今日は相棒が忙しくて出て来れないので、代わりに私が代理を勤めるコトになりました。ふゆきの俺明日を待っておられた方残念でした。明日はなんとか出てくると思いますのでお楽しみに。
男気って言葉がある。最初に私がこれを感じたのは小学校の5年の時だっただろうか?先生が留守で自習をしていた時、悪ガキ共がみんなで騒いで遊んでした。その中には当然私も含まれていたのだが、とにかく席を離れて大暴れしたいたのだった。隣のクラスは自習じゃなかったんで先生が居る。あまりにも五月蝿かったのだろう、隣のクラスの先生が急にドアを開けて入って来て怒鳴った。ちょうど、その時喧嘩になってて私とニシムラ君…他数名が殴り合いをしてたのだが、隣のクラスの先生が入って来た時に、たまたま立っていたのがニシムラ君だけだったので、彼だけが先生に捕まり職員室まで連れて行かれた。
残った私達は次に自分達が呼ばれるのを不安な面持ちで待っていたが、ベルが鳴った後も我々は職員室に呼ばれるコトは無かった。ニシムラ君だけが帰って来て、自分の席に座ると皆は彼を囲んで「何でワイラは呼ばれんかったんや?」と質問責めした。するとニシムラ君は涼しい顔でこう答えたのだった。
「ワイだけが叱られたら済むやんか。」
なんと彼は自分だけが罪を着て、我々の名を出さなかったのだ。喧嘩してて感情も高ぶっていたであろうあの状態で、とっさに機転を利かしてコトを荒立てず、自分だけで収めたその業績を私は讃えないでは居られなかった。なんて『男気』のある奴なのだろうか?小学5年の私はその時そう思った。これがおそらく私が産まれて初めて見た『男気』だったに違い無い。カッコイ〜と思った。
『男気』とは言うモノの何も男だけの特権では無い。女性だって『男気』を示す時がある。肝っ玉母さんみたいなモンだ。極道の女達みたいなモンだ。この人に任せよう…って気にさせられたら、それは女でも『男気』だ。いや、元々『男気』って言葉自体が違うのかも知れん。『心意気』ってんだろうか?そういうのに最近久しく逢って無いように思う。いや、私自体が男気を出そうってコト自体を忘れているように思う。これはなんか淋しい。
カッコつけでも良いから、心意気を忘れたらなんか人生味気無いんじゃなかろうか?昔同じ時期に時代劇で『木枯し紋次郎』と『座頭市』がやってたのネ。『紋次郎』っては「アッシには関わりの無ぇ〜コトでござんす。」って言いながら他人に関わって良いコトをするのネ。んで、『座頭市』は最初から他人に関わって良いコトをするのネ。んで、当時『紋次郎』の方が視聴率が高かったのを嘆いているコラムを読んだ記憶があるんだわ。関わりを持たないようにしている現代人にマッチしている…って。でも、今じゃ「アッシには関わりの無ぇ〜コトでござんす。」って言いながら、ホンマに関わらないで終わっちゃう人ばっかりだったりするじゃない。これって、その頃からしたらもっと嘆かわしいコトなんじゃないかな?
他人と関わらなければ『男気』だって出すチャンス無いモンネ。