〔参照文献〕
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レーニン 資本主義と労働者移民



『ザ・プラウドゥ』第22号、1913年10月29日
署名――ヴェ・イ
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*訳文中の傍点強調部分は下線で示す。



 資本主義は民族移動の特殊な形態をつくりだした。工業が急速に発展しつつある国々は、より多くの機械を導入し、世界市場から他国を駆逐しながら、賃金を平均以上にひきあげ、外国から賃金労働者をひきつけている。
 何十万という労働者が、このようにして、幾百里、幾千里のかなたへ移動している。先進資本主義は、彼らをむりやりにその循環のなかへひきこみ、彼らを片田舎からひきぬき、彼らを世界史的運動の参加者にし、彼らを強力な、団結した、国際的な工業家の階級と顔を突きあわさせている。  疑いもなく、極度の貧窮だけが人々に祖国を棄てさせる、そして資本家は破廉恥きわまるやり方で移住労働者を搾取する。だが、この現代の民族移動の進歩的な意義に目をつぶることのできるのは、反動派だけである。資本の重圧からの解放は資本主義のいっそうの発展をはなれては、この発展にもとづく階級闘争をはなれてはないし、またありえない。そして資本主義は、地方生活の無気力と時代おくれをうちくだき、民族的な障壁と偏見をうちこわし、アメリカ、ドイツ、その他の巨大な工場や鉱山で万国の労働者をひとくるめに結合し、世界の勤労大衆をまさにこの階級闘争にひきいれているのである。
 アメリカは労働者を移入している国々の先頭に立っている。アメリカへの移住者数の資料は、つぎの表のとおりである。

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 1821〜1830年の10年間に……………移民   99千人
 1831〜1840年の 〃  …………… 〃    496 〃
 1841〜1850年の 〃  …………… 〃   1,597 〃
 1851〜1860年の 〃  …………… 〃   2,453 〃
 1861〜1870年の 〃  …………… 〃   2,064 〃
 1871〜1880年の 〃  …………… 〃   2,262 〃
 1881〜1890年の 〃  …………… 〃   4,722 〃
 1891〜1900年の 〃  …………… 〃   3,703 〃
 1901〜1909年の 9年間に…………… 〃   7,210 〃
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 移民の増加は非常に大きく、さらにますますふえている。1905-1909年の五年間にアメリカに移住したのは(合衆国だけについて言っているのだが)、年平均100万人以上であった。
 そのさい興味ぶかいのは、移民(移入民、すなわちアメリカへの定着者)の構成の変化である。1880年までは、旧い文化国、すなわちイギリス、ドイツおよび部分的にはスウェーデンからの、いわゆる移民が優勢であった。それどころか、1890年にいたるまで、イギリスとドイツをあわせて、移民総数の半分以上をだしていたのである。
 1880年から、東南ヨーロッパ、すなわちオーストリア、イタリアおよびロシアからの、いわゆる移民の驚くほど急速な増加がはじまっている。これら三国は、北アメリカ合衆国への移民を下の表のように出している。

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 1871〜1880年の10年間に……………移民   201千人
 1881〜1890年の 〃  …………… 〃    927 〃
 1891〜1900年の 〃  …………… 〃   1,847 〃
 1901〜1909年の 9年間に…………… 〃   5,127 〃
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 こうして、生活の全機構に農奴制の残存物をどこよりも多く残している、旧世界のもっともおくれた国々が、いわば、強制的な文明教育をうけているのである。アメリカ資本主義は、おくれた東ヨーロッパ(1891−1900年に59万4千人、1900−1909年に141万人の移民を送りだしたロシアをもふくめて)の数百万の労働者を、彼らの半ば中世的な環境からひきぬき、彼らを、プロレタリアートの先進的・国際的な軍隊の隊列のなかにおいているのである。

 昨年出版された、きわめて教訓に富んだ英語の書物『移民と労働』の著者グールヴィチは、興味深い観察をしている。1905年革命ののちにアメリカへの移民の数〔総数〕はとくに増加した(1905年―100万、1906年―120万、1907年―140万、1908年、1909年―190万ずつ)。ロシアであらゆるストライキを経験してきた労働者は、〔旧移民より〕いっそう勇敢な、攻撃的な、大衆的なストライキの精神をアメリカへもちこんだ。
 ロシアは、自国の優秀な労働者の一部を国外にひきわたしているので、ますますおくれていき、アメリカは、もっとも精力的な、労働能力ある労働人口を全世界からうけとっているので、ますます急速に前進していく(1)。
 (1) 合衆国だけでなく、その他のアメリカ諸国も急速に前進している。昨年の移民は、アメリカ〔合衆国〕へは約25万人、ブラジルへは約17万人、カナダへは20万人以上、合計して一年間に62万人であった。

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  1911-1912年にドイツで就業している外国人労働者
                  (単位:千人)
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          農 業   工 業   合 計
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ロ シ ア 出身   247     34        308
オーストリア 〃       101        162        263
その他の諸国 〃        22        135        157
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 合  計            397        331       728
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 ドイツは、多かれ少なかれアメリカと同じ水準ですすんでおり、労働者移出国から、外国人労働者の移入国にかわりつつある。ドイツからアメリカへの移民の数は、1881−1890年の10年間には145万人のぼったが、1901−1911年の九年間には31万人に低下した。ところが、ドイツ国内の外国人労働者の数は、1910−1911年には69万5千人であったが、1911−1912年には72万9千人になった。後者について、その職業別と出身地別との分布を見れば、前の表のとおりである。

 国がおくれていればいるほど、その国は、無教育な、「雑役向きの」、農業労働者を寄り多く提供する。先進民族は、いわば、ましなかせぎ仕事を自分でにぎり、つまらないかせぎ仕事を半野蛮国にのこしておく。ヨーロッパ一般(「その他の諸国」)は、ドイツに15万7千人の労働者を提供しているが、そのうち10分の8以上(15万7千人のうち13万5千人)は工業労働者である。おくれているオーストリアは、10分の6しか(26万3千人のうち16万2千人)工業労働者を提供していない。もっともおくれているロシアは、わずかに10分の1しか工業労働者を提供していない(30万8千人のうち3万4千人)。  このようにロシアは、おくれているために、いたるところで、またあらゆる点で損をしている。だがロシアの労働者は、そのほかのロシア住民とくらべて、もっともよくこの後進性と野蛮性からぬけだし、もっともつよく祖国のこの「愛すべき」特徴に反撃をくわえ、万国の労働者ともっとも緊密に結集して一つの全世界的解放勢力を結成している。

 ブルジョアジーは、ある民族の労働者を他の民族の労働者にけしかけ、彼らをたがいに分裂させようとつとめている。自覚した労働者は、資本主義があらゆる民族的隔壁をうちくだくことが不可避であり進歩的であることを理解し、他国出身の同志たちの啓蒙と組織化をたすけようとつとめている。



大月版『レーニン全集』第19巻、p.485-88