徒然なるままに2004〜2005 

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2005.6.19(日)

素敵な出会いはどこでも

昨日は谷川岳であこがれの花に出会えた。旅はいい。
今日はビールを買いにマミーマートという店に行った。そして、そこの駐車場で素敵な蝶に出会った。ムラサキシジミとウラギンシジミ。思わず車からカメラを持ち出し、その写真を撮った。残念ながらその美しさを 表現し切れていない出来だが。

ムラサキシジミ

ウラギンシジミ

そして家に戻ったらマンションの階段の壁にクサカゲロウがとまっていた。

クサカゲロウ

旅はいい。しかし、素敵な出会いはどこででもあるものだ。


先日、コロス(コーラス隊)を使って自作『二重唱』を書き直して上演したいと書いたが、それは後一月でできるような作業ではないということが分かった。身のほどにあった取り組みをしようと今思っている。

2005.6.18(土)

あこがれの花

以前からずっとその花にあこがれていた。今年のゴールデンウィークにいわきに行ったのも第一の目的はその花に会うためだった。いわきでは花のないそれに会うことはできたが、花には会えなかった。
その後その花を目的で訪れた谷川岳は雪に覆われていた。
そして今日、その谷川岳でその花に出会えた。その花の名前はイワウチワ。

この花以外にもたくさんの素晴らしい出会いがあった。気に入った写真もたくさん撮れた。登山の後の温泉もよかった。でも今日の1番はやはりこの花との初めての出会いだ。

2005.6.15(水)

開校記念日はギリシア悲劇で

今日は開校記念日。谷川岳に行きたい、しかし仕事がたまっているし…、そんな迷いは朝からの雨が消し去ってくれた。
今日は一日中ギリシア悲劇にどっぷり漬かった。
まずはソフォクレス『エレクトラ』『オイディプス王』を読む。いずれも再読である。今回はコロス(合唱隊)に注目して読んだ。
今、次の上演作に選んだ自作『二重唱(デュエット)』を書き直している。今読み返してみると、全くの駄作に思える。
このところ自然な表現を大切にした劇ばかり上演してきたので、その反動からギリシア悲劇のような劇を上演してみたいという思いが体を満たしている。最近の自分が避けていた自己紹介的な劇をあえて上演したい。それにはコロスの存在がどうしても必要だ。
更に蜷川幸雄演出の『グリークス』を途中までみる。一部から三部までを通して行う上演は午前中から始まり夜まで上演が続くという壮大な劇なので、少しずつみていくつもり。
続いて、アイスキュロス『アガメムノン』、エウリピデス『バッコスの信女』を読み始める。読みながら、新しい『二重唱(デュエット)』の進むべき方向性が見えてきた。

2005.6.12(日)

『新しい人よ眼ざめよ』(大江健三郎 著 講談社文庫)
『カラスの早起き、スズメの寝坊 文化鳥類学のおもしろさ』(柴田敏隆 著 新潮選書) 読了

2冊の本を読み終えた。私はいつも気になるところ、心に残る文章にアンダーラインを引きながら本を読む。大江健三郎作品はいつも本がアンダーラインで満たされ、どこが心に残ったのか分からなくなるほどだ。
作品中で引用されるブレイクの言葉
無垢(イノセンス)は、知恵とともに住んでいるが、無知とは決して共生することがない
人間は労役しなければならず、悲しまねばならず、そして習わねばならず、忘れねばならず、そして帰ってゆかねばならぬ。そこからやってきた暗い谷へと、労役をまた新しく始めるために
気になる言葉だ。
またこんな言葉も紹介されている。
「-狂気-なしでは偉大な事業はなしとげられない、と申す人々も居られます。それはうそであります。-狂気-によつてなされる事業は、必ず荒廃と犠牲を伴ひます。真に偉大な事業は-狂気-に捕らへられやすい人間であることを人一倍自覚した人間的な人間によつて、誠実に執拗に地道になされるものです」
今これを書きながらアンダーラインを引いたところを読み直している。読み直されることに耐えられる、というより読み直されなければならない研ぎすまされた文体がそこにある。

『カラスの早起き、スズメの寝坊』(柴田敏隆 著)。鳥に関しての知識は深まったが、鳥の行動をどの章でも人間の行動と比較するので途中でいやになってしまった。著者がくすりと笑うようなおもしろさと感じる部分のほとんどが私の笑いの感覚とずれていた。
そんな中で、どう考えても野鳥なのにあまりに人の近くに住んでいるために野鳥としてみなされないドバトへの偏見をやめようという提案は大賛成。


観察日記。
猛禽のツミはいまだに抱卵中。浮巣で抱卵していたカイツブリは…、なんと浮巣がなくなっていた。そしてそのすぐ近くでつがいのカイツブリが浮巣作りをしていた。トラブルが発生したようで、また巣作りからやり直しているようだ。やりきれない気持ちになった。 でも当のカイツブリ夫婦はやりきれない気持ちにはならないのだろう。
散歩中の女性の方が、「何を見ているんですか」と尋ねてきた。望遠鏡でカイツブリの浮巣作りを見せてあげた。
「かわいいですね。とってもいいものを見せていただいてありがとうございます」
その言葉に心が明るくなった。

2005.6.11(土)

亜麻色

亜麻色が好きだ。その色も好きだが亜麻色という響きが好きだ。
亜麻色という言葉は手塚治虫の漫画『リボンの騎士』で知った。本当は女性であるサファイア王子が心寄せる隣国のフランツ王子に近づくときに変装するのが亜麻色の髪の少女だった。幼い私はビレッジシンガーズの歌う『亜麻色の髪の少女』が好きだった。ドヴュッシーのピアノ曲『亜麻色の髪の乙女』はそのタイトルから興味を持った曲だ。
先日の野外観察でアマサギを見ることができた。アマサギは亜麻鷺。この時期になると首から上の部分が亜麻色に変わる白鷺の仲間だ。西日本には多いが、関東ではあまり多くはない。野外観察では生徒にアマサギを見せることに集中し、よい写真が撮れなかった。
野外観察から4日。私は、またアマサギの亜麻色に会いたくて、そしてその亜麻色を写真に撮りたくて、朝5時に起きて香取公園に向かった(今日は演劇の仕事があるため、この時間しか自由になる時間がない)。香取公園近くの田圃でアマサギだけではなく、ダイサギ、チュウサギ、コサギ、ゴイサギと5種類の鷺を見ることができた。田圃の中にいる鷺。なかなか絵になる風景だ。(写真…左・アマサギ 右・チュウサギ どちらも渡りをする鷺で、南の国から日本にやってくる夏鳥)

亜麻色はいい色だ。ただ髪に関しては染めた亜麻色は好きになれない。

2005.6.7(火)

野外観察

総合的な学習の時間に学年全員が香取公園に野外観察に出かけた。埼玉県生態系保護協会久喜支部の方々が6人観察の手伝いをしてくださった。この公園は自然保護のために立ち入りができない。中には小さな池がありそのまわりには樹木が生い茂り、鳥の楽園となっている。学区中にある公園であるが、生徒たちはじっくりその中を覗いたことはないようで、身近にこのような自然度の高い場所があることに驚きの声をあげていた。
公園内にはゴイサギという鳥が大変多く、まるでなっているといった感じで木にとまっている。
今の自分には見ようと思えば必ず見ることができる鳥だが、鳥に興味を持った頃は、なかなか見ることのできない憧れの鳥であった。なかなか見ることができなかったのは単に知識の乏しさによるものだった。このあたりでは夕方空を眺めれば必ず飛んでいる姿を見ることができるのだから。その頃の自分を思い出せば、生徒たちが望遠鏡に入れたゴイサギの姿に喚起の声をあげるその気持ちはよく分かる。生徒の喜ぶ姿に心の中で喚起の声をあげて喜んだ。

2005.6.5(日)

エゴツルクビオトシブミ

本当なら谷川岳に出かけるはずだったのだが、体調が今ひとつということもあって周辺の散策を楽しむことにした。
周辺の散策といってもいつも必ず出会いはある。今日はエゴツルクビオトシブミという舌を噛んでしまいそうな名前の昆虫に出会った。
以前にも日記で紹介したオトシブミの仲間。この仲間の生態はファーブル昆虫記で語られている。エゴツルクビオトシブミとはエゴノキの葉を巻く、鶴のような長い首を持ったオトシブミの仲間の昆虫という意味だろう。ただエゴツルクビオトシブミは葉を巻くだけで、それを落とし文にはしない。

エゴツルクビオトシブミ

エゴツルクビオトシブミが巻いたエゴノキの葉

それにしてもこのような指先にのってしまう小さな虫が、なぜ正確に葉を巻くことができるのだろう。このような生命に触れると畏敬の念で満たされる。
生命といえば、この夏に上演する劇が『二重唱(デュエット)』に決まった。以前『生命の交響曲(いのちのシンフォニー)』の題名で上演した作品を1時間に短縮したものだ。子どもたちと共に生命を描いていきたいと思う。

2005.6.4(土)

経過報告

さて、抱卵中の猛禽・ツミと水鳥・カイツブリの経過報告。今日あたり子どもが見られるのではと思ったのだが、今日もどちらも抱卵中。

抱卵中のカイツブリ

少し満足のいく写真が撮れた

自宅でカッコウの声を聞く。自宅周辺では今年初めて。

2005.6.3(金)

がまくんとかえるくん

アーノルド・ロベール作 がまくんとかえるくんシリーズの『ふたりは ともだち』を買った。
この中に納められている『おてがみ』という作品は小学校の教科書に収録されている関係で、妻に紹介され以前読んだことがあった。
一度も手紙をもらったことがないがまんくに、かえるくんが手紙を書く。そして、その手紙が届くのを二人で待つというとてもほのぼのとした作品だ。

原題は『Toad and Frog are Friends』。英語ではガマガエル(正式名はヒキガエル)はToadそしてそれ以外の蛙をFrogという。日本ではガマガエルもその他の蛙もみんな蛙なので、がまくんはかえるくんでもある。ただガマガエルはガマだけでその蛙を指すが、アマガエルやアオがエルはアマやアオだけでは蛙かどうか分からない。言葉の響きを考えると『がまくんとかえるくん』という題名は訳として最良のものと思える。

蛙というとぞっとしてしまう子どもも多いが(もちろん大人も)、このような作品を通して蛙が身近で親しみやすい存在となればよいと思う。

かえるくん

アマガエル…内牧サイクリング

2005.5.23

がまくん

ヒキガエル…九州・御池の森

2005.5.21


『PLUTO 002』(浦沢直樹 著 ビックコミックス)読了。今のところ興味津々。

2005.5.30(月)

ユーリ・ノルシュテイン

今日は体育祭の振替休日で休み。5月14日にNHKで放送されたETV特集「ロシアの映像詩人 ノルシュテイン日本をゆく」を見る。
心を動かされた。ノルシュテインは大好きなアニメ映像詩人の一人である。10年以上前に彼の作品を集めたレーザーディスクも買っている。
今回の大きな収穫は彼が24年間も撮り続けているゴーゴリ原作『外套』の映像を見ることができたこと。しばらく言葉を失うほど美しかった。また彼の制作現場を見ることができたことも収穫であった。
押し入れから彼の作品を集めたレーザーディスクを取り出し久し振りに見た。『話の話』『霧につつまれたハリネズミ』『あおさぎと鶴』。何回見ても素晴らしい。Amasonで検索したところ、彼の作品は今もDVDで購入できるようだ。是非芸術を愛する多くの人に見てもらいたい。


雨の中散歩に出かけた。小型の猛禽類ツミが抱卵を始めていることを確認した。カイツブリは今日も卵を抱き続けている。しばらくすると多くの生命の誕生に出会えることだろう。もう生命は誕生しているといってもいいのだろうが。

2005.5.29(日)

夕焼け

体育祭が終わった。たくさんのドラマがあった。
今日までの取り組みの中にも今日一日の中にも。
心を揺さぶるようなドラマがあるということはいいことだと思う。

学校から自宅に帰る道、田圃が夕焼けに染まっていた。
あまりに美しかったので車を止めて写真を撮った。

人間が生み出すものも自然が生み出すものもどちらも美しい。そう思える一日だった。


『おもしろくてためになる鳥の雑学事典』(山階鳥類研究所 著 日本実業出版社)読了。科学的知識と雑学が絶妙にマッチした作りで、おもしろくてためになった。

2005.5.23(月)

地元の自然も

今日は、来週行われる体育祭の振替休日。昨日まで九州に出かけていたのでその疲労も少しはあるのだが、それでも自然の中に出かけていきたいと心が騒ぎ、その気持ちに引きずられて周辺をのんびり探索することにした。そこでも九州に負けない素晴らしい自然に出会うことができた。

カイツブリの浮き巣とカイツブリ

4月16日の日記に書いた浮き巣は作成失敗となったが、今回は抱卵が始まっている。

コアオハナムグリ

このハナムグリという昆虫はよく図鑑の表紙にも使われている美しい甲虫。実は今回があこがれの虫との初めての出会い。

エゴノキの花・下から見れば

更に近くで見ると

こんな花が野生で見られるなんて、自宅周辺も素晴らしいところだ

2005.5.21(土)〜22(日)

九州・宮崎県御池の森

文一総合出版BIRDERが最近出版した『1年で120種類の野鳥と出会える本』の著者、中野泰敬氏が案内人を務めるバードウォッチングに妻と参加した。御池の森は鳥の鳴き声に満ちた素晴らしい森だった。こことその周辺で出会えた印象的な鳥はヤイロチョウ、ヤマショウビン。と書いても鳥に興味がない人にとっては「それがどうした」というようなことなのだが…(興味がある方は図鑑で見てください)。
22日(日)は強い雨が降りヤマビルの活発な活動に悩まされた。ヒル対策には万全を期したつもりではあったが、三脚を上ってきたヒルに指の血を吸われ、更に、腕時計の下に潜んだヒルにも血を吸われた。腕時計の下に潜んでいるなど考えもしなかったので、そこから血が流れ出しているのを見るまで全く気がつかなかった。そして、気がついたときにはもうヒルはそこにいなかった。きっとたっぷり私の血を吸ったことだろう。自然好きの私もヒルは好きにはなれそうにないが、この素晴らしい自然を守るためにはヒルの存在は有効に働くかもしれないと思った。

雨の御池の森1

雨の御池の森2

オナガグモ

九州に鳥を見に来てこんな蜘蛛にも興味を持っているのは私だけ

アオゲラ

日本にだけいるキツツキ。ただ日本では冬に都会でも見ることができる。

2005.5.17(火)

遠方からのお客様

今年も自宅前の田圃にムナグロが来ていた。
最近はいつでも撮影ができるように機材を車に積んでいるので、それを取りだして写真を撮った。

ムナグロ(胸黒)

地味な鳥ではある。しかし、この鳥は遠く南アメリカ・オーストラリア・ニュージーランドから日本にやってくる。そして数日田圃で餌を取り、シベリア北部等の極地に繁殖に出かけるのだ。そんなことを知るとこの地味な鳥に畏敬を感じる。


部活で久し振りに縄跳びを跳んだ。二重跳び151回、三重跳び11回。44歳という年を考えればまずまずか。

2005.5.15(日)

龍王峡から日光へ 2日目  ベストショット! 

埼玉県生態系保護協会久喜支部の自然を巡る度の2日目。
2日目は雨の中日光に向かう。東照宮の裏にある川沿いの小道の自然を楽しんだ。
そこで今まで鳥を撮ってきた中でのベストショットといえる写真が撮れた。

ミソサザイ

写真が少し分かってきたかもしれない。

2005.5.14(土)

龍王峡から日光へ 1日目 

埼玉県生態系保護協会久喜支部の自然を巡る度に参加して龍王峡と日光を歩いた。
龍王峡では巨大なイヌワシに出会った。その巨大さが確認できるほどの近くで見ることができた。
龍王峡では主に植物を楽しんだ。そして、鬼怒川公園に建つホテル沢風に宿泊。せっかくなので近くにある温泉に立ち寄り湯に出かけた。鬼怒川の川辺まで降りていけるという花の宿松やに出かけた。残念なことに立ち寄り湯の時間は終了していた。
ところが、親切な従業員の方々が特別、ホテルの中を通って川辺まで下りるのを許可してくれたのだ。
そして川辺で絶滅危惧種カワラニガナを発見したが、残念なことにカメラがない。是非次の機会にここで撮影したいと思った。

ギンラン

この花に出会うのは初めてのこと。ここではササバギンランも見ることができた。

ヒメウツギ

空木の花は清楚な美しさを感じる。

2005.5.8(日)

雪の谷川岳  

イワウチワの花を見に、朝4時半起床で谷川岳に出かける。しかし、谷川岳は雪また雪。

谷川岳・天神平

これでは花が見られるはずがない

タムシバ

ふもとではタムシバの花が咲いていた

例年ならイワウチワが見られるはずなのに…。
川古温泉に入り帰宅した。悔しいので一ヶ月後にまた出かけたい。

2005.5.3(火)〜5.5(木)

土湯温泉〜いわき湯元温泉 温泉と自然の旅  

三日間、温泉と自然の旅に出かけた。素晴らしい自然と温泉に出会えた。訪れた場所の美しい自然を写真で紹介したい。

仁田沼(53)

ミズバショウの群落

仁田沼(53)

白花のカタクリに出会った。

不動湯温泉(53)

露天風呂から見上げた空

背戸峨廊(54)

背戸峨廊

チドリノキの花(これでもカエデの仲間)

背戸峨廊(54)

サカハチチョウ(逆八蝶)との初めての出会い

赤井岳

夕日に輝く蜘蛛の巣

石森山(55)

ホタルカズラ。今までで会いたいと思っていた青く美しい花に出会えた。

1日目 4時起床 土湯温泉へ。女沼〜仁田沼〜男沼の散策。その後、不動湯温泉へ。硫黄泉のため車の中が硫黄臭で満ちる。そのため土湯温泉の向瀧で日帰り入浴。その後、いわき湯元温泉新つたに宿泊。
2日目 4時起床 川上渓谷へ。オオルリなどの夏鳥に出会う。旅館に戻り朝風呂を堪能。背戸峨廊に出かける。続いて夏井川渓谷。そして草野心平記念館へ。そのご赤井岳登山。目的のイワウチワという花には葉の状態でしか出会えず。いわき湯元温泉の新つたに連泊。
3日目 石森山で午前中一杯探鳥をする。外来種のガビチョウという鳥に初めてであった。昼食は小名浜の寿司屋で。渋滞の中青息吐息で帰宅。中身の濃い旅であった。

2005.5.1(日)

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展とゴッホ展  

妻とジョルジュ・ド・ラ・トゥール展(国立西洋美術館)とゴッホ展(東京国立近代美術館)に出かける。自然のあとは芸術に触れるのもいいものだ。特にゴッホ展がよかった。中学生以下が無料ということが素晴らしい。そのようにして芸術の裾野を広げる試みが必要だと思う。

行き帰りの電車の中で「世にも美しい数学入門」(藤原正彦×小川洋子 対談)を読了。「数学に一番必要なことは美意識だ」という考えに共感する。リチャード・ファイマン(ノーベル物理学賞受賞の科学者)が語った言葉「デカルトが虹を数学的に分析しようと思ったのはなぜだと思う?それは虹が美しいからだよ」(『ファイマンさん 最後の授業』レナード・ムロディナウ著)を思い出した。

2005.4.30(土)

オシドリ夫婦  

朝3時に起きて、自然を楽しむ旅に出かける。ゴールデンウイーク中であるがさすがにこの時間は高速道路も混雑していなかった。目的地は主に2箇所。矢板にある栃木県民の森と塩原の大沼。訪れたばかりの夏鳥とミズバショウの群落を見ることを目的とした。県民の森ではオオルリをはじめとする美しい鳥の姿を見ることができた。大沼のミズバショウはさまざまな要因から失望を感じたが、まあ、それなりにその他の自然を楽しみはした。

今日の特筆する出来事は、鴛鴦(オシドリ)夫婦との出会い。鴛鴦と出会うのは久し振りだ。
鴛鴦夫婦という言葉は仲のよい夫婦を指す言葉であったが、最近は鴛鴦が意外と浮気性だという観察結果も報告され(中公新書から「オシドリは浮気をしないのか〜鳥類学への招待」山岸哲 著 などという本も出版されている)、野鳥関係者にとっては、鴛鴦夫婦は仲睦まじい夫婦を指す言葉ではなくなりつつある(それに反論するオシドリ愛好家もいるのだが)。
今後「私たちは自他共に認める鴛鴦夫婦です」という言葉は、仲睦まじい夫婦と同時に浮気性の夫婦をも意味する複雑な言葉となる可能性がある。まあ、そんなことはどうでもよいことだ。

オシドリという鳥が浮気性だろうがそうでなかろうが美しい鳥と感じる。それにしてもどのようにして鴛鴦の雄が身に纏う色彩が生みだされたのだろう。オシドリは自然への畏敬の念を深めさせてくれる鳥だ。

鴛鴦夫婦1

手前がメス、奥がオス。まるで別の種類の鳥のように見える。鴛鴦夫婦という言葉、今後は男は派手、女は地味、しかし仲のよい夫婦に適用すべきか?

鴛鴦夫婦2

オシドリという鳥、水鳥であるのに主食はどんぐり。森の中で子育てをするという変わり者(いや変わり鳥)だ。

2005.4.29(金)A

「肩にベニシジミがとまっているぞ」  

大学四年の時に野田秀樹率いる夢の遊眠社に出会った。最初にみた作品は『走れメルス』。最近再演もされている。
教員2年目に演劇部の顧問となった自分は野田作品をよくみた。ということは多くの影響を受けたということだ。
その当時の作品で一番気に入っていたのは『野獣降臨(のけものきたりて)』。
その作品はおもちゃで遊んでいた男が遊びの中でヒューストンとアポロ宇宙船の交信を演じるところから始まる。アポロ宇宙船の乗組員は宇宙船から見える地球の風景を伝えていく。そんなほのぼのとした 劇空間が、乗組員のある報告とともに、宇宙服を着た三人が現れ、パッヘルベルのカノンにのってその三人が宇宙遊泳をするという宇宙空間となる。そのある報告の言葉が「肩にベニシジミがとまっているぞ」だった。ベニシジミという蝶が大好きだった私に、その台詞は強烈な光を放った。彼の 数多くの劇の中でも特に印象深く記憶している台詞だ。
言葉の響きを大切にした野田秀樹は、その姿・形だけでなく言葉の響きも大切にしてベニシジミを選択したはずだ。肩にとまっているのはアゲハチョウでもモンシロチョウでもなくベニシジミではなくてはいけない。
今日は朝、自宅周辺を散歩した後、生まれた町である春日部市の内牧サイクリングロードに出かけた。そして、ベニシジミに出会い、それを写真に撮ることができた。ベニシジミを見ると、いつも「肩にベニシジミがとまっているぞ」という言葉を思い出す。

2005.4.29(金)@

水が生み出す魔法  

今朝は5時起きで散歩をしたのだが、いつもの見慣れた景色がいつもと違った輝きを持って出現する、そんな場面に出会った。
その立役者は水。

水滴を身に纏ったスギナの美しさといったら。

2005.4.27(水)

ジグモの巣を探せ!  

今日は総合的な学習の時間のオリエンテーション。その2時間目に班対抗ネーチャークイズを行った。
12問ある問題の一つに、「久喜中のなかでジグモの巣のある場所を探そう」という問題を出した。
いろいろ調べてまわってここ一箇所にしかないだろうと確信をもって出した問題だった(ジグモの巣は左写真。ジグモは地中にひそんでいて巣の中に獲物を引きずり込む)。生徒はジグモなど知らないと考え、誰もが写真にあるような場所を探し、最終的にこの写真の場所を探し当てるだろうと私は考えた。
ところが…。けっこう生徒の中にジグモの生態に詳しい生徒がいて、新たな生息場所が5箇所も見つかった。そしてそのほとんどが写真のようなコンクリートの表面に作られたものではなく、木の幹に沿って作られた巣であった。
自然は奥が深い。いつもいつも発見がある。
飽きっぽい性格ではあるが、自然となら死ぬまで飽きずにつきあっていけるだろう。

2005.4.23(土)

ツミの巣 完成  

先週の土曜日から 一週間熱で苦しんだ。夜中に寝汗をかきシャツを何枚も取り替える日が4日続いた。昨日より、ようやく体調も回復する方向にシフトしはじめ、今日は、 いつもどおりの元気な自分に。ということで気分転換をかねて古利根川沿いを歩く。
以前から報告してきた小型の鷹・ツミの巣が完成している。
いよいよ繁殖開始か。ツミのオスを写真に撮った。メスとは眼の色、腹部・羽の模様などが違う。昔はこのオス・メスは違う種類の鷹だと考えられていたということも頷ける。

ということでツミのオスとツミの巣の写真を公開。


本を2冊読み終える。日高敏隆 「春の数え方」(新潮文庫)、斉藤兆史 「英語達人塾 極めるための独習方指南」(中公新書)。今、英語を極めたいと考えている。今年から、指導にパワーポイントを取り入れている。今のところわかりやすいと好評。音と映像を取り入れた授業が一台のパソコンでできるというのはよいことだ。

2005.4.16(土)

五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん  

五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん 松尾芭蕉

芭蕉の俳句の中でこの作品が優れているかどうかは別として、雨の中、鳰(にお…カイツブリという鳥)の巣を見に行こうという芭蕉の気持ちに私の心は惹かれる。そんな意味で好きな俳句の一つである。
今日は妻と二人で古利根川沿いを散策した。そして、鳰(にお)=カイツブリの浮き巣作りを見ることができた。カイツブリは潜水が得意な水鳥で、浮き巣という水の上に浮かんだ巣を作る。浮かばせることによって水位の上昇によって巣が沈むことを防いでいる。

オス・メスで協力して浮き巣作りをする様子と浮き巣を写真に撮ることができた。しかし、今まで写真を保存していたコンピュータが故障、データをもう一台のコンピュータに移動したがなんとそのコンピュータ も故障。データは修復できなくなった。頭を抱えていたら、本当に頭が痛くなり体温を測ったら38℃。悪いことは重なるものだ(おそらくコンピュータの故障が熱の引き金となったということはないと思う。一番の引き金は花粉症か…。熱は一週間続き、次の週は苦しみながら学校へ)。

カイツブリの浮き巣の写真は消滅してしまったので、あまりうまく撮れてはいないが、冬に撮影したカイツブリの写真をアップ。


実はこれを書いているのは、5月1日(日)。2日前、ようやくコンピュータが直ってきた。
「徒然なるままに」に書きたいことが山ほどある時は、コンピュータが働かない。私は通信手段をネットに依存しているため、 これは大きな打撃となった。メールを読むため今は使っていない昔のコンピュータをとりだしてネットに接続はしたが、ホームページを作成するまでの設定する気力はなく、今日となった。さて、今日までのことをこれから書いていくこととするか。

2005.4.10(日)B

今日の罪、いえいえ今日のツミ  

今日も小型の猛禽類ツミを楽しんだ。しかし写真は思ったようには撮れていない。鳥を撮るにはまだまだ修行が足りないようで…。

ツミは今日も巣作りに大忙しだった。これからはツミの子育て日記を紹介できるかもしれない。
それにしてもこの場所は、どの探鳥地案内にも載ってはいないが、5月にはツミの子育て、子連れのカルガモ一家、カワセミのダイビング、それに日本では大変珍しいシラコバトを見ることができる素晴らしい場所となりそうだ。

2005.4.10(日)A

色彩のハーモニー  

田園を歩いていると春の花が奏でる色彩のハーモニーに思わずうっとりする瞬間がある。そんな瞬間を写真に残した。

三色そろい踏み

左からトウダイグサ、オオイヌノフグリ、ゲンゲ(レンゲソウ)

白とライトブルー

白はハコベ、ライトブルーはタチツボスミレ

2005.4.10(日)@

春の七種  

「せり,なずな,ごぎょう,はこべら,ほとけのざ,すずな,すずしろ,これや七種」と詠われた春の七種。今日はそれをすべて見ることができた。芹は昨日紹介したのでここでは野生で見られた四種類を紹介したい。

ごぎょう

現在、植物図鑑にはハハコグサ(母子草)という名前で載っている。

ほとけのざ

植物図鑑にはタビラコ(田平子)またはコオニタビラコ(小鬼田平子)という名前で載っている。現在のホトケノザはシソ科の紫の花をつける植物。

なずな()

子どもの頃はぺんぺん草と呼んでいた。

はこべら

植物図鑑にはハコベ(繁縷)という名で載っている。

さて残るすずな、すずしろであるが、これはカブとダイコンのことで、それを見たのはスーパー。当然のことながら写真は撮らなかった。

2005.4.9(土)

朝の散歩  

朝起きると、風もなく暖かく最高の散歩日和ということで、近くの堀、川、田圃を散歩した。
堀端では最近は目にすることがめっきり少なくなった春の七草の一つセリ(芹)を見つけた。
川の周辺ではたくさんの鳥を目にすることができた。川面すれすれを鳴きながら飛んでいく翡翠の飛翔。今年初めての燕との出会い。夏の姿に模様替えしたユリカモメ(白かった顔が黒くなっていた)。そして、小型の猛禽類ツミ。今日もこのツミは番で現れた。そして、口には小枝をくわえているではないか。どうやら周辺で巣作りが始まっているようだ。突然カラスが集団でツミを攻撃しだした。ツミには申し訳ないが、その戦いを楽しんだ。何と罪深いことか…。最終的にはツミがカラスを追い払った。
田圃ではツクシ(土筆)と初めての出会いであるノニガナ(野苦菜)という植物を楽しむことができた。この周辺で今までであったことのない植物に出会えるとは…。どこにでも存在するような平凡な花と言ってしまえばそれまでだが、初めての出会いというものは心ときめくものだ。
明日は妻と散歩に出かける予定。明日はどんな出会いが待っているのだろう。

セリ

ツクシとヒメオドリコソウ

川沿いの一面の菜の花

ノニガナ

まあどこにでもありそうな花といえばそうなのだが…


「現代人歌人文庫 春日井健歌集」を読む。彼の処女歌集「未成年」はすでに読んでいるが、彼のその他の短歌を読むのは初めてのこと。彼の歌、何と形容してよいものか。

2005.4.8(金)

野の花を飾る  

今日は始業式そして入学式。今年は1年生の担任となった。
教室に野の花を飾ろうと考え、朝5時30分に起き、近くを散歩しながら先日福島の旅で購入した花器にふさわしい花を摘んだ。
摘んだ花はタガラシ(田辛子)、トウダイグサ(燈台草)、ツクシ(土筆)。
私は自然を愛し、自然を大切にしたいと考えているが、野の花を摘むということを悪いことだと考えていない。
それは絶滅危惧種の植物を採取することとは次元の違うことだと考えている。山に入って山野草を採ったりはしない。
花を飾ることは一種の芸術的行為であり、それは私の中では花を愛することと矛盾しない。
後ほとそのように飾られた花を紹介したいと思う。今日はとりあえず教室に飾った花の自然の中での写真を紹介したい。

タガラシ

トウダイグサ

2005.4.3(日)

福島への旅 その3 野口英世と英語  

福島への旅の最終日、野口英世記念館に出かける。
彼の医学的成果にも興味を覚えはするが、今の自分が一番興味を持っているのは彼の英語力である。
数年前、斉藤兆史 著「英語達人列伝」(中公新書)を読み、そこに描かれている野口英世の英語力、その学習法に惹かれた。
記念館で彼の英文の手紙が公開されていることを知り、ぜひ読んでみたいと思った。実際、彼が書いた英文を読み、彼の秀逸な英語力をこの目で確認することができた。
野口英世という存在は文系・理系という二分割を一笑に付した上で宙吊りにする、私にとってはとても魅力のある存在だ。

彼の母・シカが書いた、米国で研究を続ける英世あての手紙のコピーを買った。
母の愛にあふれた手紙だった。そのあまりにもエゴイスティックな愛に感動を覚えた。
「はやくきてくたされ(早く来て下され)」のリフレインが心に響く。更にシカは繰り返しの中で、「はやくきくたされ」と書き間違えてしまい、それが全く意図されていない心憎い最高の演出となって涙を誘う。
道徳の時間に使うにはあまりにもエゴが表に出ているのだが、それだからこそ逆に道徳の時間で使ってみたいと思える内容だった。


野口英世記念館のある猪苗代湖周辺の田圃で多数の白鳥が食事をとっていた。今年は白鳥の帰りも遅いようだ。森では他の冬鳥(特にその中の小鳥類)と比べて北に帰るのが早いジョウビタキにも出会った。4月にジョウビタキに出会うのは初めてのことだ。
最後の訪問地・会津若松に向かい昼食。昼食はテレビでも紹介されている料理旅館田事でとる。
そして会津若松市内の和雑貨店を巡る。最後は白虎隊が自決した飯盛山に登る。その頂上で白い鷹・ミサゴが鳴きながら飛んでいるのに出会った。さまざまな体験が渾然一体となった福島への旅はとても有意義なものとなった。

2005.4.2(土)A

福島への旅 その2 ラーメンと福寿草  

磐梯熱海温泉を後にして、喜多方に向かう。ここでの目的はラーメンと福寿草。
まずはラーメン。喜多方ラーメン発祥の店として紹介されている源来軒でラーメンと餃子を食す。
特に餃子は私も妻も気に入った。妻曰く「これほどうまい餃子は今までに食べたことがない」。

さて次の訪問地は喜多方市内の大楚々木(おおそぞぎ)・小楚々木(こそぞぎ)地区。ガイドなどにはほとんど紹介されることのない福寿草の自生地である。両側に雪が迫る細い田舎道を進んでいく。例年にない積雪ということでこれでは福寿草など見つけることは無理とも思える。小楚々木地区に向かう道は雪解けの水で道全体が川になっている。その道を通っていかないと小楚々木(こそぞぎ)地区の福寿草自生地にはたどり着けないということで、車を止め水の流れに逆らって少し歩いてみたが、10メートルも歩かないうちに靴の中がびしょぬれとなり、先に進むことを断念する。
あきらめずに向かった大楚々木地区には雪が崩れている場所があり、そこに福寿草が咲いていた。
福寿草の花は背丈が高くならないうちに咲くものが趣深くて好きだ。
福寿草の近くに蕗の薹(写真左)もを顔を出していた。

その後、福寿草の大群落を見に隣の山都町にある自生地に向かう。例年ならここで開催されている福寿草祭の最終日に当たるのだか、今年は一週間先まで延長しますということが書かれていた。ただし、ここの福寿草はかなり生長しているものが多く、その点で趣に欠けていた。

本日の宿は喜多方温泉の一軒宿・おさらぎの宿。温泉は汲み上げであるが、浴槽はある程度の広さがあり満足のいくものだった。そして、料理は心から素晴らしいと賞讃できるものだった。ここのご主人が制作した野の花を飾る 花器がとても気に入り、八つ買った。家と学校に飾ろうと思っている。

2005.4.2(土)@

福島への旅 その1 割れたゴムボールのようなキノコ  

昨日から福島の磐梯熱海温泉に宿泊している。宿泊先は色彩亭一力。この旅館の湯はかなりいい感じだ。
磐梯熱海温泉の泉質はアルカリで、入浴後肌がすべすべ する。
さて今日は宿周辺にあるけやきの森に出かけた。
森というにはあまりに貧弱で、十分に楽しめたとはいいがたいのだが、そんな場所でも素敵な出会いはあるもので、そこで初めて見る不思議な生きものに遭遇した。
はじめはそれが生きものだとは思わなかった、軟式テニスのボールか何かが割れて落ちているのかと思った。 妻も同様である。
しかしあちらこちらにそれが存在するので、よくよく観察してそれがキノコの一種だということがわかった。
家で山と渓谷社刊の「日本のきのこ」を調べそれがベニチャワンダケ(写真左上)だということがわかった(それ以外の4冊のきのこの図鑑には載っていなかった)。しかし、世の中には不思議な生きものが存在するものだ。

さて福島の植物を調べているうちに、昨年塩原でその存在を発見し、さまざまな植物図鑑を調べてもどうしても正体が分からなかった植物の正体が偶然分かった。それはヤマウツボ(写真 右)。こいつは葉緑体を持たないまったくおかしな植物である。正体が分かるというのはうれしいものだ。それにしても、世の中には不思議な生きものが存在するものだ。

2005.3.31(木)

発熱  

体調を完全にくずした。年度末の仕事を睡眠を削って関東大会前に仕上げ、三日間満員列車の人に押し潰されて東京通い。これが堪えた。
今日は学校を早退して医者に行った。私は何か大きなことが終わると熱を出すことが多い。

昨日は部員と劇で使用した道具を部室に運んだ。そこでまた関東大会の話に華が咲いた。久喜中演劇部はこのところいかに自然な演技をするかという取り組みばかりだったので、「次は演劇演劇した劇をやってみるか」と投げかけたところ、歓声が沸いた。
次はそんな劇の一つ「赤と青のレクイエム」に挑戦してみようかと思っている。


校門の横の植え込みで銀色のクモ・ギンメッキゴミグモの子どもが垂直円網を張っているのを見つけた。
草花や虫が楽しくなる季節の到来だ。

2005.3.29(火)

2005関東中学校演劇コンクール 第2日  

2005関東中学校演劇コンクールの2日目。今日1番うれしかったのは我が部の生徒の鑑賞の姿勢がとってもよかったことだ。とにかく中央の前の席を陣取り、笑いに笑って泣きに泣いている。かなりいい観客だった。生徒とは少し離れたところに座っていたのだが、彼女らの啜り泣く声は劇空間にかなりプラスに働いていたと思う。自分たちとは違った作品に触れることを心から楽しんでいることを見てとることができうれしかった。
午後の発表は私は受付の担当だったのでみることができなかったが、午後1番目の東鴨居中の発表後に生徒たちが目を真っ赤にして、自分たちがその作品をどんなに感動してみたか、その作品がどんなに素敵だったかを夢中で語ってくれた。コンクールはあくまでもインセンティブであり、出会いを一番大切にしてきた自分としては、彼女らの他校の作品をみるときの姿勢は内心誇らしさを感じた。

結果発表、まず優秀賞4校が発表された。最初に久喜中の名前が呼ばれた。何の喜びの声もなかったので、昨年最優秀賞を受賞している学校なので優秀賞発表の段階では喜べないのかなと感じた人ももしかしたらいたかもしれないが、後から聞いたことによると、他校の素晴らしい発表に触れ優秀 賞に入れるなど思ってもいなかったので、みんな跳び上がるほどうれしかったのだが、選ばれない学校もあるのにそんなふうに喜んでは失礼なのかなと思って声を出せなかったと言っていた。2年連続の最優秀 賞とはいかなかったが、会終了後、賞状とトロフィーを持っての記念撮影はみんな満面の笑顔だった。

2005.3.28(月)

2005関東中学校演劇コンクール 第1日 「なっちゃんの夏」上演 

2005関東中学校演劇コンクールで「なっちゃんの夏」を上演した。
笑いもとれ涙もとれ、満足のいく上演だった。
目標としてきたことが、観客の笑いと涙だったので目標達成。
2番目の上演だったので、これから他校の作品をゆっくり楽しめる。

今日の発表に年次有給休暇を取って4人の先生が観に来てくださった。
私はお会いできなかったが、涙ながらによかったと語ってホールを去っていったということだった。
うれしい。

2005.3.21(月)

反応の固定化 

昨日は部活は休み、私は一日学年末の仕事に追われた。関東大会前にすべての仕事を終えなければならないというのは結構大変だ。
さて、今日は午前中部活を行う。「交感」の練習を今日も行ったのだが、その練習の中で重大なことに気がついた。確かにみんな台詞に反応している。一見みんな役として舞台に生きているようにも見える。しかし、その反応が固定化しているのだ。何回か同じシーンをやってもらう中で、部員のほとんどがこの台詞ではこう反応すると決めた中で反応しているということに気がついた。これは「交感」ではない。
相手の言葉をその時初めて聞いたものとして自分の心の中に溶かし込んでから自分の台詞を話す。 それが「交感」だ。日常生活では誰もが普通に行っていることだが、舞台上で行うのは簡単ではない。
今日の通しは二日前の通しを繰り返すものだった。これでは反応もマンネリ化するはずだ。反応がマンネリ化することで、演技に緊張感がなくなる。今日はハードルの高さを二段くらい上げて課題を提示した。
本番までまだ一週間もある。取り組み次第で乗り越えるこのができるであろう高いハードルがあってこそ、練習も充実すると考えたい。私にとっては一週間という日々はかなり長い。取り組み次第では飽きたりだれたりするのに十分な長さだと思う。そんな一週間にはしたくはない。
とはいうものの今日通しを見に来た前任校久喜太東中の三人の卒業生は劇に感動してくれたようだ。そのうちの一人は、しばらくの間涙を止めることができなかった。感想を言ってもらうときも、声がつまって言葉にならない感想を述べてくれたが、これが飾られた言葉よりもずっと我々の心に響いた。

午後は今年度全国大会出場という輝かしい実績をあげた我が校の吹奏楽部の発表を全員が見に行った(もちろん自分も)。
素晴らしい演奏にきっとよい刺激を受けてくれたことだろう。

2005.3.19(土)

「なっちゃんの夏」 二ヶ月ぶりの通し練習 

一月の市民芸術祭から二ヶ月というときが過ぎた。久し振りに「なっちゃんの夏」を通す。
ここ数日、今日のための確認を行い、今日の午前中、久し振りに演技指導をする。
指導の中心は私がスタニスラフスキーの教えの中でもとりわけ大切にしている「交感」について。
スタニスラフスキーはその著「俳優修業」で次のようなことを演出家にいわせている。

◆諸君は、相手役の言葉や思想を、その度毎に新しく受け取ることを学ばなければならない。諸君は彼の台詞を、稽古や公演でたびたび繰り返して聞いたことがあろうとも、今日それを知るのでなればならない。

正直いってこのことを完全に行うことは不可能にも思えるが、少なくとも「今日それを知った」ように演じる取り組みは可能である。日常では何気なく誰もが行っていることの舞台での再現は簡単ではないが、その再現のために人間という存在を生徒が見つめるということはとても大きな意義があると感じる。
午後行った通しは二ヶ月ぶりであるのに、二ヶ月前よりずっと深い演技ができるようになっていた。ラストシーンでは登場人物の二人が本物の涙の粒を零しながらの、抑えた表現を見せてくれた。二ヶ月間、三年生を送る会のでの取り組み(演劇部としてではなく会の実行委員及び有志スタッフとして)で何度も何度も挫折し、その挫折を乗りこえて最後には喜びの涙を流した演劇部員たちの辿った道は、回り道ではあったとしても世界を広げつつ、更に深めるという有意義な回り道であったと感じる。

関東大会まで後10日。賞はともかく、「なっちゃんの夏」がやってよかったといえる思い出深い作品になることは間違いなさそうだ。

2005.3.13(日)

ツミな奴

起きると外は強い風が吹いていた。この風では鳥見はつらいとも思ったが、出かけることにした。
結局カワセミは見ることができなかったが、このあたりではカワセミより見ることが難しい猛禽に出会うことができた。
その名はツミ。オオタカの仲間で体は鳩よりも少し小さい(写真ではその小ささが実感できないと思う)。自宅周辺でツミを見るのはこれが初めて。

川の鳥を見ているとき背後から「キー、キー」という鋭い声が聞こえてきた。もしかして…、と思い鳴き声のする方に歩いていきその鳥を見つけた。元々は森の鳥だったようだが、近年ススメなどを目当てに都会への進出が日本各地で確認されている鳥である。
昨年創作した「ときめきよろめきフォトグラフ」で、私は町の公園で生活するオオタカとその繁殖を見守る夏美という少女の話を書いた。
今後このツミがこのあたりで繁殖することがあれば、私もそれを見守りたいものだ。

それにしても小学一年からもう四十年近いつきあいになる花粉症の恐怖の中、それもこの風の中、自分を強力な磁力で惹きつる自然。自然はそんな魅力に満ちている。

2005.3.12(土)

今朝も霧

朝起きて外を見ると、霧。いてもたってもいられずに近くの古利根川に写真を撮りに出かけた。
霧の日はいつも以上に鳥に近づくことができる気がする。

霧に霞む古利根川

霧の中を飛ぶダイサギ

芦原に隠れるオオジュリン

岸辺に隠れるバン

カワセミがダイビングをして小魚をつかまえるのを見ることができた。
カワセミの写真も何枚か撮ったのだが、満足した写真は撮れなかった。今、明日もまたここに来て撮影に挑戦してみたいという気になっている。

2005.3.10(木)

悔し涙からうれし涙へ

2003年3月11日と2004年3月12日に書かれた徒然なるままにを読むと、過去2年間の三年生を送る会がいかに悔しい思いに満ちたものだったかを思い出すことができる。 あの屈辱の日々から一年、三年生を送る会がやってきた。今日の日のためよかれと思うことはなんでもやってみた。今年も三年生を送る会の練習中・練習後、実行委員の生徒は、何度も何度も 悔し涙を流した。しかし、その涙が少しずつ生徒たちの気持ちを変えていった。職員も一丸となって取り組んだ。生徒が本番で歌う歌を、放課後や朝練習し、全体練習の場で職員がステージで歌ってみせるといった試みも 行った。三年生全員に部活の後輩、及び生徒会の生徒からのメッセージが添えられた招待状を送った。そして本番。
一・二年生の合唱構成詩を終えた後、三年生の目に涙が光る。多くの三年生の目に。三年生の代表の生徒が涙ながらにお礼の言葉を話した。 昨年は三年生の退場後にあちらこちらに捨てられてあったプログラム。それを招待状の中に組み込んだ今年は、三年生がしっかりと握りしめて退場していった。
会終了後に二百人の実行委員・有志を集めた。実行委員の目に涙が光るというより、涙が粒となってこぼれていた。そのうちの一人が「去年は悔し涙を流しましたが、今年はそれがうれし涙になりました」と語った。今日まで生徒とともに合唱に取り組んだ先生も泣いた。3年かけてやっとここまでたどり着いた。長かった…


この三年生を送る会で演劇部が初めて学校全体の場で活動を披露した。部員全員が三年生を送る会の実行委員及び有志に入っているという状況での練習であったが、「ザ・カムイ」という竜童組の音楽を使ったアクロバティックな忍者をイメージしたダンス 和風ジャズダンスは、途中どよめきが起こり、最後には大きな拍手がわき起こった。演劇部が学校内で一目置かれる存在となる記念すべき日となった。

2005.3.6(日)

霧の朝

朝起きたら外は一面の霧だった。霧の朝は写真を撮るのが楽しみ。近くの古利根川に出かけた。

霧に佇むダイサギ1

霧に佇むダイサギ2

芦原のカワラヒワ

霧の中のカワセミ

2005.3.5(土)

雪の翌日

雪の翌日は写真を撮るのが楽しみ。

雪原のツグミ

雪の中で花ひらくホトケノザ

アメリカフウロの葉と雪

朝日に光る雫

2005.2.11(金)

シラコバト 埼玉県の鳥 / 『森の瞬間』 林明輝 写真集  / ルーブル美術館

今日は朝、家から来るまで5分の古利根川に行き、その川辺を散歩した。そして、久し振りにシラコバトに出会った。シラコバトは埼玉県の県鳥である(左はペアのシラコバト)。 見てわかるとおり、白というよりグレイに近い。電線にとまったシラコバトはは朝日を浴びているので、白い感じは出ていない。 しかし白っぽいだけあって右の写真のように日の光に美しく染まるというのはいいものだ。日本国内では埼玉の東部とその周辺にしか生息していない埼玉県以外のバードウォッチャーにとってはあこがれの鳥である。
シラコバトのほかに、たくさんのカモ、海から遡上してきたセグロカモメなどに出会えて、とっても心地よい朝のひとときを過ごすことができた。


『森の瞬間』(林明輝 写真集 小学館)を買う。この写真家が美しいと感じて撮した森の風景は、私が美しいと感じるものと共通する。雨の森、夜の森、霧の森、雪の森、水たまりに映った森…。この写真に写っているような森との出会いを今年は今まで以上に求めていきたい。 今まで自分が撮ってきた写真の中で、この写真集の写真とそっくりのものがありうれしかった。その写真とは今年1月1日に撮した冬の華である。


散歩から帰ってからはNHKで「夢の美術館 ルーブル名宝100選」をみる。途中中断はあったものの午前8時30分から午後3時まで、見応えがあった。ルーブルを訪れたのは20年以上前のこと、私は大学4年生だった。単独行動で一日中そこで絵画や彫刻を楽しんだことを記憶している。あの頃はあの頃でとても楽しんだが、今ならもっと楽しめるだろう。今なら一日という時間は短すぎるだろう。

2005.1.30(日)

「ハウルの動く城」

感動した。映画が終わった後しばらく席を立てなかった。これはテオ・アンゲロプロスの『永遠と一日』をみて以来のことだ。
見始めてすぐの場面で涙が出そうになった。途中何度も何度も泣けてきて困った。
何度も何度も幸せな笑いがあった。
この幸せな気持ちを大切にしたい。そのためにも宮崎駿がこの作品を通して平和を訴えたかったなどとは考えたくない。 イデオロギーやテーマといったことを考え始めると作品は魅力を失い始める。私が心動かされたのは表現であり、泣けてきたのも台詞がない場面である。さりげない絵を通した表現の中に魂が宿っていた。破綻や欠点と思えるところもふくめてこの作品が好きだ。
映画館からの帰り道で、電車の中で、夕食を食べたお好み焼き屋で妻とこの映画についてずっとずっと語り合った。
しかし、ここでは多くは語るまい。今はじっくりこの感動を噛みしめていたい。

2005.1.29(土)

白鷺

いつもの田中の散歩道、今朝も歩いた。
白鷺がいた。正式名はコサギだが、白鷺という響きがこの鳥にはあっていると感じる。

いつもの散歩道。そこにはいつも素敵な出会いが待っている。

 

 

2005.1.23(日)A

昨日散歩しながら撮った写真。厳しい北風が吹きつけていたが、春の息吹を見ることができた。

オオクヌノフグリ

セイヨウタンポポ

このほかにもオランダミミナグサ、ハルノノゲシ、ノボロギク、ヒメオドリコソウ、ホトケノザ、ナズナが花を咲かせている。
冬のさなかにこんなにたくさんの種類の花を見ることができるのはうれしいのだが、さて昔も、これらの植物はこんな早くから花を咲かせていただろうか。自分の記憶では、ノボロギクとホトケノザ以外の花は見られなかった気がするのだが。
そういえば写真で紹介した2種類の花、いずれも帰化植物なのだ。私は2つとも日本の花として完全に市民権を得ていると考えているが。

2005.1.23(日)@

『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』

『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の最後を飾る作品『王の帰還』をみた。私は自分の演劇を語るときにトールキンの言葉をよく援用した。トールキンの語る言葉は今この作品を見た後でも、私にとって大切な言葉であり続けている。それはこんな言葉だ。

◆妖精物語が、現在において持つ価値と役割はなんでしょう。一般に、妖精物語の自然な、あるいは特にそれに適した読者は子どもである、と考えられているようです。批評家たちは、大人が自分の楽しみのために読むと考えられる妖精物語を評して、「この本は六歳から六十歳までの子どものためのものである」などという馬鹿げた冗談をしばしばくちにします。 ◆

私は作品を作るとき、それを「六歳から六十歳の子どものもの」だと思ったことはない。かといって『ソフィーの世界』のヨースタイン・ゴルデルがその後書きで書いているように「14歳以上の大人のためのもの」とも思わない。私は常に大人と子どもという壁を越えた誰かに向かって自分の作品を書いている(もちろんその中の中心となるのはそれを演じる12歳から15歳の生徒なのだが)。

 私は大学時代トールキンの『ホビットの冒険』を読んでいる。そして、その時トールキンが妖精物語について語った内容とその作品の隔たりに齟齬を感じた。そして、今回も。大学時代の私はトールキンよりも『ナルニア国物語』を書いたC.S.ルイスの方に惹かれていた。C.S.ルイスは「成長」ということについて次のように書いている。

◆現代の批評界の人々は成長ということを一部間違って受け取っているように思われます。彼らは私たちが子ども時代の好みをなくしていないと、発育不全だといて、私たちを非難します。しかし発育不全というのは、本当は古いものを失うことを拒むことをいうのではなく、新しいものを加えることができないことをいうのではありませんか?私は、いま、ライン産白ぶどう酒が好きですが、これは、子ども時代だったらとても好きにはなれなかったろうと思います。でも、レモンスカッシュは今でも好きです。それを私は成長または発達と呼びます。私の楽しみは、それだけ豊かになったからです。前には、一つだった楽しみが、今は二つになったのですから。しかし、もし私が、白ぶどう酒の楽しみを知るに先立って、レモンスカッシュに対する好みをなくさなければならないのだとしたら、それは成長ではなく、単なる変化というものでしょう。私は今、妖精物語に加えてトルストイ、オースティン、トトーロプを楽しんで読みますが、これこそ成長だと私は思います。 ◆

確かに成長とはそういうものだと思う。今の私は『ナルニア国物語』に加えて、大江健三郎も好きだ。ただ、成長の課程では時に好きだったものが、好きでなくなるということも起きてくる。子どもの時に『ロード・オブ・ザ・リング』をみたら私はきっと夢中になったことだろう。しかし、今の自分はそうはならない。『ファーブル昆虫記』や『アリス』のようにいまだに自分の心を揺さぶり続けているものもある中で、『ロード・オブ・ザ・リング』は明らかに自らの成長の過程でその好みからはずれた作品である。

 アメリカはこの作品に第76回アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀監督賞(ピーター・ジャクソン)・ほか多数の賞を与えた。そしてこのシリーズは世界各地で素晴らしい興行成績をあげた。世界は『ロード・オブ・ザ・リング』に描かれているように単純ではないが、世界の多くの人たちはこのように単純に描いた物語を好む。

昨年の暮れ、71歳で死去したアメリカの哲学者スーザン・ソンタグは「平和」「正義」などという常套的な言葉で世界を単純化する人たちと闘った。私は彼女のその姿勢を支持する。英語にExtremes meet. (両極端は相通ずる)という諺があるが。戦争に対して両極端にいる人たちのどちらもこの作品を好きになることは可能だ。この作品の評価に今のアメリカそして世界が抱えているものを見た気がした。
 私は世界の片隅で「ノー」と呟く。

2005.1.16(日)

『なっちゃんの夏』

『なっちゃんの夏』、市民芸術祭での上演を終えた。教室演劇を想定して作った作品なので1200人が入ることのできる大ホールは箱として大きすぎる。しかし、照明効果は大ホールだからこそできる満足したものが作り出せたと思う(変化のない ことを最大の効果と考えて作り出された照明ではあるが、夕日が徐々にその色を増していくラストの教室は特に満足している)。大ホールは私が今目指している演劇にふさわしい空間ではないが、しかしそこで 上演できるということはやはりありがたいことである。これは以前からずっと抱えているジレンマであるのだが、やはり大ホールで上演するいうことを選択してしまう自分がいる。

劇についてアンケートをいただいた。アンケートに書かれている賛否両論の内容を紹介することで、自分たちの劇について、ある程度客観的に紹介できると思う。4つ紹介したい。※( )は斉藤が説明のために補足した内容。

◆大変重いテーマ、そして子どもたちに最も考えさせたいテーマに正面から向き合った演劇でした。素晴らしかったです。楽しいはずの学校が恐怖を感じさせ、笑顔を失わせている現状はあってはなりません。「いじめ(の劇)を楽しむ友達の歓声が怖い」「笑わないのではなく笑えない」など、劇中の台詞の中に、いじめられている子どもの叫びがありました。広く多くの方々にこの演劇をみることで、友情のあり方を考えてほしいと願いました。生徒が全力投球で課題提供してくれた重要なテーマを、大人として重く受け止め、解決の糸口を見つけたいと思います。未来を暗示する「また明日」の明るさに、生徒たちの素晴らしさと力を感じました。充実した時を与えてくださったことに、感謝いたします」[学校職員]

◆いじめを題材としたお芝居で子どもを持つ親として考えさせられました。演技も中学生とは思えないほど上手でした。後ろの方でみていましたが、台詞があまり聞き取れないところがありました。

◆演劇良かったです。考えさせられます。「また明日」って何気ないけど重要ですね。

◆演技はよかったと思う。けど暗転の後、いきなり劇(劇中劇『なっちゃんの夏』)が終わって(部員たちが)「良かった」といっているのは設定に無理があった。少しでも(劇中)劇をみせてほしかった。伏線が多すぎて、それが明かされても分かりづらかった。最後の劇と現実が重なるところが良かったと思う。全体的に小ネタはよかったけど難しかった。[中学生]

小さな声でも、後ろにまで通る明瞭な発声ができる。それはスタニスラフスキーが目指した発声だ。確かに今日は、こもってしまう声、小さいだけで言葉を届ける力に欠け聞こえない声があった。真摯に受け止め、関東までの期間で改善したいと思う。
『なっちゃんの夏』は、伏線のようなものはたくさん張りめぐらされているが、それがすべてラストで収斂するという形はとっていない。そのうちのいくつはラストでも宙ぶらりんになったままで、それも意図の一つである。劇中の子どもたちがどうなるか、それは観客の想像に委ねられる。
劇の中で何度も繰り返される「また明日」という希望を表す言葉は、いじめが解決していない中で発せられる言葉である。劇はその「また明日」で終わる。すかっとした気分をもたらすハッピーエンドではない幕切れではあるが、劇終了後、劇場を出てまでも涙を流している大人の方を何人も見かけることができ、作者として喜びを感じることができた。


今回の劇を通して大きな収穫があった。それは劇を演じる生徒に感謝の心が育ったと感じられたことだ。
演劇部を立ち上げて2年目、裏方として働いてくれといる人たちの姿がようやく見えてきたようで、一人一人が個人として感謝の言葉を言えるようになったということは、本当にうれしい。「お願いします」「ありがとうございました」。このような言葉を聞くとすぐ管理という言葉に結びつける人たちもいるが(教師にも多く存在するが)、このような場において、そのような言葉が言えない生徒にはなってほしくはない。
実は、今日ビデオを頼んだ業者の方が日にちを間違え、何とビデオが撮れないという事態が起きてしまった(保護者も撮っていないため今日の劇の映像記録はおそらく存在しない)。しかし、その事実を知った後も、明るく笑いながら帰って行く生徒たちに成長を感じるのであった。 映像記録が存在しないという事実に自分自身、ずいぶん落ち込みもしたのだが、その生徒たちの反応に接して、逆に晴れ晴れとした気分になった。

2005.1.10(月)

埼玉東部地区+古河市中学校演劇冬季発表会2005

久喜中学校体育館で埼玉東部地区+古河市中学校演劇冬季発表会2005が開催された。
4つの学校が集まって、劇の発表を行った。
演劇部関係以外には声をかけていなかったため、身内だけで行われたこぢんまりした発表であったが、雰囲気は大変よかった。関東中学校演劇コンクールの予選も兼ねていたため、そちらの方に目がいくことで今まで築き上げてきたよい雰囲気が壊れなければいいと思いもしたが、それは杞憂だった。久喜中の生徒たちは他校の発表をとても楽しんでいた、そして我が久喜中の発表では他校の生徒が大いに笑いそして泣いてくれた。
アンケートもどれもよいところを見つめていこうという姿勢のもので、読んでいて明日への勇気が湧くものだった。
久喜中は埼玉の代表として関東中学校演劇コンクールに出場することになった。新作『なっちゃんの夏』。とっても気に入っている作品なので、少なくとも3月までこの作品とつきあえることになったということはとてもうれしい。

2005.1.9(日)

冬の中に春を見つける

明日の関東中学校演劇コンクールの予選を兼ねた、埼玉東部地区の演劇発表会。今年は茨城県から も一校参加という運びとなった。
今日は午後から明日の準備を兼ねた練習ということになり、午前は自由な時間が持てる。
この時間を使ってまた自宅周辺を散歩した。
今日は冬の中、春の息吹を発見することができた。

左は霜の中に花をつけようとしているオオイヌノフグリ。右はホトケノザ(ホトケノザは春の七草のホトケノザとは違う。春の七草のホトケノザは現在はコオニタビラコと呼ばれている)。いずれも日本中どこでも見ることのできる花だが、冬のさなかでの出会いは曰くいいがたいときめきがある。
忙しい中にこんな時間を楽しむことが私の贅沢の一つである。それを写真に残すことも贅沢の一つ。その写真の技に磨きをかけることが贅沢に磨きをかけることである。今日もカワセミをみることができた。そしてそれもとっても贅沢な ことのひとつだ。

午後からは通し練習。それから明日の準備を生徒と保護者とともに7時まで行った。

2005.1.8(土)

「ぜいたくに磨きを掛けなければいけない」by青山二郎

本を2冊読んだ。1冊目は『心の声を聴く 河合隼雄対談集』(河合隼雄 新潮文庫)、2冊目は『いまなぜ青山二郎なのか』(白州正子 新潮文庫)。始めに読んだのは河合隼雄の対談集。特にその中で白州正子との対談に興味を持った。そしてその対談の中で紹介されている言葉が私の心に響いた。

「ぜいたくな心を清算する(はぶく)要はない。ぜいたくに磨きを掛けなければいけない」
「二兎を逐ふ者は一兎を得ずと中原言う。一兎を逐ふは容易なり二兎を逐ふべきのみと答ふ」
「人の本当らしい言葉には血がない」

すぐに『今なぜ青山二郎なのか』を買って読んだ。そして、自分は青山二郎の言葉を誤読しているということに気がついた。ただ、私は贅沢について語る青山二郎の言葉を誤読することで、その言葉に命を吹き込むことができるのだ。
以前から贅沢を敵視する言説は好きではない(世間一般が考えている贅沢が好きなわけではない)。
私は戦時中、「贅沢は敵だ」という標語に「素」という言葉を書き加えた人の落書きのセンスを素敵だと思う。
私が考えている贅沢は金銭的面だけを協調した贅沢ではないことは言うまでもないが、言わないと誤解されるのが世の常でもある。
河合氏は「人の本当らしい言葉には血がない」という青山二郎の言葉を名言としながら、しかし「本当を言うと血が降る」と語る。これまた名言である。
「贅沢は素敵だ」というのは私の本当であるが、私が何を贅沢と感じているかをしっかり語らないと、血は降らないまでも多くの誤解を買いそうである。しかし、それを語るのは楽ではない。自宅近くで無料でカワセミをみることも贅沢であるし、お金をかけて名旅館で心のこもった食事を味わうことも贅沢である(まぁ、お金をかけなくても、名前が通った旅館でなくてもそんな料理を味わえることがあるのは事実だが)。
ただ金を使うだけという贅沢ではない贅沢をする。それが贅沢に磨きをかけることなのではないかと思う。今自分が贅沢と感じていることに磨きをかけたい。

2005.1.7(金)

「なっちゃんの夏」

2日前、新作『なっちゃんの夏』の最終稿を部員に提示した。そして2日後の今日、最終稿を使っての初めての通し練習を行う。よいできだったと感じている。練習をみに来てくださった二人の保護者の反応を見てそう感じることができた。
過去の作品と比べても遜色ない作品に仕上がっているのではないかと思う。人間を描くということに関しては自らの進化・深化とともに複雑な心の襞を描けるようになったのではないかと思っている。

一回目の通しでは70分かかったため、冬休み中に多くの場面をカットした。
そして2日前に台本を渡して、今日の通しでは55分で劇は終了した。市民芸術祭での上演は60分以内ということで申告してあるので、ほっとする。

いつもチラシのデザインを担当してくださっている石川先生から、チラシの原画が送られてきた。
私の世界を絵で描くことに喜びを感じるという言葉がうれしい。
自分の描く世界を愛してくださる方々に支えられて今がある。


『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』をみる。私が今描こうとしている世界とはかなり世界を異にしている作品だと思う。オープニングの段階でよい人悪い人が確定している作品にはこのところわくわくしない。よい人と悪い人が逆転するような作品も同列であり、今の自分はみる人によって世界はさまざまに映る という作品を描いてしまう。 人間を描こうとすると、善悪を越えた世界を描くという方向に向かってしまう。ただ、それでもエンターテイメントを追求してしまうのでその共存に苦しむことになるのだが。

2005.1.4(火)

カワセミ撮った!

さて今日は年次有給 休暇を使って一日休み。鳥の写真を撮りに自宅周辺を散歩できるのも今日限り。冬休み最後のチャンスということで、朝7時に家を出て、いつもの場所に。
待つこと1時間。カワセミが現れた。といっても忍耐強くカワセミを待っていたわけではなく、他の自然を楽しんで1時間がたったところで 「チー」というカワセミの鳴き声が聞こえてきたため、カワセミの出現に気がついたというのが正確な行動の記録である。最初にこの場所でカワセミを確認してから5日 。ようやくカワセミを撮すことができた。しかし枯草が邪魔をしてはっきりとした姿を撮ることができなかった。
悔しいので昼にもう一度写真を撮りに出かけた。そして、再びカワセミを発見。
今回は障害物のない場所にとまってくれたので、何とかカワセミと認識できる程度の写真を撮ることができた。
背中のコバルトブルーもかろうじて確認できる。下の嘴が赤いのでこれはメスのカワセミだ(ちなみに雄は上下とも黒)。
更にアップの写真を撮ろうと、抜き足差し足忍び足で近づいたのだが、残念ながら気配を察したカワセミは飛び立ってしまった。
それにしても鳥を撮るのは難しい。ファインダーを覗いてそこに映っているカワセミの姿は、これよりはるかに鮮明であり、脳はこの3倍くらいの大きさのカワセミをイメージしているのだが、出来上がっ てくる写真はそのイメージを裏切り続ける。
鳥を撮り始めて一年。今年は写真を本格的に勉強してみようかという気持ちになり始めている。
ただ、鳥の写真がうまく撮れないことに失望するあまり、カワセミのような美しい鳥が身近に存在することの喜びまで失ってしまうような人間にはな らないようにしないと。

2005.1.3(月)

今日もまた

今日もまた、朝鳥を見に出かける。今日は妻と一緒に。そして今日もカワセミに出会い、今日も写真に撮れなかった。
今日で自然を楽しむための自宅周辺の散歩も4日目となった。
今日は二羽のカラスに負われ逃げまどうオオタカを見ることができた。
鳥は文字で書かれてただけでは面白くないのは承知の上で、この4日で見た鳥を書き出してみたい。あくまでも記録という意味で。

ダイサギ、オオタカ、チョウゲンボウ、シジュウカラ、メジロ、カワセミ、モズ、ヒヨドリ、ムクドリ、ヒバリ、ハクセキレイ、キジバト、ジョウビタキ、ツグミ、カワラヒワ、スズメ、ハシブトガラス、ハシボソガラス(以上18種類)

今日は写真もよいと思えるものが1枚も撮れなかったが、その中で一番ましだと思われるモズの写真を紹介したい。
明日は天気があまりよくないようだが、できれば明日も…


今年3月に開催される、2005関東中学校演劇コンクール。埼玉県の代表の一校が決定したそうだ (後一校、自分が所属する東部地区+茨城県からの参加希望校の中から一校が選ばれる)。さいたま市大宮地区の大宮北中で、上演作品は自作『降るような星空』だという。関東大会で自作を見ることができるということはうれしいことだ。

2005.1.2(日)

朝の鳥見

さて、一昨日、昨日に引き続き、今日も鳥見に出かけ た。
といっても自宅から百メートルか二百メートルのところにある田圃に行っただけなのだが。
そして、今日もカワセミに出会った。そして今日もカワセミは写真に撮れずじまい。
カワセミは撮れなかったけれど、上空に猛スピードで飛ぶタカが現れ、それが鉄塔にとまったので、その写真を撮った。これはハヤブサの仲間のチョウゲンボウという鳥。けっこうよく撮れたと ほくほく顔で帰ってきたのだが、実際に撮った写真を見ると、ピントは甘く、サムネイルにすると更に不鮮明になり、ちょっとがっかり…。鉄塔のかなり高い部分にとまっていたので、機材的にもこれが限界なのかもしれないのだが…。鳥の写真は奥が深く、 なかなか満足のいく写真が撮れない。

明日の朝もまた写真を撮りに出かけてみようと思う。


12月26・27日に横浜市のテアトルフォンテで横浜市中学校ジュニア演劇ワークショップ&コンテストという演劇の発表があったらしい。その最優秀賞に 西本郷中の上演した自作『ときめきよろめきフォトグラフ』が選ばれたという報告を受けた。

2005.1.1(土)

霜が作り出す美の世界

明けましておめでとうございます。
さて、今年の始まりはどんなものかと、朝起きて外を覗いてみるとそこは一面の霧の世界だった。
つねに五里霧中を夢中で生きている自分にとって、こいつは正月から縁起がいいわいと、その霧の中へカメラを持って出かけていった。
昨日の雪の世界とは違った、霜が作り出す美の世界がそこに息づいていた。
水蒸気が空気中で冷やされ植物につくときに作り出される結晶の美しさ。
下に紹介した植物は、いづれも花が美しいと形容される存在ではない。それどころか雑草として草取りの対象となる物ばかりであるが、その植物に咲く霜の花は、花以上に華がある。

亜米利加栴檀草(アメリカセンダングサ)

狗尾草(エノコログサ)

(ナズナ)

髢草(カモジグサ)

写真を撮っていると今日もカワセミが現れた。どうやらこれはここに生息していると考えてよさそうだ。
今日は双眼鏡は持ってきていたが、望遠でとれるカメラは用意していなかった。あわてて自宅に戻り、スコープ一体型カメラを用意してその場所に戻ったが、カワセミはそこにはいなかった。というわけで、今日もカワセミを撮ることができず。明日の朝、再びここを訪れることにしよう、スコープ一体型カメラを持って。
という感じで2005年が始まった。
みなさま今年もよろしくお願いいたします。

2004.1231(金)B

雪の中に美を捜す 

雪の大晦日。近くの田圃の写真を撮りに行く。
普段は植物好きでさえ目を留めないことの多いイネ科の植物。その枯れた姿は、雪のなかでは素晴らしい美を演出してくれる。
下の植物のなかでカゼクサ、エノコログサ(よく猫じゃらしといわれている)、アゼガヤの三種はイネ科。

風草(カゼクサ)

亜米利加栴檀草(アメリカセンダングサ)

狗尾草(エノコログサ)

畦萱(アゼガヤ)

私はこのイネ科の植物も大好きで、風に揺れるカゼクサ、夕日を浴びたエノコログサの美しさといったら(特にエノコログサの仲間のキンエノコロの美しさといったら…)。いずれも都心でも見ることのできる植物なので、この美しさに目を留めてもらいたいと思う。
そうそう、この秋、夕日を浴びたキンエノコロを写真に撮っているので、ここで紹介してしまおう。

さて雪の中、草々の美を楽しんでいたら、目の前をコバルトブルーがよぎった。
カワセミだった。はじめは自分の眼が信じられなかった。この写真を撮っていたのは田圃の横にある堀であり、カワセミが生息するような場所ではないのだ(このような場所でカワセミを見たことは全くないというわけではないのだが、多くはない 。もちろんこの場所では初めて。右側の写真がその場所)。
その鳥が30メートルくらい先の枝にとまったので静かに近づいていった。できれば写真に残そうと。残念ながら写真を撮れる距離に近づく前に飛び去ってしまったため、写真には撮れなかったが、間違いなくカワセミだった。
今年最後の日に、とってもすてきなプレゼントをもらった気がした。明日の朝また同じ場所に行ってみよう。

2004.1231(金)A

この一月をふり返って 福島への旅

12月27日で部活を終え、よく28日から30日の3日間を福島へ鳥見と温泉を楽しむ旅に出かける。
宿泊した温泉地は飯坂温泉といわき湯元温泉。

福島市の岡部地区阿武隈川河畔ではオオハクチョウとコハクチョウの2種類の白鳥を楽しむことができた(写真では一番手前(首から上が写っているもの)がコハクチョウ、その向こう側の4羽はオオハクチョウ)。正直なところ楽しむという言葉は自分の心を素直に伝える言葉ではないのかもしれないが。心から楽しめないのは、これが餌付けによってここに来ている白鳥であるためと、その密度の高さは趣という点でも優れてはいないと感じるため。とはいっても、白鳥を間近で見ればやはり美しいと思う…

2日目は大雪で高速道路が走行中に通行止めになるなど、鳥見どころではなかったが、それでも今年初めての雪を楽しむことができた。とはいっても埼玉にとどまっても雪であったようなのだが。

2004.1231(金)@

この一月をふり返って 『なっちゃんの夏』

2004年も今日でおしまいということで、久し振りに日記のために時間を割くことにした。
この一ヶ月は新作『なっちゃんの夏』を創ることで、かなり苦しんだ。
読書なども『なっちゃんの夏』作成のためのものが多かった。読んだ本は次のようなもの。
『マリアンヌの夢』(キャサリン ストー 著  岩波少年文庫)
『思い出のマーニー』(ジョーン ロビンソン著 岩波少年文庫)
この2冊は河合隼雄氏がその著作のなかで褒めていたもので、確かに読み応えを感じるものであった。
その他、重松清『ナイフ』より「ワニとハブとひょうたん池で」、大江健三郎『飼育』、江國香織『すいかの匂い』
漫画では『PLUTO』volume1(浦沢直樹 作 小学館) 『DEATH NOTE』volume1〜4(大場 つぐみ・作, 小畑 健・絵 ジャンプコミックス)を読む(後者はクラスの生徒数人が是非というので読むことになった)。 いずれの作品についても書きたいことはたくさんあるのだが、それはまたの機会にということにしよう。
現在は、重松清『きよしこ』、大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』『Howl's Moving Castle』(Diana Wynne Jones作 Harper Trophy社 『ハウルの動く城』の原作)を読んでいる。

『なっちゃんの夏』の構想と台詞の一部を渡したのが12月6日(月)、オーディションを12月19日(日)に行い、ある程度まとまった作品を12月21日(火)に渡した。『なっちゃんの夏』の発表が1月10日(月)[関東中学校演劇コンクール予選]ということを考えると早いとは言えない。しかし、12月25日(土)の保護者会では前半4分の1を保護者の前で紹介でき、12月27日(水)の今年最後の部活の日には、まがりなりではあるが通すことができた。
来年の部活は1月5日開始。

2004.11.14(日)

「絆」〜ともに育む子どもたちのために〜 

本日、久喜青年会議所主催の「絆〜 ともに育む子どもたちのために」という催しが行われた。夏休み前に代表の方から話があり、意気投合して今日に至った。この会には久喜中演劇部だけでなく、太東中演劇部、久喜東中演劇部、太田小合唱部、それにマジックのカラクロが参加した。谷川俊太郎の「生きる」をモチーフにした第一部と「降るような星空」上演の第二部、そして「故郷」のアカペラコーラスによるグランドフィナーレ。全体での練習はたったの三回だったが、素敵な会になったと思う。

今日の日にたどり着くまでに多くの方々にお世話になりました。ありがとうございました。

2004.11.12(金)

久方ぶりの更新 

久方ぶりの更新である。ある方から「ずっと日記が更新されていないが、どこか体でもこわしたのかと心配しています」という便りが届いた。そんな方がいてくださるということがありがたい。「徒然なるままに」を更新しなかったのは、体調や精神的な不調ということではない。忙しい忙しいという人ほど暇だといわれてはいるが、やはり多忙、それが一番の理由である。それと同時に未来の自分のための充電期間中として今を生きていることも理由の一つだ。充電の一つとして二股温泉・奥日光・塩原・田代山・龍王峡への紅葉の旅をするなどという健康的なこともしている(今までは人の多い紅葉シーズンの旅は意識的に避けていたが、今年はあえて紅葉真っ盛りの場所に出かけていった)。

中禅寺湖 

戦場ヶ原 赤沼からの景色

ネーチャーフォトを随分とたくさん撮ったが、撮りすぎて整理ができていない状況。野鳥を撮るための装置も整え、この冬は鳥の写真をこのコーナーで紹介できそうでうれしい(鳥を見るための旅行はすでに予定に入っている)。
10月には久喜中演劇部が『夏休み』という作品を発表した。
明後日には青年会議所の企画で久喜市の小中学生を集めパフォーマンスの発表をする(劇集団幻の森で参加してくれたたメンバーも二人参加)。またその第二部として『降るような星空』を上演する。今日は、満足のいくリハーサルができた(この時期であるが3年生全員が劇に参加してくれているのがうれしい…全員といっても2人なのだが)。
そうそう、昨年久喜中演劇部で上演した『ときめきよろめきフォトグラフ』の脚本が演劇と教育誌・10月号に掲載された。これもうれしいことの一つ。
昨年に引き続き、新しい脚本を暇を見つけては書いている。果たして書き終えることができるだろうか。できるといいのだが。

2004.9.19日(日)〜2004.9.20(月)

鬼怒川温泉 

妻と鬼怒川温泉に一泊で出かける。
目的地はハイキングコースとしてはあまりメジャーではない、恋路沢ハイキングコース。ここは「鬼怒の奥入瀬」と呼ばれている場所でもある。しかし…、ハイキングコースの起点となる鬼怒川温泉ロープウェイに到着して唖然。そこには「恋路沢ハイキングコースは森林伐採のためただいま通行できません」と書かれていた。宿泊先であるホテル七重八重から送られてきたパンフレットにこの秋のおすすめコースとして紹介されていたのに…。とりあえずロープウェイに乗り、現在通行ができる一本杉(一本の大きな杉が生えている場所)まで出かける。
※写真は、一本杉で撮ったアザミにとまるモンキチョウ。

その後は鬼怒川公園にある岩風呂に。温泉でハイキングでの汗を流すという目的は、昨日からずっと体に染みついている硫黄の匂いを落とすことに変更される。

まあそれでもなんとか旅を面白くしてしまうのが今の自分たち。20日朝、「キャラキャラ」という鳥の鳴き声を聞いて窓から外を眺めると、ヤマセミが飛んでいるではないか。そして、川に張り出した枝にしばらくとまってくれた。ヤマセミはカワセミの仲間で、水中にダイビングして魚をつかまえる鳥だ。人生のなかで3回目の出会い。体に染みついていた硫黄の匂いもとれたし、よかったよかった。

2004.9.18日(土)

燕温泉 硫黄の匂いの凄まじさについて

今日は妻の小学校は運動会。一人で家にいてもつまらないので、新潟県の燕温泉まで新幹線等を使って日帰りハイキングに出かける。隠れ3滝を巡る旅は温泉から温泉への心地よい旅であった。
まずは燕温泉の野湯・黄金の湯に入る。そしてそれから3時間のハイキングへ。そして、その終点にある野湯・河原の湯でハイキングの汗を流す。
大変心地よい旅なのだが、問題発生。それはいずれの湯も成分に硫黄が含まれているということ。その匂いがなかなか落ちない。家に帰ってシャワーを浴びたが匂いはとれない。更にしばらくの間、湯につかり石鹸で洗い落とすがそれでも匂いは消えない。家の中に硫黄臭がたちこめる。
帰りの電車で私の近くに座った人のことを考えると、迷惑をかけたなと思う。
硫黄が成分である温泉を訪れるときは、車の旅にすべきだと思う。

さて、燕温泉で秋を感じる自然の写真が撮れたので紹介しましょう。

シラタマノキ(白玉の木)の実

ツルリンドウの実

ミョウコウトリカブト

毒のある花の美しさ

ツバメオモトの実

2004.9.17日(金)

今日までのことを振り返って

さてさて、徒然なるままにもしばらく更新していない。更新していない間もけっこういろいろあった。そのいろいろをまとめて振り返ってみたい。
◆演劇◆
演劇講習会
9月4日に日本演劇教育連盟主催の演劇講習会が東放学園高等学校専修学校校舎で行われ、私は中学生コースの講師を務めた。最近自分が推し進めている、生徒による創造を伝えた。その後、日本演劇教育連盟から送られてきた、受講生が書いたアンケートを見ると、かなりたくさん書いてくれている人が多く、受講生達の心に残るものであったようでうれしい。

教え子 紀伊國屋ホールデビュー 「津國女夫池(つのくにめおといけ)」(近松門左衛門 作 巣林舎公演)
9月4日紀伊國屋ホールに妻と巣林舎第2回公演「津國女夫池(つのくにめおといけ)」をみにいく。人形浄瑠璃のために創られたこの作品の劇化は初めての試みということで、読売新聞の夕刊にもカラー写真で紹介されていた公演だ。
実はこの作品に私の教え子が登場している。劇集団・幻の森が『夏芙蓉』(越智優作)を上演した際に、主役の千鶴を演じた大手忍だ。
パンフレットの最後の方にその名前が載っていた。
上演前からどきどきする。このような気持ちで劇をみるのは生まれて初めての経験だ。劇が始まる、オープニングでいきなり彼女が少年役で登場し、その後のダンスにも参加。涙が出てくる。別に感動的なシーンでもないのに。
しばらく登場場面はなく、淋しい思いをしたが、ラスト近くに、彼女が劇を引っ張る重要な役で登場する。そして、そのままエンディングに。
涙を流しながら、夢中で拍手をしている自分がいた。隣で妻も「すごい、すごい」といいながら夢中で拍手をしていた。妻は彼女が生徒の時からの大のファンだった。
劇に出る自分の子どもをみる親の心境というのはこのようなものだろうか。子どものいない私達夫婦はそんな気持ちでこの劇をみていたに違いない。子どもたちの親はその子がどんな役であっても、その子を中心に劇をみるのだ。そして、それはとても大切なことなのだということを認識した瞬間だった。

◆読書◆
「OUT」(桐野夏生 作)
9月5日(日)読了。これ以降の桐野夏生に興味がある。この作品ほど評価されていなくとも「グロテスク」に彼女の変化をみたいと思っている。これ以降の桐野夏生の作品を2冊買った。

「カウンセリングの理論」(国分康孝 著)
9月6日(月)読了。今、カウンセリングにとても興味を持っている。食わず嫌いで偉大な演出家スタニスラフスキーを毛嫌いしていたのと同様に、カウンセリングについても同様の思いを抱いていた。カウンセリングについての認識が甘かったと思う今日この頃。学級指導に構成的エンカウンターの手法を取り入れることを始めた。今まで自分が行っている演劇部の指導の理論と構成的エンカウンターの理論がとても近いことを知った。

◆映画◆
「岸辺のふたり」(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)
9月5日(日) 素晴らしいアニメーション映画。台詞が一切入らない、8分間の映像。しかし、それは濃密な8分間だ。 全編に流れる「ドナウ川のさざ波」が郷愁をかき立てる。
「幼い娘を置いて、岸辺からボートに乗って行ってしまったまま戻ることはなかった父。 遠い日の父の面影を求めて、娘は父と最後に別れた場所である岸辺を訪れ続ける、そして今は年老いてしまった娘はその岸辺で…」。
ただそれだけのストーリー、しかし何度も何度もみたくなる、そしてみる度に胸が締め付けられる。敬愛する『話の話』を創ったロシアのユーリ・ノルシュテイン監督がこの作品を非常に高く評価し ていることが頷ける。このアニメーションをもとに作られた絵本も買ったが、アニメには遠く及ばない。これはアニメのために創られたアニメだ。

「トッポ・ジージョのボタン戦争」(市川昆監督)
9月5日(日) 渋谷のユーロスペースまでわざわざこの映画をみにいったのは、小学生だった自分がこの映画をひどく感動したという事実による。小学校の私は、この映画 が目的で映画館を訪れたわけではなかった。しかし、同時上映されたこの映画に心を動かされ涙を流した。赤い風船とトッポ・ジージョのふれあいに感動した。この当時の私は アルベール・ラモリス監督の傑作『赤い風船』の存在を知らなかった。その存在を知った今でも、小学生の時と同質の感動を味わえるのではないかと思ってわくわくしてみたが、残念ながら…。この映画が市川昆監督だったとは。

「LOVERS」(チャン・イーモウ監督)
9月12日(日) 春日部ロビンソンシアターに妻と二人でみにいく。チャン・イーモウ監督作品は『英雄(ヒーロー)』に幻滅し、彼の作品はもうみないと決めていたのだが、この作品に自分を強力に惹きつける何かを感じ映画館を訪れた。
チャン・イーモウ監督はこの映画についてのインタビューで、「アクショはあくまで遠景であり、本当に描きたかったのは愛」というようなことを述べていたが、私は「愛はあくまで遠景であり、この映画の素晴らしさはアクション(それをふくめた映像表現)」と感じた。チャン・ツィイーが素晴らしい。この映画は彼女でもっているといっても決して過言ではない。彼女は『初恋のきた道』だけで終わる女優ではなかった。 日本からは参加したワダエミの衣装デザインは今回は成功していると感じた(ちなみに前回の「英雄」は失敗だと思っている)。また音楽の梅林茂もいい。私はNHKのドラマ『悪意』から彼の音楽に注目している(彼の映画・テレビ音楽を集めた二枚組のCDを1年前に買った)。今回の彼の音楽は中国と日本が心地よく手を結んでいると感じた。


今年初めてのモズの高鳴きを聞く。秋だ。

2004.8.28(土)

雨のすてきな森歩き

以前は森を歩くのは晴れた日に限ると思った。最近は違う。雨の日に森を歩くことがとても楽しい。
最近気に入っている、塩原に出かけていった。そこで雨の中の森歩きを楽しんだ。
なかなかゆっくり日記を書く時間のない今の自分だが、写真だけでも紹介したい。
今の自分が感じている雨の森の素晴らしさ伝えることができる写真が撮れたと思うのだが…。

ツユクサ

森の入り口で迎えてくれた。露草という名前はこのような姿が最もふさわしいと感じる。

落ち葉

雨の日、落ち葉に包まれた森の地面は輝いて見える。

サクラタケ

秋はすてきなキノコが見られる季節。桜色が雨に更に美しく感じられる。

萩の雨

秋の七草の萩の花が、雨に美しい。万葉集では一番詠まれた花が萩というのも頷ける。

レンゲショウマ

花好きにとってのあこがれの花。東京の御岳山ではレンゲショウマの群落を観にたくさんの人が訪れているという。ここでは、静かな中で一人静かにこの花を楽しむことができる。

クチベニタケ

おしゃれなキノコ。口紅茸とはうまくつけたと思う。

2004.8.26(木)

ヨットのようだ

  土 (三好達治)
蟻が
蝶の羽を引いて行く
ああ
ヨットのやうだ

好きな詩だ。

今日、蟻がアブラゼミの羽を運んでいた。
三好達治の「土」という詩を思い出した。
蝶の羽ではないが、ヨットのようだと思った。
土ではなくアスファルトの上、三好達治の生きていた時代との違いを感じる。
詩にするならやはり土の上がいい。それでも、この情景を残しておきたいと思った。
思わず写真を撮った。

久し振りにヒグラシの鳴き声を聞いた。ヒグラシの淋しげな声は夏の終わりにふさわしい。

2004.8.25(水)

今日までのこと。

日記を書くのは久し振り。今年の夏は「学校カウンセラー中級講座」等の研修など学び学びの日々を送った。夏前は随分旅行に行っていたが、夏休みになってからはどこにも出かけていない。新宿での劇の上演後を振り返ってみたい。
8月13日、真夜中にヒグラシが鳴いた。杉戸高野台でヒグラシの声を聞くのはこれが始めて。それにしても何で夜中に…。窓を開けてなんとなく理解できたような気がした。今日はオリンピックでサッカーの試合があるため、テレビを見ている家が多く、外が明るい。きっと朝と間違えたのだろう。ヒグラシは夕方にだけ鳴くイメージが強いが、朝も鳴く。それにしても、自宅でヒグラシの鳴き声が聞こえるようになるというのはうれしいことだ。

今更ではあるが北野武の『座頭市』を観た。音楽と映像の力が素晴らしい。人は次々と死んでいくが、『バトルロワイヤル』のように正義面しないところがいい。日本の芸を世界に伝えたかった、そんなコメントもありかなと思える映画だった。美しい。

『南方熊楠』(鶴見和子 著 講談社学術文庫)読了。素晴らしい。読んだ後爽やかな感動があった。

8月22日(日)、中文連の発表をみにいく。自作『生命の交響曲(いのちのシンフォニー)』が埼玉県さいたま市立日進中によって上演されたからだ。子どもたちがいきいきと演じていて気持ちよかった。暗転の多い劇なのだということを理解した。この劇はあえて暗転なしで上演する方法がある。そうしても面白かったと思う。
続いてみた東京都東久留米市立久留米中学校『スワーローズは夜空に舞って』(作・志野英乃)は、細部に至るまでしっかりと作り込まれている素晴らしい劇だった。舞台、音楽が大変美しく、それでいて控えめで脇役に徹している。役者の立ち姿も美しかった。もし、役者が演劇的なしゃべり方をしなければもっと素晴らしいものになったと思うが…。それでも今まで観てきた多くの中学・高等学校演劇とくらべれば演劇的ではなく自然だった。舞台に静かな感動があった。他の学校もこの方向性を吸収してほしいと思う。

2004.8.10(火)

「ときめきよろめきフォトグラフ」上演

新宿で「ときめきよろめきフォトグラフ」を上演させていただいた。
この劇は何度やってもいい。このメンバーでのこの劇は今度こそ最後だろう。
よい思い出になった。入ったばかりで新宿での舞台を踏んだ1年生も、よい経験となったことだろう。

2004.8.8(日)

5ヶ月ぶりの「ときめきよろめきフォトグラフ」

昨日約5ヶ月ぶりに「ときめきよろめきフォトグラフ」の練習を行った。
そして今日、これまた5ヶ月ぶりの通し練習を行った。
5ヶ月も通してなければ随分もとに戻るだろうと思う方もいると思うが、どうしてどうして、以前よりはるかに表現の深い作品となっていた。それには理由がある。その1番の理由は、彼女らがこの劇を離れて「夏休み」と「降るような星空」という2本の劇を通過したことだ。
「ときめきよろめきフォトグラフ」とは趣の異なる、2つの劇を通して、彼女らの世界が広がると同時に深まった。
久し振りの通しなのにもかかわらず、台詞はスムーズに流れ、最後には観ていた1年の顔に感動という文字が刻まれていた(ちなみにこの発表には大きな役ではないが1年生も全員キャストで出ている)。
少なくとも私が関わる集団においては、子どもたちの表現は劇の上演を通して飛躍的に伸びる。
そうそう「ときめきよろめきフォトグラフ」、「演劇と教育10月号」に掲載されることが決まったそうだ。

2004.8.1(日)

メールで在宅授業

読売新聞の朝刊に不登校児対策で効果を上げている構造改革特区での試みが紹介されていた。
不登校児童生徒にインターネットを通じて在宅学習を試み、在宅学習を行った日数を正式な出席扱いとするのだそうだ。
確かにこれは好評だろう。そして2006年度から全国展開させていくという。
ここで問題なのは、この素晴らしい試みが不登校生徒を増やしてしまう可能性があるということだ。今年のような40℃近い暑さでは、学校で学ぶよりもクーラーの効いた自宅で学んだ方がどれだけ快適か。在宅学習でも正式な出席になるというのなら、学校に少しでも嫌なことがあれば、不登校になって在宅授業で出席にと考えることは自然ではないだろうか。
そこまで視野に入れていてそれでもいいというのならよいのだが、そうすると多くの児童生徒が生身の人間と触れあう機会を失っていくということにも繋がる。今の教職員体制では、物理的な難しさも生じてくるような気がする。

これからは学校という概念そのものがかわっていくのかもしれない。不登校児童生徒に学習の機会を与えるということは素晴らしいことなのだから、その中でどうしたら前述のような危惧を解消できるかを考えていけばいいのだろう。

2004.7.30(土)

話し合いについて学ぶ

久喜中の研修テーマの一つ「学級活動における話し合い学習」のチーフになってしまった。
まあどうせやるならしっかり学習しようと、以前読んだ『会議の方法』(吉田新一郎著 中公新書)を精読した。
多数決を行わず、コンセンサスを大切にした話し合いは、学級活動での話し合いの中でとても大切なことだと感じる。
ネットでエンカウンターとグループワークトレーニングの本を4冊注文した。


今年初めてミンミンゼミの声を聞く。この蝉が鳴き出すと夏も後半にさしかかったなと感じる。

2004.7.29(木)

うれしいこと

私の近所に住んでいるおばあさんが、演劇部の子どもたちにお菓子を届けてくださった。
先日観た久喜中演劇部上演劇『夏休み』に感動したお礼にということだった。
その劇を観て、戦争当時のことを思い出し、涙がとまらなくなったのだという。
おばあさんの言葉を聞きながら、胸の中が熱くなった。

2004.7.28(水)

「ファインディング・ニモ」大傑作!

あらすじから『飛べないホタル』なんかを思い浮かべて、きっと道徳臭に満ちた映画なのだろうと思って今まで観なかった『ファインディング・ニモ』。しかし、素晴らしい作品を作り続けているピクサーの作品ということで、観てみることにした。
そして圧倒された。素晴らしい!

その素晴らしさをあげたらきりがないのだが、まずは映像の美しさ。制作者が「話の内容はどうでもよかった。美しい海の中の世界を、今まで誰も描いていない手法で描きたかった」なんてコメントを述べても、「そうだろう」と納得してしまう素晴らしい映像だった。この映像なら話の内容がそれほどでもなくとも、きっと私は満足したと思う。しかし、話の内容も素晴らしかった。

なんといっても世界の作り方が秀逸。 「こんなのあり?」という場面は、多くの凡庸な作品においては作品を壊す原因となる。しかし、『ファインディング・ニモ』は「こんなのあり?」という荒唐無稽さが作品に命を与えているのだ。
ピクサー作品のすべてに脚本で関わってきたアンドリュー・スタントン(今回は脚本だけでなく監督も務めている)の描き出すキャラクターの見事なこと。 特に成功したのは陽気なナンヨウハギのドリーの存在。10秒でものを忘れてしまうというこの魚の性格設定は、魚だからこそ生かせるものである。もし、これが人間だったら笑うことはできない。そこで笑うということは笑う側の人格が問われてしまうからだ(10秒でものを次々と忘れるということは人間では病気である)。しかし、魚なら笑える。
魚が主人公だからといって馬鹿にして観なかった自分こそが馬鹿だった。ドリーをはじめとするキャラクターは人間を魚に置き換えてつくったというような単純なものではなく、人間を主人公にしては描くことができない、魚だからこそ描き出せるキャラクターなのである。

そして、荒唐無稽さもここまでいけばというのが、この記憶力の悪いドリーが英語の文字を読めるということだ。ここで「10秒でものを忘れる魚がなんで英語が読めるんだ」ということに疑問を呈することは愚かなことだ。私は、この監督が作りだした荒唐無稽さにリアリティーを感じ、その世界を笑いながら信じた。

生態系という視点からも素晴らしい。サメ、アンコウ、カモメ、ペリカンがカクレクマノミを襲うが、そこに悪意は描かれていない。 襲う側のサメもこの作品では決して悪役ではない。既成の多くの作品は、襲う側はずるがしこくいじわるな性格設定で描かれる。しかし、この作品にはそのような描き方は存在しない。サメやアンコウはカクレクマノミを襲うが、それは悪だから襲うのではなくて、襲わなくてはならない宿命だから襲うのである。その宿命の部分が実に見事に描かれていた。

ピクサーと提携しているディズニー作品には必ずある、そして今までのピクサー作品にも露骨ではないが存在していた二項対立としての善と悪がこの作品には存在せず、善悪を乗りこえたところで作品が成立している。
「神は細部に宿る」と言ったのは建築家ミース・ファンデルローエだが。クレジットタイトルにまで遊び心が宿り素敵である。
この作品をどうしても手元に置いておきたくてDVDを買った。『ファインディング・ニモ』という、子どもと大人(それも道徳嫌いの大人まで)が心から楽しめる作品の誕生を心から祝福したい。

2004.7.27(火)

「ラブストーリー」

日本だけでなく世界で大きなブームを巻き起こしている韓国の映像文化に触れた。『猟奇的な彼女』で評判になった、『猟奇的な彼女』のクァク・ジェヨン監督の最新作『ラブストーリー』を観る。
雰囲気がチャン・イーモウ監督『初恋のきた道』と似ている。 フランス映画を観ているようなオープニング、劇中で使われている音楽などにそれを感じた。 あまりにも強引な結末には「おいおい」と思いもしたが 今の日本のドラマには存在しない純な愛を描いた作品に見終わったあとの気分は悪くはない。サントラを買った。 このサイトには書いてはいないが、私は韓国ブームを応援している。おばさまから絶大なる人気を得ているペ・ヨンジュンにも興味を持っている。彼の生き方に共感する。ペ・ヨンジュンの影響を受けて日本の俳優も学びを大切にするようになればいい。 多くの若者への影響ということを考えれば、俳優と教師ではくらべものにならない。

2004.7.25(日)

第1回久喜市3校合同発表会・大成功

久喜市の三校の演劇部(久喜中、太東中、久喜東中)が集まって、第1回の合同発表会を行った。
久喜市内で発表したい気持ちはあったが、残念ながら無料で借りられる舞台は存在せず、隣町の杉戸での発表となった(ただ太東中と久喜東中からは自転車で十分程度の近距離に会場は位置している)。
宣伝活動をほとんど行わず、互いの学校がそれぞれの劇を見ることに意義を感じて行った発表。まずこれだけの座席を用意すれば十分だろうと、250の座席を用意したのだが、その座席がほぼ満席となった。 身内も含めてだが200人以上の人が見てくださったとは。久喜中からは自転車でも電車でもけっこう時間がかかる場所であるにもかかわらず、生徒、保護者、そして教員がたくさん来てくださった(私が所属している二学年は担任の先生全員が訪れてくださった)。ありがたい。
学校を離れての舞台初出場の東中の演劇部員が、劇を終えたあと流していた涙が爽やかだった。それぞれ学校がそれぞれの持ち味の舞台を披露し、合同発表会は終了した。公民館の舞台は文化会館大ホールのような華やかな舞台ではない。しかし、観客との距離が近いこの舞台の魅力は文化会館の大ホールでは味わうことができない、素敵な表現を観客にプレゼントできたはずだ。
久喜中へのアンケートのには「全体的に声が小さい」という趣旨の批判意見も寄せられていたが、この「声が小さい」魅力を理解してそれを楽しんでくださった観客がたくさんいたことがうれしい。 「声を小さくする」からこそ伝わる表現もあるのです。そしてそのような表現が生きるのが公民館という空間なのだ。

2004.7.23(金)

教室上演

今日は日直。部活に出られない。午前中は昨日の通し練習での直しのプリントを渡して、生徒にすべて任せる。
部員の友達2人が、劇を見たいと職員室を訪れた。本番前に見てもらうのもいいかと許可する。
そして午後リハーサル。リハーサルの間だけ、日直の仕事をかわってもらう。
このところ自分が練習に出ないことが逆に生徒たちのやる気を高めるような気がしている。昨日よりはるかによくなっていた。
見に来た2人は最初見た『夏休み』で大泣き。そして、次の作品も見たいという。そして次の『降るような星空』でも大泣き。
観客と演者の心地よい対話、これが教室での上演の魅力だ。
今回の公民館での上演は、そんな観客との対話という意味では最良ではないかと思う。楽しみ楽しみ。

2004.7.16(金)

いいぞ!

昨日、自分たちだけの取り組みで世界が作れたという『降るような星空』のラストシーンを見せてもらう。
今日は1年までもが世界に入って、目に涙を浮かべて演じている。上級生の劇に取り組む姿勢がこれほどまでに1年生をも育てているとは…。正直感動した。
一週間前の演技としては上出来といっていいだろう。
「みんな、もう少し押さえようか」
自分たちが世界によってあまりなきすぎると観客は引いてしまうということがよくある。
更に深い演技に到達するために、感情を抑えて演じる段階に入ったと感じた。
自分としては今日が本番でもいいのだが、あと一週間あるのだから、みんなで更に表現を深めていきたい、そう思う。

2004.7.15(木)

うれしいこと

今日は学年保護者会。そのため部活でられたのは終了5分前。
この日記にも書いてきたが、自分たちだけでの練習の中ではいろいろとトラブルも起きた。練習が私がいるときのようにいかずに3年の部長、副部長が涙を流したことも何度もあった。
今日も自分の中には不安もあった、しかし…。今日の練習で取り組んだ『降るような星空』のラストシーンでは演技をしていてみんなが涙を流したというのだ。世界を作りつつ取り組んでいる中で、みんながその世界を信じて創り上げることができたのだという。
うれしかった。トラブルが起きながらも話し合いを持って、生徒を信じ、任せてきたことが実っているのだなと思う。
このようなことを報告すると、いつも返ってくる答えが「先生の部活とちがって、うちの部活にはそんな素晴らしい生徒たちはいないのです」というもの。
悲しくなる。私は、誰もがそんな素晴らしい生徒になる可能性を持っていることを信じてきたし、本当にそうなのだと思う。
少なくとも「うちの部活にはそんな素晴らしい生徒たちはいないのです」という顧問が指導している部活は、どんな素晴らしい生徒が入っても素敵な部活になることはないのではないかと思っている。
今日の生徒たちの報告を聞いて、わくわくしてきた。次の上演は公民館上演。照明も生照明だけ、音響設備も整ってはいない。しかし、中学生だからこそ輝ける素敵な発表 ができるのかなという気持ちを強く持った。

2004.7.10(土)

世界をつくる

2週間後に上演する劇の練習を行った。
このところの練習での合い言葉は「世界をつくろう」。
世界をつくりその世界を信じることで、こんなにも胸を打つ演技が生まれるのか!そんな楽しい思いを毎日経験している。
三日前には「降るような星空」の回想シーンを世界づくりをしっかりした上で、みんなの前で演じてもらった。はじめて演じたシーンなのに演者も観客もみんなぼろ泣き状態。演者も観客もその世界を信じることができる、そんなシーンがあっという間に出来上がった。
「世界づくりを通しての劇づくり」今年度のキーワードはこれだ。

2004.7.4(日)

ラーメン

最近演劇関係で新宿に行くことが多い。せっかく新宿まで出かけるのだからということで昼はラーメンを食べることにしている。
先日は「くじら軒」、今日は「山頭火」という店に入った。実は昨年の夏、群馬大学へ講習に出かけたときラーメン通の方々にラーメンとは何ぞやを教えてもらって以来ラーメンに興味を持っている。ラーメン、奥が深い。この夏じっくりつきあってみたい気がする。

2004.7.3(土)

鳥の写真家

朝と夕方散歩した。カッコウとオナガの写真を撮った。
以前よりは腕を上げたか。
写真の魅力にはまっている今日この頃。
電線では味気ないと思うが、今の自分の腕ではこれが限界か。

オナガ

カッコウ

2004.7.2(金)

台本完成  / 「雨のくに」(佐藤秀明・写真 PIE BOOKS)

7月25日(日)に上演する2本の劇の決定版がようやくでき上がった。
2本の劇は『夏休み』と『降るような星空』。いずれも今までに何度も上演私的な作品ではあるが、それを60分以内にしての上演はこれがはじめて。今の自分が大切にしている自然さを取り入れて直していったため、オリジナル版とはかなりかわったといっていい。
二本立てということで、1年生を含めた21人全員に多くの出番を用意することができる。飽きている顔、やる気のない顔を見ることは教師としてとてもつらいことだ。大変だが、それぞれが飽きることなく笑顔で頑張っている姿を見ると、大変だという思いがやり甲斐にかわる。
久喜中に異動してからの自分は、今まで以上に生徒に任せるようになった。演出する際の肩の力も今までになく抜けている。
そうした姿勢が生徒ののびのびとした表現を引き出すことになっているのかと思う。

ただ生徒に任せさえすればよいなどという考えは全くないが、台本を渡すまでにさまざまな演劇の知識を紹介し、演劇以外のさまざまな体験を奨励していくというスタンスを取り、台本を渡してからはできるかぎり生徒の自由な発想を尊重していくという姿勢は、表現の向上には有効なのではないかと思う。

発表まであと三週間。これから休日も練習を入れていかなければならない。といいつつ明日から三日間は練習を行わないのだが。


『雨のくに』という写真集を買った。雨の写真にとても興味がある。佐藤秀明氏と自分では美しいと思う雨の世界にずれがあることを感じる。それだからこそ自分なりの雨の写真が撮ってみたい。

2004.6.26(土)

久喜市演劇部3校合同練習会 / 教え子・紀伊国屋ホールデビュー

久喜市にある3校の中学校演劇部・合同練習会を行った。
今回の練習内容も生徒による効果的演出の方法について。練習には「ときめきよろめきフォトグラフ」を使用した。
他校との出会いによって表現が磨かれた上、三校の生徒が仲良くなる、有意義な練習会だったと思う。
7月25日(日)の合同発表会の打ち合わせと共に、久喜市の三校演劇部が中心になって埼玉県東部地区演劇研究協議会を結成する事を決めた。


太東中演劇部時代の教え子で、昨年結成して今は幻となってしまった劇集団・幻の森の『夏芙蓉』公演で主役を演じた大手 忍が紀伊國屋ホールデビューを果たすことになった。 今日その紹介もかねて合同練習会にも参加してくれた。作品等は次の通り。

巣林舎 第2回公演 「津國女夫池(つのくにめおといけ)」(作・近松門左衛門 演出・鈴木正光)
日時 2004年9月1日(水)〜9月5日(日) 場所 新宿紀伊國屋ホール

プロを育てるために日々の活動を行っているわけではないが、自分が教えた中からプロの役者になる生徒が生まれようとしていることはよろこばしいことだ。9月4日の夜の部を見に行く事にした。

2004.6.24(木)

マジックブーム

久喜中の3年生の間でマジックが流行しているらしい。今日は、マジックを趣味とする4人の男子3年生がマジックを見せてほしいと昼休みに我がクラスを訪問した。まあこんなふれあいもいいだろうと思い、カード&コインテクニックとカードマジックを披露する。手品が趣味という生徒にとっても自分が披露したマジックの種は分からないようで、まあよかったかなと。「なんだなんだ」と2年生もたくさん集まってきてちょっとした人だかりに。マジックの安売りはしない自分だが、このような機会を使って生徒と触れあうこともいいのかなと思う。

他学年の生徒とあっという間にふれあいを持つには英語力よりもマジックの方が有効であることは致し方ないことで、人生を振り返ってみると、マジックのおかげでずいぶん 得をしたと思う。

2004.6.20(日)

ネジバナ いろいろ 〜草取りをしながら〜

今日はマンション住人によるボランティアの草取りの日。朝の9時から自分の号棟のまわりの草取りをした。
草取りをしながら最近芝生の間からたくさん顔を出しているネジバナを観察した。
一つ一つのネジバナを眺めていると、ネジバナにもそれぞれ個性があることが分かった。ネジバナは花が螺旋状に下から上へと咲いていくことから名付けられたものだが、その巻き方は左巻きも、右巻きもある(どれが右巻きでどれが左巻かは、植物の世界ではついこの間まで混乱していたようだが…)。更に花の色も白から濃いピンクまでさまざまであることも分かった。そんなことを観察しながらの1時間の草取り、時間がたつのが早かった。それではここで個性的なネジバナを紹介しましょう。

右巻きのネジバナ

以前はこれを左巻きとしていたが、最近の図鑑ではこれを右増すとするものがほとんどだという。

左巻きのネジバナ

白色のネジバナの花

今日の草取りでネジバナが一つ残らず取られてしまうのではないかということが気がかりだったが、草取りが終わった後、多くのネジバナが抜き取られずそのまま残されていた。このマンションの住人の多くが、この花に美しさを感じ「残しておこう」としてくれたことがうれしい。 そうそうネジバナは平地ではあまり見ることのない野生のランなのだ。

2004.6.19(土)

また旅 〜駒止湿原

また旅に出かけたくなり、鉄道とタクシーで福島県の駒止湿原に。
駒止湿原はワタスゲがとても素晴らしい湿原だった。
先週訪れた奥日光ではすべての花が散った後だったズミが満開だった。

ワタスゲの群落

ワタスゲ

ズミの花

モウセンゴケ

2時間の湿原散策の後、湯野上温泉まで行き温泉で汗を流す。今日もいい旅だった。


電車の中では桐野夏生の『OUT』を読み進める。面白くなってきた。
また、新聞広告で興味を持って購入した『強育論(The Art of Teaching without Teaching)』(宮本哲也・著)を読む。こちらは読み進めるにつれ失望感が全身に広がっていった。
「つまり、真実はひとつそれ以外はすべてうそなんです」という言葉が登場するにいたって読む気力を失った。でも頑張って読んだ…。
この人の教育論って塾の教師だから通用する教育論なのだな。意識的に偽悪的にしているところが鼻につく(自分もその傾向があるので注意したいと思った)。とにかくこの本に描かれた彼の教育はうまくいきすぎる 。それはそうだろう彼に合わない生徒はやめていくのだから。学校においては私と合わない生徒は、よほどことがないかぎり私のもとを去ることができず、少なくとも一年間、私の授業につきあわなければならないのだ。

2004.6.15(火)

開校記念日 〜塩原温泉へ

今日は久喜中に来て初めての土・日と重ならない開校記念日。開校記念日は、平日の休みに限る。
昨日行われた中間テストの採点を必死に終わらせ、塩原温泉に車で出かけた。採点が終わったのが10時だったため、到着は十二時を過ぎてしまった。行動時間が短くなってしまったのは残念だが、それでも素敵な自然に触れることができてとても有意義な時間を過ごすことができた。
2日前、奥日光で大好きな花、マタタビに出会った。しかしうまく写真に納めることができなかった。そのマタタビにここ塩原でも出会うことができた。奥日光では花の時期であったが、標高の低い塩原では花はすでに終わっていた。奥日光で撮影した花と、塩原で撮影した葉を合わせるとマタタビ゙という植物の魅力の一端を紹介できるだろうか(どちらの写真も満足してはいないが)。

マタタビの花

マタタビの葉

マタタビの花の白は、白い花の中でも美しいと思う白だ。花と共に魅力を感じるのは葉で、葉緑体のない白色の葉が混じる。これはマタタビだけの特徴ではないが、マタタビの葉の白と緑のコントラストは特に印象的だ。
マタタビはネコ科の動物が大好物であることで知られている。試したことはないが、ネコにマタタビを与えるとよだれを垂らして寝転がるなどの、陶酔状態になるという。人間 にとっての麻薬とは違って、マタタビによってネコは元気になるという。ネコにとっては良薬なのだそうだ(ただし取りすぎはよくないらしいが)。

塩原渓谷遊歩道を歩き、季節の移り変わりを楽しむ。そして最後は温泉に。
温泉につかりながら眺めたハグロトンボの美しさ。お金はかからないが、今回も贅沢な旅ができたと思う。

そうそう、マタタビの名前の由来にはいくつかの説があるが、その一つに「つかれた旅人がこの果実を食べて元気を回復し、また旅にでた」というものがある。俗説といわれているが、ちょっといい話ではないか。 また旅に出たい、今そんな気持ちでいっぱいだ。

2004.6.13(日)

中文連・総合文化発表舞台部門に自作『生命の交響曲(シンフォニー)』が

8月21・22日東京都児童会館ホール第12回総合文化発表会舞台発表部門 に埼玉の代表として大宮日進中学校が出場することになったそうだ。 上演作品は自作『生命の交響曲(シンフォニー)』に決まったという連絡を受けた。
日本演劇教育連盟の脚本公募では審査員から今、再び注目されている『バトルロワイヤル』と同列の作品ということで批判を受けた作品だ。そして、それに対して猛烈に反論した上、審査委員のふじたあさや氏とも2時間ほど対話をもったという、まあ曰く付きの作品だ。
今読み返してみても、自分としては人が死ぬという点での共通点をのぞいては、『バトルロワイヤル』と全く違った眼差しから作られた作品としか思えない。ただ、今の自分からするとやはり甘さが多く見られる作品である上、『バトルロワイヤル』とは違った稚拙さを感じることはある。
日進中学校がこの作品を上演するのはこれで3度目になる。どんな作品になるのだろう。今から楽しみだ。

※ちなみにその時の対話はサイト内の「演劇をめぐる対話」にアップされています。


天気がよかったので奥日光の戦場ヶ原と小田代ヶ原を歩いてきた。
戦場ヶ原ではしきりに囀るアオジの写真を撮ることができた。
鳥を写すということでは、新しく買ったカメラは優れものかもしれない。


電車とバスの旅は快適。今度久喜中演劇部で上演予定の『降るような星空』の60分版を完成することができた。

 

2004.6.6(日)

関東中学校演劇研究協議会第2回総会

関東中学校演劇研究協議会の第2回総会が行われた。
昨年は群馬と東京の私学が新たにコンクールに参加するなど、輪は少しずつ広がっている。
今年度はコンクール会場は東京の代々木国立オリンピック記念青少年総合センター。本番は3月28・29日。
今年もこのコンクールから中学校演劇の表現の素晴らしさを発信できるといい。

2004.6.4(金)

久し振りの運動

部活で久し振りに運動をした。縄跳びを部員と共に行った。二重跳びでは連続128回。三重跳びでは連続8回跳べた。43という年を考えれば結構まだ体は動くものだと思う。昨日は生徒とともに体育の器械体操の授業に参加してみた。逆立ちの静止35秒。クラスの男子生徒が驚いてくれた。
どんなに力があっても(あったとして)英語力で一目置かれるのは大変なことだ、しかし、逆立ちは一目置かれるということに関しては手っ取り早い方法だと思った。
盲腸で入院してから二ヶ月がたとうとしているが、完全復活したといっていいのではないだろうか。
43歳、若くはないが、これからも心身共に鍛えていきたい。

帰宅後飲んだビールが今日はいつもより美味しかった。美味しくビールを飲むためにもいい汗流そうかと思っている。

2004.6.1(火)

部活動保護者会と1年生との3回目の部活動

学校全体で部活動保護者会が行われた。
演劇部の保護者の方がたくさん参加してくださったのがとてもうれしかった。
1年生の保護者の方から「親子共々あこがれの演劇部に入部できたことを喜んでいる」という言葉をいただき嬉しい気持ちでいっぱいになった。前任校の太東中演劇部の時から私の関わっている劇を楽しんでいたという2人の方がそんな自己紹介をしてくださった。
あこがれか、生まれてから1年の演劇部にそんなことばをかけてもらえることはこそばゆいと同時にやはり嬉しい。

今日から1年生も通常時間での部活動が開始された。今までは自分が部活に出かけけるときには1年生は活動を終えていることがほとんどで、今日は3回目の1年生との部活動。今日は、1年生ともたくさん話をすることができ有意義な時を過ごすことができた。
集中した練習の中に、笑って笑って笑いまくるそんな時を持てたことがよかった。1年の部員が演劇部に抱いている期待、それを裏切ることがないようにしたいと思った。

ああ、平凡で素直な日記だ。


桐野夏生の「OUT」を読み始めた。

2004.5.30(日)

演劇のワークショップ / 『山の雨 上高地・幽玄森閑』

8月・9月に二つの演劇ワークショップを行うことになりそうだ。
一つ目は8月10日(火)、関東中学校演劇研究協議会主催のワークショップにおいて中学校演劇部顧問のためのそれを開催すること。
もう一つ9月4日(日)は東京都の中学校演劇顧問と生徒のためのワークショップ。こちらは日本演劇教育連盟主催。
今日は来週開催される関東中学校演劇研究協議会の総会の為の打ち合わせを行った。そこで各地域の現状報告がなされたが、どの地域もリンクが広がっていることがわかる。
この会が発足するまでにもさまざまな心配があったが、心配するだけで何もしないというのは駄目だ。やはり、やってみることだ。実際やってみたことで、さまざまな可能性が広がった。やらないでただ文句ばかり言うのは、私の性にあわない。
やらないで後悔するよりはやって後悔する方を選びたい。でもこの活動、後悔することはないと思う。


せっかく新宿に出かけたので紀伊國屋書店に立ち寄った。またまたたくさんの本を買ってしまった。
帰りの電車ではそのうちの一つである写真集を眺め過ごした。
写真集の題名は『山の雨 上高地・幽玄森閑』(高野潤・撮影 岩波書店)
跋文に書かれている「雨が奔る 霧が包む 風が響く 雪が舞う」という言葉に惹かれた。
雨の森、以前は雨の日に森を歩くなんてとても好きになれなかったが、今の私はそんな森を歩き、気に入った風景を写真に撮ることがとても楽しい。そんな写真が撮れるように、今日新しいカメラを買った。


最近温泉に魅せられてしまった自分。特に露天風呂に。
今日『温泉法則』(石川理夫・著 集英社新書)を読み終えた。
温泉というものがいかに深いものか、その入り口にたどりつけたかなという気がした。最近温泉の本をかなり読んで思うのだが、鳥の囀りを聞く温泉、自然と一体になれる温泉ということでなら、他の人には書けない温泉案内が書けるのではないかと思っている。

2004.5.29(土)

全世界を異郷と思うものこそ

この二ヶ月の間に中世に生きたスコラ哲学者聖ビクトルのフーゴーが『ディダスカリコン』に記した言葉に2回出会った。1回目は読売新聞のジェームズ・ジョイス『ユリシーズ』の特集で、2回目は先日読み終えたサイードの『オリエンタリズム』で。
その言葉とは次のようなものだ。

◆故郷を甘美に思うものはまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられるものは、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である。

完璧な人間など存在しない、そう思いはするのだがこの言葉が私の心を動かすことを否定することはできない。
最近の私が故郷に感じるのは懐かしさだけではない。初めて訪れた場所で感じること同様の心の動きを感じることがしばしばある。その意味で故郷は、常に異郷なのだと思う。自分人の世界が広がり深くなるのに伴い、見慣れたはずの故郷に今まで見たことのない世界を見出すことができる ようになった。その意味で故郷は故郷であると同時に異郷でもある。フーゴーの言葉をこのように解釈することは誤読であることは間違いないことだと思うが、誤読することによって自分の血となり肉となる素敵な言葉だと感じる。

今日は朝自宅の周辺を散歩した。見慣れたはずの世界、しかしその世界は今までと同じではない。
空き地でミゾコウジュ(溝香儒)を発見した。この植物、実はレッドデータブックに載っている植物だ。
珍しい植物との出会いは嬉しい、それと同時に大好きなどこにでも咲いている青い花・ツユクサ(露草)との出会いも心ときめくものがある。
旅に出て出会う自然も素敵だが、この地で出会う自然もまた素敵であり、どちらが素敵という発想は私には似合わない。

どちらも私にとって故郷であり、同時に異郷である。

※左側写真…ミゾコウジュ 右側写真…ツユクサ

2004.5.24(月) A

満開のツツジの道にて 泉鏡花の世界がここに  〜八幡温泉〜

 三斗小屋温泉を後にして、那須・八幡温泉にあるヤマツツジとレンゲツツジの群落を見に出かけた。見事なツツジの群落だった。月曜だというのにたくさんの人出にはうんざりしたが…。

私はこのツツジの遊歩道を歩きながら、泉鏡花の名作(と自分は考えている)『龍潭譚(りゅうたんだん)』を思い浮かべていた。

『龍潭譚』はツツジの丘で遊んでいた少年が、幻想の世界に誘い込まれ、幻想と現実の間のせめぎ合いを経て現実世界へと戻ってくるといった幻想潭である。私がこの作品を気に入っているのは、「行く方も躑躅(ツツジ)なり、来し方も躑躅なり」という躑躅の丘の表現があまりに見事だという理由による。

◆両側つづきの躑躅の花、遠き方は前後を塞ぎて、日かげあかく咲込めたる空のいろの真蒼き下に、彳(たたず)むはわれのみなり。

◆ゆう日あざやかにぱつと茜さして、眼もあやに躑躅の花、ただ紅の雪の降積めるかと疑はる。

躑躅にもいろいろあるが、昨日見た明るい紫の花をつけるムラサキヤシオツツジや純白のシロヤシオなどではなく、ヤマツツジやレンゲツツジのオレンジ色が幻想へ導く色としてふさわしく思われる。
こんな中一人歩けば恐ろしいまでの美しさが感じられるのだろうが、私が歩いた時間帯は人の声とエゾハルゼミの声が響き渡り、異界へ迷い込むという感じではなかった。


ちなみにこの話で少年は躑躅の丘でハンミョウという美しい昆虫に出会い、そのハンミョウに顔を刺される。そしてそれが異界をさまようきっかけとなる出来事となる。鏡花はそのハンミョウを「毒虫」として描いているが、実はハンミョウには毒はなく、毒があるのはハンミョウに似た前述したツチハンミョウである。鏡花の『龍潭譚』によって昨日見たツチハンミョウと躑躅がリンクされたこと、そんななんでもないことに喜びを感じる。

2004.5.23(日)B

山ほととぎすほしいまゝ  〜三斗小屋温泉〜

朝4時に鳥の囀りのコーラスで目を覚ます。昨日夕方から降り始めた雨はすっかりあがり雲一つない快晴。
早速宿泊した煙草屋の露天風呂に出かける。誰も入浴している人はいない、鳥の囀りと刻々と明るみを増していく美しい景色を独り占めするこるとができる。
キビタキ、シジュウカラ、センダイムシクイ、コゲラ、カッコウ… 美しい声を聞きながらの温泉はなんとも贅沢な楽しみだ。
そんな鳥の声の中で一番響き渡っていたのがホトトギス。
杉田久女の代表句

   谺して山ほととぎすほしいまゝ

の世界に浸った。
そうそう尊敬する正岡子規にもホトトギスの句がある

   山々は萌黄浅黄やほととぎす

正岡子規の子規はホトトギスの漢名の一つ。
結核で喀血する自分と、「鳴いて血を吐くホトトギス」という口の中が真っ赤なホトトギスを重ねてこの号を付けた。
子規は幅広い人間で、野球を日本に紹介したりもしている。
私は子規の「俳句をものにするためには古今東西の文学、芸術に通じていなければならない」というその姿勢を尊敬している。

ホトトギスの声を聞きながら俳句の世界に思いを馳せることができる、三斗小屋温泉・煙草屋の露天風呂は素晴らしい。ちなみに内湯もなかなかよいものだった。

2004.5.23(日) A

ヒメツチハンミョウ ファープル昆虫記とのリンク  〜三斗小屋温泉〜

三斗小屋温泉に向かう途中、青い光沢のある美しい虫と出会った。初めての出会いだが、ツチハンミョウの仲間だということがわかった。卵を詰め込んでぱんぱんにはった胴と飛ぶことに関して役に立たない羽根がそう語っていた(家に帰ってから写真をもとに図鑑で調べたところ、これがヒメツチハンミョウであることがわかった)。

ツチハンミョウは愛読書・ファプル昆虫記の中でも取りあげられている昆虫で、その生活誌は不思議に満ちている。

以前マメハンミョウというこの仲間を自宅近くで見かけ、そのグロテスクさに嫌悪感を抱いたことがあった、しかし、その一生を知ることによって、嫌悪感は畏敬へと変わっていったことを記憶している。

まずこの虫の産む卵の数が尋常ではない。ファープル昆虫記にはこの虫の親戚が4000以上の卵を産むことが記されている。そして、その幼虫はアザミなどの花によじ登り、ハナバチのオスが蜜を吸いに来るのを待ち、蜜を吸いに来たところでハナバチの体から生えている毛にしがみつく。更にハナバチのオスとメスが出会うときに、この幼虫はオスからメスへと移動する、そしてハナバチが生まれてくる幼虫のえさとして用意した蜜の塊に卵を産み付けるときに、その卵の上に飛び移りまずはその卵を食べる。その1齢幼虫は卵を食べるのに適した形に外見が作られている。この1齢幼虫は卵の上から落ちてしまうと蜜に溺れて死んでしまう。そして卵を食べ終えるとこの幼虫は脱皮して2齢幼虫となる。これは1齢幼虫とは形が違い、蜜の上に浮いて蜜を食べるのにふさわしい形となっている。
この幼虫は次々と自分の形を変えていく、不思議な変態を繰り返し、ファープルはそれを過変態と呼んだ。

人間はよく人間の道徳を他の生きものに当てはめることをする。ツチハンミョウのように他の生きものに寄生することをモラルを欠いたこととして表現することがある。
しかし、ファープルはそんなことはしない。ファープルは昆虫記に次のように書いている。

◆各自の種を維持しようと(生きものは)順次に追い剥ぎとなり追い剥がれとなり、順次に喰う奴となり、喰われる奴となる。自然が生物に強制しているこの宿命的な苛烈な闘争を思いめぐらすとき、重苦しい感情に交じって、各寄生昆虫が目的を達するのに使う手段に感心せずにはいられない。

この虫の仲間はカンタリジンという、微量でも人を死に至らしめることができる毒物を含んでいて或るものはそれを体から出すということを本で読んで知っていたため、近づいて写真をとるときに少し緊張感があった。

この虫との出会いが、私とファープル昆虫記の世界との結びつきを更に強めてくれたことは確かである。

2004.5.23(日) @

霧の中のオーケストラ 〜三斗小屋温泉〜

日曜と体育祭の代休の月曜を使って那須方面の旅に出かけた。
本日の目的地は三斗小屋温泉。徒歩でしかたどり着くことができない、まあ秘湯といっていい温泉だろう。
天気は曇天、三斗小屋温泉に近づく頃には、霧雨が降り出した。
まあ一般的にはあいにくの天気ということになるが、私はこんな天気も大好きだ(さすがに山のなかでの土砂降りは好きにはなれないが)。

霧で霞んだダケカンバの林からさまざまな鳥の囀りが聞こえてくる。
「カッコウ・カッコウ」これはお馴染みのカッコウ。
「イッピツケイジョウツカマツリソウロウ」とホオジロ。
「ツツツツツヒンカラカラカラ」と大好きなコルリ。
「ショウチュウイッパイグイー」とセンダイムシクイ。
ききなしで音を表現すると、美しさを伝えることから遠ざかってしまうが、
とにかく霧の向こうから聞こえてくる、さまざまな音はポリフォニーであった。

最近は台本を書くときに、この霧の中の世界を大切にしたいと思っている。
思った通りのことをしゃべるだけの作者の意思伝達のための作品は作りたくない。
日常の会話はいつも霧に包まれている。
作品ではその霧を霧のまま描いていきたい。

2004.5.22(土)

体育祭

久喜中学校の体育祭があった。今日に至るまで、そして今日、とてもたくさんのドラマがあった。
いつものことながらプライバシーに関わるので感動的なドラマを具体的に紹介することはできない。
一つ言えることは、自分にとって大変勉強になる日々だったということ。
こうしたらこうなるというようなただ一つの正解のないドラマを生きるということは、苦しこと多かりしという感じだが、しかし、そんな中でドラマが好転するときは予定調和ではないだけに嬉しさはひとしおである。

結果クラスは優勝したが、ドラマはそこに至るまでにあり、例え優勝しなくともよいドラマになったと思う。それは最優秀賞を受賞した関東演劇コンクールの時と 同じだ。


体育祭の練習時のもう一つの楽しみ。体育祭の外での練習時、毎日上空をコゲラという小さなのキツツキが「ギーッ」の鳴いて飛んでいったこと。きっと、このキツツキの存在を他に誰かが気がついていただろうか。

2004.5.21(金)

新入部員8人

演劇部に8人の1年生が入部した。
仮入部期間中は入院のため一度も部活に出ることはできなかった。
そんななか2・3年生ががっばって部活を行い、その活動が気に入って8人の新入生が入部することになった。
まだ1年生とは数回しか会っていないが、とても意欲を感じる。
次の劇として自作『夏休み』を1時間以内に短縮したものの上演を考え、劇の練習を始めた。
夏休みに久喜市内の学校との合同発表会を行う予定。何かを立ち上げることは楽ではないが、その苦労に見合うだけの何かがある。

2004.5.20(木)

カッコウ / 「オリエンタリズム」(サイード著)読了

朝4時、今年私にとって初めてのカッコウの声を聞いた。
また、今年も夢うつつにカッコウの声が聞けることが嬉しい。

昨日は通勤路の横にある小さな葦原でオオヨシキリの仰々しい声を今年初めて聞いた。
季節の移ろいを気温の変化だけでなく、鳥の囀りからも感じられることは嬉しいことだ。


ニューヨークのテロについての積極的な発言で知られる、サイードの代表作『オリエンタリズム』読了。
「西洋(オクシデント)によって表象されたオリエント(中心はイスラム)」、そのオクシデント側の眼差しに内在するものについて書かれた、上・下巻の読み応えのある書物は多くのことを考えさせるものであった。
この書物を読む中で思考したことは、あとでじっくりアウトプットしていきたい。

2004.5.16(日)D

「ハリー・ポッター 秘密の部屋」と「バグズライフ」

この2週間で観た映画は2本。ハリー・ポッター・シリーズ第2弾「ハリー・ポッター 秘密の部屋」「バグズライフ」
「ハリー・ポッター」のような映画は好みではない。作者しか知らない何かが解決策として登場してくるので、何でもありというところがいただけない。しかし、これだけの長い映画なのに、飽きずに見られるということ。これは学ぶべきものがある。

「バグズライフ」は「トイ・ストーリー」のジョン・ラセター監督作品ということで、興味を持ってみた。
私は種の違う生きものを、或る生きものを善、或る生きものを悪、として描く手法は好きではない。
更にその生き方から奴隷制を思い浮かべてしまう蟻を善として描いているということで、最初はひいてしまったのだが、やはりジョン・ラセターという監督は天才だ。同じピクサーの作品と比べてもラセターが監督していない「モンスターズインク」などとは比べものにならないくらい、自分にとっては面白かった。世間では「モンスターズインク」の方が評判がいいようだが…。

ジョン・ラセター監督は1987年、広島国際アニメーションフェスティバルで表情のない大小二個の子ライトと親ライト卓上ライトを人間のように描いた「「ルクソーJr.」で第1位に選ばれた監督(この時の審査委員長は手塚治虫だった)。この素晴らしい才能が紡ぎ出す作品は、自分が好きではない題材であっても、魅力ある作品とする力業をもっていると感じた。

ピクサーはディズニーとの提携を解消するが、解消前の最後の作品となるのが、ジョン・ラセターの4作目の監督作品“Cars”。クルマが主人公のアドベンチャー作品だという。この天才がどんな作品を紡ぎ出してくるか、今から楽しみだ。

2004.5.16(日)C

心に残った自然・芸術   〜この2週間を振り返って〜

5月8日(土)〜9日(日)の那須・塩原方面への旅。その訪問先の一つが、沼原湿原。一周約一時間の軽いハイキングができるコースだ。標高が高く、乙女の滝からそれほど離れているわけではないのに、この写真でわかるように木々の芽吹きはこれからといったところだ。私は、このような枯れた風景も大好きで、心が動かされる。

こんな枯れた風景の中を歩きながら足下に注意を払うと、春の息吹がそこかしこに感じられる。そのうちの一つが写真の春竜胆(ハルリンドウ)。
4月12日(日)の「徒然なるままに」で紹介した筆竜胆(フデリンドウ)にとてもよく似ているが花の色、形、特に葉の付き方は微妙に違っている。
実はハルリンドウを見るのはこれが初めて。初めての出会いというのは心が騒ぐものだ。

その後、那須のエミール・ガレ美術館へと向かう。このところ一番のお気に入りのガレだ。
この美術館のガレもよかった。

この季節、渓流沿いは森の交響曲の舞台だ。
私の作品の中に「森の交響曲(シンフォニー)」という作品があるが、その第三楽章で描かれる世界が、この塩原渓谷で体験できる世界に近い。
川面を転がっていくカジカガエルの口笛に似た響きは、アマガエルの声を蛙の声と認識している人にとっては、これが蛙の声とは思えない、美しい響きだ。この季節の渓流歩きは、音も楽しい。

そして最後の仕上げは露天風呂。塩原温泉は箒川沿いに素敵な露天風呂がたくさんある。
その中につかりながら聞く、カジカガエルの声はかくべつだ。オオルリ、クロツグミ、ジュウイチ、シジュウカラ、キセキレイ、ミソサザイの囀りも然り。私が劇 を作る際に大切にしている、ポリフォニーとはこのことだ。大好きな作曲家、マーラーも、このポリフォニーを大切にしていた。
空中を見ればエミール・ガレがモチーフとして何度も取りあげたカゲロウが儚げに舞っている。成虫になった後は餌も食べず水も飲まず、短い命を燃やし、そして水面に落ちていく カゲロウ。その儚い命のドラマを温泉につかりながら眺めることもできる。
五百円の入浴料で堪能できる、自然のドラマの数々にアルコールなしで酔うことができる。アルコールがあれは更に…(体にはよくないらしいが…)。
しかし…、自然のドラマを堪能した後には、背中からお尻にかけてたくさんの虫さされの跡が…、ブヨだろうか?
これからの季節、露天風呂は虫対策を考える必要がある。

2004.5.16(日)B

地味な花   〜この2週間を振り返って〜

5月8日(土)〜9日(日)の那須・塩原方面への旅。
その中で見つけた地味な植物。
地味である。なんとも言えずただひたすら地味である。二枚の葉の下に咲いているのがこの植物の花だ。妻が「これが花なの」と言っている。

ところが、この植物、実は知る人ににとっては実に高貴な植物なのだ。名前を双葉葵(フタバアオイ)。そう徳川家の紋「三つ葉葵」は、このフタバアオイの葉を図案的に三枚組み合わせたものなのだ。実際は三つ葉葵という植物は存在しない。
更にこの植物、京都の賀茂神社の神紋で、葵祭の葵とはこの葵を指す。

春の妖精に例えられるギフチョウという春にだけ現れる美しい蝶の幼虫の食草でもある。昆虫好きにとってはこの渓流沿いで一番魅力的な植物かもしれない。
それにしてもこのような地味な植物を家紋に使う当たり徳川もなかなかやるなと思ってしまう。
なんとも言えず地味な植物でも、この植物と人間の関わりを知ることでとっても魅力的な植物となる。

2004.5.16(日)A

銀竜草(ギンリョウソウ)から思い出すこと   〜この2週間を振り返って〜

5月8日(土)〜9日(日)の那須・塩原方面への旅。
8日の午後は塩原渓谷遊歩道・ヤシオコースを歩いた。秋に歩いたばかりのコースであるが、同じコースを季節を変えて歩くというのもまたいいものだ。
ヤマツツジ、トウゴクミツバツツジ、シロヤシオ(ゴヨウツツジ)といったツツジの仲間が美しい花を咲かせていた。
それもとても印象的なのだが、それ以上に私を惹きつけたのが銀竜草(ギンリョウソウ)。

葉緑体をもたないためこのように真っ白だが、イチヤクソウ科に属する植物だ。この姿を銀の竜に見立てた命名は見事だ。別名、幽霊茸(ユウレイタケ)。こちらもよく雰囲気をつかんでいると思う。

この花を見ると思い出すのが、前任校・久喜市立太東中学校の林間学校だ。訪れた場所は志賀高原・岩菅山。当時、総合的な学習の時間などというものはなかったが、私は学活の時間を使い、下見で確認した鳥の鳴き声を教えたり、そこで見られる花を紹介するなどした。ただ、頂上を克服を目指し、登り切ったはいいけれどもう二度と山になど行きたくないというような根性重視の苦行僧的登山は行いたくなかった。

事前の学習が功を奏し、生徒が目の前に現れる花や鳥に興味を持ってくれた。
黒地に白い星模様のついたホシガラスが現れたり、先頭を行く生徒たちから「カケスが出ました」という連絡が入ったりと、それはそれは楽しい登山だった。
頂上にたどり着き、下山途中で見つけたのがこの花・ギンリョウソウ。一緒に歩いていたクラスの生徒はこの花の不思議な魅力に捉えられた。この花を囲んで、この花の魅力を語る自分とその話に目を輝かせて聞きいる生徒たち。今・総合的な学習の時間で私が求めているのはこんな学びの姿勢だ。少なくとも教師→生徒という一方的な学びの場ではなかったのではないかと思う。この時一緒に花や鳥を楽しんだ生徒は、きっとこの後の山登りでも「この花なんだろう」などと考えてくれているはずだと私は思っている。

登山の後、夕食のバーベキューが美味しかったこと。そして、その後行われたキャンプファイヤー。
暗闇の中に浮かび上がる炎、その炎に浮かび上がる朗読隊、そして谷川俊太郎の「生きる」の詩が、闇と炎の中を静かな響きとして流れていく。実行委員達の目から涙がこぼれ、そしてその涙は波紋のように伝わっていった。
炎がすべて消えた後、打ち上げられた花火の美しかったこと。

ギンリョウソウの花はあの頃を思い出させてくれる。
翌年から林間学校はスキー体験学習となり、このような感動的な体験の場はなくなってしまった。
教師は楽になったが、その反面失ったものは大きい。

2004.5.16(日)@ 

落とし文   〜この2週間を振り返って〜

5月8日(土)〜9日(日)の二日間、那須・塩原方面に妻と旅に出かけた。
はじめに那須と塩原の中間に位置する板室温泉の乙女の滝に出かけた。
そこでちょっと気に入ったものを見つけたので写真に撮った。

昔の人はこれを「ホトトギスの落とし文」と呼んだそうだ。
ホトトギスの仲間が南の国から日本に渡ってきて、鳴き始める頃に、これが見られるからだという。
「落とし文」とは、人前では言えないことを紙に書いて、わざと道に落として、誰かに呼んでもらうようにした文章である。まあ、そんなことをして書かれる文章は大体悪口であろうから、教育者である私にとってこの落とし文という響きはそれほどよいものではない。しかし、なかなかうまく命名したなとも思う。

この「落とし文」を作ったものはオトシブミと呼ばれているとっても小さな昆虫だ。ファーブルも「昆虫記」の中でこの作り方を描写している、子どものためにそれを翻訳した奥本大三郎版「ファープル昆虫記」ではこの虫を扱った章のタイトルが「オトシブミのゆりかご」となっている。なかなか素敵なタイトルだ。小学校の国語の題材としても登場するのだと、妻が話していた。妻は、これを写真に撮り、「よい教材ができた」と喜んでいた。

これは乙女の滝に至る階段にたくさん落ちていた。そのいくつかは踏まれてぺしゃんこになっていた。まあ、それではかわいそうと、階段横の土の上に移動させたが、ファープルがもっていたのと同様の好奇心から、この中が見たくて仕方がなく、そのうちの一つの中をのぞかせてもらった。
そうしたら、写真のようなちっちゃな卵を一つ見つけることができた。包んでいる葉は、ブナだった。

現在里山写真家として活躍している今森光彦が『昆虫記』という写真集で、オトシブミがこれを作る過程を丁寧に写真に撮っている。
「一寸の虫にも五分の魂」と諺にあるが、私は一寸の虫に畏敬を感じる。

2004.5.3(月) 

美をたずねて 「栄光のオランダ・フランドル絵画展」「エミール・ガレ展」 

今日は妻と美術を楽しみに東京に出かけた。本当は明日出かける予定だったが、天気予報を見て予定を一日繰り上げた。
今日楽しんだのは、上野の東京都美術館の「栄光のオランダ・フランドル絵画展」と赤坂見附のサントリー美術館の「エミール・ガレ展」
フランドル絵画展ではフェルメールの「画家のアトリエ」が公開されている。私は画家が絵を描いているという主題が好きだ。それは自作の劇の多くが演劇を作るという過程を描いた劇であるという嗜好と響き合うからだ。ベラスケスの有名な「侍女たち」も好きな絵の一つであるし、その絵について一章を与え 表象について語るミッシェル・フーコーの「言葉と物」も魅力的な本だと感じている。
ただ、絵画展に出品されたフェルメールの絵が「画家のアトリエ」一点だけだというのは寂しかった。フェルメール以上に好きなレンブラントの絵もあったが…。

今日、ずっとそこにいたいと思うほどの深い感銘を受けたのは「エミール・ガレ展」
最近の自分にとってガレは最も心が動かされる芸術家の一人となっている。
彼がガラスに描き出すのは蟷螂、蝉、蜻蛉(トンボ)、蜻蛉(カゲロウ)、蛾、蝙蝠、海月、一夜茸といった多くの人がグロテスクと感じている生きものだ(どれも片仮名ではなく漢字で書きたくなる生きものだ)。 自分にとってはグロテスクどころかどれもこれも魅力的な生きものばかりだが。その魅力を芸術作品中でこれほど見事に表現した作家がいるだろうか。
彼がその生きもの共にガラスに刻み込 んだ言葉もいい。たとえば

「ひとりぼっちのわたし、ひとりぼっちでいたい」
「夜のやさしさは、ふさいだ心を愛撫する 夜の静けさは傷ついた心を癒してくれる」(モンテスキューの詩集「蝙蝠」から)
「過ぎ去りし苦しみの葉」(メーテルリンクの象徴詩から)

最初の言葉は自分が「ときめきよろめきフォトグラフ」で描いた、誤解され続ける宿命のゆき絵という少女の思いと響き合う。ひとりぼっちはいけないと単純に考える価値観が、時に人を追いつめ苦しめるときがあることを教師は知っておく必要がある。
モンテスキューの詩は教育者としての自分が大切にしていることを語っている。光だけでなく闇も見つめていこうという姿勢と響き合う。自分が光だけ見つめるような存在では、傷ついた心には本当の意味で触れることはできないのではないかと考えている。
最後のメーテルリンクの詩の一部が刻み込まれた「枯葉文花器」はガレの作品の中でも特に心惹かれていた作品で、今まで写真でしか見たことがなかったものに出会えた喜びといったら…( ※ちなみにこの「枯葉文花器」は「エミール・ガレ 人と作品」(中公文庫)で見ることができます)。

自然の懐の中で世界を楽しんだ昨日とは一見全く違った世界と思われることの多い芸術鑑賞。ガレの作品が自然と密接に繋がっているように、自分の中でも昨日と今日は密接に繋がっている。

2004.5.2(日) 

ハイキング 塔のへつり〜湯野上温泉 

医者からこれからはハイキングなどしてどんどん歩いた方がかえっていいというアドバイスを受け、それならということでハイキングに出かけた。出かけた場所は福島県会津南部の下郷町を流れる大川沿いにある、塔のへつり。そこから電車で一駅先の湯野上温泉まで歩くことにした。歩行距離約6q、およそ2時間のハイキングを楽しんだ。今日楽しんだ思いを大好きな俳句で綴ってみたい。

 かたまつて薄き光の菫かな        渡辺水巴

オオタチツボスミレ、平地でも見られるタチツボスミレと比べて大きい。花の後ろにある距(きょ)といわれる部分が、白いのが特徴。
日陰に咲いていたが、菫自らが光を発しているような気がした。

 

 

 かたくりの一つの花の花盛り      高野素十

万葉の世から有名な三毳山のカタクリの大群落とは違って、ぽつりぽつりとカタクリが咲いている。
三毳山をはじめとする一面のカタクリもいいが、ここのカタクリもまた趣があっていい。

 

 

この沢やいま大瑠璃のこゑひとつ  水原秋桜子

自作の劇の中で出演回数が一番多い鳥オオルリ。この夏鳥と一年ぶりの出会いをした。かなり近くから撮ったのだが、スコープを使わないと苦しい。さてオオルリはどこにいるでしょう。

 

好きな俳句を思い浮かべながらの度は楽しく、あっという間に2時間が過ぎていった。旅の仕上げとして大川のほとりにある湯野上温泉郷同露天風呂に入った。鳥の囀りを耳にしながら、対岸の先にある山々の新緑と山桜をながめながら自然と一体化していく。

  春の水とは濡れてゐるみづのこと  長谷川櫂

露天風呂から眺める大川の流れは、冬の水とは違った暖かさを感じた。暦の上では後三日で立夏であるが、今日感じた季節はやはり春。

  今日何も彼もなにもかも春らしく  稲畑汀子

2004.4.30(金) 

エッセイ - 入院中の読書、そしてそこから導かれるある過去 

今回の入院中に読んだ本は今までの入院で読んだものとは趣を異にしている。入院中に読み終えた本は次の通り。
「カウンセリングを語る(上)(下)」(河合隼雄・著 講談社α文庫)
「ツァラトゥストラ(上)(下)」(ニーチェ著 ちくま学芸文庫)
「犀」「椅子」 「授業」(イヨネスコ著 白水社)

入院という気が滅入る体験には、ハリーポッターシリーズのような気軽に読める本が最適だと思われるが、今回選んだ本は臨床心理学、現代哲学、そして不条理演劇と気軽に読める本ではない。しかし、こんな本を読んでみようと思うくらい、今回の入院は過去のものと比べ苦しいものではなかった。

一番苦しい体験であった最初の入院を思い出す。あれは20代の終わり、声帯ポリープでの入院だ。
あの頃の自分は、英語の歌を通して、英語の楽しみを教えるということにかなり力を入れていた。そして、毎回の授業で生徒とともに熱唱する自分がいた。時々声がかれることもあったが、声はすぐにもとに戻った。しかし…、ある時を境に声はもとに戻らなくなった。
声帯ポリープができてしまったのだ。医者は手術をしないかぎりもとのように声が出るようにはならない、ということを告げた。

仕事に支障をきたさないように、冬休み直前に手術日を設定し、冬休み終了とともに職場に復帰できる計画を立てた。自分は、この手術をそれほどたいへんな事とは考えていなかった、手術にも気楽に望んだ。ところが…
その時の麻酔は意識だけが残る全身麻酔、全身の感覚はないが意識のみしっかりしている。
医者や看護婦の言葉がはっきりと聞こえてくる手術だった。手術の時間がとてつもなく長く感じる、手術の途中で息が苦しくなる。看護婦の「息を吸って」「息を吐いて」という言葉に合わせて意識的に息を吸ったり吐いたりする 。普段意識にのぼらない呼吸をこのように意識するということはとてもつらい体験だった。手術が終わった後も呼吸は意識してしかできない状況だった。
酸素マスクを付け、一回一回吸う、吐くということを意識しながらの呼吸、その時はこの状態がどれだけ続くことがわからないという不安に苦しんだ。呼吸困難という言葉は大げさかもしれないが、そのときの自分にはその言葉がふさわしく思え た。あ と10分で落ち着きますとでもいわれれば我慢ができるのだが、いつこの状態が終わるのかわからないでいるという不安が1分という時間をとんでもなく長い時間に感じさせ た。そしてこの状況は結局3時間続いた。 たかが3時間、しかしこの3時間は長かった。
一回一回の呼吸を意識しながらした3時間は心の深いところに傷を作り、その後、自分は何度も何度もこの傷に苦しめられることになる。

退院してすぐ、大好きな黒澤明監督の『赤ひげ』がテレビで放映された。
わくわくしてみていた自分なのだが、途中で気持ちが悪くなってしまった。それはある男の最期をリアルに描いたシーン。その苦しみの息遣いがあまりに素晴らしく、その素晴らしさが手術を思い出させた。映画を見続けることができなかった。

手術から半年後、現在の妻と出会った。そしてある日私は彼女を映画に誘った。ギリシャのテオ・アンゲロプロスやロシア(当時はソビエト連邦)のアンドレイ・タルコフスキーが大好きだった自分も、デートでそのような映画 に誘うほど変わり者ではなく、その当時ヒットしていた、『バットマン』を選んだ。映画館は春日部のロビンソンシアター。
映画が終わった後は、映画の話題から2人の会話に華が咲くはずだった。
『バットマン』のクライマックスは正義の味方バットマンと悪役ジョーカーとの対決。ジョーカー役のジャック・ニコルソンは主役を食ってしまうほどの怪演でそれはそれで気持ちよかった。しかし…、ジョーカーは人々をパニックに陥れるため、毒ガスをまき散らすのだった。毒ガスにのたうちまわる人々。こんなシーンがあるなんて知らなかったぞ。みていて、苦しくなった。冷や汗が流れ、目を開けていることができなくなった。映画館を出るときには真っ青になっていた。
私の中学三年の時の友達は『エクソシスト』でそんな状態になったが、『バットマン』でそんな状態になる人はそうはいまい。
正直な話、後少しで映画の途中で劇場を飛び出してしまいそうだった。
あの時のこと、今では笑い話となっているが、あの時は笑えなかったなぁ。


本入部が始まり、部活の入部届が届き始めた。新入生で今現在6名分の入部届が届けられている。
突然の入院で、仮入部期間に一度も部活に出ることができなかったが、部員の話を聞くとやる気のある1年生が意欲的に仮入部に参加してたらしい。ここに来て、自分なしで活動に取り組んできたことが生きていると感じる。
関東中学校演劇コンクール前の自分たちだけの練習は、辛い経験もたくさんし、時に涙も流した彼女らであるが、今回その経験が大いに役に立っているといっていいのではないだろうか。連休明けには本入部してきた1年生との本格的練習が始まる。楽しみ、楽しみ。

2004.4.29(木) 

エッセイ - 入院、そして復帰までのこと

昨日、2週間ぶりに復帰した。職場への復帰である。
長い2週間だった。2週間ちょっと前の新入生歓迎会の日が、随分昔のことに思える。
この2週間を振り返ってみよう。

新入生歓迎会の行われた4月12日(月)、前日から、胃のあたりが苦しかったのだが、この大切な日のためにがんばってきたことを考えると、我慢してでもこの会をこの目で見なくてはならな いと思い苦しみながら学校に出かけた。実行委員、生徒会、二百人の有志ががんばりで新入生歓迎会は成功といっていい、そんな取り組みとなった。

会がうまくいった喜びに心は軽くなったが、胃の痛みは増すばかり。給食はムースしか食べられなかった。
立っていることもつらい痛みが「医者にいったほうがいいよ」と囁くのだが、その後、大切な保護者会全体会と学級懇談会があるのでそういうわけにもいかない。保護者会全体会の自己紹介では、あまりの痛みから自分の名前を言うのを忘れてしまった。
学級懇談会は、気が張っていたためか一時的に痛みが和らいだような気がした。会は笑いに満ち、和やかでとてもアットホームな感じで進んだ気がする。それは痛みのための幻覚ではなかったと今思うのだが、どうだったのだろう。

会は役員決めとなり、自分は一時退室した。胃の痛みは尋常なものではなくなる。医者が閉まってしまうことが心配になり、保護者にあいさつして病院へと向かった。
かかりつけの病院に行って痛み止めの点滴をしたのだが、痛みは全く引かない。医者も「これはおかしい」ということで済生会栗橋病院に連絡を取り、そこで緊急の検査を受けることになった。
結果、腸閉塞または急性虫垂炎の可能性があるということで、その場で入院が決まった。

翌日、胃の痛みは盲腸を指し示す腹部右下に移った。それが盲腸の痛みの典型的な推移であるということは後で聞かされた。
まず盲腸、正式名では急性虫垂炎(盲腸と虫垂は違う)に間違いないだろうということで、その日の午後に手術することが決まる。

午後二時から手術。全身麻酔というのはすごい。すごいというか怖い。 点滴から薬が注入され、「眠くなりますよ」と言われてからの記憶が全くなく、次の記憶は夢うつつの中で「斉藤さん、斉藤さん」と名前を呼ばれて目覚めたこと、 その時には手術は終わっていた。
「斉藤さん、手術無事終わりましたよ」 と担当医から言われて、「えっ」という感じだった。
これが3度目の手術になるが、過去2回の手術に比べて記憶がない分、楽だったと感じる自分。しかし、人間ってこんな簡単に意識がなくなってしまうものなのだと複雑な気分になった。あのまま、目を覚まさないで自分が意識を失ったということも知らない自分を想像すると怖い。

炎症は虫垂だけにとどまらず、盲腸にまで及び切り取った部分には壊死して黒くなっている部分もあったと医者から伝えられた。妻はそれを見たらしく確かにそうだったと言っていた。 虫垂を取るだけなら、三日くらいで退院できるだろうといわれていたが、腸の部分まで炎症が広がっていたため腸の一部も切り取らなければならなかったこと、また腹膜炎の一歩手前だったこと、腹水がたまっていたことなどから三日の入院というわけにはいかなくなった。入院は最低でも一週間といわれた。
後少しで虫垂が破裂した可能性もあったという。そうなれば1ヶ月は復帰できなかったことを考えると、それよりはよかったと考えた。
しかし、学校には大変な苦労をかけることになってしまったが…。

回復は順調だった。9日間の入院と自宅療養を経て、昨日復帰となった(実際は、医者から指示された一日前に学校に行って授業の準備をしたのだが)。
一度も授業をしないうちに、入院となってしまったため、昨日が初授業。ちょっとドキドキしたがとてもいい感じで最初の授業ができた。

それにしても自分のからだはどうなってしまったのだろう。教員になってこれで4度目の入院。
正直な話、もう病院の厄介にはなりたくはない。実は以前の手術は、トラウマになるほどの苦しい思い出となっている。
そんな苦しい思い出も次第次第に薄れてきた今、やっとあの頃を振り返ることができるようにもなった。
自分にとってはトラウマとなるようなことでも、傍から見るとこれはかなり滑稽な話にもなる。そんな日々を振り返ってみようかと今思っている。

2004.4.11(日)

クライアントについて書かない

河合隼雄の「カウンセリングを語る(上)」を読み進めていくなかで、膝を打つ文章に出会った。

私は(クライアントについて)絶対しゃべらないぐらいの方法をとっていますけれども、われわれの場合、非常にジレンマを感じますのは、私が本当にやっている話をここでした方が、みなさんもっとよくわかるでしょう。みなさんに話をするときにはみなさんのためになるのだったら、ある程度は実際にやっていることを話したほうがいいのじゃないかという気持ちと、そんなことをやっていたのでは私の職業は守れないというジレンマがものすごくありますが、私はいまのところ、やっていることをしゃべらない方に賭けています。

いい、いい。この姿勢で文章を書いているから、私は河合隼雄に共感するのだ。私は、やっていることの一部はここに書いているが、生徒のこと、それも生徒指導と呼ばれているようなことにかかわることは極力書かないようにしている。
演劇部での活動も同様だ。

以前、面識のないある方が上演劇の感想として
「能力のある子ばっかりなら全然問題なくこなせてしまうけれども学校の部活ってそういう子ばかりじゃない」
「(私は)何の取り柄もない子でもせめて3年間演劇部でなんかやって、やり終えて卒業させてやりたいなと考えています」

ということを書いてきた。
どうやらその方は上演劇を見て、私の演劇部の生徒はもともと能力が高い子ばかり集まっている、または集められていると感じたようだ。
私がその方と決定的に違うのは、私は世間で「たかが中学生」と思われている中学生の一人一人が、おもわず無限という形容詞を使いたくなるような、素晴らしい能力を持っているということを本気で信じているということなのだと思う。
その方がいう「何の取り柄もない子」の能力も含めて信じているということなのだと思う。
「何の取り柄もない子」ってどんな子? おそらく、その方がそう思うような生徒とも私は一緒に活動してきたと思う。ただ、私はその方がそう思うような子を「何の取り柄もない子」とは感じない。
3年間ただやり終えただけでなく、取り柄といえるものを手に入れたと感じて卒業してもらいたい、私はそう思う。
さて、そんな思いで取り組んでいる具体的な実践を通して語ったら、それはそれは面白い読み物となることだろう。しかし、それは多くの生徒のプライバシーを侵害することになる。 私はそれ (所謂多くの人から「何の取り柄もない子」と 思われるような生徒が、演劇部の活動を通して成長していくドラマ) を語らないで 、演劇教育を語っていきたい。それにはどんな方法論が有効なのだろうか。

2004.4.10(土) A

青い花  - 花と温泉の旅 龍王峡から川治温泉 - 其の二

ハイキングの途中、小さな青い花を見つけた。フデリンドウ(筆竜胆)。
この青い花は個人的にとても思い出深い花だ。

この花を初めて認識したのは、忘れもしない黒浜中学校での勤務、最後の日。
初めて教員になってから10年務めた黒浜中学校を去る3月31日。私は朝の新聞を見て愕然とした。なぜか毎年紹介されていた移動する教員が載っていないのだ。自分の異動を自分の口で演劇部員に伝えるということはとてもつらく苦しいことだった、できれは部員が新聞を見てそこで知り、覚悟を決めて部活に来てほしかった。しかし…。登校してきた演劇部員は皆笑顔だった。
そんな笑顔の生徒たちを集めて、異動の話をした。そして、何度も自然観察に訪れた黒浜沼に出かけることを提案した。
私のあとを継いでくれる顧問の先生のためにも、お別れ会的なしめっぽくて、後を引くような別れはしたくなかった。今後のしっかりした見通しも話し、部員達もちょっと安心し、笑顔での自然観察会が始まった。そんなとき、部員の一人が
「先生、この青い花なんですか」
と聞いてきた。それが、この花だった。
私は、この年免許外で1年生の理科を担当したことから、学校周辺の草花を覚えた。そして、覚えているうちに草花に興味を持った。わからない草花を見つけると、すぐに理科の先生に聞き、それでもわからない時には図鑑で調べた。そうしてこの周辺の植物ならほとんどなんだかわかると言えるくらいになった。しかし、この花は何かわからなかった。外国からの園芸種か何かではないかなどとも思った。
「離任式で来る時までに、調べておくよ。これはみんなとの思い出の花になったね」
そして離任式の時に宿題の答えを話した。
「あの花はフデリンドウでした」

そういえば太東中最後の日も自然観察に出かけた。そして、そこで最後の最後に見たのが青い鳥・カワセミだった。
私は神秘主義者ではないが、そんな自分さえ二つの偶然を意味あるものと考えさせる。青はそんな色だ。

「青い花」という小説で有名なノヴァーリスに次のような文章がある。

すべてのみえるものは、みえないものにさわっている。
きこえるものは、きこえないものにさわっている。
感じられるものは感じられないものにさわっている。
おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう。

好きな文章の一つだ。
フデリンドウ。あの後、急に目にするようになった。急に増えたなどということはない。今までは目にみえているのに、みえていなかったのだ。「みえるもの」と「みえないもの」、それは 私自身 の世界が変わることで変わってくるものなのだと思う。
今の私がみえているものがさわっている、みえないものとはいったいどんなものなのだろう。

2004.4.10(土) @

ネーミングの面白さと「めずらしさ」についての思考 - 花と温泉の旅 龍王峡から川治温泉 - 其の一

先週に引き続き、目覚めると絶好のハイキング日和ということで、妻と一緒に龍王峡に出かけた。今回は電車での旅を選択した。
龍王峡駅から川治温泉までの歩行距離7.5qを歩いた。龍王峡のスタート地点では人がたくさんいたが、10分程度歩いたあたりでは
まばらに、更に30分も歩くと人は一人もいなくなって静かなハイキングとなった。

今日も素敵な花や鳥などの生きものに出会った。
今日は龍王峡で出会ったちょっと素敵な名前が付いている植物を紹介したい。

ザゼンソウ

座禅草。形が達磨が座禅している姿に似ているからだそうです。なんとなくわかる気がします。花の香りは悪臭。

ミズバショウ

水芭蕉。芭蕉という木があるのをご存じですか。水の中にある芭蕉ということで、水芭蕉。一般に花と呼ばれる白い部分は植物学的には花ではなく、花はその中にある棒状に密生するつぶつぶのことです。

ヒトリシズカ

一人静。花を静御前の美しい舞姿に例えたものだそうです。取りで静かにしていることが好きな自分にとって、親しみを感じる花です。確かにひっそり静かに咲いています。

ヤブレガサ

破れ傘。若い葉が出てきたこの状態の時に、破れた傘をすぼめたような感じなのでこの名前がついたそうです。花は地味なので、この植物の一生で一番印象的なところに目をつけたと思います。

キクザキイチゲ

菊咲一花。この仲間は普通花びらが5枚なのですが、これは菊咲きで一輪の花をつけるのでキクザキイチゲです。これから満開となる花ですが、気の早いものが一輪だけ咲いていました。

ショウジョウバカマ

猩々袴。花を猩々の赤い顔、葉を袴に見立てたものだそうです。猩々は中国の想像上の怪物で、体は狗や猿の如く、声は小児の如く、毛は長く朱紅色で、面貌人に類し、よく人語を解し、酒を好むと広辞苑で説明されています。

漢字で書くと、単なる文字の羅列ではなくなり、名前に親しみを持てるようになると同時に、名前を記憶しやすくなる。図鑑を買う時は漢字での表記がなされているかどうかも選ぶ時のチェックポイントの一つだ。

先週はハイキングの途中、ヤマドリとの3度目の出会いを経験したが、今日はオオアカゲラという美しい啄木鳥の仲間と4度目の出会いを経験した。私は「めずらしい」オオアカゲラにときめいていた。
身近な自然を愛する自分は、「めずらしい」ものだけを追いかけるなどという自然とのつきあいは絶対したくない。しかし、私は「めずらしい」オオアカゲラにときめいている気持ちに素直でいたい。最近はそんなふうに考えることが多くなった。ストイックすぎるのは自分には似合わない。10分以上オオアカゲラを眺めながら、そんなことを考えていた。

4時間かけて川俣温泉に到着し、柏屋の露天風呂で男鹿川を眺めながら疲れを癒した。


電車の旅は時間を有効に使うという意味でも最適だ。行き帰りの電車の中で本を読み、そして疲れたら寝る。
「動物と人間の世界認識 〜イリュージョンなしに世界は見えない〜」(日高敏隆・著 筑摩書房)を読み終え、続いて「カウンセリングを語る(上)」(河合隼雄・著 講談社)を読み始めた。ただ、それらの本を背負って歩くので(一冊はハードカバー)、歩く時はつらいのだが。

2004.4.5(月)

手品の番組から昔を懐かしむ

日本テレビ・スーパーテレビ特別版 「世界一のトリック…あなたは見破れますか…?天才マジシャンの奇跡の指先緊急公開」 (うーん、長いタイトルだ)を懐かしい思いと驚きをもってみた。
まずは懐かしさから語りたい。
懐かしさその1。番組は先代・引田天弘やMr.マリックがマジックを販売している大手・テンヨーの実演販売員だったことを紹介していた。そこから、大物マジシャンが多数育った。実は 私も大学時代テンヨーの実演販売 を行っていた。ずいぶんたくさんのところで実演販売をしたものだ。池袋東武、八重洲ブックセンター、上野松坂屋、銀座三越、丸善、船橋東武、そして今働いている久喜市にある久喜のヨーカ堂でも実演販売をしたことがある。この経験、今 、大変役に立っている。

懐かしさその2。アメリカロサンゼルス、映画の都ハリウッドにあるマジックの聖地「 マジックキャッスル」。ここはマジック愛好者 で構成される会員のための場所で、一般の人は入ることができないのだが、私はカリフォルニア在住のアメリカ人マジシャンの案内でこの城に入ることができた。今から20年前のことだ。 私を家族の一員としてさまざまな場所に連れて行ってくれたホストファミリーの入場も許可してもらい、恩返しができたと喜んだことを記憶している。

懐かしさその3。懐かしい思いで胸がいっぱいになった一番は番組でランスバートンが紹介されたこと。現在の彼はラスベガスのモンテカルロホテルに専用劇場を構え、 13年間130億円という驚異の契約を結んだマジック界のスーパースターだ。
あれは1983年、私が英語教師になった年のことだった。彼はマジックのオリンピックと言われているFISMでの優勝というタイトルをひっさげて来日した。私はどうしても彼のマジックを生で見たいと思い、三越劇場に出かけていった。
何度も何度もビデオで見直した彼のショー。それはビバルディーの「四季」にのって演じられる鳩を使ったマジックだ。強烈なアピールといった、拍手強要の押しつけなど決してない、静かな美しさにあふれるショーであった。静かで深い感動は 私のからだ全体に染み 渡り、ショーが終了した後、しばらく座席を立てなかったことを 脳は身体感覚として記憶させている。

ショー終了後、私はその感動をショーの手伝いをしていたマジックナポレオンズに夢中で話した。ナポレオンズの二人は、私をショーを終えたランスバートンがいる楽屋に連れて行ってくれた。そこで 私はあこがれのランスバートンに会い、先ほど見たショーの感動を夢中で話したのだった(英語ではこの思いを伝えきれなかったことも記憶している)。彼はとても喜び、 私にサインを書いてくれた。マジック界の世界的スター、ランスバートンの直筆のサイン。 「なんでも鑑定団」に出したらどれくらいの価値がつくのだろうか。妻が言うことには、私の名前が書かれている分、価値は減るのだという。
ただ、妻は今日の番組を通してランスバートンという人物の偉大さを知ったため、少なくとも妻にとってはこのサインは価値あるものになったようだ。

さて、今日の番組にはメンタルマジックの巨匠、マックス・メービンも登場した。私は彼とも会って話をしているが、来日した彼からもらったサインにはマックス・名人と書かれている。当時、彼は日本での仕事を探していた。日本ではマックス・メービンではなくマックス・名人として仕事をしようとしていたのだった。
国会議員の学歴詐称が問題になったばかりである。まあ、私の話が嘘ではない証拠くらいは提示しておこうか。

ランスバートンのサイン

マックス・メービン(名人)のサイン

おっと、このようなサインの紹介は、有名な歌手やスポーツ選手と一緒に写真に写って「すごいでしょ」と言っているようなものか。私としては、若き日の淀川長治があこがれのチャップリンに会って話をすることができた時のことを、自伝のなかで夢中で語ったのと同じ思いでここに書いているつもりだが…。
えーいついでだ、ここで教師になった自分へのマジックナポレオンズからのメッセージつきサインも紹介してしまおう。

マジック・ナポレオンズのサイン

ボナ植木

同サイン

パルト小石

こんな世界から教師になった自分であるが、このような世界を体験したこと、今とてつもなく役にたっているのだな。
多くの生徒は「何で(マジシャンにならずに)先生なんかになったんですか」と尋ねてくる。
彼らにとってはプロマジシャンと比べたら、教師は「なんか」という言葉を使いたくなる仕事なのだ。
でも、プロのマジシャンが教師になることだって簡単ではない。私は教師になりたくて教師になった。

2004.4.4(日)

「悲劇の誕生」(ニーチェ著 ちくま学芸文庫)読了

ニーチェの「悲劇の誕生」を読み終えた。ギリシア悲劇のコロスは群衆の幻視であり、舞台の世界はコロスの幻視であるという発想が面白い。ただ難解な本であった。寝る前に読むと、すぐ眠気が訪れとて熟睡できた。
久し振りの山歩きで体中が痛い。あの程度の山歩きで…、年齢を感じてしまう。若い頃と比べて痛みが出るのは遅れるので明日はもっと痛いはず。この痛みは幻ではない。

2004.4.3(土)

ハイキングに温泉〜桜山と八塩温泉〜

このところ演劇漬けの毎日を送っていたため、自然の中に出かけたくてしかたがなかった。朝起きるとハイキング日和。もう我慢できない。妻は用事があるため、一人で山に出かけることにした。目的地は群馬県鬼石町の桜山ハイキングコース。これは「ヤマケイJOY春」の特集「花吹雪と温泉〜極上の春山」に紹介されていたコースだ。ハイキングコースの9割が杉林なのには閉口したが、花と鳥その他の自然を楽しむことができた。

ナガバノスミレサイシン

この場所はスミレの種類が多い

ここに紹介したほかにノジスミレ、アカネスミレを見た。

タチツボスミレ

自宅周辺にも普通に見られる好きな花、山で見るのもまたいい。

エイザンスミレ

深山に咲いているイメージがあるが、低山でもよく見かける。

ジュウニヒトエ

十二単というネーミングがいい。

コガネネコノメ

ひっそりと目立たないところに咲いている。

とても可憐な花だ。

アズマイチゲ

清楚な花だと思う。

山道でヤマドリに出会った。人生のなかで3回目の出会い。
4時間歩いて心地よい汗を流し、そして八塩温泉の神水館の河畔露天風呂に入り疲れを取る。
目の前の桜の樹にシジュウカラとエナガがとまった。露天風呂に入りながら鳥を楽しめる幸せをかみしめた。

2004.4.1(木)

ハシボソガラス

久喜中のケヤキの木にハシボソガラスが巣を作り卵を温めている。
巣作りに気がついたのは卒業式の日、この木の下で駐車場係の仕事をしていた時のこと。
命が誕生しようとしている。最近は、嫌われ者となることの多いカラスだが、温かく見守りたいと思う。

ハシボソガラスの巣と親鳥

スコープを使わずに撮ったので写りは今ひとつ。


「長いお別れ」(レイモンド・チャンドラー著 ハヤカワ文庫)読了。私立探偵マーロウが操る粋な台詞の数々。大学生の頃はこのような台詞が大好きだった。ヨーロッパやハリウッドで創られた映画の粋な台詞に酔った。今はきざな言葉にあふれたセリフ回しに抵抗感がある。もっと深いところで酔いたいと思うのだ。

2004.3.29(月)

最優秀賞

2004関東中学校演劇コンクール本番。最優秀賞をいただいた。
本番直前の話では、「賞はどうでもいいから、とにかく一人でも多くの観客の方が楽しいと思ってくれる、そんな舞台をやろうよ」
と話した。部員たちもそれに笑顔で頷いた。今日の舞台は今までで一番、気持ちに台詞がのっていたと思う (久喜中演劇部は台詞に気持ちを込めるというより、気持ちを作ってその気持ちのまま台詞を言うという取り組みを行っている)。
賞はどうでもいいといいながらも、賞があれば賞のことが気になるというのが人間であり、最優秀賞の発表の後、生徒たちは泣きに泣いていた。それはそれで人間らしくていいと思う自分 (もちろん自分も最優秀賞受賞はうれしい)。ただ賞が取れなくても、生徒と素敵な時間を過ごせたという自信はある。

せっかくいただいた最優秀賞、それを中学校演劇のために役立てていきたいと思う。
私のそのような意思表明がどう受け取られるか、それは微妙だ。今までの自分の活動は、誤解(相手にとっては真理)や批判を受け続けてきた。今の気持ちは「ときめきよろめきフォトグラフ」に登場する誤解され続ける運命にある福沢ゆき絵の呟きに近い。
「もうどう思われようといいや」
彼女のその呟きが劇の中で、あきらめではなく、一歩前を目指す言葉として使われるように、自分もそのようなサブテキストのもと「もうどう思われようといいや」という言葉を使いたいと思う。 そして、中学校演劇のために自分ができることをやっていく。

2004関東中学校演劇コンクールは中学校演劇の発展のため、大変有意義であったと今確信している。素敵な大会だった。
久喜から電車で片道2時間半の場所に久喜市内からたくさんの方々が見に来てくれたことは感激だった。
余談だが、2時間半(電車の中でほとんど立ちっぱなしになってしまった)というのは中学生にとって長い道のりだ。リハーサルの時も、今回の本番でも何人かの生徒がたどり着くまでに電車に酔って真っ青になっていた。幸い、すぐに回復したのでよかったが、「もう吐きそうです」といわれた時には、どうなることやらと心配した。
帰りの電車では、最優秀賞が酔いやすい彼女らの最良の酔い止めの薬になったようだ…。

共に大会を創り上げた皆様、お世話になりました。そしてありがとうございました。


今年初めてのツバメを見た。そして今年初めてのウグイスのさえずりを聞いた。春だ。

2004.3.26(金)

部室での最後の通し

今日は終了式。本来なら部活は中止なのだが、関東の本番前ということで特別許可をもらって部活を行った。
自分がいない練習での部員の成長が楽しみだった。期待していた。
そして、期待は裏切られなかった。何度も何度も観た劇なのに、涙がこぼれた。
今までで一番いい出来だったと感じた。部員もそう感じたようだ。
生徒だけの部活は、よいものを作りたいという思いの強さが生み出す苦しみをともなうものだったはずだ。乗りこえなければならない壁も、低い壁ではなかったと思う。
しかし、その壁を苦しみながら乗りこえた彼女らは、ひとりまわりいやふたまわり、それ以上に成長したと感じる。

2004.3.25(木)

新入生歓迎会実行委員会

新入生歓迎会の第2回実行委員会を行った。有志を集める前は3年生を送る会と違って、モティベーションが低く、あまり有志が集まらないかもしれないというような弱音も聞こえてきたが、どうしてどうして、今日の段階で190人を超える有志が集まった。2年生は3年生を送る会を超える有志が集まっている。いろいろ悔しい思いはあったが、3年生を送る会の取り組みは次に繋がっていた。
関東の本番4日前だというのに、演劇部員は全員、新入生歓迎会のために働いている。私にとってそんな部員達は誇りだ。

2時まで新入生歓迎会実行委員とともに活動を行い、それから会議。部活は今日も生徒たちだけでの通し練習。
演劇部員が新入生歓迎会をよいものにしようとして動いていることは、マンネリに陥りがちな劇の練習をするより彼女らを成長させると思う。総合芸術である演劇は、様々な経験をすることそのものが練習であるのだから。

2004.3.24(水)

置き手紙

今日も生徒たちだけでの通し練習が行われた。今日は1年生の保護者会、実は保護者会がはじまる前の時間、通し練習の前半を見ることができたのだが、敢えて見に行かなかった。もし見に行って、よいものができたとしても、それでは部員、特に部長、副部長は満足しないだろうと思ったからだ。
保護者会終了したのは部活終了の30分後、演劇部も部活を終えていた。
職員室に戻ると、机の上に部長からの置き手紙があった。

◆今日は、みんな集中して、とてもいいものができました。これなら関東大会でも自分の力を出し切り、最後には「よかったね」と心から言えるような劇ができると思います。
明日は今日より、更にいいものをやりたいと思います。◆

明日も私は参加できないのだが、任せることが更に彼女らを伸ばすということを確信できる。

2004.3.23(火)

自分たちだけの通し練習は…

昨日から半日授業となった。しかし、自分は職員会議、学級編成会議、学年末の保護者会などで部活に出ることはできない。
生徒は午後の授業がなくなるということで、部活としてもかせぎどきなのだが、こればかりはどうしようもない。
本番まで一週間を切ったということで、今日からは生徒たちだけで通し練習をすることになった。
そして…
会議の休憩時間、部室を訪れると、ちょうど劇はラストシーンにかかったところだった。
劇終了後、部長に出来を尋ねた。部長の口から出たのは悔しい思いに満ちた言葉だった。
「先生がいるときのような緊張感が生まれない…」

誰も見ている人がいない状況で、高い意識で劇を行うということは難しいことだ。
明日、明後日も自分が出ることはできない。意識を高く持てない状況で通しをやるということは、やることで逆に劇が弛んでしまうことにもなる。やることそのものがマイナスになってしまう(あくまでも劇として、生徒にとってはそのことが長い目でプラスになることはある)。
いろいろ考えて、明日と明後日の部活はなしにしてもいいのではないかという投げかけをして部室を後にした。
もちろん今の演劇部員が、それをそのまま受け入れるとは思ってはいなかった。
そして、演劇部員達は「明日も、明後日も自分たちで通し練習をやりたい」といってきた。
いろいろと話し合ったようだ。このような状況なら、明日の通しはきっとよいものになるだろう。当然のことながら、「そんなにやりたいならがんばりな」と生徒の意思を尊重した。
この状況でよい劇ができれば、きっと今日うまくいかなかったことまでも、プラスになることだろう。
部員にとっても自信につながることだろう。明日が楽しみ。

2004.3.21(日)

一週間ぶりの通し

前回の通しから今日までの一週間、卒業式などがあって部活はほとんどできなかった。
私は金曜日に40分部活に出られただけという状況だったが、そんな状況にもかかわらず今日の通しは先週より更によくなっていた。
自分たちで課題を持ち(私が全然課題を出さないということはないが)、それに取り組むという姿勢は今になって生きている。
一日部活の予定だったが、吹奏楽部の定期演奏会があるため、約束通り午後の部活はなしにした。
それだけでなく明日の月曜日の部活もなしにした(久喜中は月曜は部活なしの日なのだが、明日は特別に許可してもらい部活を行う予定でいた)。「ときめきよろめきフォトグラフ」は大好きな劇だが、あまりやりすぎてその劇に慣れてしまうのが心配だというのが一つ目の理由。本番前に休憩も大切というのが二つ目の理由。

吹奏楽部の定期演奏はとてもよかった。演劇部員達もとっても喜んでいた。

2004.3.18(木)

「白い巨塔」と「壬生義士伝」

「白い巨塔」の最終回を見て、久し振りに手応えのあるテレビドラマに触れたと感じた。
プロデューサーの大多亮も野島伸司以外と組むといい仕事をすることがあるのだと思う。
原作のよさは言うまでもなく、財前を演じた唐沢寿明の演技が素晴らしかった。
正義を振りかざす人たちにのみに感情移入させるドラマになりそうで、ぎりぎりのところでなんとか踏みとどまっているところが評価できる。
最終回の視聴率はサッカーの試合以上だったという。
このようなドラマの視聴率が上がるということはいいことだ。


日本アカデミー賞受賞作品「壬生義士伝」を見た。
最優秀作品賞、最優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞を受賞した作品ということで期待したというのはうそで、今までの日本アカデミー賞受賞作品は期待はずれが多かったので、またそうかなと思ってみたというのが真実。そして、実際そうだった。
浅田次郎的な世界はどうも自分には合わない。
主人公の生き方は序盤はなかなかいい感じなのだが、ラストで矛盾だらけになる。ラストに近づくにつれ、???の連続であった。
しかし、それがアカデミー賞好みの演出なのだろう。泣かせにかかっているところが見えて、演技に気恥ずかしさを感じた。

2004.3.15(月)

色紙

明日卒業する3年生から色紙をもらった。色紙には13人の名前とメッセージが記されていた。
その13人は久喜中の文化祭・ポプラ祭で自分の元にオープニングで太鼓をやらせてほしいと願い出た生徒たちだ。
あの時。
熱い思いに応えて、私は彼ら/彼女らの太鼓を認めるように動いた。朝練をやらせてほしいというので朝7時前に学校に出かけたらメンバーの多くが遅刻してきたため、こんなんじゃやらないと怒った。そして朝練は自分にとっても厳しいのでやめようと真剣に提案した。しかし、彼ら/彼女らは「明日からもやらせてほしい」と頼みに来た。 私は彼ら/彼女らを信じ、そして彼ら/彼女らは信じる気持ちに応えた。
前日は夜の8時、当日は、6時台から練習を始めるという彼ら/彼女らにつきあった。そして迎えた本番、あの響きは素晴らしかった。
いなせなにいちゃん・ねえちゃんといった形容詞がぴったりする彼ら/彼女らと向かい合い、一つのものを創り上げたこと。それはどうやら半年たった今でも彼ら/彼女らの心に残ってくれているようだ。
「ポプラ祭の時は、私たちを信じて、いろいろやらせてくれてありがとうございました。これからもがんばってください」
こんなメッセージに触れると、熱いものが込み上げてくる。この3年生とは授業での関わりが今まで一度もなかっただけに尚更。
苦労に苦労を重ね、成功を夢見て、最終的には「よかった」だけでは終わらなかったポプラ祭。
批判もあった。確かにそれは当日の一場面のみを見たらもっともな批判ではあった。しかし…
自分のことを一番認めてくれているのは生徒なのかなと感じられる今日この頃である。

2004.3.14(日)

「ときめきよろめきフォトグラフ」に送られてきた感想

「ときめきよろめきフォトグラフ」を観た感想が送られてきた。
送り主は、劇集団「幻の森」が上演した『夏芙蓉』で千鶴役を演じた大手 忍。
本人の承諾を得てここに紹介させてもらうことにした。

◆◆
「ときめきよろめきフォトグラフ」拝見させていただきました。 すごいです。うまいです。 正直こんなに上手いと思っていませんでした。 ホントびっくりしました。
6日の合同練習の時にも言いましたが、 中学生の率直で素直な演技に、私自身もすごく素直に感動できました。 先生がずっとおっしゃっていた「中学生にしか出来ない、中学生だからこそ出来る表現」というものを、今まで理解していたつもりでしたが、 今回初めてしっかりと感じることが出来ました。
観終わった後がこんなに気持ちのいい舞台は久しぶりです。 最近は自分の演技にいろいろ悩んでいたせいもあって、 どんな芝居を観てもいろいろ考えたり悩んだりしちゃうんですよね。 でも今回のこの「ときめきよろめきフォトグラフ」は、 みんなの演じることへの素直な楽しさがすごく伝わってきて、 とっても気持ちよかったです。 なんだかお礼を言いたいぐらいすっきりしました。 このまっすぐな演技、私も見習って頑張っていきたいと思います。
いやしかし愛役の折原さんのキャラいいですねぇ・・・(笑) 斉藤先生の演出は一人一人の個性をホント見抜いて引き出しますよね。 「夏美の目を治してください」はぐぐっときました。 横浜の上演、予定とお金をうまくなんとかして是非観に行きたいです。
◆◆

こんな感想が次の創作へのエネルギーとなる。

2004.3.13(土)

1ヶ月ぶりの「ときめきよろめきフォトグラフ」    /  「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」

浦和での合同発表会以来、ほぼ1ヶ月ぶりに「ときめきよろめきフォトグラフ」の練習をした。
あれ以来、演劇部は全員が三年生を送る会の実行委員および有志として毎日取り組んでいたため、「ときめき…」の練習は全然できなかった。
関東中学校演劇コンクールを目の前にして焦る気持ちがないわけではないが、自分は劇を離れたこのような活動が彼女らの表現を伸ばす力となると信じている。現に久し振りにこの劇に触れたにもかかわらず、表現は以前より確実に深まっていた。
新入生歓迎会の取り組みは関東中学校演劇コンクールの直前になるのだが、それも希望があればどんどん参加を認める(みんな絶対に参加するといっている)。
関東前の休みの部活は来週の日曜しか予定していない。その日曜も吹奏楽部の定期演奏会をみんな聴きに行きたいというので、午後から予定していた部活はなしということに変更した。
ここにきて劇の練習をやる時間がないということをこのように記すことは、賞が取れなかったときのいいわけの為にしているのではない。私は「ときめき…」の練習だけに時間をかけることより、その練習+学校行事に参加し、吹奏楽部の発表会に行くといった経験をするほうがより一層彼女らの表現を伸ばすと信じている。そして、それは賞を取るためのものではない。

そもそも関東中学校演劇コンクールは賞のためのものではなく、関東の学校が他地域の演劇に触れることを可能にする場として設定されたものだ。賞を求めて演劇をやるような愚かなことは絶対にしたくはない。
これから会議やクラス分けの作業で自分は部活に出るのが難しくなるが、それも部員達にとってはプラスだと考えたい。
私が今まで取り組んできたことは、「生徒が自分たちの力でいかに劇を創造していくか」ということなのだから。


「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」を観た。
トールキンのファンタジー論は大好きなのに、どうしてその作品は自分を魅了しないのだろう。「ホビットの冒険」もそうであったし「指輪物語」も…。善悪のはっきりしたハリウッド的物語は心に染み込んでこない(原作は読んでいないので、映画だけの問題なのか?)。ホビット側にも悪があるだろう、相手側にも善はあるだろう。
「王の帰還」でもこの思いは変わらないだろうか?でもアカデミー賞を取るくらいだからどうだろう。最近のアカデミー賞受賞作には好きな作品はないのだが…

2004.3.12(金)

複雑な思い

昨日、三年生を送る会が行われた。終わった今の気持ちは複雑だ。
よかったと悔しいが入り交じった気持ちだ。
200人を超える有志の取り組みの素晴らしさ、しかし会終了後、彼ら/彼女らの多くが「満足」と「満たされない思い」を同時に持っていたこと。それが自分にとっても痛みとして残る。
彼ら/彼女らの多くが「満足」と「満たされない思い」が入り交じった複雑な思いで涙した。

今朝校門前で朝のあいさつをしていたときに2年生の女子が2人、私に話しかけてきた。2人とも始めて話す生徒だった。
「新入生歓迎会の実行委員はいつから募集ですか」
「まだ決めてないんだけど何で」
「絶対にやりたいんです。でも希望者がもう3人いて倍率が高くて」

-鉄は熱いうちに打て-
その思いから、朝の打ち合わせで新入生歓迎会の実行委員、そして有志を今日から募集することを連絡した。

複雑な思いを残す三年生を送る会ではあったが、熱い思いを持って取り組んだ生徒たちにとって、空しさだけ残る会にはならなかったようだ。それが救いである。

2004.3.6(土)B

久喜市演劇部第1回合同練習

今日、久喜市の三校の演劇部が久喜中に集まり、初めての合同練習が行われた。
午前中は劇づくりの講習を私が行った。生徒自身が劇を作り上げるときに有効だと思うことを伝えた。
昼食をはさんで、午後はダンスの講習。これは前任校の太東中演劇部に指導してもらった。
3時終了の予定だったが、生徒たちから、「もう少しやらさせください」という声が次々とあがり、練習を30分延長することになった。
楽しみながら身に付く練習、いいものだ。
終了後は三校の生徒が仲良しになっていた。
来年度は三校合同発表会を開催することができそうだ。

2004.3.6(土)A

三年生を送る会 有志202人

三年生を送る会を担当している。
合唱と呼びかけの有志を集めたところ202人の1・2年生が集まった。よくぞこれだけ…
呼びかけは実行委員が52人分を作成していたが、67人が集まったことで、呼びかけを15増やさなくてはならなくなった。
うれしい誤算。
三年生を送る会、よい会になるといい。なってほしい。

2004.3.6(土)@

今日までのこと

前回の日記の時点から今日までに触れた本・演劇・映画について、自分のために記録しておこうと思う。
読書
「魔女ランダ考 演劇的知とは何か」(中村雄二郎 著 岩波現代文庫)
  前の日記で少し触れていた本。読み通して更に感動は深まる。

「心の処方箋」(河合隼雄 著 新潮文庫)
  臨床心理学に興味を持ってきた。よい本だと思う。教師としてこの本から学ぶことが多かった。

「対話で探る新しい科学」(河合隼雄 著 講談社α文庫)
  河合隼雄にはまってきた。- 心理療法家が「この人は手のつけられない非行少年であって回復不能である」と定義したことがその通りになったということは、予見があたったのではなく、予見がその人の行為を規定している - という考えに共感する。
「だめだだめだでだめににする」。これは私がいつも主張していることである。

「エロティシズム」(ジョルジュ・バタイユ 著 ちくま学芸文庫)
  このようなタイトルの本は誤解を招きやすいが、自分がこれを読んだのは暴力について非常に共感できる内容が書かれていたからである。「虐待者は、既成の権力の名のもとに暴力を行使していても暴力の言葉は用いない。権力の言葉を用いる。権力は、表向き虐待者を許し、正当化し、虐待者に高い存在理由を与える。(中略)暴力は、自分が存在しているとはけっして語らないし、存在の権利をけっして主張しないし、いつも存在していると言わずに存在しているのである」…確かにそうだと思う。

「セールスマンの死」(アーサー・ミラー著 早川書房)
  演劇人として絶対読んでなくてはいけない本なのに…、今まで読まなかったことが恥ずかしい。

演劇
「マッチ売りの少女」(作・別役実 演出・坂手洋二)
  今話題の寺島しのぶが出ている。坂手洋二作・演出による劇は今まで好きになれなかったが、この別役作品はよかった。

「屋根裏」(作・演出 坂手洋二)
  どうもいけない。大人が演じる子どもは違和感がある。

映画
「たそがれ清兵衛」(山田洋次 監督)
  山田洋次監督の作品というのが伝わる映画であった。「出世することを嫌うことを美徳とする」ことに代表される彼らしさが細部にまで宿っている。それなのに この映画が日本アカデミー賞を受賞し、アカデミー外国映画賞の候補に選ばれたというのはどういうこと?賞など辞退すべきだったのではないか。彼の映画はそうすることが一番似合う映画であるはずなのだ(「出世することを嫌うことを美徳とする」人を描くことはいい。だが、主人公のその美学=監督の美学として映ってしまうから、前述の思いを抱いてしまうのだ)。彼 が監督した映画で今現在も好きといえるものは一つもない(以前は「寅さん」の大ファンであったが)。


「悲劇の誕生」(ニーチェ)と「長いお別れ」(チャンドラー)とイヨネスコの戯曲を同時に読み始めた。

2004.2.16(月)

「BORN TO LOVE YOU」と「プライド」

英語の時間にQUEENの「「BORN TO LOVE YOU」を歌っている。生徒は大喜び。歌から英語に切り込むということではとてもタイムリーだと思っている。2年で習う不定詞の副詞的用法も、こんなふうな導入で入れば理解が早い。
ご存じの通りこの曲、キムタクが主演している「プライド」の主題歌だ。正直、このドラマは好きではない(ということは自分はこのドラマをみているということになるのだが)。自分がその姿勢を最も毛嫌いしている野島伸司(「聖者の行進」「ひとつ屋根の下」「高校教師」「愛という名のもとに」「百一回目のプロポーズ」の脚本家)の脚本であるのだから、好きになるのは難しい。しかし、中学生の多くにとっては大変心を打つドラマであるようで、、英語を教えているクラスでの視聴率は高い。まあそんな現実を見つめ、変なこだわりを持たず、曲は興味づけで使う。このことで自分の好きではないドラマの視聴率を更に上げている自分がいる。

この作品のプロデュースをしている大多亮という人物、もちろん面識はないが、全然関わりのない人物ではない(といってもほとんど関わりがないといったほうがいいくらいの関わりであるが)。
私が彼が野島伸司と組んだ作品をことごとく嫌いなように、彼も私が紡ぎ出す作品は好きではなかった。
今回、久喜中演劇部が上演した「ときめきよろめきフォトグラフ」には元になるオリジナル作品があり、それは高校の写真部に所属している男たちの青春のようなものを描いたものだった。ずいぶん前のことになるが、この作品を 私はフジテレビヤングシナリオ大賞に応募した。応募作1849篇。この作品は第一次審査、第二次審査を通過し、最終審査の23篇に選ばれることになる。そして、更にそこから9篇に絞られる際にもこの作品は生き残った。選考修了後 私の作品をめぐって次のような対話がなされたことが月刊ドラマ誌に掲載されている。

編集部「『ときめきよろめきフォトグラフ』はどうですか?」
大多「高校の写真部の話っていうので私はもうだめなんだ。清野さんが押してたんじゃない」
河毛「基本的にコンテストものっていうか、何かに受かったらみたいな話って、よくバンドのコンクールの…」
大多「バンドのコンクールものは応募作にやたら多かった。歴史的に多い。音楽世代なんだね。でもバンドものはほとんど駄目ですね」
和田「なんでだろうな」
河毛「カタルシスがきかないんだよね」
大多「書いてる側が音込みでかってに盛り上がっているふうに読めちゃうわけですよ」
和田「BGM指定があったりしますからね」
大多「マスターベーションになっちゃってて、読んでる方はそんなに熱くなれないというか、バンドものの陥りがちな落とし穴なんだね」

というような感じ。
9篇から受賞作4篇を選び出す過程を、自作は生き残ることができなかった。
それは当然といえば当然で、確かに当時の作品は今読み返すと赤面もので、ひどいものであった。
しかし、当時の自分としてはやはり愛しい作品であって、私の作品への批評(=バンドものへ批評)に対して、「それは違う」という思い を強く抱いたことを記憶している。そして、その強い思いが今の私を創っているのだとすると、この批評の果たした役割は大きい。


哲学者・中村雄二郎 著「魔女ランダ考」の中に収められている、「演劇的知とはなにか」と「問題群としての<子供>」を読んだ。
大変面白かった。

2004.2.15(日)

合同発表会

さいたま市立内谷中学校と町田市立堺中学校の演劇部との合同発表会に参加した。
大変有意義な時を過ごすことができたと感じている。生まれたばかりの久喜中演劇部にとって、生の演劇を観ることはとても貴重な体験だ。演劇以外の面でもとても勉強になった一日だった。
内谷中の生徒の心配りには頭の下がる思いがした。裏方としての心配りが素晴らしい。久喜中演劇部発表後の生徒が着替えている時間に、舞台道具を運ぶのを手伝ってくれたことをはじめとして、お世話になりっぱなしという感じだ。地元を離れ舞い上がっているわが部員達にこの姿勢を学んでほしいと思う。

久喜中学校演劇部の発表は内谷中をはじめとする、素晴らしい観客に支えられ、子どもたちにの自信と満足につながるものとなったようだが、これで鼻高々にだけはなってほしくないとも思った。多くの人に支えられて今の自分たちがあるということを、伝えていきたいと思う。

2004.2.11(水)F

この三週間を振り返って その7  「市民芸術最後の練習と長崎からの訪問」

来る2月15日(日)にさいたま市青少年宇宙館 で「ときめきよろめきフォトグラフ」を再演するのだが、市民芸術祭後、まだ一度も通し練習をしていない。土・日・休日の練習も一度も行っていない。今日も休みにした。部員達の多くが「これで大丈夫なんですか」と心配している。平日の練習も部員たちの多くが三年生を送る会の実行委員になっているので、全員が集まることが難しい。部員が三年生を送る会の企画・運営に参加することはそれぞれの人生で必ずプラスとなるはずだ。多分演劇部の活動だけやっているよりもずっと。彼女ら何人かがいなくて部活ができなくとも、長い目で見れば部活としても大きなプラスになるはずだ。という自分も三年生を送る会担当なので、なかなか部活に出られないでいる。
市民芸術祭後は、それぞれが自分がやった役以外の役を演じ、毎回メンバーを変えながら自分たちが気に入ったシーンを自分たちで作り直すという作業を飽きずにやってきた。
驚いたのは、それぞれが自分以外の役のセリフを本当によく覚えているということ。ほとんどのものが台本を見ることなく、他の生徒が演じていた役をこなしている。そんなことをするとセリフがごちゃごちゃになってしまうのではないかという心配は、練習を見た感じではない。

役を交換してみることの大切さを解いていたのはスタニスラフスキーだったろうか、それともピーター・ブルックだったろうか。やってみて、この作業が劇を深化させる力があることがわかった。関東では前回とはずいぶん違った『ときめきよろめきフォトグラフ』を紹介できることだろう。

さて、こんな練習を長崎からわざわざ見に来てくれた方がいる。この秋、自作『夏休み』を学年劇で上演した横尾中学校の先生だ。
役を取り替えて4つのグループを作って好きな場面を練習し、最後に発表するというものだったが、見終わった後とても素敵な感想をいただき、私も生徒もとても幸せな気分になった。

2004.2.11(水)E

この三週間を振り返って その6  「雪に眠る町 山寺から」

妻と山形県の山寺に行ってきた。降りしきる雪に、多くの人たちが千段以上続く階段を登ることを断念する。
私らはこんな時だからこそと、滑りながら時に転びながら階段を登っていった。そして、そこで見た風景は…

 

 

 

降りしきる雪に町が眠っていた。

2004.2.11(水)D

この三週間を振り返って その5  「13歳のハローワーク」

学級文庫に「13歳のハローワーク」(村上龍・著)を買ってきて置いたところ、これがクラスで一番人気の本になっている。
今までの職業案内には載っていない職業も多数紹介されている。バチプロやパスプロなどまで載っている。
昼休みに本を中心に丸くなって職業を語っている姿、悪くない。

本を見ていた一人の女子生徒が聞いてきた。
「先生。ストリッパーって何ですか」
困った。
しばらく考えた後、きちんと質問に答えることにした。

2004.2.11(水)C

この三週間を振り返って その4  「高校演劇2003」

 2003年8月30日31日に国立劇場で上演された「第14回全国高等学校総合文化祭優秀校東京公演」をビデオで観た。
久喜中演劇部の部員には自分が部活に出られないときに、このビデオをすでにみせていた。
人気投票による一番人気は栃木県立宇都宮女子高校の「美術室より愛をこめて」
二番人気は青森県立三本木高校「贋作 マクベス」、三番人気は北海道 伊達緑丘高校「りんごの木」だった。
全国大会で一番評価の高かった香川県立丸亀高校「どよ雨びは晴れ」はなんと一番のお気に入りにあげる生徒が一人もいない。
「難しくてよくわからなかった」というのが大方の反応。
これはどういうことだろう。それをビデオで確認した。

「どよ雨びは晴れ」。なるほど審査員の平田オリザが喜びそうな作品だ。暗転のない舞台、ありふれた日常を描いた舞台。
しかし、ありふれた日常が非常にぎこちなく見える、自然さを装った演技が自然さを装うことを意識しすぎた不自然さに見える。
私がそう感じる部分が、人によっては非常に高い評価につながりもするということ、それはそれでいいのだと思う。
芸術とはそういうものだ。全般的にここ数年高校演劇に触れて感じたときめきが今年の作品には感じられなかった。
「美術室より愛をこめて」にケラリーノ・サンドロビッチ、「贋作 マクベス」に三谷幸喜の影響を感じながらもそれでいいのだよなと思い、全国に選ばれたという評価がすでになされている作品に対して正直な気持ち を書くことが正しい姿勢と思いつつ高校生の作品にこんな批評をする自分に嫌気を感じ、これらの作品がよかったことを興奮しながら話してくれる演劇部員には心安らぐ思いをしている。 私という一人の人間のなかに、複雑で多様な思いがを共存する。その共存する思いのなかに、演劇部の彼女らが私に似ないということは人間的にとってもいい という思いも存在している。

2004.2.11(水)B

この三週間を振り返って その3  「読書と映画鑑賞」

この三週間で読んだ本
「博士の愛した数式」(小川洋子・著) 短期記憶を失った数学博士を扱った本で、記憶についてのドラマを書きたかったので読んだ。読んで思った。「この話読んだことがある」。そしてとりだしたオリバー・サックスの「火星の人類学者」。その中の「最後のヒッピー」で描かれている短期記憶をなくしたグレッグの話。読み直してみたが、似ている。このくらいの類似なら問題にはならないのだということが理解できてそれはとてもうれしいことでもあった。 私の脚本が、先行作品の盗作といわれることはなさそうだ。先日「博士の愛した数式」は読売文学賞を受賞した。
「蹴りたい背中」(綿矢りさ・著) 綿矢りさは前作から注目していた作家で、芥川賞受賞前にこの本を買ってはいたが、本を読むのは受賞後となった。受賞がこの本を読む優先順位を上げたことになった。高校生の心理を深いところで描いていて面白い。ラストは、「終わりなの?」という気持ちが残ったが、それが芥川賞なのだろう。
「流星ワゴン」(重松清・著) 重松清のタイムトラベルものということで興味を持って読んだが…、タイムトラベルものは難しい。

「東京物語」(小津安二郎監督) 小津監督の生誕百周年ということでBSで小津監督の映画の特集があった。代表作の「東京物語」が今の自分にどのように映るか知りたかった。前回見たのはいつだったろう、その時の自分には時間が過ぎるのが遅く感じられる映画だった。そして、今の自分も…。 私が小津作品を好きだということは、映画通だという風に見せるための仮面をかぶることだ。世界的に評価の高い小津、そしてその代表作である「東京物語」、これが2回目だが、やはり今回も面白くなかった。
それでもやはり小津監督には興味があり、蓮實重彦著「監督・小津安二郎」を読んだ。

「子どもと学校」という本を読んで以来、河合隼雄に興味を持っている。最近「子どもの宇宙」(岩波新書)と「対話する人間」(講談社+α文庫)を読んだ。彼は子どもの心について子どもの宇宙という言葉を使って次のように書いている。

◆この宇宙のなかに子どもたちがいる。これは誰でも知っている。しかし、ひとりひとりの子どものなかに宇宙があることを、誰もがいっているだろうか。(中略)私はふと、大人になるということは、子どもたちの持つこのような素晴らしい宇宙の存在を少しずつ忘れ去ってゆく過程なのかとさえ思う。それでは、あまりにもつまらないのではなかろうか。

◆子どもの宇宙の存在について、われわれが知ろうと努力するときは、自分自身の宇宙について忘れていたことを思い出したり、新しい発見をしたりすることにもなる。子どもの宇宙への探索は、おのずから自己の世界への探索につながってくるのである。

今回自分が書いた「ときめきよろめきフォトグラフ」は私なりの子どもの宇宙を描いた作品だ。そして、今の自分はそんな子どもの宇宙の探索をすることで劇を創りたいと思っている。

2004.2.11(水)A

この三週間を振り返って  その2 「メソードアクティングに触れて」

劇終了後、演技の勉強をしようとアクターズ・スタジオでリー・ストラスバーグに直接指導を受けたというゼン・ヒラノ氏の「ザ・メソードアクティング 基本訓練」(ゼン・ゼミ河口湖スタジオにて収録)を見た。
リー・ストラスバーグの考え方には共感を抱いていた自分であるが、このビデオをみて共感の思いは次第次第に薄れていった。
「違う!」、そしてその違いを確認するためにストラスバーグのアクターズスタジオでの演技練習について書かれた『メソード演技』(エドワード・D・イースティ著 劇書房)を読んだ。そして、それを読み終えた後「違う!」という気持ちは更に強くなった。
リラックスの大切さは理解できる、しかしそのリラックスのしかたが一律なのが気になる。そして、ビデオで見る限りはその練習は神秘主義におかされた宗教集団に思えた(実際そんな批判は寄せられていたという)。

そこで紹介されていた演技はスタニスラフスキーが一番嫌っていた、感情むき出しの演技に私は思えた。
アクターズ・スタジオのメソードは誤読することによって私が共感できる理論となる。そう感じた。
久喜中演劇部にゼン・ヒラノ氏の取り組みを紹介したビデオを見せることはやめた。中学生がこのような練習をやるべきではないから。

2004.2.11(水)@

この三週間を振り返って  その1 「ときめきよろめきフォトグラフ」

久喜総合文化会館での久喜中演劇部「ときめきよろめきフォトグラフ」の発表を終え、三週間が経とうとしている。
発表はサイト以外の宣伝はほとんどしなかったにもかかわらず、多くの観客が見に来てくれた。
学校の生徒もたくさん来てくれ、好意的な感想が多数寄せられた。当日、泣きながら「よかったです」といいに来てくれた生徒もいた。
生態系保護協会の方からは身近な自然を素敵に描いてくれたと喜ばれ、保護者の方からは友情を描いたドラマと賞讃され、また前任校太東中の保護者からは今まで通り命について語られたドラマですねといわれるなど、人によってとらえ方が違うドラマとなったことも 私には喜ばしいことであった。
ビデオで見直してみて、滑舌は悪いし声もしっかり届かない場面が多数あることを再確認もしたが、それでもしっかり届くものがあることも確認した。
劇終了後、舞台裏は涙涙だったようだ。彼女らにとって、この涙の経験が今後の人生でとても大切なものになるだろうと思う。
久喜中演劇部は関東中学校演劇コンクールの埼玉県の代表に選ばれた。

発表の翌日、私は熱を出した。関東の代表に選ばれたことはもう一人の顧問の小島先生に伝えてもらった。
その時の様子を部長がおもしろおかしく後で伝えてくれたのだが、みんな泣きじゃくって喜んだという。
その時間自分は38度5分の熱に唸っていた。そして、その2日後、菅平でのスキー教室が待っていた。
スキー教室は体調不良のまま参加、今思えば激動の日々だった。

2004.1.14(水)

たのくるしい思い

久喜中で今年演劇部を立ち上げたときには、今度は全員を舞台に上げるのではなく、スタッフとキャストにわけて劇づくりをしていこう考え、生徒にもそうしていくことを話した。しかし…、結局、全員の舞台に立ちたいという熱い思いに触れ、全員、舞台にのせることが出来る台本をつくった。全員が自分の台詞を持っている。 確かにそうすることによって破綻も起きる。しかし…、今日、学校での最後のリハーサルを終え、これでよかったんだと思った。そして、自分はこうするしかないんだよな、これが自分なんだよなと思った。
たとえ劇がそれによって、多少の破綻をきたしているとしても、みんなが劇を終えた後大はしゃぎで帰っていけるのは、みんな舞台にのっているからなんじゃないかな。 演劇部顧問になって20年間続けてきたこの姿勢、変えられなかったなぁ。
さあ、もうひとがんばりするとしますか。
創作はたのくるしい。いま、満身創意工夫という感じだなぁ。

2004.1.10(土)

太東中・久喜中演劇部合同演劇発表会

今日、太東中演劇部と久喜中演劇部で合同発表会を行った。
やってよかった。
やったのは太東中学校のオープンスペース、演劇部の練習場所だ。この狭いスペースは自分たちの表現にふさわしいスペースだ。
まず、午前10時から太東中の発表。上演劇は『Angel Tear〜人形の見る夢〜』(緋村カズキ 作)、1時間の発表だった。びっくりしたのは久喜中演劇部の生徒たちが、ラスト近くになってぼろ泣き状態になったこと。その涙は、劇上演後の感想発表まで続き、涙を流して「よかったです」という彼女らの言葉は、よくもないのに形だけは「よかったです」ということになっている教師による研究授業後の感想発表などとは違って、真実味があり、 その感想もまた感動的であった。こういう生きた感想は、うれしいものだ。
最近自分たちの演技にも少しばかり自信を持ってきた彼女たちのその感想を聞きながら、彼女たちはこれからますます伸びていくだろうとちょっとうれしくなった。 細かいだめ出しなどをごにょごにょいうことなく、そんなものを含めて丸ごと好きになる姿勢、悪くない。

続いて午後1時から久喜中演劇部の発表。今度は太東中演劇部が笑いに笑って、泣いてくれた。とにかく素敵な空気に包まれた舞台であった。
上演後、私は照明の方と職員室で30分ほど打ち合わせを行った。そして、打ち合わせを終わって戻ると、久喜中演劇部員がまた興奮している。太東中演劇部にダンスを見せてもらったというのだ。そして、更にびっくりしたのはその前に自分たちも踊ったということ。「ほんと?」思わずそう言ってしまった。実は、久喜中演劇部はまだダンスは始めたばかりで、 ラジオ体操に毛が生えたくらいのダンスしかできない。

斉藤「みんなよく踊る気になったよね」
生徒「太東中演劇部のみんながすごく拍手をしてくれて、それで…。太東中が先に踊っていたら踊りませんでした」
生徒「ちょー恥ずかしい」
斉藤「で、太東中のダンスはどうだったの」
生徒「すごかったです」

拍手に誘われて未熟なダンスを踊ってしまうところ、私はいいよなと思う。 恥ずかしがり方も、笑顔で恥ずかしがっている。爽やかな恥ずかしがり方でそれもいい感じだ。踊り終えた太東中のみんなも満面の笑顔でとても爽やか。

だめ出しということでいえば、互いにだめなところはたくさんある。久喜中演劇部は声は小さいし、滑舌も全然なってない。でもだめなことを見つめていくだけでは、プラスにはならない。よいところを見つめ、たとえだめなところがあっても それを直す以上にそれを超える魅力を伸ばすことを大切にすること、 私はそちらの方を大切にしたい。中学生の演劇って、それでいいのではないだろうか。

これからまた交流会を行って、お互いを高めていくことを確認して解散となった。よい一日だった。

2004.1.1(水)

今年もよろしくお願いいたします

2004年の幕が上がった。といっても昨日と何かが変わったというわけではなく、いつもと違うといえば、今日はどこにも出かけないぞと決め込み、朝から日本酒を飲んでのんびりしているということ。
年賀状のデザインには、リフレッシュ休暇で訪れた塩原で撮った写真を使用した。

迎春

今年も身近な自然を見つめていきたいと思います

今年も「幻の森通信」をよろしくお願いいたします。

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