和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類へ
和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部へ
和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部へ
和漢三才圖會 卷第四十八 魚類 河湖有鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚へ
和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔類へ
和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚 寺島良安
書き下し及び注記 copyright 2007-2008 Yabtyan
最終校訂2007年9月27日(最終訂正 2008年6月8日午後3:15「鱘」・「鮫」注追加補正)
[やぶちゃん注:本ページは以前にブログに記載した私の構想している「和漢三才圖會」中の水族の部分の電子化プロジェクトの第二弾である。底本・凡例・電子化に際しての方針等々については、「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 寺島良安」の冒頭注の凡例を参照されたい。なお、本巻では本文中に有意な縦罫が単一項目の途中に多く現われるので、途中の縦罫のみは実際の罫線ですべて入れることとした。なお、本巻の冒頭には目次がなく、「卷第五十 河湖無鱗魚」の頭に巻五十と一緒に掲げられているため、ここでは本ページ相当の項目部分のみを抽出して(冒頭大目録名と巻五十河湖無鱗魚の目録を省略)最初に置く。目次の項目の読みはママ(該当項のルビ以外に下に書かれたものを一字空けで示した。なお本文との表記の異同も認められるが、注記はしていない)。なお、原文では横に3列の罫があり、縦に以下の順番に書かれている。項目名の後に私の同定した和名等を[ ]で表示した。]
■和漢三才圖會 無鱗魚 卷ノ五十目録 ○ 一[やぶちゃん注:「○」と「一」のスペースはママ。]
卷之五十一
江海無鱗魚《改ページ》
鯨(くぢら) [クジラ]
鱣(ふか) [チョウザメ/サメ]
鱘(かぢとをし) [ハシナガチョウザメ/カジキ]
鮪(しび) はつ [チョウザメ/マグロ]
堅魚(かつを) [カツオ]
鮠(なめいを) [スナメリ]
海豚(いるか) [イルカ]
河豚(ふぐ) [フグ]
鰐(わに) [ワニ]
鮫(さめ) [サメ]
皮剥魚(かははぎ) [カワハギ]
馬鮫(さはら) さごし [サワラ]
文※1(とびいを) [トビウオ]
[やぶちゃん字注:※=「謡」-「言」+「魚」。但し(つくり)の下部は「止」のような字体。]
華臍魚(あんごう) [アンコウ]
海※2魚(ゑい) こめ ゑざれ [エイ]
[やぶちゃん字注:※=先の※1の(つくり)を(へん)+「鳥」。]
鯧(まなかつを) [マナガツオ]
魴(かゝみいを) まといを [イトヒキアジ]
嫗背魚(うぼせ) [イボダイ]
仁良岐(にらぎ) [ヒイラギ]
鰈(かれい) かれゑひ [カレイ]
牛舌魚(うしのした) [ウシノシタ]
鰺(あぢ) [アジ]
楂魚(うきゝ) まんぼう [マンボウ]
海鰻(はむ) はも [ハモ]《改ページ》
■和漢三才圖會 無鱗魚 卷五十目録 ○ 二[やぶちゃん注:「○」と「一」のスペースはママ。]
阿名呉魚(あなご) [アナゴ]
※3(たちいを)
[やぶちゃん字注:※=「臍」-「月」+「魚」。]
[やぶちゃん注:実際には本項はここに入らず、本巻無鱗魚の最後、「舩留魚」の後に置かれている。]
玉筋魚(いかなご) かますこ [イカナゴ]
鱠殘魚(しろいを) [シラウオ]
鱊(ちりめんこあい) [(チリメンジャコ=イワシ類等の稚魚を主体とした乾燥食品として食用に耐え得る魚類稚魚の総称)]
章魚(たこ) [タコ]
石距(てなかだこ) [テナガタコ]
望潮魚(いひたこ) [イイダコ]
烏賊魚(いか) [イカ]
柔魚(たちいか) するめいか [スルメイカ]
海鼠(とらご) [ナマコ]
海※4(くらげ) [クラゲ]
[やぶちゃん字注:※4=「虫」+「宅」。]
綳魚(すゝめいを) うみすゝめ [ハリセンボン・ウミスズメ]
鰕(ゑび) [エビ]
紅鰕(いせゑひ) かまくらゑび [イセエビ]
海糠魚(あみ) [アミ(他種混入)]
鰕姑(しやこ) しやくなげ [シャコ]
海馬(かいば) [タツノオトシゴ]
舩留魚(ふなとめ) [コバンザメ]
[やぶちゃん注:先に記したように本文では最後に以下の項が入る。
※3(たちいを) [トゲウナギ/タチウオ]
[やぶちゃん字注:※=「臍」-「月」+「魚」。]。]
魚之用《改ページ》
鱗(うろこ) [鱗(ウロコ)]
鰓(あぎと) ゑら [鰓(エラ)]
魚丁(かしらほね) [鯛の鯛(タイのタイ) 烏口骨及び肩甲骨]
鰭(はた) ひれ [鰭(ヒレ)]
腴(つちすり) [腹部(ツチズリ・スナズリ)]
鯝(いをのわた) [腸と浮袋を主体とした内臓全般]
[やぶちゃん注:本文ではこの間に次項が入る。
鰾(にべ) [鰾(ウキブクロ)]
鯁(いをのほね) [骨]
※5(いをのこ) [卵(ハラゴ・ハララゴ)]
[やぶちゃん字注:※5=「魚」+「米」。]
炙(やきもの) [焼き物]
※6(あつもの) 羹(同) [汁の多い魚介類の煮物・スープ]
[やぶちゃん字注:※6=「月」+「寉」。羹(同)の「同」はルビ位置にある。]
※7(いりもの) [汁の少ない魚介類の煮物]
[やぶちゃん字注:※7=「月」+「雋」。]
膾(なます) [膾]
魚軒(さしみ) [刺身]
鮓(すし) [熟れ鮓]
蒲鉾(かまぼこ) [蒲鉾]
魚醢(しゝひしを) 南蠻漬 [魚醤・南蛮漬]
鱁鮧(しほから) [塩辛]
鰾(にべ) [やぶちゃん注:先に記したように、本文ではここにはない。]
腌(しをもの) 鹽引 [塩漬]
鮿(ひもの) 未乾魚(なまび) [干物・生乾し]
魥(めざし) [目刺]
肴(さかな) [酒肴]
□本文
和漢三才圖會卷第五十一
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○一
魚類【江海中無鱗魚】
くじら
鯨【音擎】
唐音キン
※【本字】 海鰌[やぶちゃん字注:※=(「橿」の「木」を「魚」に換える)。]
勇魚【万葉集訓
伊佐奈
古呼魚皆曰奈】
雄曰鯨雌曰鯢
【和名久知良】[やぶちゃん字注:以上六行は、前三行の下に入る。]
三才圖會云鯨海中大魚也其大横海呑舟穴處海底出
穴則水溢謂之鯨潮或曰出則潮下入則潮上其出入有
節大者長千里小者數丈一生數万子甞以五六月就岸
生子至七八月導率其子還大海中皷浪成雷濆沫成雨
水族驚畏莫敢當者然其死也有彗星應之雄者爲鯨雌
《改ページ》
者爲鯢或曰死於沙上得之者皆無目俗言其目化爲朋〔→明〕
月珠
古今詩話云海岸有獸名蒲牢聲如鐘而性畏鯨鯨躍輒
鳴故鑄鐘作蒲牢形其上爲鯨形
藻塩 潮ふく鯨のいきとみゆる哉沖に村立夕立の雲
△其状畧似鰌故名海鰌肥圓長與周等其色蒼黑而無
鱗鼻上骨高起項上頸前有吹潮之穴口濶下唇長於
上唇而出于頷前舌亦長廣其大鯨有三十三尋【約十六丈
余】所謂長千里者甚妄也
齒 大如屐齒之尖齗白切片之名蕪骨
眼 繊近于口吻而下鳥〔→烏〕珠如水精之磨而軟
鬛 出口中兩邊其數有三百六莖純黑色名筬削磨則
美潤長自三四尺至丈餘廣五六寸厚五六分工匠用
之作笄揥及尺秤之類
鬐 外黑内白色名達波長自八九尺至丈餘廣四五尺
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○二
骨 近肉圓骨名法師骨此亦漁家採油也
筋 赤黄色太徑三寸許細割破之浸泔水取去油氣用
之今爲唐弓弦以打木綿
大小腸 長五十条許故名百尋煮食之能治久泄
陰莖 名多計里大者一丈其雌陰戸及乳房亦兼備
尾 有岐黑色尾之上圓肥處名尾脛其味極美不可言
糞 有黑白其白者希焉泛水上如白泡采得晒乾似蛇
骨治痘瘡紫黑下陥燒之薫煙有効
皮 黑皮與赤肉之交有白脂熬之油最多凡方三寸厚
一尺皮可得油一升
凡鯨有六種性喜嗜鰯不敵于諸魚海舶若觸尾鬐則必
覆冬自北行南春自南去北肥州五島平戸邊節分前
後爲盛紀州熊野浦仲冬爲盛捕之刺鯨鉾呼曰森用
樫木作柄鉾頭着繩繋舩柱其鉾中鯨則脱柄入肉隨
鯨動作深入肉中不抜鉾柄雖脱着繩故不失【此外森之製數
《改ページ》
品有】掌一舩進退人呼曰羽指被長袖短袗宛如軍配近
頃遠用大繩網〔→綱〕豫繋之擲森故百無一失
世美 鯨六種中爲最上大者十余丈其子鯨二三丈許
大抵十三尋者全體取油得二百斛七尋者油得四十
斛惟八尋者油少漸十斛許
座頭 大者不過四五丈鬐長丈許一片黑一片白其肚
皮層層作畦如編竹呼名簀子皮背有方二尺許疣鰭
似琵琶形彷彿瞽者負琶故名座頭非盲魚也其余與
世美同爾雖中森鉾能遁去但子持鯨易得先使兒鯨
防殺之半死則母鯨不忍去以身掩子時可殺得後又
捕子鯨蓋用今大網〔→綱〕則座頭亦不能遁去
長須 形色似世美此又背有疣鬐大者十丈許常沈水
底而浮者稀矣故難得
鰮鯨 毎逐鰮來其大者不過二三丈肉薄脂少故漁人
不好殺之
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○三
真甲 有大牙如犢牛角此亦好逐鰮來脂少故不好殺
之西海希有而紀勢総常之海有之其牙類象牙猪牙
切磋作噐或造人牙齒以爲入齒
小鯨 淡黑或灰白色鬛白長一尺五六寸廣三寸許厚
二三分呼曰白鬚各類其大鯨大者不過一二丈
有魚虎者其齒鰭如剱鉾【詳有鱗魚之下】數十毎在鯨口傍衝頰
腮其聲聞于外久而鯨困迷開口時魚虎入口中嚙切
其舌根既喰盡出去鯨乃斃謂之魚虎切偶有之浦人
獲之海中無雙大魚爲纔小魚絶命矣
凡截鯨刀宜用生鐵也鋼鐵却不佳蓋鯨全體可食可取
油用其齒鬛鰭可爲噐是此本朝寶貨之類乎中華亦
有之不如日本之多而見之者希故鯨不載諸本草雖
出于三才圖會其説憶見耳
*
魚類【江海の中の無鱗魚。】
くじら
鯨【音、擎〔(けい)〕。】
唐音キン
※〔(けい)〕【本字。】 海鰌[やぶちゃん字注:※=(「橿」の「木」を「魚」に換える。]
勇魚(いさな)【「万葉集」に伊佐奈と訓ず。古へ呼びて、魚を皆、奈と曰ふ。】
雄を鯨と曰ひ、雌を鯢〔(げい)〕と曰ふ。
【和名、久知良。】
「三才圖會」に云ふ、『鯨は、海中の大魚なり。其の大いさ、海に横たはり、舟を呑み、海底に穴處す。穴を出づるに、則ち水溢〔(あ)〕ふる。之を鯨潮と謂ふ。或は曰ふ、出づる時は[やぶちゃん注:「時」は送り仮名中にあり。]、則ち潮下り、入るる時は、則ち潮上る。其の出入、節有り、と。大なる者、長さ千里、小なる者、數丈。一たび數万の子を生む。甞〔(かつ):常に〕て五~六月を以て岸に就きて子を生む。七~八月に至りて、其の子を導-率(みちび)き、大海中に還る。浪を皷して、雷を成し、沫(あは)を濆(は)き、雨を成す。水族驚畏し、敢て當る者莫し。然して其の死ぬるや、彗星有りて之に應ず。雄なる者、鯨と爲し、雌なる者、鯢〔(げい)〕と爲す。或人[やぶちゃん注:「人」は送り仮名にある。]の曰く、沙上に死する之を得る〔(とき)〕は、皆、目無し。俗に言ふ、其の目、化して明月珠と爲ると。』と。
「古今詩話」に云ふ、『海岸に獸有り。蒲牢〔(ほらう〕と名づく。聲、鐘ごとくして、性、鯨を畏る。鯨、躍れば、輒〔(すなは)〕ち鳴く。故に鐘を鑄〔(い)〕るに蒲牢の形を作り、其の上に鯨の形を爲〔(つく)〕る。』と。
「藻塩」 潮〔(うしほ)〕ふく鯨〔(いさな)〕のいきとみゆる哉〔(かな)〕沖に村立〔(むらた)〕つ夕立の雲
△其の状、畧ぼ鰌〔(どぜう)〕に似る。故に海鰌〔(かいしう)〕と名づく。肥えて圓く、長さと周(めぐ)りと等し。其の色、蒼黑にして無鱗、鼻の上の骨、高く起こり、項〔(うなじ)〕の上・頸〔(くび)〕の前に潮を吹く穴有り。口、濶〔(ひろ)〕く、下唇、上唇より長く、頷〔(おとがひ):下顎〕の前に出でて、舌も亦、長く廣し。其の大なる鯨、三十三尋(ひろ)有り【約するに十六丈余。】。所謂〔(いはゆ)〕る、長さ、千里と云ふ[やぶちゃん字注:「云」は送り仮名中にあり。]者〔(こと)〕、甚だ妄なり。
齒 大にして屐(あしだ)の齒の尖りたるがごとし。齗(はぐき)、白し。之を切片して、蕪(かぶら)骨と名づく。
眼 繊(ほそ)く、口吻に近く、而して下がる。烏珠〔(ぬばたま)=瞳〕は水精の磨きたるがごとくにして、軟なり。
鬛(ひれ〔→ひげ〕) 口中の兩邊に出づ。其の數、三百六莖有り。純黑色なり。筬(をさ)と名づく。削り磨けば、則ち美しく潤ほひ、長さ三~四尺より丈餘に至る。廣さ、五~六寸、厚さ五~六分。工匠、之を用ひて笄-揥(かんざし)及び尺-秤(ものさし)の類に作る。
鬐〔(ひれ)〕 外、黑く、内、白色にして達波〔(たつぱ)〕と名づく。長さ八~九尺より丈餘に至る。廣さ四~五尺。
骨 肉に近き圓き骨を法師骨と名づく。此れも亦、漁家、油を採るなり。
筋 赤黄色、太-徑(ふと)さ三寸ばかり。細かに之を割き破り、泔水(しろみづ〔:米の研ぎ汁〕)に浸し、油氣を取り去り、之を用ひて今、唐弓〔(とうゆみ)〕の弦(つる)と爲し、以て木綿(きわた)を打つ。
大小腸 長さ五十条ばかり。故に百尋(ひろ)と名づく。之を煮食ひて、能く久泄を治す。
陰莖 多計里〔(たけり)〕と名づく。大いなる者、一丈。其れ雌の陰戸及び乳房、亦、兼備す。
尾 岐有り、黑色。尾の上、圓く肥えたる處を尾脛(おはばき)と名づく。其の味、極美、言ふべからず。
糞 黑・白有り。其の白き者、希なり。水上に泛〔(ただよ)〕ふ白き泡(あは)のごとし。采〔=採〕り得て、晒し乾して蛇骨に似たり。痘瘡の紫黑下陥を治するに、之を燒き、煙を薫ず。効有り。
皮 黑皮と赤肉の交(あは)ひ、白き脂有り。之を熬り、油、最も多し。凡そ方三寸にして厚さ一尺の皮、油一升を得べし。
凡そ鯨に六種有り。性、喜(この)んで鰯を嗜〔(きつ)〕して、諸魚を敵せず。海舶、若し尾鬐に觸るる時は、[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名の中にある。]則ち必ず覆(くつが)へる。冬は北より南に行き、春は南よりして北に去る。肥州〔=肥前〕五島・平戸の邊は、節分の前後、盛りと爲し、紀州〔=紀伊〕熊野浦□〔→にては〕、仲冬〔:陰暦十一月〕を盛と爲して、之を捕るに、鯨を刺(つ)く鉾〔(ほこ)〕を呼びて森(もり)と曰ふ。樫〔(かし)〕の木を用ひ、柄と作り、鉾の頭に繩を着けて、舩〔=船〕の柱に繋ぐなり。其の鉾、鯨に中〔(あた)〕れば、則ち柄脱けて、肉に入り、鯨の動作に隨ひて深く肉の中に入りて、抜けず。鉾の柄、脱くると雖も、繩着くる故、失はず【此の外に森の製、數品有り。】。一舩の進退を掌(つかさど)る人、呼んで羽指(〔は〕ざ)しと曰ふ。長袖短袗〔(ちやうしうたんしん)〕を被りて、宛(さなが)ら軍配のごとし。近頃は遠く大繩(ふとなは)の綱を用ひて、豫(○あらかじ)[やぶちゃん字注:この「○」の意味、不明。]め之を繋ぎ、森を擲(う)つ。故に百に一失無し。
世美 鯨六種の中、最上たり。大なる者、十余丈、其の子鯨は、二~三丈ばかり。大抵十三尋の者、全體油を取れば、二百斛を得、七尋の者は、油四十斛を得、惟だ八尋の者は、油少なし。漸く十斛ばかり。
座頭 大なる者、四~五丈に過ぎず、鬐、長さ丈ばかり。一片は黑く、一片は白し。其の肚皮〔(はらかは)〕、層層として畦〔(うね)〕を作り、竹を編むごとし。呼びて簀の子皮〔(すのこがは)〕と名づく。背に方二尺ばかりの疣鰭〔(いぼひれ)〕有り。琵琶の形に似たり。瞽者〔(こしや):盲人〕の負ふ琶〔=琵琶〕に彷-彿(さもに)たり。故に座頭と名づく。盲魚に非ず。其の余、世美と同じきのみ。森鉾に中ると雖も、能く遁げ去る。但し、子持ち鯨は得易し。先づ兒鯨をして之を防ぎ殺す時は半死にせし〔むれば〕、[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名の中にある。]則ち母鯨、去るに忍びず、身を以て子を掩〔(おほ)〕ふ時、殺し得つべし。後、又、子鯨を捕ふ。蓋し今の大綱を用すれば、則ち座頭、亦、能く遁げ去□〔→ることを得〕ず。
長須(ながす) 形・色、世美に似たり。此れも又、背、疣鬐〔(いぼひれ)〕有り。大なる者、十丈ばかり。常に水底に沈めて、浮かぶる者、稀なり。故に得難し。
鰮鯨(いはしくじら) 毎に鰮を逐ひ來る。其の大なる者、二~三丈に過ぎず、肉薄く、脂少なき故に、漁人、好んで〔は〕之を殺さず。
真甲(まつかう) 大なる牙有り。犢牛(こてい〔:子牛〕)の角のごとし。此れも亦、好んで鰮を逐ひ來る。脂少し。故に好みて〔は〕之を殺さず。西海に希に有りて、紀〔=紀伊〕・勢〔=伊勢〕・総〔=上総〕・常〔=常陸〕の海に之有り。其の牙、象牙・猪の牙(き)に類す。切磋して、噐〔=器〕に作り、或は人の牙齒に造り、以て入齒と爲す。
小鯨 淡(うす)黑く或は灰白色。鬛〔(ひげ)〕白く、長さ一尺五~六寸、廣さ三寸ばかり、厚さ二~三分。呼んで白鬚〔(しらひげ)〕と曰ふ。各々其の大鯨に類す。大なる者、一~二丈に過ぎず。
魚虎〔(しやち)〕と云ふ者有り。其の齒・鰭(ひれ)、剱鉾〔(けんぼこ)〕のごとし【有鱗魚の下に詳し。】。數十毎に鯨の口の傍らに在りて、頰・腮〔(あぎと):あご〕を衝く。其の聲、外に聞こゆ。久しくして鯨、困迷して口を開く時、魚虎、口中に入り、其の舌を嚙み切り、根、既に喰ひ盡して出で去る。鯨は乃ち斃〔(し)〕す。之を魚虎切りと謂ふ。偶々之有りて、浦人之を獲る。海中の無雙の大魚、纔〔(わづ)〕かの小魚の爲に命を絶つ。
凡そ鯨を截る刀、宜しく生鐵(なまかね)を用ふべし。鋼鐵(あか〔が〕ね)は却つて佳(よ)からず。蓋し鯨全體食して可〔なり〕。油を取るに用ふべし。其の齒・鬛・鰭、噐〔=器〕に爲〔(つく)〕るべし。是に此れ、本朝の寶貨の類か。中華にも亦、之有りて〔も〕、日本の多きごとくならず、之を見る者〔(こと)〕、希なる故、鯨は諸本草に載せず。「三才圖會」に出だすと雖も、其の説、憶見のみ。
[やぶちゃん注:分類は多岐にわたる。妙に不完全に叙述するよりも専門家に委ねよう。→サイト“AQUAHEAT”「イルカ・クジラの分類表」
「三才圖會」は、本書が範とした中国の百科全書。1607年に明の王圻(おうき)によって編せられた。しかし、この内容は、良安によって本項最後で憶測に過ぎないと手酷く叩かれる。
「古今詩話」は、東洋文庫版後注によれば、『八巻。明の稽留山樵撰。』、とのみある。
「節有り」は、リズムがある、一定の時間周期があるということ(実際には勿論、潮汐現象のことをこう解している)。
「皷して」の「皷」は「鼓」の俗字。打って、の意。
「其の死ぬるや、彗星有りて之に應ず」の民俗は不明であるが、「淮南子」覧冥篇に「鯨魚死而慧星出」(鯨魚死して彗星出づ)とある。彗星は凶兆であるから、巨大なるものの死の齎す恐怖の類感的イメージか。
「明月珠」は真珠の別称。
「蒲牢」は、龍の九種の子の一種とし、班固の「西都賦注」に、鯨が蒲牢を撃つに、蒲牢が大いに鳴いたと記す。これが現実の如何なる生物を指すかは、考察中であるが、やはり鰭脚類かカイギュウ目の海産哺乳類の可能性が高いような気がする。
「鐘を鑄るに蒲牢の形を作り、其の上に鯨の形を爲る」について。梵鐘は別に鯨鐘・華鯨・巨鯨等とも呼ばれる。梵鐘の頂上にある部分を一般に竜頭と呼ぶが、これは俗称で本来は蒲牢と言った。前記の言い伝えに基づいて「打てば大いに鳴る」の意から造形された。「上に鯨の形を爲る」は、竜頭(りゅうず)の上にということであろうが、私はそのような形状の梵鐘の記載には今のところ出会っていないし、そのような梵鐘も見たことがない。一般には、撞木を鯨に喩えるのではなかろうか。その方が、蒲牢の話にぴったりくるように思われる。
「藻塩」は「藻塩草」で、戦国時代の連歌師宗碩(そうせき)の歌学書。連歌創作のための資料として、「万葉集」・「源氏物語」・「古事記」・「奥義抄」などを引用した歌作のための実用書。私は「藻塩草」を所持していないので校合できないが、東洋文庫版では、以下のように原典との第三句目の異同を記している。
潮(うしほ)ふく鯨のいきとみゆるかな沖にひとむら夕立ちの雲
また、それよりも先行する正徹(しょうてつ)の「草根集」に極めて類似した和歌をネット検索で見出したので、参考までに掲げておく。
潮ふく鯨のいきと見えぬへし興にひとむらくたる夕立
(潮ふく鯨のいきと見えぬべし沖にひとむらくだる夕立)
「鰌に似る」? か? しかし、この冒頭の絵を見ているとあーら不思議! 似てるわ!
「三十三尋」の「尋」は両手を広げた長さ、約1.8mなので約59.4m(後の丈[一丈=3.03m]換算でも約50m)。これは千里に文句を言う良安の言葉を借りるとそれでも「妄なり」。ちょっと長すぎる(当初、「三~十三尋」で穏当かと思ったが、底本では良く見ると「三」と「十三」の間に熟語を示す「-」がある)。
「屐」は下駄。
「蕪骨」は、ここでは歯と記されるが、少なくとも現在の「蕪骨」は、氷頭(ひず)とも言い、鯨の頭部上顎を縦に走っている骨の中の軟骨部分を言う。細く削って乾燥し、粕漬等にする。九州地方で松浦漬と称する。
「水精」は水晶。「水精」で「すいしょう」とも訓じる。
「鬛」の字に底本は(ひれ)とルビがある。確かにこれは魚の顎脇のこびれ、という意味があり、この場合の叙述とも齟齬はないが、本来の意味の(ひげ)とする方が、直後の鬐(ひれ)とも区別し易い。東洋文庫版でも「ひげ」とルビしている。
「筬」は、本来は織機の経糸(たていと)を通す櫛状の道具を指す。昔の一般的な竹筬(たけおさ)は、竹で出来た薄い小片を櫛の歯のように列ね、長方形の框(わく)に入れたもので、その形状がクジラのヒゲと似ていたためであろう。
「久泄」は、慢性の下痢。ただの消化不良から潰瘍性大腸炎まで含む。
「尾脛」は、現在のオノミを指す。「はばき」とは、脛巾・行纏・脛衣等と書く、旅装として脛に巻きつけるものを指すか。後世の脚絆(きゃはん)に当るが、形状がクジラの尾の形に似ている。
「唐弓」とその使用法等については、サイト「丹後ふとん店」の「綿から糸への道具使い」を参照されたい
「百尋」は現在もクジラの腸の異名。ちなみに百尋は180mに相当する。この呼称は満更、嘘ではあるまい思って調べてみると、マッコウクジラの腸の長さは実に230mという記録がある。看板に偽りなし!
「糞」は、龍涎香(Amburgris)を指している。龍涎香はマッコウクジラに特有な大腸内の蠟状の結石で、動物性香料として有名である。その生成過程については核部分にダイオウイカの顎板(カラストンビ)が見つかることから、何らかのイカの成分が関係しているとも言われているが、科学的解明は全くなされていない。重さ50g~5kgで、捕獲したマッコウクジラの腸内から直接採取されたり、叙述の通り、海上を浮遊していたり、海岸に打ち上げられたりしたものが利用される。形状には変異が多く(「蛇骨」というのは複数のイカの顎板の突出したものを言うか)、色も琥珀に似た黄色を帯びた灰色・灰白色・黒色等、それぞれgolden、grey、black等の等級がある(goldenが最上とされる)。中国や中世ヨーロッパにおいては媚薬として流行したが、この結石から精油した龍涎香は、一般に他の香水と合わせた時、主成分のテルペノイド(二重結合を二つ持つ炭化水素イソプレンの重合した化合物)であるアンブレイン ambreinの酸化作用によって、すぐれた芳香効果を示す。
「痘瘡の紫黑下陥」は、痘瘡に罹患した後に出来る窪んだあばたを指す。それにしても金と同等に取引された龍涎香をこんな症状に用いるとは、太っ腹!
「黑皮と赤肉の交ひ、白き脂有り」の全体が現在のクジラのベーコン! 大好き! 言っとくと、美味しいのは毒々しく着色されない生ベーコンだよ!
「鯨に六種有り」とあるが、現在の大きな分類では、ヒゲクジラ類3科、ハクジラ類10科で総種数は80種を越えるとする。
「羽指」は、「はざし」と読む。日本での捕鯨は遠く縄文期(貝塚からの小鯨の骨の出土や土器の装飾紋に見られる骨の使用等)やアイヌによるオホーツク沿岸捕鯨まで遡るが、近世初期の古式捕鯨である網取式捕鯨の漁法に於いて「羽指」という花形的職能が定着したように思われる。即ち、山上に「山見(やまみ)」という見張り場を設け、クジラの到来を確認すると、狼煙などでその種類や方角を報ずる。それを受けて勢子(せこ)船・網船・持双(もっそう)船が出船し、網船がクジラの先に網を降ろし、勢子船でその網にクジラを追い込む。クジラが網に絡まったところで銛を撃ち込み、弱ったところを見計らって、「羽指」が口に鼻切包丁(刃渡り30cm程、軟鉄製で素手による整形可能)を銜えて飛び込み、刺さった銛の繩を手がかりにしてクジラによじ登る。そうして両の鼻の穴に切り込みを入れて、太綱を通し、それを二艘の持双船に渡して、クジラを挟み込んで陸に運び、解体した(以上、網取式捕鯨については主にサイト「久則庵」の“WHALES”中の「日本の古式捕鯨(網取り式捕鯨)」を参照した)。
「長袖短袗」は、袖が長く丈は短い単衣(ひとえ)。
「近頃は遠く」は、最近では遠く沖まで出て、という意味であろう。
「世美」はセミクジラEubalaena japonica。文字通り、背びれがなく背が美しいことからの命名。ちなみに冒頭掲げられる「海鰌」の名もセミクジラに与えられている。
「斛」は約180ℓ。一斛=十斗=百升。
「座頭」はザトウクジラMegaptera novaeangliae。英名のhumpback whale(せむしの鯨)といい本叙述の和名由来といい、私も知らずに使ってきたが、これらは忌々しき差別名称の最たるものであろう。
「瞽者」の読みは一応正式な音読みとして「こしゃ」にしたが、東洋文庫版では「ごぜ」とルビしている。島崎藤村の「旧主人」でもこう書いて「ごぜ」と読んではいる。
「先づ兒鯨をして之を防ぎ殺す時は半死にせしむれば、則ち母鯨、去るに忍びず、身を以て子を掩ふ時、殺し得つべし。後、又、子鯨を捕ふ。」の部分は、訓読に苦しんだ。底本では返り点は一部不明な箇所(□で示した)も含めて
「先使下二兒鯨□防二殺之一半死上則母鯨不レ忍レ去以レ身掩レ子時可二殺得一可殺得後又捕子鯨」
である。後半部は問題ないが、前半部に自信がない。「鯨」の左下には明らかに「二」と思しき数字があるが、これでは機能しない。「防ぎ殺す」という語の意味も不明である。ちなみに、東洋文庫版ではここを以下のように訳している。
「ただし子持ち鯨は捕獲しやすい。まず児(こ)鯨を攻めて半死の目に合わすと母鯨は去るに忍びず、身をもって子をかばい掩(おお)う。そのときに殺すことができ、そのあと子鯨も捕える。」
基本的には、私も概ねこのような意味と理解して、書き下した。
「長須」はナガスクジラBalaenoptera physalus(シロナガスクジラBalaenoptera musculus はその巨大さ故に近世までの捕鯨の対象とはなっていない。大きさからいっても、ここでははずして考えるべきであろう)。
「鰯鯨」はイワシクジラ Balaenoptera borealis。
「真甲」はマッコウクジラ Physeter macrocephalus。マッコウは多くの文献が「抹香」と書くところから、先に記した本種特有の龍涎香がモクレン科のシキミIllicium anisatumの葉を粉にした「抹香」の香りと似ていることに由来する。
「小鯨」はコクジラ・チゴクジラ等の異名を持つ小型種コククジラ Eschrichtius robustusを指すかとも思われるが、良安先生! 「各其の大鯨に類す」では、全種の小鯨で、あんまりでござりまする! そもそも、コクは「克」の字が当てられているのは、「児童鯨」「小鯨」が一般名詞の小鯨と混同されたことから区別するためだったんですよ! ……まあ、しかし、先生もここまで各種を叙述して下すったんだから、目鯨立てるのはやめておこう。
「魚虎」は、とりあえずクジラ目ハクジラ亜目マイルカ科シャチ属に属するOrcinus orca と同定してよいであろう。折角なので、割注にもある巻四十九の独立項の「魚虎」をテクスト化する(体裁は本頁の書式に従った)。
■和漢三才圖會 江海有鱗 卷ノ四十九 ○二十
[やぶちゃん注:冒頭の鯡の項の最終三行及び後半の人魚の項前部は省略。]
しやちほこ
魚虎
イユイフウ
土奴魚 鱐【音速】
【俗用鱐字未詳
鱐乃乾魚之字】
【俗云奢知保古】[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行下に入る。]
本綱魚虎生南海中其頭如虎背皮如猬有刺着人如蛇
咬亦有變爲虎者又云大如斗身有刺如猬能化爲豪豬
此亦魚虎也
△按西南海有之其大者六七尺形畧如老鰤而肥有刺
鬐其刺利如釼其鱗長而腹下有翅身赤黑色離水則
黄黑白斑有齒食諸魚世相傳曰鯨食鰯及小魚不食
大魚有約束故魚虎毎在鯨口傍守之若食大魚則乍
《改ページ》
入口嚙斷鯨之舌根鯨至斃故鯨畏之諸魚皆然矣惟
鱣鱘能制魚虎而已如入網則忽囓破出去故漁者取
之者稀焉初冬有出于汀邊矣蓋以猛魚得虎名爾猶
有蟲蠅蝎虎之名非必變爲虎者【本草有變爲虎者之有字以可考】
鱣鱘鯉逆上龍門化竜亦然矣
城樓屋棟瓦作置龍頭魚身之形謂之魚虎【未知其據】蓋置嗤
吻於殿脊以辟火災者有所以【嗤〔→蚩〕吻詳于龍下】
*
しやちほこ
魚虎
イユイフウ
土奴魚 鱐【音、速。】
【俗に鱐の字を用ふるは、未だ詳らかならず。鱐、乃ち乾魚〔:干物〕の字〔なり〕。】
【俗に奢知保古と云ふ。】
「本綱」に『魚虎、南海中に生ず。其の頭、虎のごとく、背の皮に猬〔=蝟=彙:はりねずみ〕のごとくなる刺有りて、人に着けば、蛇の咬むがごとし。亦、變じて虎と爲る者有り。又云ふ、大いさ斗〔:柄杓〕のごとく、身に刺有りて猬のごとし。能く化して豪-豬(やまあらし)と爲〔(な)〕る。此れも亦、魚虎なり。』と。
△按ずるに、西南海に之有り。其の大なる者、六~七尺。形、畧ぼ老鰤〔(おいしぶり)〕のごとくして、肥いて、刺鬐有り。其の刺、利きこと、釼〔(つるぎ)〕のごとし。其の鱗、長くして、腹の下に翅〔(はね)〕有り。身、赤黑色、水を離〔(か)れば〕、則ち黄黑、白斑なり。齒有りて諸魚を食ふ。世に相傳へて曰く、『鯨は鰯及び小魚を食ふも、大魚を食はざるの約束有り。故に魚虎は毎に鯨の口の傍らに在りて、之を守る。若し大魚を食はば、則ち乍〔(たちま)〕ち口に入り、鯨の舌の根を嚙〔(か)み〕斷〔(た)ち〕、鯨は斃(し)するに至る。故に鯨、之を畏る。諸魚、皆、然り。惟だ鱣〔(ふか)〕・鱘〔(かぢとをし)〕、能く魚虎を制すのみ。如〔(も)〕し網に入らば、則ち忽ち囓み破りて出で去る。故に漁者、之を取る者、稀なり。初冬、汀-邊〔(みぎは)〕に出づること有り。』と。蓋し猛魚なるを以て虎の名を得のみ。猶ほ蟲に蠅-虎(はいとりぐも)・蝎-虎(いもり)の名有るがごとし。必〔ずしも〕變じて虎に爲る者に非ず。【「本草」〔=「本草綱目」〕に『變じて虎と爲る者有る』と云ふの「有」の字に以て考ふべし。[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]】鱣(ふか)・鱘(かぢとをし)・鯉(こひ)、龍門に逆(さ)か上(のぼ)りて竜に化すと云ふも亦、然り。[やぶちゃん注:「云」は送り仮名にある。]
城樓の屋-棟(やね)して、瓦に龍頭魚身の形を作り置く。之を魚虎(しやちほこ)と謂ふ【未だ其の據〔(きよ)を知らず。】。蓋し嗤吻(しふん)を殿脊〔(でんせき):屋根〕に置き、以て火災を辟〔=避〕くと云ふは所-以(ゆへ)有り【蚩吻は龍の下に詳〔(つまびらか)〕なり。】
注は、本格的に「卷四十九 江海有鱗魚」のテクスト化をした際に譲るが、最後に現われる「蚩吻」についてのみ簡単に説明しておこう。「和漢三才図会」の巻四十五の「龍」の項解説に割注を含めてたった八文字(全く以て「詳」ではない!)、以下のようにある。
蚩吻好呑【殿脊之獸】(蚩吻は呑むことを好む【殿脊の獸。】。)
いやはやこれでは困るな。さて、大寺院の甍の両端にまさに鯱(しゃちほこ)のような形のものを御覧になった記憶がある方は多いだろう。これを鴟尾(しび)と呼称することも、芥川龍之介の「羅生門」でお馴染みだ。文字の意味は鳶の尻尾なのであるが、これは実は、「蚩尾」で、良安が判じ物のように示した通り、龍の九匹の子供の内の一匹が蚩吻と称する酒飲みの龍であり、それが屋根を守ると古くから信じられたようなのである。派手に酒を吹き出して消火してくれるスプリンクラーのようなものか? いや、待てよ! 中国酒はアルコール度数が高いから逆にジャンジャン燃えるんでないの?!
「剱鉾」は、剣や鉾、と読んで問題ないが、魚虎の派手さからは京都祇園御霊会の、神渡御の際の先導を務める悪霊払いの呪具たる「剱鉾」を指している可能性もある。剱鉾」の画像はHP「京都市文化観光資源保護財団」の「特集 京の祭の遺宝 剣鉾」等を参照にされたい)。
……シャチと言えば、私は今でも鮮やかに覚えている、少年時代の漫画学習百科の「海のふしぎ」の巻に、サングラスをかけた小さなシャチが、おだやかな顔をしたクジラを襲っているイラストを……。ちょっとした参考書にも、シャチは攻撃的で、自分よりも大きなシロナガスクジラを襲ったり、凶暴なホジロザメ等と闘い、そこから「海のギャング」と呼ばれる、と書かれていたものだ。英名もKiller whale、学名は「冥府の魔物」という意味でもある。しかし実際には、肉食性ではあるが、他のクジラやイルカに比べ、同種間にあって攻撃的ではないし、多くの水族館でショーの対象となって、人間との相性も悪くない(私は芸はさせないが、子供たちと交感(セラピー)するバンクーバーのオルカが極めて自然で印象的だった)。背面黒、腹面白、両目上方にアイパッチと呼ぶ白紋があるお洒落な姿、ブリーチング(海面に激しく体を打ちつけるジャンピング)やスパイ・ホッピング(頭部を海面に出して索敵・警戒するような仕草)、数十頭の集団で生活する社会性、エコロケーションによる相互連絡やチームワークによる狩猟、じゃれ合う遊戯行動等、少しばかりちっぽけな彼等がシャチの分際で人間の目に付き過ぎたせいかもしれないな。本項の叙述も殆ど切り裂きジャック並みの悪行三昧だ。良安が教訓染みて終えているので、私も一つ、これで締めよう。『出るシャチはブリーチング』。]
***
ふか
鱣【音天】
テン
黄魚 蠟魚
玉版魚
【俗云布可】
【和名抄爲鰻※之訓者非
也】[やぶちゃん字注:※=「魚」+「麗」。]
[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]
本綱鱣海中無鱗大魚也状似鱘其色灰白其背有骨甲
三行鼻長有鬚口近頷下其尾有岐其出也以三月逆水
而上其居也在磯石湍流之間其食也張口接物聽其自
入食而不飲蟹魚多誤入之其行也在水底去地數寸漁
人以小鈎數百沈而取之一鈎着身動而護痛諸鈎皆着
之船遊數日待其困憊方敢掣取之其小者近百斤大者
長一三丈至一二千斤其氣甚鯹其脂與肉層層相間肉
色白脂色黄如蠟故名之其脊骨及鼻并鬐與鰓皆脆軟
可食其肚及子盬藏亦佳其鰾亦可作膠
肉【甘平有小毒】 多食生熱痰發瘡疥【和蕎麦食人失音】忌荊芥
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○四
△按鱣小者二三尺大者二三丈状畧類守宮蟲而頭扁
圓嘴尖眼大口在頷下而濶大有齒牙而堅利背有三
骨甲尾有岐鰭亦硬無鱗皮厚灰白色如鮫之沙小者
肉潔白味稍美故魚市所出皆不過三四尺其大者好
取人嚙如有人出手足於舷者鱣跳浮囓切去海舶最
畏之胎生産於口嘗見胎魚其子既備鱣形名天以豆
留古【一名奈宇佐宇】鱣類有數種其肉爲※膾食之或爲魚餠[やぶちゃん字注:※=「魚」+「干」。]
以偽海鰻蒲鉾
白目鱣 小者二三尺大者二三丈背灰白腹白齒大其
眼色白好嚙人其肉味美
牛鱣 大抵三尺許状類白目鱣灰皁色無齒
猫鱣 大三四尺頭形似猫扁身有虎斑文有齒味不佳
加世鱣 大三四尺及一丈灰黑色口小而齒細有耳其
眼有耳端此鱣在海中不爲害俗取膽爲疳眼藥
坂田鱣 大二三尺頭圓匾似團扇身挟長似團扇柄而
《改ページ》
灰黑色
*
ふか
鱣【音、天。】
テン
黄魚 蠟魚
玉版魚
【俗に布可と云ふ。】
【「和名抄」に鰻※の訓を爲すは非なり。】[やぶちゃん字注:※=「魚」+「麗」。]
「本綱」に『鱣は、海中無鱗の大魚なり。状、鱘に似、其の色、灰白。其の背に有骨の甲、三行(〔み)〕くだり)有り。鼻長く、鬚有り。口、頷〔(あぎと)〕の下に近く、其の尾、岐有り。其の出づるや、三月を以て水に逆(さから)〔ひ〕て上り、其の居るや、磯石湍流〔(そせきたんりう)〕の間に在り。其の食ふや、口を張り、物を接し、其の自ら入るを聽きて、食つて飲まず。蟹・魚、多く誤りて之に入る。其の行くや、水底に在り、地を去ること數寸。漁人、小さき鈎(つり〔ばり〕)數百を以て、沈めて之を取る。一鈎〔(こう)〕、身に着き、動きて痛みを護る〔に〕、諸鈎、皆之に着けり。船、遊ぶこと數日、其の困-憊(つか)れたるを待ちて、方に敢て之を掣(う)ち取る。其の小さき者は、百斤〔(きん)〕に近し。大なる者は、長さ一~三丈、一~二千斤に至る。其の氣、甚だ鯹〔=腥〕さし。其の脂と肉と、層層として相間(まじは)つて、肉色白く、脂の色、黄にして蠟のごとし。故に之を〔蠟魚と〕名づく。其の脊の骨及び鼻并びに鬐〔(ひれ)〕と鰓〔(あぎと)〕と、皆、脆く、軟にして食ふべし。其の肚〔(はら)〕及び子、盬藏(づけ)にして、亦佳なり。其の鰾(にべ)も亦、膠〔(にかは)〕に作るべし。
肉【甘、平にして小毒有り。】 多く食へば、熱痰を生ず。瘡疥〔(さうかい)〕を發し【蕎麦に和して食へば、人をして失音せしむ。】、荊芥〔(けいがい)〕を忌む。』と。
△按ずるに、鱣は小なる者、二~三尺、大なる者、二~三丈。状〔(かた)〕ち、畧ぼ守宮蟲〔(いもり)〕に類して、頭、扁たく圓く、嘴、尖り、眼、大きく、口、頷の下に在りて、濶〔(ひろ)〕く、大。齒牙有りて、堅く、利。背に三の骨甲有り。尾に岐有り。鰭も亦、硬し。鱗無く、皮、厚く、灰白色、鮫の沙のごとし。小さき者は、肉、潔白にして、味、やや美なり。故に魚市に出づる所は皆、三~四尺に過ぎず。其の大なる者は好んで人を取りて嚙ふ。如〔(も)〕し人、手足を舷(ふなばた)に出だす者〔(こと)〕有れ〔→有ら〕ば、鱣、跳(と)び浮きて、囓み切り去る。海舶に最も之を畏る。胎生にして口より産む。嘗て胎(はらみ)魚を見〔るに〕、其の子、既に鱣の形を備なふ。天-以-豆-留-古(でい〔つるこ〕)と名づく【一名、奈-宇-佐-宇〔(なうさう)〕。】。鱣の類、數種有り。其の肉、※(さしみ)膾(なます)と爲す。之を食ふに、或は魚-餠(かまぼこ)と爲し、以て海-鰻(はも)の蒲鉾に偽る。[やぶちゃん字注:※=「魚」+「干」。]
白目鱣 小なる者、二~三尺、大なる者、二~三丈、背灰白、腹白く、齒大にして、其の眼の色、白し。好んで人を嚙む。其の肉、味、美なり。
牛鱣(うしふか) 大抵、三尺ばかり。状、白目鱣に類して、灰皁〔=黑〕色。齒無し。
猫鱣 大いさ、三~四尺。頭の形、猫に似、扁たく、身、虎斑〔(とらふ)〕の文有り。齒有り。味、佳からず。
加世鱣 大いさ三~四尺〔より〕、一丈に及ぶ。灰黑色、口、小さくして齒細く、耳有り。其の眼、耳の端に有り。此の鱣、海中に在りて害を爲さず、俗に膽を取りて疳眼〔(かんがん)〕の藥と爲す。
坂田鱣 大いさ二~三尺。頭、圓く匾〔(うす)く or (ひら)たく〕、團-扇(うちは)に似、身、挟く長〔く〕、團扇の柄に似て、灰黑色なり。
[やぶちゃん注:フカとサメと古名としてのワニは、すべて軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiに属する魚類の中で、原則として鰓裂が体側に開くものの総称である(後述するカスザメ目Squatiniformesの鰓孔は腹側から側面に開いている)。即ち「フカ」は「サメ」と生物学的には同義であるが、民俗的にはそれぞれの地域で厳然とした二分法がある(実際、本巻でも後に「鮫」を別項目として立てている。なお、「鰐」がその直前に項目としてあるが、これは珍しく正真正銘の爬虫綱ワニ目 Crocodiliaのワニである)。ところが、関東では大きな鮫をフカと呼ぶのに対して、関西以南では逆に小さな鮫をフカ、大きなものをサメと呼称するであるとか、関西では「フカ」、関東では「サメ」が鮫の呼称として優性であるとか、また、一般には大型のものや人食い鮫に相当するような攻撃性の強いもの「フカ」と呼称するであるとか、その内実と名は一定していない。
『「和名抄」』は、正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
「鰻※の訓」[やぶちゃん字注:※=「魚」+「麗」。]であるが、私は「和名抄」を所持していないのではっきりとは言えないが、「和名抄」では、この「鰻※」を「ふか」と訓じているのであろう。「鰻※」は「廣漢和辭典」の「鰻」の字義の「うなぎ」の後に、朱駿声の「説文通訓定声」から引いて「今俗に鰻※と曰ふは、是なり。」とあり、この熟語が現われるので、この「鰻※」とは「うなぎ」を指すことは間違いない。その誤りを良安は指摘しているのである。
『「綱目」』は、「本草綱目」で明の李時珍の薬物書。52巻。1596年頃の刊行。巻頭の巻一及び二は序例(総論)、巻三及び四は百病主治として各病症に合わせた薬を示し、巻五以降が薬物各論で、それぞれの起源に基づいた分類がなされている。収録薬種1892種、図版1109枚、処方11096種にのぼる。以下、多く引用されるので注はここのみとする。
「鱘」は、東洋文庫版は「かじき」と訓じている。確かに次の項目が「かぢとをし」でカジキマグロであり、見出しも本字、「鱘」である。また、次項解説の同じ「本草綱目」でも「鱣」に似ているとも記述する。しかし、私はこれは「鱘」のもう一つの意味であるチョウザメを指しているのではあるまいかという疑念が拭いきれない。時珍は「登龍門」(あれは本来はチョウザメであったものがコイに代えられたものとも言う。私はかねがねこの説を支持したいと思っていた)の故事等で中国人により一般的な硬骨魚である条鰭亜綱チョウザメ目チョウザメ科
Acipenseridaeとの類似をまず示したかったのではないか。いやそれどころか、この「鱣」の叙述に現われるその形状・生態は、この時珍の叙述の最後まで(「其の肚及び子、盬藏にして、亦佳なり」なんてキャビアじゃないの?)驚くほど相似するように感ぜられないだろうか? 識者の見解を待つ。
「磯石湍流」の「湍流」は本来河川の早瀬を言う。岩礁性もしくは石礫の海底で、海流の流れが早いところを言うのであろう。
「斤」・「丈」は時珍の明代で一斤≒596.8g、一丈≒3.1m。
「鰾」の「にべ」という読みは、本来、スズキ目ニベ科Nibea mitsukuriiの浮袋から作られた接着力の強い膠を指す(「愛着を示さない・愛想がない」の意味の「にべもない」の語源)。そこから、広く浮袋を「にべ」と呼称している。他にコイ・ウナギ、そしてサメなどの浮袋からも生成された。「和漢三才圖會 卷第四十九 魚類 江海有鱗魚」の「鮸」の項を参照。
「熱痰」は、黄色の痰を吐き、顔面が赤味を帯びている症状を言う。
「瘡疥」は、広く吹き出物から発疹等の種々の皮膚疾患全般を言う。
「荊芥」は、シソ科のケイガイSchizonepeta tenuifoliaの花穂及びその茎枝で、漢方薬として風邪や出血性疾患や皮膚病に効果があるとする。
「守宮蟲に類して」? か? しかしまたしても「鯨」の悪夢の再来である。この冒頭の絵を見ているとあーら不思議! 似てるわあ!
「嚙ふ」は、ここでは「くはふ」と訓読しているようである。
「胎生にして口より産む」とあるが、口から子を産むマウスブリーダー習性(産むように見えるアジアアロワナScleropages formosus等のアロワナ科Osteoglossidaeやスズキ目キノボリウオ亜目のチョコレートグラミーSphaerichthys osphromenoidesのような)をサメが持っているというのは、聞いたことがない。これは何かの勘違いであろう。これに関しての解釈は後掲の「鮫」の後注を参照されたい。
「奈宇佐宇」は、ここでは幼体のフカを呼称する語であるが、小型のサメは捕獲時に比較的暴れずにおとなしいことから、「脳の回りが遅い」という長崎方言でつけられたという説がある。現在「ノウソウ」と呼称するものとしては、ドチザメ科ホシザメ属シロザメ
Mustelus griseus やネズミザメ目オナガザメ科 Alopias vulpinus
等が同定候補である。
「海鰻」は、ハモMuraenesox cinereus(近縁種は以下。スズハモ Muraenesox
bagio・ハシナガハモ Oxyconger leptognathus・ワタクズハモ Gavialiceps
taiwanensis)。
「白目鱣」はその名称から、とりあえずメジロザメ目メジロザメ科メジロザメ属 Carcharhinusを挙げておくが、この叙述自体からはメジロザメ属に同定し得る決定打は見出せない。確かに、このメジロザメ目にはかなり攻撃的な種が含まれる。一般に知られる人への危険度では、ホオジロザメCarcharodon carcharias(ネズミザメ目)、オオメジロザメCarcharhinus
leucasやイタチザメGaleocerdo cuvierが挙がるが、後者の2種は共にメジロザメ目ではある。しかし、メジロザメ目総体を人間を好んで襲うという言うのにも、やや躊躇を感じる。
「牛鱣」の呼称と類似する、現在ウシザメと呼ばれる種は、前項に掲げたメジロザメ目オオメジロザメCarcharhinus leucasである。沖繩周辺での生育が確認されている。但し、歯は勿論あって、長く三角形に近い。
「猫鱣」は、ネコザメHeterodontus japonicusまたはシマネコザメ Heterodontus
zabra。これは、また思い出すなあ、小学校時代の漫画学習百科を。サザエを噛み割るその名こそ、マイナーなれど人ぞ知る、サザエワリとは我が名なり! と言った風情、妙に色気のある流し目のネコザメのイラストだった……。お蔭で私はサザエワリという名を早くから知っていたのであった。
「加世鱣」は、その叙述と発音の近似性からカスザメ目カスザメ科カスザメSquatina japonica(または胸鰭の先端の角度がやや大きい近縁種コロザメ Squatina nebulosa)ではなかろうかと思われる。眼病薬という記載は探り得なかったが、もし本種がカスザメであれば、本種の皮は、古くより刀剣の柄(つか)に滑り止めとして巻いたことで知られる。なお、冒頭に述べたように、本種はサメの中では変り種で、鰓孔は完全な体側ではなく、腹側から側面に開いている。もう一つ付け加えておくと、サメの尾鰭は上葉が下葉よりも長いのだが、カスザメは下葉が発達し、ほぼ上下同長である。
「疳眼」は、角膜乾燥症、結膜アレルギーによる眼病を言う。
「坂田鱣」は、当初、エイ目サカタザメ亜目サカタザメ科サカタザメ属サカタザメRhinobatos schleliiに同定していた。変更の経緯は「海鷂魚」(エイ)の「窓引鱝」(マドヒキエイ)の後注も参照されたいが、この、体が円い、頭部が団扇に似ている、身から(尾にかけてととってよい)狭く長く団扇の柄に似ている特徴は、実はサカタザメよりもよりエイ目ウチワザメ科ウチワザメPlatyrhina sinensisに近似する。サカタザメ類に似るが、体が丸いのがこの種の特徴であり、坂田鱣には「圓く」の記述があること、現在のウチワザメはまさに「団扇鮫」と表記すること、後の「海鷂魚」の「窓引鱝」がサカタザメRhinobatos schleliiまたはコモンサカタザメRhinobatos hynnicephalusと同定されることから、本種をウチワザメPlatyrhina sinensisに同定変更する。更に付け加えると、後掲する「海鷂魚」(エイ)の図を参照されたい。これは一般的なエイのフォルムで想定するアカエイでもヒラタエイでもなく、ウチワザメではなかろうか?]
***
かぢとをし
鱘【音尋】
ツイン
鱏【音尋】 碧魚
【俗云加知止乎之】[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行の下に入る。]
本綱鱘鱣屬也岫居長者丈餘至春始出而浮陽見日則
目眩其状如鱣而背上無甲其色青碧腹下色白其鼻長
與身等口在頷下食而不飲頰下有青班〔→斑〕紋如梅花状尾
有岐如丙肉色純白味亞於鱣鬐骨不脆又云其頭大哆
口似銕兜鍪其肉【甘平有毒】作鮓雖珍亦不益人
本草必讀云鱘目小如豆鼻傍肉作直絲名爲鹿頭肉【言味
美也】鰾亦作膠鱣鱘二魚皆能化龍
△按鱘嘴尖利如鐵海舶値之則可突拔故俗呼名柁通
*
かぢをとし
鱘【音、尋。】
ツイン
鱏【音、尋。】 碧魚
【俗に加知止乎之と云ふ。】
「本綱」に『鱘は鱣の屬なり。岫居〔(しうきよ)〕し、長き者、丈餘。春に至りて始めて出でて、陽に浮き、日を見れば、則ち目眩(くる〔→くら〕)めり。其の状、鱣(ふか)のごとくして、背の上に甲無く、其の色、青碧、腹の下の色、白し。其の鼻、長し。身と等し。口、頷〔(あぎと)〕の下に在り。食ひて飲まず。頰の下に青斑の紋有り。梅花の状のごとし。尾、岐有りて、「丙」のごとく、肉色、純白(ましろ)く、味、鱣に亞(つ)ぐ。鬐骨〔(ひれぼね)〕、脆からず。又云ふ、其の頭、大-哆(おほ)きなる口、銕-兜-鍪(かなかぶと)に似たり。其の肉【甘、平、毒有り。】、鮓〔(すし)〕に作る、珍と雖も、亦、人に益あらず。』と。
「本草必讀」に云ふ、『鱘は、目、小にして豆のごとし。鼻の傍らの肉、直-絲(はながつほ〔→を〕)に作る。名づけて鹿頭肉と爲す【味、美なりと言ふ。】。鰾(にべ)も亦、膠〔(にかは)〕に作る。鱣・鱘の二魚、皆能く龍と化す。』と。
△按ずるに鱘は、嘴、尖(とが)りて利、鐵のごとし。海舶、之に値〔(あ)=遇〕へば、則ち突(つ)き拔(ぬ)くべし。故に俗に呼んで柁通(かぢとをし)と名づく。
[やぶちゃん注:「本草綱目」の「鱘魚」の項を良安は恣意的に取捨選択して、海産のカジキに読み替えようとしてかのように見える。実はこれは「集解」の途中からで、『(藏器曰)鱘生江中背如龍長一二丈(時珍曰)出江淮黄河遼海深水處亦鱣屬也』の最後の三文字から引用しているである。この「鱘」も、そしてその属であるとする「鱣」も、どちらも明らかに河川を遥かに遡上する魚である。且つ、実は次の「鮪」の項に良安が引用している『月令云季春天子薦鮪於寢廟故有王鮪之稱郭璞云大者名王鮪【其小者名叔鮪更小者名※1子】』[やぶちゃん注:※1=「魚」+「各」。]は、「本草綱目」の「鱘魚」の項の冒頭、「釈名」に「時珍曰」として記す内容である。良安先生、そうした齟齬を隠しきれずに、遂に「鮪」の自己の記載では『「本綱」に、鱘・鮪以て一物と爲すは、未だ精(くは)しからず』記さざるを得なくなったわけである(次項及び注参照)。では、「鱘」は何か。これについては、本ページを読まれた釜石キャビア株式会社というところでチョウザメに係わるお仕事に従事しておられるY氏から、この「かじとうし」の絵は、長江に生息するハシナガチョウザメであると考えらるというメールを頂戴した以下に、メール本文を引用する。
◇〔引用開始〕
「かじとうし」の絵、長江に生息します、ハシナガチョウザメと考えられます。チョウザメの仲間の中では特異な姿をしており、口に歯がはえております(チョウザメ類には歯が無い)。現在、長江でも絶滅したと考えられ、わずかな尾数を中国政府が保護飼育しております。添付図は中国のハシナガチョウザメの切手でございます。
◇〔引用終了〕
私は本ページで「鱣」・「鱘」・「鮪」にチョウザメの影を感じてきてはいたのであったが、メールを頂いた当初は、これは良安がオリジナルに描いたのだから、幾ら何でも当然、海産のスズキ目メカジキ科
Xiphiidae 及びマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚(カジキマグロとは通称で正式和名ではない)の絵であるだろうと思っいたのだが、そのように言われて、よく見ると、これは時珍の「本草綱目」の「鱘魚」の叙述に従って頬に星の模様まで入れて描いた想像図、カジキの実見描画ではなかったのである。これはもう間違いなくY氏の指摘された、英名“Chinese
swordfish”、硬骨魚綱条鰭亜綱軟質区チョウザメ目ヘラチョウザメ科ハシナガチョウザメ属の異形種であるハシナガチョウザメ(古くはシナヘラチョウザメと呼称)Psephurus gladiusの叙述と考えてよい。氏から提供を受けたの中国切手の画像も以下に示す。まさにチョウ極似。

しかして、その後に良安の勘違いしたカジキを同定しておこう。カジキはスズキ目メカジキ科
Xiphiidae およびマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚の総称(カジキマグロとは通称で正式和名ではない)。日本近海の種を挙げるならばメカジキXiphias gladius、マカジキTetrapturus
audax、バショウカジキIstiophorus platypterus、フウライカジキTetrapturus
angustirostris、シロカジキMakaira indica、クロカジキMakaira
mazaraの6種である。名の由来は末尾の記載通り、舵木通し(かじきどおし)の略である。ちなみにこの中でもバショウカジキは、帆に似た体高より大きな背鰭(これが芭蕉の葉に似ることからの命名)を持ち、全魚類の中で最速の時速120㎞の遊泳速度の保持者である。この大きな背鰭は、高速遊泳時の急ブレーキの役割を持つとも言われる。
「岫居」の「岫」は、本来、山のくき=洞穴のことを指す。従って、ここでは河川や海底の洞窟に棲み、という意となる。
『「丙」のごとく』とは、「丙」という字のような形をしている、という意味である。
『「本草必讀」』という書は、東洋文庫版の後注には『「本草綱目類纂必読」か。十二巻。』とのみあるだけである。中国の爲何鎭なる人物の撰になる「本草綱目」の注釈書であるらしい。
「直絲」及び後の「鹿頭肉」は、不明である。ここでの「はながつを」なるルビ自体が(鹿頭肉とのイメージの甚だしいギャップと共に)大いに怪しい気がする(そもそもカジキの頬肉から鰹節を作り、それをまたわざわざ「花鰹」にしたもの等というのは如何にも非実利的で迂遠で胡散臭いではないか……と言いつつ、今、ネット上で非売品ながら、鰹節ならぬサメ節の現物を見てしまった。確かに鰹だけじゃあない、何でも「節」は作れる訳だな)。前記の如く、原本も確認できないので、全くお手上げである。何かご存知の方は御一報願いたい。
「鰾」の「にべ」という読みは、本来、スズキ目ニベ科Nibea mitsukuriiの浮袋から作られた接着力の強い膠を指す(「愛着を示さない・愛想がない」の意味の「にべもない」の語源)。そこから、広く浮袋を「にべ」と呼称している。他にコイ・ウナギ、そしてサメなどの浮袋からも生成された。
「鱣・鱘の二魚、皆能く龍と化す」は大いに気になる。魚偏の漢字の字義は時代的地域的に大きな変異や諸説があり、その複雑多岐に亙る錯綜は、とても私の手におえるものではないのであるが、ここでどうしても気になるのは、「鱣」の項で私が言った「登龍門」の故事の魚類同定とのシンクロである。原義的には「鱣」はコイの一種ともされるのだ。そうして現今、「鱘」は中国語でチョウザメ目チョウザメ科Acipenseridaeのチョウザメ類を指すのである。]
***
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○五
しび
はつ
鮪【音委】
ヲイ
王鮪【其大者
【和名之比
或云波豆】
叔鮪【其小者者
俗云目黑】
※1子【更小者者[やぶちゃん注:※1=「魚」+「各」。]
俗云目鹿】[やぶちゃん字注:以上七行は、前四行の下に入る。]
本綱鮪與鱘爲一物月令云季春天子薦鮪於寢廟故有
王鮪之稱郭璞云大者名王鮪【其小者名叔鮪更小者名※1子】
△按鮪亦鱣屬鱘之類也本綱鱘鮪以爲一物者未精矣
鱘青碧色鼻長與身等鮪頭畧大鼻雖長不甚口有頷
下兩頰腮如銕兜鍪頰下有青斑死後眼出血背腹有
鬐無鱗【如有些細鱗】蒼黑色肚白如傳〔→傅〕雲母尾有岐硬上大
中圓下小其大者一丈余小者六七尺肉肥淡赤色背
上肉有黑血肉兩條【俗曰血合】可去之其頭有力乘暖浮見
日目眩其來也成羣漁人熬取油其肉爲膾爲炙味稍
《改ページ》
佳
宇豆和【一名茶袋】 小鮪一尺以下者作胾以芥醋食味甚佳
目鹿 二尺以下小鮪亦可爲胾
目黑 三尺以下者多爲※2【凡宇豆和目黑共爲※2則通俗名目黑】[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「奄」。]
末黑 三四尺以上者至此時形畧扁色亦稍黑爲※2冬
月民間賞之亞于鰤又鮮肉作脯※3〔→贗=贋〕鰹節[やぶちゃん注:※3=「贗」-(にんべん)。]
波豆 四五尺以上者與鮪無異惟腹鬐【鮪黄赤色波豆蒼黑】異身
其※2和州人嗜食之以一枚爲馬一駄
*
しび
はつ
鮪【音、委。】
ヲイ
王鮪〔(わういう)〕【其の大き者なり。和名、之比、或は波豆と云ふ。】
叔鮪〔(しゆくいう)〕【其の小さき者は、俗に目黑と云ふ。】
※1子〔(くわいし)〕【更に小さき者は、俗に目鹿と云ふ。】[やぶちゃん注:※1=「魚」+「各」。]
「本綱」に『鮪と鱘と、一物と爲す。「月令(がつりやう)」に云ふ、『季春、天子に〔→「に」は衍字、もしくは「は」の誤り〕、鮪を寢廟に薦(すゝ)む。』と。故に王鮪の稱有り。郭璞〔(かくはく)〕が云ふ、『大なる者を王鮪と名づく。』と【其の小さき者を叔鮪と名づく。更に小さき者を※1子と名づく。】。』と。
△按ずるに、鮪(しび)も亦、鱣の屬にして、鱘(かぢとをし)の類なり。「本綱」に、鱘・鮪以て一物と爲すは、未だ精(くは)しからず。鱘は青碧色、鼻長くして、身と等し。鮪は、頭、畧(ち)と大きく、鼻長しと雖も、甚だしからず。口、頷〔(あぎと)〕の下に有り、兩の頰・腮〔(あぎと)〕、銕-兜-鍪(かなかぶと)のごとし。頰の下、青斑有り。死して後、眼に血を出だす。背・腹に鬐〔(ひれ)〕有りて、鱗無し【些〔(いささ)〕か細〔かなる〕鱗有るがごとし。】。蒼黑色。肚、白にして、雲母(きらゝ)を傅(つ〔(=着〕)くるがごとし。尾に岐有り。硬く、上〔は〕大、中〔は〕圓く、下〔は〕小さし。其の大なる者、一丈余、小さき者、六~七尺。肉肥えて、淡赤色。背の上の肉、黑き血肉、兩條有り【俗に血合と曰ふ。】。之を去(す)つべし。其の頭、力有り、暖に乘じて浮く。〔→浮くに、〕日を見、目眩(くら)めく。其の來るや、羣を成す。漁人、熬(い)りて油を取り、其の肉、膾(さしみ)と爲す。炙(やきもの)に爲して、味、やや佳なり。
宇豆和【一名、茶袋。】 小さき鮪の一尺以下の者。胾(さしみ)に作り、芥醋(からしず)を以て食ふ。味、甚だ佳なり。
目鹿(めじか) 二尺以下の小さき鮪。亦、胾に爲すべし。
目黑(めぐろ) 三尺以下の者。多くは※2(ひしほ)と爲す【凡そ宇豆和・目黑共、※2と爲し、則ち通俗して目黑と名づく。】。[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「奄」。]
末黑(まぐろ) 三~四尺以上の者、此の時に至りて、形、畧(ち)と扁たく、色も亦、やや黑し。※2〔(ひしほ)〕と爲し、冬月、民間、之を賞す。鰤〔(ぶり)〕に亞(つ)ぐ。又、鮮(あたら)しき肉、脯(ふし)に作り、〕鰹節に※3〔贗=贋=似〕(にせ)る[やぶちゃん注:※3=「贗」-(にんべん)。]
波豆(はつ) 四~五尺以上の者。鮪と異なること無し。惟だ腹の鬐【鮪は黄赤色、波豆は蒼黑。】、異なるのみ。其の※2〔(ひしほ)〕を、和州〔=大和:奈良〕の人、之を嗜(す)きて食ふ。一枚を以て馬一駄と爲す。
[やぶちゃん注:サバ科 Scombridae マグロ属 Thunnus。本邦産クロマグロ hunnus
thynnus または Thunnus orientalis[太平洋(大西洋)産クロマグロを別種とする考え方があり、その場合は前者を本邦のクロマグロとする]、ミナミマグロ Thunnus
maccoyii、メバチマグロ Thunnus obesus、キハダマグロ Thunnus albacares、ビンナガマグロ Thunnus
alalunga、コシナガ Thunnus tonggolの6種を挙げればよいであろう。
「しび」は、現在、主に関西・四国・九州南部の西日本でのキハダマグロThunnus albacaresの呼称であるが、「古事記」の清寧天皇の条(古事記歌謡108番歌)の平群志毘臣(へぐりのしびおみ)と袁祁命(おけのみこと)の、女を争った歌垣に、
潮瀨(しほせ)の波折(なを)りを見れば遊び來る鮪(しび)が端手(はたで)に妻立てり見ゆ
やぶちゃん訳:海の早瀬の波が幾重にも立っている辺りを見ていると、泳ぎ来た鮪(平群志毘臣を指す)の傍らに、魚の分際で連れの女が寄り添っているのが見えるよ。
と現われ、「万葉集」でも二例あり、巻六の938番歌、山部赤人の神亀3(726)年9月15日播磨国印南野行幸の従駕歌である長歌
やすみしし 我が大君の 神(かむ)ながら 高(たか)知らせる 印南野(いなみの)の 大海(おふみ)の原の 荒拷(あらたへ)の 藤井の浦に 鮪(しび)釣ると 海人舟(あまねふね)騒ぎ 塩焼くと 人ぞさはにある 浦を良(よ)み うべも釣はす 浜を良み うべも潮燒く あり通(がよ)ひ 見(め)さくも著(しる)し 清き白浜
やぶちゃん訳:我らが大君が神としてお治めになる印南野の大海原、その藤井の浦で、鮪を釣ろうと漁師の船が発ち騒ぎ、藻塩を焼こうと人が賑わう。浦が良いゆえに、もっともなことながら、鮪を釣るのだ。浜が良いゆえに、もっともなことながら、藻塩を焼くのだ。大君が足繁くお通ひになり、ご覧になられる、その訳も、もうはっきりしているではないか、この清く美しい白浜!
及び巻十九の4218番歌、大伴家持越中在任中の和歌
鮪(しび)突くと海人の燭(とも)せる漁火(いさりび)の秀(ほ)にか出ださむ我が下思(したも)ひを
やぶちゃん訳:鮪を突こうと漁師が灯している漁り火のように、はっきりと告げ知らせてしまおうか、この私の、秘めた思いを。
に現われることから、一般的な鮪が非常に古くから「シビ」呼称されていたことが分かる。なお、私はこの「古事記」や「万葉集」に現われた「シビ」はキハダマグロThunnus albacaresではないかと思っている。その理由は古事記歌謡108番歌の「早瀨」は海中にあって比較的浅瀬に相当する場所であること、赤人の歌のシチュエーションが内湾であり、家持の歌の漁が夜であることから、この二つの「万葉集」の「シビ」は回遊性のマグロではなく、根付きのマグロである可能性が高いと考えるのである。表層近くを遊泳し、根付きの生態を持っているという特徴を最もよく示すのはキハダマグロであるという見解である。識者の意見を待つ。
「はつ」という呼称は、現在でも大阪の市場でキハダマグロThunnus albacaresの成魚の呼称として用いられており、上方落語の「菊江仏壇」にも「ハツの付け焼き」として鮪が登場する。
「月令」は「礼記」の第六篇で一年の行事・天文・暦について書かれている。
「季春、天子に、鮪を寢廟に薦(すゝ)む」は、古代中国において魚類を豊饒の祈りの供物としたことを示す。「月令」の季冬の月の条に
命漁師始漁。天子親往。乃嘗魚。先薦寢廟。
漁師に命じて始めて漁せしむ。天子、親(みづか)ら往き、乃ち魚を嘗(な)む。先ず寝廟に薦む。
とあり、また良安が引く季春の月の条には
天子始乘舟。薦鮪于寢廟。乃為麥祈實。
天子、始めて舟に乘り、鮪(い)を寝廟に薦め、乃ち麦の爲に實りを祈る。
とある。この「寝廟」とは祖霊を祭る建物である。
「王鮪」――ここまで来てはたと気なる。古代中国にあって祭儀の例祭の重要な供物とするようなものが海産のマグロであるというのは如何にも不自然である。この「鮪」はマグロではないのではないか。「王」と名づくような巨大魚であり、黄河に生息する淡水産の魚と言えば、これはもうチョウザメ目チョウザメ科 Acipenseridaeのチョウザメ類しかいないと私は思うのである。しかし、「廣漢和辭典」でも「鮪」はシビ、マグロである……ところが、ここに来て、有力な情報を得た。それはまた、先般より私が拘っている「登龍門」の原種の同定とも関わる嬉しい内容であった。さて、「月刊しにか」(1995年9月号)の加納喜光氏の「漢字動物苑(6)チョウザメ」の中に以下の記載が現われる。
鯉が魚の王とされる以前はチョウザメが魚の王だった。『詩経』では婚礼や饗宴に用いられるめでたい魚とされている。春になると時期を違わずに黄河に出現すると、古代人は考えた。そのため、春一番のチョウザメを宇宙のリズムのシンボルとして宗廟に供え、季節祭を執り行った。以上のことは『周礼』や『礼記』に見える。
チョウザメが鯉に地位を譲るに当たって、登竜門の故事が利用されたふしがある。この故事の主役は実はチョウザメなのであった。竜門は黄河の中流にある山峡で、禹が山を穿ち水を通したという伝説がある。ここは急流になっているという。登竜門の故事を記した最古の文献は『淮南子』の高誘(後漢の人)の注釈である。[やぶちゃん注:以下がその引用。原文では全体が二字下げ。]
[★やぶちゃん注:引用開始。]
鱣は大魚、長さは丈余なり。細鱗黄首、白身短頭。口は腹下に在り。鮪(い)は大魚、また長さ丈余なり。仲春二月、河西より上り、竜門を過ぐるを得れば、すなわち竜となる。
ここに出る鮪もチョウザメの一種である。[やぶちゃん注:一部省略。以下、中略。]
チョウザメを表す漢字と現存する種(五種ある)とを対照して同定する作業は困難だが、筆者は次のように考えている。鱣を最も大型のダウリアチョウザメ、鮪をカラチョウザメ、鱏(じん)[やぶちゃん注:原文では(つくり)が「譚」の(つくり)であるが、これが正字と思われる。]をハシナガチョウザメに当てる。鰉は鱣の別名、鱘や※[やぶちゃん注:※=僭の(にんべん)を「魚」に換える。]は鱏の別名とする。他の二種についてははっきりしない。[やぶちゃん注:後略。]
[★やぶちゃん注:引用終了。]
加納氏が引用する「淮南子」高誘注の該当箇所をネット検索した結果、一つだけ台灣のサイトに発見できた(「《詩經·碩人》賞析」)。以下に該当原文を掲げる(喜光氏の引用部の前半である)。
《淮南子·氾論訓》高誘注:“鱣、大魚、長丈餘、細鱗、黄首白身、短頭、口在腹下。鮪、大魚、亦長丈餘。”
なお、加納氏が後半掲げるチョウザメの学名は、ダウリアチョウザメHuso dauricus、カラチョウザメAcipenser sinensis、ハシナガチョウザメ(=シナヘラチョウザメ)Psephurus gladiusである(現生種は2科36種に及ぶ)。さて、以上の叙述を綜合して考えると、本項の「本草綱目」の引用に現われる「鮪」はマグロではなく、チョウザメであると明言してよい。このことは自明の方も多いのかもしれない。しかし、例えば、東洋文版現代語訳に対して私が大きな不満を持つのは、そのような注記が全く見られないことである。注とは真実を解明しないまでも、その探求への喚起となるものでなくては付ける意味はないと私は常々思うものである……それにしても私がマグロの字義論等しているうちに、中国に多量の本物のマグロが流れて、国内のマグロ供給が脅かされている昨今は、皮肉といえば皮肉な話ではある。
「郭璞」は、晋の学者で、驚天動地の博物学書「山海経」の最初の注釈者として有名。
「未だ精しからず」とは、どうもよく分からない(=今ひとつ納得できない)、という意味である。良安先生、当然なのだ。「鱣」も「鱘」も「鮪」も、ここではすべてチョウザメを指しているのだから。
「其の頭、力有り」は、「力」の意味がよく意味が分からないが、通常、メバチマグロが海の中層を遊泳する(キハダマグロは表層近く)ことや、高速遊泳魚(最高時速160㎞)を前提としての言葉のようにも思える。
「宇豆和」という呼称は現在のマグロ属には用いられてはいないようである。ちなみに伊豆地方や沼津でサバ科ソウダガツオ属のマルソウダガツオAuxis rochei(一部の情報ではヒラソウダガツオAuxis
thazardも)を「うずわ」と呼んでいる。
「胾」は、切り身、ししむら、大きく切った肉片の意。
「目鹿」については、クロマグロThunus orientalis(Thunus
thynnus)の40㎝から1m前後の成魚の前段階のものをメジマグロと現在も呼称する。これについては、雌鹿(めじか)の略で、眼の周囲の肉が鹿肉のように美味であったことからの命名とも、眼が鼻先近くにあるのを目近(めじか)と呼んだからだとも言われる。しかし一方で、やはり現在、前項のマルソウダガツオAuxis rocheiを別名「めじか」と呼ぶ地方もある。
「目黑」は、眼が黒々としているから目黒、メグロ、それが訛ってマグロとなったとする語源由来の一名ではある(別な説では、海でその背部が小山のように真っ黒に見えるところから背黒、セグロ、それが真黒、マグロと訛ったとする)。しかしメグロマグロとは如何にも言いにくく紛らわしい。呼称としてはさても生き残りそうもない。メグロはやっぱりサンマに限る。
「※2(ひしほ)」[※2=「魚」+「奄」。]は、前後の叙述から、本来、マグロの調理法としては刺身以上に、この「ひしお」、塩漬けにしたものの方が一般的であったことを知る。これは所謂、醤油や魚醤に漬け込んだもの(ヅケ)も含まれる。ヨーロッパでも現在、鮪は塩漬けが圧倒的に一般的である。
「末黑」及び「波豆」はずばりクロマグロThunus orientalis(Thunus
thynnus)としてよいであろう。最大長は3mを超える個体もある。
「脯」は、本来は薄く裂いて塩漬けにした肉を指す。この(ふし)という読みは鰹節に合わせた「節」の当て読みである。
「のみ」は、「身」という字を副助詞として読んだが、私の知る限り、このような訓読法は聞いたことがない。「身、其の※2を……」と読むことも考えたが、苦しい。単純に「耳」の誤字かも知れない。]
***
かつを
鰹
鰹【俗以堅魚二字爲鰹
蓋鰹乃鮦大
者非是也此
魚脯極堅硬
可削用故俗
呼曰堅魚
堅魚】[やぶちゃん注:最後のダブっている「堅魚」は衍字であろう。]
【和名加豆乎】[やぶちゃん字注:以上八行は、前二行の下に入る。]
△按鮪之屬也状似目黑而圓肥頭大嘴尖無鱗蒼黑色
有光膩腹白如雲母泥背有硬鰭到尾端兩片似鋸齒
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○六
尾有岐其肉深紅味甘温背上兩邊肉中有黑血肉一
條【謂之血合其味不如正肉】釣之不用餌以牛角或鯨牙一瞬釣數
百關東殊多有
縷鰹 皮上縱有白縷三四條爲胾和芥醋未醬食甚佳
名之真鰹作節爲極上
横輪 皮上横有白斑四五條大一尺五七寸尾極細故
又名尾纎作節亞縷鰹作※1味甚佳俗呼曰須宇麻[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「奄」。]
餠鰹 形色同鰹而肉粘頗如飴生※1共味不佳
鰹節 鰹肉乾脯者也漁人造之鮮魚去頭尾出腸爲兩
片去中骨復割兩片肉作兩三條以煮熟取出曝乾則
堅硬而色赤如松節【故名鰹節】本邦日用之佳肴調和五味
之偏一日不可欠者也土佐之産爲上【俗呼稱投出節】紀州熊
野次之阿州勢州又次之【以鮪脯偽之雖肥大味杳劣】
煮取 造鰹節時取其液滯者収之黑紫色味甘美
鰹醢【俗云太太木】 肉耑及小骨敲和爲醢紀州【熊野】勢州【桑名】遠
《改ページ》
州【荒井】之者爲上相州【小田原】次之奥州【棚倉】之醢色白味佳
酒盗 鰹腸爲醢出於阿波者得名爲肴則酒益勸故名
山家 いらこ崎に鰹釣舟ならひ浮きてはかちの濱にうかひてそ寄
西行
*
かつを
鰹
鰹【俗に「堅魚」の二字を以て鰹と爲す。蓋し「鰹」は、乃ち「鮦」〔(とう)〕の大なる者〔にして〕是に非ざるなり。此の魚の脯〔(ほじし)〕、極めて堅硬、削用すべし。故に俗に呼びて堅魚と曰ふ。】
【和名、加豆乎。】
△按ずるに、鮪の屬なり。状、目黑〔(まぐろ)〕に似て、圓く肥え、頭、大、嘴、尖りて、鱗無し。蒼黑色。光る膩〔(あぶら)〕有り。腹白く、雲母泥(きらゝ〔でい〕)のごとく、背に硬き鰭有り。尾の端に到るまで、兩片、鋸齒に似たり。尾に岐有り。其の肉、深紅、味、甘く温。背の上、兩邊肉中、黑血肉一條有り【之を血合と謂ひ、其の味、正肉にしかず。】。之を釣るに餌を用ひずして、牛角或は鯨の牙を以て、一瞬に數百を釣る。關東、殊に多く有り。
縷(すぢ)鰹 皮の上に縱(たつ〔=たて〕)に、白き縷、三~四條有り。胾(さしみ)と爲し、芥醋〔(からしず)〕・未醬〔(みそ):味噌〕に和して食ふ、甚だ佳し。之を真鰹(まがつを)と名づく。節に作りて極上と爲す。
横輪(よこわ) 皮の上、横に白斑四~五條有り。大いさ一尺五~七寸、尾、極めて細き故、又、尾纎(をほぞ)と名づく。節に作り、縷鰹に亞〔(つ)〕ぐ。※1〔(ひしほ)〕に作り、味、甚だ佳。俗に呼んで須宇麻と曰ふ。[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「奄」。]
餠(もち)鰹 形色、鰹に同じくして、肉、粘(ねば)る。頗〔(すこぶ)〕る飴のごとし。生・※1とも、味、佳ならず。
鰹節(ぶし) 鰹の肉を乾-脯(ほし)たる者なり。漁人、之を造るに、鮮〔(あたら)〕しき魚、頭尾を去り、腸を出だし、兩片と爲し、中骨を去り、復た兩片の肉を割〔(さ)〕き、兩三條と作〔(な)〕し、以て煮熟〔:十分に煮込む〕し、取出し、曝し乾せば、則ち堅-硬〔(かた)〕くして、色赤きこと、松の節のごとし。【故に鰹節と名づく。】本邦日用の佳肴〔(かかう)〕、五味の偏〔(かたより)〕を調和す。一日も欠(か)くべからざる者なり。土佐の産を上と爲す【俗に呼びて投出節と稱す。】。紀州熊野、之に次ぐ。阿州〔=阿波〕・勢州〔=伊勢〕、又、之に次ぐ【鮪脯〔(まぐろのほじし)〕を以て之を偽る、肥大と雖も、味、杳(はるか)に劣れり。】。
煮取(にとり) 鰹節を造る時、其の液(しる)滯(とどこほ)る者を取りて之を収む。黑紫色、味、甘美。
鰹醢(たゝき)【俗に太太木と云ふ。】 肉の耑(はし=端)及び小骨、敲(たた)き和して、醢(しほから)と爲し、紀州【熊野。】・勢州【桑名。】・遠州【荒井。】の者、上と爲し、相州【小田原。】、之に次ぐ。奥州【棚倉。】の醢〔(しほから)〕、色白くして、味佳し。
酒盗(しゆとう) 鰹の腸(わた)を醢(しほから)と爲す。阿波に出づる者、名を得。肴と爲し、則ち酒、益々勸む。故に名づく。
「山家」 いらこ崎に鰹釣舟ならび浮きてはがちの濱にうかびてぞ寄る
西行
[種としてのカツオKatsuwonus pelamisは、スズキ目サバ亜目サバ科カツオ属の1属1種である。但し、同定に際しては、以下の5種辺りをカツオの仲間として認識しておく必要があろうかとは思われる。サバ科ハガツオ属ハガツオSarda orientalis、サバ科スマ属スマEuthynnus
affinis、サバ科イソマグロ属イソマグロGymnosarda unicolor(本種にはマグロの名がかつくが、分類学上ハガツオに近縁で、魚体もカツオからそう離れいないので挙げておきたい)、サバ科ソウダガツオ属ヒラソウダガツオAuxis thazard、サバ科ソウダガツオ属マルソウダガツオAuxis
rochei。
「鰹」は中国では大鰻を指し、「鮦」は鰹(かつお)と鱧(はも)を指す漢字で、良安は「鰹」の本字はハモや類似したウナギやそれらの大型化したもの(オオウナギ)だと言いたいのであろう。ちなみにハモMuraenesox cinereusはウナギ目アナゴ亜目ハモ科である。ウナギはウナギ目ウナギ科lidae に属する魚の総称であるが、オオウナギという呼称は大型のウナギ一般を指す場合と、種としてのオオウナギAnguilla marmorataを指す場合があるので要注意。ここでは一般名詞としてとってよい。
「鮪の屬」という判断は、現在の分類学上からもマグロもカツオもスズキ目サバ科である点で一致している。
「鱗無し」は、同族のマグロ類との大きな相違点である。カツオには胸甲部や側線等の一部を除いて鱗がないのに対して、マグロ類は全体が鱗で覆われ(但し、高速遊泳の抵抗にならないように表面に比較的平板に分布している)、特に胸甲部や側線の鱗は一層大きくなっている。
「光る膩」は、背部の青みがかった油を流したような(角度によってやや虹色に耀く)部分を指しているか。
「雲母泥」は、層状のケイ酸塩鉱物の結晶である雲母を粉末にしたものを、半液状の他の顔料と合わせた顔料の名であろう。
「縷鰹」はカツオKatsuwonus pelamisである。現在、魚類にあっては体軸に沿って横に走る縞を「縱縞」と呼ぶが、それが本件でも通用するかどうかが問題となる。しかし、次の小項目の呼称が「横輪」(「輪」である以上、これは魚体を一周するの意味である)であることに着目すれば、これはクリアされていると判断する。なお、この縦縞は生時には、殆ど見られないもので、死後に現れるとよく言われるが、実際には次項で述べる横縞同様、生時にあっても興奮すると出現する斑紋であるようだ。なお、この縦縞がカツオKatsuwonus pelamisでは腹部に現れ、ハガツオSarda
orientalisでは背部に現れるので、容易に区別が出来る。
「横輪」は恐らくカツオKatsuwonus pelamisの中型の大きさのものを言っているか。この横縞は、実はカツオに一般的に見られるもので、通常は目立たないが興奮すると浮き出してくるという(4条から10条程度)。この横縞は死ぬと消え、代わりに前項で示した縦縞がはっきり現れるという。
「餅鰹」もカツオKatsuwonus pelamisで、死後硬直するまでの新鮮なカツオ(従って身が柔らかく餅のような食感がある)のことを指すか、もしくは「味、佳ならず」という叙述からは、身がカツオより柔らかく、時間が経つと独特の薬品のような臭いを発するハガツオSarda orientalisを指している可能性もある。前者は、静岡県西部で現在も「モチガツオ」と呼称し、殆どが地元で消費されると聞く。
「五味」は、甘・酸・鹹・苦・辛の総称。
「投出節」については、これ(投出節)自体を探索している静岡の鰹節店「柳屋本店」のHP中の雑話の中の『第二話 江戸時代の名物「かつお」』に譲る。現在高知県では少なくともこの呼称では伝承されていないと思われる。「なげだしぶし」と読んでよいであろう。
「煮取」は、「にんべん」のHPの「4.鰹節の製造方法」のページに「鰹煎汁」と書いて「いろり」と称し、鰹節が誕生する以前から貴重な調味料として使われてきたこと、現在では「煎汁」(せんじ)や「エキス」と呼ばれているとある。鰹の煮汁を数日とろみが出るまで煮込み上げた液で、鹿児島枕崎等で「かつおせんじ」もしくは「かつおせんじエキス」という商品名で現在も出回っている。個人HP「MANAしんぶん」の「タレとツユとダシの言葉について」というページに「古事類苑」飲食部四の「料理下」の「だし」「生垂」「煮貫」の部分を引用している。原典を所持していないが、これはこの呼称や使用法の参考になるので、そのままコピー引用させて戴いた(構文にエラーがあるのか、右クリック・コピーとHTML上の表示には齟齬があり、コピーの方が正しいと判断した。傍点「〇」部分は下線に換えた。推測するに〔 〕が書編巻名、[ ]がHP編者の注、{ }が本文の割注と思われる。『〔厨事類記〕寒汁實{○中略}』の「{○中略}」の「〇」の意味は不明)。
[★やぶちゃん注:引用開始。]
○だし
〔倭訓栞 中編十三多〕だし 垂汁の義、又煮出の義、
〔屠龍工随筆〕鰹ぶしを味に用る事、いつよりありつるとも志らず、古へには沙汰もなきことなりけり、然而延喜式大膳式に、鰹の汁幾*[木ヘン+盃ツクリ=はい]と出文、宇治拾遺物語に、みせんといふもの見えたるは、文字いかに書ともしれざれども、事のさま、今いふ水出しの様におもはれたり、
〔一話一言 二十一〕煎汁
薩摩より出る鰹煎汁を、外の國にては ニトリといふ、薩摩にては センといふ、和名抄に煎汁とあれば古語なりと、忍池子の話、{九月初三}
〔料理物語 なまだれだし〕だしは かつほのよきところをかきて、一升あらば水一升五合入、せんじあぢをすひ見候て、あまみよきほどにあげてよし、過候てもあしく候、二番もせんじつかひ候、精進のだしは かんへう 昆布{やきても入}ほしたで、もちごめ、{ふくろに入に候}ほしかぶら、干大根、右之之内取合よし、
〔厨事類記〕寒汁實{○中略}
或説云、寒汁ニ鯉味噌ヲ供ス、コヒノミヲヲロシテ、サラニモリテマイラス、 ダシ汁{或説イロリニテアルベシ、或説ワタイリノシル云々、}にてアフベシ、
○生垂
〔料理物語 なまだれだし〕
生垂(なまだれ)は 味噌一升に水三升入、もみたてふくろにてたれ申候也、
垂味噌(たれみそ) みそ一升に水三升五合入、せんじ三升ほどになりたる時、ふくろに入たれ申候也、
○煮貫
〔料理物語 なまだれだし〕煮貫(にぬき) なまだれにかつほを入、せんじこしたるもの也、
〔料理物語 萬聞書〕煮貫は 味噌五合、水一升五合、かつほ二ふし入せんじ、ふくろに入たれ候、汲返し汲返三辺こしてよし、
[★やぶちゃん注:引用終了。]
「鰹醢」は、現在の「鰹のタタキ」とは異なり、文字通り、包丁で細かく叩いて塩蔵した塩辛である。本来「たたき(叩き・敲き)」は「たたき塩辛」であって、魚や鳥獣の肉等を庖丁でたたく調理法を指し、自然にそれを保存食として塩辛と成したようである。現在は、あの「鰹のタタキ」が席捲してしまい、この呼称では塩辛として生き残っていないようである。ちなみに、現在の鰹のタタキの作り方については、かつて自分のブログに「鰹のたたきという幸福」で僕のこだわりを記載した。ご笑覧あれ。
「荒井」は、現在の静岡県新居。但し、ここは関所があったために人口に膾炙していたことから挙げられた名で、実際に鰹が多く陸揚げされたのは漁港として栄えた舞阪であったと考えるべきであろう(現在もそうである)。
「棚倉」は、現在の福島県南東部東白川郡の町。内陸に位置するが、ここを支配していた棚倉藩は、飛び地として港湾地である平潟を領地とし、そこが言わば藩の表玄関の役割を持っていた。更に、仙台・三陸・松前の物産がこの平潟に集積した。サイト「平潟港の歴史」の「平潟港で交易された商品」によれば、平潟港の棚倉藩運上規定の「荷物出投」(物品税)が課せられた海産物の筆頭に鰹が挙げられている。さればこその、棚倉の鰹の塩辛なのであろう。
「酒盗」は、ウィキペディア等の記載を見ると、どうもこの「和漢三才図会」の記述が最も古いものであるらしい。鰹の塩辛とも呼称されるが、塩辛との決定的な違いは、長期熟成(1年)にある。ちなみに、実は酒盗は加熱によってコクが増す。「酒盗たれ」(酒盗を細かく刻んで酒炒りしたもの)と称して調味料になる。お試しあれ。
「いらこ崎……」の歌は「山家集」(西行の歌集。1178年(治承2)西行50歳代後半に原型が成立とされる)には、詞書と共に次のように記される。
沖の方より、風のあしきとて、鰹と申す魚(いを)釣りける舟どもの帰りけるに
伊良湖崎に鰹釣り舟並び浮きて北西風(はがち)の波に浮かびつつぞ寄る
訳:(詞書)沖の方から、風が良くないと、鰹と言いますところの魚を釣る何艘もの舟が陸(おか)へと帰ってきたのを詠んだ歌。
伊良湖崎に鰹釣りの舟が一斉に並んで浮き、北西風(はがち)に立つ波に揺られながら、浜辺をさして寄ってくることよ。
とあり、下の句の第四句に本文の「濵」→「波」の異同が見られる。なお、「西行法師家集」には、
伊良湖崎に鰹釣る舟並び浮き遙けき浪に浮かれてぞ寄る
という類型歌が見える。]
***
なめいを
鮠【音危】
クイ
鮰魚 ※1魚[やぶちゃん字注:※1=「魚」+(「獲」の「つくり」)。]
※2魚 ※3魚[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「果」。※1=「魚」+「賴」。]
【俗云奈女魚】
【和名抄訓
波江謬也】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]
本綱鮠生江淮間無鱗魚亦鱘之屬而頭尾鬐共似鱘惟
鼻短爾口亦在頷下骨不柔脆腹似鮎背有肉鬐
肉【甘平】不可合野猪野雞食令人生癩
△按鮠状似鱣亦如鮎而身圓其大者長至一三丈灰色
無眼但頭上有二穴而吹潮其尾似鯨尾肉味亦畧如
鯨脂多熬取燈油
*
なめいを
鮠【音、危。】
クイ
鮰魚 ※1魚[やぶちゃん字注:※1=「魚」+(「獲」の「つくり」)。]
※2魚〔(くわぎよ)〕 ※3魚〔(らいぎよ)〕
[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「果」。※1=「魚」+「賴」。]
【俗に奈女魚と云ふ。】
【「和名抄」に波江と訓ずるは謬りなり。】
「本綱」に『鮠は、江淮の間に生ず。無鱗魚。亦、鱘の屬にして、頭・尾・鬐共に鱘に似る。惟だ鼻短きのみ。口も亦、頷の下に在り、骨、柔-脆(もろ)からず。腹、鮎(なまづ)に似て、背に肉鬐〔(にくひれ)〕有り。肉【甘、平。】野-猪(いのしし)・野-雞(きじ)と合はせて食ふべからず。人を〔して〕癩を生ずる〔→生ぜしむ〕。』
△按ずるに、鮠は、状、鱣(ふか)に似て、亦、鮎(なまづ)のごとくにして、身圓く、其の大なる者、長さ一~三丈に至り、灰色、眼無く、但だ頭の上に二穴有りて、潮を吹く。其の尾、鯨の尾に似て、肉味は、亦、畧ぼ鯨のごとく脂多し。熬りて燈油を取る。
[やぶちゃん注:これは勿論、現在の淡水魚の鮠、「和名抄」の意味するハエ・ハヤ、正式和名ウグイTribolodon hakonensisでは有り得ない。それでは、一体、何であるか。まず「本草綱目」と良安の叙述に於いて「鮠」が同じものを指しているかどうかが問題となるが、良安は注意深く、「鱘」と同族を示す「鱣」を示し、「鮎」を中国語の意味として「なまづ」と訓じている点で、同一の生物を語っていると見てよい。そうなると、両者の語る内容を総合して種同定してよいと考えられる。
まず「本草綱目」から見よう。「江淮」とは、長江(揚子江)と淮水(河南省に発し東シナ海に注ぐ中国第三の大河)を指す。この生息域(淡水域主体)の限定は大きい。鱗がなく、鱘の同属で、全体が鱘に似ているが鼻が短いとする。この「鱘」はとりあえず良安の解釈によればカジキである。但し、私は先に記した通り、これをチョウザメ目チョウザメ科 Acipenseridaeのチョウザメ類とする解を捨てられない(なお、冒頭にある「鮰魚」という名称は現代中国で揚子江に生息するチョウザメに与えられている)。しかし、そのどちらでも形態的説明は齟齬しないとも私は思うのである。口が顎の下にあって、骨格はしっかりして、腹部が鯰のように(=白くふくよかである、と解してよい)、背部に盛り上がった肉のような鰭を具えている、とする。
次に良安の見解を見る。まず、形状は鱣に似ているとする。ここでの「鱣」は良安の言だから、フカを指して言っている(しかしそれが中国の書からの孫引きならばやはり私のこだわるチョウザメの解となる。先に述べたとおりそれでも齟齬しない)。時珍の叙述をそのまま引いたかと思われるような鯰との形状類似を言い、そこで「身圓く」とする。この円いというのは、魚体の正中線上での断面の形状を言っている。大型個体は3~9mとするが、成体の大型個体がこんなに差があるのは、如何にも不自然である。概して良安の度量衡は、他の項目でもオーバー気味であるから、この体長は同定素材としては使えない。体色は灰色で、目がなく(これは目が小さいことを示している)、頭部上に二つの孔があって、潮を吹き上げ、尾は鯨にており、肉の味も殆ど鯨に等しくて、脂分が多いとし、煎って燈油を採取する、とする。
さてここで本項冒頭の本種の和名に着目しよう。「なめいを」とは、舐める魚であり、海底の砂をなめる魚、すなわちこの魚は浅海域の砂泥地をすなずるように遊泳する生物であることを示している――もう、とっくにお分かりであろう、本種はクジラ目ハクジラ亜目ネズミイルカ科スナメリ属に属する小型イルカ、スナメリ(和名の漢字表記は「砂滑」)の名称と一致する。
そこで、実際のスナメリと本叙述を比較してみると、日本を生息域の北限とし、淡水である中国の揚子江にも棲息する(現在は「江豚」と呼称。但し、現在の中国では絶滅危機状態にある)=「江淮の間に生ず」。スナメリには背鰭がほとんどないものの、皮膚が盛り上がった隆起=「背に肉鬐有り」があり、口吻部はほとんど発達していない=「鼻短き」、成個体は全身に明るい灰色を呈している=「灰色」。その他のクジラ類の特徴はいちいち挙げて検証するには及ぶまい(本邦に於いて過去にスナメリの食用や採油の事実も確認済。ちなみに最体長は2m弱。ちなみに、この背部正中線に沿って首の後方から肛門付近にまで存在する黒い粒状紋のある隆起(高さ2~3cm)がスナメリ識別の最大の特徴である)。はっきり示そう。本種はスナメリNeophocaena phocaenoidesである。
「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
「人をして癩を生ぜしむ。」は甚だしい誤りである。「癩」は現在はハンセン病と呼称せねばならない。抗酸菌(マイコバクテリウム属Mycobacteriumに属する細菌の総称。他に結核菌・非結核性抗酸菌が属す)の一種であるらい菌(Mycobacterium leprae)の末梢神経細胞内寄生によって惹起される感染症。感染力は低いが、その外見上の組織病変が激しいことから、洋の東西を問わず、「業病」「天刑病」という誤った認識・偏見の中で、今現在まで不当な患者差別が行われてきている(1996年に悪法らい予防法が廃止されてもそれは終わっていない)。歴史的に差別感を強く示す「癩病」という呼称の使用は解消されるべきと私は考えるが、何故か菌名の方は「らい菌」のままである。おかしなことだ。ハンセン菌でよい(但し再三申し上げるように言葉狩りをしても意識の変革なしに差別はなくならない)。ハンセン病への正しい理解を以って本記載は批判的に読まれたい。但し、ここで言う「癩」は、ハンセン病以外の広い意味での皮膚病変をも含むものであろうことは押さえておく必要はあろう。
「頭の上に二穴有り」とあるが、噴気口(鼻孔)は一穴であるはずである。]
***
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○七
いるか
海豚魚
ハアイトヲンイユイ
海豨 江豚
江豬 水豬
※1【音志】 ※2鯆
[やぶちゃん字注:※1=既(上)+魚(下)。※2=魚+孚。]
※3【音讒】 鯆【音】
[やぶちゃん字注:※3=魚+(讒-言)。鯆【音】の音は欠字。]
【和名伊留可】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]
本綱海豚魚状大如數百斤豬形色青黑如鮎有雌雄有
兩乳類人數枚同行一浮一没謂之拝風其骨硬其肉肥
不中食其膏最多和石灰※舩良也味【鹹腥】如水牛肉[やぶちゃん字注:※=「舟」+「念」。]
生海中曰海豚候風潮出没其鼻在腦上作聲噴水直上
百數爲羣其子如蠡魚子數萬隨母而行人取子繋水中
其母自來就而取之
生江中曰江豚小於海豚出没水上舟人候之占風其中
有肉脂點燈照樗蒲【博奕※也】即明讀書工作即暗俗言懶[やぶちゃん字注:※=「塞」の「土」を「石」に換える。]
婦所化也
△按海豚西國多有状似豚眼細狹亦如豚齒細小背有
《改ページ》
刺鬛兩鰭如足尾有岐硬漁人不好采如得之投岸棄
之有聲此鳴鼻乎
*
いるか
海豚魚
ハアイトヲンイユイ
海豨〔(かいき)〕 江豚
江豬〔(こうちよ)〕 水豬
※1【音、志。】 ※2鯆〔(ふほ)〕
[やぶちゃん字注:※1=既(上)+魚(下)。※2=魚+孚。]
※3【音、讒。】 鯆〔(ほ)〕【音、 】
[やぶちゃん字注:※3=魚+(讒-言)。鯆【音】の音は欠字。]
【和名、伊留可。】[やぶちゃん字注:以上五行は、前三行の下に入る。]
「本綱」に『海豚魚は、状、大、數百斤の豬〔(ゐのこ)=豚〕の形にごとし。色、青黑にして鮎(なまづ)のごとし。雌雄有り。兩乳有りて人に類す。數枚〔=匹〕同行〔して〕、一〔つは〕浮〔き〕、一〔つは〕没〔す〕。之を拝風と謂ふ。其の骨硬く、其の肉肥え、食ふに中〔(あた)〕らず。其の膏、最も多し。石灰に和して、舩を※1(つくろ=繕)ふに良し。味【鹹、腥。】、水牛の肉のごとし。海中に生ずるを海豚と曰ふ。風潮を候〔(うかが)〕ひて出没す。其の鼻、腦の上に在り、聲を作〔(な)〕し、水を噴き、直(たゞち)に上る。百數、羣を爲す。其の子、蠡〔(れい)〕の魚の子のごとし。數萬、母に隨ひて行く。人、子を取りて水中に繋(つな)げば、其の母、自ら來る。就て之を取る。江中に生ずるを江豚と曰ふ。海豚より小さし。水の上に出没す。舟人、之を候ひて風を占なふ。其の中に、肉脂有り。燈に點じて樗蒲(ちよぼ)【博奕〔(ばくえき)〕の※2なり。】を照らさば、即ち明なり。讀書・工作を照せば、即ち暗し。俗に言ふ、懶婦の化する所なり、と。』と。[やぶちゃん字注:※1=「舟」+「念」。※2=「塞」の「土」を「石」に換える。]
△按ずるに、海豚は西國に多く有り。状、豚に似て、眼、細く狹く、亦、豚のごとし。齒、細く小さく、背に刺鬛〔(とげひれ)〕有り。兩鰭、足のごとく、尾に岐有りて硬し。漁人、好んで〔は〕采らず。之を得れば、岸に投じて之を棄つ。聲有り、此れ鼻を鳴らすか。
[やぶちゃん注:イルカはクジラ目ハクジラ亜目Odontocetiに属する水生哺乳動物の中で、比較的小型の種類を呼ぶ通称である。「海豚」「江豚」について、その大きさによると記述されるが、現代中国においては江豚はスナメリNeophocaena phocaenoidesを指す(前項の「鮠」)。
「豨」は、大きな豚。
「鯆【音、 】」の「鯆」は音が「フ」で、カワイルカを指す語である。
「蠡魚」は、漢方系の記載によれば鱧魚・烏魚とも言い、タイワンドジョウ科カムルチーChanna argusを指すとする。これが所謂、ライギョ(雷魚)を指す語とすれば、形状の極めて似たタイワンドジョウ Channa maculataも同定候補として挙げておくべきであろう。
「樗蒲」は本邦では「かりうち」とも言い、楕円形の平たい木片を、一方を白、一方を黒く塗ったもの四枚を用い、それを投げて、出た面の組合せで勝負を競う博打の一種を指す。朝鮮では「ユッ」と言うこれとほぼ同じものが、骸子の代りに現在でも用いられているという。また、「樗」はミツバウツギ科のゴンズイEuscaphis japonica、「蒲」はヤナギ科のカワヤナギ Salix
gilgianaで、ともに骸子の材料に用いられた木である。さて、この割注の「※」[=「塞」の「土」を「石」に換える。]については、東洋文庫版では「塞」の誤字と取り、「ばしょ」(=場所)のルビを振る。確かに一見すると意味が通るのだが、私はこれは「賽」(=骸子)ではないかと思うのである。偶然であるが、「塞」は「賽」に通じる。従って東洋文庫版のように「塞」でもよいが、これは場所を指しているのではなく、賽、さらに骸子賭博と言う遊戯そのものを指して注しているのだと思う。さればこそ「讀書・工作」とも並列すると言える。
「懶婦」は、怠ける女、不精な女の意(別に蟋蟀(こおろぎ)の別名でもある)。
最後に一言。昨年暮れ、ひっそりと、揚子江固有種にして一科一属一種のヨウスコウカワイルカLipotes vexillifer(中国名・揚子江河海豚、別称・長江女神)の公的な絶滅宣言がなされた(先日(2007年8月8日)、中国人専門家から『国際自然保護連合の絶滅の定義は、50年間自然界で一度も発見されなければ絶滅と判定する、と明記されている。97年に13頭が確認され、そのわずか9年後の2006年に行われた大規模調査の結果だけで絶滅と判定することはできない』と疑義がなされたが、そんなこっちゃあないんだ! 見つけて救ってこそなんぼのもんじゃ! こんな反論するくらいなら、専門家なら一匹でも探して来いよ!)。汚染し、そうして、女神に見放された長江よ……その水に繋がるガイアよ、僕らは一体、何処へ行ってしまおうとしているのだろう……]
***
ふぐ
ふくべ
ふくと
河豚
ホウトヲン
吹吐魚 嗔魚〔(しんぎよ)〕
鮭【※1同】 鯸鮐[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「規」。]
鯸※2 ※3鮧[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「臣」(旧字)。※3=「魚」+「胡」。]
氣包魚
【和名布久
一云布久閉】[やぶちゃん字注:以上六行は、前五行の下に入る。]
本綱河豚魚江淮河海皆有之状如蝌斗大者尺餘背青
白有黄縷無鱗無腮無膽目能開闔觸物即嗔怒腹張如
氣毬浮起【故名之氣包魚】腹下白而不光率以三頭相從爲一部
春月珍賞之其腹腴味最美呼爲西施乳【凡魚之無鱗無腮無膽有聲目
能□〔→睫〕者皆有毒】此魚備毒品状故人畏之其肝及子有大毒然有
二種其色炎黑有文點者名斑魚毒最甚【凡煮之忌煤灰落中】此魚
挿樹立便乾枯【狗膽塗其樹復當榮盛】雖小而獺及大魚不敢啖之
則不惟毒人又能毒物也食之一日内不可服湯藥【荊芥大忌】
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○八
中其毒者以槐花【微炒】乾臙脂【等分爲末】水調灌之大妙
△按河豚魚雖河之名河中無之在江海耳【對海豚江豚名河豚名
乎】状如上説自頭至尾腹背有小鬛如刺其尾無岐而
細肉白味【淡】脆美而不飽大骨兩邊有赤血肉又腸胃
後傍大骨有如胡蝶形者青白色投水如動此物有大毒殺人【猫犬亦食作斃】
鯖鯸 皮薄柔而有滑背黄白斑腹白頭畧方其眼大而
腹背無刺鬛其肚不甚脹微似鯖故名煮食炙食無毒
名護屋鯸 背黄赤有白點無刺鬛腹白味不美惟剥皮
乾之名皮鯸夏月爲臛食之凡鯸九月至二月出冬月
最賞之故夏以皮鯸代之
鮮鯸能洗浄腸血食之不中毒冬月争契也和漢共然焉
其味以異于他也又食之擧家皆死者予亦見之胒〔→昵〕暫
時口味賭身命矣與密媱者趣一也
*
ふぐ
ふくべ
ふくと
河豚
ホウトヲン
吹吐魚 嗔魚
鮭〔(けい)〕【※1と同じ。】 鯸鮐〔(こうたい)〕
[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「規」。]
鯸※2〔(こうい)〕 ※3鮧
[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「臣」(旧字)。※3=「魚」+「胡」。]
氣包魚
【和名、布久。一に布久閉と云ふ。】
「本綱」に『河豚魚は、江淮河海、皆、之有り。状、蝌斗(かへるのこ)のごとく、大なる者、尺餘。背、青白にして、黄なる縷(すぢ)有り。鱗無く、腮〔(あぎと)〕無く、膽〔(きも)〕無く、目、能く開闔〔(かいかふ)=開閉〕す。物に觸るれば、即ち嗔-怒(いか)りて、腹張〔りて〕、氣-毬(まり)の浮き起こるがごとし。【故に之を氣包魚と名づく。】腹の下、白くして、光らず。率〔(おほ)〕むね三頭を以て相從ふ。〔→從ひ、〕一部と爲す。春月、之を珍賞す。其の腹の腴(つちづり)の味、最も美なり。呼びて西施乳と爲す【凡そ、魚の、鱗無く、腮無く、膽無く、聲有り、目、能く睫(またゝ)く者、皆、毒有り。】。此の魚、毒品〔(どくひん)〕の状を備(そな)ふ。故に人、之を畏る。其の肝及び子に大毒有り。然〔(しか)〕も二種有りて、其の色、炎黑〔にして〕、文點〔(もんてん)〕有る者を斑魚と名づく。毒、最も甚だし【凡て之を煮るに、煤〔(すす)〕・灰の、中に落つることを忌む。】。此の魚、樹に挿さば、立処に[やぶちゃん字注:「処」は送り仮名にある。]便ち乾き枯る【狗の膽を其の樹に塗らば、復た當に榮盛〔:復活〕すべし。】。小さしと雖も、獺(かはうそ)及び大魚、敢へて之を啖〔(くら)〕はず。則ち惟だ人を毒するのみならずして、又、能く物を毒す。之を食らひたる一日の内は、湯藥を服すべからず【荊芥〔(けいがい)〕は大いに忌む。】。其の毒に中る者は、槐花〔(かいくわ)〕を以て【微かに炒る。】乾臙脂(〔ほし〕ゑんじ)と【等分に末と爲す。】水に調して、之を灌〔(そそ):飲む〕ぐ。大いに妙なり。』と。
△按ずるに、河豚魚は、河の名を得ると雖も、河の中には之無く、江海に在るのみ【海豚(いるか)・江豚に對して河豚と名づくか。】。状、上の説のごとく、頭より尾に至るまで、腹・背に小さき鬛〔(ひれ)〕有り。刺(はり)のごとし。其の尾に岐無くして細し。肉白く、味【淡。】、脆く美にして、飽かず。大骨の兩邊に赤血肉有り。又、腸・胃の後(しりへ)、大骨に傍(そ)ふて、胡蝶の形のごとくなる者有り、青白色、水に投じて動くごとし。此の物、大毒有り、人を殺す【猫・犬も亦、食へば作〔(たちま)〕ち斃す。】。
鯖鯸(さばふぐ) 皮薄く、柔かにして、滑(ぬめ)り有り。背に黄白の斑、腹白く、頭、畧ぼ方なり。其の眼、大にして、腹・背に刺鬛無し。其の肚、甚だ脹(ふく)れず。微(やや)鯖に似たる故に名づく。煮て食ひ、炙り食ひ、毒無し。
名護屋鯸 背、黄赤にして、白點有り。刺鬛無く、腹白く、味、美ならず。惟だ皮を剥(は)ぎて之を乾かす。皮鯸と名づく。夏月、臛〔(あつもの)〕と爲し、之を食ふ。凡て鯸は九月より二月に至るまで出でて、冬月、最も之を賞す。故に夏は皮鯸を以て之に代〔(か)〕ふ。
鮮(あたら)しき鯸、能く腸血を洗浄し、之を食ひて毒に中〔(あた)〕らず。冬月、争い[やぶちゃん字注:ママ。]契〔(くら)〕ふや、和漢ともに然り。其の味、他に異なるを以てなり。又、之を食ひて、擧家〔→家を擧げて〕皆死する者、予、亦、之を見る。暫時の口味に昵(なづ)んで、身命を賭(かけもの)とする、密-媱(まをとこす)る者〔(こと)〕と趣は一なり。
[やぶちゃん注:フグ目フグ科
Tetraodontidae。本邦でフグ目(カワハギ・ハリセンボン・マンボウ等を含む)は10科50属129種、現生種は10科100属約340種を数えるとする(幾つかの違った数値があるが、総合的に見てこの数値を信頼したい)。内、フグ科は現生種120種、日本近海には約40種、さらにその中で1983年に旧厚生省によって食用として許可された種は22種である。
「蝌斗」は「蝌蚪(かと)」で、蛙の幼体の御玉杓子(オタマジャクシ)のこと。
「腴」は下腹部の肥えて脂ののった、柔らかな肉を言う。和語としての「すなづり」は、「砂摩り」「腴」で、魚の腹の下の脂ののった腹ビレの周辺部分を指す。
「西施乳」については、多くの記事が人口に膾炙する臥薪嘗胆の越王勾踐・呉王夫差の逸話を引き、傾城西施を『有毒』のフグと結び付けている。確かに宝暦6(1756)年の新井白蛾の随筆「牛馬問」にも、『腹中の膵を西施乳といふ。これは西施が美にして國を亂るるを、この魚の味、美にして毒あるに比すなるべし。』等と記載する。――しかし、果してそうか? 本来は、無毒なフグの精巣を指して言ったこの言葉が、ここで「膵」(内臓)となっているように、更にはフグそのものを指すように変化したと考えられるが、私は「西施乳」は、素直に、絶世の美女たる白く豊満たる西施の乳房(その液体としての乳では断固ないと思う)を料理として食ったような旨さ(カニバリズム、何するものぞ! 人類の歴史にあってカニバリズムは自然な行為であるとさえ私は思っている。但し、組成から言って旨いとは思えない)、中国人の最も好きな豚肉ほどに旨い(ブタは獣類では牛等、何するものぞ! 飛び抜けてうまいと私は思っている。事実、豚肉の生ミンチは飛んでもなく旨いらしい。但し、無菌豚やSPE豚(Specific Pathogen Free=特定疾患不在豚)でもない限り、死に至るような重篤な症状さえ引き起こすE型肝炎や有鉤条虫Taeniarhynchus saginatusのリスクは覚悟されたい)というまさに究極の表現であると確信するのである。ことさらに、その毒性と結び付けるには及ばない、と言いたいのだ。如何にも雨に西施がねぶの花、で、あんまり可愛そうじゃあねえか!(乳房を食われるのも残酷だがね)
「毒品の状を備ふ」とは、毒を持った性質の魚としての特徴をすべて備えている、という意味である。
さても「毒」である。テトロドトキシン
tetrodotoxin(C11H17O8N3)、その強力な毒性によって、ウェブ上でも専門家を含めて記載ページは多い。故に薀蓄を垂れるのも気が引けるのだが、最低限の注記はやはり危険毒物である以上、私なりに必要であると考える。致死量2~3㎎、一般に青酸カリの1000倍以上、500倍、経口摂取で850倍等と記載される(ヒトの青酸カリの致死量自体がその青酸カリの精製度の差や個人差によってぶれるので、この致死倍率の数値の相違を云々するのは余り意味のあることではないと私は思う。従って毒物では定番のまことしやかなマウス・ユニットの説明も省く)。毒性を持つ部位やその含有量が種・生息場所・時期・各個体によって異なることや、その作用が神経伝達に関わるイオンチャンネル(ナトリウムチャンネル)の遮断による神経麻痺・筋肉麻痺であることや、その毒性起源が食物連鎖による海洋細菌(Staphyloccus,Bacillus,
Micrococcus, Alteromonas, Acinetobacter, Vibrio 属の細菌が既に単離されている)由来であること等も、20年程前から判明してきた。更に最近では、毒を以て毒を制すで、その生理作用を利用したアルツハイマー病やパーキンソン症候群等の難治性疾患の治療薬や鎮痛薬としての新薬開発がそこから始まろうとしてもいる。昔、大好きだった化学の先生のために、構造式の見られるページも入れちゃおう!
「其の肝及び子に大毒有り」は周知の通り。肉に毒性を持つものもあり、くれぐれも素人料理は禁物である。かつて私の父は、昔、よくあの悩ましいキス釣りの外道のクサフグTakifugu niphoblesを一時、後生大事に持って帰っては、母に味噌汁仕立てにさせて、旨いぞとしきりに言ったものだ。一切れ食って確かに旨いとは思った(クサフグは実際旨い)が、中学一年生ながら翌日、図書館で調べてみれば、卵巣・肝臓・腸が猛毒、次いで皮膚、筋肉と精巣は弱毒とある。それからは決まって、食えと言う父と喧嘩となったものだ。そのうち、父は海釣りから鮎のドブ釣に鮮やかに転向、目出度く「擧家皆死」せずに済んだ。クサフグは一部の評者によれば、最強の毒フグとされるのであるから笑い話ではない。ちなみに、本項最後の「腸・胃の後、大骨に傍ふて胡蝶の形のごとくなる者有り、青白色、水に投じて動く」ように見えるものが、肝臓を指していると思われる。
……しかし私は実は、大分の臼杵でフグの肚を、佐渡でフグの卵巣の粕漬けを、どちらも食している。まず臼杵、これは所謂、公然の秘密という部類の話で、臼杵(調べてみると大分ではというべきらしい。これは伝統的な当地の食い方で、勿論立派な違法行為である。ある種の書き込み等にはまことしやかにキモを食べていいという条例が現地にある等と書かれているが、それは真っ赤な嘘である)では、どのフグ料理店も、数日水に晒して血抜きしたてんこ盛りのキモを(私の食べた店では即物的に正しく激しくてんこ盛りで、なんと食い切れずに残した)醤油に混ぜて、厚切りのフグを頂くのであり、石川県の方法(こちらのものは条例によって認められた合法的な製品だが、異様に塩辛くて多くは食えないと聞く。こちらは残念ながら未だ未食である)と同ルーツと思われる佐渡(★訂正(2007年10月20日):これは新潟県がただ一人、製造を認可している須田訓雄氏による合法的な製品である)のものは、はららごとしてはあっさりとしており、伝えられる石川のもののような塩辛さも全くなく、美味しかった。★追記(2007年10月20日):先週、友人に頼んで石川県の正規合法商品たる「ふぐの子糠漬」を入手、食した。確かに塩辛い、塩辛いが、基、この塩辛さの彼方に、含んだ口中、一時の後、一粒一粒に凝縮している旨味がじんわり広がってゆく。これは、恐らく数少ない珍味中の珍味と言ってよい。佐渡の粕漬に比してずっと塩分濃度が高くなるが、これは全く違った味わいである。比較するものではない。ただ、粒立ちの舌触りの美事さは石川のものに軍配が上がる(私が今回食したのはこちらの製品)。
フグ中毒死で忘れられないのは、食通の歌舞伎役者、坂東三津五郎のエピソードだ。その最期の言葉の皮肉と共に、よく覚えている。京都の行きつけの料亭でフグのキモを板前に無理強いして作らせ、招待した友人達が怖がって食わず、なんでこんなに旨いもんを、と四人前を全部一人で食った(これが一人前しか食っていなかったら死なずに済んだとも聞く)。その後奥方に電話して、「今、旨いものを食ったんだ、何だと思う? 天にも登るような気持ちだよ。」と言ったそうだ(1975年当時の新聞記事の記憶であり、細部は違うかもしれない)。そうして、文字通り、天に登っちゃったわけであるから、忘れようが、ない。
「炎黑」がよく分からない。「炎」は「紅蓮」で、濃い紅色がかった黒い色という意味か。
「斑魚」は、「文點」から推すならば、時珍が最強毒種とするのはフグの食用最高級品種たる胸鰭付近の黒い紋が特徴のトラフグTakifugu rubripes と見てよいか(トラフグ属Takifuguのこの学名、和名由来で可愛いね!)。
「能く物を毒す」とは、あらゆる生物(動植物全て)に対して毒性を有する、の意。
「荊芥」は、シソ科のケイガイSchizonepeta tenuifoliaの花穂及びその茎枝で、漢方薬で、風邪や出血性疾患や皮膚病に効果があるとする。
「槐花」は、マメ科エンジュ Sophora japonica の花・蕾から生成された漢方薬。出血性疾患に用い、降圧及び毛細血管透過性低下作用を持つ。
「乾臙脂」は、別名、花没薬(はなもつやく)とか紫鉱(しこう)と呼ばれる、カイガラムシ科の昆虫ラックカイガラムシLaccifer laccaの分泌物から生成された漢方薬。抗菌・止血作用を持つ。――しかし、残念ながら、これらにテトロドトキシンの解毒効果はない。テトロドトキシンの解毒剤は現在も、ない。
「河豚魚は、河の名を得ると雖も、河の中には之無く、江海に在るのみ」と良安は綴るが、これは誤り。「河豚」の「河」は、一般に言われるように、揚子江や黄河の淡水域に生息するメフグTakifugu obscurus(淡水フグは他にもミドリフグTetraodon
nigroviridisやハチノジフグTetraodon biocellatus等、結構いる)に与えられたからである。「豚」の方は、興奮時の膨らんだ状態や、捕捉された際に挙げる鳴き声が豚のそれに似ているから、そうしてここが肝心! それは――豚肉ほどに窮極に旨いから! なのだと私は思う。鳴き声については、かつて中学生の頃に岩礁の浅瀬で蟹突きをしていて、クサフグに脇腹の肉をしたたかに噛まれたという稀有の体験を持つほどの私の経験では、フグは「ギュウー」か「キュウー」か「グーウ」と鳴く。私が噛まれたのは、恐らく子供を襲われると思った親が捨て身で守るために防御攻撃をかけたのであろうと思われる(実際にその時、私は視野に幼魚がいるのを現認している)。しかし、あの上下の強烈な板歯で、直径7~8mmの円形にしたたかに深々と抉られた私を想像してみるがいい。何が私を憂鬱させたかがお前には分かるだろう……と梶井を気取りたくなる程、痛い恥ずかしい思い出ではあった。釣って指を噛まれた話やトラフグを調理中に噛まれて骨折した等という話は聞くが、海水浴中に噛まれた同胞を、残念ながら僕は知らないのである。
「鯖鯸」は最近までサバフグ1種とされていたものが、1983年、シロサバフグLagocephalus wheeleri、クロサバフグLagocephalus
gloveri、ドクサバフグLagocephalus lunarisの3種に分かれた。本項は、勿論、無毒のシロサバフグLagocephalus wheeleriである、でなくてはならない。クロサバフグもドクサバフグも有毒である。クロサバフグの日本近海個体は無毒とされるが、南シナ海産個体の内臓からは毒が検出されているし、そもそも何故、長く1種とされてきたかを考えれば、この三者、よく似ているのである。要注意!
「名護屋鯸」は、現在、コモンフグTakifugu poecilonotusとナシフグTakifugu
vermicularisを指しているとする(香川県等)。これらは現在は良安の記載に反して、トラフグに次いで美味で安価との評判である。両者ともしっかり有毒ではある。なお、瀬戸内海ではこの二種の交雑種が報告されてもいる。但し、ネット上の別な情報では、これはショウサイフグFugu vermicularisを一般的に指すと断言するものもある(これも刺身が旨いとされ、しっかりやっぱり有毒)。ちなみに、この命名は恐らく高い確率で「尾張名古屋」に引っ掛けた「終り」であろうと思われる。
「臛」の「あつもの」とは、スープもしくはゼラチン質の固形化した煮凝り(にこごり)を指すが、後者である。
さて最後の「暫時の口味に昵んで、身命を賭とする、密-媱る者と趣は一なり」(かりそめのフグの食味に心奪われて、命を賭けるなどということは、間男《夫のある女が他の男と肉体関係を持つこと》することと、その内実に於いて全く同じである。)の教訓に反論しておこう。そうか、じゃあ、清廉潔白で不倫もしない良安さんよ(そもそも君は既婚者か同性愛者かも知られていない――不詳人物だ。というより、この突然の異様な教訓にこそ寺島良安のトラウマや秘密が隠れているのかも? いや、それを言ったら僕のこの注のある部分だって同なじなんだな)、これだけフグの旨味を力説した君は、決してフグを食わなかったんだな!? え? ふふふ♪]
***
わに
鰐【音諤】
クワアヽ
鱷【同字】
【和名和仁】[やぶちゃん字注:以上二行は、前三行下に入る。]
和名抄云鰐形似蜥蜴而大水潜呑人即浮
説文云鰐食人魚一生百卵及成形則有爲蛇爲龜爲蛟
者其亦靈
三才圖會云鰐南海有之四足似鼉長二丈餘喙三尺長
尾而利齒虎及龍渡水鰐以尾撃之皆中斷如象之用鼻
徃徃取人其多處大爲民害亦能食人既飽則浮在水上
若昏醉之状土人伺其醉殺之
春雨 よの中は鰐一口もをそろしや夢にさめよと思ふ斗そ
△按鰐状灰白色頭圓扁足如蜥蜴而前三指後一指偃
額大眼尖喙稍長口甚濶牙齒利如刄上下齒有各二
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○九
層牙上下相貫交嚙物無不斷切者故諺曰稱鰐之一
口也無鱗背上有黑刺鬛而有沙尾長似鱝尾其尾足
掌之甲皆黑色小者一二尺大者二三丈
社頭拜殿懸鐵鉦以布繩敲之形圓扁如二鉦合成有大
口頗象鰐頭俗謂之鰐口其來由未詳古有神駕鰐之
事據于此乎
建同魚 大明一統志云真臘國有建同魚四足無鱗鼻
如象吸水上噴高五六丈是亦鰐之別種乎
*
わに
鰐【音、諤。】
クワアヽ
鱷〔(がく)〕【同字。】
【和名、和仁。】
「和名抄」に云ふ、『鰐は、形、蜥蜴〔(とかげ)〕に似て、大にして、水に潜(くゞ)りて人を呑む時は即ち浮く。[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]』と。「説文」に云ふ、『鰐、人を食ふ魚なり。一たび百の卵を生む。形を成すに及びては、則ち蛇と爲り、龜と爲り、蛟と爲る者〔(こと)〕有り。其れ亦、靈なり。』と。「三才圖會」に云ふ、『鰐は、南海に之有り。四足、鼉〔(だ)〕に似、長さ二丈餘。喙〔(くちばし)〕、三尺。長き尾にして、利〔(するど)〕き齒あり。虎及び龍、水を渡れば、鰐、尾を以て之を撃つに、皆、中(―[やぶちゃん注:右にダッシュ状のルビがあるが、意味不明。])に斷(を)れる。象の鼻を用ひるがごとし。徃徃にして人を取る。其の多き處は、大〔いに〕民の害を爲し、亦、能く人を食ふ。既に飽く時は、則ち浮かんで水上に在り[やぶちゃん注:「時」は送り仮名にある。]。昏醉の状(さま)のごとし。土人、其の醉へるを伺ひて之を殺す。』と。
「春雨」 世の中は鰐一口もをそろしや夢にさめよと思ふ斗(ばかり)ぞ
△按ずるに、鰐の状、灰白色にして、頭圓く扁たく、足、蜥蜴のごとくにして、前に三指、後に一指〔あり〕。偃〔(ふし)〕たる額、大なる眼、尖りたる喙のやや長く、口、甚だ濶く、牙齒、利〔(と)〕きこと、刄(やいば)のごとし。上下の齒、各々二層有り。牙の上下、相貫〔き〕交〔はりて〕、物を嚙む。斷ち切らずと云ふ者〔(こと)〕無し[やぶちゃん字注:「云」は送り仮名にある。]。故に諺に曰く、「鰐の一口」と稱す。鱗無く、背上に黑き刺鬛〔(とげひれ)〕有りて、沙〔:粒状の突起〕有り。尾長くして鱝(えい)の尾に似る。其の尾・足・掌の甲、皆、黑色。小さき者は一~二尺、大なる者、二~三丈。
社頭拜殿に鐵鉦〔(てつがね)〕を懸けて、布繩〔(ぬのなは)〕を以て之を敲〔(たた)〕く。形圓く扁たく、二鉦〔(ふたかね)〕を合成す〔る〕がごとし。大なる口有り。頗〔(すこぶ)〕る鰐の頭に象〔(かたど)〕る。俗に之を鰐口〔(わにぐち)〕と謂ふ。其の來由〔=由来〕、未だ詳らかならず。古へ、神、鰐に駕〔(が)する〕の事有り、此れに據〔(よ)〕るか。
建同魚 「大明一統志」に云ふ、『真臘國〔(しんらふこく)〕に建同魚有り。四足にして鱗無し。鼻、象のごとく、水を吸ひ、上げて噴(ふ)くこと高さ五~六丈。』と。是れ亦、鰐の別種か。
[やぶちゃん注:爬虫綱ワニ目Crocodiliaに属する動物の総称。現生種は正鰐亜目Eusuchiaのみで、アリゲーター科 Alligatoridae、クロコダイル科 Crocodylidae、ガビアル科 Gavialidaeの3科分類が一般的で、23種。ガビアル科 Gavialidae(独立させずクロコダイル科とする考え方もある)はインドガビアルGavialis gangeticus の1属1種である。頭部を上から見た際、喙(口先)が丸みがかっているものがアリゲーター科で、細く尖っているものがクロコダイル科である。更に閉じた口を横から見た際、下顎の第4歯が上顎の穴に収まっているものがアリゲーター科で、牙の如く外に突出いるものがクロコダイル科。ガアビル科(1種のみであるが)は、喙が細長い吻となっているので、誤りようがない(インドガアビルの成体の雄は鼻が大きく膨らんでおり、雌と容易に区別できる。他のワニでは外見上の雌雄の判別は出来ない)。
「一たび百の卵を生む」は誇張。科によって異なるが10~50個が相場。
「靈」は、人知を超えた不思議な働き、玄妙な原理。
「鼉」はアリゲーター属ヨウスコウアリゲーターAlligator sinensis(お洒落じゃないね、この和名。ヨウスコウワニかチョウコウワニの方がまし)。東洋文庫版ではこれに「すっぽん」のルビを振るが、甚だしい誤りである。
「和名抄」は正しくは「倭(和とも表記)名類聚鈔(抄とも表記)」で、平安時代中期に源順(したごう)によって編せられた辞書。
「説文」は「説文解字」で、漢字の構成理論である六書(りくしょ)に従い、その原義を論ずることを体系的に試みた最初の字書。後漢の許慎の著。但し、東洋文庫版後注によると、ここで良安が記すような記述は「倭名類聚鈔」にはなく、これは「説文」の「※1」(わに)[やぶちゃん字注:※1=「虫」+「屰」。但し、最終画の縦線は「廣漢和辭典」で確認すると直下に下ろしている)。]の説明であるとする。まず「倭名類聚鈔」の「卷第十九 鱗介部」の「鰐」の条は以下の通りである。
麻果切韻云、鰐。【音萼和名和仁】似※2有四足喙長三尺。甚利齒虎及大鹿渡水鰐撃之皆中斷。[やぶちゃん字注:※2=「敝」(上)+「魚」(下)。これはスッポン、みのがめ(背中に藻を生やした亀)を指す「鼈」と同字。]
「麻果切韻」に云ふ、『鰐【音、萼。和名、和仁。】。※2〔(べつ)〕に似て、四足有り、喙長く、三尺。甚だ利き齒あり。虎及び大鹿、水を渡らば、鰐、之を撃ちて皆、中に斷れる。』と。
一見してお分かりのように、これは良安が直後に引く「説文」の内容とほぼ一致する(良安の記述の「龍」は「大鹿」の字の読み違いのようにも思われる)。更に、「説文」の解説は以下の通り(「廣漢和辭典」の「※1」の字義の例文にある)。
※1佀蜥易。長一丈、水潛、呑人即浮。出日南也。从虫屰聲。
※1〔(わに)〕は、蜥易〔=蜥蜴〕に佀〔=似〕る。長さ一丈、水に潛し、人を呑めば即ち浮ぶ。日南に出づるなり。虫に从〔=從〕ひ、屰の聲。
最後の部分は解字である。「廣漢和辭典」によれば※1は、「鰐」と同一語異体字とある。従って「説文」には「鰐」の別項はないと思われる。では気になるのが、彼が「説文」からとしたこの引用文の出所である。東洋文庫もそれを記していない。識者の教えを乞う。
「春雨」は、三島由紀夫も称揚した上田秋成の幻想小説集「春雨物語」を指すと思うのが普通である(東洋文庫版もそうとっている)が、次項のような次第で、実はこれは別な書物を指している可能性がある。
「世の中は……」の和歌は現在調査中であるが、これは「春雨物語」の中には所収していない可能性が高い(「岩波古典文学大系 索引」でこの和歌は掲載されていない)。
「前に三指、後に一指」は正しい表現ではない。そもそもワニの指は前肢が5本で、後肢は4本である。これはそのキッチュさが大好きな「熱川バナナワニ園」で得た貴重な知識である。
「偃たる額」の「偃」の字を私は「ふス」と読んだ。これは扁平で地べたに伏せた(うつぶせになった)頭部を示すものとして違和感がない。東洋文庫版では、ここを「出ばった額」と訳しているが、そもそも「偃」にそのような意味はない。但し、堰と同義で、土を盛り、流れをせき止めるの意味の敷衍ならばとれないことはないが、やや強引である。
『「鰐の一口」』は「鬼の一口」と同じとする見解が多い。だとすれば、処理の仕方が素早く確実であるという意味と、文字通り、ひどく恐ろしい目に遭うことの意味となる。
「鱝」は軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiのエイである。
「鰐口」については川崎市教育委員会HPの指定文化財紹介ページ「青銅製鰐口(市民ミュージアム)の概説が言うべきことを洩らさない非常に優れたものなので、以下に引用する。
鰐口は梵音具(打ち鳴らして音を出すための仏具)の1つで、多くは鋳銅(銅の鋳物)製であるが、まれに鋳鉄製や金銅(銅に鍍金を施したもの)製のものもみられる。通常は神社や仏閣の軒先に懸けられ、礼拝する際にその前に垂らされた「鉦の緒」と呼ばれる布縄で打ち鳴らすもので、今日でも一般によく知られている。その形態は偏平円形で、左右に「目」と呼ばれる円筒形が張り出す。また、下方に「口」が開き、上緑部2箇所には懸垂のための「耳」を付した独特なものである。
「鰐口」という呼称は、正応6年(1293)銘をもつ宮城大高山神社蔵の作例の銘文中に記されるのが初見である。それ以前の鰐口の銘文には「金口」とか「金鼓」といった呼称がみられることから、古くはこのように呼ばれていたのが、鎌倉時代末頃以降、「鰐口」と称されるようになったものと考えられている。江戸時代中期の医家、寺島良安はその著『和漢三才図会』(正徳3年〈1713〉自序)のなかで「口を裂くの形、たまたま鰐の首に似たるが故にこれを名づくるか」と推察しているが、実際に堂宇に懸けられた鰐口を仰ぎみる時、このように考えることは十分にうなずける。
鰐口の現存遺例は室町時代以降の作例が多く、それ以前のものは少ない。平安時代の作例には、長野松本市出土の長保3年(1001)銘鰐口(東京国立博物館保管)の他、愛媛奈良原経塚出土の平安時代後期に推定される例があるにすぎない。
鰐口の祖形には、韓国の「禁口」と呼ばれる鳴物が考えられているが、鉦鼓を2つ重ねたとする見方や鐃との関連も考えられている。[やぶちゃん注:以下略]
ここで、この執筆者が引いている「和漢三才図会」の叙述は、本項の鰐口の部分ではなく、「卷第十九 神祭 付り仏供器」の「鰐口」の項の叙述である。次いでなので、該当部を以下にテクスト化しておく(体裁は本頁の書式に従った)。
■和漢三才圖會 神祭 備噐 卷ノ十九 ○三
[やぶちゃん注:冒頭の「高麗狗」後半六行及び「神楽鈴子」の項は省略。]
わにくち 俗云和尓久和〔→知〕
鰐口
△按鰐口以鐵鑄之形圓扁而半裂如鰐吻懸之社頭從
上垂下布繩【長六七尺】俗名鉦緒而參詣人必先取繩敲其
鐵靣〔=面〕未知其據恐是好事者本於鉦鼓而欲令異其音
裂口形偶似鰐首故名之乎
*
わにぐち 【俗に和尓久知と云ふ。】
鰐口
△按ずるに、鰐口は鐵を以て之を鑄〔(い)〕る。形、圓くして扁たく、半ばは裂けて鰐の吻のごとし。之を社頭に懸けて上より布繩を垂-下〔(たら)〕し【長さ六~七尺。】、俗に鉦緒(かねのを)と名づく。參詣人、必ず先づ、繩を取りて其の鐵面を敲く。未だ其の據〔(きよ)〕を知らず。恐らくは是れ、好事(こうず)者の、鉦鼓に本づきて、其の音を異ならしめんと欲し、口を裂く。〔→裂くに、〕形、偶々(たま/\)鰐の首に似たる故に之を名づくか。
「古へ、神、鰐に駕するの事有り」とは、人口に膾炙する海幸彦山幸彦の神話中の出来事を指しているか。海佐知毘古(うみさちびこ)とは海の漁師の意味で、彼の正しい神名は火照命(ほでりのみこと)である(山佐知毘古は火遠理(ほをりの)命という)。失くした釣り針を求めて綿津見神(わたつみのかみ=海神)の宮殿に赴き、そこで豊玉比売(とよたまひめ)と契った火照命は、三年経って、自分がここに来た理由と兄火照命の仕打ちを語る。豊玉比売の父海神は鯛の喉から件の釣り針を発見、それを兄に返す際の呪文と潮の潮汐を自在に操る秘密兵器、塩盈珠(しほみつたま)・塩乾珠(しほふるたま)を手渡す。そうして火照命の葦原中国(あしはらのなかつくに)への帰還のシーンとなるのであるが、そこに「和邇魚(わに)」が登場する。「古事記」の該当箇所を引用する。
鹽盈珠、鹽乾珠并せて兩個(ふたつ)を授けて、即ち悉に和-邇-魚(わに)どもを召〔(まね)〕び集めて、問ひて曰ひけらく、[やぶちゃん注:以下は綿津見神の台詞。]
「今、天津日高(あまつひこ)の御子、虚-空-津-日-高(そらつひこ)、上(うは)つ國に出-幸(い)でまさむと爲(し)たまふ。誰(たれ)は幾日(いくひか)に送り奉りて、覆-奏(かへりごとまを)すぞ。」
といひき。故、各己が身の尋長(ひろたけ)の隨(まにま)に、日を限りて白(まを=曰)す中に、一-尋-和-邇(ひとひろわに)白しけらく、
「僕(あ)は一日(ひとひ)に送りて、即ち還り來む。」
とまをしき。故に爾〔(ここ)〕に其の一尋和邇に、
「然らば汝(なれ)送り奉れ。若(も)し海中(わたなか)を渡る時、な惶-畏(かしこ)ませまつりそ。」
と告(の)りて、即ち其の和邇の頸に載せて、送り出しき。故、期(ちぎ)りしが如(ごと)、一日の内に送り奉りき。其の和邇返らむとせし時、佩(は)かせる紐-小-刀(ひもかたな)を解きて、其の頸に著けて返したまひき。故、其の一尋和邇は、今に佐-比-持-神(さひもちのかみ)と謂ふ。[やぶちゃん注:以下略。]
しかし、現在、この「和邇」はワニではなく、サメとするのが定説である。しかし、良安がここで想起したのがこの神話であったとすれば、所謂、爬虫類のワニが、当時は本神話の登場生物として広く信じられていたということを指すともとれようか。
『「大明一統志」』は、明の英宗の勅で李賢らによって撰せられた中国全土と周辺地域の総合的地理書。九十巻。
「真臘國」は「旧唐書」に
真臘國、在林邑西北、本扶南之屬國、崑崙之類。
真臘國は、林邑の西北に在り、扶南の屬國にして、崑崙の類なり。
とある。渡邉明彦という方のアンコール遺跡群の記事のカンボジアの歴史についての記載によれば、『紀元前後、メコン川下流のデルタ地帯から沿岸地帯を領有する扶南国があり、メコン川中流にはクメール族の真臘国があった。真臘は3、4世紀頃から南下をはじめ、扶南を吸収合併していった。7世紀にはほぼ現在のカンボジアと同じ領土を有していた。』とあり、現在のカンボジア王国と同定してよい。
「建同魚」が分からない。ワニでは毛頭あるまい。「隋書」の「卷八十二 列傳第四十七」にも「南蠻海中有魚名建同、四足、無鱗、其鼻如象、吸水上噴、高五六十尺。」と、ここと同様の記述がある。当初ジュゴンDugong dugonを想定してみたが、叙述としっくりこない。何方かの鮮やかな同定を期待する。]
***
さめ
鮫【音交】
キヤ◦ウ
沙魚 鰒【音剥】
溜魚 ※【音錯】[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「昔」。]
【和名佐米】[やぶちゃん字注:以上三行は、前三行下に入る。]
本綱鮫東南海皆有之有數種形稍異而皮一等青目赤
頰背上有鬛腹下有翅大者尾長數尺能傷人皮皆有沙
如真珠可飾刀靶又堪揩木如木賊也其子隨母行驚即
從口入腹中其肉【甘平】作膾及鮓味美補五藏功亞于鯽
鹿沙【一名白沙】 其背有珠文如鹿而堅彊者能變鹿也
虎沙【一名胡沙】 背有斑文如虎而堅彊
鋸沙【一名挺※2〔→頷〕魚又※3※1】 鼻前有骨如斧斤能擊物壞舟[やぶちゃん字注:※2=「各」+「頁」。※3=「魚」+「番」。]
春雨 よの中は鰐一口も恐しや梦に鮫よとおもふ斗そ
△按鮫形状畧如上説但灰黑色無鱗魚也鈎得後以急
擲岸頭則魚困痛忿恚而皮上黑沙起脹堅硬如真珠
刀鉾不能裁之工人以竹帚頻洗之成白珠脊有一大
粒其大如薏苡仁其周※4〔→匝〕七八粒亦大而圍魁粒共似[やぶちゃん字注:※4=「匝」の中が「帀」。]
九曜星次次二三座亦然似玉蜀黍子者飾欛甚良其
粒粒大小兼備者價最貴重也若魁粒陥或歪者鑿去
之更以鹿角作成魁粒繋入亦難曉矣而欛鮫皆用異
國之産本朝之鮫全體粒粒平等止可爲鞘鮫
聖多默太泥占城之産爲最上咬※5吧暹羅阿媽港次之[やぶちゃん字注:※5=「口」+「留」。]
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 又九[やぶちゃん注:「又九」という異例な表示は、補綴による追加若しくは齟齬を後になって書き換えた結果であろうか。]
南京鮫幅廣鮫等下品也此外交趾東〔→柬〕埔寨有數品而
鞘鮫亦多來焉
縐鮫 巖石鮫 發斑鮫 虎鮫 麑鮫 海子鮫 白
倍志鮫 加伊羅介鮫等不悉記之
本朝之鮫亦有數種 駿州大愛鮫 同國蒲原小愛鮫
常州愛古呂 紀州脊古呂 松前菊登知等不遑記
之凡鮫和漢同物異品因土地之差乎不獨鮫而草木
鳥獸皆有異同
*
さめ
鮫【音、交。】
キヤ◦ウ
沙魚 鰒【音、剥。】
溜魚 ※1【音、錯。】[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「昔」。]
【和名、佐米。】
「本綱」に『鮫は、東南海、皆、之有り。數種有りて、形、やや異にして、而〔(しか)れども〕皮は一等なり。青き目、赤き頰、背の上に鬛〔(ひれ)〕有り、腹の下に翅〔(はね)〕有り。大なる者、尾の長さ數尺。能く人を傷つくる。皮に皆、沙有り。真珠のごとく、刀の靶(つか)〔=欛〕を飾るべし。又、木を揩(こす)るに堪へたり。木賊〔(とくさ)〕のごとし。其の子、母に隨ひて行く。驚く時は、即ち口より腹中に入る[やぶちゃん字注:「時」は送り仮名にある。]。其の肉【甘、平。】、膾〔(なます)〕及び鮓〔(すし)〕に作る。味、美にして五藏〔=臟〕を補ふ。功、鯽に亞〔(つ)〕ぐ。
鹿沙【一名、白沙。】 其の背に珠文有り、鹿のごとくして、堅彊〔(けんきやう=堅強〕なる者、能く鹿に變ずるなり。
虎沙【一名、胡沙。】 背に斑文有り、虎のごとくして、堅彊。
鋸沙【一名、挺頷魚〔(ていがんぎよ)〕。又、※3※1。】 鼻の前に骨有りて、斧-斤〔(をの or まさかり)〕ごとくして、能く物を擊ち、舟を壞(くづ)す。』と。[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「番」。]
「春雨」 よの中は鰐一口も恐しや梦に鮫よとおもふ斗ぞ
△按ずるに、鮫の形状、畧ぼ上の説のごとし。但し、灰黑色の鱗無き魚なり。鈎〔(つ)り〕得て後、以て急に岸頭に擲(なげう)ちては、則ち魚、困-痛(くる)しみ、忿-恚(いか)りて、皮の上〔の〕黑沙、起-脹して、堅-硬なること、真珠のごとく、刀・鉾、之を裁つこと能はず。工人、竹-帚(さゝら)を以て、頻〔(しき)〕りに之を洗ひ、白珠と成す。脊に一大粒有り、其の大いさ、薏苡仁〔(よくいにん)〕のごとく、其の周-匝(めぐ)りに七~八粒、亦、大にして、魁-粒(おやつぶ)を圍む。共に九曜〔(くえう)〕の星に似て、次次は二~三座〔をなして〕、亦、然り。玉-蜀-黍-子(なんばんきびのみ)に似たる者、欛(つか)を飾るに甚だ良し。其の粒粒、大小兼備する者、價、最も貴-重(たか)し。若し魁粒陥(をちい)り、或は歪(なゝ)めなるは、之を鑿〔(ほorけづ)〕り去り、更に鹿角を以て魁粒を作り成し、繋ぎ入る。亦、曉〔(あか)〕し難し。欛鮫〔(つかざめ)〕、皆、異國の産を用ふ。本朝の鮫は、全體の粒粒、平等にして止(た)ゞ鞘鮫〔(さやざめ)〕と爲すべし。
聖多默(サントメ)・太泥(パタニ)・占城(チヤンパン)の産、最上と爲す。咬※5吧(ジヤガタラ)・暹羅(シヤム)・阿媽港(アマカハ)、之に次ぐ。南京鮫・幅廣(はゞびろ)鮫等(―[やぶちゃん注:このルビ位置のダッシュ状の記号、意味不明。])は下品なり。此の外、交趾(カフチ)・柬埔寨(カボヂヤ)、數品有り、鞘鮫も亦、多く來る。[やぶちゃん字注:※5=「口」+「留」。]
縐鮫(ちりめんざめ) 巖石(がんせき)鮫 發斑(はつぱ)鮫 虎鮫 麑(かのこ)鮫 海子(うみこ)鮫 白倍志(しろへし)鮫 加伊羅介(かいらげ)鮫等あり。悉く〔は〕之を記さず。
本朝の鮫、亦、數種有り。 駿州の大愛(あい)鮫 同國蒲原(かんばら)の小愛鮫 常州の愛古呂(あいころ) 紀州の脊古呂(せごろ) 松前の菊登知(〔きく〕とぢ)等、之を記すに遑(いとま)あらず。凡そ鮫、和漢同物にして、異品は、土地の差(ちが)ひに因るか。獨り鮫のみならず、草木鳥獸、皆異同有り。
[やぶちゃん注:サメとは、軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiに属する魚類の中で、原則として鰓裂が体の側面に開くものを呼称する(前項の「鱣」の注で細述済であるがカスザメ目やサカタザメのような例外がある)。現生種数は約400。「フカ」と「サメ」の同義性と民俗学的差別化は、やはり「鱣」の注を参照されたい。
「皮は一等なり」とは、多くの種類があるが、以下に記すような特性を持った皮膚は、その全てのサメに等しくあるという意味である。
「沙」は、本項のキーワードであるし、実はサメ自体の重要なファクターでもあるのだ。まず、この「沙」はサメの皮膚が砂のように粒々でざらざらしていること(厳密には生体の場合、尾から頭の方に向かって触れた時)を表現している語である。このざらついた皮膚は楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる顕微鏡的な鱗から構成されており、それは表皮の上皮細胞と骨・筋肉等を形成する間葉細胞が向かい合い、その間にエナメル質と象牙質が形成されるというエナメル質・象牙質・骨様組織の三つ巴の精緻堅固な組織構造を持っている。そうしてこれはまさに我々の「歯」と全く同じ構造なのである。従って、サメの鱗は別名を皮歯(ひし)と呼ぶ。勿論、サメのあの歯も、その皮膚が口中に陥入変形して進化したものであると考えられているのである。
「木を揩る」という良安の読みには疑義がある。原文は「堪揩木」であるが、これは「揩木に堪へたり」と読むべきではなかろうか。そうして「揩木」は「すりこぎ」と訓読すべきではないだろうか。所謂、鮫皮のオロシガネである。
「木賊のごとし」とは、古来、「砥草」とも表記するトクサ植物門トクサ科トクサEquisetum hyemaleの茎を煮て乾燥させたものを、やすりとして柘櫛(つげぐし)の研磨等に用いたことに由来する。
「其の子、母に隨ひて行く。驚く時は、即ち口より腹中に入る」について語らねばならなくなった。これに類似した記載は「鱣」の項にも「胎生にして口より産む」等と現われている。私は、口から子を産むマウスブリーダー習性(産むように見えるアジアアロワナScleropages formosus等のアロワナ科Osteoglossidaeやスズキ目キノボリウオ亜目のチョコレートグラミーSphaerichthys osphromenoidesのような)をサメが持っているというのは、聞いたことがない。これは何かの勘違いであろう。では何か。すぐに考え付くのは、母親に随ってゆくという表現からスズキ目コバンザメ科 Echeneidaeのコバンザメ類だ。彼らは、硬骨魚類であるが、コバンザメの名を頂戴するだけに、その吸着習性からも「子」と誤認されやすい。タイノエRhexanella verrucosaのような寄生甲殻類のような口中内寄生の吸着があるかどうかは知らないが(コバンザメのようなあんなに大きな魚体では考えにくい)、宿主に食べられてしまうことは、大いにあるらしい。私自身、これを決定打とは考えていない。一つの解釈として捉えて頂きたい。
「膾及び鮓に作る」は、我々には奇異に思えるが、現に広島県山間部の備北地域や山陰の一部では、今もワニ(サメ)料理が根強い人気を持っている。代謝の結果生まれるアンモニアが腐敗を防ぐという逆説も目から鱗(いや、見た目は「無鱗」だったね)。軟骨エキスやら深海鮫エキスやら、キッチュな健康有効成分も続々報告、商品化されている。それはもしかすると古くて新しい食材なのかも知れない。広島県安芸高田市の「加藤農園」のHP の「ワニの刺身」で実体験!
「鯽」はフナを指す(外にはイカも指すが違うだろう)。フナはコイ亜科フナ属Carassius 属の魚の総称。しかし、漢方に詳しくない私としてはフナにこんな豪勢な効能があるなんて(御節料理に入ってるのはそのせいかなあ)、加えてナンバー2がサメだったとは、お釈迦様でもご存知あるめえ!
「鹿沙」は、……ここからはあんまり踏み込みたくないんだな、だって、そもそも海産無脊椎動物が好きな私は、逆に魚類の同定が大の苦手なのだ(何故か無脊椎動物ほどに身体的特徴に関心が湧かないの)。しかし、力技で進まないと先には行けないし(この巻を選んだのは、最後に頭足類やナマコを始めとする無脊椎動物がやってくるからなんだよね、実は)。よし! ネズミザメ上目メジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属ホシザメMustelus manazoはどうだ! 古くから日本で食用に供してきた種であり、背部に、地味ながら鹿の子模様の「白」い斑点もあるぜ! 難癖は熱烈歓迎!
「虎沙」は、ネズミザメ上目メジロザメ目トラザメ科トラザメ属トラザメScyliorhinus torazame。
「鋸沙」は、ノコギリザメ目ノコギリザメ科
Pristiophoridae に属する、鋸状の吻部をもつ魚の総称(2属5種)であるが、日本近海ならばノコギリザメ
Pristiophorus japonicus1種のみである。
「春雨」と和歌は前項「鰐」と同一なのでそちらの注を参照されたい。但し、一部表記の違いが見られる。それにしても、良安先生、気に入ったぜ、「覚め」を「鮫」に懸けた洒落は!
「白珠」以下、延々続くサメの皮革細工の話、どうも違和感がある。サメの皮からこんな真珠様の模様が鑑賞に耐えうる程に加工され得るものならば、現在もそれは残っていて、鮫皮の高級装飾品(この手間は安くはあるまい)として知られているはずであるから。そこで検索してみた。まずは私の当初の疑問はここで(この方のホームにはアクセスが出来ない)解消された(特に最後の段落部分)。なる程、外国産のエイの皮か! そこで再検索をかけると、ズバリ! 画像付きで文字通り目から鱗だがね! 輸入雑貨業者のHPの「最高級スティングレイ(エイ革製品、エイ皮製品)」のページだ。侮るなかれ。金儲けをするならこれくらいの薀蓄を垂れたいものだ。それが客への当り前のマナーである。中国でこのエイが「泳ぐ宝石」、「天眼」(神の目)と崇拝されてきたという民俗、その「スターマーク」は一匹から一つしか採取できないこと、「ビーズを敷き詰めたような」形状、「カウレザー(牛革)30年、スティングレイ(エイ革製品、エイ皮製品)100年」と称される最高強度……もうこのページがそのまんまこの部分の注になっているのだ。このスティングレイを一般に何故ガルーシャ(Galuchat)と呼ぶのかが、フランスのルイ15世から一介のエイ皮鞘職人ジャン・クロード・ガルーシャ(Jean-Claude Galuchatに辿り着くところなんざ、薀蓄の薀蓄たる醍醐味だ!。さても閑話休題。この中の「ちょとした雑学」で挙げられている本エイ皮素材となる2種はアカエイ科 Dasyatidae アカエイ属 Dasyatisである。前者Dasyatis bleekeryはStingray leather、後者Dasyatis
brevicaudata はSmooth Stingrayという英名を持っているらしい(前者はロシアのサイトでの確認であるので、やや疑問)。最後に復唱、「目から鱏」!
「周-匝」の「匝」は原文字注で記したように、「匝」の中が「帀」となっているのだが、実は「帀」が「匝」の正字なのであり、意味は「周」と同じ「めぐり」の意味で、畳語なのである。
「九曜の星」はインドの暦法に端を発する星の名。実在する星である七曜星(日・月・火・水・木・金・土)に、黄道上に存在して見えないとして想定した、暗黒の星である羅睺(らごう)と、彗星である計都(けいと)の二星を加えた名称。陰陽道に伝わって、人の生年にこれらを配し、吉凶を占うようになった。他に実在するプレアデス星団や北斗七星に対して、またカシオペア座の呼称としても用いられる。
「次次は二~三座をなして、亦、然り」とは、中央の大きな親粒(「魁粒」)の周囲に九曜星をなぞらえるように七つから八つのやや小さな粒が並んだものが更に、二つから三つ、星座のように(というよりも単に複数のものが集まっている状態を「座」と呼んでいるのであろう)次々としっかり並んでいる、という意味である。「最高級スティングレイ(エイ革製品、エイ皮製品)」の最初の右の画像を見るに若くはない。スティングレイ! 欲しくなった! そもそも僕の世代にとってこの言葉の響きは、確実に「スティングレー」なのだ! そうだ、「海底大戦争
スティングレイ」だよ!(“Stingray”は後に大ヒット作「サンダーバード」を生み出すことになるジェリー・アンダーソンらが1962年に製作したイギリスの特撮マリオネット・ドラマ)。
「玉蜀黍子」はトウモロコシの実。
「欛」は刀剣の柄。私が解説するよりも、「備前長船刀剣博物館」の「柄を巻く」のページがビジュアル的にも最適。ここでもサメでなくエイであることが示されている。
「曉」は判字と判読に迷ったが、これを動詞として読んでいるのだから「あかつき」から「明かす」、本物か贋物かを明らかにする、の意味でとり、「あかシ」と読んだ。
「欛鮫」は刀剣の柄用の鮫の皮の意味であるが、前述の通り、実際にはサメでなくエイ。
「聖多默(サントメ)」は、インド東岸のコロマンデル地方の別称。この地にポルトガルの宣教師セント・トーマスが来たとの故事からの地名とする。木綿の産地で、このサントメから渡来した縞の綿織物ということで桟留縞(さんとめじま)、あるいは唐桟(桟は桟留の略)と呼んだ。鮫や鹿の皮も桟留革と呼称したようである。
「太泥(パタニ)」は、現在のタイ王国パッターニー県(マレー半島)に14~19世紀にかけて存在したマレー人王朝にしてその都。マレー半島東海岸のパタニは南シナ海有数の貿易港であった。
「占城(チヤンパン)」は、チャンパ王国で、現在のベトナム中部沿海地方にあった。
「咬※5吧(ジヤガタラ)」[※5=「口」+「留」。]は、現在のインドネシアのジャカルタの古称である。
「暹羅(シヤム)」は、現在のタイ王国。
「阿媽港(アマカハ)」は、現在のマカオで、澳門・阿馬港・亜媽港等と表記した。
「南京鮫」同定不能。これはしかし、欛用の鮫皮の商品名であろうと思われ、従ってサメでなくエイである。
「幅廣鮫」同前。しかしこれが「羽広」であれば、鱏(えい)の一種である舶来の鮫皮の一つ、である(「日本国語大辞典」)。以下、「沖縄・八重山探偵団」というブログに「羽広」に関わる探索が載るのを発見した(この方の民俗学的考察は魅力的だ)。それによれば、「鮫皮精鑒録」という書物に、
羽廣の鮫は親つぶ青く地粒大小あり郭索(がさつく)気味なり
「羽広のサメの皮は、大きなつぶが青く、地皮についたつぶには大小があって、手触りはがさつく傾向がある」[やぶちゃん注:以上は該当ブログの筆者の現代語訳。]
そうして、この鮫皮はサメではなくエイのものであることを述べ、『羽を広げたように見えるエイの姿を、「羽広」と呼んだのであった』と記している。多分、これに間違いないだろう。前の「南京鮫」も、その「鮫皮精鑒録」や「鮫皮精義」等と言うマニアックな専門古書を辺りを紐解けば出てきそうだ(でも、此の注でそこまでしてやる気は残念ながら、私には、ない)。
「交趾(カフチ)」は、交阯とも書く。前漢から唐にかけての中国の郡名。現在のベトナム北部ソンコイ川流域地域で、後にこの地域が独立してからも、この呼称を用いた。ちなみに紛らわしいコーチシナ(交趾支那)という呼び名は、フランス統治下のベトナム南部に対する呼称である。
「柬埔寨(カボヂヤ)」は現在のカンボジア王国。
「鞘鮫」は「欛鮫」同様、江戸期にはこうした商品としての名が普通に使われていた(恐らく業界内では現在も)。「皮革ハンドブック」(日本皮革技術協会編)によれば、「1711年、この一年間の唐船・蘭船による、皮革の輸入取引は58回を数え、その取引量を拾い出して合計すると、牛革が6765枚、鹿皮が99544枚、その他の皮革4326枚、そして鞘鮫が1091枚、柄鮫が25625本、海鮫が700本となり重要な輸入品目の一つであった。」(「レザークラフト ハンズたかおかのHP」から孫引。1711年は江戸中期、正徳元年で徳川家宣の頃)とする。
「縐鮫」チリメンザメ 同定不能。但し、これも文の続きとその如何にもな名称から考えると、異国産のサメの名前と言うより、「南京鮫」や「幅廣鮫」同様、欛用の鮫皮の商品名であろうと思われ、従って素材はサメでなくエイである可能性が高い。
「巖石鮫」ガンセキザメ 同定不能。「縐鮫」注に同じ。
「發斑鮫」ハッパザメ 以下、同前。
「虎鮫」トラザメ 本邦共通の実際のサメならばトラザメは先に「虎沙」で注したネズミザメ上目メジロザメ目トラザメ科トラザメ属トラザメScyliorhinus torazameである。が、これも同前で、欛用の鮫皮の名称であろう。
「麑鮫」カノコザメ これも本邦共通の実際のサメならば、この名称は現在、仙台地方で用いられ、ネズミザメ上目メジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属ホシザメMustelus manazoを指している。が、これも同前で、欛用の鮫皮の名称であろう。
「海子鮫」ウミコザメ 同定不能。「縐鮫」注に同じ。
「白倍志鮫」シロヘシザメ 以下、同前。
「加伊羅介鮫」カイラゲザメ 前の7件を欛用の鮫皮と推論した理由は、実はこの「カイラゲザメ」なる呼称が、将に著名な鮫皮の名称の一つだからである。後に、鮫皮全体をその共通の文様から梅花皮鮫(かいらぎざめ)と称したようである。なおこれについてはイバラエイUrogymnus asperrimusに種同定している資料があった。
「駿州の大愛鮫」ダイアイザメ 駿河(現在の静岡県中部と東部・伊豆半島及び伊豆諸島を含む)であることから、トラザメの一種で伊豆半島周辺海域固有種であるイズハナトラザメScyliorhinus tokubeを同定候補としてまず挙げておきたい。但し、「愛鮫」となると、現在深海鮫の一種としてアイザメ科 Centrophoridae科の数種も挙がってくる。アイザメCentrophorus atromarginatus、ニアウカンザメCentrophorus niaukang、モミジザメCentrophorus squamosus、タロウザメCentrophorus acus、ゲンロクザメCentrophorus tessellatus等である。感覚的にはタロウザメなんか、匂うけど……。
「同國蒲原の小愛鮫」コアイザメ 蒲原は、静岡県の中部の庵原(いはら)郡に位置していた町であるが、現在は静岡市に編入合併して、清水区の一部(飛地)となっている。前記「大愛鮫」の中に同定種がいることを祈るのみ。モミジサメなんか可愛いけど……。
「常州の愛古呂」アイコロ 常州は常陸で現在の茨城県北東部。これは頭の「愛」のアイザメよりも、むしろ後ろの「古呂」がカスザメ目カスザメ科のコロザメSquatina nebulosa を連想させるように思われる。
「紀州の脊古呂」セゴロ これをは前項と同種か、その仲間の紀伊地方での呼び名と思われ、従って同定候補も同じコロザメSquatina nebulosaとしておく。
「松前の菊登知」キクトヂ 同定不能。ただ、その「きくとぢ」という印象的な呼称が気になる。松前にこの痕跡は残っていないか? そもそもこれは「菊綴ぢ」であろう。菊綴じとは、水干や直垂(ひたたれ)等の縫目に綴じ付けた紐の呼称で、本来は絹製で、その結んだ紐の先をほぐして菊花のように細工したところから名づけられた。さて、これは後に皮紐製のものが登場してくるのだが、そこで鮫皮である。これはエイ由来の欛鮫等とは違って、サメ由来だったのかも知れない。もし松前の方がここをお読みになった際には、是非、郷里でお聴きになってみてもらいたい。あなたのメールをお待ちしている♡【2008年6月8日改稿】本件について、「鱘」の同定でも御助言いただいた釜石キャビア株式会社というところでチョウザメに係わるお仕事に従事しておられるY氏から、貴重な情報を頂戴した。以下に引用する。
◇〔引用開始〕
「松前の菊登知」とはチョウザメのことでございます。水干の袖等を留める、放射状の糸綴を「菊綴」と呼びますが、この放射状の装飾が、チョウザメの背の鱗に似ていることから「菊綴鮫(きくとぢ)」とも呼ばれていました。松前は最近でもチョウザメが捕獲される地域でございます。
◇〔引用終了〕
この情報に私は正に目から「鱗」だった。実はそれはエイでもサメでもなく、チョウザメだった――更には「逆」だった――「絹製」の「水干や直垂等の縫目に綴じ付けた」「紐の先をほぐして菊花のように細工した」その模様がチョウザメの鱗と似ていたのであった――加えて驚天動地・無知蒙昧というか、現在も「松前の菊登知」は捕獲されているのだった――本件についてもう少し詳しい情報をお願いしたところ、お忙しい中、すぐに次のようなメールを頂戴した。
◇〔引用開始〕
日本において、忘れ去れてしまった魚、その利用の文化と言う観点から、「菊綴」をいろいろと調べていました。その、中心地は北海道であり、その文化はアイヌ民族が中心で、文字を持たない民族であるため、その資料数は限定されています。アイヌ語でチョウザメを「ユベ」と呼び、北海道の地名に「ユベ」の名のつく場所は、チョウザメが捕獲、又は関係のある場所とされています。日本近海では、大きく2種類のチョウザメが捕獲されますが、「菊登知」とされるチョウザメは、Acipenser medirostris mikadoi と言うチョウザメです。mikadoiは「帝」の意と聞いております。小河川にも産卵遡上する、特殊なチョウザメでございます。重くて恐縮ですが、菊登知の鱗を利用した刀剣の写真を添付します。この、5月末に北海道大学のグループが、日本近海で捕獲される菊登知を、十数年がかりで収集し、餌付けした親魚から採卵、孵化に成功しております。寺島良安先生も、生きたチョウザメは見たことはなかったと思いますが、確かにチョウザメは日本においても、知られていた魚であったと考えられます。本州では、付近の海で捕獲された菊登知が、大洗水族館で、飼育展示されています。
◇〔引用終了〕
Y氏のチョウザメへの思いは、確かな日本の、地球の自然の保全へと繋がる暖かい「智」であると、私は思う。Y氏の文章の真摯な温もりを味わって戴きたく、そのまま転載した。送って頂いた「菊綴」の写真は以下である。
ここでY氏が述べておられるのは、硬骨魚綱条鰭亜綱軟質区チョウザメ目チョウザメ科チョウザメ亜科チョウザメ属のチョウザメ(和名をミカドチョウザメとするものもあるが氏の呼称を支持する)Acipenser medirostris mikadoiである。そうして、「菊綴」なる存在は多様に変化してゆく。今度はフィード・バックして、「菊綴」に似たチョウザメの鱗が、刀剣の鞘の「菊綴」文様に逆利用されるたのだった――私は、「智」と「物」が、自然と人事の間を変化自在に行き来した良き時代をしみじみ感じるのである。]
***
かはゝぎ 【正字未詳】
皮剥魚
△按此魚形状甚醜而頭似方頭魚状畧似鮫全體薄扁
灰白色無鱗皮厚有沙口極小鰓鰭亦小背上有鬛腹
《改ページ》
下有翅背中目上有一刺尾無岐從尾末剥皮乃皮裏
青而肉潔白炙食【淡甘】味美傳云用皮擦錢瘡能治春
夏京師希見之蓋此鮫之屬乎
*
かはゝぎ 【正字は未だ詳らかならず。】
皮剥魚
△按ずるに、此の魚、形状甚だ醜くして、頭は方-頭-魚(くずな)に似、状、畧ぼ、鮫に似、全體薄く扁たく、灰白色、鱗無し。皮厚く、沙有り。口、極めて小さく、鰓鰭〔(さいき)〕、亦た小さく、背の上に鬛〔(ひれ)〕有り。腹の下に翅〔(はね)〕有り。背、目の上に中〔(あた)〕りて一刺有り。尾、岐無く、尾の末より皮を剥ぎなば、乃ち皮の裏、青くして、肉、潔白なり。炙り食ふ【淡、甘。】。味、美なり。傳へて云ふ、皮を用ひて、錢瘡〔(ぜにかさ)〕を擦〔(す)〕れば、能く治す〔と〕。春・夏、京師〔(けいじ)〕〔に〕、希に之を見る。蓋し此れ鮫の屬か。
[やぶちゃん注:フグ目カワハギ科カワハギStephanolepis cirrhifer。その表皮の形状に引かれてか、良安は最後に鮫の仲間であろうかと誤認している。
「方頭魚」と書き、かつ「クズナ」とルビが振られている以上、これはスズキ目キツネアマダイ科アマダイ属Brachiostegus(または Latilus)に属する魚の異名である。但し、「方頭魚」はカサゴ目ホウボウ科カナガシラ Lepidotrigla micropteraの異名でもあるが、「京師」(京都)の話が後半に出る辺りから考えても(西京焼きで有名なグジはアマダイの異名である)、前者を指すと考えてよいだろう。しかし、アカアマダイ
Branchiostegus
japonicus、キアマダイ Branchiostegus auratus、シロアマダイ Branchiostegus albusやカナガシラ同士は良く似ていると思うのだが、正直、カワハギはどちらにも似ているとは思えないのだ。冒頭の絵は似せて描いているけどね。
「沙有り」は、鮫同様、表皮が砂のようにざらついていることを示す。
「腹の下に翅有り」と「目の上に中りて一刺有り」は、本属に極めて特徴的な部分で、背びれの第一条が太く短い棘となっている(特異的に癒合した腹鰭も同様で、前者の「翅」はそれを指して言っているものと思われる)。ちなみに、背鰭の第二軟条が糸状に細く伸びているのは雄である。
「錢瘡」は、一般に田虫と呼ばれる体部白癬を指す。主にカビの仲間である白癬菌属Trichophyton、小胞子菌属Microsporum、表皮菌属Epidermophytoといった皮膚糸状菌が病原体である。感染すると、縁がピンク色の輪状(銭型)でやや盛り上がった皮疹が形成される。
さて、聞いた話じゃ、カワハギはあの深刻な大発生をしているエチゼンクラゲNemopilema nomuraiの天敵だそうで、集団でエチゼンクラゲを襲撃するという(考えてみればクラゲ食のマンボウもフグ目だもんなあ)。そこから同じ天敵のアジやカワハギ釣をやめて……とは、ならないんだな……逆に漁師はエチゼンクラゲを餌に、更にカワハギを多量に漁獲するというわけだ……目の前にぶら下がった餌しか見えないのは……カワハギばかりではないのだ……。最後に一言。かつて多量のカワハギを江の島で父が釣り、母が刺し身にしたのだが、よく言われる苦玉(胆嚢)を捌く途中で、潰してしまった。洗い流したけれども、その大皿の上の数多のカワハギの刺し身は、空しく食われず残された。身の味が落ちるどころではない。真面目に、苦くて食えなくなってしまうので、ご用心!]
***
さはら
さごし
馬鮫
マアヽキヤ゚ウ
鰢鮫 章※1[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「玄」。]
鰆【音春】
【俗云佐波良】
青箭魚【其小者】
【俗云佐古之】[やぶちゃん字注:以上五行は、前四行下に入る。]
南産志云馬鮫魚青斑色無鱗有齒【一名章※1】小者曰青箭
△按馬鮫魚頭尖眼大鰓硬無鱗青色背有青斑圓紋又
無背文有之肚白鬐硬刺尾有岐尾耑有刺鬛如大鋸
齒其大者三尺許春月盛出故俗用鰆字形狹長故稱
狹腹狹腰乎其小者尺許色最青並肉白【甘、温。】脂多味
厚美膾炙※2腌皆佳[やぶちゃん字注:※2=「月」+「雋」。]
洋鰆 馬鮫之極大者長五六尺味劣
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十
唐墨 馬鮫之※3也其胞多子形如刀豆莢而大乾之褐[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「米」。]
色微似唐墨故名之土州阿州讃州多出之味【甘微澁】美
然不如於鰡※3之唐墨
*
さはら
さごし
馬鮫
マアヽキヤ゚ウ
鰢鮫〔(ばかう)〕 章※1〔(しようこん)〕[やぶちゃん字注:※1=「魚」+「玄」。]
鰆【音、春。】
【俗に佐波良と云ふ。】
青箭魚〔(せいせんぎよ)〕【其の小者。】
【俗に佐古之と云ふ。】
「南産志」に云ふ、『馬鮫魚は青斑色、鱗無く、齒有り【一名、章※1。】。小さき者を青箭と曰ふ。』
△按ずるに、馬鮫魚は、頭尖り、眼大きく、鰓〔(あぎと)〕硬く、鱗無し。青色、背に青斑〔の〕圓紋有り。又 背文、之無きも有り。肚白く、鬐〔(ひれ)〕に硬き刺あり。尾、岐有り、尾耑〔=端〕(をさき)に刺鬛〔(とげひれ)〕有りて、大鋸の齒のごとし。其の大なる者、三尺ばかり、春月、盛んに出づ。故に俗に鰆の字を用ふ。形、狹く長し。故に狹腹(さはら)・狹腰(さごし)と稱すか。其の小さき者、尺ばかり、色、最も青く、並びに肉、白く【甘、温。】、脂多く、味、厚く、美なり。膾(なます)・炙(やきもの)・※2(いりもの)・腌(しほもの)、皆、佳し。[やぶちゃん字注:※2=「月」+「雋」。]
洋鰆(をきさはら) 馬鮫の極めて大なる者、長さ五~六尺、味、劣れり。
唐墨(からすみ) 馬鮫の※3〔(こ)〕なり。其の胞、子多く、形、刀豆莢(なたまめざや)のごとくして大、之を乾かして褐色、微かに唐墨に似たる故に之を名づく。土州・阿州・讃州より多く之を出だす。味【甘、微澁。】、美□〔→なり〕。然れども、鰡※3(ぼらのこ)の唐墨には如かず。[やぶちゃん字注:※3=「魚」+「米」。]
[やぶちゃん注:スズキ目サバ科サワラ Scomberomorus niphonius。出世魚として知られる。成長するに従って、サゴシ(西日本)・サゴチ(関東)→ナギ→サワラ(あるいはサワラゴ→グッテラ→サゴシ→サワラとも)等と呼び名が変わる。
『「南産志」』は、明の何喬遠(かきょうえん)撰になる現在の福建省地方の地誌・物産誌である「閩書」(びんしょ)の中の二巻。
「青箭」の「箭」(せん)は弓矢のことを言う。その魚体に相応しい命名である。
「※2」(※2=「月」+「雋」。)の「いりもの」とは、食材の水分がなくなるまで炒ったものを言う。
「沖鰆」は、サワラの大型個体の呼称と考えてよいと思われるが、現在は、あの獰猛で名高いクロタチカマス科のバラクータThyrsites atun及びその仲間を、異名や切り身の商品名でオキサワラと呼んでもいる。実際、サワラよりも大きくなるようである。但し、これらは外国産であるので、ここでは除外して考えてよいであろう。
「唐墨」は一般には長崎名産として、ボラMugil
cephalusの卵巣の塩漬けしたものを酒につけ、さらに乾燥させたもので珍味として名高いが、現在でも香川県ではサワラの卵巣からカラスミを製造しており、ボラに比して味は濃厚と謳っている。台湾では「烏魚子」(ボラ卵使用)、ヨーロッパでは同様のものを、フランスではブタルグ(Boutargue)、イタリア(サルジニア島)ではボッタルガ(Bottarga)、スペインではウエバ(卵)のサラソン(魚類の塩漬けの乾燥品)等と称して味わう。あちらではマグロ・スズキ・メルルーサ等の多彩な魚卵が使用されている。一言だけ。さっと炙るのがカラスミを味わう何よりのコツである。
「※3」(※3=「魚」+「米」。)は、はらご、魚の卵を言う語。
「刀豆莢」の「刀豆」はナマメ科ナタマメCanavalia
gladiateで、その莢は40cmにも達する。ちなみに、福神漬けの中に入っているプラナリアのような形をした中空のものはこの莢を輪切りにして漬け込んだもので、あれが多いほど高級な福神漬けだそうだ。更に付け加えると、このナタマメの豆にはシアン配糖体の一種であるアミグダリンamygdalinが含まれており、実が熟すとその分解過程で微量ながら青酸が発生するため、ナタマメの解説には実は有毒と記される(脱線序でに。シアン配糖体アミダグリンとは懐かしい。吉永春子は1996年講談社刊の「謎の毒薬」で、帝銀事件の毒物のとして確かこれを挙げていた)。
「土州・阿州・讃州」は順に土佐・阿波・讃岐。]
***
とびいを
ひいご
文鰩【音姚】
ウヱンヤ゚ウ
※【音飛】 飛魚[やぶちゃん字注:※=「魚」+「飛」。]
【俗云止比魚】
【又云比以古】[やぶちゃん字注:以上三行は、前四行の下に入る。]
本綱文鰩大者尺許状如鯉有翅與尾齋羣飛海上其身
蒼文白首赤喙常以夜飛肉【甘酸】食之已狂又宜妊婦
△按飛魚西海多背蒼腸灰白色三四月群飛其飛也離
水上尺許可一段而没水復飛薩摩最多作鮿送他邦
*
とびいを
ひいご
文鰩【音、姚。】
ウヱンヤ゚ウ
※【音、飛。】 飛魚[やぶちゃん字注:※=「魚」+「飛」。]
【俗に止比魚と云ふ。】
【又、比以古と云ふ。】
「本綱」に、『文鰩は、大なる者、尺ばかり。状、鯉のごとく、翅〔(はね)〕有り、尾と齋〔(ひと)〕し。海上に羣飛す。其の身、蒼き文、白き首、赤き喙〔(くちばし)〕。常に夜を以て飛ぶ。肉【甘、酸。】、之を食へば狂を已む。又、妊婦に宜(よろ)し。』
△按ずるに、飛魚は西海に多し。背、蒼く、腸、灰白色。三~四月、群飛す。其れ飛ぶや、水上を離るること尺ばかりにして、一段ばかりにして、水に没し、復た飛ぶ。薩摩に最も多し。鮿(ひもの)に作り、他邦に送る。
[やぶちゃん注:ダツ目トビウオ科Exocoetidae。現生種は約50種、日本近海で約30種を数える。
「鯉」はコイ属 Cyprinus carpio(僕はこのカルピオという響きが大好き!)のコイ以外は指さないが、似ていない。形態上の変異が少ないと感じるが故に魚そのものに興味が持てないという私が、それでも「似ていない」と言うんだから、似てない!
「水上を離るること尺ばかり」は、度量衡オーバー気味の良安にしては、遠慮し過ぎ。実際には滑空時の高さは3mに及び、飛距離は50~300mが平均的な記載であるが、500mを越えて飛翔できるとするもの、高さ10m(!)・飛距離400m・時速70kmで飛翔したという記録があるとするものもある。私もここでは良安になりそうになるが、きっと大洋では、マグロやシイラに追われた彼らがまさに必死になって飛翔するとき、我々の想像を絶する最長不倒距離を更新しているに違いない。
「一段ばかりにして」は、漠然とした「一段落して」の意味では、勿論ない。「段」は距離の単位で、六間、約11mである。ここでも、良安、異例にしょぼい。まあ、高度が30cmじゃあ、この程度か。
西日本や日本海側ではアゴと呼び、賞味される。干したアゴ焼きやアゴだしは私の家の常備品である(アゴだしは醤油の濃厚さや白だしの鼻につくお上品さに辟易する私には、必需品である)。かつて30年前、神津島のくさや店を訪れた時、漬け場も見せてくれたそこの主人は、一番旨いのはムロアジじゃあなくてトビウオだなとぼそっと言い、特に選んでくれた一匹を買って、即、民宿で焼いてもらった。民宿の主人や奥方は、気持ちよく何も言わずに焼いてくれたのだが、同じツアーで同宿したOL二人はその焼いた臭いに、悪鬼のごとき顔となった。しかし、僕にとって実は初めてのくさや体験であったが、その後に食ったくさやの中でも、あれほどの旨さを感じたことは、今もって、ない。
脱線だが、最後にそのときの思い出を語ろう。僕は神津島では、夜な夜な酔っては、民宿のすぐ前の墓場に行った。いや、槐多の「悪魔の舌」では、残念ながら、ないのだ。大きな木に抱かれるように、花々に飾られた幻想的な夜の墓場を見に行ったのだ。先祖崇敬と供養の習慣が厳然として残っていた。女達は毎日毎朝、墓に色とりどりの南国の切花を抱えるほどに供える。最早無縁仏となった墓にさえ。そこでは人はかつてのように今も祖霊と文字通り華やかに交感するのだ。私の半生の中でたった一度だけの、美しい親しみに満ちた夜の墓場との出会いだった――]
***
あんごう
華臍魚
ハアヽツユイイユイ
老婆魚 綬魚
琵琶魚
【俗云阿牟古宇】
泉州府志云華臍魚腹在帶如帔子生附其上故名綬魚
其形如科斗而大者如盤呉都賦云此魚無鱗而形似琵
琶故又名琵琶魚
△按此東海皆多有西南海少十月初出最賞之三月以
後稍希夏秋全無之状團偏如盤肉厚肚大背黑腹白
眼鼻向上口濶大而鬛鬐短弱骨亦極軟尾無岐而長
爲臛食之味【淡甘平】惟去胃與頭余皆可食以爲上饌割
之有法呼曰鈞切其法以繩貫下唇懸于屋梁入水於
口可五六升水自口溢爲度先切頸喉外皮而次剥周
身皮還割鬐及肉采膽割腸及骨以刀刺胃袋則畜〔→蓄〕水
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十一
迸出若不如法割之則肉不離皮骨
*
あんごう
華臍魚
ハアヽツユイイユイ
老婆魚 綬魚〔(しうぎよ)〕
琵琶魚
【俗に阿牟古宇と云ふ。】
「泉州府志」に云ふ、『華臍魚は、腹に帶在りて、帔〔(ひ)〕 のごとし。子、生じて、其の上に附く。故に綬魚と名づく。其の形、蝌斗〔(かと)〕のごとくして、大なる者、盤のごとし。「呉都賦」に云ふ、『此の魚、鱗無くして、形、琵琶に似たる故に、又、琵琶魚と名づく。』と。
△按ずるに、此れ東海に、皆多く有り。西南海には少なし。十月、初めて出でて、最も之を賞す。三月以後、やや希(まれ)なり。夏・秋、全く之無し。状、團く偏たく、盤のごとし。肉厚く、肚、大、背黑く、腹白く、眼・鼻、上に向き、口濶く大にして、鬛-鬐〔(ひれ)〕短かく弱し。骨、亦、極めて軟にして、尾、岐無くして長し。臛(しる)と爲して之を食ふ。味【淡甘、平。】、惟だ胃と頭とを去り、余く〔→余は〕皆、食ふべし。以て上饌と爲す。之を割くに、法有り。呼して鈞切(つるしぎり)と曰ふ。其の法、繩を以て下唇を貫き、屋-梁(やね)に懸け、水を口より入るること、五~六升ばかり。水、口より溢(あふ)れるを度と爲す。先づ頸喉の外皮を切りて、次に周身の皮を剥ぎ、還りて鬐及び肉を割き、膽〔(きも)〕を采り、腸及び骨を割き、刀を以て胃を刺せば、袋、則ち蓄水、迸〔(ほとば)〕しり出づ。若し法のごとくならずして之を割けば、則ち肉、皮骨を離れず。
[やぶちゃん注:アンコウ目Lophiiformes。アンコウは分類がやや複雑で科まで言うのは厳しい。HP「釣絶! 魚ゲノム」の「アンコウ目一覧表」を参照されたい。
『「泉州府志」』は、明の陽思謙らの撰になる現在の福建省にあった泉州府の地誌・物産誌。
「帔」は、服のすそ、裳裾(もすそ)。これは次項で説明するチョウチンアンコウの仲間の皮膚がゼラチン状で、剥離しやすい様子を説明しているものと思われる。
「子、生じて、其の上に附く」は興味深い叙述である。本記述のアンコウはチョウチンアンコウ亜目Ceratioideiの内、ヒレナガチョウチンアンコウ科Caulophrynidaeに属するもの、またはミツクリエナガチョウチンアンコウ科CeratiidaeのミツクリエナガチョウチンアンコウCryptopsaras couesii やビワアンコウ Ceratias holboelli等(これにオニアンコウ科 Linophrynidaeを加える説もあるが、どうも寄生オスはこの科では見つかっていないようだ)に属するものが同定候補となる。何故なら、周知の通り(この話は昔は驚天動地の雑学の秘密兵器であったが、最近はトリビア流行りで知れ渡ってしまい、授業で話しても、知ってらあという顔をされるようになってしまった)、上に挙げたアンコウ類は(すべてのアンコウがこのライフサイクルを持つと思っている人がいるがそれは間違い)オスが極端に小さく(例えばミツクリエナガチョウチンアンコウでは平均、オスは2㎝に対してメスは40㎝。ものによっては60分の1とも)、しかもオスがメスに寄生するということである。オスはメスの腹部や体後部に噛み付くと同時に、癒合を促進する酵素の分泌を開始する。その結果、皮膚は勿論、血管も繋がり、オスは眼を初めとして、外見上、ことごとく退化してしまい、遂にはメスの体の一部、奇妙な突起物にしか見えなくなる(但し勿論、精巣はしっかりと機能しているわけで、この時、当該個体は雌雄同体となったと考えてよい。ちなみに、この寄生オスの変異過程の途中でも、寄生されたメスは他のオスへのフェロモン放出によるオスの誘引行動をやめず、二匹目のオスを更にぶら下げるメスも稀ではないようだ)。本件についての歴史的発見や生物学的詳細は、そのチャートを含め、目からアンコウのオスが出るほど秀抜な「チョウチンアンコウの深海生活」(HP「水産雑学コラム」内)内)で吊るし切り風にブスっとトドメの一発だ! ちなみに、このミツクリエナガチョウチンアンコウ、魚類和名の最長不倒距離とも言われるが、それより博物学フリークには懐かしい名前に出会えて嬉しくなる。漢字に直せば「箕作柄長提灯鮟鱇」、そこで奉名されているのは最初の東京帝国大学生物学教授にして、日本海洋生物学発祥の地である三崎臨海研究所の創立者、箕作佳吉(みつくりかきち)だ。
さてここで、引用した「チョウチンアンコウの深海生活」の叙述の中で、長年、私が疑問に思っていることを述べておきたい。この筆者は最後の「吊るし切り」の項の冒頭で、教科書にもしばしば載る、加藤楸邨の有名な
鮟鱇の骨まで凍(い)ててぶちきらる
を引用されている。多くの句解説ではこれに、歳時記宜しく「吊るし切り」の説明を載せるのであるが、私は、このアンコウは「吊るし切り」ではないと思うのである。ここでは、捌く者が、「骨まで凍て」たかのようなアンコウを、出刃包丁で「骨まで」断ち割るように(もしくは事実断ち割って)、ざっくり「ぶちきらる」のである。そこにこの、バツン! という音が聴こえてくるような慄っとする素敵なリアリズムが生じるのである。ところが「吊るし切り」では、このように「ぶちきらる」というダイナミズムはどう考えても生じないと思うのである(私は「吊るし切り」自体、テレビの映像でしか見たことがなく、実見はしていないが)。いや、もし、これが楸邨が実見した「吊るし切り」の場面なのだとしたら……残念ながら、その瞬間、本句の魔力は減衰する。いっかな私もこの句を素直に読んで「吊るし切り」をイメージ出来ないからである。それはきっと多くの人に納得して頂けるものと信ずるのである。すなわち、私は本句で「吊るし切り」の解説の冒頭を飾ることには疑義があるのである。反論をお待ちする。ちなみに大型でないアンコウは、やや手間取るものの、勿論、俎の上で調理できる。良安が最後に言う言葉は必ずしも真ではない。
「綬」は、紐、または官位を示すしるしとしての印を結びつける紐、または礼服(らいふく)着用の時に胸の下に垂らした帯等を指す。
「蝌斗」は「蝌蚪」でおたまじゃくし♪ (゜゜)~
『「呉都賦」』は晋の左思の連作「三都賦」の一。晋に先行する三国時代の国の都それぞれの、情勢や物産・制度等を描いた「蜀都賦」・「呉都賦」・「魏都賦」からなる。発表当時から名文の誉れ高く、貴族や富豪が先を競って書写したため、洛陽は紙不足となり、紙の値段も高騰した(「晋書」文苑伝)。所謂、「洛陽紙價貴」、洛陽の紙価を高からしむ、の故事となった文章である。
以下、良安の記述は食用種のアンコウについての記載であるから、アンコウ(クツアンコウ)
Lophiomus setigerusとキアンコウ(ホンアンコウ) Lophius
litilonと考えてよいであろう。
「惟だ胃と頭とを去り」とあるが、「胃」はアンコウの七つ道具であるトモ(鰭)、ヌノ(卵巣)、キモ(肝臓)、水袋(胃袋)、エラ(鰓)、柳肉(身及び頬肉)、皮にしっかり入る。「頭」は削ぎ落とした後の頭骨部分を指すのであろうが、これもしっかり出汁をとるために必要。良安先生のアンコウ鍋、ちょっと味に不満がありそうだ。
「鈞切」は、ゼラチン状で捌きにくいアンコウを調理するための独特の「吊るし切り」で、「大洗ホテル」の「あんこう吊るし切りショー」という、ホテル自ら、グロテスクなのでご注意下さい、と記すページ等がビジュアルにはよかろう。ちなみに、本文でラストに胃を刺しているのはパフォーマンスではない。これで最後に包丁を洗うというプラグマティックな意味があるのだ。
「度と爲す」とは、丁度いい頃合いとして水を入れるのをやめる。という意。
「頸喉」は二字で「のど」と訓読しているか。東洋文庫版訳でもそうルビを振っている。]
***
【針有鋸齒而在尾
根際能左右振螫
人欲捕之可抓目
際陥處不然則所
螫大※1〔→痛〕甚者至死】[やぶちゃん字注:※1は後注参照。以上の四行の割注は特異的に以下の図の上部にある。]
ゑひ
こめ
ゑざれ
海鷂魚
ハアイ セウ イユイ
鱝【音忿】 荷魚
卲陽魚 鯆魮
蕃蹹魚
【和名古米】
【鱏訓衣比謬
也鱏乃鱘也】[やぶちゃん字注:以上六行は、前四行の下に入る。]
本綱海鷂魚海中頗多江湖亦時有之状如盤及荷葉大
者圍七八尺無足無鱗背青腹白口在腹下目在額上尾
長有節螫人甚毒皮色肉味同鮎肉内皆骨節節聯比脆
軟可食肉【甘鹹平有小毒】常有風濤則乘風飛於海上逢物則以
尾撥而食之【魚掉尾曰※2音鉢】[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「發」。]
△按鱝形状如上説大者皮有沙如鮫以可飾刀鞘其口
甚下【大※3〔→概〕可稱※4〔→胸〕處乎謂在腹下者過矣】大者丈余煎肝取燈油
[やぶちゃん字注:※3=(てへん)+{上に「既」+下に「木」}。※4=「月」+{「匈」の中の「凶」を「插」の(つくり)に換える}。」
赤鱝 即真鱝也其肉赤俗傳云煮食止瀉痢其膽治小
兒雀目屢試有効未言本草但不多食可矣
《改ページ》
鷂鱝 喙尖色黑有肉翅頗似鳶鷂之形故名鳶鱝本名
海鷂魚亦據此乎其肉脆味美
窓引鱝 状薄扁而尾細長如挽窓戸繩故名之其肉骨
畧硬味劣
牛鱝 黑色肉白肥味最不美
*
【針に鋸齒有りて、尾根の際に在り。能く左右に振りて、人を螫〔(さ)〕す。之を捕へんと欲さば、目の際の陥處〔(かんしよ)〕を抓(つか)むべし。然らずんば、則-所〔(たちどころ)〕にして螫されて、大いに痛み、甚だしきは死に至る。】
ゑひ
こめ
ゑざれ
海鷂魚
ハアイ セウ イユイ
鱝【音、忿。】 荷魚
卲陽魚〔(せうやうぎよ)〕 鯆魮〔(ほひ)〕
蕃蹹魚
【和名、古米。】
【鱏を衣比と訓ずるは謬〔(まちが)〕ひなり。鱏は乃ち鱘(かぢとをし)なり。】
「本綱」に『海鷂魚〔(かいえうぎよ)〕は海中に頗る多し。江湖にも亦、時に之有り。状、盤及び荷葉〔(かえふ)〕のごとく、大なる者は、圍〔(めぐり)〕、七~八尺。足無く、鱗無く、背青く、腹白く、口は腹下に在り、目は額の上に在り。尾は長くして節有り、人を螫す。甚だ毒あり。皮の色、肉の味、鮎(なまづ)に同じ。肉の内、皆、骨、節節、聯-比(つらな)り、脆く軟にして、食ふべし。肉【甘鹹、平。小毒有り。】常に風の濤〔(なみ)〕有れば、則ち風に乘じて海上に飛びて、物に逢へば、則ち尾を撥(はね)て之を食らふ【魚、尾を掉〔(う)〕つを、「※」と曰ふ。音、鉢。】。』と。[やぶちゃん字注:※2=「魚」+「發」。]
△按ずるに、鱝は、形状、上の説のごとし。大なる者、皮に沙有りて、鮫のごとし。以て刀鞘を飾るべし。其の口、甚だ下(ひ)きたり【大概〔(おおむね)〕、胸と稱すべき處か。腹下に在りと謂ふは過ぎたり。】。大なる者、丈余。肝を煎して燈油を取る。
赤(あか)鱝 即ち真鱝なり。其の肉赤し。俗に傳へて云ふ、煮食〔ふに〕、瀉痢を止め、其の膽〔(きも)〕、小兒の雀目(とりめ)を治す〔、と〕。屢々試み、効有り。未だ本草〔:諸本草書〕に言はず。但し、多食はせず□〔→せざるが〕可なり。
鷂鱝(とびゑひ) 喙〔(くちばし)〕尖り、色黑く、肉の翅〔(はね)〕有り。頗る、鳶(とび)・鷂(はいたか)の形に似たる故に鳶鱝と名づく。本(もと)、海鷂魚と名づくは亦、此れに據〔(よ)〕るか。其の肉、脆く、味、美なり。
窓引(まどひき)鱝 状、薄く扁たく、尾、細く長く、窓の戸を挽(ひ)く繩のごとくなる故に之を名づく。其の肉の骨、畧ぼ硬く、味、劣れり。
牛鱝 黑色、肉白く肥え、味、最も美ならず。
[やぶちゃん注:エイとは、軟骨魚綱板鰓亜綱に属する魚類の中で、鰓裂が体の下面に開くものを便宜的に総称する語。「鮫」の項で述べたように、サメは原則として鰓裂が体側に開く(但し、カスザメ目Squatiniformesの鰓孔は腹側から側面に開いている)。本項の図について一言。先に「鱣」(フカ)の注末で述べたように、これは一般的なエイのフォルムで想定するアカエイDasyatis sp.でもヒラタエイUrolophus aurantiacusでもなくウチワザメPlatyrhina sinensisではなかろうか。但し勿論、問題ない。ウチワザメはエイ目であるから。
まずは毒である。タンパク毒であるが、一般の海洋生物毒同様、研究が進んでいない。最近ではオーストラリアの自然保護運動家として知られたStephen Robert Irwin氏がグレートバリアリーフのアカエイDasyatis sp.で命を落としている(詳細は彼についてのWikipediaを参照されたい)。
冒頭の図中割注については、東洋文庫版後注に『この説明は、杏林堂版にはない。』とある。私の底本としている1998年刊の大空社版CD-ROM「和漢三才図会」も東洋文庫が底本とした五書肆名連記版であろう(底本明記がこのCD-ROMにはない)。この異同は良安による改稿の結果と考えられるが、本項はその冒頭の図中割注(図中割注である雰囲気を出すために特別に横罫相当部分の罫線を図の下に入れた)といい、不可解な字体の使用(※1・※3・※4等)といい、やや訓読法も他と異なる気がする(対句法や他に見ない連続性等)。少なくとも本項の叙述の際、良安、何かあったのかな? と余計な詮索をしたくなる程に、やや奇異である。
「※1」は非常に奇異な字で通常の部分要素合成で示すことが出来ない。恐らく「痛」という字の篆書体に近いものと思われる。敢えて表現すると、《※=(がんだれ)の上部に「エ」を接合した(「エ」の下部はがんだれの上部と共有)中に、上に「口」、下に「冉]の全ての外への出っ張りをはずして右中央の横画をも取ったもの、の三種を組み合わせた字体》である。
「目の際の陥處」とは、眼の後ろにある噴水孔(かねがね不思議なのだがこれはエイにとっては海水の取水孔じゃないの?)を指す。
「鱘」と良安が言う時、それはスズキ目メカジキ科
Xiphiidae およびマカジキ科 Istiophoridae の二科に属するカジキを指している。但し、本頁中の「鱘」の後注を参照のこと。
「江湖にも亦、時に之有り」気水域に入り込める海産種や東南アジアの淡水エイ等が知られる。なお、最近の流行りの鑑賞用淡水産エイの多くは南米産で、ポタモトリゴン属Potamotrygonが多い。
「荷葉」はスイレン目ハス科ハスNelumbo nuciferaの葉のこと。
「鮎」はナマズ目ナマズ科Siluridaeの魚類の総称。
「大なる者、皮に沙有如りて、鮫のごとし。以て刀鞘飾るべし」は「鮫」の項の後注「白玉」を必ず参照されたい。これは実は「鮫」の注ではなく、このエイの注というべきであるから。
「赤鱝」アカエイ 本属は種数が多いが、とりあえずアカエイDasyatis akajei挙げておく。
「雀目」は一般に夜盲症で、ビタミンAの不足によるものとされた。但し現在、夜盲症の中には、遺伝的な由来による網膜色素変性症(ちなみに私がブログで浦沢直樹作「プルートゥ」の挿話「ノース2号の巻」に関わる評論「ノース2号論ノート」で盲目の音楽家ダンカンの病因として同定したものもこの病気である)である場合もあることを知っておく必要があろう。サメの肝臓には多量のビタミンAが含まれることが知られており、同グループのエイでも同様と思われ、効果はあるであろう。また、「多食はせずして可なり」(食べ過ぎるのは良くない)というのは、まさにビタミンAの過剰摂取症(下痢等の食中毒様症状・倦怠感・皮膚剥離障害等、女性の場合は子供への催奇形性有り)を警告している優れた部分である。
「鷂鱝」トビエイ イトマキエイ属 Mobula、ウシバナトビエイ属 Rhinoptera、オニイトマキエイ属 Manta、マダラトビエイ属Aetobatusを挙げておけばよいであろう。最近、有明海の貝類の甚大な不漁は、ナルトビエイAetobatus flagellumの進出とその捕食行動にあるとする番組や論文を見た。駆除も盛んだ。しかし、彼らが北進してきたのは地球温暖化のせいだ。彼らの生息域が広がったのは、彼らのせいでは、ない。況や、彼らが僕らに果敢に挑戦してきたのでも、さらさらないということを忘れずにいたい。
「鳶・鷂」の「鳶」はタカ目タカ科トビMilvus migrans。「鷂」はタカ科ハイタカAccipiter nisusで、オオタカAccipiter
gentilisと同属である。オスは背面が灰色で、腹面に栗褐色の横縞があるのに対して、メスは背面が灰褐色で、腹面の横縞はオスよりも細かい。古くは「ハイタカ」は現在のハイタカのメスを指す呼称で、オスは「コノリ」と別称されていた。
「窓引鱝」マドヒキエイ 私には「窓引」なるものが如何なる形状のものであるか、分からない。ただ、本文最後に「繩のごとく」とあるので、これを最もスリムで尾部が縄状に細いサカタザメ科のサカタザメRhinobatos schlegeliiまたはコモンサカタザメRhinobatos
hynnicephalusに同定したくなる。ところが、既に良安は本頁の「鱣」の項で「坂田鱣」(さかたぶか)なるものを挙げてしまっているのである。これをどう考えるべきか。「鱣」の「坂田鱣」を再考してみよう。
坂田鱣 大いさ二~三尺。頭、圓く匾〔(うすく or ひらたく)〕、團扇(うちは)に似、身、挟く長〔く〕、團扇の柄に似て、灰黑色なり。
体が円い、頭部が団扇に似ている、身から(尾にかけてととってよい)狭く長く団扇の柄に似ている特徴は、実はサカタザメよりもよりエイ目ウチワザメ科ウチワザメPlatyrhina sinensisに近似する。サカタザメ類に似るが、体が丸いのがこの種の特徴であり、坂田鱣には「圓く」の記述があること、現在のウチワザメはまさに「団扇鮫」と表記することから、「坂田鱣」の先の同定をウチワザメPlatyrhina sinensisに変更し、本種をサカタザメRhinobatos
schlegeliiまたはコモンサカタザメRhinobatos hynnicephalusに同定することとする。
「牛鱝」ウシエイ アカエイ科ウシエイDasyatis
ushieiであろう。これはかなりの大型種であり、そこからの命名であろう。横幅が1~1.8mに達する。頭部上面の前額部分ももっこりと突き出しており、ウシの顔に似ていなくもない。]
***
まなかつを
鯧【音昌】
チヤン
鯧鯸 ※魚【※=「魚」+「倉」。】
昌鼠
【俗云末奈
加豆乎】[やぶちゃん字注:以上四行は、前三行の下に入る。]
本綱鯧生南海四五月出之形似鯿腦上突起連背身圓
肉厚白如鱖肉只有一脊骨治之以葱薑缶之以粳米其
骨亦軟而可食【甘平】或云鯧游於水群魚隨之食其涎沫
有類於娼故名之腹中子有毒令人下痢
三才圖會云鯧縮項扁身似魴而扁鱗細色白
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十二
△按鯧形状如上説攝泉播最多東北海無之大一尺
余白色帶青作魚軒最美也然有微青臭氣炙食亦佳
或作鮓作糟漬惟不宜煮食但雖有鱗細白而如無
*
まながつを
鯧【音、昌。】
チヤン
鯧鯸〔(しやうかう)〕 ※魚【※=「魚」+「倉」。】
昌鼠
【俗に末奈加豆乎と云ふ。】
「本綱」に『鯧は、南海に生ず。四~五月、之出づ。形、鯿(かゞみうを)に似る。腦の上、突き起こり、背に連なり、身圓く、肉厚く白く、鱖(あさじ)の肉のごとし。只だ一〔(いつ)〕の脊(せ)骨有り。之を治〔(ととのふ)〕るに、葱・薑〔=生姜〕を以てし、之を缶るに、粳(うるち)米を以てすれば、其の骨も亦、軟にして食ふべし【甘、平。】。或は云ふ、鯧、水に游〔ぶに〕、群魚之に隨ひて、其の涎沫(よだれ)を食□〔→食すが〕、娼に類すること有り。故に之を名づく。腹中の子、毒有り。人をして下痢せしむ。』と。
「三才圖會」に云ふ、『鯧は、縮(みぢか)き項(うなじ)、扁たき身、魴(かゞみうを)に似て扁たく、鱗細く、色白し。』と。
△按ずるに、鯧は、形状、上の説のごとし。攝〔=摂津〕・泉〔=和泉〕・播〔=播磨〕、最も多し。東北海、之無く、大いさ一尺余、白色に青を帶ぶ。魚-軒(さしみ)に作りて、最も美なり。然れども微かに青臭き氣有り。炙り食〔ひて〕亦、佳なり。或は鮓〔(すし)〕に作り、糟漬に作る。惟だ煮て食□□宜しからず。但し、鱗有りと雖も、細かに白くして無きがごとし。
[やぶちゃん注:イボダイ亜目マナガツオ科マナガツオ属マナガツオPampus argenteus。東シナ海や中国広域にまで広げて考えるならば、コウライマナガツオPampus echinogaster、シナマナガツオPampus
chinensisも挙げておくべきか。現在の市場に現れるものは以上三種である。マナガツオの名称由来については、「本朝食鑑」に、京ではカツオが手に入らなかったことから、カツオと同漁期に瀬戸内から入ってくるこの生鮮魚を膾となして鰹の「生」に学びなぞらえたがゆえに「学鰹」と言い、それが、「まながつお」となったという説(これは「まな」に「生」の意味がない以上、安易な気がするし、そもそも「学びなぞらえる」という語句は私には何を言いたいのかさっぱり分からない)、マナは「真名」で、この魚の身がよくしまっていることから、これが正真正銘の堅い魚=鰹=真魚鰹=まなかつお、となったとする説等がある。
「鯿」カガミウオ カガミウオはアジ科イトヒキアジAlectis ciliarisの異名。後の「魴」も、和名ではカサゴ目ホウボウ科Chelidonichthys spinosusを意味するが、カガミダイ(更にはマナガツオ自体をも)も指す。但し、これらは共に中国の書中の用字である以上、良安のルビとは別な種を同定すべきであると考える。「鯿」は現在、コイ科のRasborinus属の一種を指すのではないかと思われ(和名は恐らくない。読めない中国語サイトの学名一覧からの勝手な推測である)、「魴」を持つ魚としては、「団頭魴」があり、これは武昌魚Megarobrama amblycephalaであるとする。但し、「団頭魴」=「魴」とは思われない。中国語に堪能な方の助力を求める。
「鱖」アサジ アサジと本邦で呼称するものは淡水魚であるコイ目コイ科ダニオ亜科(またはラスボラ亜科またはハエジャコ亜科)オイカワZacco platypusである(厳密にはオスをアサジ、メスをシラハエと称する)。体長15cm程で、甘露煮・唐揚・天麩羅・南蛮漬などで食用にされるが、肉は厚くなく、本記載には適合しない。これは「本草綱目」の叙述であるから、ここでも良安のルビに惑わされず、中国名での「鱖」を優先して考えねばならない。現在、本字で示されるのは観賞用淡水魚であるケツギョ科ケツギョ属ケツギョSiniperca chuatsiである。こちらについては、ぷりぷりとした白身の高級魚として中華料理で有名だ。とりあえずこちらに同定しておく。
「缶る」は「缶」を国字としての意味にとって、「薬缶」等に用いる「湯沸かし」の意味から、「煮る」と訓読したい。東洋文庫版の「あぶる」という訳では意味が通じない。
「娼に類すること有り」は、娼婦に似たところがある、という意味だが、分かったような分からないような、変な由来説明である。この部分、私には何だか妙に読後感が悪い。
「腹中の子、毒有り」とあるが、マナガツオの卵巣に毒はない。ただ興味深いのは、同じマナガツオ科Stromateidaeに属する、エボダイに似た南アメリカ産のゴマシズStromateus brasiliensisやホシゴマシズStromateus
stellatusの身から、近年、摂取量によっては下痢を引き起こす可能性のある脂質成分ジアシルグリセリルエーテル(Diacyl glyceryl ether:DAGE)が検出されていることだ。この手のワックス中毒は、最近クロースアップされてきた。でもね、その手のワックスを含む魚類の刺身は、ちょっと食べるには、安全で、旨いんだよぉ……(違法なので口ごもっておく)。
「魚軒」は刺身。「軒」という字には、大きく切った肉片という意味がある。
「惟だ煮て食□□宜しからず」は、「但し、煮て食うには適していない」という意味であるが、「食」の送り仮名は「ムレ」のような字で、訓読できない。意味からは「惟だ煮て食はむには宜しからず」か。]
***
かゝみうを
まといを
魴【音房】
ハン
鯿
【俗云鏡魚
又云的魚】
【鯿魴共本草入有鱗魚
之類今改出于無鱗下】[やぶちゃん字注:以上五行は、前四行の下に入る。]
本綱魴小頭縮項穹脊闊腹扁身細鱗其色青白腹内有
肪性宜活水其状方其身扁故名之作鱠味最腴美作羹
臛食【甘温】宜人功與鯽同疳痢人勿食
火燒鯿 頭尾倶似魴而脊骨更隆上有赤鬛連尾如蝙
蝠之翼黑質赤章色如烔※〔→薫〕故名[やぶちゃん字注:※=「薫」-(くさかんむり)。]
△按魴鯧二物形状相似而其所説亦難別惟三才圖會
所圖以能別矣蓋魴自項至尾有鬐而有一條絲鬛宜
炙食色白於鯧
*
かゞみうを
まといを
魴【音、房。】
ハン
鯿〔(はん)〕
【俗に鏡魚と云ひ、又、的魚と云ふ。】
【鯿と魴、共に「本草」〔=「本草綱目」〕に有鱗魚の類に入る。今、改めて無鱗の下に出だす。】
「本綱」に『魴は、小さき頭、縮みたる項〔(うなじ)〕、穹(たか)き脊、闊(ひろ)き腹、扁たき身、細かなる鱗、其の色、青白く、腹の内に肪〔(あぶら)〕有り。性、活水に宜〔(よろ)〕し。其の状、方〔(はう)〕にして、其の身扁き故に之を名づく。鱠〔=膾〕に作り、味、最も腴美〔(ゆび)〕なり。羹臛〔(かうかく)〕に作して食ふに【甘、温。】、人に宜〔(よろ)〕し。功、鯽〔(せき)=鮒〕と同じ。疳痢の人、食すること勿れ。
火燒鯿〔(くわせうはん)〕 頭尾倶に魴に似て、脊骨、更に隆(たか)し。上に赤き鬛〔(ひれ)〕有りて、尾に連なり、蝙蝠(かはもり)の翼のごとし。黑質に赤章、色、烔-薫(ふす)ぶるごとし。故に名づく。』と。
△按ずるに、魴・鯧〔(まながつを)〕の二物、形状相似て、其の説く所、亦、別し難し。惟だ「三才圖會」に圖する所を以て能く別つ。蓋し、魴は項より尾に至りて鬐有りて、一條の絲鬛〔(いとひれ)〕有り。炙り食ひて、宜〔(よろ)〕し。色、鯧より白し。
[やぶちゃん注:カガミウオはアジ科イトヒキアジAlectis ciliarisの異名。但し、冒頭の異名で「鯿」を掲げてしまい、さらに、本文中でも良安自身が、魴・鯧の区別について「其の説く所、亦、別し難し。」(その「本草綱目」の説明が、また、よく分からない。)と記すのは、「本草綱目」記載の種と良安の同定する種とが、大きく齟齬しているからに他ならない。それについては、前項「鯧」(マナガツオ)の「鯿」の私の後注を参照されたい。
「的魚」は、気になる。これは別種(しかし形状にイトヒキアジとの類似性が認められる)のマトウダイ目マトウダイ科のマトウダイZeus faberを指しているのかもしれない。ちなみにマトウダイの英名もTargetfishである。
「魴」について。この「本草綱目」中の「魴」はイトヒアジではなく、淡水魚の一種であろう。その証拠に、生息域についての記載がない。さらに海産にしては、「活水に宜し」(勢いよい流れている水の中で棲息することを好む)という表現もやや不自然である。そこで国会図書館の「本草綱目」の該当部分を見てみると、良安が引用部の頭をカットしていることが分かるのである。そこには「魴魚處處有之。漢沔尤多。」とある。これは「魴魚は處處に之有り。漢沔(かんべん)に尤も多し。」で、「漢沔」とは沔水(べんすい)のことで、陜西省から湖北省を東南流する漢水の上流を言う。即ち、これが淡水魚であることをはっきりと示しているのである。恐らく良安はそれが彼が記載しようとしている海産のイトヒキアジと適合しないために、わざと排除したものと思われるのである。これじゃあ、「其の説く所、亦、別し難し」に決まってるじゃあ、ありませんか、良安先生!?
「腴美」の「腴」は、下腹部のあぶらののった肥えて軟らかな肉のことをさすので、あぶらがのっていて柔らかく美味しい、という意味であろう。
「羹臛」は二字でスープの意(この二つは「有菜曰羹、無菜曰臛」等と具の有無によって分けるとも言う)。
「鯽」は、「鮫」の項にも前出しているが、漢方系の記載などを参考にし、本文で示したようにコイ亜科フナ属Carassiusに一応、同定しておく。漢方では、鮒は下痢止めやビタミンAによる体力回復の効果が認められるとする。
「疳痢」は、栄養不良による痩身と下痢症状が複合した状態を指す。
「火燒鯿」は、「本草綱目」の個別記載である以上、やはり「鯿」の同族の淡水魚であろう。この特徴は、かなり明確である。中国産淡水魚の専門家の指摘を待つ。
「蝙蝠」は、コウモリのことで、脊椎動物亜門哺乳綱コウモリ目(=翼手目)Chiroptera。
「黑質に赤章」は、下地の色が黒で、それ赤い円形の紋がある、という意味である。
「烔薫ぶるごとし」の「烔」は、「熱い」という意味、「薫」は煙でいぶす意。良安は合わせて、「ふすぶ」(「いぶす」の古語)と読んでいるように思われる(但し、「ふすぶる」というルビは「薫」の横にのみついている)。高温の煙でいぶしたように黒い、ということであろうか。もし、この字が(「火」+{「口」に中に左に接する「コ」})であれば、それは「烟」の俗字であり、文字通り、「薫」との畳語にはなる(東洋文庫版はそのように解して「烟薫」と活字化している)。
「一條の絲鬛有り」は、良安の本種同定がイトヒキアジであることを示す特徴である。イトヒキアジの幼体は背鰭(尻鰭も)の鰭条が糸状に伸びるのである(但し、成長とともに短くなる)。]
***
うぼぜ 正字未詳
嫗背魚 【俗云宇保世】
【此魚僂畧似嫗背故俗曰
嫗背魚又訛爲宇保世乎】
△按宇保世形似鯧而小腦上突起連脊如瘤疣極細鱗
色白光如傅雲母九十月攝泉紀播出之二三寸至五
六寸炙食作鮓亦佳
*
うぼぜ 正字、未だ詳らかならず。
嫗背魚 【俗に宇保世と云ふ。】
【此の魚、僂〔にして〕、畧ぼ嫗が背に似る。故に俗に嫗背魚と曰ふ。又、訛りて宇保世と爲るか。】
△按ずるに、宇保世は、形、鯧〔(まながつを)〕に似て小さく、腦の上、突起〔し〕、脊に連なり、瘤疣(こぶ〔いぼ〕)のごとし。極めて細き鱗、色白く光り、雲母(きらゝ)を傅(つ)くるがごとし。九~十月、攝〔=摂津〕・泉〔=和泉〕・紀〔=紀伊〕・播〔=播磨〕に、之を出だす。二~三寸〔より〕、五~六寸に至る。炙り食ひ、鮓〔(すし)〕に作り、亦、佳し。
[やぶちゃん注:イボダイ亜目イボダイ科イボダイ属イボダイPsenopsis anomala。本種の同定はすっきりくる。まず、西日本にあって本種はボウセ(徳島)・ボゼ(三重)ウボセ(和歌山)と呼称され(他にウオゼ・オシズ・シズ――澁澤敬三『日本魚名の研究』(1959)によれば(以下のページの孫引き)、これはその可愛らしさからの、とある港の遊女名由来とする。ああっ! 「先生」の「静」さんがこんなところに!――等)、関西圏ではこれらの名称由来について、背が曲がっているように見えるので媼背(うばぜ)の転訛であるとする説を多くの解説が紹介する。また、関東圏では本種を、エボダイと呼称するが、「えぼ」とは「疣(いぼ)」のことであり、その形状及び良安の形容と完全に一致する。
「僂」は、せむし。佝僂(くる)。脊椎後彎(背中全体の弓状歪曲)の病態をいう。明白な差別言辞である。
「傅くる」の「傅」(音 フ)は、付く、くっつくの意。]
***
にらぎ 正字未考
仁良岐魚
△按仁良岐状似宇保世而小色青白其頸有一刺八九
《改ページ》
■和漢三才圖會 江海無鱗魚 卷ノ五十一 ○十三