夏休み

登場人物

大場憲一(老人・少年)

高田二郎

遠野みどり

大岩洋子

天野満夫

 

青柳木霊

先生 

 

山父

傘化け1〜5

カシャボ1〜4

 

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現代の夏休みのある日 ががも森の入り口

舞台は森の中。
どこからか子ども達の遊ぶ声が聞こえてくる。

 

子ども1(声) 何して遊ぶ。

子ども2(声) かくれんぼはどうだい?

子ども3(声) かくれんぼだって、かくれんぼなんて子どもだましだぜ。

子ども1(声) 俺達子どもだろ。

子ども3 ()  テレビゲームやろう。俺、昨日新しいのを仕入れたんだ。

子ども1(声) いいね。

子ども3(声) 決定だな。

子ども2(声) かくれんぼは?

子ども3(声) かくれんぼはこの次。さ、みんな俺んちに来いよ。

 

子どもたちの声が遠ざかっていく。

一人の老人が、かざぐるまを持って歩いて来る。
その老人の名前は、大場憲一。

 

大場 そうだ、ここだ、ここだった。思い出したぞ。そう、あれは昭和十一年、わたしたちが小学校六年生のことだった。あの日わたしたちはみんなでかくれんぼをしてたんだ。あの時一緒だったのは…              

 

大場が横の木に視線を移すと、そこから一人の少年が現れる。その少年はかくれんぼの鬼になって、数を数える。

 

少年 七.八.九.十 よーし、捕まえに行くぞ。

 

その姿勢で静止する。

 

大場 高田二郎。いつもわたしたちのまとめ役だった。みんなからはターちゃんって呼ばれていたっけ。

 

高田、隠れているものを捜しにいく。

 

高田 みーつけた。

 

少女が可愛らしく出てきて、静止する。 

 

大場 遠野みどり。みんなからは、みーちゃんて呼ばれていたよな。あんまり目立つ娘じゃなかったけど、かわいらしくて、みんなからすかれていたっけな。とても歌のうまい子だった。

 

   かくれんぼが続く。

 

高田 みっけ。

少女 くっそう。みっかったか。

 

一人の女の子が、男のようにのっしのっしと出てくる。そして静止する。

 

大場 大岩洋子。みーちゃんとは正反対で気が強くてまるで男のようだった。大岩って名前からオイワなんて呼ばれていたっけ。

 

高田また見付けにいく、反対方向より一人の少年が今見付かった人達の中に入り知らん顔をしている。戻ってきた高田それに気づく。

 

高田 みっけ

 

   みんな静止する。

 

大場 天野満夫。いつも人のやることの反対の事ばかりやっているんでみんなから天邪鬼って呼ばていたっけ。わたしをいじめるのはいつもあいつだった。

高田 さ、みんな見つかったぞ。おい、バケおまえ次は一緒にやろうぜ。

 

  少年時代の大場憲一が現れ静止する。 
みんな静止する。

 

大場 (少年時代の自分を指し)そしてこのわたし、大場憲一。名前を短くするとオバケ。更に短くしてみんなからはバケって呼ばれていた。でも、そのあだなは、そんなに嫌いじゃなかった。わたしはお化けのことが大好きだったからな。

高田 な、やろうぜ。な。

 

みんなが動き出す。
その様子を眺めながら老人である大場は舞台を去っていく。

 

昭和十一年七月二十三日  

       ががも森の入り口

 

大場 嫌だよ、だって夕方かくれんぼをすると隠し神にさらわれてしまうんだよ。

天野 ははは、隠し神だってよ、そんなのいるわけないだろ。

大場 隠し神を信じないと今に大変なことになるよ。

天野 ははは、馬鹿とは付き合い切れないね。

大場 なんだとー。

遠野 あっ(祈る)

高田 何してんだい。

遠野 流れ星に願いをかけたの。流れ星が落ちた後に願いをかけると、その願いがかなうって言われているのよ。

天野 迷信だよ、そんなの。あんな水素とヘリウムの塊に、願いをかけたって何になるんだい。今の世の中に……そんな…ふるくさい。

大岩 天邪鬼は夢がないわね。私は信じるわ。早く落ちないかな。落ちろ。こら落ちろ(ドスン、ドスンと地響きを立てる)。あっ、落ちた。

 

天野以外みんな何か祈っている。大場の願いごとに聞き耳を立てている天野。

 

天野 (突然)ははははは、ははははは。聞いてくれよ、バケの奴、お化けに会いたいだってさ。馬鹿じゃねーか。この科学の時代にお化けなんてよ。おめー六年生のくせに考えてることは、一年生と同じか、それ以下じゃねーの。

大場 なんだとー。

高田 まあまあ。どんな願い事をかけようとその人の勝手だろ。喧嘩はそこまで、もう一度かくれんぼしよう。今度はみーちゃんが鬼だよ。バケもやれよ。

大場 でも隠し神が……

高田 大丈夫だよ。じゃあ始めるぞ。

 

遠野一人一人見つけていき、全員見つかる。しかし、今まで五人だった子ども達が六人になっている、それにだれも気づかない。

 

高田 あれー。一、二、三、四、五、六……一、二、三、四、五、六……俺たち六人だったかな。五人じゃなかったっけ。

遠野 そういえばそうね。でもその一人は誰。

大岩 でもみんな最初っからいたわよ。 

大場 座敷童子だ。

みんな  座敷童子?

遠野 座敷童子って何。

大場 妖怪だよ。

天野 また始まった。

大岩 でもおもしろそうな話じゃない。で、どんな妖怪なの。

大場 例えば五人で遊んでるとするだろ、ふと気がつくと人数が一人増えて六人になっているんだ。みんな知っている顔なのにどう数えても六人いるんだ。誰が後からやってきたんだか考えてみても、みんな最初からいたものばかりなんだ。でも最初は確かに五人だったんだ。その増えた一人が座敷童子さ。

高田 この中に一人座敷童子がいる。誰だ!

天野 ターちゃんまで変なこと言うなよ。

高田 さてはおまえが。

天野 馬鹿なこと言うなよ。科学に強い天野満夫を忘れたのかよ。

高田 冗談だよ。

大場 僕だって初めからいたさ。

天野 覚えてないな。

大場 さっきけんかしたばかりだろ。

遠野 私もはじめからいたわ。さっき流れ星に願いをかけたばかりですもの。

高田 そうだよな。じゃあ君だ(青柳を指す)。

青柳 馬鹿言わないでよ。私だって流れ星に願いをかけたし、みんなと一緒にかくれんぼもしたじゃない。

高田 そうだよな。それじゃあ……(みんな大岩を疑いの目で見る)

大岩 何よー。それじゃあ私が妖怪だって言うの。

高田 もうよそう、どうやら俺の思い違いだったようだな。

天野 そうそう、この世の中に妖怪なんているわけがないもんな。

大場 そうかなー。

大岩 バケ、まだ私を妖怪にしたいの。

大場 そ、そういうわけじゃないけど。

遠野 ね、お星様がとっても綺麗よ。まるで星の野原にいるみたい。

青柳 あっ、流れ星。

遠野 あそこからも。

大岩 こっちからも。

大場 こっちもだ。

高田 すごいぞ、今日は彗星の夜だ。

 

一人一人星に願いをかける。天野どうしようか迷いながら、最後には隠れて何かを祈り始める。しばらくして、一人一人家に帰って行く。最後に大場が一人残る。

 

昭和十一年七月二十四日  教室

先生が教室に入ってくる

 

高田 起立。気をつけ。先生おはようございます。

みんな おはようございます。

先生 おはようございます。あら、机の並び方おかしくない。確か一番後ろの席は隣がいなくて、天野君が一人で座ってなかった。

   

青柳がびっくりして立ち上がる。

 

青柳 やだ先生、おかしなこといわないでください。前からこのままです。

先生 そうよね、暑さで惚けちゃったかな。さて、明日から待ちに待った夏休み。みんな休み中の計画はしっかり立てた。

全員 はーい。

先生 高田君。あなたはどんな計画を立てたの。

高田 俺は、毎日ベルリン・オリンピックをラジオで聴こうと思っています。なんせ、初めての生中継ですから。

先生 でも不思議ねー。ドイツで行われていることが、同じ時間に日本にいて聴けるなんて。

天野 先生。ラジオの生中継くらいで驚いてちゃ時代に遅れますよ。今度のベルリン・オリンピックでは世界初のテレビジョンが使われるんですよ。 

先生 テレビジョン?なにそれ。

天野 うーん、ちょっと説明するの難しいなー。あの映画知ってますよね。要するに、ベルリン大会の模様が同時に映画の画面を小さくした、このくらいの画面に写るんですよ。

大岩 ほんとー。信じられない。

高田 でも、そいつはすげーな。

天野 まだまだ驚くのは早いよ。次の昭和十五年のオリンピックがもし東京になれば、この日本でも、オリンピックをテレビジョンで放送する予定なんだぞ。そして将来は、自分のうちでテレジョンが見られるようになるかもしれないんだぞ。

先生 さすが天野君、よく知ってるわね。

高田 先生。天邪鬼は、科学者になるのが夢なんです。

先生 天野君ならなれるかもね。  

 

   天野照れる。

 

高田 先生、ベルリン大会では、日本はどれくらい金メダルが取れると思いますか。

先生 …高田くんはどう思うの。

高田 きっと水泳はたくさん取りますよ。前回のロサンゼルス大会で二位だった前畑は優勝する可能性大かな。三段跳びも、オリンピック三連破は堅いな。高跳びも期待できますよ。

先生 詳しいのね。

高田 俺は、オリンピックに出るのが夢なんです。

先生 へー、高田君、運動得意だからね。次のオリンピックに出られるといいわね。

高田 次のオリンピックは、東京かヘルシンキですからね。東京になればいいな。でも四年後はまだ中学四年生だから出るのは難しいな。

先生 何か先生もオリンピックに興味がわいてきちゃった。放送は何時なの。

高田 朝の六時半から七時と夜の十一時から十二時までです。

先生 両方聴く気なの。

高田 はい。

先生 朝はともかく、夜は寝なさい。まだ子どもなんだから。

天野 先生、僕はそうします。

先生 高田君もそうしなさい。

高田 (ふてくされた感じで)はーい。

大岩 先生、先生、先生。私、東京に映画を見にいきます。

先生 何見るの。

大岩 「虚栄の市」です。先生、この映画、総天然色なんですよ。

先生 総天然色って?

大岩 白と黒の画面じゃなくって、今私達が見ているのと同じ色で写っているんですって。

遠野 ほんと、凄いのね。

先生 大岩さん、あなた映画の話になるとほんと生き生きしてくるわね。

大岩 先生、私、女優志望なんです。

天野 ははー、無理無理。

大岩 何よー。

天野 おめえじゃ無理ってーの。銀幕のスターってのはな、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って感じの綺麗な女の子しかなれないの。おめえは立てば大根、座ればスイカ、歩く姿は豚の鼻だろ。(みんな笑う)

大岩 てめー。よくも言ってくれたな。  

 

   天野の首を絞める。

 

先生 大岩さん、やめなさい。あなた女の子でしょ。

大岩 だって。(泣き出す)

先生 天野君、あなたも口が悪すぎ。大岩さん、あなたも、そのくらいのことで泣くんじゃないの。

大岩 先生、今の演技でした。うまかった。

先生 大岩さん!大人をからかうんじゃないの。

大岩 すいません。

先生 遠野さん。あなたは何か計画があるの。

遠野 歌を習いにいこうと思っています。

先生 そう。あなたとっても歌がお上手だものね。

大岩 先生、みーちゃんは、歌手志望なんです。

先生 へー。渡辺はま子のような歌手に?

遠野 いいえ、クラシックです。オペラ歌手になりたいんです。

先生 みんなずいぶん大きな夢をもっているのね。夢をもつってとっても素敵なことね。青柳さん、さっきっからずーと黙っているけどあなたは夏休みをどの様に使うの。

青柳 私、まだ決めていません。すみません。

先生 何も、謝ることなんかないのよ。先生だって何するか決めてないんだから。人それぞれでいいの。さてとみんなの予定も聞き終ったしと…

高田 先生、まだバケが残っています。

先生 御免なさい。ついつい忘れてしまって。

大場 いいんです…どうせ…

先生 大場君、大場君(優しく)あなたは夏休みどうするの。

大場 うち貧乏だから、どこかへ行ったりする余裕がないんだ。それにうちのお母ちゃん、この夏に赤ちゃん産むんだ。だから家の手伝いしなくちゃ。

先生 それじゃ、大場君この夏休みにお兄さんになるのね。(大場照れる)

天野 頼りねー兄さんだな。

大場 なんだと。

先生 ほらまた。天野君、いいかげんにしなさい。

天野 はーい(ふてくされて)

先生 さ、おしゃべりはこれくらいにして、お待ちかねの通信簿を返しましょう。

 

嬉しそうな顔あり、憂鬱そうな顔あり。

 

先生 高田君。

高田 はい。(通信簿を覗きこんで)やったー、体操甲だ。

 

高田が教室を走り回る。

生徒達は大はしゃぎ。

 

先生 天野君。

天野 はい(自信ありそうに)。

高田 ずいぶん自信ありそうじゃない。

天野 (成績を開いて見せる)まっ、こんなもんさ。

 

みんな集まる。大岩が通信簿をとる。

 

大岩 算術甲。綴り方甲。読み方甲。書き方甲。国史甲。理科甲。体操……体操。あんた体操、丙じゃない。

天野 体操なんか馬鹿のやるもんだ。

高田 なんだと。

先生 天野君!あなたの考え方は、間違っています。勉強がいくらできても、あなたのような考えの子は、先生嫌いです。体操だってとっても大切な科目なんです。

高田 そういうことさ。

先生 続けます。遠野さん。

遠野 はい。

先生 唱歌は甲ですよ。

遠野 先生、ありがとうございます。

先生 (先生にこにこして通信簿をわたす)次、大岩さん。

大岩 はーい。(自信ありそうな素振り、しかし通信簿を見てびっくり)うおー。これは悪い……わー。(通信簿をくしゃくしゃにしてしまう)

先生 そんなことしちゃ駄目でしょう。

大岩 …

先生 大場君。

大場 はい。

 

   大場は隅でこっそり見ようとする。

   天野が大場の通信簿を取り上げる。

 

天野 ははは。こいつみんな丙でやんの。馬鹿だねー。

先生 天野君!いいかげんにしなさい。人生、通信簿だけでは決まらないの。人それぞれに通信簿では表せない良さがあるの。

天野 でも、バケみたいに、頭が悪くて、うすのろの奴に何かいいところがあるんですか。

先生 大場君にもちゃんとあります。

天野 それは何ですか、先生。

先生 (考え込んで)…

大場 もういいんです…僕。

先生 そうそう、大場君の良さは優しさね。誰に対しても優しくできるところ。きっといいお兄さんになれるわよ。さっもっと自信を持って、胸を張って。さあてと、それでは通信簿はしまって。ちゃんとおうちの人に見せるのよ。

大岩 先生、木霊がまだ通信簿を返されてません。

先生 あっ、青柳さん、御免なさい。えっと、あれ…、確かに昨日みんなのと一緒にここに入れておいたはずなのに。おかしいわね。

青柳 先生、いいんです。

先生  御免ね。明日までに捜しとくから。明日また取りにきてくれる?

青柳 はい。

先生 それでは終わりにしましょう。みなさんにとって楽しい夏休みになるといいわね。それと、天野君、大場君もう喧嘩しちゃ駄目よ。

天野、大場  はーい。

高田 起立。気を付け。先生さようなら。

全員 さようなら。

 

   先生、教室から出て行く。

   五人が中に残る。

 

高田 明日から夏休みか。小学校最後の。

遠野 みんなで一緒に夏休みを過ごせるのもこれっきりなのね。

大岩 ね、何か思い出にのこることしない。

みんな やろー。やろー。

遠野 何するの。

高田 肝試しなんかどうだい。

大場 いいね。

天野 なにいってんだよ。一番弱虫のおめーが。

大岩 お化けが出てきても大丈夫?

大場 お化けは本当は、優しいんだよ。大丈夫にきまってるだろ。

天野 へっ、強がりいうなよ。泣き虫毛虫が。

大場 なんだと。

   

天野につかみかかっていくが泣かされる。

 

大場 僕、弱虫じゃないやい。

高田 まあまあ。弱虫かどうかは、やってみればわかることだろ。じゃあ肝試しに決定でいいな。

遠野 私もやるの。

高田 怖いかい。

遠野 ええ。

大岩 大丈夫、この私がついているから。やろうじゃないの。わくわくするわ。

天野 でも俺は勉強があるからな。

大岩 そんなこといって、本当は怖いんでしょう。

天野 ば、馬鹿なこというなよ。お化けなんて非現実的な存在をどうしてこの俺が怖がらなくちゃいけないんだい。

大岩 じゃ、決定ね。

天野 でも、ターちゃん、オリンピックが気にならないかい。

高田 大丈夫。オリンピックは八月一日から八月十五日までだろ。八月十六日にやればいいじゃないか。どうだい天邪鬼。 

天野 いいけど。

高田 どうだい、バケ。

大場 もちろん大丈夫さ。

高田 よーし、決定だな。ところでどこでやろうか。

大場 うらの、ががも森がいいよ。

大岩 どうして。

大場 ががもっていうのはね、妖怪っていう意味の方言なんだよ。

高田 それじゃ、ががも森ってお化け森っていう意味だったのか。知らなかったな。

遠野 大場君、お化けのことに詳しいのね。

天野 そんな、現実に存在しないものに詳しくったって何になるんだい。このテレビジョンの時代に。

高田 もうテレビジョンはわかったから、話を肝試しにもどすぞ。八月十六日にががも森に集合。みんないいな。

大岩 何時に集合するの。

大場 夕方がいいよ。お化けは黄昏時によく出るっていうから。

高田 それじゃ、四時でどうだい。(みんな頷く)よーし決定。八月十六日の四時、ががも森の入口に集合。提燈忘れるなよ。

天野 提燈だって、この……

大岩 テレビジョンの時代に…でしょう。

高田 肝試しには、懐中電灯よりも提燈の方が合うんだよ。じゃ八月十六日にまた会おう。

全員 さようなら。さようなら。

 

暗転

 

昭和十一年八月十六日   ががも森

其ノ一

 

舞台中央に大場、高田、天野が立っている。
3人は昨日終了したオリンピックの話をしている。それは例えば、女子平泳ぎでの前畑の優勝したこと。三段跳びの三連破。次のオリンピック地が東京に決定したこと。

 

高田 それにしても遅いな。

 

遠野、大岩がやってくる。

 

高田 おい、遅いじゃないか。

遠野 御免なさい。青柳さんちに寄ってたから。

天野 で、青柳どうしたんだ。

大岩 急に熱がでちゃって、寝てなくちゃいけないから、今日は来れないって。

天野 それは口実。きっと怖くなったのさ。

高田 ま、ともかく出発しようぜ。

 

   みんな出発する。

 

其ノ二

高田 おー。森の中はずいぶん暗いんだな。まるで夜じゃないか。

遠野 これじゃ、お化けが出てもおかしくないわね。なんか怖いわ。

高田 これじゃ、危なくて一人一人別々には歩けないな。道に迷いそうだ。 

遠野 みんな一緒に歩きましょう。それでも十分怖いわ。

高田 まー、そうするか。(みんな頷く)で、どこを目指して歩く。

大場 森の中心に大きな大きな杉の木があるっていう話だよ。そこまで行こうよ。木は二千年たつと“ほうこう”という妖怪になるといわれているんだ。この森の中心には古い木がたくさんあるそうだから、そういった妖怪がたくさんいるんじゃないかな。

天野 俺は反対。こんな奴の言うことは全部反対だ。

大岩 じゃ、どーすんのよ。

天野 もうやめて帰ろう。道に迷ったら大変だよ。

大岩 怖いのね、震えてるわよ。へん、男のくせにだらしない。(天野の背中をビシッとはたく)

天野 いてーな。わかったよ。行くよ。行けばいいんだろ。

高田 よーし。じゃ、大きな杉の木目指して出発だ。

 

みんなが歩き出す。
少し歩いたところで、突然遠野が悲鳴をあげる。

 

大岩 みーちゃんどうしたの。

遠野 何か冷っとしたものが、首筋を触ったのよ。

みんな 冷っとしたもの。

大場 そいつは妖怪ぶるぶるの仕業だよ。ぶるぶるは臆病そうな人の体の中に入って怯えさせる、悪戯好きの妖怪さ。

天野 また始まった。ただ冷たい風が吹いただけだろ。

遠野 じゃ、天野君、一番後ろに行ってよ。

天野 俺が。

遠野 そうよ…… 怖いの。

天野 そんなことないけど……行くよ、行けばいいんだろ。

  

   天野一番後ろに行く。

   みんな黙って歩く。

 

天野 わー。

高田 どうしたんだ。

天野 いや、何でもない。ちょっとぶるぶるってきたものだから。

大場 ぶるぶるだ。やっぱりぶるぶるがいるんだ。ぶるぶるにおどかされたってことは、君が弱虫だってことさ。

天野 なんだとー。(喧嘩になる)

高田 おいおい、こんなところで、喧嘩なんかすんなよ。

 

       突然雨が降ってくる

 

遠野 あら

大岩 おー。

高田 夕立だ。(突然雷)まずいな。近くに落雷でもしたら死んじまうな。おいみんななるべく背を低くして歩くんだ。

天野 だから帰ろうって言ったんだ。

高田 今更そんなこと言ったって仕方ないだろう。あんまりぐずぐず言うなよ。

 

   雷鳴

 

遠野、大岩  キャー。

高田 絶対、手を離すなよ。離すとはぐれちまうからな。しかしちっとも前が見えないな、早く隠れるところを捜さなくっちゃ。

 

雷の音のみ響く。

五人が繋がって森の中を歩いて行く。雷が鳴るごとに高田以外の一人一人が妖怪に変わっていく。妖怪は稲光に喜び飛び回る。最後には高田以外の四人は妖怪に変わってしまう。

 

其ノ三

高田 (四匹に気が付いて)うわっ、何だおまえたちは。(四匹飛び回る。それはカシャボという子どもの姿をした妖怪である)

カシャボ1 やっと気付いたかい。

カシャボ2 気付いたかい。

カシャボ3 おらたちゃカシャボ

カシャボ4 そうカシャボ

高田 他の四人はどうなったんだ。

カシャボ1 教えてほしけりゃ鬼ごっこしよう。

カシャボ2 そう鬼ごっこ

カシャボ3 おらたちを捕まえたら

カシャボ4 教えてやるよ。

高田 この俺と鬼ごっこだと。よしやろう。この俺より速く走れると思ってんのか、甘い甘い。おまえらなんか直ぐ捕まえてやるさ。

カシャボ1 できるかどうかやってごらん。

カシャボ2 そうやってごらん。

カシャボ3 君が鬼だよ。

カシャボ4 さあいくよ。

カシャボ1〜4 いち にの さん! 

 

   四匹一斉に逃げ出す。

   それを追いかける高田。

   高田、一匹を追い詰める。

 

高田 さあ、追い詰めたぞ。それ!(何かにぶつかる)いてー。

カシャボ1 残念でした。

カシャボ2 惜しかったね。

カシャボ3 ここまでおいで。

カシャボ4 鬼さんこちら。

高田 くそー、馬鹿にしやがって。 

 

   また追いかける。

   そしてまた何かにぶつかる。

 

高田 いてー。

 

カシャボ1〜4 ははははは

カシャボ1 残念でした

カシャボ2 もう少し

カシャボ3 そうかんたんには

カシャボ4 掴まらない

カシャボ1 僕らはカシャボ

カシャボ2 そうカシャボ

カシャボ3 そろそろおいとま

カシャボ4 いたしましょう

カシャボ1〜4 さいならー。

高田  おい四人がどうなったのか教えてくれよ。

 

   四匹を追いかける。

   そしてまた何かにぶつかる。

 

高田 何なんだこれは。(空中に見えない大きな壁がある。高田は頭を押さえて)そうか、こいつは婆ちゃんがいっていたぬりかべっていう奴か…。

 

   高田頭を押さえて倒れる。

 

其ノ四

ふくろうの声が響いている。場所は森の中を流れている沢をはさんだ両側という設定。遠野と大岩が客席に現れる。

 

遠野 ここどこかしら。岩がごろごろしているわ。オーイ、誰かいる。

大岩 そっちにいるのみーちゃん?

遠野 そうよ、そっちは?

大岩 オオイワ

遠野 よかった、ね、早くこっちに来て。怖いわ。

大岩 ちょっといけないな。この先は岩がごろごろしているもん。

遠野 大岩さんでも駄目。

大岩 あのね、私だって化けもんじゃないんだから。

遠野 え、知らなかったわ。

大岩 怒るよ。

遠野 御免なさい、冗談でもいってないと怖くて怖くて。ね、どこか歩いていける所を捜しましょう。

大岩 ここいらはやめたほうがいいな、岩が動いてるような気がする。妖怪なんじゃないかな。

遠野 怖いこと言わないでよ。じゃ向こうの方に歩いてみましょうよ。

   

   二人沢に沿って歩いていく。

 

大岩 ここんところ、歩いていけそうだな、そっちはどうだい。

遠野 なんとかやってみるわ。

 

舞台にはじめに遠野が現れる。
そして中央に座っている人影に気づいて。

 

遠野 大岩さん、大岩さん。よかった、やっと会えたわね。

 

   中央に座っている人物ふりかえる。大岩ではない。

 

遠野 あなたは?   

 

中央に座っているものがゆっくり立ち上がる。傘のお化けである。
そこに更に4人の傘のお化けが現れる。

遠野は悲鳴をあげて気絶する(袖の中へ倒れ込む)

遠野が気絶したのと反対方向から、大岩が現れる。

 

大岩 みーちゃん、みーちゃん。


大岩の前に現れる傘のお化け。
驚いてしりもちをつく大岩。

 

傘化け1 そんなに怖がらなくても大丈夫。私達は怪しいもんじゃないから。

大岩 怪しいもんじゃなくて、何なのよ。

傘化け1 私達は

傘化け1〜5 単なる妖怪よ。

大岩 よ…ようかい(気絶しかかる)

傘化け2(大岩を起こして)妖怪ったって、人には何もしないのよ。

傘化け3 妖怪舞踏大会でも優勝したんですよ。

傘化け4 見たいですか。

傘化け5  見たいでしょう

傘化け1  見たいといいなさい。

大岩 見…見たいわ。

傘化け1  そうですか、見たいですか。それでは御覧に入れましょう。   

 

傘化け達の華麗なる傘の舞。

 

傘化け1 どう?気に入ってくれた?

大岩 私を弟子にしてください。私、女優志望なんです。

傘化け1 それは、ちょっと困るわ。

大岩 そこをなんとか。大岩洋子何でもします。先生、お願いします。

傘化け1 私、先生じゃないわ。

大岩 いえ、先生と呼ばせてください。先生。先生。

傘化け1 困るわ。やめて、やめてよ。

 

   客席に逃げる。

 

大岩 先生。先生。逃げても無駄ですよ。この大岩、くらいついたら離しません。(客席の一人に)先生。先生。こんなところで男に化けていてもだめです。さっ、私に踊りを教えてください。

傘化け1 (舞台から)私はここよ。

大岩 じゃ、今のは?

傘化け1 今のは妖怪ダイダラボッチよ。

大岩 ダイダラボッチ…。では改めてお願いします。私を弟子にしてください。

傘化け1 悪いけど。

傘化け2〜5 (次々と)悪いけど。

傘化け1 あなたには眠ってもらうわ。

傘化け2〜5 (次々と)眠ってもらうわ。

大岩 なぜ。

傘化け1 私達のことを覚えていてもらっ ては困るのよ。私達は、いるかいないかわからない曖昧な存在じゃなくてはいけないものなの。ごめんなさいね。

傘化け2〜5 ごめんなさいね。

 

傘化け達、和傘を広げて大岩を囲む。傘をどかすと、中で大岩が眠っている。

 

傘化け1  おやすみなさい。

傘化け2〜5 (次々と)おやすみなさい。

 

   傘化け達去る。

   暗転。

 

其ノ五

 

天野 わー(客席中央で)。なんだ、蜘蛛の巣か。あーびっくりした。しかし薄気味悪いところだな。何でこんなところを一人で歩かなくちゃいけないんだ。みんなどうしてるだろ。俺だけはぐれちゃったんじゃないかな。みんな、俺をおいて家に帰っちゃったんじゃないかな。だからあの時やめようって言ったんだ。(何かにつまずく)あっ!

山父 痛いじゃないか。せっかくいい気持ちで寝ていたのに。

天野 あっあっ。お……お……

山父 「おまえはいったい誰だ」って思ってるな。俺はこの森に住む妖怪さ。

天野 ようかい。う…う…

山父 「嘘だ、この世の中に妖怪なんているわけない」って思ってるな。ふふ、でも現にここにいるじゃないか。

天野 こ、こいつ、

山父 「こいつ人の心を全部読んでしまうのか」って思ってるな。そうさ俺はおまえの考えていることが全部わかる。俺をやっつけようとしても駄目だ。おまえが次に何をしようとしているのか全部わかっちまうんだからな。

天野 ( 泣く )

山父 「俺は死ぬんだろうか、こいつに殺されるんだろうか。それなら泣いて同情を買おう、そして許してもらおう」って思ってるな。男のくせにみっともない。少年よ。男はそんなせこいことを考えちゃいかん。話は変わるが人の心を読む俺のことは人間界でも有名だろう。何…「聞いたこともない」だと、この山父を知らんのか。

天野 やまちち?

山父 そうだ。山父だ。英語でいえばマウンテン・ファーザーだ。おまえには難しいかな。何、「俺にわからないことなんかない、俺は天才だ」だと。よおし本当にそうか調べてやる。(天野の頭に自分の頭をつける)うっ、なんだおまえの頭の中は…こんなのは初めてだ。テレビジョン、テレビジョン、テレビジョンとそればかりじゃないか。妖怪とかお化けとかも入れないといかんな。(天野の耳元で囁く)妖怪、妖怪、妖怪、妖怪、妖怪。

天野 あー。(突然立ち上がる)ははははは、妖怪、妖怪、妖怪。ははははは。

 

客席のあちこちで妖怪、妖怪と騒ぎまくる。

 

山父 まずい、気がおかしくなっちまった。

 

天野、山父に襲いかかる。

 

山父 こらやめろ、やめろ。こりゃいかん正気じゃないやつは次に何をするかが読めん。

天野 山父、山父。成敗してくれる。

 

突然、天野何かにつまずいてばったり倒れる。

 

山父 助かった(安堵の表情で天を仰ぐ)。

 

其ノ六

大場が歩いている。

突然、何者かが後ろから目隠しをする。

 

大場 わー。

だれか だーれだ。

大場 び、びっくりするじゃないか。誰だい。みーちゃんかい。それともおいわかい。

だれか はずれ、私よ。

大場 (そこには青柳が立っている。大場 びっくりして)青柳さんじゃない。でもどうしてここに。熱があって家で寝てたんだろ。

青柳 熱なんてない。

大場 それじゃ……

青柳 あれは嘘。あなたを一人でここによこすために私が仕組んだこと。

大場 ……

青柳 大場君、あなた前にお化けに会いたいって星に願いをかけたことがあったわね。今でも会いたい?

大場 (頷く)

青柳 それじゃあ、会わせてあげる。

大場 君にそんなこと出来るの。

青柳 ええ。目をつむって三つ数えて。目を開けたときに、あなたの目の前にお化けが立っているわ。さ、目をつむって。さんはい。

大場 一・二・三(目を開ける。目の前には青柳が立っている)いないじゃないか。

青柳 いるわよ。目の前に……

大場 目の前………目の前にいるのはき…み…それじゃ、

青柳 そうわたしのこと。

大場 君が妖怪だっていうの。

青柳 (頷く)

大場 信じられないな。だって君とはこんなちっちゃなときからの友達だったろ。

青柳 そういう記憶をみんなに与えたの。あの日に。

大場 あの日って。

青柳 かくれんぼして遊んだ日。

大場 そうか、あの時一人増えたのは君だったのか。それじゃ君は…

青柳 座敷童子。信じてくれた。

大場 うん。うれしいな妖怪に会えたなんて。

青柳 あなたが「お化けに会いたい」って星に願いをかけたから会うことが出来たの。でも今回はずいぶんミスをしちゃった。通信簿とか。

大場 それであの時君の通信簿がなかったのか。

青柳 先生が机の位置を覚えていたのにも驚いちゃった。危うくばれるところだった。

大場 けど、気が付かなかったな。だって青柳さんほんと人間そっくりなんだもん。

青柳 私、以前は人間だったの。

大場 本当かい。

青柳 この森に住む妖怪はみんな元は人間だったの。

大場 それじゃいつ妖怪になったんだい。

青柳 説明してもわかってもらえないわ。

大場 そんなことわからないだろう。教えてよ。

青柳 …九年後。

大場 九年後? 九年前じゃないのかい。

青柳 それが、九年先の未来のことなの。九年後の世界である事が起こり、気が付いたときには、九年前の世界でお化けになっていた。

大場 うーん、信じられないな、九年後の世界から来たなんて。何か証拠でもあるのかい。

青柳 (首を振る)ただ…これから起こることがわかるというだけ。

大場 じゃ、今年なにが起こるのか教えてよ。

青柳 昭和十一年のことはよくわからない。私が生まれた年だから。私は昭和十一年の八月三十一日が誕生日なの。だからまだこの世には存在していないの。

   私が覚えているのは四才になってからのことだから、昭和十五年より後のことね。

大場 昭和十五年というと……あっ、東京オリンピックの年だね。水泳日本は健在かい。三段跳びの四連破は達成できたかい。

青柳 東京オリンピックは中止になったわ。

大場 嘘だ、でたらめだ。わからないからそんなこといってごまかしてるだろう。

青柳 本当よ。こんなときにオリンピックなんてやっている余裕はないということで中止になったの。

大場 こんなときってどんなとき。

青柳 戦争。

大場 せ…せんそう、戦争が始まるってのかい。

青柳 (頷く)

大場 いつ。

青柳 確か…来年

大場 来年!どこと。

青柳 初めは隣の支那と。そして私が五才のとき米国との戦争が始まった。その戦争はすぐには終わらなかった。一年経っても二年経っても三年経っても…そして昭和二十年八月、その戦争で私は死んだの…

大場 …

青柳 …

大場 これから僕もその戦争を経験するんだね。

青柳 (頷く)赤紙がきて戦争に行くの、昭和二十年二十歳の夏に…

大場 僕が、戦争に行く…、それで、僕どうなるんだい。その戦争で死ぬのかい。

青柳 わからない…

大場 でも、どうして僕のことそんなに良く知っているんだい。

青柳 それは…この町で友達になったから。

大場 いつ

青柳 それは…

大場 ま、いいや。で、ほかの奴はどうなるんだい。ターちゃん、ターちゃんはどうなるんだい。

青柳 高田君は神風特攻隊に加わったという報告があったわ。

大場 神風特攻隊?

青柳 敵艦に体当たりするための戦闘部隊よ

大場 それにターちゃん乗ってったのかい。

青柳 たぶん…

大場 …。お岩は?みーちゃんは?

青柳 二人は歌手と女優として兵隊の慰問に出かけたの。そこで爆撃にあって。

大場 死んだの?

青柳 それからどうなったかは、わからない…

大場 …天邪鬼は?

青柳 天野君は大学にいってたの。成績はとっても優秀で、それで国から戦争の兵器開発に協力してくれって誘いがあって…。

大場 受けたのかい。

青柳(首を振る)「僕はテレビジョンを研究するために大学に入ったんだ、戦争に協力するためじゃない」って断って…

大場 それで?

青柳 警察に連れていかれて…拷問にあって、そして…(青柳の目から涙がこぼれる。その涙が天野の運命を物語る)

大場 天邪鬼。かわいそうに…、何て世の中がやってくるんだ。お願いだ、もっと話してくれ、君の体験したことを僕が知ることで何かが変わるかも知れないだろ。

青柳 未来は変えられない。

大場 やってみなくちゃわかんないだろ。ね、話してよ、君の体験したことを。

青柳 …(頷く)。昭和二十年三月、この町に空襲があったの。とってもひどい二日間にわたる、集中的な焼夷弾の雨で、ここいら一帯は火の海に包まれたの。

 

暗転

森の木々が火に包まれていく。

子ども達が暑さに苦しんでいる。

子ども達は妖怪カシャボに似ている。

 

子どもA〜E 熱いよ。熱いよ。

男  我慢するんだ、もう少し、もう少しの辛抱だ。

 

男は山父とそっくりである。

 

子どもA 熱いよ。熱いよ。

子どもB お外に出たい。

男  だめだ。この防空壕の中が一番安全なんだ。

 

熱さの中で苦しむ子どもたち。

 

青柳 ふと、気がつくと、私の学校の仲良しが五人、中にいないの。私は五人のことが心配で心配で、みんなの止めるのもきかず、壕の蓋を開けて外を覗いたの。ちょうどそのとき、五人がこっちに向かって逃げてくるところだったの。

 

五人がこっちに向かって逃げてくる。その五人は火の粉を降り払うために傘を広げている。その傘は傘化けが持っていた傘と同じである。

 

青柳 私は「こっち、こっちよ」と必死に叫んだわ。そのとき

 

小型の戦闘機が急降下してくる音。

 

青柳 「危ない!」

 

五人が傘をさして身を守ろうとする。

 

青柳 五人は隠れるところがなくて、持っていた傘で身を守ろうとしたの。その傘に向かって…

 

傘に向かって機銃掃射が行なわれる。

 

青柳 やめて、やめてー!

 

傘はいつまでたっても動かない。

風が吹き傘が飛ばされていく。

五人は折り重なるようにして倒れている。

 

青柳 しっかり、しっかりして。しっかり、しっかりして。

 

五人は動かない。
青柳は泣き崩れる。
暗転

舞台は昼間の明かりになる。

 

青柳 数日後、私だけは親戚の家に移されたの。そしてそこで私にとって最後の夏休みを迎えたわ。私はお母さんや、お兄さんに会いたくて、何度も何度も線路づたいに家まで帰ろうとしたけど、いつも途中でつかまってしまった。その事を手紙で知ったお兄さんが私に会いにきてくれたの。お兄さんは私にかざぐるまをくれた。真っ赤なかざぐるま。そしてこう言ったの。「苦しいとき、淋しいときは、このかざぐるまを俺だと思え」って。その日、お兄さんは戦場へと向かったの。

そしてあの日がやって来た。私はいつものように縁側に座ってかざぐるまを回し始めたの。真っ赤なかざぐるまは青い空の中で夢のように回っていた。
 そのとき青空に、飛行機が見えたの。青空の中に小さな飛行機が一機…。

 

次の瞬間、辺り一面が光に包まれ、それと同時に大きな爆発音が響く。

 

青柳 目の前が真っ暗になって、意識がだんだん遠のいていった。でもかざぐるまだけは離さなかった。お兄さんからもらった、かざぐるまだけは。

 

赤く染まった森が、次第にもとの森へと戻っていく。

 

青柳 そうして、気が付いたら、九年前の世界でお化けになってたの。

大場 悲しい話だね。で、お兄さんからもらったかざぐるまはどうしたんだい。

青柳 (焼けて、ぼろぼろになったかざぐるまを出す)こんなにしちゃって、私、お兄さんに申し訳なくって。

大場 お兄さんだって、わかってくれるさ。そうだ。今度僕が新品のを買ってあげるよ。

青柳 ありがとう。大場君って小学生の頃から、優しかったのね。

大場 大きくなってからも君に何かしてあげたのかい。

青柳 よくお化けの話をしてくれた。

大場 お化けの話か。で、どんな話をしたんだい。

青柳 ぬりかべとか、カシャボ、傘化け、天邪鬼、山父。とっても怖かったわ。妖怪なんていないんだ、いないんだって自分自身に言い聞かせても、やっぱり怖くて夜中に何度も泣いちゃった。

大場 それじゃ、僕、君をいじめたんじゃないか。

青柳 (強く首を振る)、お化けを怖いと思えた時代は幸せだった。戦争は、私たちからすべてのものを奪っていった。食べるもの、着るもの、住むところ、子ども達の遊び、そしてお化けを怖いと思う心まで。

大場 今は、まだ幸せなんだね、こんな夏休みが過ごせるなんて。

青柳 (頷く)

大場 でも、未来がわかってるんだから、きっとその未来を変えることだってできるさ。

青柳 …

大場 僕やってみる。君を助けてあげる。人間だったときの君を助けてあげれば、こんな風に妖怪にならなくってすむんだろ。

青柳 それは、そうだけど。

大場 じゃ、君のこともっと詳しく教えてよ。君さっき今年の八月三十一日に生まれるっていってたよね。青柳さんのうちで生まれるんだね。

青柳 (首を振る)、この町には青柳なんてうちないわ。あれは、私がそういう記憶を与えたの。青柳木霊っていう名前は、妖怪になってから付けたもの。人間の時の名前は…

大場 何?

青柳 それは…あっ、もう時間。私、行かなくっちゃ。

 

傘化けたちが音楽に乗って出てくる。静かに舞う。青柳その中に入って去っていく。

 

大場 待って、待ってくれ。

 

大場、その場に倒れ込む。そして眠ってしまう。そこが霧で包まれる。その霧が晴れると大場と一緒に高田、天野、遠野、大岩らも眠っている。

 

其ノ七

天野、うなされて「妖怪、妖怪」と言っている。高田が目を覚ます

 

高田 ここは?(あたりを見渡して)なんだ森の入り口じゃないか。おい、おい、みんな起きろ、起きろよ。(一人一人目が覚めていく)どうやら助かったらしいぜ。

遠野 私たち、どうしていたのかしら。

高田 突然の夕立で、どこを歩いてるのかさっぱりわからなかったけど。森の入り口近くまで来てたんだな。

大場 ぼ、僕、青柳さんに会ったよ。

高田・天野 青柳に(遠野と大岩は「木霊に」といって驚く)

天野 ねぼけんなよ。あのね、青柳は、今熱があって家で寝てんの。わかる。家で寝てる青柳が、同時に森の中に現れるのは、不可能なの。わかる。

大場 で、でも……

天野 わかった、おまえ、青柳のこと好きなんだろう。だから青柳の夢を見たのさ。小学生のくせにませてるね。

大場 そ、そんなんじゃないやい。

天野 はっ、怒るところが怪しいよ。

高田 もういいじゃないか。それより家の人が心配しているから早く帰らないと。

遠野 私、叱られるわ。当分みんなと遊べないかもしれないわ。

高田 こんなに遅くなっちゃったんだ。叱られるのはみんな同じさ。今日はおもいっきり叱られよう。また夏休みの終わりにでもみんなで会おうよ。

大岩 賛成。

遠野 でも、肝試しはもう懲り懲り。

高田 それはみんな同じさ。

 

みんな笑う。そして一人一人家路につく。大場が一人舞台に残る。

 

昭和十一年八月三十一日

        ががも森の入り口

 

高田 よう、久しぶり。夏休みも今日で終わりだな。

遠野 宿題終わった。

大岩 全然。江戸川乱歩の「怪人二十面相」が面白くって、そればかり読んでた。

高田 俺は、次のオリンピックが東京に決定したろ。だからそれに向けての練習を始めたよ。それで宿題ができなかったんだ。今日が勝負さ。

天野 俺は、とうの昔に宿題を終わらしちゃったから余裕だね。理科の自由研究はテレビジョンについてまとめたよ。

遠野 あいかわらずね。

天野 バケ、おめーは終ったかい。

大場 うち、もうすぐ赤ちゃんが生まれるだろ。宿題どころじゃなかったよ。毎日毎日家の手伝いさ。

遠野 大変なのね。

 

   青柳が歩いてくる。

 

大岩 木霊じゃない。もう大丈夫なの。

青柳 (頷く)

大場 ね、肝試しやった日、僕と森で会ったよね。

青柳 (笑って)馬鹿なこと言わないで。熱出して寝ていたのに、森に行けるわけないじゃない。

大場 やっぱり、夢だったのか…

高田 おい、せっかくみんなで集まったんだから、何かして遊ぼうぜ。

遠野 宿題終わってないのに大丈夫なの。

高田 へっちゃらだよ。

大岩 私も。いつものことよ。

大場 で、何やるんだい。

高田 戦争ごっこしないか。

青柳 いや!

高田 どうしてだよ。別にいいじゃないか。本当の戦争じゃないんだから。

青柳 いや、絶対にいや(泣きだす)。

高田 おいおい、そんなことくらいで泣くなよ。じゃ、またかくれんぼでもするか。

天野 またかくれんぼか。子どもだましだぜ。

高田 だって、俺たち子どもだろ。

大場 夕方かくれんぼをすると隠し神にさらわれるよ。

天野 こいつまた言ってるよ、しつこいな。

大岩 この前だって、何も起こらなかったじゃない。

高田 そうだよ、な、やろうぜバケ。(大場うなずく)じゃ、鬼を決めようぜ。

 

じゃんけんをする。鬼は天野。

 

天野 一、二、三……さてつかまえに行くか。

 

天野、みつけにいく。

大場が歩いている。その前に突然現れる青柳。

 

大場 (驚いて)あ、青柳さん。

青柳 見せたいものがあるの。

大場 見せたいもの?

青柳 これ…(ぼろぼろのかざぐるまを出す)

大場 そ…それ。じゃあのときのことは…やっぱり……

  

   青柳頷く。

 

大場 それじゃ、約束通り今度新しいかざぐるまを君にあげるよ。

青柳 ありがとう。…大場くん

大場 何?

青柳 もう会えないような気がするの。私、また見えなくなってしまうような気がするの…

大場 …

青柳 そうなってもいつもそばにいる。

大場 …(「いやだ」という意思表示で首を振る)

 

     舞台に天野がでてくる。

 

天野 おかしいな、みんなどこに隠れてんだろう。

 

   再び見つけにいく。

 

大場 君の本当の名前、教えてくれる。

青柳 (頷く)。私の名前は…順子。大場順子。

大場 大場!

青柳 かざぐるまこんなにしちゃってごめんなさい。それと楽しいお化けの話、ありがとう……お兄さん。

大場 お、お兄さん?

 

いつのまにか天野が大場の横に来ている。

 

天野 バケみっけ。

大場 なんで僕だけ、ここには…

 

   振り向くがそこには誰もいない。

 

大場 あれ?

天野 だれか一緒にいたのかよ。

大場 いたじゃないか。おまえだって見ただろ。

天野 誰を。

大場 それは…誰だったろう。確か一緒にいたんだけど。

天野 いいかげんにしろよ。おーい。みんなみつかったぞー。

   

   みんな集まる。

 

高田 あれ。一、二、三、四、五。一、二、三、四、五……俺たち五人だったっけ。六人じゃなかったかな。

大場 やっぱり誰かいたんだ。座敷童子の反対だ。

大岩 そういえば誰かいたような。

遠野 確かに……。

天野 みんなの思い違いだよ、思い違い。

高田 そうだな。

 

   みんなうなずく。

 

遠野 もう遅いわ。私帰る。

高田 じゃ、これで終わりにして帰ろう。

大岩 あーあ、小学校最後の夏休みもこれで終わりか。(空に向かって)さようなら夏休み。

高田 さようなら夏休み。

遠野  さようなら夏休み。

大場 さようなら夏休み。

天野 (ちっちゃな声で恥ずかしそうに)さよなら。

遠野 あっ、流れ星。

大岩 ほんとだ。あっ、あっちからも。

 

みんな願いをかける。天野ははじめ、どうしようか迷っているが、みんなと少し離れて願いをかける。

 

高田  俺は、オリンピックに出たい、日本の代表として活躍したい。

遠野 私は、オペラ歌手になりたい。そして大きなホールで歌ってみたい。

大岩 女優になりたい。どんなちっぽけな役でもいい。人々に感動を与えたい。

天野 俺は、大学にいって科学者になって、テレビジョンの研究をしたい。

 

四人、願いをかけたあとに静止する。
最後に大場が願いをかける、しかしその願いが何なのかは語られない。
その手少年の大場憲一も静止。
大場(老人)が静止した五人の前に現れる。

      

現代の夏休みのある日  ががも森の入り口

 

大場 そう、そしてあのあと家に帰ると、順子が生まれていたんだ。順子、あの時兄さんに、いつもそばにいるっていってたよね。もしここにいるんなら返事をしておくれ。

 

俄に、一陣の風が吹く。

 

大場 いるんだね、ここに……。兄さん、約束通り真っ赤なかざぐるまを持ってきたよ。またお化けの話を聞かせようか。今日はとびきり怖いやつを…。

 

大場の後ろに子どもTが現れる。
遠くの方から、子ども達の声が聞こえてくる。

 

子どもT もういいかい。

子どもU(声) もういいよ。

子どもV(声) もういいよ。

子どもW(声) もういいよ。

子どもT よし、見つけに行くぞ。

 

子どもTが駆けていく。

 

大場 平和だ…お化けが出てきそうなほど。

   夏休みか…

 

大場(老人)の前にいた五人が動き出す。
そして少年時代の楽しい夏休みを演じる。
そこに森の妖怪達が現れ、妖怪達もその仲間に加わる。
大場(老人)はそれを優しく見つめている。