川崎宿、神奈川宿


1999.3.22    大田区蒲田〜横浜    約16q      27,000歩


六郷橋


    【川崎】
       武蔵野国橘樹
(たちばな)郡。江戸から4里半、京へ121里。今日もゆっくり
     歩くことにしました。一寸寄り道をしました。JR山手線五反田駅から東急
     池上線で洗足池駅下車、中原街道をはさんで向かいにある洗足池に行き
     ました。日蓮上人が足を洗った故事から名付けられた地名です。しかし、
     町名は千束です。池畔に勝海舟夫妻の墓、隣に西郷隆盛留魂碑があります。
     桜の名所ですが時季が早いせいか、人はまばらで静かです。さあ、蒲田まで
     行こう。南蒲田の交差点に着いたのは昼過ぎでした。環八通を右折、今日は
     横浜までの予定です。国道15号線を進むと、途中に京浜急行雑色駅入り口の
     標識を右に見て進む。雑色
(ぞうしき)  鎌倉、室町幕府の雑役に服した下級役人。
     律令制にも出でくる職名だそうです。
       多摩川にかかる六郷橋を渡れば川崎宿です。このあたりの多摩川は、昔
     六郷川と称していたので六郷橋。東海道の瀬田(琵琶湖)、矢作(岡崎)、吉田
     (豊橋)と共に四大橋の一つであった。洪水に流された1689年以降は船渡しと
     なった。橋の途中で、富士山が綺麗に見えたので写真を撮ったが撮れていな
     かった。橋を渡りすぐ右、京浜急行川崎駅方向が旧東海道川崎宿。


              
              鶴見線国道駅           駅構内   


    【神奈川】
       武蔵野国橘樹郡。江戸から7里、京へ118里。国道15号線を右に曲がらず
     直進。すぐ、馬糞の臭いで競馬場と分かる脇を過ぎて鶴見橋を渡ると鶴見
     線国道駅。旧東海道は、ここで右から左に国道を斜めに横断し生麦付近で
     一緒になる。かって、JRが省線と呼ばれていた頃電車は茶色でした。その
     茶色の電車クモハ12が現役で最後まで走っていた鶴見線。国道駅、国道
     15号線の上に駅があるので国道。この鶴見線、京浜工業地帯の貨物輸送の
     ために作られたもので駅名に人名が多い。浅野、浅野財閥の創建者浅野
     総一郎。安善、安田財閥の創始者安田善次郎。武蔵白石、日本鋼管創立者
     白石元次郎。大川、大川財閥創始者大川平三郎。
       国道駅から約1qで、島津候の供先を横切ったイギリス人3名を殺傷した
     生麦事件碑。この辺り左手は一帯麒麟麦酒の工場。レストランもある。出来
     たてビールもあるだろう。ゴールも間近だ、喉が鳴る。残念、残念日曜日は
     休みでした。オランダ領事館跡を過ぎてランドマークタワーが目前となり、もう
     横浜です。国道15号線と1号線が合流し、旧東海道は右に大きく曲がります。
     人の話を聞かない亭主と、地図の読めない妻は国道1号線を進みます。

      

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