配役

★劇の中での役

 

1.                楠木のぞみ ★ナレーション、富山の薬売り

2.                カエデ ★柏木香織   

3.                母   ★花田菜津子

4.                瑠璃姫 ★並木若葉 

5.                ヤブレ ★桂 幹郎       

6.                カブレ ★松本弥生        

7.                あねご ★樫山美紀  

8.                あねごの子分シドロ ★木下裕美    

9.                 〃   子分モドロ   ★橘 美樹 

10.          音響  ★林 真樹

11.          婆   ★柊 冬美

 

12.          瑠璃姫の家来ノラリ

13.          瑠璃姫の家来クラリ

14.          瑠璃姫の家来スットコ

15.          瑠璃姫の家来ドッコイ

16.          瑠璃姫の家来ピーチク

17.          瑠璃姫の家来パーチク

18.          瑠璃姫の家来ヤットコ

19.          瑠璃姫の家来サットコ

 

語り部

******************************************************************

化鳥伝説

 

   

劇場に入ると、裏方が舞台作りをしている。

何もない舞台が、次第次第に森になっていく。

舞台の準備が完成する。

 

裏方達 舞台の準備ができました。

楠木  オーケー。それじゃオープニング、カエデの台詞から始めるよ。

 

  裏方が袖に下がる。登場人物達がでてくる。

今日は練習初日。

登場人物は全員台本を持っている。

 

楠木 音楽入れて。(音楽入る)OK。柏木、カエデの「この森から出ていって」から。

 

カエデ  この森から出ていって。

瑠璃姫  あなた、私が誰だかわかってるの。

カエデ 知らない、あんたのことなんか。

瑠璃姫 私は瑠璃姫。

カエデ 瑠璃姫?

瑠璃姫 (うなずく)

カエデ なぜお姫様がこんな森に来るの。お姫様なら、お姫様らしく、お城で玉子様と暮らせば。

 

楠木 ストップ。

 

劇が中断する。

 

楠木 柏木。玉子様って何?

柏木(カエデ) …

楠木 お城に玉子様なんているわけないだろ。お城といえば王子様。

柏木(カエデ) すいません。

楠木 林、音楽入れて。(音楽入る)オーケー。もう一度今のところ、カエデの台詞から。

 

カエデ なぜお姫様がこんな森に来るの。お姫様なら、お姫様らしく、お城で王子様と暮らせば。

瑠璃姫 よけいなお世話。さあ、次はあなたの番ね。あなたの名前を教えて。

カエデ カエデ。

瑠璃姫 カエデ。美しい名前ね。

カエデ この森から出ていって。

瑠璃姫 私は、この森が気に入ったの。私は欲しいものは全部自分のものにできる。銀の鷹の棲むこの森も私のもの。邪魔をするなら、あなた達に出ていってもらうわ。

カエデ  私達が…

瑠璃姫 (頷く) さあ、鬼ごっこをはじめましょうか。鬼は私、逃げるのはカエデ、あなた。

カエデ …。

瑠璃姫 逃げないの?(後ろを向いて)捕まえて。

 

家来達がカエデを抑えつける。

カエデは必死の抵抗をする。

 

瑠璃姫達 (笑う)

カエデ あなたたちには、皿も涙もないの。

 

楠木 ストップ。「皿も涙もないの」?「皿も涙もないの」ってなんだ。

柏木(カエデ) (台本を示して)ここに…

楠木 よく見ろ、これは皿じゃない、血。「血も涙も」だ。

柏木 …

楠木 柏木、お前、主役だろ。主役なら主役らしくしろ。

柏木(カエデ) 緊張すると、自分で何を言ってるかわからなくなっちゃうんです。

楠木 舞台の上ではもっと緊張するぞ。(全員に)みんないい。もし誰かが間違えたらフォローすること。観客が間違いに気がつかないように。観客が間違いに気がつかなければそれは失敗じゃない。今のうちから本番を想定してフォローできるようにしておくこと。わかった。

みんな はい。

楠木 さっ、次のシーンにいくよ。林。音楽入れて。(音楽IN)オーケー。はい、カエデの台詞から。

 

カエデ 小島だ。小島がないている。あなた方には聞こえないの。

カブレ ふふふ、聞こえるよ。小島だけじゃねー。田中も山本もないてる。

 

楠木 馬鹿!(演技がストップする)馬鹿。馬鹿。馬鹿。柏木。小島が泣いてるって何?小鳥だろう。

柏木(カエデ)!

楠木 こんな簡単な漢字、間違えるな。それと松本。

松本 はい。

楠木 その後の田中も山本も泣いてるってのは何?

松本 フォローです。

楠木 森の中で、小島や田中や山本が泣いている。なるほど不思議な世界だ。

松本 ありがとうございます。

楠木 馬鹿!森の中で小島や田中や山本が泣いていてどうなる。それから先を言ってみろ。

松本 …そこまで考えてません。

楠木 そこまで考えてフォローしな。

松本 …

楠木 あー頭、痛い。(間)終わりにしよう。

みんな …

楠木 こんな練習いくらやっても同じだ。明日も今日と同じなら私はこの劇、降りる。今日はここまで。家に帰って練習してこい。解散。

みんな ありがとうございました。

     

みんな、帰っていく。楠木のみ一人舞台に残る。
楠木は椅子に座って考え事をしている。

語り部が登場する。
語り部は楠木の回りに集まる。

 

語り部1 初日の練習はこんな感じで進んでいった。

語り部2 しかし、先が思いやられる。

語り部3 この楠木のぞみという人物。

語り部4 彼女はいったいどんな人物か。

語り部1 みんなからは先生、先生と呼ばれているが、教師ではない。

語り部2 彼女はこの劇の演出家。

語り部3 彼女はなぜこの劇を演出することになったのか。

語り部4 そのわけを説明するため、

語り部全員 時を一日戻すとしよう。

 

語り部達が去る

楠木がゆっくり顔を上げる。
花田がその前に立って楠木を見つめている。

花田 ね、のぞみ。お願い、一生のお願い。私達の劇、演出して。

楠木 何で私が?

花田 頼るのはあなたしかいないの。

楠木 自分でやりなよ。

花田 できるならとっくにやってる。でも私、演出は駄目。それはのぞみが一番よく知っていることじゃない。

楠木 でもね…

花田 もう後に引くわけにはいかないの。

楠木 なんでこんなこと始めたんだ。

花田 それは…

楠木 何なんだ。

花田 なんか、口で言うとかっこよすぎて、嘘っぽい…

楠木 いえよ。

花田 理由は…森。

楠木 森?

花田 あの森を守りたくて…

楠木 どういうこと?

花田 あの森、来年伐採されるの。

楠木 あの森なくなるのか…。

花田 伐採された後に桜が植えられて公園になるんだって。

楠木 公園か。でも桜が植えられるんならいいじゃないか。

花田 あの森の生き物たちは桜の公園じゃ生きていけない。

楠木 でも、奈津子一人の力じゃどうしようもないだろう。

花田 …。

楠木 現実をしっかり見つめな。演劇ごときで何が変わる?

花田 変わらない…かな?

楠木 変わらない。だいたい自然保護の手段として演劇を利用するなんて邪道だ、劇に対する冒涜だ。そう思わない。

花田 …

楠木 自然保護劇の多くは劇をなめてる。狸や狐や熊なんかが出てきて声高に自然保護を訴える子どもだましの劇。

花田 私は、そんな劇にしたくないから、あなたを呼んだの。私、森を守ることも、劇を作ることも本気でやりたいの。

楠木 台本は?

花田 私が書いた。

楠木 奈津子が…。

花田  (台本を出して)これ。

楠木 「化鳥伝説」

花田 この地方に伝わる「銀の鷹伝説」を下敷きに作ったの。劇団員も集めたし、配役も決まってる。

楠木 配役が決まってる?

花田 ごめん。はじめは演出も私がやるつもりだったの。それで私が決めちゃった…。でも、やってみてわかった。私、演出はだめ。私が演出したんじゃ結局子どもだましの劇になっちゃう。それでのぞみに…

楠木 (しばらく考えて)劇の内容を聞かせて。

花田 やってくれるの。

楠木 やるなんていってない。話を聞くだけ。

花田 ありがとう、のぞみ。

 

そういって花田は戻っていく。
しかたがないなという感じで、楠木は大きなため息をつき、椅子にもたれかかる。
語り部達が出てくる。
語り部達は操り人形を動かすように瑠璃姫、その家来(ヤブレとカブレ)、カエデを登場させる。
語り部1から4は語るだけ。他の語り部が文楽のように、語りの内容に合わせて登場人物を人形として扱う。
できれば一人の人形に複数の人形使いがつきたい(文楽にあわせれば3人)。

 

語り部1 というわけで、劇はスタートした。

語り部2 さて、この劇の舞台は樹齢三百年を越えるブナの大木が茂る森。

語り部3 美しい少女が家来を引き連れ森を歩いている。

語り部4 少女の名前は瑠璃姫。

語り部1 瑠璃姫、美しく愛らしい少女。

語り部2 ところがこの姫様、愛というものをまったく信じていない冷酷無比な少女なんだな。

語り部3 瑠璃姫はその森で銀の鷹を見つけた。

語り部4 (家来に命令する)「あの鷹を撃ちなさい」

語り部1 しかし、家来は銀の鷹のあまりの美しさに撃つことができない。

語り部2「貸しなさい。私が撃つわ」

語り部3 ズドン…。

語り部4 しかし、その瞬間、物語の主人公カエデが瑠璃姫に飛びかかる。

語り部1 銃は反れ、鷹は逃げてしまうのだな。

語り部2 「つかまえて」

語り部3 怒った瑠璃姫はカエデを捕まえさせる。

語り部4 このシーンはさっき観てわかっているね。

語り部1 瑠璃姫は、銀の鷹について知っていることを聞き出そうとする。

語り部2 拷問によってね。

語り部3 さあその場面の練習が始まるぞ。

語り部4 今日は本番

語り部全員 一ヵ月前。

 

語り部達が去る
楠木が顔を上げる。

 

楠木 拷問シーンいくよ。準備いい。

柏木達 はい。

楠木 4ページはじめのカブレの台詞から。

 

カブレ さっ、すっかりはいちまいな。そうすれば胸ん中がすっとするぜ。

ヤブレ いけねーな。秘密を胸ん中に溜めちゃ。

 

楠木 怖くない。もう一度。 

 

ヤブレ いけねーな。秘密を胸ん中に溜めちゃ。

 

楠木 それが悪党のいう台詞。

桂  すみません。

楠木 桂、台本に書いてある瑠璃姫の家来ヤブレのイメージを読んでみろ。

桂  ヤブレは、外見から悪のイメージがぷんぷん漂っている。岩をも叩き割るような怪力の持ち主。極悪非道の荒くれ者。

楠木 (桂をじっくり眺めて)お前にはこの役は無理だ。

桂  そんな。

楠木 無理なものは、無理だ。

桂  …。

楠木 桂、どうしてもこの役がやりたいか。

桂  はい。

楠木 もう一度やって見ろ。

桂  はい。

 

ヤブレ いけねーな。秘密を胸ん中に溜めちゃ。

カエデ …

ヤブレ うんとかすんとかいったらどうだ。

カエデ うん。

ヤブレ おめえ、どうやら痛い目にあいたいようだな。

カブレ 痛い目にな。

ヤブレ 針をもってきな。

カブレ あいよ。

 

    カブレが針を持ってくる。

   

ヤブレ 抑えてな。

 

      カブレがカエデを抑える。

     

ヤブレ 指先ってのはな神経が集まっているのさ。だからこうやって針を突き刺すと。(恐る恐る)

 

楠木 桂。なんだその演技は。おまえが怖がってどうする。おまえが怖がっちゃ観客は怖がらないだろう。これは拷問、拷問なんだぞ。桂。観客が思わずふるえ上がり、悲鳴をあげるような演技をしろ。わかったか。

桂  …。

楠木 よし、私が見本を見せてやる。いいか、まずは本気になることだ。本当に拷問するのだと。桂、目ん玉開いてしっかり見てろ。

桂  先生、目がすわってます。

楠木 がたがたいうな。柏木、おまえも森を救いたいなら本気で演じろ。

柏木 はい。

楠木 それでは、いくぞ。

 

ヤブレ(楠木) 指先ってのはな神経が集まっているのさ。だからこうやって針を突き刺すと。

カエデ (叫び)

 

楠木 もっと叫べ。

カエデ (叫び)

楠木 どうした、柏木。それが叫びか。

柏木 …。

楠木 おまえがしっかり演じなければ森はどうなる。森がなくなってもいいのか。

柏木 …。

楠木 いいか、おまえは森の木だ。木が切られる。叫べ。

カエデ (叫び)

楠木 よし。よくなった。その叫びを覚えておけ。演技を続けるぞ。  

 

ヤブレ(楠木) どうだ、話す気になったか。

カエデ …

ヤブレ(楠木) まだ、話す気になれないのか。それではこうだ。

カエデ (叫び)

ヤブレ(楠木) ほら、血が滲んできたぞ、これでもか。これでもか。

カエデ (叫び)

 

突然並木が舞台袖からかけてくる。

 

並木 (泣きながら)やめて。やめてください。もう充分です、許してあげて。

楠木 並木。どうして止める。これは演技だ。

並木 (泣きながら)演技には見えません。

楠木 並木。劇の中でこの拷問をやらせているのは瑠璃姫、おまえが演じる瑠璃姫なんだぞ。

並木 (泣きながら)でも、カエデがかわいそうで。

楠木 馬鹿、そんなこと考えていちゃいい劇はできない。

並木 瑠璃姫はなぜカエデにこんなつらい仕打ちを。

楠木 なぜだろうな、それはお前が考えることだ。

並木 これではあまりにひどすぎます。

楠木 あー頭が痛い。まあ、いい。どうだ、桂わかったか。

松本 先生、桂君が気絶してます。

楠木 なんだと…。おい、桂。

 

    楠木が桂を起こす。
ふらつく桂。

 

並木 (泣きながら)先生。止めてください。これじゃ、まるで拷問です。

楠木 並木、今やってるのは拷問シーンだ。演技と現実をいっしょにするな。

並木 …

楠木 桂。

桂  はい…

楠木 (ぼーっとしている桂を見て)考えを変えよう。ヤブレのイメージにお前を近づけるのは無理だ。

桂  …

楠木 ヤブレのイメージを変えよう。岩をも叩き割るような怪力の持ち主じゃなくても怖さは表せる。

桂  どういうことですか。

楠木 役者達は私のことを鬼の楠木と呼ぶ。私は鬼なんだそうだ。

桂  わかります(そういって思わず口に手)。

楠木 私の鬼のイメージはどこから来てる?私の体か?そうじゃない。私は怪力の持ち主ではない、でも恐ろしさは出せる。

桂  どうしたらいいんですか。

楠木 自分で考えてみろ。これは私の劇じゃない。お前達の劇のはずだ。

桂  …。

楠木 さっ次のシーンの練習を始めよう。用意して。

柏木 はい。

     

次のシーンの指示をしながら楠木は椅子に座った姿勢で考え込む。
語り部達が登場する。
語り部達はカエデ、瑠璃姫、その家来ヤブレとカブレを操り人形のように動かす。

 

語り部1 さて、物語の続きを説明しよう。

語り部2 カエデはどんな拷問にも口を開こうとはしなかった。

語り部3 瑠璃姫は奥の手を出す。

語り部4 奥の手とは唐の国のから取り寄せた自白薬だ。

語り部1 さすがのカエデもその薬の力にはかなわず、

語り部2 銀の鷹について話し出す。

語り部3 「銀の鷹は私の母さん」

語り部4 銀の鷹である母がいかにしてカエデを育てたか。

語り部1 カエデはそれを語るのであった。

語り部2 今日はその場面の演出。

語り部3 しかし、トラブルが起こった。

語り部4 今日は本番

語り部全員 2週間前。

 

語り部達が去る

母の思い出のシーンの練習が行われようとしている。

花田があわてて入ってくる。

 

花田 のぞみ。

 

ただならぬ雰囲気を察する楠木。

 

楠木 そこまで。休憩。

 

みんな休憩する。

 

花田 のぞみ、困ったことが起こった。

楠木 困ったこと?

花田 カエデの母役の森田、劇団辞めた。

楠木 なに。

花田 もう、馬鹿馬鹿いわれるのが嫌になったんだって。

楠木 馬鹿が!

花田 どうしたらいい。

楠木 (少し考えて)これしかない。

花田 どうする気。

楠木 中止にしよう。

花田 …

楠木 今が引き時だ。後2週間で本番。このままじゃお子さまランチにもならない。

花田 …。代役たてれば…。

楠木 代役?それだけで何とかなる状況じゃない。

花田 …

楠木 奈津子、なんでこんなガキと劇を始めたんだ?

花田 森を守るために劇をやろうっていう呼びかけに集まったの、あの子達だけだったの。

楠木 こんなガキの集まりから、何か生まれる?

花田 子どもだからこそできる劇ってあるんじゃないかな。

楠木 子どもだからこそできる劇ね…。一つ聞いていい、

花田 何?

楠木 なんで、あの子を主役にしたの。あの子…

花田 わかってる。演技が下手、今は…。でもわたしは柏木がカエデそのものに見える。

楠木 …

花田 柏木、鳥と話ができるの。

楠木 奈津子、大丈夫か。お伽噺の世界じゃないんだぞ。

花田 ほんとなの。

楠木 …。

花田 のぞみ、中止なんて言わないで。私は、子どもが演じることで輝く、大人にはまねできない劇を作りたいの。

楠木 …。奈津子。

花田 何?

楠木 この劇、子どもだけでやらなければいけないのか?

花田 そんなことはない。

楠木 じゃあ、母役は大人がやってもいいんだ。

花田 できればそうしたかった。

楠木 決まりだ。奈津子がやれよ。

花田 私が…

楠木 昔を思い出して。

花田 でもこの母の役はアクロバットやダンスがある。それで体操やってた森田にこの役を頼んだの。私、アクロバットはだめ。

楠木 アクロバットか…。(しばらく考えた後、頷いて)これしかない。

花田 どうする気。

楠木 二人一役。

花田 二人一役?

楠木 そう、台詞は奈津子が担当。アクロバットのときは別の者に演じてもらう。歌舞伎の早変わりの要領だ。木の後ろでうまく入れ替わればわからない。どうだ。

花田 …

楠木 劇、やりたいんだろ。

花田 わかった。

楠木 よろしく。

花田 (頷く)

楠木 (大声で)集合。(劇団員集まる)母役の森田が辞めた。

みんな !

楠木 私は去るものは追わない。おまえ達も辞めたきゃ辞めろ。それでだ、森田のかわりにこの劇の作者、花田菜津子に母役をやってもらう。

花田 よろしくね。

楠木 それじゃ母がカエデにアクロバットを教えるシーンいくよ。柏木、準備は?

柏木 できてます。

楠木 それではこのシーン、説明をしよう。花田はアクロバットができない。そのためもう一人、母を演じる者を用意する。その役は樫山おまえだ。

樫山 私ですか。

楠木 そうだ。おまえ、辞めた森田と一緒に体操クラブに入っていただろう。

樫山 はい。

楠木 その技を披露するんだ。

樫山 わかりました。

楠木 よし決定だ。それじゃ始めるよ。まずはカエデの台詞から。

 

カエデ 母さんもうだめ。もう動けない。

母  なに弱音を吐いてるの。こんなことぐらいでへこたれちゃだめ。ほら立って。

カエデ もう、もうだめ。

母  それでも母さんの子?さあ、立って母さんのように動いてごらん。

 

楠木 そこで母は木の後ろに入る。(花田、木の後ろに入る)そうだ。このときまでに樫山は母と同じ格好ではじめから木の後ろに隠れている。そして奈津子が台詞をいって木の後ろに入ってきたら入れ替えに向こうにアクロバットをしていく。やってみろ。(樫山やってみる)よし、上出来だ。そして、また戻ってくる。(樫山、アクロバットで戻ってくる)そして、木の後ろに入る。それと同時に奈津子が木の反対側から出る。(花田が出てくる)そう。そして台詞。

 

母  さあ、やってごらん。

 

楠木 OK。奈津子と樫山は戻っていいよ。

2人が舞台袖に戻る。

楠木 さて、ここでカエデがアクロバットを試みる。柏木、全力でやっていいぞ。

柏木 はい。

 

  柏木が、母のまねをする。しかし全然うまくない。

 

楠木 よし、それでいい。一生懸命やって、それでいてへたくそ。それがいい。柏木、台詞だ。

柏木  …

楠木 どうした。おまえの台詞だ。

柏木  …

楠木 柏木。

柏木 悔しくて…。へたなアクロバットを褒められている自分が…

楠木 しかたないだろ。おまえのへたさは本物。それがいいんだ。

柏木 はじめの台本に戻してくれませんか。

楠木 はじめって、母に続いてカエデがポンポン、アクロバットをするやつか。

柏木 はい。私、頑張りますから。

楠木 人間、努力だけでは無理なものもある。

柏木 でも…

楠木 無理だ。本番まで二週間。二週間でできると約束できるか。

柏木 …

楠木 これでいく。いいな。

柏木 …はい。

楠木 よし、それじゃ次のシーンの用意をして。

   

次のシーンが用意される。
楠木はその指示を出しながら椅子に座ったまま考え込む。

語り部達が登場。
語り部達は登場人物を操り人形のように動かす。

 

語り部1 さて、カエデの回想を続けよう。

語り部2 ある満月の晩のことである

語り部3 カエデは月の光に目をさます。

語り部4 「母さん、どこ」

語り部1 カエデは母を捜しに森に出かける。

語り部2 そして、森の奥で母を発見。

語り部3 次の瞬間母は銀の鷹に変身するのであった。

語り部4 変身

語り部全員 ジュワッ。 

語り部1 ついに母は自分の正体を娘に知られてしまった。

語り部2 母はなぜ自分が母親として今日までカエデを育てたのか、そのわけを話すのであった。

語り部3 あれは、カエデがまだ赤ん坊のとき。

語り部4 カエデの本当の母親が、カエデを背負って森を歩いていた。

語り部1 そのときだ。母親は何かが罠にかかっているのを見つけた。

語り部2 それは、な、なんと。

語り部3 銀の鷹。

語り部4 母親は銀の鷹を不憫に思い、罠をはずして逃がそうとする。

語り部1 と、そのとき罠を仕掛けたあねごが現れる。

語り部2 「その獲物返してもらおうか」

語り部3 しかし、母親はその鷹を逃がしてやる。

語り部4 あねごは怒った。

語り部2「殺っておしまい」

 

あねごの家来が小刀で母を刺す動作。

 

語り部達 ずばっ。

語り部1 母親はあえなく殺されてしまう。

語り部2 自分のために死んでいったその女への恩返しに、銀の鷹はカエデの母親となってカエデを育てたのだ。

語り部3 そして、正体を知られた今、別れのときがやってきた。

語り部4 「何も別れなくてもいいじゃないか」、そう思うかもしれない。

語り部1 しかし、この手の物語では正体を知られたら別れなければならないと、相場が決まっている。

語り部2 昔話とか伝説はそういうものだ。

語り部3 「鶴の恩返し」しかり。

語り部4 「雪女」しかり。

語り部1 今日はその母と娘の別れのシーンの演出が行なわれている。

語り部2 本番まで

語り部全員 後一週間。

 

語り部達が去る。
楠木が顔を上げる。

 

楠木 それでは母と娘カエデの別れのシーンをやるよ。林。

林  はい。

楠木 このシーンにあった音楽捜しといてくれた。

林  はい。

楠木 涙を誘う?

林  もう、涙ぼろぼろもんです。

楠木 よーし、それじゃその音楽かけてくれ。

林  わかりました。

楠木 音楽スタート。

 

  大音響で森進一「おふくろさん」がかかる。

みんな唖然、開いた口がふさがらない。

「おふくろさん」が響き渡る。

 

楠木 林。おまえは馬鹿か。

 

「おふくろさん」OUT。

 

楠木 こんなこともあると思って曲を用意してきた。林、この曲をかけるんだ。

林  わかりました。

楠木 さあ、母とカエデの別れのシーンいくよ。音楽を入れるタイミングは、カエデが「母は言ったわ」といったら。林、わかった?

林  はい。

楠木 それではカエデの台詞から。

 

カエデ 母は言ったわ。

 

    音楽IN。

 

母  あなたの母さんは本当に優しい人だった。ごめんなさい。カエデ。私がいなければ、私が…

カエデ 母さん。そんなに自分を責めないで。

母  もう、母さんって呼ばなくていいわ。私はあなたの本当の母さんではない。私は人間じゃない。私は銀の鷹。銀の鷹なの。

カエデ でも、母さんは、母さんだわ。人間じゃなくても母さんは、母さんだわ。

母  カエデ。

カエデ 母さん。

 

楠木 ストップ。柏木、そんな演技で母子の愛の美しさが伝わると思うか。

柏木 …。

楠木 私が見本を見せる。よく見ておけ。

柏木 はい。

花田 久しぶりね、のぞみと演じるの。

楠木 中学のとき以来だな。林、音楽入れて。

 

音楽IN

この音楽のなかで次第次第にカエデに変わっていく楠木。

 

母  あなたの母さんは本当に優しい人だった。ごめんなさい。カエデ。私がいなければ、私が…

カエデ(楠木) 母さん。そんなに自分を責めないで。

母  もう、母さんって呼ばなくていいわ。私はあなたの本当の母さんではない。私は人間じゃない。私は銀の鷹。銀の鷹なの。

カエデ(楠木) でも、母さんは、母さんだわ。人間じゃなくても母さんは、母さんだわ。

母  カエデ。

カエデ(楠木) 母さん。

 

    二人抱きあう。
音楽OUT

 

楠木 こんな感じでやるんだ。わかった?

柏木 はい。

楠木 それじゃ、後でもう一度見るから、菜津子と二人でここのところ練習して。

柏木 はい。

楠木 次は瑠璃姫の登場だ。並木、準備はいいか。

 

並木、床にうずくまっている。

 

楠木 どうした。そんなところで何してるんだ。

 

  並木、泣いている。

   

楠木 いったいどうしたんだ。

並木 (泣きながら)カエデと母がかわいそうで。

楠木 馬鹿。

並木 (泣いている)

楠木 いいかげんにしろ。泣くな。

並木 泣いちゃいけないとわかっていても、こうなると涙が止まらないんです。

楠木 並木…。お前まだ役者というものがどういうものかわかってないな。

並木 私、瑠璃姫になりきるなんてできません。

楠木 瑠璃姫になり切れたらお前は化け物だ。なりきる必要なんてない。お前がやらなくちゃいけないことは、なぜ瑠璃姫がこんな残忍になったかをしっかり理由づけることだ。

並木 瑠璃姫は何で愛を感じないんでしょうでしょう?

楠木 前にも言ったろう、それを考えるのはお前の役目だ。お前が納得できるお前だけの理由を付けるんだ。

並木 なぜ、瑠璃姫はこんなに残忍になったのか?なぜ、瑠璃姫はこんなに残忍になったのか?(ため息)。

 

並木はぶつぶつ言いながら歩いていく。
それと入れ替われに桂がなにやらおかしなポーズをしながら入ってくる。
ヤブレの台詞をぶつぶつ言っている。

 

楠木 桂、お前何をやってるんだ。

 

桂は様々なポーズをとる、そのポーズは所謂女性的。

 

楠木 何をしてる。

   自分なりの怖さを研究しようとして。

楠木 真面目なのか?

桂  …。

楠木 今のお前の動きだと、観客は怖がるどころか笑うぞ。それは舞台で許される笑いではない。私は安易に男が女を演じたり、おかまを演じたりすることは嫌いだ。

桂 …

楠木 桂、性同一性障害って知っているか。

桂  はい。

楠木 知ってるのか、それなら私が言おうとすることがわかるだろう。この世の中には肉体的に男なのに精神的には女であると感じる人がいる。その人にとっては女性的であることは笑いではすまされない。お前のその動きが生み出す笑いは、差別的な笑いだ。

桂  先生、僕、笑わせようとしてなんかしてません。

楠木 でも、そうなっている。

桂  …。僕の癖なんです。こんな動きになっちゃうんです。おかまなんてあだ名を付けられたこともあります。だから、僕、男らしい怖い役がやりたくて…

楠木 そうか…。

 

考え込む楠木。

 

楠木 桂。

桂  はい…。

楠木 お前のその動きから怖さを作り出そう、芸術的な怖さを。どうだ、やってみるか。

桂  お願いします。

楠木 (時計を見て)もうこんな時間か。集合。

 

みんな集合する(並木は集まってこない)。

 

楠木 今日はここまでにしよう。本番まであと一週間、気合い入れていこう。

みんな はい。

楠木 外は真っ暗だ。気をつけて帰れ。解散。

みんな ありがとうございました。

 

みんなが帰っていく。
入れ替わりに並木が現れる。ずっとぶつぶつなにか言っている。
そして並木も出ていく。
舞台に誰もいなくなる。

しばらくして、オオルリの囀り。

柏木が出てくる。

柏木 ルリ、大丈夫、森は必ず守るから。

 

  オオルリの囀り。

   

柏木 (笑う)。

 

  楠木が現れる。

 

楠木 柏木。おまえ誰と話しているんだ。

柏木 ルリです。

楠木 ルリ?そいつはどこにいるんだ。

柏木 あそこに(指さす)。

楠木 大丈夫か。

柏木 先生には見えないんですか。あの青い鳥が。

楠木 (そこを見る)

柏木 オオルリっていうんです。私、あの鳥と話してたんです。

楠木 おとなをからかうな。

柏木 からかってなんていません。ルリ、私の言うことがわかるってこと見せてあげて。

 

  オオルリが囀る。

 

楠木 馬鹿な。

柏木 先生。ルリと私は友達なんです。そうよねルリ。

 

  オオルリの鳴き声

 

楠木 どうして友達になった。

柏木 ルリが、森で罠にかかっているのを助けたんです。

楠木 この劇で銀の鷹を助けるカエデの母親みたいだな。それで。

柏木 それ以来、ルリはいつも私のそばにいるんです。

楠木 あの鳥、夜でも目が見えるのか?

柏木 オオルリは春、南の国から海を越えて日本に渡ってきます。何を目印に渡って来ると思いますか。

楠木 なんなんだ。

柏木 星なんです。

楠木 星。

柏木 ええ、北極星を目印に渡ってくるんです。

楠木 ふーん、あの鳥は北極星を知っているんだ。星が見えるってことは、夜も目が見えるということか。

柏木 オオルリは千キロ以上の距離を飛んできて、森で子育てをするんです。長い長い旅の後、存在しているはずの森がなくなっていたら…。私はルリのためにも森を守りたいんです。

楠木 (ふざけた感じで)感動的。泣かせる話だなー。

柏木 笑わないでください。

楠木 …

柏木 私、本気なんです。

楠木 おまえ、本物の馬鹿だな。

柏木  …

楠木 うまくなんなよ。

柏木 えっ。

楠木 うまくなりな。そして、観客を劇に引きずりこむんだ。それが主役の役目だ。

柏木 私みたいな馬鹿に、できますか。

楠木 おまえみたいな馬鹿だからこそ、できる可能性があるんじゃないか。

柏木 …。頑張ります。

楠木 (見つめる)

柏木 (笑顔で)失礼します。

   

柏木が帰る。

なにやらにやにや微笑んでいる楠木。

花田が入ってくる。何か捜し物をしているようである。

楠木 奈津子。

 

花田が振り返る。

 

楠木 お願いがあるんだけど。

花田 何?

楠木 私を劇の中に組み込んでくれない。

花田 …

楠木 あいつら失敗ばかりしてるだろ、私が入れば何とかフォローができる、それで…

花田 今から?

楠木 (手で「ごめん」という合図を送る)聞かなかったことにして。

 

楠木が帰る支度を始める。

 

花田 ナレーションは?

楠木 …

花田 ナレーションなら今からでも組み込める。

楠木 …、よろしく。

花田 のぞみ。

楠木 …

花田 ありがと。

 

花田は舞台からでていく。
楠木うれしそうに椅子にもたれかかり、微笑んでいる。

  語り部たちが登場し、登場人物達を操り人形のように動かす。

 

語り部1 さて、物語を続けよう。

語り部2 カエデは話を続けた。

語り部3 (カエデ)「母は、私に銀の羽根をくれたの」

語り部4 (瑠璃姫)「なぜ」

語り部3 (カエデ)「それを天に向かって投げると母が現れるの」

語り部4 (瑠璃姫)「それで」

語り部3 (カエデ)「母は空に飛び立っていったわ」

語り部1 そこまでが自白薬によるカエデの話だ。

語り部2  瑠璃姫はそこまで聞くと、カエデからその銀の羽を奪いとる。

語り部3 しかし、その羽はひとりでに森の中へと飛んでいってしまう。

語り部4 瑠璃姫はそれを追って森の奥へ。

語り部1 その直後、

語り部2 森の奥へいったはずの瑠璃姫がカエデの元に現れる。

語り部3 そして家来に命令だ。

語り部4 「この娘を、放してあげて」

語り部1 カエデは開放された。

語り部2 実は銀の鷹が瑠璃姫に化けていたのだ。

語り部3 本物の瑠璃姫が戻ってきたとき、カエデはすでに森の中。

語り部4 瑠璃姫は狼を使ってカエデとその母を追い詰めていく。

語り部1 まるでかくれんぼを楽しむように。

語り部2 とうとう二人は見つかってしまう。

語り部3 さあ、いよいよラストシーンだ。

語り部4 明日はいよいよ本番。

語り部全員 今、最後の練習が行なわれている。

 

語り部達が去る

楠木が顔を上げる。

 

楠木 さあ、ラストシーンいくよ。

柏木達 はい。

楠木 音響、準備いい。

林  ばっちりです。

楠木 あんたのばっちり、どこまで信用できるんだか。

林  …

楠木 とにかく、失敗するんじゃないよ。

林  はい。

楠木 さあいくよ。瑠璃姫の台詞から。

 

瑠璃姫 あなたが銀の鷹の化身なの。

 

  そこで銃声。

 

楠木 馬鹿!早すぎる。カブレがまだ鉄砲をかまえてない。

林  すいません。

楠木 もう一度いくよ。準備いい。

林  待ってください。

楠木 もう待てないの。

林  準備できました。

楠木 瑠璃姫の台詞から。

 

瑠璃姫 あなたが銀の鷹の化身なの。よく化けたわね。覚悟はいい。(家来に)あの女を撃ちなさい。

 

カブレが鉄砲をかまえ、撃つ。

今度は音が出ない。

演技が止まる。

 

楠木 林、どうした。

林  すいません。テープが絡まりました。

楠木 早くはずせ。

林  めちゃくちゃに絡まってはずせません

楠木 馬鹿。それじゃこれから音が出せないじゃない。

林  …。

楠木 しかたない、ラストシーン、音なしでいくよ。瑠璃姫の台詞から。

 

瑠璃姫 あなたが銀の鷹の化身なの。よく化けたわね。覚悟はいい。(家来に)あの女を撃ちなさい。

カブレ はっ。

楠木   ズドン。

カエデ 母さん。

 

家来が母親に近づく。

 

楠木 ここで「銀の鷹のテーマ」がかかる。かかったつもり。家来達、一斉に空を見る。母は銀の鷹となって飛びたった。

 

瑠璃姫 あの鷹を。あの銀の鷹を撃ちなさい。

 

家来達、撃つことができない。

   

瑠璃姫 何をしているの。早く、早くあの鷹を撃つのよ。

カブレ  駄目だ。俺には、俺には撃てない。

スットコ なんという美しさだ。

ノラリ  何だお前、泣いてんのか?

クラリ  これが泣かずにいられるか。

カブレ 俺も、俺も涙が出てきやがった。

瑠璃姫 おまえ達、私の命令に逆らえばどうなるかわかっているの。

カブレ 姫様。あの鷹、あの鷹だけはかんべんしてください。

ヤットコ 姫様、帰りましょう。

サットコ この銀の鷹の棲む森は諦めましょう。

瑠璃姫 これですべてが終わったなんて思わないでね。私はまた戻ってくる。そしていつの日かこの森、そして銀の鷹を私のものにするわ。

 

家来達が瑠璃姫を連れて森から去る。

 

カエデ 母さん。安心して。私、いつまでもいつまでもこの森を守っていく。

 

楠木 そして、最後に私のナレーションが入る。

 

ナレーション(楠木) こうして森に再び平和が訪れた。しかし、安心はできない。瑠璃姫は今でも、森を奪い取るチャンスをうかがっているのだ。森は生命のあふれる場所。森は、それ自身が一つの大きな生命なのだ。その森を瑠璃姫の魔の手に奪われることがあってはならない。

 

楠木 はい、ここまで。

 

並木が大きなため息をつく。

 

楠木 並木、どうした。

並木 世の中に瑠璃姫のような悪い人がいるなんて思えないんです。

楠木 お前は善人すぎる。この世の中、瑠璃姫程度の悪人ならいくらでもいる。

並木 そうでしょうか。

楠木 そうだ、私もその一人だ。

並木 先生が?

楠木 ああそうだ、悪魔と呼ばれたこともある。

並木 悪魔?先生が悪魔なんて、そんなこと…、

楠木 どうした。

並木 悪魔…そうだ、悪魔だ、悪魔に育てられたんだ。そしてひどい陰湿ないじめにあって、それで愛を感じられなくなった。先生、ありがとうございます。瑠璃姫の世界が作れそうです。
(以下ぶつぶついっている台詞)
瑠璃姫は生まれてすぐ悪魔にさらわれた、瑠璃姫は悪魔に育てられた、そして、愛を感じることが一度もなかった。それで…

 

楠木 さあ。最後の直しをするよ。柏木。

柏木 はい。

楠木 母さんに決意をいうところ、まだ感情がこもってないよ。もう一度そのシーンから。柏木、準備いい。

柏木 はい。

 

  柏木準備する。

 

楠木 それじゃ、いくよ。カエデの台詞から。

 

カエデ (苦しそうに)母さん。安心して。私、いつまでもいつまでもこの森を守っていく。

 

楠木 そんなに苦しそうにいうな。もっと心を込めて。さあ、もう一度。

 

カエデ   母さん。安心して。

 

楠木 もっと明るく。

 

カエデ 母さん。安心して。私、私…。おなかが痛い(うずくまる)。

 

楠木 (柏木のところにいって)台本にない台詞を言うな。明日は本番だぞ。さっ立って…

 

  柏木立てない。
楠木の顔色が変わる。

   

花田 のぞみ、どうしたの?

楠木 すごい熱だ。

花田 …。

 

このあたりから劇団員が集まってくる。

 

楠木 なぜ黙ってた。

柏木 大丈夫です。

楠木 大丈夫じゃない。

楠木 大丈夫です。

花田 盲腸じゃないかな。

楠木 盲腸…

柏木 大丈夫すぐ治ります。

楠木 馬鹿、もし盲腸だったらどうする。破裂したら取り返しがつかない。

柏木 盲腸じゃありません。盲腸だったら劇に出られない。盲腸なんかじゃない。

楠木 盲腸じゃなければそれにこしたことはない。今は早く病院に行くことだ。

柏木 私、ルリと約束したんです。劇を成功させるって。そして森を守るって。ルリは南の国から何千キロの距離を海を渡ってあの森にやってくる。ぼろぼろになりながらあの森を夢見てやってくる。その苦しさから比べれば、こんなの…なんでも…ない…。

楠木 もう喋るな。

 

  オオルリの鳴き声。

 

楠木 あの青い鳥だ。

柏木 (立ち上がって鳥のいる方に歩いていく)ルリ、大丈夫、心配しないで。約束通り、あの森は…守るから、必ず…守るから(そういって気を失う)。

楠木 柏木、柏木。

柏木  (うわごとで)守るから…、必ず…守るから…

楠木 奈津子、救急車呼んで。

花田 わかった。

 

奈津子が駆けてでていく。
暗転。
暗転の中救急車の音が響き渡る。

語り部たちが現れる
椅子に楠木が一人座っている。

 

語り部達 もうお分かりのように本番当日の朝。

 

  突然、楠木が目を覚ます。

 

楠木  いちいちうるさい。そんなことはわかりきっている。出ていけ。私の心の中から出ていけ。

 

  語り部達いなくなる。
楠木は再び椅子に倒れ込むように座り、「出ていけ」などの寝言をぶつぶつ言っている。

花田が入ってくる。
うなされている楠木を起こして。

 

花田 のぞみ。

楠木 …

花田 どうしたの。大きな声出して。

楠木  夢か…。(ため息)夢の中に出てくる黒子に怒鳴り散らすなんて。

花田 のぞみらしいわね、夢の中に黒子が出てくるなんて。

楠木 それで、柏木は…。

花田 …

楠木 それじゃ…

花田 (頷く)あの後すぐ手術だって。

楠木 主役、なしか…

花田 代役、立てて…

楠木 今からか?

花田 …

 

二人は黙り込む。

 

楠木 今日はあの青い鳥来ていないな。

花田 幸せの青い鳥はどこかに飛んでいってしまった、か。

楠木 …

花田 (笑って)実は心配だったの。また本番で間違えてしまうんじゃないかって。

楠木 …

花田 私達の最後の劇、覚えてる?

楠木 「夏の夜の夢」

花田 (頷いて)シェークスピア作「夏の夜の夢」。あーあ、あのラスト。森の妖精パックの台詞、あんなに練習したのに。スポットライトを浴びたら真っ白になっちゃって。舞台で何もいえずにただ立ってるだけ。緞帳は下りてきちゃうし、笑っちゃうよね。(ため息)あれが私の最後の劇。

楠木 あったな、そんなこと。

花田 今度こそはって思ってたんだけど、

楠木 …

花田 中止のこと…

楠木 私が伝える。(大声で)みんな、集合して。

 

  みんな楠木の周りに集合する。

 

楠木 みんなに話がある。もう覚悟はできていると思うけど、今日の劇は残念ながら…

柏木(声) 遅れてすいません。

 

走って柏木が現れる。

 

楠木 か、柏木。おまえ、あれから盲腸の手術したんだろ。

柏木 誰がそんなこといったんですか。手術なんてしてません。あれはただの食中毒。もう、なんともありません。

花田 本当に。本当に大丈夫なの。

柏木 ええ、大丈夫です。

楠木 こいつ、心配かけやがって。

柏木 すみません(そういって笑う)。

花田 劇が、できるのね。

楠木 (頷く)よーし、始めよう。

 

みんなが歓声を上げる。

 

楠木 今日の劇の確認をしておこう。まずオープニングの音楽の入りのタイミングだ。私の観客への挨拶が終わり、私が礼をするのがきっかけだ。音楽が入ったら緞帳が上がり劇が始まる。くれぐれも音楽が入るタイミングを間違えないように。林、わかった。(返事がない)林、林。

松本 たった今、慌てて外に出ていきましたけど。

橘  カセットデッキを持って。

楠木 カセットデッキ?

松本  劇は中止だと思って、テープの上から何か録音しちゃったようです。そこにあるテープがそうだと思います。

楠木 (テープをとってタイトルを見る)「小鳥の鳴き声」。馬鹿が。それで林のやつ、カセットデッキを持って何をしにいったんだ。

松本 「小鳥の鳴き声」を録音しにいったんじゃないですか。

楠木 なにー。後一時間で本番だというのに。

花田 のぞみ、落ち着いて、落ち着いて。

楠木 これが落ち着いていられる?

花田 劇ができるようになっただけでもよしとしなくちゃ。

楠木 …そうだな。よし、気合い入れていこう。いいか、今こそ私達の底力を見せるときだ!大人には表現できない新しい劇をやるんだ。劇の可能性の追求だ。といいたいところだけど、音響の林はあんな状態だし。昨日の練習も失敗だらけ。今日失敗なしでいくことは奇跡が起こらない限り無理。さて、そこで、その失敗に対する対策だ。よく聞けよ。対策1。中央の木の後ろに台本を置いておく。どうしても台詞がわからなくなったら、さりげなく木の後ろに入って台詞を確認しろ。いいな。

みんな はい(これ以降、花田は自分にあった反応を)。

楠木 対策2。もしもとんでもない台詞などの間違いがあった場合。そしてそれを間違えた本人が気づいていない場合だ。そのときは私がナレーションの位置から「間違いがある。なんとかしろ」という合図を送る。私が静かに何気なく、立ち上がるのがその合図だ。その合図があったら、誰かが間違いをうまくフォーローして劇を進めていくんだ。いいな。

みんな はい。

楠木 よーし。みんな円陣を組め。掛け声かけて気合いを入れよう。用意はいいか?

みんな はい。

楠木 さあ、いよいよ本番だ。いくぞー。

みんな オー。

 

10分間の休憩

休憩の中で緞帳が下りる。

 

    

場内アナウンスが入る。 

 

アナウンス 開演に先立ちましてこの劇の演出家、楠木のぞみより挨拶があります。

 

      緞帳の前に楠が出てくる。

 

楠木 こんにちは。演出担当の楠木のぞみです。本日は私達の劇、「化鳥伝説」を観にきていただきありがとうございます。この劇を演じているのは、ほとんどが子どもですが、私は子どもが演じることで、大人が演じる以上に輝ける劇が存在すると信じています。そして、この「化鳥伝説」はその可能性の追求から生まれた劇です。作者の花田菜津子は、ふるさとの森が桜の公園に変えられることを知り、この劇を作りました。この劇の中には、ふるさとの森のあるがままの美しさが描かれています。そう、人工的に作られた桜の公園より美しいふるさとの森が。そして、この劇を演じる子ども達は大人以上にその森の美しさ、かけがえのなさを知っているのです。

   さて、話しはかわりますが、この物語はこの地方に昔から伝わる「銀の鷹伝説」が下敷きとなっています。みなさんもご存じの通り…

 

そのとき突然オープニングの音楽がかかる。

 

楠木 !

 

楠木は音響室に×のサインを送り、音楽を止めるように合図。
その後ろで緞帳が上がっていく。

 

楠木 馬鹿。どうして…

 

もう劇を始めるしかない。

 

楠木 (慌てて)舞台の準備が整ったようです。それでは劇を始めるといたしましょう。「化鳥伝説」、どうぞごゆっくりお楽しみください。

 

楠木が袖にはける。

それと入れかわりに一人の少女が二人の男の肩に座って木々の間から現れる。少女の名前は瑠璃姫。

舞台が幻想的な雰囲気に包まれる。

舞台上空から光が降り注ぐ。

 

瑠璃姫 見て、あれは何かしら。(肩から下りて)

ヤブレ なに、あれは。

カブレ 野郎ども出てこい。

 

  男達が一斉に木々の間から出てくる。
そして空を見つめる。

 

ヤットコ 鷹だ、鷹だぞ。

サットコ 本当だ、鷹だ。

 

   その瞬間銀の鷹が閃光を放つ。

 

ノラリ なんだ、この光りは。

クラリ  月の光を浴びて銀色に輝いている。

スットコ こんな美しいものを見たのははじめてだ。

ドッコイ なんて優雅に舞ってるんだ。

ピーチク 夢のように舞っている。

パーチク あれは銀の夢。銀の夢だ。

瑠璃姫 見て、こっちに向かってくるわ。

 

みんなが立ち上がり真上を眺める。

  家来達の間から老婆がでてくる。

 

婆  姫様、あれは銀の鷹じゃ。あの鷹は月の光を食べて生きておるのじゃ。ほれ、からだ全体が銀の光に包まれているじゃろう。あの銀の鷹は、私が生まれる前からずっと、この森を守り続けているのじゃよ。

瑠璃姫 あの銀の鷹を私のものにしたい。

婆  姫様。それはだめじゃ。

瑠璃姫 ばば、私に命令しないで。私は欲しいものは必ず手に入れるの。(カブレに)あの鷹を撃ちなさい。

 

カブレ、撃とうとするが撃つことができない。

 

瑠璃姫 私の命令に逆らうの。

カブレ 申し訳ございません。しかし、あの鷹は、あんなに美しい鷹は、俺には撃てません。

瑠璃姫 カブレ、銃を貸しなさい。私が撃つわ。

 

  瑠璃姫、銃を構える。
婆は止めようとするが姫は強引に撃とうとする。

そこに突然一人の少女が現れる。

少女の名前はカエデ。

 

カエデ やめて!

 

そういって、カエデは瑠璃姫に体当たりする。

銃声。

しかし、銃はそれたようだ。

 

カエデ (銀の鷹に向かって)逃げて。逃げて。心配しないで、私なら大丈夫。さあ、逃げて。

瑠璃姫 (カエデを見つめて)あなたは誰。

カエデ …

瑠璃姫  なぜ邪魔をしたの?

カエデ  この森から出ていって。

瑠璃姫  あなた、私が誰だかわかってるの。

カエデ 知らない、あんたのことなんか。

瑠璃姫 私は瑠璃姫。

カエデ 瑠璃姫?

瑠璃姫 (うなずく)

カエデ なぜお姫様がこんな森に来るの。お姫様なら、お姫様らしく、お城で王子様と暮らせば。

瑠璃姫 よけいなお世話。さあ、次はあなたの番ね。あなたの名前を教えて。

カエデ カエデ。

瑠璃姫 カエデ。美しい名前ね。

カエデ この森から出ていって。

瑠璃姫 私は、この森が気に入ったの。私は欲しいものは全部自分のものにできる。銀の鷹の棲むこの森も私のもの。邪魔をするなら、あなた達に出ていってもらうわ。

カエデ  私達が…

瑠璃姫 (頷く) さあ、鬼ごっこをはじめましょうか。鬼は私、逃げるのはカエデ、あなた。

カエデ …。

瑠璃姫 逃げないの?(後ろを向いて)捕まえて。

 

  家来達がカエデを抑えつける。

カエデは必死の抵抗をする。

 

瑠璃姫達 (笑う)

カエデ あなたたちには、血も涙もないの。

 

ここで鶏の鳴き声が入る。

楠木(ナレーション)がびっくりして立ち上がる。

 

ナレーション この当時は森に野性の鶏がすんでいた。

 

楠木は立ち上がりフォローの合図。

 

カエデ 鶏だ。鶏が鳴いている。あなた方には聞こえないの?この美しい鳴き声が。

 

鶏の鳴き声が響き渡る。

  カブレが鉄砲を撃つ。鶏の声が消える。

 

家来達 (笑い転げる)

瑠璃姫 あなた、銀の鷹に向かって話しかけていたわね。あれはどういうこと?お願い、私に話して、銀の鷹について知っていることを。

カエデ 知らない。

瑠璃姫 強情ね。私、あなたみたいなが大好き。いいお友達になれそうね。けど、困ったわ。あの銀の鷹について知っていることを喋ってくれないと、私はあなたに対してつらい仕打ちをしなければならない。あなたにそんな仕打ちをするのはつらいわ。だから、話して。

カエデ …

瑠璃姫 仕方がないわね。(家来に)いい、話を聞き出して。

ヤブレ どのように。

瑠璃姫 手段は選ばないわ。ただし、殺さない程度にね。(ヤブレとカブレに)さっ、始めて。

 

  そういって、瑠璃姫は森の中に。

 

カブレ さて、お嬢さん素直に喋ってもらおうか。

ヤブレ 喋ってくれれば手荒なことはしなくてすむ。さあ、喋って、銀の鷹について知っていることを。

カブレ すっかり吐いちまいな。そうすればお腹の中がすっとするぜ。

 

  楠木が立ち上がる。柏木と桂はぎょっとする。

柏木が「胃ではなくて胸」という意味で胸を叩く。

 

カブレ (慌てて)どうしたんだい、何か喉につかえたんかい。それともゴリラのまねかい。

 

  楠木から再びフォローの合図。

 

カエデ あなたは、秘密をお腹の中にためるの。私は胸の中にためるものだと思ってたわ。

ヤブレ (慌てて)普通の奴はそう。でもカブレは違うの。カブレは秘密を胃袋の中にためる能力がある。そうよね。

カブレ そ、そうとも。びっくりしただろう。

ヤブレ 普通の奴は秘密をたくさんもつと胸が苦しくなる。けど、カブレは腹が苦しくなる。だからたくさん秘密をもちすぎたときは胃袋の中にためたものを吐き出さなくちゃならないの。

カブレ (吐くまね)

ヤブレ その吐き出したものの中に、秘密が隠されているの。

カエデ 汚い秘密ね。

 

  楠木が頭を抱えている。

遂に我慢できなくなり杖をついて歩いてくる。

演じるのは富山の薬売り。

 

薬売り 私は富山の薬売り。二人ともいい薬があります。煎じてあげますからこちらにいらしてください。

 

  3人は木の後ろに。

そこで台詞の確認。

3人が木の後ろからあらわれる。

   

薬売り さあ、もう大丈夫ですね。

カブレ ええ、もう間違えません。

薬売り (またあわてて、ヤブレがカブレの口を押さえて)

ヤブレ もう大丈夫。

薬売り それでは、お元気で。(少し歩いて)私は富山の薬売り。

 

  薬売りはナレーションの位置に。

 

ヤブレ (突然恐ろしい形相になって)どうだい、吐く気になったかい。

カエデ …

ヤブレ うんとかすんとかいったらどう。

カエデ うん。

ヤブレ あなた、どうやら痛い目にあいたいようね。

カブレ 痛い目にな。

ヤブレ 針をもってきて。

カブレ あいよ。

 

  カブレが針を持ってくる。

   

ヤブレ 抑えてて。

 

カブレがカエデを抑える。

     

ヤブレ 指先ってのはね、神経が集まっているの。だからこうやって針を突き刺すと(針を刺す)。

カエデ (悲鳴)

ヤブレ どう、痛いでしょ、苦しいでしょ。

カブレ 早く吐いちまいな。

ヤブレ 話す気になった?

カエデ …

ヤブレ まだ話す気になれないの。それではこう(針を刺す)。

カエデ (悲鳴)

ヤブレ ほら血が滲んできた。これでも。これでも。

カエデ (悲鳴)

ヤブレ しぶとい娘ね。

 

瑠璃姫が戻ってくる。

 

瑠璃姫 どう、聞き出せた。

ヤブレ それがなかなか強情で。

カブレ しぶとい奴です。

瑠璃姫 それでは奥の手を使うしかないわね。

カブレ 奥の手といいますと。

瑠璃姫 これよ。

カブレ それは。

瑠璃姫 唐の国より伝わる秘薬。これを飲むとどんな秘密も話さずにはいられなくなる。

カブレ そして、すべてを話した後に

ヤブレ 気がふれる恐ろしい薬。

カエデ そんな薬くらいで話したりしないわ。無駄なことよ。

瑠璃姫 そうかしら、今までこの薬が利かなかったことは一度もないのよ。

カエデ 私には無理。

瑠璃姫 それでは試させてもらうわ。(家来に)この薬を飲ませなさい。

カブレ はっ。さあ、飲め。飲むんだ。

 

ヤブレとカブレはカエデに無理やりその薬を飲ませる。

 

瑠璃姫 よし、よし。さて、それではこれからあなたがどうなるかゆっくり楽しませてもらうわ。

カエデ (体が震えてくる)

瑠璃姫 体が震えてきたわね。次は体が焼けるように熱くなるわよ。

カエデ (いかにも体が熱くて仕方がないという動き)

瑠璃姫 いかが、この薬の効き目は。熱くて熱くてしかたないでしょ。

カエデ 熱くなんかないわ。

瑠璃姫 本当に強情ね。そろそろ体がふらふらしてくるわよ。

カエデ (体がふらふらしてくる)

瑠璃姫 そして熱さは遠のき、心地よい気分になってくる。

カエデ (意識が朦朧としてくる)

瑠璃姫 意識が朦朧として来たようね。それでは銀の鷹について知っていることを私に話してくれる。

カエデ (朦朧と)あの銀の鷹は、

瑠璃姫 あの銀の鷹は…

カエデ 私の…母さん。

瑠璃姫 母さん?あの銀の鷹があなたの母親だっていうの?

カエデ  (頷く)

瑠璃姫  興味深い話ね。聞かせて頂戴、あなたとあなたの母さんの話を。

カエデ 母さんは私に森の素晴らしさ、森の神秘を教えてくれた。

瑠璃姫 どうやって?

カエデ それは…

 

    暗転 

カエデの回想1…ある日の夕方

 

  照明が入るとそこは夜の森。

 

カエデ 母さんもうだめ。もう動けない。

母  なに弱音を吐いてるの。こんなことぐらいでへこたれちゃだめ。ほら立って。

カエデ もう、もうだめ。

母  それでも母さんの子?さあ、立って母さんのように動いてごらん。

 

母が木に隠れようとするが、入る直前で転ぶ。母が来ると思った代役の樫山が出てしまう。母が二人になる。

慌てる楠木。

樫山が木に入る。

少し呆然とした母が木から出てくる。

 

母  (上の空で)さあ、やってごらん。

 

  カエデが首を振る。

 

母  (上の空で)さあ、母さんの後についてやるのよ。

 

  母はもう一度木に隠れようとする。しかし、また、転んでしまう。

樫山が出てしまい。また、母が二人になる。

樫山が技を行い、そのまま、舞台から去る。

母は呆然として舞台に立っている。

楠木は頭を抱える。
楠木が立ち上がり台詞を言う。

 

ナレーション 母の動きは素早く、時に幻を生じるのであった。

 

カエデ 母さん。今の母さん、まるで母さんじゃなかったみたい。別人に見えたわ。

母  だって…別人だもの。

 

あわてる楠木。

 

カエデ 母さん。どうしてこんなことができなくちゃいけないの。

 

   母、次の台詞がいえない。 

 

カエデ 母さん。どうしてこんなことができなくちゃいけないの。

 

母は立ちつくすのみ。

 

カエデ (慌てて)わかったわ、森で生き抜いていくためね。母さん。私、頑張る。

母  …。

 

楠木から何とかしろという合図が出る。

 

カエデ 母さん、顔色がよくない。少し休んだら。

 

  カエデは母を木の後ろに連れていく。

  雲行きが怪しくなり、雷鳴が聞こえてくる。

 

カエデ 嵐が来る。

 

木の後ろから母が出てくる。

 

母  もう大丈夫よ。

 

  雷鳴

  鵺が鳴き出す。

 

母  雷鳴に鵺が喜んでいる。こんな嵐の日には鵺がダンスを踊るわ。

カエデ 見たいわ、そのダンス。

 

  雷鳴。

 

母  見てごらんなさい。鵺のダンスが始まるわ。

 

木々の間から鵺達が出てきてアクロバットを駆使して飛び回る。

そのアクロバットをしたときに、ダンスメンバーの一人が怪我をする。

みんなどうしたらいいかわからず楠木を見る。

語り部に運べという合図。

怪我をした踊り手は、語り部に運ばれる。

 

ナレーション どうやら今日のダンスは中止のようである。

 

   そのときダンスの音楽がかかる。林がかけてしまったのだ。

 

ナレーション (大声で)今日のダンスは中止のようである。

 

しかし音楽は止まらずダンスが始まってしまう。

怪我をした踊り手が踊るはずだった中央が不自然に空いている。
楠木はダンスメンバーが着ている衣装を持ってこさせてその衣装を着る。
楠木がダンスにはいる。しかし、ちっとも踊れない。
柏木が現れ、楠木に「踊らせてください」と意思表示し。ダンスを踊り始める。

なぜか、うまい。

呆然と見つめる楠木、柏木が中央でダンスを踊る。

華麗な鵺のダンスが始まる。

柏木(カエデ)は立派に踊りきる。
鵺達は帰っていく。

母がカエデに近づく。

     

母  どう、あなたもあんなふうにダンスが躍りたい?

 

楠木がフォローの合図を送る。

 

カエデ 今、踊ったわ。母さん見てなかったの。

母  そうね。踊ったわね。あなた、どうしてダンスができるようになったの。あれから練習したの。

 

楠木がフォローの合図を送る。

沈黙が訪れる。

慌てて楠木が薬売り役で登場。

 

薬売り お母さん、あなた素晴らしい娘さんをお持ちですね。全くみごとなダンスだ。私もあと七十才も若ければ一緒に躍りたい。さあ、みなさん。雷もいってしまったようだ。家に帰りましょう。

カエデ あなたは?

薬売り 私は富山の薬売り。

 

  暗転

   

瑠璃姫(声) そのときはお母さんが銀の鷹だということ知っていたの?

カエデ(声) いいえ。

瑠璃姫(声) いつ知ったの。お母さんが銀の鷹の化身だということを。

カエデ(声) あれは…満月の夜。今と同じような美しい銀の月が輝いていたわ。

瑠璃姫(声) さあ、聞かせて。そのときの話を。

 

カエデの回想2

 

明かりがつく。

舞台をカエデが一人歩いている。     

 

カエデ 母さん、どこ…。きっと、森ね。森に出かけたのね。

 

カエデが森の奥へと入っていく。

遠くに母らしき姿を見つけたようだ。

 

カエデ (独り言で)母さん。

ナレーション そのときだ。カエデの目の前で母が銀の鷹に変身した。

カエデ 母さん。

ナレーション 母は空からカエデの姿を見つけた。そしてすべてを理解した。

 

  木の後ろから母が現れる。

 

母  見てしまったのね。

カエデ …

母  今まで黙っていてごめんなさい。私はおまえの本当の母さんじゃないの。

カエデ 本当の母さんじゃない?

母  ええ、私は銀の鷹。おまえの本当の母さんは、…死んだわ。

カエデ …

母  おまえがまだ赤ちゃんだったとき、私の命と引き替えに…

カエデ …

母  あれは、今から十四年前。あの日も今日と同じ満月の夜だった。

 

  暗転

赤ん坊の鳴き声が響く。

 

母の告白

 

  赤ん坊を背負った母が現れる。

  これはカエデの本当の母。

赤ん坊は十四年前のカエデである。

 

母  よしよし、いい子だ。いい子だからそんなに泣くんじゃない。

 

  中央の大木の後ろから鳥の羽ばたきが聞こえてくる。

 

母  なにかしら…。

 

木の後ろを覗きこんで。

   

母  まあ、銀の鷹だわ。かわいそうに、罠にかかったのね。じっとしているのよ。助けてあげるわ。

 

母が罠にかかった銀の鷹を助ける。

 

母  さあ、これでいいわ。まっ、ひどい傷。待っていて、いま農薬を塗ってあげるから。

 

  楠木(ナレーション)が立ち上がる。

 

母  いったい誰がこんなひどいことを。でも大丈夫、この農薬はとっても利くのよ。

 

  楠木フォローのサイン。

  花田(母)、それを見てどうしたらいいかわからず硬直してしまう。

楠木が富山の薬売りとなって現れる。

 

薬売り 私は富山の薬売り。それを塗ってはいけません。あなたが塗ろうとしているのは、農薬。農薬は最近開発された生き物を殺す薬。それを使ってはいけません。これは膏薬、どうぞこれをお使いなさい。

母  …

薬売り 私は富山の薬売り。

 

  富山の薬売りが立ち去ろうとするが、母を演じる花田の呆然とした姿を見て戻ってくる。

 

薬売り あなた、どこかからだの調子がおかしいようだ。どれ、この薬をお飲みなさい。これはな「夏の夜の夢」という薬。

母  「夏の夜の夢」?

薬売り これを飲めば嫌な思い出が忘れられる。そして、新しい自分になれる。さあ、飲みなさい。

 

  母(花田)は少し考えた後、その薬を一気に飲む。

 

薬売り 気分は?

母  すっきりしました。

薬売り それはよかった。(母の肩をだき、目で「しっかり」という合図を送る)

母  (大きく頷く)

薬売り 私は富山の薬売り。 

 

      そこにあねごとその二人の子分(シドロ、モドロ)が現れる。

     

あねご ちょっとお待ち。その獲物返してもらおうか。

母  あなた方ね、こんなひどいことをしたのは。

あねご あんたの知ったこっちゃないよ。さ、お返し。

母  お逃げ。さ、逃げるのよ。

 

  銀の鷹は大空に飛び立った。

 

あねご なんてことをするんだい。あれは私が捜し求め、やっとの思いで捕まえた銀の鷹。都に持って行けば千両になるというのに。あんた、いったいどうしてくれるんだい。

母  …

あねご (子分達に)シドロ、

シドロ はい。

あねご モドロ。

モドロ はい。

あねご やっておしまい。

シドロ、モドロ はい。

 

  母は逃げようとする。

   

シドロ 逃げようったって無駄なこと。

モドロ 俺達の手から逃げられたものは一人としていないのさ。

シドロ さあ、

モドロ さあ、

シドロ さあ、

モドロ いくよ。

 

  二人が母親を刺す。     

泣き叫ぶ赤ん坊。

 

母 赤ちゃんは。赤ちゃんは助けて…。

 

  そう言って息絶える。

  泣き叫ぶ赤ん坊。

 

シドロ この赤ん坊はどういたしましょう。     

あねご  生かしていてもしかたない。一緒にやってしまいな。

シドロ (赤ん坊を殺そうとするが、どうしても小刀で刺せない。)どうも赤ん坊は…

あねご それではこの沼に沈めてしまいな。

シドロ わかりました。

 

  シドロとモドロが赤ん坊を沼に沈めようとする。

そのとき羽ばたきの音。赤ん坊が空に飛んでいく。 

 

モドロ 鷹が、銀の鷹が赤ん坊をさらっていきました。

あねご なんだって。まあ、いい。赤ん坊を殺す手間が省けたということ。

モドロ あの赤ん坊、鷹の餌食というわけですね。

あねご そういうこと。それにしてもいまいましい。やっとの思いで捕まえた銀の鷹を…(そういったところで顔色が青ざめる)だ、誰だい、私の首に爪をかけるのは。うっ(叫び)。

シドロ あねご。どうしました。あねご。あねご。

 

      あねごがひざから崩れ落ちる。

 

シドロ(びっくりして)死んでいる。

モドロ どういうことだ。うっ(叫び)。誰だ俺の首筋に爪をたてるのは。シドロおまえか。

シドロ 俺はここだ。うっ(叫び)。モドロ、俺の首筋も捕まれた。

モドロ そうか、こいつは…

シドロ こいつは…

シドロ、モドロ (叫び声)

 

  シドロとモドロが倒れる。

中央の大木の後ろから母が現れる。

母は赤ん坊を抱いている。

この母は銀の鷹の化身である。

     

母  ごめんなさい。私を助けたばっかりに。この赤ん坊は私が育てるわ。せめてもの償いに。

 

  暗転

  以下は暗転の中、声のみが響く。

 

瑠璃姫(声) 銀の鷹はあなたの育ての親なのね。あなたが母親の正体を知ってしまった後、あなた達二人はどうなったの。

カエデ(声) 母は言ったわ。

 

カエデの回想3(おふくろさん)

 

  暗転

暗転の中練習で没にした森進一の「おふくろさん」がかかってしまう。

慌てる楠木。

もうこの曲で演じるしかない。

二人は演歌調かつ歌舞伎調でこぶしを入れた言い回しで演じる。

     

母  あなたの母さんは本当に優しい人だった。ごめんなさい。カエデ。私がいなければ、私が…

一番IN

カエデ 母さん。そんなに自分を責めないで。

母  もう、母さんって呼ばなくていいわ。私はあなたの本当の母さんではない。私は人間じゃない。私は銀の鷹。銀の鷹なの。

カエデ でも、母さんは、あっ、母さんだわ。人間じゃなくても母さんは、あっ、母さんだわ。

母  カエデ。  ※曲「あなたの」

カエデ 母さん。 ※曲「あなたの」

 

  二人抱き合う。 ※曲「人生」の後抱き合う。「忘れはしない」が響き渡る。
開き直った楠木が2人にマイクを渡す。
戸惑いながらマイクをもつ2人。
しかし、すぐなりきる。舞台は歌謡ショーの様相に。
二番への間奏IN

   

カエデ 私に森の不思議、森の美しさ、森で生きる知恵を教えてくれたのは母さん、母さんだわ。

母  うれしいわ。でも、お別れよ。

カエデ なぜ。

母  カエデ、あなたはもう一人で生きていける。あなたに教えることはなにもないわ。

カエデ もっと、もっと、教えてほしい。もっと、もっと不思議なことを、もっともっと美しいことを。

母  これからはあなた自身で学んでいくのよ。

 

※ 間奏IN

楠木の指示で、和傘を持った二人組が登場。

 

母  でもどうしても私の力が借りたくなったら、どうしても、どうしても私に会いたくなったら…そのときは

カエデ そのときは?

母  これを空に向かって、思い切りほうり投げなさい。

カエデ これは…あっ、銀の羽根!

 

カエデと母が見得を切る。
和傘の二人も同時に見得を切る。

 

母  カエデ、あなたとの暮らし楽しかったわ。

カエデ 母さん。

母  まだ、母さんと呼んでくれるのね。うれしいわ。カエデ、さようなら。

 

黒子が現れ母を空中に持ち上げる。

 

カエデ 母さん。(そういって後に下がりポーズ)

 

楠木が中央に飛び出てくる。

 

ナレーション (見栄を切って)そして、母親は銀の鷹となって空に飛び立っていくのであった。

 

暗転
音楽が鳴り響く。

 

カエデ 母さん。母さん。

瑠璃姫 カエデ、お母さんからもらった銀の羽根を見せてごらん。

 

   カエデは懐からその羽根を取り出す。

    

瑠璃姫 この羽根を空に向かって投げるとあの銀の鷹が現れるのね。

カエデ (頷く)

 

  そのとき一陣の風が吹く。

  黒子が現れ、羽根を持って、風に吹かれたようにひらひらさせながら袖に向かって走っていく。

 

瑠璃姫 待って。待ちなさい。

 

  瑠璃姫がその羽根を追いかけていく。

森の奥に羽根を追っていったはずの瑠璃姫が、カエデの前に現れる。

 

カブレ 姫様。

瑠璃姫 もういいわ。解放してあげなさい。

カブレ いいんですか。

瑠璃姫 私がいいといっているのだからいいの。

カブレ わかりました。(カエデに)姫様の命令だ。逃がしてやる。ここから立ち去れ。

 

カエデはふらふらになって森の奥へ。

瑠璃姫はそれを追っていく。

  しばらくして瑠璃姫が現れる。

 

瑠璃姫 (カエデがいないのに気がついて)カエデはどうしたの。

カブレ 瑠璃姫様がもう帰していいと…。

瑠璃姫 私が?私がそんなことをいうはずないでしょ。

カブレ でも、確かに…

瑠璃姫 おまえ、熱でもあるんじゃないの。

ヤブレ それではさっき私達の前に現れたのは…

瑠璃姫 何者かが私に化けたのね。

ヤブレ 化けた。

瑠璃姫 それはきっと銀の鷹じゃないかしら。

 

ヤブレとカブレが顔を見合わせて。

 

ヤブレ・カブレ  申し訳ありません。

 

瑠璃姫 カエデ、私たちとかくれんぼを楽しもうというわけね。わくわくするわ。鬼は私、隠れるのはカエデ。早く見つけてあげないといけないわね。そうしないと、あなたはいつまでも隠れていなければならない。森で見つかる白骨は、鬼から逃れて隠れ続けた誰かさん。カエデ、あなたがそうならないように、必ず見つけてあげるわ。そうそう、まず、五つ数えないと。(瑠璃姫が五つ数える)さあ、見つけに行くわよ。

 

  暗転

瑠璃姫とカエデが歩いてくる。
カエデはふらふらしている。

 

瑠璃姫 (カエデに)かわいそうに。自白剤を飲まされたのね。でも大丈夫ここに解毒剤があるわ。さあ、これを飲んで。

 

  カエデがその薬を飲む。

   

カエデ (意識が戻って)瑠璃姫。

 

  瑠璃姫が大木のうしろに入る、反対側から出てきたときには母になっている。

 

カエデ 母さんだったの?

母  (頷く)もう大丈夫よ。さあ、気がつかれる前に逃げましょう。

 

  二人、歩いていく。
カエデはふらふらして歩けない。

 

カエデ 母さん。母さんは空に逃げて。

母  何をいっているの。あなたを安全な場所に連れて行くまでは一緒よ。

カエデ それでは母さんまで危険な目に合わせてしまう。

母  私はおまえの本当の母さんに命を救われたの。あなたのことは命をかけても守るわ。

カエデ 母さん。

母  カエデ、さあ、こっちよ。

 

  暗転。

瑠璃姫とその家来がカエデを探している。

 

瑠璃姫 なかなか見つからないわね。どこに隠れたのかしら。

カブレ 相手は森を知り尽くしてますからね。

瑠璃姫 狼を使いましょう。

カブレ 狼を。

瑠璃姫 狼は忠実な私の手下。きっと見つけだしてくれるわ。

 

懐から鈴を取り出す。

  鈴の音と同時に狼の遠吠えが聞こえてくる。

  暗転。

                

カエデと母の二人が歩いている。

どこからともなくオオカミの声が響いてくる。

 

母  狼だわ。

カエデ 狼?

母  でも、おかしいわね。この森には狼は棲んでいないはず。

カエデ どういうこと?

母  嫌な予感がする。カエデ、急ぐわよ。

 

カエデと母が逃げていく。
狼の声が響き渡る。
カエデと母を追うように瑠璃姫が現れる。
その瑠璃姫を追うように家来達が駆け込んでくる。
 

カブレ 狼がカエデを見つけたようです。

瑠璃姫 見つかってしまうと寂しいものね。もう少しかくれんぼを楽しみたかったわ。

カブレ 姫様、参りましょう。

 

  暗転。

 

カエデと母が現れる。

 

カエデ オオカミが近づいてきた。

母  どうやら囲まれてしまったようね。

 

カエデと母が逃げようとするとその前に、瑠璃姫が現れる。

         

瑠璃姫 カエデ、みーつけた。

カエデ 瑠璃姫。

 

家来達も現れる。

 

瑠璃姫 さあ、狼達、もうかくれんぼは終わりよ。お帰りなさい。

 

  狼達の鳴き声がやむ。

 

瑠璃姫 あなたが銀の鷹の化身ね。それにしてもよく化けたわね。覚悟はいい。(カブレに)あの女を撃ちなさい。

  

  カブレが鉄砲をかまえる。そして撃つ。

  しかし、出るはずの銃声が出ない。

 

瑠璃姫 どうしたの。もう一度、もう一度撃つのよ。

 

  カブレがもう一度鉄砲を撃とうとする。

  しかし、音はでない。

  鉄砲を確かめるふりをしてその場を繕う家来達。

「ズドン」といったりもするが、タイミングが合わない。

楠木がフォローの合図を送る。

瑠璃姫 何をしているの。貸して、私が撃つわ。

 

カエデが母をかばって前に出る。

 

カエデ やめて。撃つのはやめて。

 

  瑠璃姫が鉄砲をカエデの方に向けたその瞬間、突然銃声。

  状況は誰が見ても銃弾がカエデにあたったとしか思えない状況である。

一瞬の沈黙。

楠木が立ち上がる。

カエデが胸を押さえて倒れる。

楠木が薬売りになって出てくる。

 

薬売り (富山の薬売りの格好で)私は富山の薬売り。

カエデ (薬売りを制して)薬売りさん、ありがとう。でも、もう、どんな薬も利かないわ。

 

楠木は柏木(カエデ)の真剣な表情に負けて薬売りを演じるのをやめる。

柏木の唇は「やらせてください」と動く。
楠木の唇は「わかった、やってみろ」と動く。これは本人達だけが聞こえる声で本当にいう。
楠木はナレーションの位置に戻って座る。
柏木の即興の演技が始まる。

 

カエデ (目がかすんでくる)瑠璃姫。瑠璃姫。聞こえる。あなたに言っておきたいことがあるの。お願い。この森を、この森を私達から奪わないで。この森はの森。何千、何万という鳥達が海を渡ってこの森にやってくる。何千キロもの距離を北の星を目印に、この森を夢見て飛んでくる。傷だらけになって、ぼろぼろになって。そんな命を賭けた旅の終着駅がこの森、この森なの。

   (小鳥の囀りが聞こえてくる。これは効果音ではなく本当の小鳥の声なのかもしれない)耳を澄まして。聞こえてこない。鳥達の歌が。の歌が。この歌声は鳥達のの証。森からこの歌声を奪わないで、…瑠璃姫。

 

カエデは、這って瑠璃姫に近づいていく。

カエデと瑠璃姫が見つめ合う。

カエデの目に涙、そして、瑠璃姫の目にも。

カエデが崩れ落ちる。

それを見た、瑠璃姫も崩れ落ちる。

 

カエデ 母さん。どこ、どこなの。

母  (母がカエデのところに)ここよ。 

カエデ 母さん。

母  カエデ…

カエデ 母さん。母さん…

 

  カエデ、力つきる。

   

母  カエデ!死んじゃだめ。生きるの、生きるのよ。カエデ!カエデ!

 

  カエデ動かない。

 

母  あなたのこと、死なせたりしないわ。カエデ、受け取って、私のを!

 

楠木が道具を使って銀の鷹の羽ばたきを音で表す。

その意味を理解した松本(カブレ)が「銀の鷹だー」と叫ぶ。
その叫びとともに家来達は、一斉に空を見る。

  母は銀の鷹となって空に飛び立ったのだ。

     

カブレ  銀の鷹だ。

家来達 (口々に)銀の鷹だ。

婆 娘が銀の鷹となって蘇った。

スットコ なんという美しさだ。

ノラリ  何だお前、泣いてんのか?

クラリ  これが泣かずにいられるか。

カブレ 俺も、俺も涙が出てきやがった。

 

  ここで台詞を言う予定だった瑠璃姫役の並木が、一連の台詞に感動して涙を流している。

涙をこらえ何とか最後の台詞を言おうとする並木。

 

瑠璃姫 何をしてるの。早く、あの鷹を…あの鷹を(涙があふれる)

カブレ あの鷹をなんですか。

瑠璃姫 あの鷹を…(涙)

 

瑠璃姫はその後の台詞が言えない。

  カブレ役の松本が助けを求めて楠木を見る。
楠木が薬売りとなってでてくる。

 

薬売り 涙だ。涙だ。姫様が、生まれてはじめて涙を流した。

 

並木は泣き続ける。

 

薬売り 愛の心だ。あの母子が姫様に愛の心を与えてくれたんだ。私は富山の薬売り。そしてもう一つの私の顔、それは忍者、善住坊。悪魔にさらわれた姫様を悪魔から取り戻し、その後ずっと影ながら見守っていたのだ。(家来達に)さあ、姫様をお連れするのだ。

 

  瑠璃姫は家来達と共に森を後にする。
その時家来達もみんな涙を流している。
これは家来達の涙でもあり、役者を離れた自分自身の涙でもある。
そしてそれを見つめる善住坊は、瑠璃姫を見つめてきた忍者であり、彼ら/彼女らを今日まで演出してきた楠木そのものでもある。

  楠木がナレーションとして中央に残る。

 

ナレーション 悪魔に育てられ、愛を知らずに生きてきた瑠璃姫の心に愛の灯がともった。これから先、瑠璃姫は愛に包まれ幸せに暮らしていくことであろう。

   森は懐かしい、私達の心のふるさとだ。この懐かしい思いを胸に、森を舞台に繰り広げられた物語の幕を閉じるとしよう。みなさん、いつの日かまた、森でお会いいたしましょう。

 

暗転

フィナーレが始まる。

  みんな袖から笑顔(または涙)で舞台に出てくる。

柏木が立つ中央があいている。
楠木が柏木がいないのに気が付いて探しに行く。

 

楠木 柏木!柏木!

 

みんなも柏木に何かあったのではないかと探しに行く。

  花田が上手から出てくる。

 

花田 のぞみ!

花田が楠木の耳元で何か話す。

 

楠木 なに!柏木は盲腸で入院中?!(生徒達もそれに反応)それじゃあ、今までカエデを演じていたのは…

 

  静寂の中、どこからともなくオオルリの鳴き声が響いてくる。

その響きの中、暗転

    

     

 

登場人物                

 

★劇の中での役

 

20.          楠木のぞみ ★ナレーション、富山の薬売り

21.          カエデ ★柏木香織   

22.          母   ★花田菜津子

23.          瑠璃姫 ★並木若葉 

24.          ヤブレ ★桂 幹郎       

25.          カブレ ★松本弥生        

26.          あねご ★樫山美紀  

27.          あねごの子分シドロ ★木下裕美    

28.           〃   子分モドロ   ★橘 美樹 

29.          音響  ★林 真樹

30.          婆   ★柊 冬美

 

31.          瑠璃姫の家来ノラリ

32.          瑠璃姫の家来クラリ

33.          瑠璃姫の家来スットコ

34.          瑠璃姫の家来ドッコイ

35.          瑠璃姫の家来ピーチク

36.          瑠璃姫の家来パーチク

37.          瑠璃姫の家来ヤットコ

38.          瑠璃姫の家来サットコ

 

語り部