこう率が低そうな気 がするのは気のせいか。

午後から雨再開。

夜、龍馬傳早期OA。龍馬がせんたくについてコメントした後、速報番組。
開始後、速攻で福岡選挙区に与野党各1の当確出る。その後は農村部を中心に自民が押せ押せの 展開。比例で渡辺党が票を伸ばす。
中曽根、竹下、宮沢、細川、橋本・・と総理が選挙直前に税がらみにかかればだいたい負け、 今回もそれを踏襲した。
管首相はこの期間、すでに野党とはいえ陣笠ではなかったはずなのに、G20の空気に流された か。
それはそれで別の方向に振れる可能性もなくはない。

急きょ決まった港祭り三池港ウォーク、せめて先月に決まっていれば。

10/07/2010(Saturday)

曇りのち雨。

朝、ひさしぶりに土日が雨模様ではない・・ような気がする。

午後、NPO定例会。少々事前作業。あれがそれなら、かのなにはそれだ。
キャップランプ隊、 応募14人。

夕刻、雨降り始める。部活系学生さんがそこかしこで雨に濡れながら帰っていた。
帰路、文藝春秋購入。セブンイレブンで買うと、AKBのcampaignでココアあたりがあたった。
巻頭随筆はネイビーObの談話から通常モードにもどったか。次の登板の可能性もある塩野氏はとかく安定政権の誕生を望むと記していた。塩爺も似たような感じ。
総理発言や財務大臣のは予想の範疇だが、官房長官の心情的コメントに至ってはなんだかなと。
これがワールドカップでCM突撃しまくりのところに代わっても不安げではある。
坪内祐三氏の今回のエッセイは良い。

夜、西口前の事件の被疑者逮捕のニュースを見る。なぜに・・・。

報道特集では中国海軍について述べていた。TBS,何かあったのか。
まあ・・・・・だからいいけれど。
09/07/2010(Friday)

曇り。

朝、外回り。小浜のあたりを通るとトライアルの周辺(旧スーパーの跡か)で新しい住宅らしきもの建築中。
某社の平地にある空き地のほとんどはもう売ってしまったのではなかろうか。

昼は静か、午後、ややざわめき。

夕刻、NHKに古賀大牟田市長が世界遺産セミナー開催について発表する模様が流れていた。
セミナーにはNPO理事長も出動する。
万田坑フォーラムのときに、古賀市長は「こういうのを大牟田でも」と語っていたのを目撃したが、それがこれになったと推測される。
されど、平日14:00開催というのは多くの人を呼ぶにはかなり不向きなように見える。
急きょ立案された企画なのか、そうではないのかは知る由もないが、文化会館での近日中の土日日程が抑えられなかったのではなかろうか。

夜、江戸からの知人を歓待。そこは楽し。

08/07/2010(Thursday)

曇り。

朝、スペインが勝ったことを知る。

昼は静か。午後会議。

夕刻、高校野球で有明高専が2回戦突破したことを知る。いつ以来かはわからないが、驚く。いい指揮官指導者がいるのか、いい選手がいるのか。

夜、どよんとしつつ中央競馬会のワールドカップサイトを見る。少々は笑えるのだが、スキージャンプ・ペアの人が作ったそうだ。うーん。

日経新聞によると関東の空き家5割、大牟田は・・どうなんだ ろう。かといって安くするのもいやだといったところか。
07/07/2010(Wednesday)

曇りのち晴れ。
七夕。

各紙の一面の多くは、日本放送協会の中継中止
同じような黒い霧のときはおさなくて記憶にないが、後世に見る記録では結局むにゃむにゃで終わっている印象を受ける。

昼は静か。

夕刻、うーむ。

夜、半ば落ち込みつつ大牟田の学校について書いてみた。

06/07/2010(Tuesday)

雨のち曇り。

有明の一面は、三川通り(旧国道389号・電車通り)の騒音問題。通りには国道へ回ってほしいという小さい看板があるのを見ることができる。
大型車が多い理由は記事にはないが、まだここが国道だと誤認している(例)(わたしもそこが市道になっていたとは知らなかった)人が少なくないせいもあろうか。また、現国道に比べて信号の数が少ないことも理由ではなかろうか。

昼、普通。

夕刻、大牟田高校が初戦で敗退したこと、三池工業がコールド勝ちしたことを知る。大牟田は春の大会では南部ベスト4だったのだが、その春の大会では勝った筑紫台に敗れた。

夜、帰ってきて、ためいきをしとりつく。

05/07/2010(Monday)

雨のち曇り。
いつものような月曜日だが、少し静か。

朝のニュースは大相撲。

夕刻、入電、持ち越し。江戸は水没地域出現

夜のトップニュースはゆうパック遅配
合併にともなうシステムトラブルと言えば、銀行のそれが思いだされるが、昭和の御代はいかにあらせむ。

圓蔵夫人、亡くなられたのか。

04/07/2010(Sunday)

雨のち曇り。
米国独立記念日

予報では雨だったが朝にはいちおう止んでいた。視界はよくない。

三振

昼、延命球場で野球を見る。途中から雨。
内野は半分どろどろ。
第三試合、三池のほうは、福岡のほうより人が少ないように見えたのは気のせいか。
これはまずいなと帰ると、雨は止む。
試合も続行。

夜、龍馬伝。饅頭屋にはよかこつのあったらしく子供が出来ていた。先行きを失い悩む龍馬一党。
そして土佐潜入。んなあほな。

すまうのは、ふぉぐなこじばおもいだすばん。
03/07/2010(Saturday)

雨ときどき曇り。

有明の一面は、沿岸道路総会。港といい、ここといい、政権交代の影響を避けにくいのでは。

オグリキャップ2002年9月

昼、蒸し暑く、ときどき強い雨。

夜、鉄の骨。どろどろ。

その後、社長・溝畑宏の天国と地獄を読了。スポーツ関係者のみならず、読むに値す。
広報、取材の欠如、地場の温度差が事態を悪化させた。敵的立場であったオンブズマンのひとが県−キヤノンと比較しているのも印象的。どろどろ。
溝畑氏のように巻き込んで突撃したがる傾向ある上司が身近にいたらきついが、いささか奇人なところもある彼を愛した人が少なからずいた。独身にはなってしまったが。
上級職や私財までなげうってFCに入れ込んだら、普通のサラリー生活者の奥さんは別れるだろう。

そしてアイドルホースと称されたオグリキャップ没も知る。最初に知ったのは高橋氏のつぶやきで。
馬券日記オケラセラによれば、競馬関係に引き込まれた(らしい)氏の当時の奥さんはいまも健在という。
ぬいぐるみをあちこちでみた彼も引退後は子供が活躍することは少なかった。 荒尾でもオグリキャップ産駒は走ったがそう勝ってなかった記憶あり。JRAでも重賞勝ち以上の馬は出ず、後継者は出なかった。。
そして、彼が引退前後北海道に輸入されたサンデーサイレンスの子が勝ちまくり、この世代以前の国産馬・国内にいた種牡馬の大半は種牡馬系統をつなげることができなかった。
サンデーがいなくても彼の父系の血は残らなかった可能性が少なくないが、タマモクロスやイナリワンはどうにかなっただろうか・・と無双夢想。
写真は2002年時のオグリキャップ。

02/07/2010(Friday)

曇りのち雨。

総理の発言問題は所得水準云々ではなく還付論にあるように思う。コストについて試算したかどうか。たぶん誰かの思いつきのような。

昼、昨日のレスポンスなど。やはりあれか。

夜、NHK福岡のにんげん交差点を見る。 メインは創業10年以上経つゲームメーカーなのだが、それでも若い。それはそれで厳しい中を戦っていることとと思われ。
某知人のところはどげんだろうか。

そのあと、コンストラクションに汗をかく。少しだけ落ち着いた後に葡−蘭戦を見る。
スタンドにはイエローがかなり多め。
早くも葡得点。マイコンと聞くと、つい石原さんの顔を思い浮かべてしまう。プレーはだいなもぽい。
ブラジルの反則はウィンブルドンにいるベツカム氏のかつてのプレーを思い出させた。

01/07/2010(Thursday)

曇り。

昼、あれこれ。問い合わせに対応。NTにもQ。

夜、帰宅すると、代表の人が記者会見中。中継は途中で打ち切り。
アマゾンで発注していたものを開梱。

一部ローカルでは、柳川のけっこんさぽーとセンターについて報じられていた。
大牟田市の定住自立圏の形成に関する協定案にあったものはこれかと知る。
ついったーのこのはなしは釣りでしょ。


6月の話し
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できれば.....いきたいものよのう・・