「雪物語」登場人物
如月深雪
タカシ
雪の精
アルファード
ボレアス
サターン
博士
アルゴル
フォボス
ゴメイザ
ムルジム
劇場内に蝉時雨が響いている。
まさに夏本番といった感じである。
緞帳の前に、酔いつぶれた女が一人、机に顔を伏せて眠っている。
この女の名前は如月深雪。
机の上には飲みかけのワイングラスと乱雑に置かれた原稿用紙。
如月の職業は作家。
如月が目を覚ます。
蝉時雨の音が小さくなるとともに、舞台に雪が舞い始める。
その雪の中、一人の少年が現れる。
少年の名前はタカシ。
如月 誰?私に何か用?
タカシ 忘れたの?僕のこと忘れたの?
如月 …
タカシ やっぱり忘れちゃったんだ、本が売れたことで。
如月 売れて悪い?売れる本を書いてどうして悪いの?
タカシ 本当に書きたいことを書いてるの?今書いていることは本当に書きたいことなの?あなたには今書いていることよりもっともっと書きたいことがあったはず。書かなくちゃいけないことがあったはず。それを思い出して。
如月 書きたいこと?
タカシ うん。(ポケットからメモ帳を取り出して)このメモ帳、覚えていない?
如月 (メモ帳を手にとって)これは?
タカシ あなたの第一作になるはずだった物語の構想を書いたメモ帳。思い出した?
如月、メモ帳を開ける。そして書かれている内容を読む。
如月 『雪物語』…。『雪物語』か…。確かに私は、売れる前そんな物語を書こうとしていた。けど、あんた何でこんなもの持っているの?
タカシ 僕、『雪物語』の主人公。
如月 主人公…?
タカシ タカシ。思い出してくれた?
如月 (少し考え、首を振る。)
タカシ そのメモ帳の次のページを開けてごらんよ。
如月 (メモ帳をめくって)「『雪物語』。これはタカシという一人の少年を主人公にした物語。アンデルセン作『雪の女王』に登場する悪魔のガラスが物語の重要な要素として使われる。この物語は雪をめぐる少年と悪魔の戦いを軸に進行する。ラストでタカシは…」
タカシ どうしたの。
如月 ページが破れてる…。
タカシ 書きながら考えればいいじゃないか。
如月 …
タカシ さあ、書いてよ。『雪物語』を。
如月 …
タカシ 書いてよ。
如月 今書けというの?
タカシ 今なら間に合うかもしれない。今なら、
如月 今なら間に合う…
暗転
蝉時雨が響いている。
如月が目を覚ます。朝焼けが美しい。如月がいる場所はある屋敷の大きな庭。如月はそこに机を出し、ワインを飲みながら小説を書いていたようだ。
如月が汗をぬぐう。
如月 夢か…。(朝焼けを眺めて)きれいな朝焼け。(蝉時雨。ため息)朝だというのになんていう暑さなの。あー暑い…。(宙を見て)雪か…。だめ、イメージがわかない。こう暑くちゃ、雪の物語を書くなんてできっこない。(机の上に『雪物語』の構想が書かれたメモ帳が置かれてある)このメモ帳…?(メモ帳を開いてみる)いったいどういうこと?
…『雪物語』。(宙を見つめて)だめ、書けない、書けるわけがない。今の私にはあの頃の情熱なんかない。それにこの暑さ。悪魔の仕業としか思えない。
悪魔…。(如月はメモ帳を開いて読む)『雪物語』…。
如月が宙を眺める。
蝉時雨が降り注ぐ。
タカシ(声) 書いてよ、『雪物語』を。
如月 (宙を見る)
タカシ(声) 今なら間に合うかもしれない。今なら。
如月 今なら、間に合う…。
如月、メモ帳を読み直す。
如月は突然今まで書いていた原稿用紙を丸めて捨て、新しい原稿用紙を取り出し、物語を書き始める。
蝉時雨が消えていく。
如月 (書きながら語る)今日は大晦日、後数時間で新しい年の始まりだ。外は雪。人々は雪の中を街に繰り出し、お祭り気分に酔っていた。そんなとき、街外れの古びた屋敷で悪魔の会合が持たれていた。
舞台上は悪魔達の会合場所。
そこは廃墟といったたたずまい。
そこに黒子によって悪魔達が人形として運びこまれ、舞台に置かれる。
最後の悪魔(サターン)が如月の反対側に運ばれる。
如月がハンマーを打ちならすと同時に悪魔達が動きだし、サターンのまわりに集まり敬意を表す。
サターン 今年一年は地球の破壊がかなり進んだ。これは君たちの活躍によるところが大きい。今、世界は滅びようとしている。後一息、後一息で世界に終止符を打つことができる。さて、この一年の悪事の報告とともにこれから我々が何をすべきか、何をすればこの世界を滅ぼせるのか話し合いたいと思う。はじめはアルゴル、お前の報告を聞くとしよう。
アルゴルが前にでる。アルゴルはヒキガエルのように地を這うように歩く。
アルゴル ケケケ。博士が作りだした新しい病気をはやらせること、俺はこれが一番だと思うぜ。ヒヒヒ、さすがは博士だ。人間はいまだに治療薬を見つけられずにいやがる。あの病気は、ヒヒ、博士の発明の中でも傑作中の傑作だよ。今年はそれが、ヒヒ、爆発的に広まりやがった。もちろん広げたのは、ケケ、この俺さ。この病気は人間同志に差別を引き起こした。そして人間達は次第次第に混乱し、ヒヒ、破滅の道をたどろうとしてるとしうわけだ。
アルファード 今回は、確実に絶滅への道をたどりそうかい。
アルゴル ど、どういう意味だ。
アルファード アルゴル。以前、おまえがペストという病をはやらした時のこと、忘れてはいないだろうな。あの時はまんまと人間に克服されてしまったではないか。
アルゴル あの時はあの時。俺は同じ失敗を二度するほど愚かじゃねえ。今度の病気は人間の頭脳では克服できねえよ。そうだよな、博士。
博士 そうだな。
アルファード そうだといいな。
博士 アルファード。どうしてそうつっかかる。
アルファード 別に理由などありませんが。サターン様、続けてください。
サターン 次はフォボスの番だな。
フォボスは黒のイブニングドレスを着た美しい女性。しかしその美しさには氷のような冷たさが感じられる。
フォボス 私は今年一年争い事の種を蒔いてきました。その種があちらこちらで少しずつ芽を出していますわ。あるところでは暗殺者が国の転覆を謀り、あるところでは民族紛争が深刻になるといったように。一つ一つの芽がいま大きな花を咲かせようとしています。戦争という花をね。戦争となると人間は自分のまわりしか見えなくなりますからね。同じ人間同志なのに敵と名がつけばどんな残酷なことも平気でやってのける。種さえしっかり蒔けば後は自滅を待つばかり。こちらは高見の見物というわけ。
サターン その花は枯れないのか。
フォボス 花は実を結びますわ。そして、また新しい種を作る。私が起した前回の戦争。あのとき博士が作ってくれた核兵器を、再び人類が使うとき、それは人類の破滅を意味します。今、人類は前回の戦争を忘れかけています。三度目の大きな戦争。その種は蒔かれました。三度目、それが最後…その後はないわ。
サターン おまえの悪事には月の光に映し出される桜の花のような妖しい輝きがあるな。まさに芸術的だ。
フォボス おほめにあずかり、ありがとうございます。
ムルジム 芸術性なら。
ゴメイザ 私達の方が上だ。
サターン ゴメイザ、ムルジム。おまえ達はどんな芸術的な悪事を働いたというのだ。
ゴメイザ・ムルジム 花粉です。
サターン 花粉だと。
ゴメイザ・ムルジム そう、花粉。
ムルジム スギ。
ゴメイザ ヒノキ。
ムルジム カモガヤ。
ゴメイザ ブタクサ。
ムルジム オオブタクサ。
ゴメイザ 私達は博士の協力を得まして、様々な花粉を大量にとばしてやりました。
ムルジム 青い空が黄色く変わるほど。
サターン それがどんな悪事だというのだ。
ゴメイザ 人間って奴はこの花粉に敏感に反応しましてね。その反応する様子はまさに一つのドラマです。
サターン そのドラマとやらを聞かせてほしいな。
ゴメイザ けっこうです。それではまいりましょう。ゴメイザ、ムルジムのドラマ
ゴメイザ・ムルジム 「春野しおりの物語」
ゴメイザ 春野しおりは中学三年生。あれはK高校の受験の日。午前九時にテストが始まる。一時間目は国語だ。問題文を読み出したとたん、しおりの鼻がむずむずしてきた。「危ない!」
ムルジム (大きなくしゃみをする)
ゴメイザ くしゃみと同時にすーっと液体が問題用紙に…。鼻水だ!
ムルジム 「いけない、ティッシュを忘れた」
ゴメイザ しおりの顔から血の気がひいた。
ムルジム 「どうしよう。問題を読まなくちゃ」
ゴメイザ しかし読もうとすると鼻水がたれる。鼻水がたれるから上を向く。上を向くと問題が読めない。そうしているうちに試験は終わった。しおりは一問も解くことができなかった。もちろん結果は不合格。次第にしおりの心はすさんでいった。夜は鼻がつまって眠れない。睡眠不足のため朝がつらい。つらいからいらいらする。遂にしおりは大変なことを犯した。
声 「どろぼー」
私服警察がしおりを逮捕する。
ゴメイザ 「現行犯で逮捕する」
ムルジム 「…」
ゴメイザ しおりが犯した犯罪は、ティッシュの万引きだ。花粉症がしおりの人生を狂わせた。しおりだけではない。今、花粉症に人生を狂わされているものが何人も何人もいる。サターン様、いかがですか?これこそ、世界の破滅の第一歩です。
悪魔達疲れている。
サターン 次にいこう。
ゴメイザ・ムルジム サターン様。私達の仕事を認めてくださらないのですか。
サターン (無視して)アルファード、最後にお前の話を聞くとしよう。
アルファード
(サターンに一礼して前に進み出る)この世界を破滅させるために私が行なっていること、それは少年の悪魔化の促進。この世を破滅させるためには、若い息吹を断つこと。若者が持つ希望を絶望へと変えること。
ご存じの通り、私は博士の発明した悪魔のガラスを少年達の目に入れることで、少年の悪魔化を図ってきました。その成果は実を結びつつあります。
傷害、窃盗、強盗、そして殺人に至るまで、少年による犯罪は増加、凶悪の一途をたどっています。ナイフを持ったときのあの目の輝き、人を刺すときのあの表情、なんともいえない美しさがあります。少年の悪魔化を押し進めること、それこそが破滅への最良、いや最悪のシナリオ。
そしてその最悪のシナリオを締めくくるのが、悪魔化された少年達による森林破壊。
サターン さすがはアルファード。お見事だ。
アルファード (笑い)
サターン なぜ笑う。
アルファード 最悪のシナリオは幕を閉じてはいません。
サターン どういうことだ。
アルファード 裏切り者に邪魔されました。
サターン 裏切り者だと。
博士 私達の中に裏切り者がいるというのか。
アルファード そうだ。そいつはいかにも悪事を働いているふりをして、しっかりその解決法を人間に教えている。だから、何度も何度も破滅寸前に追い込まれながらも人間は破滅しなかった。
博士 誰が、そんなことを。
アルファード 誰がですって。ふふふ、あなたですよ、博士。
悪魔達凍りつく。
博士 (笑いだし)私が裏切りものだと。なぜ私が人間を助ける。ペストを作り出したのは誰だ。今世界中を震撼させている病気を作り出したのは誰だ。核兵器を作り出したのは誰だ。
アルファード ペストを作り出し、そのペストの治療法もしっかり教えた。そのため人間は滅びなかった。今世界中を恐れさせている病気、あなたが本当に破滅を狙ったのならなぜ空気感染にしなかった。
博士 …できなかったのだ。
アルファード いや違う。空気感染にすれば本当の破滅がくる。そのためにわざとそうしなかった。あなたはそういう人、いやそういう悪魔だ。そして、今ちゃんと解決策を用意している。人間を助けるために。
博士 いいがかりだ。
アルファード フォボス。おまえもいい風に騙されている。核兵器はまだ二回しか使用されていない。それはなぜだ。これ以上使用したら滅亡することを人間が知ったからだ。おまえの言ったとおり、後一度世界を巻き込む戦争が起これば世界は破滅する。破滅するとわかったため、逆に大きな戦争は起こらなくなってしまった。博士、あなたはそこまで考えて最終兵器を作りましたね。
博士 馬鹿な。
アルファード そしてゴメイザ・ムルジム。お前達はピエロでしかない。
ゴメイザ ピエロだと。
アルファード そうだ。お前達は花粉を飛ばして人間を苦しめるというもっともらしい理由から木を植え続けている。お前達は悪事の名のもとに森林破壊をくい止めているのさ。
博士、あなたはこの世界を破滅させるように見せかけて、しっかりそれを繕っている。博士、あなたは裏切り者だ。
博士 なんということを言うのだ。悪魔の発展のためにこんなに貢献した私を裏切りもの呼ばわりするなんて。サターン様、こいつめを黙らせてください。
アルファード 裏切り者が何をほざく。
フォボス けど、あの悪魔のガラスを発明したのも博士よ。
アルファード それだよ、そいつが最大の曲者。あれにはこの私までもまんまと騙されてしまった。
フォボス どういうこと?
アルファード 私が少年の悪魔化に使用した悪魔のガラス。フォボス、悪魔のガラスとはどんなものだか話してくれないか。
フォボス 悪魔のガラスは美しいものを醜く見せ、醜いものを美しく見せるという価値観の逆転をもたらすもの。それは最終的に人間の目に溶け込み、その人間を悪魔と化す。
アルファード 上出来だ。私達悪魔は直接地球に手を下すことができない。だから悪魔のガラスを人間の目に入れ、人間の悪魔化を図り、そいつらに悪事を働かせることによって地球にダメージを与えてきた。
博士、先ほど私が話した悪魔化した少年による森林破壊計画、ご存じですね。
博士 …
アルファード 後一息のところで、あなたにやられた。あなたが降らせた雪に。
フォボス 雪?
アルファード そうだ、雪だ。フォボス、雪がどのようにできるか知ってるか?
フォボス いいえ…
アルファード 雪は空中の小さなチリを核にして成長する。核がなければ雪はできない。悪魔のガラスは雪の核にぴったりだ。私は、悪魔のガラスをまいた後再びそこに戻ってみた。そこはどうなっていたと思う。
フォボス どうなっていたの?
アルファード 雪が降っていたよ。今まで見たこともない、美しい結晶の雪が。悪魔のガラスが核となった雪さ。博士は悪魔のガラスをまいた直後に雪を降らせていた。悪魔のガラスは雪の結晶となって地上に積もり、雪解けとともに流れ去った。
博士 いい加減にしろ。
アルファード 博士、往生際が悪いのではないですか。
博士 何か、証拠でもあるのか。
アルファード ある。
博士 なんだと。
アルファード 連れてこい。
ボレアスが小悪魔達に引きずられてくる。
博士 ボレアス。おまえ喋ったのか。
ボレアス しかたないじゃないか。こうしなけば俺、引き裂かれて殺されちまった。もとはといえば博士が悪いんじゃないか。俺に雪を降らすのを手伝わせたりして。
博士 もはやこれまでか…。
フォボス 博士、あなたほどの人が…、いえ、悪魔が、いったいどうして。
博士 ものを作り出すということはとても大変なことだ。私はものを作り出すうちに壊すのがいやになった。そして壊すために何かを作ることも。
アルファード こんなことをしたらどうなるかわかってるんでしょうね。
博士 覚悟のうえだ。
アルファード サターン様。もちろん、処刑ですね。
サターン 本来ならそうだが、今日まで悪魔界に貢献してくれた博士のことだ、今回だけは…
アルファード 甘い!あなたがそんなことではまた裏切り者がでます。サターン様。厳しい処置を…
サターン 博士の替わりはどうするのだ。
アルファード 私が行ないます。今まで以上に恐ろしいものを作り出して見せますよ。
サターン …
アルファード 厳しい処置を。
サターン 連れていけ。
博士連れていかれる。
しばらくして博士の叫び声が聞こえてくる。
アルファード 次は、おまえの番だな、ボレアス。
ボレアス いやだ。死ぬのはいやだ。助けて、助けてくれ。
アルファード 裏切っておいて、往生際が悪いんじゃないか。
ボレアス なんでもする。なんでもするから、助けてくれ。
アルファード なんでもするだと。
ボレアス ああ、なんでもする。信じてくれ。
アルファード 信じるだと。馬鹿をいうな!
ボレアス 本当だ、なんでもする。助けてくれ。助けてくれ。
アルファード …よし、それではチャンスを与えよう。
ボレアス …ほんとうですか。
アルファード (サターンに)よろしいですね。
サターン どうする気だ。
アルファード ここは私に任せてください。
サターン …
アルファード ボレアス、これからいう仕事を無事やり終えたら命は助けてやる。そのかわり失敗したら命はない。タイムリミットは除夜の鐘が鳴るまで。
ボレアス 除夜の鐘が鳴るまで。そんな…今日は大晦日ですよ。除夜の鐘が鳴るまで後1時間しかないじゃないですか。
アルファード やるのか、やらないのか。
ボレアス …やります。
アルファード ふふふ、それでいい。
ボレアス 何をやればいいのですか。
アルファード まずはあの少年の目に悪魔のガラスを入れろ。おまえなら入れるチャンスがある。あの少年はおまえの友達だからな。
ボレアス 少年の目に悪魔のガラスを…
アルファード あの少年はいつも雪の精と行動を共にしている。だから私にはガラスをいれるチャンスが作り出せない。でもおまえならできる。あの少年と友達であるおまえなら。
ボレアス …
アルファード それともう一つ。除夜の鐘が鳴るまでに少年に悪事を働かせろ。
ボレアス どんな悪事ですか。
アルファード 森に火をつけさせるんだよ。
ボレアス 森に火を…。
アルファード 除夜の鐘が鳴るまでにそれを行なえなければ…
ボレアス …
アルファード 死んでもらう。
ボレアス …一つ伺ってよろしいですか。
アルファード 何だ。
ボレアス なぜ除夜の鐘が鳴る前なんです。
アルファード 除夜の鐘は全てのものを清める力がある。その音を聞けば悪魔のガラスの働きはにぶり少年の目からこぼれ落ちてしまう。だから、除夜の鐘が鳴る前に悪魔のガラスを少年の目に溶かし込まねばならないのだ。悪魔のガラスが少年の一部となるには除夜の鐘がなる前に少年に悪事を働かせることだ。そう、森に火をつけさせることでな。少年が火をつけたその瞬間、少年は悪魔そのものになる。そうなれば除夜の鐘を聞いても、もはや悪魔のガラスはとれることはない。悪事を犯した少年には、除夜の鐘の聖なる響きが悪魔の響きとなる。悪魔のガラスはとれるどころか、逆に完全に少年のからだの中に溶かし込まれるというわけだ。だから除夜の鐘が鳴る前に事を成し遂げねばならないのさ。わかったか、ボレアス。
ボレアス わかりました。
サターン アルファード。おまえはどんなシナリオを頭に描いているのだ。
アルファード 少年が住む森はこの世界で一番のブナの森です。あの森を焼けば降り積もった雪は全て溶けるでしょう。また大量の二酸化炭素が発生し地球温暖化も一気に進むことでしょう。雪の精も森を食いつくす炎の前にはひとたまりもありますまい。森とともに雪の精も最期を迎えるというわけです。森を焼きつくす炎の中、鳴り響く除夜の鐘。何とも美しい情景ではありませんか。
これがうまくいけば世界中の雪の精を抹殺することができます。雪がなくなればこっちのもの。悪魔のガラスが自由につかえるようになるのですから。
サターン アルファード。
アルファード …
サターン おまえは恐ろしい奴だな。
アルファード …
サターン 恐ろしい奴だよ、おまえは。
アルファード サターン様。お褒めにあずかりまして、ありがとうございます。
サターン …
アルファード ボレアス、行くんだ。タイムリミットまで後1時間。
バイオリンの音楽が流れている。
雪の精がパントマイムでバイオリンを弾いている。
雪が降っている。
舞台中央でタカシ少年が雪を見て座っている。タカシには雪の精が見えないようだ。
タカシ きれいなメロディーだな。うっとりするよ。
雪の精 雪はこのバイオリンの音色とともに成長するのさ。
タカシ 雪ってこうしてできるのか。不思議だね。けど残念だな、君の姿が見えないの。君の姿を見ることができたらどんなに楽しいだろう。
雪の精 僕は見えないからいいのさ。見えるものは美しい。けど見えないものはもっともっと美しいんだよ。
タカシ でも声だけじゃつまんないな。
雪の精 僕の声が聞こえるだけでも素晴らしいよ。普通、人間には僕の喋っている声は風の音にしか聞こえないんだ。
そこにボレアスが飛び込んでくる。
ボレアス 大変だ。大変だ。
雪の精 どうしたんだい。
ボレアス 悪魔がまた悪魔のガラスをまき散らしている。
雪の精 またか、悪魔達も懲りないな。場所はどこだい。
ボレアス トルメニアだ。
雪の精 わかった、行くよ。悪魔のガラス製の雪の結晶を作りに。
タカシ 悪魔のガラスってなんだい。
雪の精 悪魔のガラスってのはね。言葉通り悪魔の作ったガラスさ。それを通してものを見ると、美しいものが正反対の醜いものに見えてしまうんだ。
タカシ 恐ろしいガラスだね。
雪の精 タカシ君、君が一番美しいと思うものはなんだい。
タカシ 僕が一番美しいと思うもの?雪、雪だよ。
雪の精 雪が一番美しいと思う人が、悪魔のガラスを通して雪を見ると、雪が一番醜く見える。一番好きな雪が一番嫌いになってしまうんだ。悪魔はそのガラスを粉々に砕いて空中に散布しているんだ。たくさんの人間の目に入るようにね。僕はそのガラスの粉を全部雪でつつんでしまうんだ。人間の目にはいる前に。
タカシ ふーん。
雪の精 さあ、出かけなくっちゃ。ボレアス、後を頼んだぞ。
ボレアス 任せとけ。
雪の精、舞台を舞って退場。
アルファードが現れる。
アルファード さあ、邪魔者はいなくなった。ボレアス、仕事にかかれ。
ボレアス …
アルファード 何を躊躇している。そんなに死にたいのか。
ボレアス いいえ…
アルファード 死ぬのが嫌ならやるんだ。
タカシ ボレアス、そっちで何をぶつぶつ言っているんだ。
ボレアス 何でも、何でもないよ。タカシ君、君、雪の精の姿が見たくないかい。
タカシ 雪の精は見えない方がいいといっていたよ。
ボレアス でも、君、本当は見たいんだろ。
タカシ うん。でもそんなことできるの?
ボレアス できるとも。(眼鏡を取り出して)この眼鏡をかければ雪の精のことも、俺のことも見ることができる。
タカシ (その眼鏡をとって)この眼鏡で?
ボレアス どうだい。かけてごらんよ。きっと世界が変わって見えるよ。
タカシ、そっとその眼鏡をかけてみる。
タカシ なんだ、これは?
ボレアス どうだいその眼鏡をかけた気持ちは。
タカシ なんかへんてこな気分だ。
ボレアス タカシ君、こっちを見てごらん。
タカシ き、君がボレアスか。
ボレアス はじめまして。どうだい、悪魔のガラスのかけ心地は。
タカシ 悪魔のガラスだって。
ボレアス タカシ君、君がかけている眼鏡は悪魔のガラスでできているのさ。
タカシそれを取ろうとする。
タカシ どうしたんだ。取れない、取れないよ。
ボレアス ははは、取ろうとしても無駄さ。
ボレアス手を宙にあげる。その瞬間稲妻が走り、雷鳴、そしてガラスの割れる音。
タカシ うっ。
眼鏡が落ちる。
タカシ (目を押さえて)目が、目が…
ボレアス 君の目の中に悪魔のガラスが入った。
アルファードが現れる。
アルファード ボレアス、よくやった。後は、除夜の鐘が鳴る前にこの森に火をつけさせることだ。
ボレアス わかりました。
アルファード退場
タカシ どうしたんだろう。心の中が冷たくなったみたいだ。
ボレアス 心が悪魔の心にかわりつつあるのさ。
タカシ 悪魔だって。僕、悪魔になんてならないよ。
ボレアス ふふふ、それはどうかな。そのガラスが目に入ればどんな美しい心を持った人間でも悪魔となってしまうのさ。
タカシ …。雪が、雪がきれいに感じられない。なんて汚い色なんだ。
ボレアス そうさ、雪はとっても汚いものさ。
タカシ なんで今までこんなものが好きだったんだろう。こんな醜いものこの世の中からなくなっちゃえばいいのに。
ボレアス そうそう。こんなもの早くなくしてしまえ。
タカシ どうしたらなくせるだろう。
ボレアス いい方法があるよ。
タカシ いい方法?
ボレアス この森を燃やしてしまうのさ。そうすれば雪なんてみんな溶けてしまう。さあ、枯れ木を集めるんだ、そして、火をつけるんだ。
タカシ よし、そうしよう。
タカシが枯れ木を集めはじめる。そのとき遠くの方からバイオリンのメロディーが聞こえてくる。
ボレアス くそ、後少しってところなのに雪の精がもどってきやがった。
アルファード 何とかしろ、除夜の鐘が鳴るまで後十五分。命が惜しければ後十五分で何とかしろ。
雪の精が舞台に現れる。
雪の精 ボレアス、悪魔のガラスなんてまかれてないじゃないか。なんででたらめ言ったんだ。
ボレアス …
タカシ 君、誰だい?
雪の精 タカシ君、僕のことが見えるの
雪の精がタカシに近づく。
タカシ 近づくな、醜い奴。
雪の精 い…今、僕のことを「醜い奴」って言ったのかい?
タカシ 僕、君みたいな恐ろしげな奴、知らないや。はやくあっちにいけ。
雪の精 ボレアス、いったい何が起こったんだ?
ボレアス ふふふ、タカシの目に悪魔のガラスを入れたのさ。
雪の精 なんだって。ボレアス、裏切ったのか?
ボレアス 俺は悪魔だぜ。裏切ることが俺の商売なんだぜ。俺を信じるなんて馬鹿な奴だ。
雪の精が静かにバイオリンを取り出し、美しい曲を奏でる。
タカシ、頭を押さえる。
タカシ うっ、頭、頭が痛い。(はっとして)僕、今までどうしていたんだ。
雪の精 タカシ君、気がついた?君、目に悪魔のガラスを入れられたんだよ。
タカシ 悪魔のガラスだって。どうしたらいいの。いったいどうしたらいいの。このままだと、僕は僕じゃなくなってしまう。
僕、怖い…。僕、悪魔になってしまうよ。
雪の精 このバイオリンの響きが君の純粋な心を蘇らせる。僕はこのバイオリンを弾き続けるよ。今日は大晦日。きっと除夜の鐘が悪魔のガラスを清めてくれるはず。除夜の鐘が鳴るまで後十分。後十分悪事を働かなければ、君は悪魔にはならない。タカシ君、心配しないで。僕が守ってあげるよ。
タカシ(再び悪魔的になる)ふふふ、ふふふ。
雪の精 タカシ君!
タカシ 雪の下には埋まっている。死体が埋まっている。雪はそれを隠す道具だ。
ボレアス そうだ。その死体が見たくないか、
タカシ 見たい、こんな汚らしい雪は全て取り除いて、その下に埋まっている美しい死体が見たい。
雪の精 タカシ君、自分を見失っちゃだめだ。悪魔のガラスなんかに負けちゃだめだ。
タカシ こんな汚らしい雪は全て溶かしてしまおう。それにはこの森を燃やしてしまえばいいんだ。
タカシ、枯れ枝を集める。
雪の精 タカシ君!
タカシ 邪魔しないでくれ。
雪の精 タカシ君、負けちゃだめだ!
雪の精、バイオリンをかき鳴らす。
雪の精 心の目で、心の目で見るんだ。
タカシ再び我にかえる。
タカシ どうしたんだ。僕何をしてるんだ。
雪の精 心をこのバイオリンのメロディーに傾けて。
タカシ (自分の集めた薪に気がついて)僕この森を燃やそうとしていたんだね。なんて恐ろしいことをしようとしていたんだ。僕の心に悪魔が住み着いてしまったんだね。僕、悪魔になってしまうんだね。悪魔になるくらいなら死んだ方がましだ。
雪の精 タカシ君、君は悪魔になんかならないよ。除夜の鐘が鳴る前に悪いことさえしなければ悪魔になることはないんだ。除夜の鐘がそのガラスを洗い流してくれる。
ボレアス タカシ。どうした。はやく、はやく火をつけるんだ。そこに集めた小枝に火をつけるんだ。はやく、はやくしてくれ。時間、時間がないんだ。
タカシ、火をつけようとする。
雪の精 いけない、火をつけちゃいけない。
雪の精、必死にバイオリンをかき鳴らす。
雪の精 耳を傾けるんだ。この響きに耳を傾けるんだ。
タカシ、火をつけようとするのを思いとどまる。
ボレアス どうした、タカシ。火をつけろ。そして醜い雪を全て溶かしてしまえ。おまえの大嫌いなこの醜い雪を全て溶かしてしまえ。
タカシ、再び火をつけようとする。
雪の精は更に激しくバイオリンを弾く。
雪の精 いけない。火をつけちゃいけない。
バイオリンの音色、突然切れる。
アルファードが雪の精のバイオリンを手にして立っている。
雪の精 返せ。僕のバイオリンを返せ。
ボレアス アルファード様。
アルファード さあ、タカシ君。もう君を人間の心へと引き戻すものはなくなった。さあ火をつけるんだ。
タカシ (正面を向いて)これで雪がなくなる。これで醜い雪が消える。
雪の精 タカシ君、だめだ、火をつけちゃだめだ(タカシに飛びかかりタカシを押さえる)。後一分、後一分で除夜の鐘が鳴る。
タカシ 離せ。離すんだ。(タカシが雪の精を押し倒す)。邪魔するんじゃない。
タカシ振り返り火をつける。
その瞬間雷鳴。
雪の精 タカシ君。
アルファード 遂にやった、遂にこいつを悪魔にしたぞ。
雪の精 タカシ君。タカシ君。
アルファード いくら呼んでも無駄だ。もう、こいつの心は人間には戻らない。森よ燃えろ。燃えるんだ。雪を溶かし、木々を灰と化せ。
アルファードが雪の精から取り上げたバイオリンを奏でる。冷たく、そして美しく。
舞台全体が次第次第に赤く染まる。
炎が森を包み込む。
アルファード いい音色だ。燃えろ!
アルファードがバイオリンを炎の中に投げ捨てる。
雪の精 僕の、僕のバイオリン。
雪の精が炎の中に飛び込む。
雪の精、叫び声とともに炎の中に倒れる。
アルファード 自分から火の中に飛び込むとは馬鹿な奴だ。
ボレアス ありがとうございます。お陰で使命が果たせました。
アルファード ボレアス、御苦労様。
アルファード、その瞬間ボレアスの胸に剣を突き立てる。
ボレアス (刺された剣を見つめて)こ、これは、いったい…。
アルファード おまえのような裏切り者を生かしておけば私も安心はできないからな。
ボレアス これでは、あんまり、あんまりです。
ボレアス倒れる。
アルファード 馬鹿め。これも、私のシナリオの一部なのさ。(振り返り)よく燃えている。この森を焼きつくすのも時間の問題だ。もっと燃えろ、もっともっと勢いよく。雪を溶かし、二酸化炭素を吐き出せ。(タカシに)どうだ、きれいだろう。
タカシ うん。
アルファード さあ行こう、悪魔の国へ。この世界を破滅させるために。
二人振り返り歩いていく。
二人途中で静止。
如月 そのとき、除夜の鐘が鳴った。しかし、その鐘の音が少年の心に清らかに響くことはなかった。なぜなら、少年はすっかり悪魔と化していたのだから。森は火の海となった。除夜の鐘がその状況を悲しむかのごとく鳴り響いていた。それはこの世の終わりの始まりであった。このとき以来、人間は雪というものを見ていない。
如月、ペンを置く。
そして大きなため息をつく。
静止していたタカシが振り返り、如月に近寄る。
タカシ これで終わり?これで終わりなの?
如月 そうよ。
タカシ どうして僕を悪魔にしたの?
如月 あなたが助かるラストじゃありふれてると思うの。この方がインパクトが強いじゃない。
タカシ でも、これを読んだ人は、この結末にがっかりするよ。
如月 読者の望む結末を与えることが作家としてふさわしい行為かしら。時には意表をつく結末も必要じゃない。私は「雪物語」で、如月深雪の知性と才能をアピールしたかったの。
タカシ やっぱりこれを書こうとしたときのあの気持ち、忘れちゃったんだ。
如月 あの気持ち?
タカシ 昔のあなたなら、この構想を書いたときのあなたなら、こんな風に物語を終わらせることはなかった。
如月 …
タカシ 破れたページに何が書かれていたか覚えてないの?
如月 …
タカシ これ。
タカシはポケットからくしゃくしゃの紙切れを出して、如月に渡す。
如月 これは…
その紙切れをメモ帳の破れた部分に合わせてみるとぴったり合う。
タカシを見つめる如月。
タカシはゆっくりうなずく。
如月はその破れた部分を読み始める。
如月 ラストでタカシは悪魔になる。しかし、…(破れた部分を目で読んでいく。そして笑い出す)なるほどね、こんな結末を考えていたの。若いときだけあって甘い結末ね。勢いだけで作った結末だわ。
タカシ 最後に、少年のイメージが書かれているでしょう。
如月 これ?(如月、それを読む)タカシは世の中のことはあまり知らないが、どんなことでもできるという可能性を信じ、それに向かってがむしゃらにつき進む少年。タカシは…雪の精の存在を信じ、その言葉を聞こうとしていた少女時代の自分を少年に置き換えたもの。(タカシを見つめて)少年のモデルは少女のときの私…。
タカシ (うなずく)
如月 …
タカシ 少女時代のあなたはがむしゃらで無鉄砲だった。でも純粋で大きな希望を持っていた。そして…雪が好きだった。大好きだった。
如月、しばらく宙を見つめている。
そして、突然怒ったように、今書き終えたラストの原稿を丸めてくしゃくしゃに捨てる。
如月はラストシーンを書き直す。
タカシは先ほど静止していた位置に戻る。
アルファード (振り返り)よく燃えている。この森を焼きつくすのも時間の問題だ。もっと燃えろ、もっともっと勢いよく。雪を溶かし、二酸化炭素を吐き出せ。(タカシに)どうだ、きれいだろう。
タカシ うん。
アルファード さあ、行こう。悪魔の国へ。この世界を破滅させるために。
如月 そのときだ、燃えさかる炎の中から音楽が聞こえてきたのだ。
アルファード 何だ、この音楽は…
如月 それはバイオリンの響きだった。雪の精のバイオリンは灰となった。しかしその灰が炎の中で音楽を奏でているのであった。そして、その響きは奇跡を起こした。
タカシ どうしたんだ。僕どうしたんだろう。(燃えている森を見て)森が森が燃えている。(倒れている雪の精を見て)しっかり、しっかりして。しっかり、しっかりして(雪の精動かない)。ごめんよ。僕のせいだね。僕のせいでこんなことになっちゃったんだね。
そのとき除夜の鐘が鳴り響く。
タカシ ごめんよ。ごめんよ。(涙を流す)ごめんよ。ごめんよ。
再び除夜の鐘。
如月 タカシは涙を流した。大粒の涙を。その涙とともに、タカシの目から悪魔のガラスが流れ落ちた。そしてタカシの心は人間に戻った。
アルファード 何ということだ。またしてもこいつを悪魔にすることに失敗するとは。まあいい。いずれにしろこの森は、世界一のブナの森はこれで終わりだ。
そのとき空から雪が降ってくる。
タカシ 雪だ、雪だ。もっと、もっと降れ、もっと降ってこの火を消してくれ。
アルファード 馬鹿な、雪の精は死んだというのに。(森の火が次第次第に消えていく)まあいい、次の機会を待とう。この次は、この次は必ずこの森を破壊してやる。
いつの間にかサターンがアルファードの後ろに立っている。
サターンがアルファードの肩に手をかける。
振り向くアルファード。
次の瞬間サターンがアルファードを剣で刺す。
アルファード (うめき声)サ、サターン様。なぜ…。
サターン おまえのような奴がいては、私もいつ命を狙われんとも限らないからな。危険な奴は早めに始末する。君が私に教えてくれたことだよ。
アルファード (うめき声)
サターン アルファード君。さようなら。
サターン去る。
アルファード (うめき声)な、なんていうことだ。これが、これが私の最期か…。私に任せてさえいれば近い将来必ずこの世界を滅ぼせたというのに。人間も愚かだが悪魔はそれ以上に愚かだ。こんなことでは、また人間に希望を与えてしまう。希望ほど厄介なものはないからな。この私が死ねばタカシのような希望に満ちあふれた少年が増えることだろう。そうしたら悪魔も終わりだ。しかし、もうそんなこと、私には関係のないことだ。私は悪魔に裏切られたのだから…。
アルファード、雪の中に倒れ込む。
アルファード このまま死ぬのは残念だ。死ぬ前にとんでもないことをしてみたい。とんでもないこと…。(にやりと笑って)そうだ、これだ、これがいい。悪魔として絶対してはいけないこと。悪魔として恥ずべきこと。それをやってやる。
アルファードが手を上げる。
その瞬間稲光、雷鳴。
暗転
雪が静かに静かに降っている。
雪の精がゆっくり起き上がる。
雪の精 どうしたんだろう。生きてる。僕生きてるよ。神様だ。神様が僕に命を与えてくださったんだ。
雪の精がタカシに気がつく。
雪の精 タカシ君。
振り返るタカシ。
タカシが雪の精に向かって走っていく。
タカシを迎える雪の精。しかし、タカシは雪の精を通り越してしまう。
雪の精 タカシ君、僕のこと見えないのかい。
タカシ うん。でも聞こえる。聞こえるよ、君の声。
雪の精 取れたんだ。悪魔のガラスが取れたんだね。
タカシ うん。
雪の精 雪、どんな風に見える。
タカシ きれいだ…、とても…。
雪の精 そう。よかったね。
タカシ 僕、雪が好きさ。大好きさ。
除夜の鐘が鳴り響く。
如月 雪が降る。静かに優しく雪が降る。
焼け焦げた木々に雪が降る。傷ついた少年の心に雪が降る。
(除夜の鐘)
除夜の鐘の響きをその懐に抱きしめて雪が降る。雪が降る。静かに優しく雪が降る。
除夜の鐘が響く。
暗転
如月がペンを置き、大きなため息をつく。
蝉時雨が響いてくる。
暑い。暑い。舞台に暑さが充満する。
そこに鐘の音が響く。
如月 除夜の鐘。二0五0年が始まろうとしている。(除夜の鐘)最後に雪を見たのはいつのことだったかしら。長い間雪を見ていないわ。(除夜の鐘)
鐘の響きの中、「雪物語」の登場人物達が現れ、如月のまわりに集まる。
雪の精がバイオリンを靜かに奏でる。
タカシ ありがとう。素敵な物語を。
如月 素敵?やめてよ、こんな幼い話を素敵だなんていうの。けど…、
タカシ けど、なに?
如月 …
アルファード 初めて自分が書きたい物語が書けたんだろ。
如月 …
タカシ ありがとう。希望を。
如月 希望?本気で今からでも遅くないと思ってるの?
タカシ 遅くないさ。今なら間に合うかもしれない。いや、きっと間に合うよ。
如月 また、雪を見られるということ。
タカシ 見られるさ、きっと…。だって、この本の中には、雪の美しさがいっぱい、いっぱいつまってるもの。この本を読んだ人は、「雪を見たい。もう一度雪を見たい」って思うもの。その希望が世界を変えるさ。
如月 ねえ、こんな暗い世の中に、どうして希望が語れるの?どうしてそんなに希望に満ちてるの?
タカシ そんなの分かりきってるじゃないか。
如月 …
タカシ 僕は、如月深雪、あなたから生まれたんだよ。
如月 …
登場人物達が雪の精のバイオリンの響きに乗って、一人また一人舞台から去る。
最後にタカシが如月の前に立つ。
タカシ ありがとう、命を与えてくれて。
如月 もう、お別れ?もう会えないの?
タカシ 会えるさ。
如月 どこで、どこで会えるの?
タカシは笑いながら退場していく。
雪の精がバイオリンを弾き終え、一礼して退場する。
それを呆然と見つめる如月。
テーブルの上に残された「雪物語」の原稿に一条の光が差す。
如月が、その光に吸い寄せられるようにテーブルに近づく。
如月は原稿を持ち、それを読む。
如月が原稿を胸に抱く。
顔を上げた如月は微笑んでいる。
それは希望に満ちた微笑みである。
どこからともなく聞こえてくるバイオリンの響き。
その響きの中、暗転。