相模蘭酔会の歩み

相模蘭酔会の発足当時の経緯を部分的ではありますが、紹介してみたいと思います。当会は神奈川県の西北部に位置する津久井郡津久井町を発祥の地として、昭和63年1月に設立されました。

 神奈川県の辺境とも云うべきこの地域に会が活動を始めたのには理由がありました。それというのもこの会の成り立ちは、当時津久井町にある木南オーキッドの温室に出入りする蘭愛好者達の集まりがあり、その中から新しい会を作る機運が生れ、初代会長の加藤巌氏や元会長の坂本英昭氏を中心として結成されたものであります。確か私の記憶では相模蘭酔会の命名は、当時慶応大学の教授であった倉持保男先生であったと思います。

 初期の例会の開催場所は、津久井町の文化福祉会館にて実施するのが恒例でした。また例会に先立って開く理事会は木南オーキッドにほど近いところにアミーゴというレストランがあり、そこで食事を兼ねながら会の運営等の打ち合わせをすることが常でした。当時のアミーゴのオーナーは蘭にも関心があり、このためいろいろと便宜を図ってくれたものであります。

 創立初期の会員の殆どは、東京の蘭友会や全蘭など他の会でも活躍している方が多く、またお住まいも都内や横浜など首都圏の方ばかりでしたが、それでも少人数の会を盛り立てるべく交通不便な場所にも拘わらず熱心に参加されたものであります。会結成後町田の小田急デパートにて蘭展を開催することができるようになって、会の運営にも弾みがつくようになりました。蘭展を開催する度に会員も増加し、会の地域性も町田市、相模原市およびその周辺地区などに集約され、今日に至ったものであります。

 お陰様で今日まで毎月の例会は一度も休会することなく、中には十年以上も前のことになりますが、台風が関東地方に襲来中にも拘わらず、集合した七人の会員だけで会を強行して、後に「七人の侍」ありと謳われたことや、どうしても会場の手配がつかず、遠く海老名駅前にある小田急フローリストの会議室を借りて開催したこともありました。現在毎月の例会は、横浜線の橋本駅前の橋本公民館を常設場所として開催しており、交通の便利な設備の揃った環境で実施できることを喜んでおります。 (文責 相馬)