大津宿、三条大橋


 2000年4月24日        草津〜三条大橋      約24q    40,000歩


    【大津】
   近江国志賀郡。江戸から122里20町、京へ3里。
 朝早い新幹線で米原で乗り換え、草津駅に着いたのは
 午前9時45分。ゆっくり歩いて、ちょうど10時ころ草津本
 陣に着きました。(月曜休館、午前9時から午後5時、入
 館は午後4時半、200円)前回、見学出来なかったので
 見学しました。寛永12年(1635)から明治3年(1870)で使用
 された。すぐ、近くに追分道標があり宿場町としての風情
 が色濃く残っている。平成の大修理が、平成8年に終わり
 よく整備されている。

                        ここから、東海道と中山道は同じ道を通り三条大橋を
  (午前10時10分、草津本陣)   目指します。しばらく、草津の商店街を進み矢橋道標、野
       路の玉川の碑、そして右手に弁天池、街道からは見えないが昔月が落ちたと言う
     月輪池。瀬田駅に通じる道を横切る前に一里山一里塚。住宅街の中で、突然街道は
     左折してまた右折する。十分注意していれば案内表示があります。逸る気持ちを抑え
地図を良く見て方位を正しく把握しましょう。
  広い道路に出ると突き当たりに、UCHDAH組本社の信楽
 焼のたぬきが目に入る。

  大津市内の「唐橋ふれあい通り」を進み、T字路の右が瀬田
 の唐橋。唐橋を渡り、石山の商店街を進みJRのガードをくぐる
 と左手に巨大な工場がしばらく続きます。

 【今井兼平の墓】 今井四郎兼平とは、木曾義仲の乳母の子で
 (午後12時30分、瀬田の唐橋)    義仲とは兄弟のように育てられ最期も一緒だった主従。
     墓は、巨な工場を廻り込むので近くはない。


              (午後2時10分、滋賀県庁)    (午後3時、逢坂の関)       (午後4時10分逢坂山を越えて)


    【三条大橋】
       琵琶湖に沿って進むが比較的分かりやすい。一ヶ所、京阪電鉄石坂線の踏み切り
     手前で右折しなければいけない。直進すると小学校に突き当たる。

       膳所商店街が旧東海道です。膳所城のあったところは公園になっています。琵琶湖畔
     にあります。【義仲寺】木曾義仲の墓の隣に松尾芭蕉の墓。芭蕉の終焉の地は大阪ですが
     遺言「骸は木曾塚に送るべし」によりこの地に作られた。

       義仲寺から京町を通り、札の辻に出るわけだが京阪電鉄の踏み切り付近で左斜め前方
     に進むべし。県庁の前の通りを通らなければいけない。間違えると大津事件碑を見落としま
     す。【大津事件】此附近露国皇太子遭難之地の碑が建つ。明治24年5月11日、最期のロシア
     皇帝ニコライ二世が皇太子の時代琵琶湖観光を終え京都に帰る途中、警備の警察官に切
     りつけられた。
        

       札の辻を左に登って行く。国道と京阪電車そして狭いところでは、高速道路まで走っている
     交通の要衝です。ただ、歩きにくいところです。

       途中には、小町湯と言う銭湯があった。小野小町が逢坂山で晩年を過ごした言い伝えに
     よるのか。蝉丸社の下社に
               これやこの  行くも帰るも  別れては
                       知るも  知らぬも  逢坂の関  蝉丸の歌碑がある。
         【昼食】
           遅い昼食をとることにした。この時間まで我慢してきたのは、逢坂の関を右手に
         入ったところにある「かねよ」と言う鰻料理店で食事がしたかったからです。料亭の
         方は、閑静な庭を眺めながら食事が出来るようになっている(高そ−−)。向かいに
         レストランがあり名物の、厚焼き玉子の上に鰻をのせたきんし丼が手ごろな値段で
         食べられる。


    【失敗1】
      「午後4時10分逢坂山を越えて」の写真は、道を間違えた証拠写真です。左にある追分町
     交番を左に入るのが旧道。
    【失敗2】
      しかし、山科を過ぎ京都に来たんだと言う実感が湧いてきました。山科の駅前を過ぎてJR
     のガードをくぐると右手に天智天皇稜、そしてガソリンスタンドと床屋の間の小道を左に入る。

      ここまでは間違いなかったが、入った小道を左に曲り直進するのが正解。入った小道を右
     に曲がったため旧道を見失い、交通量の多い国道で九条山を越えた。

    【到着】
       九条山を下れば、地下鉄蹴上駅、舟をケーブル台車で運んだインクライン跡、レンガ造り
      の発電所跡、右に南禅寺左三条大橋の標識。京阪三条駅前は、高山彦九郎の像が何処
      にあるか分からないほどの人出でした。時刻は、5時を廻り6時近いが明るい。
       歩いてしまえば、あっけなかったような気がします。次は、中山道で上洛しようと心に決め
      ました。今日は、京都に泊まり明日貴船、鞍馬と観光する予定です。


   
 (午後4時20分、山科駅前)    (午後5時20分、インクライン跡) (午後5時50分、三条大橋)

       京都駅駅前のホテルに向うため、京阪三条駅から電車に乗り東福寺でJRに

     乗り換えて京都駅に降り立つはずでした。しかし、東福寺駅から歩いてしまいました。
      (中々、予定通りには行きません  ̄(°°;))``。。オロオロッ。。’’((;°°) ̄ )

       ホテルでは、源氏物語と言う地ビールで乾杯o(^-^o)(o^-^)o ヤッター 


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