新居宿、白須賀宿、二川宿


 1999年8月14日      弁天島〜二川     約16q     26,000歩


    【新居】
      遠江国浜名郡。江戸から69里、京へ56里。今日は、一人で新幹線に
    乗って浜松乗換えで弁天島までやって来ました。妻は、既に帰省してい
    ました。帰省先は、豊橋から飯田線の新城という町です。
      待ち合わせ時間は、午前10時30分、駅前は盆休みのせいか人影は
    まばらです。物好きな夫婦が一組、炎天下の陽射しを受けながら歩き始
    めました。赤い鳥居を見ながら、すぐ西浜名橋(中浜名橋)を渡る。しばし
    橋の上で新幹線や在来線の電車を見ていました。そして、新居の駅前の
    手筒花火の三体の銅像にびっくりして新居の関所に到着しました。一時間
    位でした。舞阪から細い陸路が、地震、津波の為無くなり渡船となった。関
    所も、1600年の設置以来三度場所が変わった。現在の建物は、1855年に
    建てられたもの。唯一、現存する建造物だそうです。


             
           

        
                         吉田藩であったので火薬の使用が許され
                        ていたのでしょう。遠州でも三河弁の地。


   【昼食】
     前回、浜松で食べ損ねた鰻でもと思いながら関所を後にした。街中お盆
   真っ最中で休業、法事の為貸切等で結局ありつけなかった。午後1時過ぎに
   白須賀宿の潮見坂下までたどり着きました。昼食は、スナック菓子とパンでし
   た。さて、ここから大失敗の始まりです。

   【白須賀】
     遠江国浜名郡。江戸から70里、京へ55里。宿場は、江戸中期以降大津波
   の被害を受け潮見坂上へ移動した。東海道を下った旅人は、ここで初めて太
   平洋を見ることになる。遠くには、富士山も望むことが出来た。坂の傍らには、
   古い家々が佇み風情ある坂道である。
     しかし、どうしたのだろう。足が前へ進まない。確かに、急な坂道には違い
   無いが。妻が、事も無げに私を追い抜いていく。無礼者!とは言ったものの待
   て、待って下さいとお願いするのが精一杯でした。前回同様、鼻水が出てきて
   やたら唾を吐くようになりました。しかし、ここは我慢。男の沽券にかかわると
   思い、ペースを落とし何もなかったょうに淡々と坂道を登りきりました。宿場は、
   国道1号線から外れていることもあり落ち着いた雰囲気がありました。宿場を
   出ると、すぐ国道1号線です。約6qの道のりで二川宿です。


        潮見坂下  午後1時10分ころ


   【遠い道のり】
     さて、単調な国道1号線を(-_-;)てくてく歩きました。右側のコンビニで冷たい
   アイスを食べて(アイスは、冷たい)水分を補給しました。元気にならず、足どり
   はヨタヨタとなりました。ついに、大休憩を取ることにしました。今回は、水分を摂
   ると摂ったぶんだけ吐きました。大休憩を繰り返しながら進み、歩道橋の下で休
   んでいるとき左側にバス停を発見し嬉々として時間を見に行きました。知らない
   行き先、真っ白に近いタイムテーブル、歩道橋を戻る時の辛いこと。
   【はっぴ姿の元気人】
     炎天下、よれよれになり地を這う虫のごとく遅々として進まぬ私を励ますかの
   ように大声で何かを言いながら、団扇太鼓のようなものを叩き追い越していった
   人がいた。よく見ると、同じ区間を行ったり来たりしていた。新幹線の土手下まで
   たどり着いたときは、いなくなっていた。
   【救援】
     国道1号線に出てからは愛知県を歩いている。新幹線のガードをくぐり、東
   海道線の踏切を渡れば二川宿である。本日の予定は、吉田宿の豊橋までと決
   めていたが変更して二川駅までとしました。二川宿には、本陣跡が公開されて
   おり観光施設となっている。この二川本陣の第3駐車場前の神社で大休憩を取り
   ました。缶ジュース5本くらい飲みましたが、5分位すると必ず吐きました。終に、
   動けなくなりました。家内の実家では、私たちが東海道を歩いているのを知って
   おり今日も、首を長くして待っている筈です。お盆休みで誰かいるだろう。恥を忍
   んで家内に電話をかけさせました。1時間ちょっとで甥っ子が車で救出に来てく
   れました。命の恩人ですm(__)m。お騒がせ中年不良夫婦です。(・・;)
   【反省】
     原因は解かっているのです。家内、娘が帰省して独り寂しい家の中で、無聊を
    慰めるべく(清々して、心置きなく、誰憚ることなくでは決して無い)午前3時頃ま
    で深酒をして、3時間くらいの睡眠で新幹線に飛び乗り、昼食もろくに摂らなかっ
    たのが原因です。くれぐれも、真似しないようにして下さい。

   【二川】
     三河国渥美郡。江戸から72里、京へ53里。本陣馬場家が平成3年に公開され
   た。宿場は、全長1.6qくらいあったそうです。今でも、古い町並みが残っています。
   本陣や資料館を見学したのは、翌日の15日でした。第3駐車場に車を入れてもらい
   見学後は、二川駅前まで歩き二川駅前で車に乗せてもらい、家内の実家に帰りま
   した。次回は、東海道線二川駅前からです。


      
                  二川宿の町並み


    今回、15日に歩いた数百メートルを1回と数えれば 21回で東海道を
   歩いたことになる。細かいことは、あまり気にしないので14日と15日で
   1回と数えました。


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