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句集 鬼火 心朽窩主人藪野唯至(copyright 1975−2009 Yabtyan)
1975年
尾崎放哉墓參 八月 *両句共に同年の「層雲」誌友欄に載る
枯れ草似合つた墓一つある
島離れる船の汽笛にゐる
1987年
肝炎病中吟(十一句 七月)
戀猫の曼陀羅に似る瞳あり
戀猫の不思議に動く背に觸れてゐる
戀猫の觸手の如く尻尾有り
加蝕せる曼陀羅を見よ戀猫の眼
戀猫や濡れたる齒牙の白さかな
なまめいて觸手纖毛戀猫の尾
戀猫の蠢く銀波背に觸れてをり
戀猫もしかとをしたり竹の宿
握りをる戀猫の尾のぬくみかな
我が病西獨にゐて聞く少年のあり
永遠に凍つ心を埋めてタイガ行く
1989年
氷雨截つ遠き野犬の眼かな
1997年
蟻群れて蝉少年の夏終はる *雄山閣出版1997年刊「俳句世界 5 俳句・深層のコスモロジー」林桂選特選句
蟻群れて蝉水銀の海に浮く
蟻群れて蝉ソラリゼーションの夏
*雄山閣出版1997年刊「俳句世界 5 俳句・深層のコスモロジー」岸本尚毅選佳作句
死蝉に手向くる視線水銀柱
蟻たかる蝉にさし入る少年の視線水銀柱の如
***
別れ言ふ秋の少女の眼の蒼き
菜の花や花序を覺えしこともあり
***
剽竊
〈青空に指で字をかく秋の暮 小林一茶〉
秋天に書きこぼしたる字を探す *雄山閣出版1997年刊「俳句世界 6 パロディーの世紀」加古宗也選佳作句
〈秋の暮大魚の骨を海が引く 西東三鬼〉
曳き殘す水母の骨に夏暮るる
〈夢青し蝶肋間にひそみゐき 喜多青子〉
夢白し蝶肋間に蛹化せり *雄山閣出版1997年刊「俳句世界 6 パロディーの世紀」齋藤愼爾選特選句
〈太陽に襁褓かかげて我が家とす 篠原鳳作〉
太陽に襁褓翩飜建國記 *雄山閣出版1997年刊「俳句世界 6 パロディーの世紀」齋藤愼爾選佳作句
〈人間をやめるとすれば冬の鵙 加藤楸邨〉
人間をやめるとすれば冬の蠅
*雄山閣出版1997年刊「俳句世界 6 パロディーの世紀」齋藤愼爾選/林桂選佳作句
***
白布に血を拭う時マチェック忌 *雄山閣出版1997年刊「俳句世界 7 時代と新表現」松本恭子選佳作句
百日紅瞠むる我のテラトロジ
デジャヴあり炎天に笑む吐露番兒
駱駝嘗める熱砂スティグマ月牙泉 *雄山閣出版1997年刊「俳句世界 7 時代と新表現」阿部完市選佳作句
鰯雲ノスタルギアなき我が祖國 *雄山閣出版1997年刊「俳句世界 7 時代と新表現」上田日差子選佳作句
***
アウシュヴィッツ連祷
アウシュヴィッツ錆びし鐵路の陽炎はず
アウシュヴィッツ蚯蚓食みたる骨の土
*雄山閣出版1997年刊「俳句世界 8 旅のトポロジー」阿部完市選選外佳作句
蘖のアウシュヴッツに土白き
春ならずアウシュヴィッツに土を嗅ぐ
*雄山閣出版1997年刊「俳句世界 8 旅のトポロジー」上田日差子選佳作句
口閉ぢよアウシュヴィッツへ陽墜つ春
1998年
冬枯れの木立の果ての空を見る
冬枯れの木立の如く狂ひたし
1999年
博物學T
春潮に肝吐き盡くす海鼠哉
橙色に透ける筋膜保夜の夢
温かきその蕾しも薔薇の夜
2000年
解剖學T
フィレンツェ大学付属ラ・スペコラ博物館解剖学蝋人形管見(二句)
祕やかに淫すムラージュ陽に溶けし
剖り分けし頭蓋貫く夏陽かな
女醫の指の撫でゆく我の胃のフィルム
羊頭の舌出して賣らるメジナかな
2001年
春寒し口に少女の香を含む
或る少女の詩に寄せて
黒い海の彼方には何が見えるのか
あなたの瞳、あなたの孤独、あなたの罪
激しい白波は何を運んでくるのか
わたしの幸福、わたしの笑顏、わたしの孤独
黒い海の彼方にむかって
少女は歩み続ける
海渉る女見てゐる老人の少年の眼
奇岩奇石吾が心象を投射せり
2003年
沖繩 一月
ちゅら
枝珊瑚美 の海邊に収骨す
ガマ出でて仰ぐ青天米軍機
血と膿とガマの鉛の闇を聞け
2005年
橈骨遠位端骨折
右腕を碎きて放つ鬼火かな
Z旗ハ日露戰爭日本海海戰時「皇國ノ興廢コノ一戰ニアリ各員一層奮勵努力セヨ」ノ意トシテ最モ有名ナリ。
我右腕骨折術式人差指第一關節及ビ橈骨ヘノ創外固定器ト橈骨骨頭ヘノ斜形ピンニングナリ。
掌カラ見ントセバソハ「Z」也。
レントゲン腕ニZ旗翩飜ス
我心座滅粉碎炭素棒
海臭き金屬の腕一つ持つ
右腕に金串刺して鬼となれり
死臭とは斯くあるか病む腕を嗅ぐ
青臭き腕や半死の蝉時雨
青天に金屬の腕突き上ぐる
「アイガー」ハ騎士、「ユングフラウ」ハ處女、其ガ間合ノピーク、「モンヒ」ハ僧ノ意ナリト聞キテ(二〇〇五年八月)
氷連や處女と騎士とを僧が裂く
(注:「氷連」ハ「氷戀」ニ、「僧が裂く」ハ「氷河裂く」ニ掛ケル。極粗末也)
アイガー
騎士嶽に避雷の馬手を突き刺せり
再手術チタンプレートヲ五本ノボルトニテ打込永遠ニハズサザルトナム
陽に病みてチタンの板を廂とす
チタン板かざして死出の旅仕度
既ニシテ完治セザルト決シ右手指共ノ拘縮モ甚シ
失へり桃握りたる手の記憶
教ヘ子ノ大陸ヘ行クヲ送ル
友遠く我腕鬼を抱きにけり
が
腕はさても我の折れもせで秋閑か
性懲りも無き再剽竊
青空に指で「死」を書く秋の暮
***
永野広務に――草の根の運動の途次マラリアに倒れし友、彼の名を冠したる木のインドに植ゑられしを聞きて
木もれ日や見上ぐる子らの齒全き白
(注:同長歌へ)
2006年
木蓮を我が送り火とせし夜かな
洞爺湖 三月(二句)
蝦夷富士を湖底に吊るす洞爺かな
み
圓空の後ろかげ見ゆ洞爺の湖
異常心理學T
手鏡に守宮張りつく化粧哉
木漏れ日や井守の赤き腹を割く
分骨や美しき伯母の肋含む
涼しさや人豚のあるアトリウム
口挾む櫛美しき飛頭盤
にぢりよる櫻少年きのこ雲
宵暑き病んだ夜鷹の饐えし股
紀州那智――補陀落舟の前にて 八月
媼一人乳母車牽く補陀落山寺
2007年
井上英作に――靜岡空港建設反對を訴へ二月六日未明靜岡縣廰前に燒身自決せる我兄の葬儀の日金時山山巓にて(三句)
しやしん
捨 身して濁世を怒る業火かな
ひがしやしん エア・ターミナル
火我捨身 靜岡空港 呪詛永し
春の山君を二度燒く火を送る
人間五十年下天のうちを比ぶれば――二月十五日 滿五十歳の日に
冬日冴えゆめまぼろしの後は何
2008年
戯句
直立す猿蓑着けて後影
捨猫や紫陽花腐たす聲の夜
蜩や聽かざるに我が夏の在る
2009年
アルツハイマーの義母を名古屋櫻山名市大附屬病院に見舞ひて
くだ
くちづけをして櫻のやまを下りけり
櫻滿開狂歌一首
さえだ
わが口に櫻の小枝さし入れて先の世にさへ花見をぞせむ