最近、絵を描く時は60年代のポップスを聞きながら描いている。なんとなくテンポも合うし、不思議とスラスラとはかどるからである。このCDはどこかのワゴンセールで売っていた、いろんな曲の寄せ集めなんだが、中でも『シュガー・ベイビー・ラブ』と言うのがお気に入りだ。この曲、出だしの部分がデビッド・ボウイの『レッツ・ダンス』と同じで、最初の部分だけCDに逆らって『レッツ・ダンス』を歌っては一人でゲラゲラ笑っている私である。
私がデビッド・ボウイなんか知ってても似合わんと思うだろう?その通りだ。別にファンでもなんでもない。妻がファンだったので覚えてしまっただけだ。元々、洋楽に疎かった私を洋楽を聞く人に引きずり込んだのはまぎれも無く妻だったのだ。デビッド・ボウイのようなハンサムな男のファンが何で似ても似つかん私と結婚したのだろう?と思う方も居られるかも知れない。私も思った。同じ質問を親友のキウチにも昔されたコトがある。しかし妻は同時に殿様キングス(知らない人は親に聞こう)のファンでもあったと告げるとキウチは…、「ああ…。」とすぐに納得したのを今でも執念深く覚えている。さらに「あの『女の道』の…。」とも付け加えた。それはピンカラ兄弟(これも解らなかったら親に聞こう)の間違いだったが、んなコトはどうでも良い。話を進めよう。
ところで、デビッド・ボウイの振り付けには、毎回出てくる奇妙な踊り(仕種)がある。こう、右手を後ろからグルリと回してそのまま跪き、回したその手を地面に種を植えるかのように下ろすモノだ。この仕種がなんとなく意味ありげだった。
能書きが長くなったが、私は『種を植える』って言葉が好きだ。もう、しょっちゅう使っている筈である。別にパンツを下ろして女性に子種を…って意味では無い。こういうフレーズは相棒のふゆきの方がよく使うので任せておこう。とにかく違う。考え方のコトである。私も今までにいろんな人間の『考え方』と言う種を植えられて来たという意味である。
言い方を変えたら影響である。知らず知らずのうちに関わった人達から種を植えられるのである。また、本を読んだ時に目から鱗が落ちる瞬間なんかもそれかも知れない。そうやって、人一人の考え方は形成されていくモノである。そして確実にそれによって変化したコトを種が育ったと呼んでいる。良い形で育った場合は花が咲いたと言っても良いかも知れない。
新しい方向性でモノゴトを見れるようになると、妙なモンで自分に興味が湧いてくる。確実に変化するモノは見ていて楽しいモンでなのだ。自分が取り入れたモノが自分の中で成長し、やがて確固とした自信めいたモノに変化する様は気持ちが良いのだ。また、そんな時期ってのはそうそう訪れるモンじゃないだけに嬉しいのかも知れない。女性が恋をして、今までの自分とは違う自分になろうとするのも、それに近い気持ちなんじゃ無いだろうか?
23才の時、私の発想を広げてくれた男が居た。前にも書いたコトがあると思うがハマダと言う10歳上の男だった。一つのモノの見方を一方からでは無く、いろんな角度から見るコトによって、答えは一つでは無いと教えてくれた男だった。当時、頭の中が八方塞がりになっていた私は、彼の考え方を取り入れなければ、もう自分自身を支えられなくなっているコトに気付いていたのだ。こうして、私は彼のモノの考え方を受け入れ実行していき、随分気持ちが楽になり、生きて行くのもとっても楽しくなっていった。私の中でハマダの種はしっかりと根付いたのである。
しかし、ハマダのこの考えは私には必要だったし、それによって十分助けられたのだが、次第にその考えを否定する自分も出て来た。例えるなら、内臓を移植手術した後の拒絶反応みたいなモノだろうか?自分の内臓として馴染んで来るまでに、あっちこっちで失敗をしたように思う。自分として必要なモノ、自分として不必要なモノの選り分けをするしなければいけなかったんだと思う。
結局私は彼の考え方を全部受け入れられなかった。彼にとっての必要なモノと、私にとって必要なモノが違っていたのだ。生き方だって、目標だって違うんだから、当然のコトだったのに…。彼にとってのそれは根本であり、私にとってのそれは方法でしか無かったみたいだ。今、ハマダが種を捲き、私が育てて花を咲かせた部分は今でもちゃんと心の中にある。それはとっても大きな花で大事な大事な花である。でも、きっと彼に聞いたらこう言うと思う。
「そんな種、ワシは捲いた覚えないわ〜。」