石薬師宿、庄野宿
亀山宿、 関宿


 2000年3月12日       追分〜関       約23q     39,000歩


     【石薬師】
        伊勢国鈴鹿郡。江戸から102里、京へ22里。名古屋から近鉄に乗り換え四日市へ
      四日市で、あのマッチ箱電車に乗り追分駅に着きました。午前10時10分頃着きました。
      ホームには、ルーズソックス、厚底運動靴の中学生が3名日向ぼっこ。内部橋を過ぎて
      国道1号は右、左の丘を目指し登っていく。坂の途中に史跡「杖衝坂」の碑がある。右
      手下には国道1号、やがて一緒になる。この辺り采女町、ヤマトタケルの杖衝坂、この
      時流れた血を封じた血塚神社等古事記、日本書紀の世界。「吾が足が、三重のまがり
      の如くしていと疲れたり」の故事が県名になった。
        午前11時30分頃石薬師宿小沢本陣に着いた。静かな町並みが続く。佐佐木信綱記
      念館、国道を渡って石薬師寺。寺の裏手から入り正面から抜けました。すぐ先に石薬師
      一里塚。


    
    午前10時47分     午後12時03分石薬師        午後12時10分一里塚


     【庄野】
       
伊勢国鈴鹿郡。江戸から102里26丁、京へ22里30丁。旧道は、国道、関西本線で分断
され分かりにくい。しばらく国道を歩き、コンクリートの工場を右に
曲がりすぐ左折すると宿場町の雰囲気を残す庄野宿。庄野宿の本陣
は今は無いが、立派な資料館がある。(写真)古い民家を利用したも
ので一見の価値あり。床の間にロシア語で書かれた掛け軸がありま
す。井上靖著「おろしゃ国酔夢譚」の主人公大黒屋光太夫がロシア
語で書いたものだそうです。光太夫は、伊勢国若松町(現鈴鹿市南
若松町)また、神昌丸が出帆した港白子も鈴鹿市にあります。1782年
遭難、1792年根室に帰国し1838年73歳で没するまで江戸番町の薬草
園に幽閉された。しかし、1802年伊勢神宮参拝を許されたおり一時

     帰郷している。ここ庄野の主とは、どのような関係があったかを窺い知ることはできない。
     (午後12時55分)


     【荒神山】
        庄野から北へ4q位のところにあるのが荒神山高観音寺。事件は、慶応2年(1866)に起きた。
      登場人物、神部の長吉、吉良の仁吉、安濃屋徳次郎、清水次郎長、沓掛時次郎等全て実在
      の人物です。事件の背景、観音寺では年に2回だけ賭場が開帳されました。当時も博打は禁制
      でした。荒神山は、神部領、亀山領、天領が隣接する地にあり夫々が手をつけにくい地点であ
      った。最も安全、合法的な賭場として全国に名を馳せていた。2日間の寺銭が1500両にもなった。
        桑名の安濃徳は、この賭場が欲しかったのです。子分同士の喧嘩を口実に長吉の賭場を
      取り上げようとと画策しました。安濃徳の子分は1000名余り、長吉の子分50名ほどで最初から
      喧嘩になりません。そこで、兄弟分の吉良の仁吉を頼り伊勢を引き上げます。仁吉の新婚半年
      の妻お菊は、安濃徳の妹でした。
         「義理が廃ればこの世は闇よ、なまじ止めるな夜の雨」
       そして、次郎長があらわれ「血煙、荒神山」となります。10倍以上の差があり劣勢だった次郎長が
      優勢に転じたのは、それまで傍観者だった沓掛時次郎が次郎長側に加勢したからだそうです。仁
      吉の遺体は、白子港から吉良に運ばれ埋葬された。


     【亀山】
        
伊勢国鈴鹿郡。江戸から104里、京へ21里。亀山までは、広い畑の中の立派な道をとぼとぼと
歩きました。亀山城には午後4時ころ着きました。亀山というと、やはり
ローソクが有名です。ここのローソクは和ローソクです。櫨漆から作る
芯が和紙で出来ており、切り口がバームクーヘンのようなローソクです。お
もに、寺院で使用される。亀山城に天守閣は無い。残っているのは、多聞
櫓です。(写真)城の前に石井兄弟仇討ちの碑がある。苦節24年で本懐
を遂げた。元禄14年の事で、この年松の廊下の刃傷も発生している。武家
屋敷が再建されているがまだ、工事中でした。


 
     【関】
       伊勢国鈴鹿郡。江戸から106里、京へ 19里。今日の予定は、関です。関から関西本線で名古屋
      に戻り新幹線で東京です。すこし、急ごう。亀山を出て、関西本線を横切り、鈴鹿川に沿って伸びる
      大岡寺縄手を進む。18丁続く縄手は本来の縄手の風景を良く残している。また、線路を横切り国道
      を進むと「小万もたれ松」で右に入り関宿。宿場の町並みは黄昏の中でした。宿場内には、観光施
      設があるようだが次回のお楽しみとした。


             
         午後4時33分            午後5時20分 関宿


       関駅から午後6過ぎの電車に乗り名古屋に着いたのは、8時を過ぎていました。関駅で
     待ち時間に昼の残りのおにぎりを食べたのであまりお腹が空いていない。つまみに良さそ
     うな弁当と名古屋限定缶ビールを買い求め「ひかり」で帰宅。

       
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