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富田木歩句集

   大正二年

背負はれて名月拝す垣の外


   大正四年

 哀れ我が歩みたさの一心にて作りし木の足も、
 今は半ばあきらめて、 其の残り木も兄の家の
 裏垣の枸杞茂る中に淋しく立てかけてありぬ。
枸杞(くこ)茂る中よ木歩の残り居る

 病中
薬紙に句を書き溜める夜寒かな

油気の喰へぬ病や春の宵

藁灰を掻き散らす鶏や雪もよひ


   大正五年

松ヶ根の雪踏み去(い)ぬる礼者かな

獅子舞の焚火かゞむ朝曇り

嫁入りを見に出はらつて家のどか

春風や障子の桟の人形屑埃(へちほこ)り
 註・「へち」は大鋸で切った屑を糊で固めた人
   形の原型から削りとったクズのこと。

夕風に散る籾殻(もみがら)や旱草(ひでりぐさ)

短夜の風に水来る筧(かけひ)かな

がたがたの雨戸に夜半(よは)のはたゝ神

荒壁に虻(あぶ)狂ひをる西日かな

火蛾の輪にランプと我とじつとあり

朝寒や崖(がけ)伝ひする榾(ほた)かせぎ

机見入れば木目波立つ夜寒(よさむ)かな

秋風や軒につるせし糸車

むかれたる棕櫚(しゅろ)の木肌や秋の風

砂利のごと蜆とぎをる夕時雨(ゆふしぐれ)

夕月の木込み去らずよ寒雀

荷頭ラに縄投げかけぬ飛ぶ燕

五月雨や鶏の影ある土間の隅

葉柳に箍竹(たがだけ)の地をのたうてり

砂掻いてころがる馬や秋の風

明け寒き嵐の中の鶏の声


   大正六年

唖ん坊のいぢめられ来し凧日和(たこびより)

寝すごして味噌も擦(す)らずよ春の雨

鶏買ひの度はづれ声や桃の花

燕(つばくろ)に地を歩きたさ縁下りぬ

人形屑掃き下ろす庭の草いきれ

野良犬の水飲みに来つ草いきれ

蜆売に銭(ぜに)替へてやる夏の夕

風呂を出て迎ひ待たれつ夏の月

桶で買ふ米いさゝかや夏の月

 我ら兄弟の不具を鰻売るたゝりと世の人の云ひければ
鰻ともならである身や五月雨(さつきあめ)

床下へ樋水(ひみづ)鳴りこむ五月雨

昼顔や砂吹きつける駄菓子店

蝙蝠(かはほり)や漬け物を買ふ笊(ざる)の銭

蚊の唸り箱の底炭(そこずみ)掻きにけり

次ぎの間の灯に通ひけり灯取虫(ひとりむし)

 九時と云ふに少し発熱あれば蚊帳に入る。母は着物を縫ひ給ふ。
運針を見あかぬ我れや灯取虫

毛切虫捕へて唖の威張りけり

菓子買はぬ子のはぢらひや簾影(すだれかげ)

 女工の妹に
妹も飯に戻らん夕蚊遣

 隣の伯母の小鈴(半玉となりし娘)が所に行くにや、
 綿子らしき包を抱へ行く。
夜寒さや犇(ひし)と抱き行く小風呂敷

夜寒さや吹けば居すくむ油虫

 裏の叔母の転寝(うたたね)に覚めて笛人形を
 作り居るさまに
秋の夜や人形泣かす一つ宛(づつ)

粉煙草(こたばこ)に母むせかへる夜半の秋

水底で鳴くよな螻蛄(けら)や夜半の秋

 身を売りし妹の朔日の宿下りとて来れども、
 奉公馴れぬためにやいたく窶れしさま憐れなり。
居眠りもせよせよ妹のの夜寒顔

 生活のことにて母といさかふ
口返しこらへ得て泣く夜寒かな

 唖の娘と語る
うそ寒や畳にをどる影法師

うそ寒や障子の穴を覗(のぞ)く描

十五夜や母の薬の酒二合

 波王追憶
稲妻や誰やら来そに思はるゝ

棟越しの木々夕焼けて秋の風

 病臥
我が肩に蜘蛛(くも)の糸張る秋の暮

 今日も亦雨なるに、こゝ二三日見えぬ末の妹や
 小鈴を恋しむ。三味線きゝたき心もをかし。
泣きたさをふと歌ひけり秋の暮

 久しく叔母の家に秘め置きし木の足の望みもは
 てし今は、 焚き物にでせよかしと云やりぬ。
人に秘めて木の足焚(た)きね暮るる秋

 病弟解雇さる
病人の暇出されたる暮の秋

我が猫の糞(ふん)して居るや黍(きび)の花

我が尻に似てしをびたる糸瓜(へちま)かな

ポカポカと雲浮く屋根の花糸瓜

 弟病む
弟の足揉む(も)ならひ鳳仙花

頭上渡る椋鳥(むく)の大群光りけり

 病中
ひだるさに夜明け待たるゝ虫の声

蚊帳吊るも寒さしのぎや虫の宿

 乳の下痛めるに
縁に出て夜気吸うて見ぬ虫の秋

 病甲
蜻蛉や日毎寝て見る屋根の空

 波王逝きて第一の休日
誰も来ぬ窓の蜻蛉やお朔日(ついたち)

己が影を踏みもどる児よ夕蜻蛉

こほろぎや追ひ焚きしたる鍋の飯(めし)

 弟病む
病人に秋の蚊帳吊る駄菓子店

 病弟
飴なめて安らけく寝よ夜半の冬

冬の夜やいさゝか足らぬ米の銭

一つ一つ灯に靄(もや)からむ冬の月

壁の穴に杉葉押し込む空つ風

寒椿冒日ぎめの人形仕上らず

お針子(はりこ)の膝まで日ざす寒椿

木の如く凍(い)てし足よな寒鴉(かんがらす)

炉仕事や湿(し)けてふぬけの風邪(かぜ)薬

雑炊(ざふすゐ)の腹ごぼと鳴る火鉢かな

 偶感
鬼城とは寒きお名かな冬籠(ふゆごもり)

唖ん坊も聞こゆると云ふ餅(もち)の音

 昨夜いさゝかの人形削りの工賃を得て
人形賃筆紙に代へて冬籠る

 足の凍てたる冬季は綿子にくるまつて這ひつゝ
 用を足す
犬猫と同じ姿や冬座敷

暖や子の虫癖の臍(へそ)いぢり

蘆の芽や蟹釣りの子の腹ン這ひ

蝶日和霜焼の膝ほどき見る

いささかの草も寝心涼しうす

梅雨の宿更けて水浸(づ)く思ひかな

虫けらの壁からも出る五月雨

夕顔や病後の顔の幼なぶり

麦秋の猫も人恋ふ産期かな

草を食(は)む猫の吐気や蚊遣焚く

風鈴や草匂ふほど水きけり

秋の夜や鳥目をためす石拾ひ

稲妻を見初む夜食に閉さずて

菓子やれば日々来る犬や秋の雨

膝頭冷えて更けたり盆燈籠

 弟病む
虫の声医師の額上(ぬかが)ミうかがひぬ

凩や眼のひからびる夜なべの灯

寒椿日決めの人形仕上らず

梟(ふくろふ)や干菜で足蒸す夜頃なり


   大正七年

門松にひそと子遊ぶ町の月

 病弟絶望
春寒う花の明るさ忌(い)みにけり

蟻共の尻みな光る春日かな

 縁の春日を貪り居れば不図亡弟の息遣ひの現な
 の耳に聞えぬ
鉢木ふと息づくけはひ暖き

 忌中の一夜
椎の実を焼いて春の夜更しけり

 兄が愛児を遊ばせつ
しやぼん玉吹けども淋し春の風

病む妹の枕ずれ云ふ春の暮

歯を病みて壁に頬する春の暮

 小松島
行く春や蘆間(あしま)の水の油色

 姉の豪近く奉公せる妹の心を
花散るや堤下(どてした)の我が家見て過ぐる

我が膝に飛鳥(ひてう)影さす木の芽かな

 墨堤行
干潮に犬遊び居る蘆(あし)の角(つの)

目覚めよき陽に桜草嗅(か)いで見ぬ

 亡弟の供養を怠らざる如石に
帰雁夜々仏の友の来て灯(とも)す

峰雲(ねぐも)ずんずん落ちて月出づ夕蛙

 北海道の姉より海苔を送られて
夏初め海苔(のり)の砂噛む朝餉(あさげ)かな

 病妹
和讃乞ふ妹(いもと)いとほしむ夜短き

 病勢の急に怠りし妹頻りに母の読経をもとむ
今宵名残りとなる祈りかも夏嵐

 病妹
妹さするひまの端居(はしゐ)や青嵐

戸一枚立てゝ端居す五月雨

 兀愚・良太・声風の三兄を迎へて
芍薬や空明りさす古畳

 病妹 三句
寝る妹に衣(きぬ)うちかけぬ花あやめ

病む妹に夜気忌みて鎖(さ)す花あやめ

夕むれの禄に螻蛄鳴く黐(もち)の花

 病妹悪し
医師の来て垣覗く子や黐の花

ともすれば灯奮ふ風や時鳥(ほととぎす)

船の子の橋に出遊ぶ蚊喰烏(かくひどり)

 病妹 四句
咳恐(おそ)れてもの言ひうとし蚊の出初む

かそけくも咽喉鳴る妹よ鳳仙花(ほうせんくわ)

死期近しと夕な愁ひぬ鳳仙花

床ずれに白粉ぬりぬ鳳仙花

蚊遣(かやり)焚いて子を預りぬ洪水仕度(みづじたく)

 臨終近しとも知らぬ妹こまやかに語る
涙湧く眼を追ひ移す朝顔に

 納棺式
死装束(しにしやうぞく)縫ひ寄る灯下秋めきぬ

 忌中第一夜
線香の火の穂浮く蚊帳更けにけり

 通夜
棺守(ひつぎも)る夜を涼み子のうかゞひぬ

 妹の棺を送る
明けはずむ樹下に母立ち尽したり

朝顔の薄色に咲く忌中かな

夜鴉(よがらす)に空仰がるゝ蚊帳のもと

 兄が児の食初めに
朝寒や児が歯固めの豆腐汁(とうふじる)

川蘆の蕭々(せうせう)と鳴る秋の暮

暴(あ)れ空の暮れゐて赤し鳳仙花

 病白丁花におくる
小草みな花もつ雨ぞいとはれな

 家のために身を売りし隣の子の親も子煩悩なれば
こほろぎにさめてやあらん壁隣り

 寝んとすればたまたま乳のあたり痛みけるに
蚯蚓(みみず)鳴くや肺と覚ゆる痛みどこ

麻だすきして昼寝子よ秋祭

凌雲閣の灯影(ほかげ)さやけし蚊帳の秋

着ぶくれて寝つゝ本読む夜半の冬

 喀血して
鶏遠音(とりとほね)きこゆ北風(ならひ)に病臥かな

入日濃くなりまさる棟や冬木風

汽車の音の我が戸にせまる落葉風

鍋のまゝ食ふ煮大根の金気(かなけ)かな

乏しさの湯槽(ゆぶね)に浸(ひ)たり冬の雁

霜の夜や風呂敷かぶす駄菓子箱

たまたまの汽笛にさめつ雪の暮

 亡弟の墓参の途中
枯蘆に船底を焼くけむりかな

埋火(うづみび)や客去(い)ぬるほどに風の音

如月(きさらぎ)の大風に鳶鳴きにけり

あららぎの芽思ひ寝る夜暖き

大風の夕べ交(つる)み落つ雀かな

蛙鳴くや我が足冷ゆる古畳

我が膝に飛鳥影さす木の芽かな

杉の芽に蝶つきかねてめぐりけり

額上の汗に蚊のつく看護かな

蚊遣焚いて瓶花しほるる愁ひかな

臥す妹に一と雨ねぎぬ軒葡萄

花黐の蝿移りくる昼餉かな

鶏音しばしば読経さそはる明易し

児を抱いて風邪声憂ふ鳳仙花

 亡父七回忌
夜べ挿せし芒(すすき)に修す忌日かな

虫の声膝に時化(しけ)冷え覚えけり

みみず鳴くや肺と覚ゆる痛みどこ

床下に捨て犬の鳴く冬の暮

大雪やあはれ痔痛む夜べなりし

炭箱に顔さし入れてくさめかな

餅搗を唖と見てゐる火鉢かな

宵ひそと一夜飾りの幣(ぬさ)裁りぬ

茶袋のこぼれくすべぬ掃納め

入日濃くなりまさる棟や冬木風

顔洗うて悪寒(をかん)覚えぬ芽水仙


   大正八年

 病母の云へる言葉をそのまゝに
体内にこの風が吹く冴返(さえかへ)り

 小庵
桜散る墨田来て鳥居曲るべし

我が猫の閼伽(あか)飲んでゐる彼岸かな

たまさかは夜の街見たし夏はじめ

 病みて
枕頭(ちんとう)の蚊遣に咽喉(のんど)ひからびし

黙読や膝下(しつか)雑れぬ蚊を追ひて

 葉月八日
喀血にみじろぎもせず夜蝉鳴く

 墓地遠望
こゝら町空幟も見えず寂れけり

夕蒸(む)れや木々浮く空の秋めきて

土手ぞめきゆく人声のうそ寒き

秋風の沁みて咳呼ぶ病後かな

秋風や街呼び歩りく梯子売(はしごうり)

墓地越しに街裏見ゆる花木槿(はなむくげ)

郵便の来て足る心朝顔に

机上整理に病ひ忘れぬ鶏頭花

 病臥
熱さめて心さやけし虫の宵

 母脳溢血
母のみとりに仏燈忘る宵の冬

 墨堤眺望 二句
時雨(しぐ)るゝや堤ゆきかふ荷馬車の灯

土手越しの帰帆(きはん)見てをる時雨かな

 新居 三句
冬田越しに巷(ちまた)つくれる灯(ともし)かな

日暮れて人影うつる刈田かな

夜に入りてらんぷ掃除や冬の雁

 亡き人々を夢に見て
夢に見れば死もなつかしや冬木風

病犬(やみいぬ)の咽喉(のど)鳴らしゆく落葉風

行く年やわれにもひとり女弟子

元日の客とぢこめて豪雨かな

一ひらの雲消えてゆく暖き

母がふるひし土に草種播きにけり

痛み症に母雨といふ帰る雁

夕風に雀一羽見し花いちご

鴎(かもめ)しきり鳴くこの通夜の明易き

蚊嫌ひの母に戸ざして夜雨涼し

 姉の家を訪ふ
門あらず木立涼しき家ときく

墓草の刈りかけて詣る人もなし

木戸鎖(さ)しに出て子の蛍拾いけり

蝙蝠(かはほり)に空明かりさす湯浴(ゆあみ)かな

椎(しひ)若葉白々と墓地暮れにけり

軒風呂も寒からず雪の下咲いて

黙読に胸押せば咳く夜寒かな

棟越に烏群れ落つる秋の風

何講の太鼓練りゆく十六夜

仕掛花火の明かりしばしばす街の空

こほろぎや草履べたつく宵使ひ

 野菜売の言葉を
飽きもはや風ずれ茄子(なす)に別れかな

冬の灯に虫遊ぶ見る恙(つつが)かな

霜焼の膝ツ子うづく夜伽(よとぎ)かな

水汲みに呼びつれてゆく枯野哉

大工来て笹鳴聴かず二三日

咳そそる夜気窓さす落葉かな


   大正九年

葛飾や釣師ゆきかふお元日

里人に摘み来てたゞす薺かな

 奉公に出し妹を思ふ
妹とゐぬ淋しさ羽子を飾りけり

書架に日をあてゝ朝餉(あさげ)や春浅き

雨に鎖してわづかに涼し壁のもと

雨のごと魚浮く堀の暮涼し

法華太鼓の野末ゆくらし夏の月

夕焼けて雲くづれゆく茂りかな

水のよな雲を透(す)く日や菖蒲咲く

簀(す)の外の路照り白らむ心太(ところてん)

降りかけの路に灯つゞる宵の秋

雲うすれゆくたそがれのうそ寒き

ひやひやと蘆透(す)けて見ゆ焚火かな

 病ひ旧の如し
死思へばわが部屋親し昼の虫

籠の虫の声洩れ来るや娼家の灯

朝顔に井戸水つめたき嗽(うが)ひかな

仕架ひ花火の流れて消えぬ風の宵

 病床未だ離れがたき身の声風が手すさびに写真を撮りて
面影の囚(とら)はれ人に似て寒し

 病みて
次の間の灯に牀頭(しゃうとう)の冴ゆるなり

凩(こがらし)や夜半の行人たのもしき

窓の椎夕日に映えて北風(ならひ)かな

北風あと心呆(ほほ)けし夕餉かな

 悼乙字氏
水仙花遺筆に挿して追慕かな

椎ばかり風冴ゆる弥生(やよひ)夕べかな

行く雁に電車の音も冴ゆる夜や

我と我が息吹聴き寝る五月雨

草笛や泳ぎ子野路をなだれゆく

朝のまの街のしづけさ風鈴売

[巾+厨](かや)吊りし今宵読書に更かさばや
 [やぶちゃん注:[巾+厨]は正しくは「幮 」である。]

ぬかるみに木影うちらふ蚊喰鳥

落畳に藻の花かげの夕づける

砂走る外(と)の面(も)の音のうそ寒き

汽車音の風の夜めかす[巾+厨]の秋

[やぶちゃん注:[巾+厨]は正しくは「幮 」である。]

蘆の穂に家の灯つづる野末かな


   大正十年

獅子舞のひそと鎖(さ)しゐて夕餉かな

ぬかるみのいつか青める春日かな

病み臥(ふ)して啄木忌知る暮の春

蘆の芽や雲影消(け)ゆく水闊(ひ)ろし

雲うすく暮るゝ小雨や蘆めぐむ

病鬱に昼暗くをる花躑躅

蝙蝠のしろじろと街更けしかな

行人の螢くれゆく娼家かな

 家のものみな病む
病み臥すや蝉鳴かしゆく夜の門

 胸には喀血の氷嚢を置き、腹には痢病の温石を抱く
冷熱のたゞならぬ身に秋立てり

親しまぬ子の鳩吹くや宵寒き

市行や宵寝の門のうそ寒き

秋風の背戸からからと昼餉かな

少年が犬に笛聴かせをる月夜

虫売や宵寝のあとの雨あがり

紫苑(しをん)活(い)けて夕べはかなきかゝり蜘蛛

灯影淋し野菊の鉢のかかり蜘蛛

夕空や野の果て寒き街づくり

遠(を)ち方(かた)の鶏音に覚めし深雪(みゆき)かな

いさゝかの藻に雪とぢし汀(なぎさ)かな

 ロダン追想
闊歩(かつぽ)して去りし人恋ふ夜半の冬

ひとりゐて壁に冴ゆるや昼の影

遠火事の雲にうつれり風の宵

遠火事に物売通る静かかな

蘆枯るゝ風のけはひに病臥かな

暮れそめて冬木影ある障子かな

枯蘆やうす雪とぢし水の中

蓬莱にをさなき宵寝ごころかな

黄昏(たそがれ)や外の面の羽子の大人がち

夜桜や街あかりさす雲低し

病み呆けてふと死を見たり花の昼

口笛の咳そそる木の芽夕べかな

たそがれの草花売も卯月かな

白ばえに暁(あけ)めく街の鶏音かな

街折れて闇にきらめく神輿(みこし)かな

蚊遣淋し宴(うたが)つづきの果てし宵

病む母に金魚死ぬ日もうとかりし

昼顔の風に砂噛む家居かな

街の子の花売の真似秋立てり

家かげにほちほちと鳴る門火かな

かかる夜の風に燈籠流しかな

わが身いとしむ日の桔梗(ききやう)水換ゆる

この頃の師走さびれや娼家の灯

遠火事に物売通る静かかな


   大正十一年

 水巴先生の御結婚を祝ひて
かざり納めて心新たな住居(すまひ)かな

しろじろと砂立つ野路の朧かな

 病体夜々寝汗になやむ
夜着うすくして淋しらや春浅き

 使ひ子に与ふ
提灯(ちやうちん)の匂ひ身に添ふ春寒し

 墨堤
雪洞(ぼんぼり)のひやびやと花過ぎし土手

枸杞垣(くこがき)やいつち芽ぐみし夕あがり
 註・「いつち」は、いちばんの意

籠の鶏に子の呉れてゆくはこべかな

蕗(ふき)の塔薹煮てかんばしき夕銅かな

亀なくとたはかりならぬ月夜かな

 端午
一軸一花一盆の柏餅もなし

庭師来て夜目もあやなす土涼し

月あらはにきはまる照りや夏柳

蝙蝠や竿鳴らし追ふ雨催(もよ)ひ

蝙蝠や夕日はかなき暴(あ)れもよひ

 貸本屋をいとなみ一年に及ぶ
なりはひの紙魚(しみ)と契りてはかなさよ

 老郵便夫の労をねぎらふべく寸志を贈る
老が汗のよすがともなし郵便夫

藤の実やたそがれさそう薄みどり

夕照りやしろじろ寒き家あはひ

壁こぼつ音の隣や冬ざるゝ

 病後
おとろへや歯の冷えうとき夜の膳

石蹴りつゝ行く子の寒きそぶりかな

遠火事にひそと家並の灯影かな

すべもなき唖が身過ぎか猿廻し

瓶にさす丁子(ちやうじ)香もなき二月かな

 病母の痰の薬餌に
蕗(ふき)の薹(たう)煮てかんばしき夕餉かな

吹き切つて灯影ひびかん春浅き

金魚飼ふや玻璃の水色まだ寒き

花売のうつそうと舁(かつ)ぐ弥生哉

灯ともせば外の面影なき朧(おぼろ)かな

雛の灯も忘れてそそと夕餉かな

池湧くや水泡(みなわ)しみみに蘆芽ぐむ

風色や枸杞垣煽(あふ)つ宵涼し

藻だたみに夕さりややに明り立つ

大風の家居うちろに冴ゆるかな

冬の雲土手築く町の果さびし


   大正十二年

 或る人によする
病む病まぬさがのすさびつ二月かな

鶏鳴けば侘びしさよする春日かな

歯を病むやきさらぎくる夜のけはひ

如月(きさらぎ)の夜風どこぞの家とざす

女出て蛍売呼ぶ軒浅き

風鈴売荷をあげてゆき昼ひそむ

障子洩(も)る灯に簾(すだれ)うく路地浅し

棺(ひつぎ)見るこゝろむなしく秋日かな

あらぬ方に夕焼雲浮く風寒し

暮れぎはの家並かたぶく雪しぐれ

冬雲が土手築く町の果てさびし

 移転
顧りみす冬木に浅きなごりかな

冬木暮るゝそがひの空の夢に似し

 ある愁人によする
冬木仰ぐいとまなき君と知るは憂(う)し

障子はりてものにもつかぬ心憂し

 新居
ゆかりある冬木また仰ぐ家居かな

冬木空にまぎらふ月のかかりゐし

そこらかぎりて昼のうつろや枯柳

夢にかよひて外の面の雪の暮れ白らむ

 ある愁人に
もののよすがもなくて侘びしう雪酌む

障子あけて部屋のゆとりを冬惜しむ

侘び住めば家にあらぬ子の雛を出す

町の子ら雛(ひひな)の宵の鬼遊び

日のたゆたひ湯のごとき家や木々芽ぐむ

木の芽垣にくらき灯洩れつ唄ふ子よ

葉ふるひし木々に屋根浮く弥生尽

女したしう夜半を訪ひよる蒸暑き

身もあらず鶏のあぶ草いきれ

灯のかうかうと夜気深し簾(すだれ)解(と)く

玩具の音の簾を洩れつ宵浅き

 すみだ川舟遊
夜釣の灯なつかしく水の闇を過ぐ

 妓に寄する
紫陽花(あぢさゐ)やなりわひにあるを侘びて弾く

鶏こゝと遠く風立つ茂かな

わくら葉の灯にあらはなるいとひかな

蛾にひそと女かかづらひ座ははずむ

水のしらみもなく蛍火ひとつ過ぐ

                 完