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名古屋の形容詞は、”大いなる田舎”である。人口は約220万人と、全国の都市で第4位。だが、その一方で、考え方は非常に保守的、よそ者を簡単に受け入れない排他性、権威に弱いところなど、田舎的な要件も、枚挙にいとまのないくらいそろっている。手ごろな規模で都会と田舎が同居しているわけである。
そこで、客観的に、私の知っている名古屋という都市についてちょっと書いてみました。仕事や旅行などで名古屋に行く機会がある方は読んでみて下さい。
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- 名古屋人は交通マナーが悪い。スピードは出す、三重駐車は当たり前。信号無視スレスレの走りかたも当たり前(黄信号は青信号?)。こうした公徳心の欠如が、よそから来たドライバーのひんしゅくを買うもとになっている。そして、マナーの悪さが事故の多さを物語っている。
- 名古屋人は、人前では言いたいことはいわない。相手を非難することもしない。しかし、陰に回るとクソミソに他人の悪口をいう。
- 名古屋といえばパチンコ、パチンコといえば名古屋と言うほど有名である。名古屋では、やはりパチンコが庶民の遊びの王者なのである。
- 名古屋人の中日ドラゴンズへの思い入れは並々ならぬものがある。たとえば、愛知県の出身者で中日ドラゴンズに入団しない選手の評判はすこぶる悪い。ましてドラゴンズの天敵ジャイアンツにでも入団しようものなら、国賊かA級戦犯と同じ扱いを受ける。大府高校からジャイアンツに入った槙原投手などが名古屋にくるとブーイングが起こる。名古屋に来たら、タクシー運転手との会話に注意すること。間違ってもドラゴンズファンでない素振りを見せないこと。
- 名古屋の商売のやり方には独特のものがある。名古屋に転勤で赴任している者は仕事のやりにくさを感じる。というのは、名古屋人は、地元にいつかず、いつ帰ってしまうかわからない人間を基本的に信用しないところがあるからだ。ところが、いったん気心が知れるようになると、その関係がずっと続くのも、名古屋なのである。人間関係をじっくりつくり、互いにプライベートの部分にまで踏み込んで話ができるようになったらしめたものである。ただ問題なのは、その関係をつくるまでに時間がかかるということだ。それまでは血縁や地縁などのコネがモノを言う。とになく、驚くほどコネが効き目をもつのが名古屋のビジネス社会なのである。これが東京や大阪からやって来たサラリーマンにはなかなかなじめない部分である。東京や大阪からの転勤族の多くが、もう二度と名古屋には勤めたくないという思いで帰って行くというのも、あながち大げさだとと言い切ることはできないのである。
- 名古屋人はロマンも夢もない、スケールの小さい者ばかりである。どことなく面白味に欠ける。ただ黙ってコツコツ働くばかりで遊び心というものがまったくない。
- 名古屋では、わざわざ東京や大阪にまで大学を受験しにいくこと自体、あまり好まれないところがある。子供が超優秀で、東大に行きたいなどといっても、まず反対される。名古屋では東大よりも名大(名古屋大学)のほうが有名なのである。地元にいて、エリート、エリートとチヤホヤされながら、いいお嫁さんをもらって安穏な生活を営んだほうが得というのが、共通した価値観のようだ。一国を担う人材になろうとか、全国規模の会社に入ろうなどとは、毛ほども考えないのが名古屋なのである。
- 名古屋人は東京に対するぬぐい切れないコンプレックスを持っている。その証拠に、名古屋人は、東京にいたというだけで、一応尊敬して見せる。だが、しばらくすると、「このやろー!」という反応が返ってくるのだ。
- 名古屋人は名古屋に誇りを持っているくせに、よそ者には必ず「名古屋のようなつまらないところへ来て大変ですね」という言い方をするのである。
- 名古屋人は、東京や大阪から進出しようとしても寄ってたかって意地悪をしてそれを阻止しようとする。名古屋人は閉鎖的、排他的である。と同時に、名古屋人は地元から離れたがらない。
- 名古屋人はよそ者は嫌いだ。それもハンパではない。相当親しくなったつもりでいても、いざというときに冷たくされるのである。
- 名古屋人にとって好ましいおみやげというのは、重い、大きい、安いの三拍子そろっているものなのである。両口屋の「千なり」、大和屋の「守口漬け」、「ういろう」にしても、みなそうである。
- 名古屋では個性的なオシャレができない。なぜか? それは個性的なオシャレをすると、どうしたって目立つ。そして、目立つ者が嫌われるのが名古屋の社会なのである。だから、会社でオールカジュアルディーになっても、カジュアルな服装で会社に来られないのである。
- 名古屋では芸能人がよく育つと言われている。なぜなら、名古屋人は笑うことすら惜しみ、拍手をすることさえケチるからである。その名古屋人を笑わせ、拍手させなくてはならないのだから、芸もおのずと磨かれるというわけである。
- 中日新聞は、名古屋人のあいだでは、とりわけ信頼があり、よく読まれている。地方のニュースで、朝日新聞に出ていても、中日新聞に出ていなければ、そのニュースは名古屋人にとって、まだ「ウワサ」の域を出ないと言ってもいい。中日に載ってはじめて、ニュースとして認知されるのである。スポーツ新聞では、「中日スポーツ」がほとんどで、それ以外のスポーツ新聞は売られていない。せいぜい名古屋駅構内の売店くらいである。そして、中日スポーツといえば、その内容たるやドラゴンズ一辺倒で、ただひたすらドラゴンズのためのスポーツ紙である。
- 名古屋は、仙台、水戸と並んで「日本三代ブスの名産地」と言われている。ただし、最近は名古屋の女性もお化粧や服装にお金をかけるようになってきたようである。
- 名古屋には、喫茶店が異常なほど多く、競争が激しい。コーヒーを飲むところより「食事をするところ」。朝食のモーニング喫茶がいたるところにある。モーニング喫茶のサービスメニューは、充実しており、目を見張るものがある。トースト、コーヒー、サラダはもちろん、ゆで卵、ウインナー野菜炒め、クッキー、はては味噌汁から二日酔いのためのドリンク剤まで、テーブルは満艦飾という言葉がぴったり当てはまる光景である。また、名古屋人はとにかくコーヒーをよく飲む。コーヒーを頼むと、よくピーナッツやアラレがついてくるのも、名古屋ならではだろう。
- 名古屋では、松坂屋夫人になることが、ステータスシンボルとされてきた。その松坂屋夫人とは、買い物をするとカウンターで、「外商にまわしといて(ちょう)」と、すまし顔でのたまう奥様のことをいう。この一瞬の快感を味わうために、わざわざ彼女たちは松坂屋まで足を運ぶのである。その声を耳にすれば店員の対応も違うし、周囲の客も羨望の眼差しで彼女を注視する。
- 名古屋人は三回値切るという。まずは見積書の段階で値切る。次は請求書の段階で値切る。そして、三回目は支払いの段階で値切るのである。
- 名古屋人は、世の中の流行に安易に乗ることなく、その趨勢をじっくりと見極める。あるいは、借金をせずにすべて自己資本でまかなう。これらの一つひとつを着実に実行しているのが、名古屋の経営者なのである。他人からどう思われるからとか、評判がどうのといった余計なことには一切関心を示さず、ひたすら商売に専念する。
- 名古屋の地下街が非常に発達していて、地上の商店街、ビジネス街のほうが人通りが少ない。名古屋人は「地下街は日本一」と自慢し、すぐ地下街に連れて行く。
- 名古屋人は、とにかく貯めることがことのほか好きである。要するに、ケチ、ガメツイのである。一度預けた預金はなかなかおろさない。おろすのは、娘が結婚するときだけである。結婚は親の身上の見せ場である。一切合財、親がもってしまうのが名古屋の結婚。
- 名古屋には、本屋さんが多い。地下街を歩いても、とにかくやたらめったら本屋が目につく。ところが、これだけ本屋が多いのに、本そのものはあまり読まれない。名古屋で売れるようになれば、それは本物のベストセラーといわれているほどである。これは名古屋人がもともと、形のないものにはお金を使わないという気質があるからである。また、図書館があまりにも充実しているせいか、名古屋人は本は借りて読むものと思っている。
- 名古屋の夜は早い。夜の盛り場はたいてい夜の12時まではネオンの明かりが煌煌と街を照らしている。だが、名古屋では、夜の8時ともなれば、客が浮かしはじめ、9時を過ぎれば人通りがめっきり減ってしまう。つい1時間ほど前の喧騒が、まるでウソだったかのような人の減りかたである。なぜか。やはり、外でお金を使うことを嫌う名古屋人の気質のなせる業であろう。
- 名古屋では、人間よりも車を優先して道路が作られているのである。道は車のためにあるのだ。なぜなら、車こそ名古屋人の生きる目的であり、何よりのステータスシンボルなのである。
- 名古屋の道路は広い。その象徴と言われるのがこの100m道路である。100メートル道路とは、歩道を含めた道路の横幅がちょうど100m程ある道路のこと。横幅が100mと言ってもすべてが車道というわけではなく、道路の両脇に歩道があるのは勿論、道路の中央部分にもちょっとした広場があり、ぱっと見た感じは、広場を挟んで両側に一方通行の道路が走っているといった感じである。



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