やぶちゃんの電子テクスト:小説・戯曲・評論・随筆・短歌篇へ
鬼火へ
片山廣子第一歌集 翡翠 全 縦書版
[やぶちゃん注:歌人片山廣子の第一歌集である『
片山廣子歌集「翡翠」抄――やぶちゃん琴線抄五十九首――
片山廣子集 《昭和六(一九三一)年九月改造社刊行『現代短歌全集』第十九巻版》 全
片山廣子歌集「野に住みて」 全 附やぶちゃん注
片山廣子歌集「野に住みて」抄――やぶちゃん琴線抄七十九首――
片山廣子短歌抄 《やぶちゃん蒐集補注版》
を用意している。【二〇〇九年四月二十九日】漢字表記の補正と注記の増補及び誤植・衍字の訂正を行った。【二〇〇九年五月六日】縦書化に際し、ヨネ・ノグチの英文及びそれへの私の注を省略した。それらについては横書版を参照されたい。【二〇一一年三月十日】
歌集翡翠の出版せらるゝにあたりて片山夫人に與ふ
ゆらめく日の光の
吾が
そは一羽の蝶なりき、此日のうちにも死すべきものなりき。自然と吾が魂の靜寂の下に其蝶は空の如く大なる巨人と見えたりき。
其蝶こそ吾が歌の小さなる魂にあらざりしか? 君が歌のたましひも亦斯かる蝶にやあらぬ。
心揚りよろこびを以て吾が常に歌ひしむかしの歌は今いづこにある? 今吾は灰塵となれる廢墟なり。火災と共に吾が生の第三期は始まりぬ。
君も亦君が生の第三期に入りしと吾は信ず。
終局の破滅に急ぐは現代の特色なり。ああ、吾が心の廢墟の上に新しき歌を再び築かばや!
吾が友よ、君は吾が言葉を能く理解すべし。
吾が生は嘗て因襲と拘束とによりて
吾は信ず、君も亦寂しく悲しき廢墟の上に立てりと。
千九百十六年一月一日
東京市外中野に於て ヨネ、ノグチ
(佐佐木信綱序)
[やぶちゃん注:ここに佐佐木信綱の序文(表題はなし。末尾に『大正五年二月』のクレジットと署名)が入るが、佐佐木信綱の著作権は有効なため、テクストは省略し、内容を私が解説する。
まず冒頭、佐佐木は、廣子から歌集公刊の相談を受けた際、廣子が比較的若い頃に作歌した作品群も掲載することを勧めたが、彼女は
『「あの時はあれよりほか知らなかつたので、今更仕方も無いが、深く恥ぢて居る。今度の歌集も、今後十年を經て見直したらば、また恥かしいことであらうと思ふが、未來は未來とする。過去は忘れたい。そして現在は現在だけでよいと思ふ」』
と答えたと冒頭に記す(勿論、以上は直接話法で書かれているものの、佐佐木の聞き書きで正確な廣子の台詞であるとは言えないが、本人の歌集序文に用いられ、廣子本人も当然、校正前に原文を見ている以上、本歌集刊行に関わった『廣子の言葉』として引用するに、問題はないであろう。そうしてそのような私の本注・本頁にとって必要なる引用として、一般的な著作権の存続する文書の引用許容の条件をも満たしていると考える。以下、以上の下線部を私の「引用に関わる私見※」と呼称する)。
そうしてこの廣子の言う『現在』を、佐佐木は『著者の生命とする』と形容し、その属性について、再び、廣子自身が、
『「自分の歌は、たくみを捨てて、事物をありのままに感じたものでありたい。そして其感じを普通の人と共に分つものでありたい。其ためには、美しい狹い詩歌の境を未練氣なく離れなければならない。これが自分の近頃切に感じてゐる點である。併しながら、この翡翠の歌の中には、現在のこの見地を目標として見れば、捨てなければならないものも澤山ある。それを捨てなかつたのは、たとへ多少のたくみの交つた作であつても、狂熱と理智との爭の濃き陰影を印して居る點に於いて、最も強く自分を現はしたもので、自分の身の半身の如くなつかしく思はれたからである。覺めんとして覺め得ざる心の姿、眞面目なる女の内的生活の記録の一片、新しき道にいづる記念」』(前出の引用に関わる私見※を参照)
と述べたと記す。そうしてその思いが産み出したのが、この『翡翠』であると佐佐木は明言するのである。
師の序文として弟子の肉声がここまで支配しているものというのも私は珍しいと思うし、廣子の謂いも(彼女自身、まさか序文に師がここまで自身の私的会話を暴露するとは思っていなかったであろうとさえ思われる)、きっぱりとして、美事な確信的理想と覚悟に満ちている。
但し、その後、彼は廣子が言った『「覺めむとして覺め得ざる心の姿」、「眞面目なる婦人の内的生活の記録」』(表記が前記引用とは微妙に変えられている。なお、前出の引用に関わる私見※を参照)がどこまで本歌集で表明されているかは、『讀者の判斷に任せる』と微妙な留保のポーズを見せて抑制することを忘れていない。
そうして続けるに、本歌集は廣子の歌人としての分岐点に立つものであり、『舊衣を破り捨てて、それに代るべき新しい衣が未だ成つてをらぬといふ状態にある』と評し、歌人として古い自己を脱却して新しい信念にそった新しい歌を得ようとして未だ得かねているように思われるとする。しかし、その精進への『勇氣は、多とすべきであ』り、『その將來の大成』を心から期待すると述べてもいる。
最終段落では、佐佐木が廣子を知るようになって既に二十年を経過したが、彼女の『文學に對する愛好の情は益々深く』、若き日と全く変わらぬ精進を見せていることを称揚する(ここで佐佐木が「短歌」ではなく「文學」と言っている点に着目したい)。だから、彼女の『歌の變化を最もよく知つてゐるものも、自分に若くものはあるまいと思』うとまで言い、本歌集の公刊は極めて感慨深いものがあると記す(この手の序文は嫌ほど書いている彼にして、この社交辞令でない賛嘆の表明は廣子の才能を心から認めているものと極めて素直に受け取れるものである)。そうして、以上の自分の序文は『蓋し自分の著者に對する至情に外ならぬのである。』と擱筆するのである。
テクスト化したものはあるので、個人的にお読みになりたい方は、メールにて委細相談されたい。]
翡 翠
何となく眺むる春の生垣を鳥とび立ちぬ野に飛びにけり
さまざまのよしなしごとを積上げし
此日ごろ我みづからをながめつつかなしびもしぬおどろきもする
[やぶちゃん注:下の句の「かなしびもしぬ」の「しぬ」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
くしけづる此黑髮の一筋もわが身の物とあはれみにけり
身を守る心起りし其日より此かなしびは我に來りし
我が生命かへりみせらるもづもづと這ふ蟲見ればかへりみせらる
人に恐れ我にをののき我が心いとしのびかにいづこへか行く
[やぶちゃん注:下の句の「いとしのびやかに」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
一言に黑きひとみもをどりつる春かへり來よ我が老いぬ間に
大森のいと靜かなる山陰に朝ゆふ我も祈りてあらむ
野を歩む我もめづらしうららなる天つ靑ぞら我が上にあり
灌木の枯れたる枝もうすあかう靑木に交り霜とけにけり
わが指に小さく光る靑き石見つつも遠きわたつみを戀ふ
靑き空ひかりに暗しくだる日に向ひて廣き斜面をのぼる
鳥も鳴かず靜かなる日よ我が魂のかそけき響そらにきこゆや
あくびして我にかへればやはらかきまつげの陰にあふるる涙
すみとほる光の底にやすらへる枯木を見つつ心靜けし
あめつちの中のちひさきことのみが我が黑き眼にかろく映りぬ
夕風の林にをどる
神います遠つ靑ぞら幕の如ふとひらかれて見つるまぼろし
しろき犬せなの卷毛のつややかに日に眠るかな芝も靑みぬ
[やぶちゃん注:初句の「しろき犬」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
日のひかり靑空に滿つたたかひも果てぬとつぐる音づれを待つ
わくらはのあくがれ心野を越えてわすれし路にふといでにけり
思ふこと何もなし今日も生きてある身をよろこびて夕日をあふぐ
かさかさと野ねずみ渡る枯葉みち古りし欅ににほふ秋の日
よなべするわらやの窓の細あかりほのににほひて野には霧ふる
どことなく明るみ渡り秋の雨はれ行く窓に鳥が音をきく
草原のくぼ地にたまる水たまり雲一つ散る神無月かな
さらさらと枯葉の落つる初冬の日の暖かさ黑髮をほす
ああ我は秋のみそらの流れ雲たださばかりにかろくありたや
やぶ陰のしげみが中の白き花わがみほとけにたてまつらばや
[やぶちゃん注:第二句の「しげみが中の」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
日の光る木の間にやすむ小雀ら木の葉うごけば尾を振りてゐぬ
何となく心淸まる朝日かなこのくま笹の霜のしろさよ
[やぶちゃん注:結びの句の「霜のしろさよ」の「しろさ」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
ほんのりと月のさびしい夕方は涙を溜めて立つとも知らず
かぎりなく憎き心も知りてなほ寂しき時は思ひいづるや
ひととせのある一時のわが迷ひくり返し見るまばたきのひま
はかなうも女の淺き心もて只かりそめに戀はせしかど
ことわりも教も知らず恐れなくおもひのままに生きて死なばや
人の世の掟は人ぞつくりたる君を思はむ我がさまたげに
むかしわれ神の教を學びつる麻布のすみの灰色の家
いぶかしみ世は我を見るわたつみの底より來つる少女の如く
子猫ならば遠野のやみに捨ててまし我が胸に來て何か啼くこゑ
何事か來るやと待てど何も來ず恐れむなしき物たりなさよ
幼兒は母の心もよむばかりさときまみして我を見つむる
われ君をめづと自ら欺きし其ゆめ覺めてなほ生きてあり
女てふ迷ひの國を三十路ほどあゆみあゆみて踏みしほそみち
こよひ我このたたかひに勝ち得ぬと神の
[やぶちゃん注:昭和六(一九三一)年九月十五日発行の正字正仮名遣の改造社版『現代短歌全集』第十九巻に所収された「片山廣子集」に再録された本歌では、「灯のともるらむ」となっている。それに準じて「燈」としなかった。]
行きて見む雪の大野のあけぼのの風に吹かれてよみがへるやと
此心とはに死なじとたのめつる其日は遠し前世の如し
此夕べ此人の前にひざまづき驚くを見てふとわらはばや
はつ秋や夕立雲のいかめしさ妙義の山のふと戀しけれ
日の山影のまだらに落つる朝の路かれ葉を踏めばかろらかに鳴る
霜ぐもるみそらに交る工場の烟を見つつ品川を過ぐ
しめじめと落葉の積める木の蔭に朝の間すこしうすら日のさす
[やぶちゃん注:初句の「しめじめ」の最初の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
何となき物のすさびにゆめみつる夢の人とも異なれるかな
我がおもひ小鳥の歌とこもるらむひるの夢みる若葉の奧に
我が戀よ珠の小箱のふたしめて後の世遠く持ちてゆかばや
[やぶちゃん注:第三句「ふたしめて」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
折々のよろこびおそれかなしみよ小さき花と散りて咲きて散る
さまざまのわが思ひをばになひ來し此うつし身も捨てがたきかな
ゆるしがたき罪はありとも善人の千萬人にかへじとぞ思ふ
虫の音も風に亂るる夜の園を三たびめぐりて胸をさまりぬ
[やぶちゃん注:昭和六(一九三一)年九月十五日発行の正字正仮名遣の改造社版『現代短歌全集』第十九巻に所収された「片山廣子集」に再録された本歌では、「虫の音も」となっている。それに準じて「蟲」としなかった。]
ゆめもなく寢ざめ寂しきあかつきを魔よしのび來て我に物いへ
[やぶちゃん注:下の句の「魔よしのび來て」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
あさましな過ぎ來し道を見かへれば只わが影をわれ抱き來ぬ
たやすうもきずつく心我持つと知るや知らずや針さして行く
わが胸にまこと潛める物やあるありとも見えで立つかげろふよ
かしこしと常にあふぎし其人のあやまち聞けばふとよろこばる
からたちもいとやはらかに芽をふける靑き垣根の家なりしはや
世のほかの尊き人と語りつるかの夏の夜のくらき山でら
月の夜や何とはなしに眺むればわがたましひの羽の音する
わが夢の海の白帆とふと浮ぶまぼろしびとのおも戀しけれ
つばめ來ぬ山の若葉に埋もれ住む遠方人のゆめ使かも
やはらかき涙ながれて知らぬ間に遠世の我の歸り來りし
ある夕べ迷ひ來りし此思ひやど貸ししより追へども去らず
我がよはひ我がならはしも皆すててよみがへる日のあれとのぞみぬ
芝草のつめたき庭に星見ればをとめごころの又歸り來る
あなかなし一人いませる母をさへ女にしあれば見すてまつりぬ
白き花ただ一輪のさびしさを風來り訪ふくらき空より
うすぐもるみそらの下に我立ちて風をきくかな枯木の風を
折々は知らぬ旅人ひとつやどにあるかと思ふつまとわれかな
わが心載せて流さむ小舟もが朝の風ふく灰いろの海
枯木なほ白玉の花咲かせけり我が心をもかざりて見ばや
心狂ひ君をおもひし其日すら我が身一つをつひに捨て得ず
くれなゐのうばらの花に白う咲けとのたまはすなりせまきみこころ
いづくにか別れむ路にいたるまで共に行かんと思ひ定めき
みちたらぬわかき心天地に知らざる神を呼びていのりし
沈丁花咲きつづきたる石だたみ靜かにふみて戸の前に立つ
父死にし五月の七日此としも又めぐ來ぬ世は若葉して
白鳩ら羽やすむらんみどり濃き扇が谷に春のあめふる
[やぶちゃん注:「扇が谷」は当時、廣子が居住していた鎌倉の地名で、「あふぎがやつ(おうぎがやつ)」と読む。]
花あざみうす桃色の頰あげて夕べの森に何を待つらむ
わが心あまり淸きにおどろかるあまり弱きにふとほほゑまる
たばこの香すこし殘れる部屋にゐて歸りし人を思ふあめの日
しみじみとうるほへる眼に我を見る小犬は切に物いひたげに
[やぶちゃん注:初句の「しみじみと」の最初の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
金のペンうすあゐ色の墨のせて心にもなくはしりすぎけり
わびしうも甘納豆をつまみつつ猫に物いふ夜の長きかな
此心地全く癒えようす色の椿もひらく三月は來ぬ
ももとせも惜しまじといひし人にさへみなは與へず持ちし心よ
たゆたはずのぞみ抱きて若き日をのびよと思ふわが幼兒よ
あきつともかろう浮き行くわが心にがにがしげりに立ちてながむる
ほそぼそと朝の雨ふる銀のはり淸くつめたくわがはだをさす
飴うりを子等は追ひ行く秋の日の流るる道にのこる笛の音
枯尾花淸き空氣にすき透る十一月の野のあたたかに
小さなる稻荷の宮のうす月夜桐の花ふみてあそぶ野ねずみ
こすもすや觀音堂のぬれ縁に足くづれたる僧眠りゐぬ
七日月ほのかにぞ浮くほのほなす夕やけ雲の流るるみそら
よひの海に灯が一つあり埋立地くろく平らによこたはるかな
[やぶちゃん注:昭和六(一九三一)年九月十五日発行の正字正仮名遣の改造社版『現代短歌全集』第十九巻に所収された「片山廣子集」に再録された本歌では、「灯が一つあり」となっている。それに準じて「燈」としなかった。]
椿落つほこらの前の靑ぐろき水のおもては物音もせず
古びたる木ぼりの像にわが夢をそときかせ見んわらひいづべし
我をしも親と呼ぶひと二人あり斯くおもふ時こころをさまる
谷川に眠れる小石千年の夢さめむ時大海を見む
梅くらしみそらも暗し二日月今下りて行くひかりのほそさ
いと黑き軒と軒とのあひだより月のあかきをあふぎ見たりし
道づれに狐もいでよそばの花ほのかにしろき三日月のよひ
[やぶちゃん注:下の句の「ほのかにしろき」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
一人ゐてあまりつよくも物おもふ空に聲して答へは來ずや
思ふこと何をもいはずただありし我等の戀は淸くひさしき
何となき只一言をかぎりなく味はひて見つ眠るをわする
しろき花あかき花咲き蜥蜴など走りし庭の
[やぶちゃん注:初句の「しろき花」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
うらわかき我がほそ指にはめられし指環もよごれ疵つきにけり
百年の前に死にける我ならむふと歸り來し見知らぬ人は
あふれいづる涙の川にわが心洗ひて見ればしろくありけり
[やぶちゃん注:結びの句の「しろくありけり」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
白き雲白鳥なして二つゆく欅さゆらぐ上の靑ぞら
曼珠沙華肩にかつぎて白狐たち黄なる夕日にささめきをどる
ひえびえと降りにふりくる雨のすぢ土のはだへにしみ透るかな
[やぶちゃん注:結びの句の「しみ透るかな」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
はばたきて下り來る鳩を數へゐぬ冬ともあらぬ淸き天つ日
かぎりなき天地の隅のいづこにか君とあらばや生死もなくて
いはけなき髮かきなでてをみなてふうつくしき名の君をかなしむ
百とせも共に住むべき人をさへ憎む日ありと思ふに堪へず
あな戀し富者も何も塵のごとかろみ思ひし二十のこころ
あまつ日を眼にまばゆしと憎むまでくらきに慣れて物も思はず
いく春か花は散りけむ眼を閉ぢて人の掟てし道を行く間に
あたらしき人をあらたに戀し得む若さにあらばうれしからまし
うつせみは木より石よりさびしけれ此ますぐなる
湯のたぎる火鉢に倚りて只一人風吹く空の靑きに見入る
木の葉ふる雨ふる日こそわびしけれ我をたづねて夕やみも來る
何ならぬ帶求め得し今日もなほ我がよろこびの日に數へばや
枯枝の雨の雫をながめつつ只しみじみと人こひしけれ
[やぶちゃん注:下の句の「只しみじみと」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
幽靈もほそき裾して歩みくや夜のうすもやに月あかりする
七本の棕梠の木の間に月させば君を送ると倚りし門の
ああねずみ
此めしひ手びきの人を待ちわびぬ風は西吹き又みなみ吹く
わがむねにみなぎる力このままに注ぎいるべきうつろのあらば
よろこびとゆめとつづける我が世かな髮白うなりやがて死ぬまで
わがゆめに折々みえし白鳥の羽音す春のほのぐらき朝
芝草にかげろふ立ちて梅の散る靜かなる日よ今二時を打つ
木々はみな光る雫し野はけぶる雪ばれの日の日のまぶしさよ
五日月沈まむとする春の夜を森のふくろがひとりごといふ
くろき雲のはしに觸れたる星一つ今沈みたり暮るる大ぞら
蛇のごとほのほぞ動く久方のみそらに近き山燒くゆふべ
鳥の巣の中よりあふぐ心地しぬ若葉のひまのいと靑きそら
*
輕井澤にてよみける歌十四首
空ちかき越路の山のみねの雪夕日に遠く見ればさびしき
花草の信濃たか原あさ行けば人の世遠くみそらのちかき
霧ふかしうぐひすむせぶ雜木原とつくに人に路とひにけり
朝風に霧はれゆけば山つばめ木の葉の如く吹かれて舞ひぬ
山羊の子は流のふちの桑の葉もはみ飽きたるか我により來る
夕もやに顏うかせたる花あざみ寂しき息を野にただよはす
わた雲とみそらと我となでしこと嶺にある日はいとさびしけれ
さびしらに淺間葡萄も吸ひて見む人醉はしむる毒ありといふ
月見草ひとり覺めたる高原の霧にまかれて迷ひぬるかな
朝霧の底に夢みる高き木にうぐひす鳴けばわが心覺む
雲の影遠野をはしるまひる時みねに立ちつつ我がいひしこと
日ごろ我が思はぬ人もいと戀し日の入りあひにみやまどり鳴く
此夕べ淺間の煙かがやきてにほふ入日に寺の鐘なる
遠山と我と立つ時やみに伏す大野のむねにおつるいなづま
*
極樂寺椿のまろ葉靑光る日に温まり浪のおとをきく
子狐ら谷の穴よりそとを見るもみぢの山に雨がふる雨がふる
なんてんの實のひとふさのうつくしき我がうら庭は雨にひたりて
わがめづるあぢさゐの花うす靑うかげの國より得し色にさく
やはらかき
鳥の聲空にちらばるきさらぎの暖かき日に人まちにけり
靑あらしに栗の花落つる我が家をあかつきの夢に人の訪ふらむ
我に何のかかはりなくて此人を人の夫とし見るうれしさよ
こよひしもかしこき我がわが胸にやど借る夜なり落ちつかぬかな
はげしうも降り來る雨の音の中に我と心のいさかふ夜なり
人と我ひろき世界をあゆみつつ顏見たるのみ何のつみかは
物いはぬ佛の顏を三度打つ其心もて今何か待つ
此思ひ此道のべに捨てていなむ花咲きみのる日よ來ずもあれ
菊の影大きく映る日の縁に猫がゆめみる人になりしゆめ
月見草みな上むきて夕ぐれのうすらあかりに月まちてゐる
枯木原落葉うごかず水色の朝ぞらひくく遠山は浮く
桶屋の爺たらひのたがを丁と打つ夕日にあかき葉の落つる時
みつ蜂のみな巣立ちたる蜂の巣の窓はさびしも秋の日てれば
井關照子の君を葬りし日
春ゆくや遠きその世にいでたたす道わかぬまで花の雪ふる
[やぶちゃん注:「井關照子の君を葬りし日」は、底本では歌の後に丸括弧ポイント落ちで附く。井關照子は同門の歌人で、明治四十二(一九〇九)年八月号『心の花』所収の廣子の追悼文「照子の君をいたみまゐらせて」には、本文冒頭で『井關照子の君、花ちる春の頃遠く逝かせ給ひしより、はや二月にもあまりぬ。』とあり、同文末尾には『六月すゑ雨ふる日しるす』ともあるので、井關照子の逝去は同年四月頃と思われ、本歌はその折の追悼歌である。ちなみにこの時、廣子三十一歳。]
行く水に戀を流していとかろきうつろ心は家にかへりぬ
枯木原もやにそまりてわが倚れる窓の戸に落つ雨三つぶ四つぶ
べに多き伊萬里の皿にのりまきを七つ並べてみほとけに上ぐ
花の香の心にしむよ久しうもけものゝ國に住みて來つれど
[やぶちゃん注:第二句の「心にしむよ」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
何か住むちりもあくたもひろひ來て鳥の巣のごとあみし心に
其人のぬけたるのちの歴史こそ白紙の如く何もなきかな
をさなごの眠りのうちのほほゑみとふと來りふと消えしよろこび
ひさしうも水なき野邊にさまよへば毒草の葉も吸はむとぞ思ふ
ひそやかに落ち葉の上をふむかとも靜かなる夜の雨の音かな
女なれば
ちひさなる人形國の客人に小猫も交り叱られにけり
さまざまの形の石は水仙のかげなる水に沈みてありけり
ふと行きて歸らぬ人よたなそこを滑りて消えし玉ならなくに
かへらめや花よみがへる後の世も君に與へしわが若き日は
大塚楠緒子の君をかなしみて
美くしき物のすべてをあつめたる其うつそみは隠ろひしはや
[やぶちゃん注:「大塚楠緒子の君をかなしみて」は、底本では歌の後に丸括弧ポイント落ちで附く。明治四十三(一九一〇)年の佐々木弘綱・信綱門の歌人大塚楠緒子逝去(おおつかくすおこ/なおこ 明治八(一八七五)年~明治四十三(一九一〇)年十一月九日 享年三十六歳)の際の歎詠。廣子三十二歳。なお、長谷川時雨の「大塚楠緒子」(『婦人画報』大正四(一九一五)年十月にも本歌は引用されているが、そこでは
うつくしきものゝすべてをあつめたる
という表記となっている。]
我に似しかたくな人と憐みし其日よりしも君をわすれず
身を分けし小さき人よなれも亦心強かれ淸かれといのる
ほのくらく淡きおもひをのせて見む夜の片隅に浮く梅の花
星一つ靑き尾ひきて天の川流るる空の西に消えけり
柿の實の靑きが落ちぬ夕雨にわが思ひさへ二つ三つ散る
うなゐらの遊べる中を狐つきうり食みて來ぬ夏の夕ぐれ
幾千の大木ひとしく靜まりて月の
つまづきし一人の人を惜しむかな大き都のほろびつるごと
うらさびし老のはじめか我よりも若きを見れば物ねたましき
思ひなくて秋の朝あけ死なん身か占なひ人よ我をうらなへ
ひまあればすこしあれたる指さきもにほひ油のしろきをぬりつ
[やぶちゃん注:結びの句の「しろきをぬりつ」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
山に入りてやせて百年老いますもわれ住む世をばわすれたまはじ
渦まきに一足入れてかへりみしかなしき顏はわすれがたかり
うたがひも恐も知らに物いひし春の日おもふ二人向へば
郊外に家をつくりてあるじぶる友もそろそろ年寄になる
朝霜や
足柄や
[やぶちゃん注:「谷我」は、現在の神奈川県足柄上郡山北町谷ヶのことと思われる。現在は東海旅客鉄道(JR東海)の御殿場線の駅名として「谷峨」駅がある。これは山北町清水地区にある山間の駅であるが、明治四十(一九〇七)年開設の信号場で、本歌が創作された頃はまだ駅ではない(駅への昇格は昭和二十二(一九四七)年七月)。開業当初は薪や炭を発送する駅として機能していたが、現在では旅客専用の無人駅。この駅は同線の神奈川県側の最後の駅である。]
さがみなる淸き早瀨の音も添へてやまめ送ると文おこせけり
炭の香や雲ゐるをちの山陰の畑をおもふ靜かなるひる
銀の糸一筋はしる野の上のあかねの雲に散るわたり鳥
女らはほそき帶して物くへりあひるの騷ぐとなりの家に
巣鴨ゆき向うの側の男たちみな眠げなり春の夜の雨
靑磁色の器のかけもふとまじる磯邊の砂のかわきゆく朝
[やぶちゃん注:個人的な推測であるが、この歌は鎌倉の由比ヶ浜での吟と推定する。それは、由比ヶ浜では鎌倉時代、南宋との貿易の中で、船で運ばれてきた青磁器・陶磁器の内、破損したものが海中に投棄された。それが現在でも(二〇〇九年の現在でも、ということである。私も過去、幾つもの青磁・陶器片をビーチ・コーミングしてきた)流れ着く事実があるからであり、また、この直ぐ後、「君まさぬ」の歌には鎌倉の地名である「名越」が詠み込まれているからである。廣子は鎌倉扇ヶ谷辺に居住していたと思われる事実もある。]
かぎりなく秋の日すめる靑空に花降る如き白鳩のむれ
君まさぬ名越の山のさびしさよ去年のままなる道を來しかど
[やぶちゃん注:この「名越」は恐らく「なごえ」と読み、鎌倉の東の外れ、逗子との境に位置する地名を指しているものと思われる。]
はらからは皆たよるべき人を得て西にひがしに散りてすみつつ
八重洲河岸河岸の夕日に石きざむシヤツ黄ばみたる人々のむれ
わがおもひ夕べの雲にふとはせて
思はざるけふのよろこび天つ日の我を抱くと眼もくるめくよ
あはれむは君一人のみ神にさへゆるされがたきたかぶりごころ
みちのべの地藏菩薩とわが前をよぎるすべての幸を願ふよ
つむじ風くるくる卷きて此心西の海にも吹き落とさなむ
あきらかに心の汚れあきらめてかたゐの子にもぬかたれて恥づ
大わたつみ踏みて渡らむ信もなし立ちてはかなく只のぞむかな
末遠く消さじと守る胸の灯を風あふる夜は神もあはれめ
[やぶちゃん注:昭和六(一九三一)年九月十五日発行の正字正仮名遣の改造社版『現代短歌全集』第十九巻に所収された「片山廣子集」に再録された『翡翠』の「灯」の字を含む他の二首では、「灯」の字を「燈」とはしていない。それに準じて「燈」としなかった。]
わがのぞみ稻妻はしる遠空に見つと覺えて又やみになる
一すぢの我が落髮を手に取れば小蛇の如く尾をまきにけり
あはれとも憐むことの罪ならば我に罪あり神にも恥ぢず
此日まで塵もすゑじと守りつる心二つにひびわれにけり
ちひさなる我がほこりをば捨てかねていふべきこともいはぎりしかな
星が飛ぶいづこへか飛ぶ天の川水ほのじろき夜の大空に
ちさき頰はねだりごとすと温かういと和らかうわが頰による
きりぎりすものの寂しきあけがたを昔の人も聞きし音に鳴く
秋の風あかつき吹けば我が魂も白き羽負ひ遠き世に行く
みほとけの御前に立てる線香の灰こそ落つれ物音もなく
あまつ世の魂の
父君のかへりたまひしゆめ覺めてふとわが年を思ふあかつき
限りなく疲れたる眼にながめけり我がつまさきのなでしこの花
いつよりかきのふの國の人となりしさまでに老いし我と思はず
たどたどし我が短か世のゆめの卷とりとめもなくのこる香のあり
春雨や精進のけふのあへ物に庭の木の芽を傘さしてつむ
けぶり立つカフエー茶碗を見つめつついとしのびかに眼はわらひけり
[やぶちゃん注:下の句の「いとしのびかに」の「し」が草書体の(「志」―「心」+(同位置に「灬」から最右翼の点を消去したような三つの点)という特殊な字体となっているが、ひらがな「し」に改めた。]
ためらふなもだすなすべて汝が心この一時に投げて碎けよ
銀のはさみに砂糖はさみて入れつれば泡うづまきてはや沈みたり
つれづれに小さき我をながめつつ汝何者と問ひて見つれど
花も見ず息をもつかずいそぎ來しわが世の道を今ふりかへる
老いぬれどむなし心のまづしさにいつはりをさへよろこびて聞く
死ぬばかりかわきし折に待つる水惜しと思へど人にやりけり
ああ我もかしこくなりぬ君を見て胸のさわがぬ日も來りつる
髮ゆれて泣くとや人のながめけむ其ひまにふと思ひかへしつ
温かう物なつかしう頰にあつ駱駝の毛にもよきかをりする
島原の女の赤き唇を洩るるそら言聞きたき夜なり
何事も女なればとゆるされてわがままに住む世のひろさかな
吾子がめづる土の子犬のかはゆさよ同じ顏していつも我を見る
龜の子はのそりのそりとはうて行く氣味わるけれど我も行くかな
そりのごといとおもしろう滑り來しふとつまづけばわき見のせらる
たどたどしさぎりの海の白き帆と迷へるままになほ進みつつ
憎みつつなほこそ戀ふれひろき世にいしくも我をあざむきし人
[やぶちゃん注:「いしくも」は、「美しくも」で「
さまざまの小さくきたなき思ひをも納めし箱ぞひらきたまふな
たらちねの親のめぐみはさもあらばあれ生みたまはりしうらみは深し
ふと戀し森の中なる墓こひし野際あかるく鳥とぶ夕べ
何を見るきのふも今日もをととひも此窓に倚りうつらうつらと
蜘蛛の糸かろゆらげば秋の日は黄いろに燃えて又消ゆるかな
夕ぞらに立ちたる杉のさびしさよ日にも風にもとりのこされぬ
霜ぐもり色もなき日よ香水をまきて僅かに樂しむこころ
かへりみて戀しと思ふ若き日のなきこそ我に物たらぬこと
君來り古城の奧に百とせも眠りし我をさましたまひぬ
其日しもいろなき頰のあかむまで胸のをどりてよみがへりぬる
わか草はわが足を撫づ白日のゆめ淸らなるみそらの下に
我が世にもつくづくあきぬ海賊の船など來たれ胸さわがしに
かりそめのなさけもうれしよろこびて憐みうけん我ならねども
かすかなるなげきの聲は誰かきく糧にこと足りやすげなる子の
はらはらと葉の落つる時ほのあかき木の間の夕日靜かなるかな
人並に物をおもひて人なみにたのしみを得るさがにもあらば
あきはててうとみほつれど人の世の何にも代へん我と思はず
ゼズイトの僧渡り來し日の如くあやしき聲ぞ我が胸に入る
[やぶちゃん注:「ゼズイト」はラテン語 Societas Iesu の前部の音訳で、イエズス会のこと。キリスト教カトリック教会の男子修道会。フランシスコ・ザビエルは創設者の一人。]
むすびめの最後の一つ解けむ時このほそき糸切れもはてなば
其ために生命も魂も捧ぐべきものか人かのあれと祈りし
何を待つ今何を待つ山際のほのあかるみに笛遠く鳴る
靑白き月のひかりに身を投げて舞はばや
生くる我とゆめみる我と手をつなぎ歩み疲れぬ倒れて死なむ
くだものと古き心は捨てて見む鳥やついばむ人や踏みゆく
ひらけたるほそき路かなわが心行くにもあらずなほたゆたへり
若き日の強き心よくもり日もなほ空を見し淸き眼よ
遠國の流人をのせし大船か心の遠く遠くのぞむは
よろこびかのぞみか我にふと來る翡翠の羽のかろきはばたき
ゆふだすきかけて祈らぬ此事もなりしを見ればなほたのまるる
末遠く神守りませあめつちのひろきが中のちさき誠も
かなしはたうれし今までゆめにだに知らざる我をふとかいまみて
春秋の雨にも日にものびて來し此わが心を我はたのまむ
ほかの世の我が聲きこゆ奇し鳥の我にあたへしゆめのさめぎは
いのらばや弱りはてぬる心もて今日のおもひに堪へん力を
翡 翠 終