2004年5月26日(水)快晴 
          十和田市〜馬門      8:30〜17:30
                          50,000歩   約30q
                                    (江戸から)  1,040,000歩  623q
                          50、野辺地
                     (⇒七戸⇒野辺地⇒馬門)
          ◎前泊、市内の十和田温泉(和幸ホテル)に泊まりました。新渡戸記念館も見学しました。
          26日は、朝から快晴、体調万全。稲生橋から程無く真登地の一里塚、そして松並木、池ノ
          平の一里塚。池ノ平の一里塚は、荒れてはいるものの左右残っています。新幹線が通る
          予定の七戸から蒼前平の一里塚は、諏訪牧場を右だと思います。我等は、4号線を直進し
          ました。途中、今は無い南部縦貫鉄道の鉄橋や軌道敷地を右に見て、「日本中心」の碑が
          ある東北町。野辺地からは海岸沿いを歩き馬門番所跡
。           

    
人口河川、稲生川。稲生橋8:30     池ノ平の一里塚10:12  野辺地で大湊線の踏切を渡る16:50
          ◎本日の宿泊先、馬門温泉富士屋ホテルへは馬門番所跡から一時間かかりました。翌日気
          が付いたことですが、全行程緩やかな上り坂です。


  2004年5月27日(木)晴
         
馬門〜浅虫         9:55〜16:10
                         37,000歩   約22q
                                   (江戸から)  1,077,000歩  645q
                     (⇒小湊⇒浅虫)
          ◎今日は、緩やかな下り坂を一気に馬門番所跡へ。富士屋ホテルは、当然と言えば当然
          ですが全て良かったです。馬門番所跡から海岸沿いを進むと、南部藩、津軽藩の境界塚。
          狩場沢、清水川、小湊、清水川を過ぎて夏泊半島の付け根を横切る。土屋まで海は見え
          ません。土屋番所跡付近は大規模な道路工事中。ここを過ぎれば青森市、4号線は東京
          から722q。浅虫温泉のホテルが見えてきます。
    
  手前津軽、向こう南部10:15        小湊13:22              浅虫温泉15:50
          ◎浅虫温泉駅には、駅前に足湯があります。ちょっと熱めですが、疲れが取れます。足湯
          につかり駅前の土産物店に入ってみたが、やはり八戸のユートリーが良いようです。つがる
          26号で八戸へ17:48、最終の東京行きで帰宅。


   2004年8月22日(日)晴
          
浅虫〜津軽宮田       12:40〜17:40
                           32,000歩    約19q
                                      (江戸から)  1,109,000歩  664q
                     (⇒青森⇒油川)
          ◎乗り継ぎ,停車駅の関係で歩き始めが昼過ぎになりました。浅虫から野内番所跡、海水
          浴場もある合浦公園を過ぎれば、日本一長い4号線も青森県庁で終点です。我ら夫婦は、
           4号線ではなくアスパム前のベイブリッジに登り海岸沿いに進み、油川の手前で280号線
          に出ました。油川は、羽州街道と松前街道が合流する要衝の地。油川の隣駅が津軽宮田。
          津軽宮田駅は駅舎無し、トイレ無し。
   
  野内番所跡13:46         青森ベイブリッジを渡る15:36      油川16:40


   2004年8月23日(月)曇、晴
          
津軽宮田〜平舘        8:20〜16:20
                           45,000歩    約27q
                                      (江戸から)  1,154,000歩  691q
                           51,蟹田
                     (⇒蟹田⇒平舘)
           ◎体調万全にする為、昨夜は「じょっぱり」を控えめにしました。今日は、行程が長いのです。
          280号線を海岸線に沿って北上。下北半島の脇野沢が迫ってきます。国道を歩いたり堤防
          を歩いたりしました。蟹田駅は、緑の窓口もあります。津軽海峡線の特急がとまります。隣の
          中小国を過ぎると津軽線と津軽海峡線が分かれます。蟹田は、蟹が沢山獲れるのでしょう。
          そして、観瀾山(かんらんざん)、太宰が病院の事務長の歓待を受け登った山は国道沿い左
          側にあります。小さな丘ですが、先を急いでいたので登りませんんでした。
   
 マルシェよもぎだ11:50        蟹田観瀾山13:37      本家?平舘「不老ふ死温泉」16:25
          ◎今日は、温泉です。不老ふ死温泉と言うと、黄金崎の艫作駅の不老ふ死温泉が最近は有
          名ですが此方も本家だと思います。黄金崎に比べれば小さな旅館です。黄金崎も昔は、小さ
          な旅館でしたが。秦の始皇帝の家臣徐福が、不老不死の薬を求めて日本に上陸したのが津
          軽半島小泊。


   2004年8月24日(火)晴、曇
          
平舘〜津軽浜名        8:10〜14:10
                           33,000歩    約20q
                                      (江戸から)  1,187,000歩  711q
                     (⇒今別)
          ◎昨夜は、ホタテに、蟹に、ウニに、じゃっぱじる、等々満足しました。朝食もしっかり頂き
          出発。平舘からは、海沿いを進み台場の平舘灯台、津軽国定公園入り口付近の立派な
          松並木と続きます。平舘海峡にかかる夢の大橋、津軽下北大橋の実現が楽しみです。目
          の前は、下北半島です。そして、津軽海峡に向けて建っている巨大建造物。なんでしょう?
          津軽浜名駅は駅舎無し、トイレ無し。
       
 津軽国定公園入口8:38       夢の大橋、実現なるか。       巨大建造物(左端)9:50
    
   高野崎11:30           ♪ごらんあれが竜飛岬13:47    今別駅15:54
          ◎津軽浜名の次が終点三厩駅です。一駅手前で終了しました。そして、トイレのある今別駅
          まで戻りました。次回で終了です。


   2004年9月8日(水)晴、台風一過
          
津軽浜名〜義経浜海浜公園   17:05〜18:10
                             7,000歩     約4q
                            52,三厩
                                        (江戸から)  1、194、000歩  715q
          ◎今年は、台風の当たり年らしい。台風18号は、日本を縦断して日本海から北海道に上陸
          して温帯低気圧に変わり消滅するはずだった。しかし、北海道上陸に際し息を吹き返し台風
          になった。東京から18号の追っかけをやってしまい、津軽半島で追いついてしまった。予定し
          ていた列車は代替列車になり、途中打ち切り、運転再開までかなり時間がある。
          ◎義経浜海浜公園に厩石なるものがあり、松前街道終点の碑、義経渡道の地の碑がありま
          す。国道も三厩村役場から、280号線から339号線に変わります。
   
   津軽浜名駅17:03        二ッ石崎付近17:25         これより三厩村17:35
          ◎三厩村に入った時、日は既に落ちていました。翌日、義経浜海浜公園を見学してから本
          州の袋小路を目指しました。


   2004年9月9日(木)晴
        
義経浜海浜公園〜竜飛      9:30〜12:30
                            16、000歩     約10q 
                                       (江戸から)  1、210、000歩  725q 
   ◎ 「ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全
      く絶えてゐるのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、
     その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くな
     り、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路
     は全く尽きるのである。」ちょっと、長いですが太宰治の小説「津軽」から引用しました。
   
  旅館「いこい」前8:38        松前街道終点の碑8:58       竜飛集落11:40 
              
              この先に路はない。11:55     階段国道に登る。12:00
                    
                   12:30 1,194,000歩の地点、竜飛崎灯台
    ◎1999年3月6日から始めた街道歩き、五街道の打ち止めを竜飛岬と決めたのは白河に着いてからです。
             5年半かかりました。次は、どうしましようか。また、東海道でも歩きますか。
                パソコンも5年もちました。限界かな。 
       
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