板橋宿
はじめに
東海道を約14ヶ月20回で歩き終えた時、すぐ次は中山道と決めま
した。また、上洛したくなりました。じつは、京都山科から天智天皇稜
を過ぎて最後の最後に道を一本間違えインクライン跡に出てしまった。
たいした事ではない、些事です。
今回は、旧中山道を忠実に歩こー。愚妻と意見が珍しく一致しました。
大らかに歩くことをモットーにしていましたが、些事にも目を向ける余裕
が出来ました。500q歩いたのは自信となりました。
豚もおだてりゃ、木に登る。まさに、そのとおり我が家の二頭の寝豚は
また、歩き始めました。
日本橋12:40
【板橋宿へ】
東海道こちゃえ節では、午前4時旅立ち。東海道は右、中山道は左今回
は左に進みます。日本橋とは、「旭日東海を出づるを、親しく見る故にしか
名ずくる、、、、」「この地は江戸の中央にして、諸方への行程もこの所より
定めしむ」と言うことで日本橋。(-_-;)程なく、三井越後屋のデパート前を通
過して神田駅のガードをくぐり、中央線、総武線のガードをくぐり喧騒の秋葉
原電気街を抜ければ湯島聖堂の裏に出る。向かいは、将門を祭る神田明
神。
13:10神田明神 13:25東大赤門
14:35
【追分】
東大の赤門を過ぎて、農学部前辺り森川宿追分で道は二手に分かれる右
へ行けば駒込通り、王子通り、岩槻街道、日光街道、左が中山道。高崎屋酒
店の左隣が、中山道最初の一里塚。東大構内の三四郎池や赤門、円乗寺、白
山神社などこの界隈を結構歩いていたが、追分一里塚に気が付かなかった。
【巣鴨】
巣鴨駅前を斜め左に入る、地蔵通り商店街で中程にとげぬき地蔵で有
名な高岩寺がある。都電荒川線の踏切を渡り、西巣鴨から滝野川へと町名が
変われば文京区から北区、そして平尾の一里塚、すぐ板橋区に入ると平尾か
ら始まる板橋宿です。板橋の駅前には、近藤勇の墓所がある。首塚は、いく
つかあるようですが、東海道藤川宿の法蔵寺にあるものは寺伝によると間違
いなく近藤勇のものだそうです。
【環七】
板橋宿は、平尾宿、仲宿、上宿の総称で非常に長い宿場だった。仲宿で本陣
跡の碑を探すのが一苦労でした。脇本陣も然り。商店街は、中山道板橋宿をか
なり表示しているのだが。板橋を渡ると、昔は左側にあった縁切り榎の三代目が
右側の小さな祠の後ろに植えられている。
今日は、ここで終わり環状七号線に出て帰宅することにしました。
15:12板橋
15:15縁切り榎