桑名宿


 2000年1月4日        熱田〜桑名      約26q     43,000歩


     【桑名】
       伊勢国桑名郡。江戸から96里、京へ29里。名古屋から東海道線を戻り金山
      の次、熱田駅で下車しました。午前10時前に着きました。名鉄神宮前駅に比
      べると、チョツト寂しい感じのする駅でした。しかし、橋上駅舎への階段入り口
      には、新年らしく立派な門松が建っておりました。初詣をしていくことにしました。
      氏神様への初詣はしていないので、まずいかなと思いながら内陣でお払いを
      受けお参りしました。
       伊勢神宮が、たんに「神宮」と呼ばれたのに対し、熱田神宮は「宮」と呼ば
      れた。尾張三宮の中の、三宮が熱田神宮である。格式の高い熱田神宮が三
      宮とは、日本の古代史そして武家の台頭などに詳しい方ならきっと解るでしょ
      う。私には、ご神体が草薙剣で、そして源頼朝の母親が宮の大宮司の娘であ
      ったということぐらいしか解りません。
       さて、初詣も無事済ませ宮の渡しに向いました。しかし、途中に大きな幟が何本
      も立ったお寺を発見しました。秋葉三尺坊大権現、あの秋葉山の出先機関かな
      などと思いながら、ついでに火除けのお願いもしてみました。街道の到る所で見
      た秋葉山常夜灯は、秋葉山に対する信仰の大きさが感じられました。しかし、
      浜松の本家が火災によって焼失したというのは、残念なことです。


       
     10:15 熱田神宮             10:50  秋葉山円通寺


    【つらい行進】
      桑名まで海路七里の行程は、今は無い。国道一号線を、ひたすら西に進むのみ。
     また、桑名まで佐屋街道もあった。佐屋街道は、七宝焼き発祥の地、七宝町を通り
     川下り三里の行程。こちらは、海が荒れたときや船に弱い者が利用した。宮の七里
     の渡し跡は、公園になっています。その一角に、伊勢湾台風の時の最高水位を示し
     たポールが立っているが2m50cmには驚かされた。海上七里の乗合船は、四十人
     乗りから五十三人乗りまであり、料金は54文。
      午後3時50分ころ最初の川、木曽川に架かる尾張大橋を渡りました。輪中の町、長
     島町を横切り、約40分後に長良川、揖斐川に架かる伊勢大橋を渡り午後5時10分に
     桑名の七里の渡し跡に到着しました。辺りは、既に薄暮を過ぎすっかり暮れていました。
     宮から此処までは、旧東海道でないと言えば旧東海道ではない。舞阪の今切れも同様
     ですが、やはり東海道にしておきます。

    【木曾三川】
      木曽川、長良川、揖斐川と伊勢湾に注ぐ三川は直前で一つになったかのように見え
     る。しかし、三川は夫々水量が違い、河口から上流10q位の地点で川床の高低差が
     木曽川と長良川で1mくらい、長良川と揖斐川でやはり1mくらいある。これは、水量の
     多い木曽川が多くの土砂を運び堆積して川床を高くしている。木曽川の水利権は、愛
     知県60%、岐阜県が40%持つそうです。名古屋の水道は、東京と違い決して断水す
     ることが無いそうです。それは、木曽川の日本ライン下りで有名な犬山付近で取水して
     いるから枯れることが無いそうです。名古屋市は、長良川からも僅かですが取水してい
     ます。長良川河口堰、その姿を見た時UFOが飛び出してくるのでは、と思いました。この
     河口堰は、海水が川を遡上することを防止する為に作られました。三川の水量が違い、
     川床の高さが違うので台風などの時は、海水が遡上し上流の地域に塩害をもたらしま
     した。堰は、取水のためにも閉められています。海水が遡上しそうなときだけ閉める堰
     ではないようです。


     ミレニアム?
    11:10 右に熱田湊の常夜灯       赤いところが2.5m               


                   
                    16:35   長良川河口堰


   七里の渡し、桑名側には船津屋があり歌行灯の店までは宿場の面影があった。
  今日は、桑名駅前のビジネスホテル泊まり。夜は、東京にもある居酒屋チェーン店で
  夕食を兼ね、たらふくビールを飲んだ。

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