浜松宿、舞阪宿


1999年8月1日     磐田〜弁天島       約23q     39,000歩


    【浜松】
      遠江国敷知郡。江戸から65里、京へ60里。前回、太田川を渡り国道
     1号線を進んだが途中右側に「これより、見附宿」の大きな看板から右
     斜め前方へ入ると宿場の中心。旧見附小学校の少し先を左折、南へ
     向かえば国分寺跡、府八幡宮を通り東海道本線磐田駅。今回、午前10
     時ちょっと前に磐田駅前を出発しました。約一時間程で天竜川に差し
     掛かりました。国道1号線は、新しい新天竜川橋。旧東海道は、古い天
     竜川橋。写真のように200メートルも離れていません。どちらの橋もガー
     ドレール、縁石等で区切られた歩道はありません。新天竜川橋は、歩
     道があると思い二人でいそいそと向かい、また古い橋のほうへ戻って
     きました。古い橋の方が幅員が狭く片側一車線?だったような気がし
     ました。人の歩く所は、もっと狭く二頭の寝豚は蟹さんになり前方を睨
     みながら横歩きをしました。欄干もスリリングな高さで20メートルくらい
     下の川面が、すぐ水音が聞こえるくらい近く感じられました。
    【月ぎめ駐車場】
      東京では、「月極駐車場」と書いてあります。誰も「ゲッキョク駐車場」と
     読みません。静岡県で一番多いのは、「月決駐車場」。意味は、月極め
     と同じだと思います。それと、天神屋という屋号の仕出屋さんか食堂か
     総菜屋さんか、、、が多かった。昼食に何回か利用した。


           
      午前11時10分                午後1時ころ      午後2時10分


   【昼食】
     季節は、8月大変暑い。大変貌を遂げた浜松駅前に着いたときは、全身
    汗ビッショリで顔や腕からは塩が吹いていました。暑い、空腹、8月最初の
    日曜日、お昼頃、昼食を取るのが一苦労でした。浜松には、6っ本陣があ
    るが一つも分らなかった。東海道線のガード近くのスーパーでようやく昼食
    にありつけた。何店舗かあるうちから、回転の速そうな店に入りました。この
    近くに賀茂真淵が住んでいたところに賀茂神社、賀茂真淵記念館がある。
    こんど、機会ががあったら訪ねてみよう。浜松といえば鰻、食べたかったが
    疲労と暑さの所為で食欲がわかなかった。何を食べたのだろー。
 


   【舞阪】
     遠江国敷知郡。江戸から67里、京へ57里。浜松のイトーヨーカ堂を出て
    東海道線のガード、新幹線のガードと続けてくぐり旧東海道は、東海道本
    線と並行して進みます。257号線(旧東海道)が西に向きを変えるところに
    二つ御堂がある。北側が阿弥陀堂、南側が薬師堂。1125年奥州平泉の
    藤原秀衡公とその愛妾の創建によるもの。京にいる秀衡に会うため上洛
    途中の愛妾が、この地で秀衡死去の知らせ(誤報)を聞き、秀衡公の菩提
    を弔うために、阿弥陀堂を建立し、この地で死去した。秀衡公は、帰国の折
    当地でこの話しを聞き、愛妾のため薬師堂を建立した。恵心僧都作の薬師
    如来が祀られている。イタリアはブェローナの若い二人の悲劇は、 16世紀
    の終わりの話しですが日本には、もっと昔にあったんですね。
   【大失敗への序曲】
     浜松を出てから2時間ほど、うだるような暑さの中舞坂を目指しました。し
    かし、途中から私の体調がどうもおかしくなりました。風邪もひいてないの
    に鼻水、それも水のような、花粉症のときのそれのような鼻水が出できまし
    た。それと、唾もやたら吐くようになりました。家内が、事も無げに私を抜き
    去るを見て大休憩を取りました。
     教訓.....動けなくなる前に十分休む、水分の補給を忘れない。
    神社の裏の公園で、シャツを取り替え、水を浴び1時間以上休憩を取りまし
    た。蚊取り線香、持ってて良かった。


             午後4時ころ


   【松並木】
     ここの松並木は、大変良く整備されています。距離も2kmと見ごたえもあり
    ます。53次の安藤広重の浮世絵が、銅板にされ石碑の上に張ってある。因
    みに、舞阪宿の物は当然大きくなってました。松並木を左に折れて市街地に
    入れば、舞阪宿の中心地。旧本陣前は、もう太平洋。浜名湖の入口です。こ
    れに、秋葉山灯篭まさに東海道そのものと言った感じです。
   【今切の渡し】
     浜名湖は、昔淡水内陸湖であったが1498年の地震により浜名湖が切れて
    淡水から海水になった。しかし、この後の地震で完全に湾となってしまった。
    イマキレの渡しから海上1里半で唯一現存する、新居の関所です。船着場跡
    から東海道本線弁天島駅は、すぐでした。駅には、午後5時40分ころ着きまし
    た。浜松駅を午後6時06分の、こだまに乗ることが出来ました。途中、0系新
    幹線ともすれ違い一寸得した気分。今日のビールは、苦かった。浜松で買っ
    た安倍川餅を土産に、午後9時を回った頃自宅に着きました。
          大失敗は、次回です。
  


         
     午後4時50分舞阪松並木              午後5時20分旧本陣付近
     

              
      浜名バイパスの浜名大橋                  掛川駅にて 
 


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