思いつくままに (2)
 

 
◆青猫座のこと
 
 工業高校を卒業してから結核発病までの1年間、わたしは青猫座という劇団で演劇活動に加わっていました。芝居の世界はまことに激しいもので、稽古は普通週3回ぐらいだったと思いますが、公演前になるともう毎日でした。団員は夫々職業を持っていましたが、みんな仕事よりもお芝居が大事といった人たちばかりでした。稽古の出席率はほぼ100%、だって、コーラスと違って、芝居の場合は一人欠けても稽古にならないのですから。(本当はコーラスもそうなのですけれど)
 病気になる前の私の最後の舞台は、加藤道夫(女優加藤治子さんの御主人、故人)の竹取物語を題材とした「なよたけ」。なよたけ役は渡辺千世さん(今はどうしておられるのでしょう)、翁は金田竜之介さん(当時はスリムな美青年でした)、私は竹やぶで、なよたけと遊ぶ、こがねまるという子供の役でした。作者の加藤道夫さんの青年らしい純粋な心の発露のような美しいお芝居に、私はすっかりのめり込み、毎日24時間浸っていました。自分の役は勿論、芝居全体を覚えていたように思います。
 これが私にとって最後の舞台でしたから、こがねまるという子供の役が、終った後もなかなか抜けきらず、その後何年も子供の気分を引きずっていたように思います。今もどこかに残っているのかも知れません。たった1年ですから、芝居をやったなどとはとても言えませんが、私の人生の若い時の貴重な経験です。
 
 
青猫座公演「なよたけ」1952年2月 大阪 旧 朝日会館(左から2番目が私、竹篭を編んでいるのが金田竜之介、その後ろが渡辺千世)
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♪ 加藤道夫 詩 林雄一郎作曲「なよたけのわらべうた」 うた:玉置和男(2003.3 天王寺教会で録音)
 
 
 今年春、なよたけを演じた渡辺千世さんのご遺族の方からメールをいただいた。わたしのホームページをご覧になってのこと。とても驚いたが、たいへん懐かしく、嬉しいことでした。50年前のことが私の中に蘇りました。残念なことに、渡辺千世さんは去年11月にお亡くなりになったそうです。わたしの所蔵していたなよたけの舞台写真を複製し、覚えていた「なよたけのわらべうた」を録音したCDと共に、たむけとして、ご霊前に届けさせていただきました。
 渡辺千世さんには渡辺千世さんの人生があり、私には私の人生があった訳です。50年は長いと、つくづく感じました。

(2003.10)  

 
                                              
 
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