【吉田】
三河国八名郡。江戸から73里、京へ52里。今日も朝から快晴、陽射しは夏
模様。律儀にも新幹線を浜松で乗り換え、東海道線で二川駅までやって来
ました。(豊橋から一駅戻れば早いのだが)前回の悪夢は、もーーすっかり忘
れました。思い出してなるものか。
駅前を出て左に行くと、すぐ道は右と左に分かれます。どちらも東海道です。
右の道を進みました。道に迷いました。地図を見ていながら迷いました。愛知
県に入ってから「東海道」の表記は、無いのです。しかし、何とか吉田城までたど
り着きました。吉田城、前身は今橋城1505年に牧野古白が築造したものである。
もっとも、場所はちょっと離れた牛久保というところにあったらしい。吉田城、豊
橋の駅から市電を利用すればすぐです。池田輝政も10年間城主として築城に
携わった。この辺りは、岡崎の西三河に対し東三河と呼ばれています。三河と
云う川は、三河地方を流れる川を指すそうです。もともとは、矢作川の尊敬語
である御川だったそうです。吉田城の脇を流れる、豊川に架る吉田大橋(豊橋)
を渡る。時間があれば、駅付近の菜飯田楽の老舗「きく宗」、駅前のレストラン
「豊栄」へ立ち寄ってみては。菜飯とは、塩味の大根の葉を細かく切り混ぜたも
ので、田楽とは短冊様の豆腐を焼いて味噌を塗ったものです。

二川駅9:54
吉田城11:45
【御油】
三河国宝飯郡。江戸から76里、京へ48里。しばらく、飯田線と並行して歩く。小
坂井駅の先の踏切を渡り、此の先は、名電と並行して歩く。単調な道が続く。右に
国道1号線左に名電。そして、国道1号線に出ると名電は右側に移ります。国府(
こう)の駅前を過ぎて東海道に入ると、だんだん旧街道らしい雰囲気が漂ってきま
した。御油といえば松並木です。街道一と言われる松並木は、約500メートル、110本
の巨木が残っています。道路は舗装され、結構車が通ります。注意が必要です。御
油は、安藤広重の浮世絵で宿場の留女が強引な客引きをする絵が有名になりすぎ
て良い印象がもたれない。
【赤坂】
三河国宝飯郡。江戸から76里20丁、京へ48里。御油、赤坂間16丁、1.7qは、宿
駅間最短。松並木を過ぎれば赤坂宿です。二川宿を出て、吉田、御油、赤坂近すぎ
る。「吉田通れば二階から招くしかも鹿の子の振袖が」「御油や赤坂吉田がなくば何
のよしみで江戸通い」。絶妙な宿場間の距離かもしれない。二川宿は、元々二つの宿
場が一つになったものであるが、御油宿と赤坂宿は一つになることはなかった。今で
も営業している大橋屋旅館は、鯉屋といった旅籠です。現在の建物は、正徳5年ころ
(1715年)建てられたものだそうです。

15:30
15:40 大橋屋
赤坂宿から小1時間歩いて名電長沢駅、長沢という地には昔立場があった。さて
名電長沢駅は背後に東名高速道路の脚注を従えた無人駅です。ここから豊橋まで
16分、340円です。豊橋でヤマサの豆ちくわを買い求め、新幹線の中で豆ちくわにわ
さび漬けをつけては食べ、ビールを飲み、駅弁を食べ、ビールを飲み、340円を1日か
けて歩いた中年不良夫婦はえらい!(^_^;) と思いながら帰京した。
16:30