【蒲原】
駿河国庵原郡。江戸から37里、京へ88里。新幹線で新富士駅に降りた
のは、午前9時30分ころでした。ここから、東海道線富士駅までは前回確認
しており旧東海道はすぐ発見できました。北へ向かって500mくらいで左折
すべき所、一寸行き過ぎて左折したので身延線柚木駅に大きく迂回してでた。
富士川を渡り、岩淵一里塚を過ぎ高速道路の下のトンネルをくぐり中之郷の
旧道案内標識を発見。今日は、たいした間違いなく進んでいる。富士川は、
街道一の急流とか。昔は、富士川沿いに下道があり富士川の氾濫のたびに
無くなったり、移動したりと言うことで現在歩いているのは上道。
10:50 富士川 12:10
蒲原宿
【由比】
駿河国庵原郡。江戸から38里、京へ87里。昼を過ぎて、陽射しは夏のよう
です。蒲原宿と言うと、安藤広重の蒲原、夜の雪が有名ですが宿場内には浮
世絵のような地形は無いとか、蒲原ではこれほどの大雪はふらないとかの指
摘がある。東海道線蒲原駅前を過ぎ東名をくぐり、Y字路を左に入る。本陣跡
に出来た東海道広重美術館に入る。美術館前に、「正雪紺屋」。由比、由井ど
ちらも使用している。ゆいは、「結い」から来たもので、皆で力を合わせて田植
えをすると言う意味から地名に転じたとのこと。従って、どちらの「ゆい」も正し
いそうです。
【桜えびと由比正雪】
午後1時30分を過ぎていたので、入った食堂は空いていました。二階の席
から東海道線、東名越しに太平洋が見える。食堂は、パノラマテラス「???
?」と言う名前でした。食事前まで覚えていたが。由比港は、桜えびの陸揚げ
港です。桜えび、中々美味でした。思わず、昼間からそして、道中まだ長いの
ですがビール一杯、いや二杯くらいいただきました。
由比正雪と言うと、1651年の慶安の変の首謀者。このときの将軍は、三代
将軍徳川家光ですが同年4月に病没し、四代将軍家綱はまだ10歳だった。家
光は、在任中に61家を取り潰し、517万石を没収して、浪人の数15,000人にふ
くれあがらせた。久能山東照宮に収められた家康の遺金200万両を狙い、府中
で同年7月26日自害した。

桜えび定食 由比正雪生家
15:45 清見寺
【興津】
駿河国庵原郡。江戸から40里、京へ84里。昼食を済ませ、歩くぞーと言う
気持になりました。しかし、此の先上道、中道、下道と3コースあります。下道が
一番古く基本的な街道に思えたのでこれをを選びました。中道、上道を歩い
ていないので何とも言えないが、下道は歩かない方がよいと思います。電車や
大きなトラックが好きな方は、右に東海道線、左に国道一号線(富士由比バイ
パス)興津まで飽きません。由比から興津川辺りまでは、自転車も人も通行で
きる一般道です。興津川を越すとまた、自動車専用道(清見バイパス)になり
ます。
【江尻】
駿河国有度郡。江戸から41里、京へ83里。清水駅前を左に見ながら先を
急ぐ。午後4時を過ぎている。今日の予定は、静岡から新幹線で帰宅と決め
ていたので一寸急ぐことにしました。江尻と言えば、清水次郎長だったが今や
「ちびまるこちゃん」の方が有名。江尻町から東海道線の南側が旧東海道、北
側の国道1号線を進むことにしました。時間があれば次郎長の生家、梅陰寺
など、また都田一家精霊供養塔なども見学したいところです。浪曲では都鳥三
兄弟。久能山、草薙などの案内標識を見かけると静岡も近い、と思いながらす
っかり暗くなった1号線を西へ進み静岡に着いたのは、午後7時頃でした。
【府中】
駿河国安倍郡。江戸から44里、京へ80里。シャカリキになって歩きました。途
中JR東静岡駅前に巨大な建物が建っており、駅舎も真新しく照明も神々しく輝
いていました。「グランシップ」と言う公会堂、ホール、イベント会場らしい。広大な
敷地に新品の駅舎、立派な建物。さて、今日のビールは御殿場高原ビールと決
めてこだま車内で遅い夕食。