【日坂】
遠江国佐野郡。江戸から55里、京へ70里半。朝から天気がよく、暑くなりそうな
金谷駅前から出発。金谷駅のトンネルの上まで線路に沿って右側を進む。前回
は、復元された急な石畳を登りましたが今回は石畳茶屋まで右側の階段を利用
しました。しかし、石畳茶屋からはまた急坂を登りました。登りきったら右へ曲が
り、途中に諏訪原城跡の看板を見ながら菊川宿。ここまでは、よく整備された道で
茶畑、山の新緑等大変すがすがしい気分です。合い宿の菊川にも観光施設が
ありました。山間の道を茶畑を見ながら1時間程歩くと、小夜の中山夜鳴き石で
有名な久遠寺に着きます。全くの山の中で、夜な夜な石から赤子の泣き声が聞
こえたら・・・・・・。境内には、その直径1メートルくらいの丸い石があります。話し
は、妊婦が山賊に襲われ殺された時偶然生まれた子供が、その石のそばで泣い
ており助けられ成人になり仇討ちの本懐を遂げたと言う内容だったような気がし
ます。女の霊が石にこもり夜な夜な泣くと言う。しかし、この石は道路建設のため
移動しているようです。夜は通りたくない。今日は昼間でよかった、と思いながら
沓掛の急坂を下り日坂宿の集落に着きました。

午前9時40分 菊川付近 午前10時40分
【掛川】
遠江国佐野郡。江戸から56里半、京へ68里。沓掛から日坂の集落に降りると
頭上には、巨大な道路が通っており夜泣き石が一寸くらい泣いてもきっと聞こえ
ないでしょう。昼食時になりましたが掛川まで一時間半くらいで行けそうなので頑
張ることにしました。途中から、つま恋スポーツランドの案内板が目立つようにな
りました。この辺りから袋井、浜松とヤマハの本社、工場、レジャー施設が目白
押し。そして、平成6年復元された掛川城の天守閣が小高い丘の上に見えてき
ました。山之内一豊も城主になったことがある古いお城だそうです。お城を見学
してから昼食を食べました。駅前付近のラーメン屋に入り、冷やし中華を食べるつ
もりが無くてつけ麺を食べました。行列ができるお店に匹敵するほどおいしかった
です。店名は、忘れたのではなく覚えていなかった。

午後1時20分掛川城 午後5時30分見附宿入口
午後6時10分磐田駅前
【袋井】
遠江国山名郡。江戸から59里、京へ66里。十九首塚が掛川の地名の元になった。
平安時代の平将門他十九名の首が川原に掛けられ、京都から首改めの役人の検分
が済み埋葬された地だそうです。東京神田には、将門を祭る神田明神、東京大手町
ビルの谷間の一角に将門の首塚があります。将門の首は、空を飛んだのだから首塚
が複数あっても不思議ではない。江戸から60里と言う所に、仲道寺がある。東海道の
丁度中間にあるという意味らしい。東海道は、125里だから厳密に言うと、やや江戸寄
りである。県道253号線で袋井市に入ったが、宿場の雰囲気は全く無い。ここは、昭和
19年の東南海地震でほぼ全壊に近い被害を受けた。しかし、27番目の宿場町は街道
の「まんなか」である。
【見附】
遠江国豊田郡。江戸から60里半、京へ6里半。すこし、疲れてきました。しかし、今日
の予定は、東海道線磐田駅のある見附宿。まだまだ、日は高い。ぐわんばろー。東
海道線袋井駅もある。約一時間半、三ケ野橋を渡りまた国道1号線を磐田の市街地
に向けて黙々と歩きました。そろそろ、左へ曲がらねばと思い曲がれば一本早かっ
た。しかし、方向は、間違ってなく無事ジュビロ磐田のマスコットの建つ、改築中の磐
田駅に到着しました。トイレが、仮駅舎の外にあり探しました。掛川まで戻り、駅弁と
ビールを買い新幹線で帰京しました。いつもの、安倍川餅も忘れず買い求め午後10
時頃娘の待つ自宅に着きました。
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