〔文献リスト〕帝国主義・戦争・民族自決権 〔作成:04.2.1/修正:05.12.4+06.11.10〕
       ※原則として文庫に入っていたもの。(国民文庫についてはこちら)
              ※旧版『レーニン選集』については、本リスト末尾に。

略記:〔自〕=国民文庫『民族自決権について』
   〔覚〕=  同 『民族問題に関する批判的覚え書』
   〔戦〕=  同 『社会主義と戦争』
   〔植〕=  同 『帝国主義と民族・植民地問題』
   〔崩〕=  同 『第二インタナショナルの崩壊』
   〔背〕=  同 『プロレタリア革命と背教者カウツキー』
   〔カ〕=岩波文庫『カール・マルクス』
      〔綱〕=国民文庫 問題別選集1『党綱領問題』2
    ----------------------------------------------
    全○=『レーニン全集』第○巻
    選○= 旧版『レーニン選集』第○分冊

   ■=文庫未収録⇒[資料室]

『帝国主義論』の邦訳テキスト:全集・選集の収録巻は下記リストに  1.宇高基輔訳 岩波文庫(1956)  2.副島種典訳 国民文庫(1961)  3.和田春樹訳 『世界の名著』52〔レーニン〕(中央公論社、所収  4.聴濤弘訳 〔科学的社会主義の古典選書〕(新日本出版社、1999) 5.角田安正訳 光文社古典新訳文庫(2006)  ・底本は、1〜3はロシア語版レーニン全集第4版第22巻、4、5は同第5版第27巻  ・4は1917年の初版本との異同を逐一註記。  ・1,2、4、5は附録に「バーゼル宣言」を併収 ---------------------------------------------------------------------------- 中国戦争                      〔00.12〕全4   〔覚〕 アルメニア社会民主主義者の宣言について       〔03.02〕全6   〔自〕 ユダヤ人プロレタリアートに「独自の政党」が必要か? 〔03.02〕全6   〔覚〕 われわれの綱領における民族問題           〔03.07〕全6   〔自〕 党内におけるブンドの地位              〔03.10〕全7   〔覚〕 旅順口の陥落                    〔05.01〕全8   〔覚〕 中国革命について                  〔12.01〕全17   〔覚〕 中国の民主主義とナロードニキ主義          〔12.07〕全18   〔覚〕 革新された中国                   〔12.11〕全18   〔覚〕 世界史の新しい一章                 〔12.10〕全18   〔覚〕 セルビア=ブルガリアの勝利の社会的意義       〔12.11〕全18   〔覚〕 中華民国の大成功                  〔13.03〕全19   〔覚〕 バルカン戦争とブルジョア的排外主義         〔13.03〕全19   〔覚〕 アジアのめざめ                   〔13.05〕全19 選5〔覚〕 ロシアの分離主義者とオーストリアの分離主義者    〔13.05〕全19   〔覚〕 労働者階級と民族問題                〔13.05〕全19   〔自〕 遅れたヨーロッパと進んだアジア           〔13.05〕全19 選5〔覚〕 民族問題                      〔12*.05〕全19    〔自〕 『プラウダ』はブンド派の分離主義を立証したか?   〔13.06〕全19   〔覚〕 民族問題にかんするテーゼ              〔13.06〕全19   〔自〕 ユダヤ人学校の民族別化               〔13.08〕全19   〔覚〕 民族問題にかんする決議               〔13.09〕全19   〔自〕 「文化=民族」自治制について            〔13.11〕全19   〔覚〕 ロシアの学校における学生の民族的構成        〔13.12〕全19   〔覚〕 ロシア社会民主労働党の民族綱領について       〔13.12〕全19   〔自〕 民族別による学校事業の分割についての再論      〔13.12〕全19   〔覚〕 民族問題にかんする批判的覚書          〔13.10〜12〕全20 選5〔覚〕 強制的な国定語は必要か?              〔14.01〕全20   〔覚〕 オーストリアとロシアにおける民族綱領の歴史について 〔14.02〕全20   〔覚〕 民族自決権について                〔14.3〜4〕全20 選5〔自〕 民族政策の問題によせて               〔14.04〕全20   〔自〕 民族同権法および少数民族擁護法草案         〔14.05〕全20   〔自〕 洗練された民族主義による労働者の堕落        〔14.05〕全20   〔自〕 戦争とロシア社会民主党               〔14.09〕全21   〔戦〕 社会主義インタナショナルの現状と任務        〔14.11〕全21   〔崩〕 大ロシア人の民族的誇りについて           〔14.12〕全21 選5〔植〕 よその旗をかかげて                 〔15.01〕全21   〔戦〕 ロシア社会民主労働党在外支部会議          〔15.02〕全21   〔戦〕 ロンドン会議にかんして               〔15.03〕全21   〔崩〕 ロシア社会民主党労働者議員団の裁判は  なにを証明したか?                〔15.03〕全21   〔戦〕 第二インタナショナルの崩壊            〔15.5〜6〕全21   〔崩〕 社会排外主義との闘争について            〔15.06〕全21   〔崩〕 帝国主義戦争における自国政府の敗北について     〔15.07〕全21   〔戦〕 平和の問題                     〔15.07〕全21   〔戦〕 社会主義と戦争                  〔15.7〜8〕全21 選5〔戦〕 ヨーロッパ合衆国のスローガンについて        〔15.08〕全21 選5 ■ ツィンメルワルド左派の決議草案           〔15.08〕全21   〔崩〕 フランスの一社会主義者の誠実な声          〔15.--〕全21   〔崩〕 ロシアの敗北と革命的危機              〔15.09〕全21   〔戦〕 1915年9月5日−8日の社会主義インタナショナル会議  における革命的マルクス主義者           〔15.10〕全21   〔崩〕 革命の二つの方向について              〔15.11〕全21 選5〔戦〕 国際主義的言辞による排外主義的政策の庇護      〔15.12〕全21   〔崩〕 エヌ・ブハーリンの小冊子『世界経済と帝国主義』の序文〔15.12〕全22    ■ 社会主義革命と民族自決権(テーゼ)         〔16.01〕全22   〔植〕 日和見主義と第二インタナショナルの崩壊       〔16.01〕全22   〔崩〕 「平和綱領」について                〔16.03〕全22   〔崩〕 第二回社会主義者会議へのロシア社会民主労働党中央  委員会の提案                   〔16.03〕全22   〔崩〕 帝国主義論                    〔16.1〜6〕全22 選6 (上記) ユニウスの小冊子について              〔16.07〕全22   〔植〕 自決にかんする討論の決算              〔16.07〕全23   〔植〕 マルクス主義の戯画と「帝国主義的経済主義」について 〔16.8〜10〕全23 選6〔植〕 プロレタリア革命の軍事綱領             〔16.09〕全23 選6〔戦〕 帝国主義と社会主義の分裂              〔16.10〕全23 選6〔カ〕 戦争問題にたいする原則的態度            〔16.12〕全23   〔戦〕 戦争にたいするスイス社会民主党の態度にかんするテーゼ〔16.12〕全23   〔崩〕 ボリス・スヴァーリンへの公開状           〔16.12〕全23   〔崩〕 ブルジョア平和主義と社会主義的平和主義       〔17.01〕全23   〔崩〕 国際社会主義者会議召集計画にかんする演説      〔17.05〕全23   〔崩〕 インタナショナルの現状とロシア社会民主労働党の任務に  かんする演説について               〔17.05〕全24   〔崩〕 民族問題にかんする決議               〔17.05〕全24 選7〔植〕 中央執行委員会におけるカーメネフのストックホルム会議  にかんする演説について              〔17.08〕全25   〔崩〕 党綱領の改正によせて   〔17.10〕全26   〔綱〕 勤労被搾取人民の権利の宣言             〔18.01〕全26   〔植〕 プロレタリア革命と背教者カウツキー        〔18.10-12〕全28 選9〔背〕 民族および植民地問題にかんするテーゼ原案      〔20.06〕全31 選11〔植〕 民族および植民地問題委員会の報告          〔20.07〕全31   〔植〕 ---------------------------------------------------------------------------- *「13年」の誤記?
※手許にある国民文庫も不揃いでございまして、上のリスト、完全とはいえません。  「帝国主義と社会主義の分裂」などどれかに収録されていておかしくないものなのですが。  ご存知の方、お報せいただければありがたく存じます。


旧版『レーニン選集』(大月書店,1957〜58年,全12分冊)のこと〔04.11.30補足〕
 戦後のレーニン著作は、先にいった川内〔唯彦〕のものの外、社会書房がモスクワ版二巻選集を十何分冊かで刊行していた。これは親版が戦時中であったため、軍事物がかなり入って、スターリン批判に接続できるものを加える必要が出てきた。具体的な加除のプランをML〔マルクス・レーニン主義研究所=日本共産党直属の機関〕の名でモスクワのマルクス・レーニン主義研究所へ送った。モスクワでは原則的に私案を認め、あと二篇付加してほしいと言ってきた。この回答を党本部へもってゆき、蔵原文化部長と内野壮児副部長のサインをもらって、一九五八年五月までに全一二巻として刊行を終えた。毎巻の解説は私が書いた。カバーの袖の言葉もレーニンの寸言を適当に選びだした。今日解説を読み返してみると、当時のレーニン理解はまだまだ不十分だが、とにかくこのあたりが大月書店での私の最後の仕事となるので思い出が深い。選集は何回か増刷したが、いつのまにか袖の言葉と解説が削除されていた。中野〔重治〕はこの解説をよろこび、そのことをどこかで書いている。今では発売もしていないらしいが、「私のレーニン」として愛惜がある。
------------------------------------------石堂清倫『異端の昭和史』下、p.79-80

追記 〔 05.6.26 補足〕------------------------------
※臨夏さん主宰の「石堂まつり」板での発言に少し手を加えたもの。
 上の石堂回想録にある“毎巻の解説は私が書いた。……中野〔重治〕はこの解説をよろこび、そのことをどこかで書いている”という記述の「どこか」とは、中野重治『レーニン 素人の読み方』の「1922年末の『覚え書』について」という章にはさみこまれた「付記」でございます。

“このへんのところはまだこの『全集』には出てこない。わたしはだから『選集』によって書いている。そして次手にいえば、この『選集』(日本版)は非常によくできていて、『全集』を読むか個々の単行本を読むかではなくて、むしろ『選集』をよく読む人のふえることが日本では必要だろうというようにも考えている。”(p.106)

この「覚え書」は、レーニンの「遺書」とも呼ばれる病床での口述ですが、ここで中野さんは、「解説」だけでなく『選集』そのものを高く評価し「よろこび」を語っていて、その点、石堂記述と少しズレますけど、石堂さんもここは記憶に頼って書いたらしい様子ですので、「誤差の範囲」でしょうか。中野さんのこの文章は元は邦訳『レー二ン全集』各巻の「しおり」に書かれたもの、それなのに『全集』より『選集』を奨めるのは妙に思うけど(苦笑)、この「逸脱」のなかに「党中央」批判の気分がほんのり漂っているとも感じられます。ここで中野さんは、病床にあったレーニンの「スターリンは粗暴」という人物評を紹介しつつ、“次手に”(「ついで」を「次手」と書く表記は初めて。昔の人はこう書いたのかしら)『選集』評価という形で、「党内知的リベラル派」の石堂氏をバックアップしているのは明白でございましょう。『全集』よりもむしろ『選集』をよく読む人のふえることが日本では必要、と言われると、慢性金欠病で『全集』には縁のなかったわたしなど、中野学校の優等生たりえたかと可笑しくなりました。でも“よく”読んでいたかとなると??ですので、やっぱり落第生のほうでしょうか(苦笑)。

「中野学校」というとかの有名な日本陸軍のスパイ養成機関を思い浮かべる人もおられるかもわかりませんが、特定の人のまわりに集まる人々の関係を、中心人物の影響圏とみなして「誰々学校」という言い方があったのですね。これがドイツ語ふうに「誰々シューレ」といえば“学派”になり、英語にして「誰々スクール」となるとどこか軽蔑的な響きを帯びますけど、「誰々学校」は、中心人物の人格がもつ非制度的影響力に対する畏敬のニュアンスで語られることが多うございました。もっとも左翼組織では、その影響力が組 織的意味を帯び始めると「誰々派」として今主流派から警戒の対象にもなってまいります。石堂さんの本にも、当時の共産党内部には、党中央から“分派”と看做されぬようにとの気遣いがあちこちで働いていたことが窺われますね。

そうした気遣いが過ぎて必要な対処を呪縛していった一例が1961年の「春日(庄次郎)離党」に関わる記述で、当時の「反主流派」が「派」の態をなさぬ(要するに党内闘争をまるで組織できぬ)まま、「反党分子」とみなされてバラバラに除名もしくは離党のコースをたどった事情、この『自伝』で初めて知りました。学生戦線では旧「全自連」グループがけっこう「派」をなしていたようでしたけど、あれも学生戦線なればこそだったのでしょうか。そう考えますと、それに先立つ主力学生細胞のブント結成=「別党コース」選択の意味もまた、いろいろな評価を呼ぶことになり、ひいては、日本共産主義運動史の中での60年代「新左翼」全体の評価にも関わってまいりましょう。

石堂さんに「新左翼」への共感は薄かったようですけど、かつてかまびすしく論争された「路線」や「党派性」が歴史そのものによって否応なく相対化されてしまった今、「歴史」を照らす一条の光としてこの自伝を読むこともできようかと存じます。
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60年安保闘争前、レーニンの著作を時系列で読むにはこの『選集』しかなく、ひと夏のアルバイト収入をつぎこみ全巻揃(3000円)で買いました。訳文も国民文庫のものより平明・新鮮な感じで、ずっと利用してきました。日本版『全集』はまだ完結していない上、とてつもなく高価(高卒初任給が7000円くらいだった時に一巻750円、今の価格に直すと1万円くらい?)で、学生にはとても手が出なかったのです。モスクワ版の英訳全集が安く売られていたので、英語のできる学生は、この『選集』で足りないところは英語版で読んだものでした。第一次ブントの理論家姫岡玲治さんが日本版『全集』では未刊だったうしろのほうの巻の記述を引用したのも、その英語版からだったかと存じます。

「スターリン主義批判」もいいけど、そのスターリン主義者が経典として保存してくれていたからこそ、マルクス・エンゲルスもレーニンも読めたのですよね。それがなければこれら古典はどうなっていたことやら。もっとも近頃は「古典」など尊重されぬ雰囲気が濃厚のようではございますが(苦笑)。