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〔入力には昭和十(1935)年刊コギト発行所刊「わがひとに與ふる哀歌」(日本近代文学館復刻)を用い、人文書院版全集で補正した。〕

 

わがひとに與ふる哀歌

 

 

 

詩集   伊東靜雄

 

 

 

古き師と少なき友に獻ず

 

 

 

  晴れた日に

 

とき偶(たま)に晴れ渡つた日に

老いた私の母が

強ひられて故郷に歸つて行つたと

私の放浪する半身 愛される人

私はお前に告げやらねばならぬ

誰もがその願ふところに

住むことが許されるのでない

遠いお前の書簡は

しばらくお前は千曲川の上流に

行きついて

四月の終るとき

取り卷いた山々やその村里の道にさヘ

一米(メートル)の雪が

なほ日光の中に殘り

五月を待つて

櫻は咲き 裏には正しい林檎畑を見た!

と言つて寄越した

愛されるためには

お前はしかし命ぜられてある

われわれは共に幼くて居た故郷で

四月にははや縁(つば)廣の帽を被つた

又キラキラとする太陽と

跣足では歩きにくい土で

到底まつ青な果實しかのぞまれぬ

變種の林檎樹を植ゑたこと!

私は言ひあてることが出來る

命ぜられてある人 私の放浪する半身

いつたい其處で

お前の懸命に信じまいとしてゐることの

何であるかを

 

*やぶちゃん注:十三行目「一米」には「メールト」のルビ。全集版「メートル」。誤植と判断して、補正した。

 

 

 

  曠野の歌

 

わが死せむ美しき日のために

連嶺の夢想よ! 汝(な)が白雪を

消さずあれ

息ぐるしい稀薄のこれの曠野に

ひと知れぬ泉をすぎ

非時(ときじく)の木の實熟(う)るる

隱れたる場しよを過ぎ

われの播種(ま)く花のしるし

近づく日わが屍骸(なきがら)を曳かむ馬を

この道標(しめ)はいざなひ還さむ

あゝかくてわが永久(とは)の歸郷を

高貴なる汝(な)が白き光見送り

木の實照り 泉はわらひ……

わが痛き夢よこの時ぞ遂に

休らはむもの!

 

 

 

  私は強ひられる――

 

私は強ひられる この目が見る野や

雲や林間に

昔の私の戀人を歩ますることを

そして死んだ父よ 空中の何處で

噴き上げられる泉の水は

區別された一滴になるのか

私と一緒に眺めよ

孤高な思索を私に傳へた人!

草食動物がするかの樂しさうな食事を

 

 

 

  氷れる谷間

 

おのれ身悶え手を揚げて

遠い海波の威(おど)すこと!

樹上の鳥は撃ちころされ

神祕めく

きりない歌をなほも紡(つむ)ぐ

憂愁に氣位高く 氷り易く

一瞬に氷る谷間

脆い夏は響き去り……

にほひを途方にまごつかす

紅(くれなゐ)の花花は

(かくも氣儘に!)

幽暗の底の縞目よ

わが 小兒の趾(あし)に

この歩行は心地よし

逃げ後れつつ逆しまに

氷りし魚のうす青い

きんきんとした刺は

痛し! 寧ろうつくし!

 

 

 

  新世界のキィノー

 

朝鮮へ東京から轉勤の途中

舊友が私の町に下車(お)りた

私をこめて同窓が三人この町にゐる

 

私が彼の電話をうけとつたのは

私のまはし者どもが新世界でやつてゐる

キィノーでであつた

 

私は養家に入籍(い)る前の名刺を 事務机から

さがし出すと それに送宴の手筈を書き

他の二人に通知した

 

私ら四人が集ることになつたホテルに

其の日私は一ばん先に行つた

テラスは扇風機は止つてゐたが涼しかつた

 

噴水の所に 外から忍びこんだ子供らが

ゴム製の魚を

私の腹案の水面に浮べた

 

「體(てい)のいゝ左遷さ」と 吐き出すやうに

舊友が言ひ出したのを まるきり耳に入らないふりで

異常に私はせき込んで彼と朝鮮の話を始めた

 

私は 私も交へて四人が

だん/\愉快になつてゆくのを見た

(新世界で キィノーを一つも信じずに入場(はい)つて

 

きた人達でさへ 私の命じておいた暗さに

どんなにいらいらと 慣れようとして

目をこすることだらう!)

 

高等學校の時のやうに歌つたり笑つたりした

そして しまひにはボーイの面前で

高々とプロジツト! をやつた

 

獨りホテルに殘つた舊友は 彼の方が

友情のきつかけにいつもなくてはならぬ

あの朝鮮の役目をしたことを 激しく後悔した

 

二人の同窓は めい/\の家の方へ

わざとしばらくは徒歩でゆきながら

舊友を憐むことで久しぶりに元氣になるのを感じた

 

やぶちゃん注1:後ろから二連目三行目の「朝鮮」には傍点「丶」。ここでは斜体文字とした。
やぶちゃん注2:キィノー=kino 映画館。

 

 

 

  田舍道にて

 

日光はいやに透明に

おれの行く田舍道のうへにふる

そして 自然がぐるりに

おれにてんで見覺えの無いのはなぜだらう

 

死んだ女(ひと)はあつちで

ずつとおれより賑やかなのだ

でないと おれの胸がこんなに

眞鍮の籠のやうなのはなぜだらう

 

其(そ)れで遊んだことのない

おれの玩具(おもちや)の單調な音がする

そして おれの冐險ののち

名前ない體驗のなり止(や)まぬのはなぜだらう

 

 

 

 眞晝の休息

 

 

木柵の蔭に眠れる

牧人は深き休息(やすらひ)……

太陽の追ふにまかせて

群畜(けもの)らかの遠き泉に就きぬ

われもまたかくて坐れり

二番花乏しく咲ける窓邊に

 

土(ち)の呼吸(いき)に徐々に後れつ

牧人はねむり覺まし

己(わ)が太陽とけものに出會ふ

約束の道へ去りぬ……

二番花乏しく咲ける窓邊に

われはなほかくて坐れり

 

 

 

 歸郷者

 

自然は限りなく美しく永久に住民は

貧窮してゐた

幾度もいくども烈しくくり返し

岩礁にぶちつかつた後(のち)に

波がちり散りに泡沫になつて退(ひ)きながら

各自ぶつぶつと呟くのを

私は海岸で眺めたことがある

絶えず此處で私が見た歸郷者たちは

正(まさ)にその通りであつた

その不思議に一樣な獨言は私に同感的でなく

非常に常識的にきこえた

(まつたく!いまは故郷に美しいものはない)

どうして(いまは)だらう!

美しい故郷は

それが彼らの實に空しい宿題であることを

無數な古來の詩の讚美が證明する

曾てこの自然の中で

それと同じく美しく住民が生きたと

私は信じ得ない

ただ多くの不平と辛苦ののちに

晏如として彼らの皆が

あそ處(こ)で一基の墓となつてゐるのが

私を慰めいくらか幸福にしたのである

 

やぶちゃん注:十行目「同感的」の「感」の字は「心」が「口」の下に入り込んだ、特殊な字形である。

 

 

 

 同反歌

 

田舍を逃げた私が 都會よ

どうしてお前に敢て安んじよう

 

詩作を覺えた私が 行爲よ

どうしてお前に憧れないことがあらう

 

 

 

 冷めたい場所で

 

私が愛し

そのため私につらいひとに

太陽が幸福にする

未知の野の彼方を信ぜしめよ

そして

眞白い花を私の憩ひに咲かしめよ

昔のひとの堪へ難く

望郷の歌であゆみすぎた

荒々しい冷めたいこの岩石の

場所にこそ

 

 

 

 海水浴

 

この夏は殊に暑い 町中が海岸に集つてゐる

町立の無料脱衣所のへんはいつも一ぱいだ

そして惡戲ずきな青年團員が

掏摸を釣つて海岸をほっつきまはる

 

町にはしかし海水浴をしない部類がある

その連中の間には 私をゆるすまいとする

成心のある噂がおこなはれる

(有力な詩人はみなこの町を見捨てた)と

 

 

 

 わがひとに與ふる哀歌

 

 

太陽は美しく輝き

あるひは 太陽の美しく輝くことを希ひ

手をかたくくみあはせ

しづかに私たちは歩いて行つた

かく誘ふものの何であらうとも

私たちの内(うち)の

誘はるる清らかさを私は信ずる

無縁のひとはたとへ

鳥々は恆(つね)に變らず鳴き

草木の囁きは時をわかたずとするとも

いま私たちは聽く

私たちの意志の姿勢で

それらの無邊な廣大の讚歌を

あゝ わがひと

輝くこの日光の中に忍びこんでゐる

音なき空虚を

歴然と見わくる目の發明の

何にならう

如かない 人氣(ひとけ)ない山に上(のぼ)り

切に希はれた太陽をして

殆ど死した湖の一面に遍照さするのに

 

 

 

 靜かなクセニエ (わが友の獨白)

 

私の切り離された行動に、書かうと思へば誰

でもクセニエを書くことが出來る。又その慾

望を持つものだ。私が眞面目であればある程

に。

 と言つて、たれかれの私に寄するクセニエ

に、一向私は恐れない。私も同樣、その氣な

ら(一層辛辣に)それを彼らに寄することが

出來るから。

 しかし安穩を私は愛するので、その片よつ

た力で衆愚を唆すクセニエから、私は自分を

衞らねばならぬ。

 そこでたつた一つ方法が私に殘る。それは

自分で自分にクセニエを寄することである。

 私はそのクセニエの中で、いかにも悠々と

振舞ふ。たれかれの私に寄するクセニエに、

寛大にうなづき、愛嬌いい挨拶をかはし、さ

うすることで、彼らの風上に立つのである。

惡口を言つた人間に慇懃にすることは、一の

美徳で、この美徳に會つてくづほれぬ人間は

少ない。私は彼らの思ひついた語句を、いか

にも勿體らしく受領し、苦笑をかくして冠の

樣にかぶり、彼らの目の前で、彼らの慧眼を

讚めたたへるのである。私は、幼兒から投げ

られる父親を、力弱いと思ひこむものは一人

も居らぬことを、完全にのみこんでゐてかう

する。

 しかし、私は私なりのものを尊ぶので、決

して粗野な彼らの言葉を、その儘には受領し

ない。いかにも私の丈に合ふやうに、却つて、

それで瀟洒に見える樣、それを裁ち直すのだ。

 あゝ! かうして私は靜かなクセニエを書

かねばならぬ!

 

やぶちゃん注1:五段落目五行目「惡口を言つた人間に慇懃にすることは、一(いつ)の」とルビがあるが、スタイルを維持するため、敢えて省略した。

やぶちゃん注2:クセニエ=Xenie:警句。格言。短い諷喩詩。

 

 

 

 咏唱

 

この蒼空のための日は

靜かな平野へ私を迎へる

寛やかな日は

またと來ないだらう

そして蒼空は

明日も明けるだらう

 

 

 

 四月の風

 

私は窓のところに坐つて

外(そと)に四月の風の吹いてゐるのを見る

私は思ひ出す いろんな地方の町々で

私が識(し)つた多くの孤兒の中學生のことを

眞實彼らは孤兒ではないのだつたが

孤兒!と自身に故意(わざ)と信じこんで

この上なく自由にされた氣になつて

おもひ切り巫山戲(ふざ)け 惡徳をし

ひねくれた誹謗と歡び!

また急に悲しくなり

おもひつきの善行でうつとりした

四月の風は吹いてゐる ちやうどそれ等の

昔の中學生の調子で

それは大きな惠(めぐみ)で氣づかずに

自分の途中に安心し

到る處の道の上で惡戲をしてゐる

帶ほどな輝く瀬になつて

逆に 後(うしろ)に殘して來た冬の方に

一散に走る部分は

老いすぎた私をからかふ

曾て私を締めつけた

多くの家族の絆(きづな)はどこに行つたか

又ある部分は

見せかけだと私にはひがまれる

甘いサ行(ぎやう)の音で

そんなに誘ひをかけ

あるものには未だ若かすぎる

私をこんなに意地張らすがよい

それで も一つの絆を

そのうち私に探し出させて呉れるのならば

 

 

 

 即興

 

 

……眞實いふと 私は詩句など要らぬのです

また書くこともないのです

不思議に海は躊躇(たゆた)うて

       新月は空にゐます

 

日日は靜かに流れ去り 靜かすぎます

後悔も憧憬もいまは私におかまひなしに

奇妙に明(あか)い野のへんに

 獨り歩きをしてゐるのです

 

 

 

 秧鷄は飛ばずに全路を歩いて來る

 

秧鷄(くひな)のゆく道の上に

匂ひのいい朝風は要(い)らない

レース雲もいらない

 

霧がためらつてゐるので

廚房(くりや)のやうに温(ぬ)くいことが知れた

栗の矮林を宿にした夜(よ)は

反(そり)落葉にたまつた美しい露を

秧鷄はね酒にして呑んでしまふ

 

波のとほい 白つぽい湖邊で

そ處(こ)がいかにもアツト・ホームな雁(がん)と

道づれになるのを秧鷄は好かない

強ひるやうに哀れげな昔語(がたり)は

ちぐはぐな合槌できくのは骨折れるので

 

まもなく秧鷄は僕の庭にくるだらう

そして この傳記作者を殘して

來るときのやうに去るだらう

 

 

 

 咏唱

 

秋のほの明い一隅に私はすぎなく

なつた

充溢であつた日のやうに

私の中に 私の憩ひに

鮮(あたら)しい陰影になつて

朝顏は咲くことは出來なく

なつた

 

 

 

 有明海の思ひ出

 

馬車は遠く光のなかを驅け去り

私はひとり岸邊に殘る

わたしは既におそく

天の彼方に

海波は最後の一滴まで沸(たぎ)り墜ち了り

沈默な合唱をかし處(こ)にしてゐる

月光の窓の戀人

叢(くさむら)にゐる犬 谷々に鳴る小川……の歌は

無限な泥海の輝き返るなかを

縫ひながら

私の岸に辿りつくよすがはない

それらの氣配にならぬ歌の

うち顫ひちらちらとする

緑の島のあたりに

遙かにわたしは目を放つ

夢みつつ誘(いざな)はれつつ

如何にしばしば少年等は

各自の小さい滑板(すべりいた)にのり

彼(か)の島を目指して滑り行つただらう

あゝ わが祖父の物語!

泥海ふかく溺れた兒らは

透明に 透明に

無數なしやつぱに化身をしたと

 

註 有明海沿の少年らは、小さい板にのり、八月の限りない干潟を蹴つて遠く滑る。

しやつぱは、泥海の底に孔をうがち棲む透明な一種の蝦。

 

やぶちゃん注:最終行及び註の「しやつぱ」には傍点「丶」。ここでは斜体文字とした。

 

 

 (讀人不知)

深い山林に退いて

多くの舊い秋らに交つてゐる

今年の秋を

見分けるのに骨が折れる

 

やぶちゃん注:この詩のみ、ポイント数が小さく、前頁の「註」と同等。

 

 

 かの微笑のひとを呼ばむ

 

………………………………………

………………………………………

われ 烈しき森に切に憔(つか)れて

日の了る明るき斷崖のうへに出でぬ

靜寂はそのよき時を念じ

海原に絶ゆるなき波濤の花を咲かせたり

あゝ 默想の後の歌はあらじ

われこの魍魅の白き穗波蹈み

夕月におほ海の面(おもて)渉ると

かの味氣なき微笑のひとを呼ばむ

 

 

 

 病院の患者の歌

 

あの大へん見はらしのきいた 山腹にある

友人の離室(はなれ)などで

自分の肺病を癒さうとしたのは私の不明だつた

 

友人といふものは あれは 私の生きてゐる亡父だ

あそこには計畫だけがあつて

訓練が缺けてゐた

 

今度の 私のは入つた町なかの病院に

來て見給へ

深遠な書物の如(やう)なあそこでのやうに

景色を自分で截り取る苦勞が

だいいち 私にはまぬかれる

 

そして きまつた散歩時間がある

狹い中庭に コースが一目でわかる樣

稻妻やいろいろな平假名やの形になつてゐる

思ひがけず接近する彎曲路で

他の患者と微笑を交はすのは遜(へりくだ)つた樂しみだ

 

その散歩時間の始めと終りを

病院は患者に知らせる仕掛として――振鈴などの代りに

俳優のやうにうまくしつけた犬を鳴かせる

そして私達は小氣味よく知つてゐる

(僕らはあの犬のために散歩に出てやる)と

 

あんなに執念く私の睡眠の邪魔をした

時計は この病院にはないのかつて?

あるよ あるにはあるが 使用法がまるで違ふ

 

私は獨木舟にのり獵銃をさげて

その十二個のどの島にでも

隨時ずゐ意に上陸出來るやうになつてゐる

 

 

 

  行つて お前のその憂愁の

 深さのほどに

 

大いなる鶴夜のみ空を翔(かけ)り

あるひはわが微睡(まどろ)む家の暗き屋根を

月光のなかに踏みとどろかすなり

わが去らしめしひとはさり……

四月のまつ青き麥は

はや後悔の糧(かて)にと收穫(とりい)れられぬ

 

魔王死に絶えし森の邊(へ)

遙かなる合歡花(がふくわんくわ)を咲かす庭に

群るる童子らはうち囃して

わがひとのかなしき聲をまねぶ……

(行つて お前のその憂愁の深さのほどに

明るくかし處(こ)を彩れ)と

 

 

 

 河邊の歌

 

私は河邊に横はる

(ふたたび私は歸つて來た)

曾ていくどもしたこのポーズを

肩にさやる雜草よ

昔馴染の 意味深長な

と嗤ふなら

多分お前はま違つてゐる

永い不在の歳月の後に

私は再び歸つて來た

ちよつとも傷けられも

また豐富にもされないで

 

悔恨にずつと遠く

ザハザハと河は流れる

私に殘つた時間の本性!

孤獨の正確さ

その精密な計算で

熾(さかん)な陽の中に

はやも自身をほろぼし始める

野朝顏の一輪を

私はみつける

 

かうして此處にね轉ぶと

雲の去來の何とをかしい程だ

私の空をとり圍み

それぞれに天體の名前を有つて

山々の相も變らぬ戲れよ

噴泉の怠惰のやうな

翼を疾つくに私も見捨てはした

けれど少年時の

飛行の夢に

私は決して見捨てられは

しなかつたのだ

 

 

 

 漂泊

 

底深き海藻のなほ 日光に震ひ

その葉とくるごとく

おのづと目(まなこ)あき

見知られぬ入海にわれ浮くとさとりぬ

あゝ 幾歳を經たりけむ 水門(みなと)の彼方

高まり 沈む波の搖籃

懼れと倨傲とぞ永く

その歌もてわれを眠らしめし

われは見ず

この御空の青に堪へたる鳥を

魚族追ふ雲母岩(きらら)の光……

め覺めたるわれを遶りて

躊躇(ためら)はぬ櫂音ひびく

あゝ われ等さまたげられず 遠つ人!

島びとが群れ漕ぐ舟ぞ

――いま 入海の奧の岩間は

孤獨者の潔(きよ)き水浴(ゆあみ)に眞清水を噴く――

と告げたる

 

 

 

 寧ろ彼らが私のけふの日を歌ふ

 

耀かしかつた短い日のことを

ひとびとは歌ふ

ひとびとの思ひ出の中(なか)で

それらの日は狡(ずる)く

いい時と場所とをえらんだのだ

ただ一つの沼が世界ぢゆうにひろごり

ひとの目を囚(とら)へるいづれもの沼は

それでちつぽけですんだのだ

私はうたはない

短かかつた耀かしい日のことを

寧ろ彼らが私のけふの日を歌ふ

 

 

 

 鶯  (一老人の詩)

 

 

(私の魂)といふことは言へない

その證據を私は君に語らう

――幼かつた遠い昔 私の友が

或る深い山の縁(へり)に住んでゐた

私は稀にその家を訪うた

すると 彼は山懷に向つて

奇妙に鋭い口笛を吹き鳴らし

きつと一羽の鶯を誘つた

そして忘れ難いその美しい鳴き聲で

私をもてなすのが常であつた

然し まもなく彼は醫學校に入るために

市(まち)に行き

山の家は見捨てられた

それからずつと――半世紀もの後に

私共は半白の人になつて

今は町醫者の彼の診療所で

再會した

私はなほも覺えてゐた

あの鶯のことを彼に問うた

彼は微笑しながら

特別にはそれを思ひ出せないと答へた

それは多分

遠く消え去つた彼の幼時が

もつと多くの七面鳥や 蛇や 雀や

地蟲や いろんな種類の家畜や

數へ切れない植物・氣候のなかに

過ぎたからであつた

そしてあの鶯もまた

他のすべてと同じ程度に

多分 彼の日日であつたのだらう

しかも(私の魂)は記憶する

そして私さへ信じない一篇の詩が

私の唇にのぼつて來る

私はそれを君の老年のために

書きとめた

 

 

 

 (讀人不知)

 

 

水の上の影を食べ

花の匂ひにうつりながら

コンサートにきりがない

 

やぶちゃん注:この詩のみ、ポイント数が小さく、前の「(讀人不知)」と同等。

 

やぶちゃん注:以下に、目次が配されるが、省略した。