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雑記帳
布を織り、きものを洗う
いつか自分で着る服の、布を織りたいと思う。
小さいゴミと玄米を選り分けるように
織り込むものとそうでないものを細かく選別する。
生きるものと死ぬものを選り分ける作業。
布を織るという作業を通して
似ているけれどまったくちがう作用をするもの
(いのちをうばうものとあたえるものの違い)を
選別する感受性が育まれるような気がする。
着ているものは自分を守ったり強めたりするものだ。
着ているうちに何かが作用して、きものたちが極端に弱ってしまうことがある。
そんなときはたいして汚れてもいないうちから洗濯したくなる。
水に浸して
洗い清めて
神秘を取りもどすのだ。
着物はわたしにとって境界線をまもる仮面。
つまりペルソナとしてのきものは、門番であり、番犬がわりになるものだ。
ペルソナは日常をすらーっと泳ぐための、強力な魔法のひとつだ。
だから奇天烈婆さんの魔法使いが織る布ならサイコーだろう。
(サイコーに強力な門番をつくってくれそうだもの)
機織好きな伊豆の友人Kさんは
きっといつか奇天烈なばあさん魔女になるんだろうなぁ。。
いやもうその兆候はすでに見え隠れしているようにも思う。
次に会うときは地上から数センチ上を
スラスラ歩いているのではなかろうか。。と
けっこう本気で思ってしまう。
ペルソナはある種のカモフラージュとしても使えるし
逆にふだんのままの人となりを感じてもらうツールだとも思う。
あれこれイメージを伝えることに四苦八苦しなくても
着ているもので人は勝手にイメージをつくりあげてくれる。
白衣とか迷彩服とかスーツとかに、細かな自己紹介は必要ない。
着ているものは、日常のままのひととなりを演出してくれる。
暮らしの息づかいや、生活のひとこま。
寝起きのコーヒーや、午後のお茶の葉の香り。
そんな日常の気配が満ちている、きもの。
生きる力のある糸だけで力を秘めた模様を織りこみ 水に浸して浄化する。
そして太陽の光に晒して強化する。
日常にはやはり魔法がいっぱいあふれているんだな。
機織。洗濯。布団干し。
掃除。炊飯。おさんどん。
わたしにとって暮らしをととのえる「日常ごと」は
「日常的でない」ことを考えられる絶好のチャンスになる。
たいてい思索の海にドボンとダイブしたあとって風呂やベランダの掃除にはまる。
掃除したい衝動を抑えきれないのだ。
ごしごし、ジャブジャブ豪快に水を流して床や壁面をモップでこする。
それからあとは換気扇や電灯磨き、鏡を磨いたり靴を洗ったり。。
日常的でない、変わった思い。
神秘的で超自然的なこと。
死について生について魂について。。。
そういう非日常的な考えをつかず離れず小脇に携えるには
掃除してるリズムが軽快で心地好い。
暮らしをととのえるこまごまとした雑事は
いのちをあたえ死になじむサイクルだと思う。
生きるもの、死すべきもの。省くもの、取り込むもの。
お掃除は暮らしの中で繰り返されている新陳代謝の後始末。
玄米を選り分けるように織り糸を選り分けるように
あること・あるものに
エネルギーを吹き込んだり強めたり強化したり浄化したり…する能力を養う。
そして死にゆくものの邪魔をしない…能力を培う。
こうしていつもわたしは掃除が終わるころあたりには
神秘的なことからひるんではいけないぞって 思うのだ。
そうして、ほどよく疲れたからだをお気に入りベランダチェアに投げ出して
古代メキシコのシャーマンたちに出会うため
「時の輪」なんぞぱらぱらめくったりしちゃうのだ。
それは文字通り、この世ならぬひとときを垣間見る至福のひとときなのだ。
なぞなぞ
人生は、なぞなぞです。
わたしはといえばまるで、なぞ解きのためだけに
生きているような気がします。
仕事も恋愛も、家族とのつきあいや結婚生活さえもが
「いのちってなーんだ?」というなぞなぞが基軸となって
展開されてきたように思うのです。
20代の頃ある本を見ていたら
とてもリアルな太陽系惑星のイラストが載っていました。
それはなんというか、かなりの衝撃で・・
わたしは分厚い氷の下で仮死状態だったからだを
いっきに春の陽光まぶしい大地のうえにひっぱりだされたような気分で
どーんといのちの脈動みたいなものを感じた気がしました。
それまで冬眠しすぎてニブチンになってる頭には
ミントの花冠をのせられて白樺の樹液をぶっかけられたような(されてみたい)
ともかくもう、覚醒したというかビンタして起されたというか
突然背骨が「ここにいるよー」って主張してきたとゆうか
ガチンコで思い出したのです…。
(わたしにとっての)人生は、なぞなぞだったということ。
「人は死んだらどこへ行くんだろう?」
「この世界はいつはじまったんだろう?」
「意識っていったいなんだろう?」
子供のころから最優先的に感じてはいたけれど
いつのまにか無理やりのみこんで忘れたフリを決め込んでいた思いを
そのイラストははっきりとした言葉にして思い出させてくれました。
「死」や「いのち」については神仏の領域。
人がかんたんに踏み入ってはいけないという周囲の反応に
子供だったわたしは負けていたのです。
「そんなこと考えるのも馬鹿らしいが人前で口にだすなんて
まったく世間知らずで節操のない子だ」 …そんな反応に負け続け
高校時代までは仮死状態でした。
いのちのなぞなぞは、解いてはいけない。
それはエライ坊さんとか学者がやることなのだ。
けれど坊さんや学者の世界では、このなぞなぞ
いつまでたっても解けないんじゃないだろか?
子供ごころにそんなことを考えていたのをおぼえています。
そして17歳の時、家族の死に直面し、その思いは決定打となりました。
太陽系の惑星のイラストは繊細なタッチと鮮烈な色使いで
見た瞬間に「嗚呼いのちってなんだろう?」とわたしをゆさぶりました。
少女期から時間が止まったようになり
まるでゴーストみたいに生きてたわたしは
ふたたび生まれ変わってこの世界に産み落とされ
はじめての呼吸をした赤ん坊みたいに
肺を上下に大きく動かしたのです。
そのイラストを見た時、多分、泣きました。
しっかりとははおぼえていないのですがともかく興奮していました。
興奮さめやらぬままその本を出版した会社に行き
なんか仕事ありませんか?って聞いてみました。
ちょうど雑誌部門の編集に欠員がある、というので
さっそく仕事をはじめました。
その出版社は「死」や「命」をテーマにした本を扱う
へんてこで風変わりな会社だったのです・笑
ずらりと並んだ書棚をみるととたんに興奮して
すぐにう○ちしたくなる体質のわたしは
職場にどんと本があるというだけでかなりのナチュラルハイモード
意気揚揚とランナーズハイ&フローラルハイ状態で
毎日ドーパミンを大放出して仕事していました。
本も読み放題だったし・・
会社は半分、私設図書館と化していました。
イエほんとの話し毎夜アパートに帰るのも惜しまれました。
東京新宿納戸町。
1階が酒屋のボロアパートの一室で(そこが編集部だった)
「いのちってなーんだ?」というなぞなぞと
日々取っ組みあっていました。
「ついにっ!・・・ついにここでっっっ!!
いのちのなぞが解き明かされるのであろうか」
なんて興奮したのもつかの間
そもそも「いのちの答え」なんて本からわかるわけないんですよね。
本の中にあるのは「答え」じゃない。
たとえどんなに「答え」らしく書かれていても
謎は謎のままで深まるばかり。
なぞが解けたーと思って答えとおぼしき思想につかまると
とたんになぞなぞゲームから離脱してしまいます。
その答えは希望とか。
愛とか。
光とか。
なんともとらえようのない抽象的な表現。
けれどたちどころに人の心をとらえて
うっとりさせる魔力を秘めたことばたち。
いのちとは、愛です。
こんなのは、なぞ解きではありません。
たんなる陶酔的自己完結。
しかも愛という答えは、人生は修行!とばかりに
なぞなぞも理不尽も、味噌もくそもぜんぶ一緒くたにして
人をなにがしかの支配下においてしまう
魔性の概念だと思うのです。
(もちろん!愛を否定しているわけじゃないです)
愛という魔性の概念に陶酔して
なぞ解きから脱落した時期もありましたが
やがてわたしは、そんな悪夢からも醒めてゆきます。
「そうだ。いのちは、ことばや概念でわかるものではないよね
ましてや、愛とか光なんて言葉だけで一絡げにしちゃうなんて
雑だし乱暴すぎだよね」
そう思い直して今度はからだをつかった実践編に突入します。
ヨガインストラクター
マクロビオティック玄米菜食
整体、オステオパシー、東洋医学的なアプローチのいろいろ
アロマテラピーにボディワーク。
さまざまな職種を経て
いまだになぞは解けないままです。
人体に秘められたヴィトルヴィス図のなぞ。
言霊数魂のなぞ。
五像六腑と感情エネルギーのなぞ。
心臓がうごき続けているなぞ。
手足の指が5本のなぞ。
五官という器官がつくられたなぞ。
骨盤や肩甲骨や頭蓋骨が開閉するなぞ。
ホルモンが分泌されるなぞ。
地球が24時間で1日を刻むなぞ。
365日で太陽のまわりを巡っているなぞ。
太陽だって天の川銀河の一部で
どこかの恒星のまわりを回っているというなぞ。
そのどこかの恒星だって
銀河の中心にロックオンされて回っているのというなぞ。
世界のはじまりのなぞ。
いのちのはじまりのなぞ。
いのちってなんだ?のなぞなぞ旅行は、日常のなかに
暗号やサインをいっぱい見せつけて日々ワタシを圧倒し続けます。
でも「答え」にはなかなかたどりつけなません。
たどりつけるもなにも、もしかしたら出題された当人にも
わからないことなのかもしれません。
わからないからちっちゃく分裂して
いまも探し続けているのかもしれません。
最後に
神秘的な研究をされている松村潔さんの本
「数の原理で読むタロットカード」から
好きな一説を引用します。
**
この(にんげんの)
本性はそのままでは合致しない。
自然に生きていれば、素直に合致するはずだという考えは正しくない。
というのも歴史的に、地球社会というものは
それ以外の宇宙的なリズムとの同期から独立し
鎖国化するかのようにして発達してきた経緯があり
大地から生まれてきたままに成長すると
天とのずれが生じ、天の意志によって地上化しようとした人は
着地点を見つけられないからだ。
**
この本をなんども読み、なんどもなんども読んで・・
「神秘的なことからひるんではいけないぞ」と
やはり自身に言聞かせるのです。
夢とからだの境界線 
数年前まで偏頭痛もちでした。
それは長きにわたって・・10年くらい居座り続けていました。
(今もたまに、疲れがたまると痛みます)
右の後頭部をいつもイライラ、じんじんさせる忌まわしいやつです。
この痛みがやってきたのはボディワークの勉強をはじめたころでした。
思いがけなくてはじめは戸惑いました。
最初はいつものように2、3日でよくなるだろうと踏んでいたわたしは
特にケアすることもなく何日かを過ごしました。
しかしてハッと気がつくともう3ヶ月(!)
こんどは痛みが怒りに変わります。
ワタシがなんでこんな思いをしなくちゃならないんだ。
ふざけんな!と怒りはさらにエスカレート(笑)
いろんな治療を受けましたが一時的によくなるだけで
やはり忘れたころにまたやってきます。
そしてボディワークのお勉強はさらに深いところへ入ってゆきます。
そうするとさらに痛みも根深くなってゆくのです。
いったいなんだよぉ(泣)ってことで今度は痛みが怒りから
自己憐憫に変わります。
自分をかわいそうと思っては
そのかわいそうをつくりだした世界中のすべてを敵に回して
怒り心頭ドハツテンツキをいったりきたりして・・
ハッと気がつくともう1年(!!)
ボディワークを通してさらにいろんな葛藤・思惑・悪あがきを浮上させながら
痛みが慢性化するのをどうにも止められませんでした。
癒し系から治療系のさまざまな手技を受けつつ
規則正しい生活習慣
不規則極まりない自堕落な休暇
等々を繰り返してハッと気がつくともう10年(・・・)
とはいえわたしだってボディワーカーの端くれです。
黙って指をくわえ、痛みを放置していたわけではありません。
知りうる限りさまざまないろんないろんなことを試しました。
合理的なことも非合理的なことも
論理的に説明のつく方法も見えないものとのやりとりも
いろんないろんないろんなことを試したのでした。
けれど偏頭痛はいかんともしがたく
わたしのからだに居座り続けました。
カルロス・カスタネダ著
「意識への回帰」より引用します。
**
彼らは盟友が情感から発せられるエネルギーに惹かれるということを見たのだ。憎しみや寂しさ同様、愛も効果的なものだった。
**
ある朝ふとんのなかで目が覚めまして
右の後頭部の痛みがいつもよりズキズキ・・・かなり注意を引いてきます。
ぉし!そっちがその気なら!ふんっ(←鼻息)
徹底的に向き合ってやろうじゃないの!
この、痛いばっかりのこんこんきちめ!
ってことで、イタイイタイの先をゆき
イタイイタイを自覚的に作り出してゆきます。
かけっこで接戦してて、おりゃっっとばかりに相手を追い越す感じ。
イタイをつくりだしている目に見えないナニカ(エネルギー)の
ちょっと先を走るんです。
痛いと思わされるその前に
そのイタイを自分で感じて意識してみるといえばいいのでしょうか。 、
すると
右手を のばしたい!
頭の上に・・・。
という衝動に気づきます。
それで実際右手を思いっきり頭の上に伸ばしてみました。
伸ばしてみると右手は必死にナニカをつかもうともがいています。
左手はパーのかたちでクルクル円を描きながらひじを曲げたり伸ばしたり
からだの横でせわしなく動きます。
必死で水をかいているような動作です。
「。。。。。。溺れてる?」
右手で必死に助けを求めつつ左手で水をかいている。
そんな身体感覚をまざまざと味わっていたんです。
そんな風にお布団のなかで真剣に溺れていると
右手を伸ばしながらもがいている姿勢が
右の後頭部にものすごいストレスを与えていることに気がつきました。
あだだだだだ・・・(汗)
じっさい全身からスッゴイ汗を噴き出しながら
「こんな姿勢をずっと続けていたら痛くなるに決まってるよな
・・・てか、ここどこだ?
わたしはどこで溺れてんだ?」と
周囲を見渡す余裕も出てきました。
そこは、なにもいのちの気配を感じない灰色の水のなか、灰色の水槽。
もちろんイメージの世界ですが、
とてもリアルな幻想、とでもいったらいいのでしょうか。
見渡す限りの灰色の空間です。
とりあえずもがくのをやめてみました。
右手を下ろして、ぶくぶく沈んでみたんです。
灰色の水のそこは、なにもない灰色の空間がありました。
そしてもがくのをやめたとき、わたしは右の後頭部から
すぅっと痛みが消えてゆく感覚も味わっていました。
灰色の水のそこは、なんにもないけどまったりしてて
ふんわりしててまふっとしてて、なんともいいようのない
居心地の良さがありました。
まるで子宮のなかみたいな。(覚えてないけど・笑)
まもられていて、保護されていて、安全な、安心できる
外部からの影響もなければ外部への接触もままならない場所。
そこでねっころがったりごろごろしたりしているうちに
わたしは外へ出てゆきたいとゆう衝動に駆られます。
誰もいない、なんにもいのちの気配を感じないこの場所に
早々に飽きてしまったんです。
そこで灰色の空間をまっすぐ、まっすぐ、まっすぐに、歩いてゆきました。
そうして灰色の壁にぶちあたりましたところで 思い切り腕を天に伸ばして
また灰色の水をぐいぐいかいて 水面に浮かび上がってゆきました。
今度は壁つたいに浮かんでゆきましたので
水面に出たときにはちゃんと陸がありました。
陸(と思われる)場所に、ようやくわたしはからだを横たえて
灰色ではない空気を胸いっぱいに吸い込みました。
おどろくことに10年来の長きにわたるおつきあいの偏頭痛は
ほんとうに見事に、すっきり治っておりました。
とてもリアルな幻想のなかで
陸に上がってからまた少し旅をするんですが
その旅を一緒につきあってくれた気配もありました。
アーノルド・ミンデル著「シャーマンズボディ」より引用します。
**
慢性疾患、対立する力に引き裂かれるような感覚、臨死体験などは
しばしばあなたの古い自己を洗い流すという目的を持っているように思われる。
それは無や、純粋な本質に気づかせる。
このような困難な時期を経ることで あなたは自分自身を解体し、
ばらばらにされ、 自分はこういう仕事をしているこういう人間である、
という考え方から 自由になるよう強制される。
**
「一歩ごとに危険で複雑な道。この道は平和と調和の道ではない」
**
ドン・ファンの話を、カスタネダさんの著書から聞くのが好きです。
覚悟も決まった。やりとげる勇気もなんとかかき集めた。
そうだ、どんなにおそろしくても
この人生では神秘的なことからひるんではいけないぞ、と
いつも自分に言い聞かせます。
そしてドン・ファンの言葉を思い出します。
**
誰が悲しみのことなんか気にするものか。
謎のことだけを考えるんだ。だいじなのは謎だけだからな。
わしらは生き物だ。わしらは死ななければならないし
意識を手放さなければならないんだ。
だがもしその色合いをちょっとでも変えることができれば
すばらしい謎がわしらを待っているんだ。
すばらしい謎がな!
**
なまえ 
「さん」とか「ちゃん」とか「様」とか呼び捨てとか
日本では名前を呼ぶのってイロイロ工夫がいります。
わたしにもこれまでいろんな呼び名がありました。
ちょんちゃん ちょんこ たか たかやん ちゃか とことこ
しお しおしお しおっち しおピー
えりざべす(←なぜだ?・・・いまだに不気味な謎)
どの呼び名にも愛着があり甲乙つけがたい(つけるものでもないが)のですが
実はどの呼び方にも自分が呼ばれているという感覚、正直ありません。
わたしが感じているわたしの入れ物(わかりやすく「からだ」としておきます)を
別の入れ物と区別するためにとりあえずついている仮の名詞・・
わたしにとって名前ってそんな感じのものです。
からだだけでは表現しきれないからだ以外のわたしという「状態」を含めると
言葉で発音するのには、どうにも無理があるように思えてなりません。
その「状態」というのはとてつもなく広大で無辺で果てがないような感じがするからです。
その「状態」というのはわたしに限ったことではなく
他のすべての人やものや動物や
万物全体に対しても同じような感じを抱いています。
個体を区別するためにつけられた仮の名詞なので
なんでもいいや的な発想になってしまいます。
だから明日から尾田さんになってねとか神山さんにしてねといわれたら
アーおだですね。おだのおは小ですか?尾ですか?緒でしょうか。。。
アーはいはい、尾っぽの尾ですね。わかりました了解しました。
こころから承諾しました。
じゃ明日からワタクシ尾田ってことで。。。となります。
それでも名前がつくことで愛着がわいたり
名前を呼び合うことでつながりが強くなったりってこともありますし
名前のもつエネルギーのようなものも存在すると思います。
名は体をあらわすっていうのも頷けること多いです。
ミュータントメッセージという本のなかに
自分の名前は自分で決めるという件があります。
その名は「笛の名手」だったり「歌い手」だったり「治癒師」だったりと
今の自分が得意とすること、人に知らしめておきたいこと
あるいは自分で自分をどのように認めているのか
そしてどのようにリスペクトされていたいか
ということがぎゅぎゅっと凝縮されている名前なのです。
それはきっと自分で見る自分と他者が観る自分の間に
かけ離れたイメージがないから可能なことなのでしょう。
等身大の自分をきちんと見ることができる、ということです。
だから自分を表現することに恥ずかしいとかおこがましいとか
複雑な心境が混ざることもありません。
この本で紹介されている
自分で自分の名を決めるオーストラリアの先住民族には
ステレオタイプとか一般的なイメージとかがないのだろうと思いました。
だからイメージが膨らみすぎることもないのだろうなと。
理想像とかアコガレに心を煽られつつ
だましだまし生きるモチベーションを上げなくても
毎日ただもうひたすらに生きる知恵を出し合える環境にいるので
装飾やデコレーションやらは必要ないようなのです。
テレビが普及してないんだからそれも当然か(笑)
ドラマはただ観るものじゃなく参加して作りあげてゆくものなんでしょね。
流行とかブームとか
そういうもので作られるステレオタイプのイメージというのは
一種の呪縛だと思います。
アロマテラピーブームとボディワーカーへの確固たる先行イメージや
それからセラピストとか癒しの人と呼ばれる人物像への広告によるイメージ。
時代が求めた、あるいは時代が経済的効果を狙って生み出した癒しブーム。
わたしはそれらのイメージのおかげでとても窮屈な思いをすることがあります。
アロマテラピーをやってる人って白いシャツを襟立てて着るのよね
癒しの人っていつもニコニコ笑っているよね
スピリチュアルなことが好きなのよね
清楚でハイソでお上品なのよね
明るくて幸福で身体にも家庭にもなんの問題もないのよね
ロハスな暮らしぶりなのよね
天然石をいっぱい持っているよね
人にも地球にもやさしいよね
セラピストはこうあるべき。。。
癒しってこうあるべき。。。
ボディワークとは。。。アロマテラピーとは。。etc.etc.
(汗)
癒しだセラピーだという一過性ブームにのっかって
マスコミが作りあげたイメージの渦中にまつりあげられるのは正直勘弁してほしい
人と人が出会うときにつくりあげられるゆるやかな境界線は
こうあるべき・・・みたいなガチガチのイメージを基準にしていると
関係性も萎縮してしまうように思います。
ましてや職業でその人となりまでをも決めつけてしまうのはどうなのかな。
経済効果のため、あるいはスポンサーのためにつくりあげられた
虚構世界のテレビドラマやCM、そして映画に物語。
そういった時代の代謝物みたいなエッセンスに洗脳されて
相手の言動をセーブしてしまうような期待感を携えながら人と出会うのって
なんかそれだけでもう、不健康な感じがしてしまいます。
からだもこころものびやかに
すこやかな健全さをとりもどしたい・・・ってときに
限られた枠のなかで人と出会うこと自体
ストレスいっぱいためちゃうんぢゃないかしらん?
流行のイメージやブームに気をとられていると
自分のほんとうに心地よい有様に
なかなか気づいてあげられません。
ちなみにわたしの気分いい有様はというと…
基本、人生ぇにはいつも笑いを求めてるクチです。
遊びや娯楽やユーモアには目がありません。
本を読むのも論理的に考えるのもスキですし
眉唾物のおまじないグッズなんかにもときおり熱を上げちゃいます。
そんなわたしの在り様を、今の名前が表現してくれているんだと感じています。
互いの名前を、親しみをこめて呼びあえるあいだがらになると
癒しとかセラピーなどの固定概念や
あるいは役割とか肩書きとか経歴とかお家柄とか
そういったことにまつわる勝手な期待感を抱くこともなくなって
ふしぎとニュートラルで遊びのある
ゆるやかな感覚をとりもどせるような気がしています。
名前で呼びあっているうちに、相手の「からだを越えたなにか」とも
仲良くなっているのかもしれないな…なんて思います。
からだ瞑想 
ひところ瞑想にすごく凝っていたころがありました。
どれくらい凝っていたかというと
24時間瞑想しつつ生きていたといっても過言ではないくらい
何年か前までわたしは瞑想女でした。
24時間というとアレしてるときもコレしてるときも
アレコレしてるときもアレコレしていないときも瞑想している
あるいは瞑想状態である・・・と どこかで感じているわけで
常に自分をぼんやり眺めている自分とゆうのがおりました。
20代のころは仕事もかけもちで2個3個してたり・・
寝る間もなくモーレツに急いで生きていましたから
リズムもペースも呼吸もモーレツに急いでいる感じでした。
手帳はいつも真っ黒に埋まっていました。
それが30代に入り、ぽかんと予定のない日に
床とはじめてちゃんと出会うという(意味不明と思いますが)
わたしにとっては非常に衝撃的なできごとがあり
自分はこんなにも世界にちゃんと参加していなかったのか…としみじみ思い至り
世界をていねいに観て、ふれて、感じる・・・というリズムを刻みはじめた。
それが瞑想女のはじまりです。
「エサレンに行こう」と漠然とおもいはじめたのもこのころからでした。
当時の日記より抜粋
****
1999年 9月某日
東洋伝承医学研究所 からトリファラーとアーマラキーを買ってみた。
アーユルヴェーダのアビヤンガもはじめる
今朝、ごま油を全身に塗る。
頭からはじめて耳にも。
太白のごま油がいいときいたので昨夜買ってきた。
少しあたためておくとさらにいいようだ。
同月某日
アビヤンガを何日か続けている。
(そのせいか)毎日怒ったり泣いたりして忙しい。
バッチレメディのラーチを買って飲む。
感情の解放ってこういうことでいいのかな?
同月某日
早稲田にエサレンセルフ・ケアを受けにいった。
ここまでていねいにからだをみて、ふれるという体験は
くらさんのヨガ以来だった。
久々の開放感。気持ちいい。
同月某日
アーユルヴェーダの説明会のあとエサレンボディワークを受けに行く
10月某日
アハンカーラはなんのために起こったのだろう?
アーユルヴェーダの手技と植物との関わり方はすごく好きだ。
そして宇宙観には圧倒的な孤独感があふれていると思う。
プルシャ(純粋意識みたいなことかな)と
プラクリティ(根本的な質のあるもの・原質?)は
炎と熱みたいな関係で、この炎・・・というか光が
自らを表現したいなぁ。。と思ったとゆうのだ。
「自らを表現したいなぁ」。。
そこからアハンカーラ(個別性)が生まれたとゆうのだけれども
表現はなぜ個別化・多様化という方法だったのだろう?
なんで個別化が起こったんだろう?
なんで多様化を欲したんだろう?
10月某日
アーユルヴェーダ専門化基礎コースの説明会に行く。
10人くらいの人が来ていた。
順番に自己紹介。。(あう)
自己紹介の前にともかく一緒に踊っちゃうとか
とりあえず手をつないでみるとか
そういうことからはじめられたら少しはらくちんかもなぁ
もっと嗅覚が発達して、感性が磨かれたら 態々喋ったり説明したり
自己紹介とかしなくても 匂いでいろんな情報が交換できて
スムーズにミュニケーションがとれるようになるのかなぁ
握手だけで情報交換とかできたら、便利だろうなぁ。
自分のこと喋って説明するのってなんか野暮ったいんだよー
あーあーう〜、あーうーあー。アアああ〜
↑言葉にしきれない思いをなぐり書きしているモヨオ。3ページくらい・笑
10月某日
来年はアーユルヴェーダかエサレンマッサージの資格認定コースにいこう。
よぉぉぉし。 決めた←かなりでかい字
****
そして2001年のエサレン認定コースに参加しました。
その年は東京と札幌を行ったりきたりしつつし定住の地が定まらない
とても不安定な状態でアメリカ・カリフォルニアへと旅立ったわけです。
そんな不安定ななかでも瞑想はかかさず続けていました。
朝起きたら「胡坐」瞑想。
拭き掃除しながら「よつんばい」瞑想。
珈琲入れながら「自分の手のうごきに集中する」瞑想。
珈琲飲みながら「おなかの内側を感じる」瞑想・受け入れ編。
トイレで「おなかの内側を感じる」瞑想・手放し編(笑)
さんぽしながら「歩け歩け」瞑想。
おうちに帰って「二本の足でしっかり立つ」瞑想。
「二本の足の裏が大地にくっついちゃってもう離れないと思い込む」瞑想。
足の裏がくっついちゃった瞑想をしながらの「背骨を感じる」瞑想。
くっついちゃって背骨を感じながら瞑想をしながらの「腕だけ自由に舞う」瞑想。
さらに「背中も自由に舞う」瞑想。
なおかつ「腰だって自由に舞いたいわ」瞑想。
ついには「足裏だって自由にしたいわ」瞑想となり
気がつけば「好きなように動け動け」瞑想へ突入していると。
瞑想女だったころは毎日毎日ご飯を食べるのと同じような感覚でやってましたが
今では週に1、2回と落ちつきました。
午前中セッションがある朝はたいていこのリズムで一日が始まります。
一連の動きはほとんど決まっていてオートマティックな感覚です。
家人はこうして踊り狂っているわたしの奇行にも
もうずいぶん慣れてくれたようで
いまでは気にもとめていないようではありますが
わたし的にはいまいち大胆になりきれないとゆうか・笑
なんかやっぱり人目って対象物になにがしかの影響を与えるものだと思います。
もちろん家人は批判するでもなく馬鹿にするでもなく
珍しそうに眺めるでもなくアレコレ探りを入れるのでもなく
かといってあたたかく見守ってるとゆうのでもなく
微笑ましく見つめてるとかも当然なく
「あ、今日もやってるの」程度の視線を投げかてスドーリしてくれるので
わたし的にはホントにらくちんなスタンスでいられるわけですが
ときおりひとりで過ごして思い切りのびのび踊ると気持ちよかった感が倍増します。
きっと意識していないようでも
ひとりとそうじゃないときではからだの感度が違うものなんだと思います。
だから時には人の気配のないところで踊り狂う。
そうやってからだを自由にさせてあげると
ほんとに自分でもうっとりするくらい
からだはのびのびとやったことない動きをはじめます。
窮屈な思いをして伸びたがっていた筋肉とか
使いすぎてお疲れ物質がたまっていたところとか
のびたりちぢんだり、ゆれたり震えたり。。。
とても楽しそうに勝手にうごきはじめます。
勝手に楽しそうにいろんな動きをていねいにやっているからだは
とても自発的な感じがします。
それはからだの智慧で動きはじめたなーと感じる瞬間。
とてもドキドキする瞬間です。
今日はうまいこと手放せたなぁ。。
これでまた少しだけ意識化のコントロールから自由になれるなぁ。
そんな期待とヨロコビに包まれます。
その瞬間のヨロコビ・・・とゆうかドキドキわくわく感といったら
ディズニーランドの比ではありません。
「ようこそ、からだワンダーランドへ。
ここは未知との遭遇への入り口です。
シートベルトはしっかりお外しください。
では、快適な旅を」
からだワンダーランドは意識や意志や
知的なコントロールが介入してくると気持ちよくありません。
効能も効用も、正直必要ありません。
「こういう動きをやると、大腰筋が鍛えられて腰痛にいいのだ」とか
これで「脂肪が落ちる」とか
「肌荒れにいい」とか「便秘解消」だとか
はてはとにかく「健康にいいから」とか。
なんかもうそういうことから一切合財解放されて
ただ、からだの在りたいように在る・・・という感じです。
現世利益が定着してしまって、
そういう意識化から解放されないからだは
得がなければ動くことさえままなりません。
けれど時には健康のためとか、やせるためとかあれとかこれとか目標などもたずに
ただ在りたいように在るからだと一緒に過ごすのもおつなものです。
ぽきんと折る日 
黄道と赤道の交差する秋分点は、春分のはじまりからちょうど折り返しポイント。
まんなかで
はんぶんこで
ターニングポイント。
春分の日に受けとった小さな種は
生きることの迷いを吹きとばす創造の力。
意志や目的や願いや希望として、地上の暮らしに降り注ぐ。
いのちが成長してゆくさまは、それだけで幸福感をもたらしてくれる。
自分がなにかを育んでいるという実感は
とても正当でまっとうで
誇らしい感覚をもたらしてくれる。
天から降り注ぐ光を滋養に変えて
地上の「なにか形あるもの」へ与えること。
それは「成長」や「変化」という目に見える形で呼応して
気分を楽しませてくれる。
太陽のインスピレーションは、光や風や情報を通して
絶え間なく降り注ぎつづける。
まるで、永遠に降り続けるかのように
終わりなど、こないかのように。
秋分点は折り返し地点。
太陽の力が強く影響するこの日を境に
地上にあるものにエネルギーを注いで慈しみ育むサイクルは
ぽきん と終わりを告げる。
ぽきん と折り返すのだ。
棒っきれのちょうどまんなかを ぽきん と折るように。
ぽきんと折る日は
未知なる世界の向こう側が
ちら とかいま見える特別な日。
神秘の扉が、木漏れ日の影や、雲間の光や、足元の自身の影のなかに
ちら
ちら
と見え隠れする。
その扉をみつけたときは、迷わず開く。
扉の前には門番がいるかもしれない。
扉の向こうには恐ろしいものがいるかもしれない。
扉に手をかけたら慣れ親しんできた「生きる意味」を
手放さなければならないかもしれない。
扉の向こうに足を一歩踏み入れた瞬間
想像を絶する大きな力に打ちのめされるかもしれない。
それでも扉を見つけられたなら
迷わずそれを開けよう。
そこにはきっと
いのちが命であり続けるための
重要なエッセンスがまちかまえている。
いのちは「形あるもの」だけでつくられているわけではなかったと
思い出せるなにかが。
慈しみ、いとおしみ、大切に育んできたものたち
成長と変化によって、誇らしさをもたらしてくれたものたちにも
いつか終わりはくるのだ。
だから
生と死の、破壊と再生のサイクルを呼吸のなかに感じながら
扉の向こうに何度でも挑戦する。
そうしているうちに
日常の平安に死を同居させ
おだやかな呼吸で波打つ左肩に
死をつなぎとめておくことができるようになるだろう。
ぽきんと折り返したその日から
死はインスピレーションとなって精神を滋養し
今度は見えないものを育み、変化させてゆくのだと思う。
セルフケア 
風邪をひいたら一晩熱とともに安静にする。
頭痛や腹痛などの「痛い信号」には精油やハーブを惜しみなく使う。
それでも回復できなかったら人の手でやさしく触れてもらう。
得体のしれない印象が混じる症状には
世界が陰陽・表と裏でできていることを改めて感じながら対処する。
そんな風に自分のからだとつきあってきた。
20年近く病院のお世話になることもなく
薬を飲むこともなく、健康といえるほうだと思う。
自宅でサロンをはじめてから
毎日のように誰かにマッサージをし続けるには
セルフケアがとても大切なのだと思うようになった。
オイルトリートメントのセッションは
日常的ではない特殊な意識を
レシーバーとともに味わう特別な時間。
誰かと心の深いところで出会い
感情や印象を共感するという作業は
ふだんの常識的で現実的な精神状態のままでは
なかなかたどりつけない。
だから呼吸や目の使い方を変えて
高揚感や集中力、充実感を伴う
変性意識の状態に自然と入ってゆくことが多い。
この意識を体験しているときの高揚感はとても強力で
いつでもこうありたいと願うものだけれど
日常の暮らしに戻るときには
心に深く共感するスイッチを切って
社会的な集団意識に戻らなければ
周囲の影響を受けやすくなってしまう。
高揚感に魅せられて、そこに入浸っていると
自分の力の場に出入りするエネルギーに翻弄されてしまうのだ。
そうなると、まるで自分じゃないような体質になったり
これまで体験したことのないような症状や印象が
次々とからだにあらわれるようになったり
こころに侵入してくることもある。
好きではじめた仕事だとしても
充実感に満たされ自己実現に陶酔していようとも
「たくさんの人にふれる」ということがどういうことなのか
きちんと考え、とりくむ時期は誰にもやってくるのだろうなと思う。
セラピストという仕事には
体力と気力へのしっかりとしたコミットメントが必要だ。
心身ともにたえまなく力を流し続けるには
相応の覚悟と自覚が必要なのだ。
そのことに気づいてから
健康であることに過信してはいけないと思うようになった。
陰陽の世界にははかりしれないことがごまんとあり
そして人知を超えた力の作用には抗いきれないことのほうが多いのだ。
逆説的に聞こえるけれど
健康に対して過信することがなくなってから
わたしは自分の、ひいては人のからだを
とても信頼できるようになった。
多分若くて健康だったころよりも
妙齢(!)の現在のほうが、からだへの信頼感は増している。
からだを信じられるというこの感覚がやってきたのは
からだが発するどんな信号も、どんと受け入れましょうと
開き直ったせいだろう。
予想だにしなかった痛みや
日常生活に支障をきたすような体調不良
慢性的に痛みを感じる古傷なんかは
キモチを暗くして痛みに対する怒りをぷすぷす弱火で煮詰めるような
みじめで窮屈な状態を引き起こす。
そういうときに躍起になってしてしまうのが「原因探し」だ。
何が原因でこうなったか
この痛みの根源はどこだ
そしてそれは なぜだ
ソレハ…
長時間のパソコン操作による…
過去の事故の後遺症による…
いつもこちらにバッグを持つことによる…
足を組むくせによる…
ストレスによる…
ホルモンのアンバランスによる…
リズム障害…うつ症…消化不良…免疫力低下…etc.etc.
どんな痛みでも皆が知っている言葉に置き換えられることで
症状が安定するという笑い話みたいなことは
実は日常茶飯事なのかもしれない。
けれど症状を簡潔な言葉に置き換えることでちょっとだけ安心する心理は
原因(まちがい)探しによってダメな自分を憐れむクセに
どんどん嵌りこんでしまうことのようにも思える。
痛みは不安を呼び起こす。
慢性的な頭痛がはじまった30代前半
わたしはその痛みに対して「なぜだ?」「なにが原因だ?」
というようなことばかり考えていた。
「こうなった理由はなんだろう?」
「なぜこれがわたしの身に起きなくてはならなかった?」
「なぜわたしはこんな仕打ちを受けるの?」
こうした反応はあらゆる不幸、事故やアクシデントにもむけられた。
自分の身にふりかかる災難にはなにか理由あるはずだ。
こんな馬鹿みたいな不運が単なる偶然であるわけがない!と
どこかで自分の強運やラッキーを過信していたのだ。
そうして安定や安住の場所にしがみつき
なにかが変わることを極度に怖れた。
それは今思えばとても些細で瑣末なこと…
起きる時間とか寝る時間とか、食事のスタイルとか着るものとか
くらしのリズムが変わらないことを
ストレスのないことだと思い込み
変化の先にある大きなチャンスを見ようともしなかった。
痛みやトラブルやアクシデントは
きっと変化を告げるサインなのだ。
凝り固まった思考やリズムやスタイルを
どかんと蹴破リ、嵐のごとくかきまぜて
すみずみにまで新鮮な空気を送りこみ
次の新しいサイクルのために息吹を吹き込んでいるのだ。
大なり小なり不運が降りかかったとき
それを自分の分として受けとめ、不運と競争するかのごとく
運命のドアを超人キックでどかんと蹴破る。
そうして不運を嘆くループの迷路に入りこまずに済めば
この世の力をていねいに無駄なく使う方法を学んでいける。
「それでも原因を探して安心したい。
自分の身に起きたこの不幸は
ただ単にストレスによる一時的なものなんだと確認したい」
そうやって「原因探し」の迷路に落ち込むと
精神世界やスピリチュアルワールドの迷子になって
どんどんオカシナ深みに嵌ってしまうのかもしれない。
自分の弱さを嘆いていると
人の強さを羨むことになる。
自分の強さに胡坐をかけば
人の弱さを蔑むことになる。
原因を追求してだれが(なにが)悪かったのかをあぶりだすクセは
自分をあわれむためのループをどんどん強くしてしまう。
セルフケアの手法は多々あれど
なかでも一番自分を大切にできているなぁと実感できるようになった方法は
「原因さがし」をやめたことだったのかもしれない。
「原因」がないということは
「わるもの」とか「まちがい」とか「ダメなこと」が
どんどん世の中からなくなってゆくという感覚なのかもしれない。
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『からだに貞く』野口三千三著より
「弱さ」をわからないで「強さ」が分るはずがない。
弱いということがそのまま「いい」のではなく、
また強いということがそのまま「いい」のでもない。
「自分にとっての強さとは何か」を求める唯一の指針は
自分がそれをした後味が
自分にとって気持ちがいいものであるかどうかということである。
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