南 コ ー カ サ ス ( ザ カ フ カ ス ) 料 理
グルジア料理 補遺1 
 ザカフカスは、ソ連邦で最も植物のバラエティーに富んだ地方であり、さまざまな農作物のあふれた地方である。ぶどう、レモン、みかん、茶、ざくろ、いちじく、くるみ、種類や品種が数十に及ぶあんず、桃、すもも、桑、へん桃とならんで、とうもろこし、きび、スペルト小麦、豆類、エーテル含有植物、薬味草、野菜や瓜類作物がある。同時に牧羊、養鶏、肉用・酪農畜産、養蜂が行われ、チーズ製造も発達している。
 この地方全体の山岳的性格、西からの黒海、東からのカスピ海の影響、花の多い盆地と山麓地帯、高山の草原、これらのものすべてが、地中海型の亜熱帯の自然をもったザカフカスをきわだたせている。この共通の特徴が、コルヒーダとレンコランの湿気の多い亜熱帯気候区とクリンとエレバン低地の乾燥した亜熱帯気候区、イタリア・アルプスの南山麓の気候に似ているアラザン盆地の理想的な地中海型気候区を一まとめにしている。このすべての地域の特徴は、長く続く暑い夏と豊かな太陽、おだやかな冬である。それで、グルジア人、アゼルバイジャン人、アルメニア人は、全般的に似かよった自然条件の下で生活しており、それぞれの共和国の農業の傾向に共通の特徴があり、したがって当然、食品として、多くの似かよったり、さらには同じ植物や動物を素材に利用している、と考えられる。この三者の民族料理の類似性がこれで説明がつくことは言うまでもない。
 また自然条件だけでなく、過去10世紀にわたってザカフカスの人民が発達してきた歴史的状況も、多くの点で似かよっている。
 アルメニア、グルジア、アゼルバイジャンの国家としての自立が早く、ザカフカス諸民族の民族文化が高度に発達し、近東や地中海の古代国家とくにローマやビザンチンと交流があり、その後隣接の回教国 (イランとトルコのアラブのカリフ) の側からの占領と、長年にわたるそれへの従属によって、古代文明と民族の伝統が破壊されたこと、これらすべてのことがアルメニア、グルジア、アゼルバイジャンの物質文化に深刻な影響を与えた。グルジアとアルメニア料理の一部には、隣接するアゼルバイジャンやイラン、トルコに普及しているチュルク語の名前がついている。このことが、ある料理が本当はどの民族のものであるかの確定を難しくしていることが多い、しかたなく形式的に名称によって、それをトルコ、イランまたはアゼルバイジャンのものとしても、その起源も内容もグルジアかアルメニアのものであるかもしれない。
 ザカフカス料理の民族的な特徴による区別を困難にするもう一つの事情がある。それは同じ種類の多くの料理が民族や歴史・地理上の区域と関係なく、ザカフカス全体に広まっていることである。例として誰でも知っているシャシリークとピラフをとってみよう。ピラフは「バラフ」の名でアルメニア人の間に、また「シラブラビ」の名で東グルジア人の間に普及しているが、チュルク語の名称、起源、作り方の特質は、ピラフがトルコ・イランを源としていることを示している。このことからピラフをアゼルバイジャンの民族料理に入れることができる。シャシリークは事情が幾分違っている。ロシアと全世界で典型的なカフカス料理と考えられているこの料理は、一般に多くの、とくに山岳地域の遊牧、牧畜民族になじみのものである。シャシリークという名称はチュルク語から出ていることは疑いないが、カフカスではチュルク語系のアゼルバイジャン人を含めて誰も自分たちの言語の語彙から、この語を説明できない。グルジアでは、シャシリークはムツバディと言われ、アルメニアではホロバツ、アゼルバイジャンではケバブと呼ばれている。「シャシリーク」という語は、ロシア人だけが使ってい るが、ロシア人はそれを18世紀に、串を使った料理を意味するためにクリミア・タタールから借りたのである[ 「シシ」 (串) から出た「シシリーク」] 、ロシア語から、この語は他のヨーロッパの諸語に移っていった。ザカフカスでは、どの民族にとっても、シャシリークは民族料理であり、それで独自の名称だけでなく、アゼルバイジャン、グルジア、アルメニアの人々は、幾分違った方法でそれを作っている、それがこの料理をザカフカスの三っの民族料理にいれる理由になっている。
 ピラフとシャシリークについては、そのルーツを探って識別できても、ドルマ( トルマ) 、ピチ (プトゥーク, チャナヒ) 、ハシ (ハシュ) 、タバカ (タパカ) 、バフラバ、ボラニ、キャタ (ガタ、カダ) 、ボズバシュ、さらに似ているだけでなく、民族が違っていても、全く同じ発音をするその他多くの料理のようなザカフカスに普及している料理について、事情はさらに複雑である。この場合、これらの料理をどの民族のものとするかの決定に、名称の言語学的分析も、どの民族に普及しているかということも助けにならないことが多い、例えば、民族料理を標示するための調理用語さへザカフカスの民族は相互に、また自分たちの征服者から借りることが多かったからである。とくにアルメニアの調理用語は、隣人によって借用されることが多かった、アルメニアでは古くから、早く、調理法もふくめて物質文化が発達しており、また近代や現代では、アルメニア人は、旅籠屋 [キャラバン・サライ (隊商宿泊地)]や居酒屋の主人や所有者として、他の民族よりも多く、グルジア、アゼルバイジャンをふくむザカフカスに進出し、こうしてアルメニア料理の成果がザカフカス全体に広まったからである。 だが、ザカフカスのすべての民族に共通する料理が沢山あり、共通の好みの素材やソース、調理法が幾つかあり、またヨーロッパの人々の目からはグルジア、アルメニア、アゼルバイジャン人の料理を一つのものと見られるような食卓マナーや習慣があるにもかかわらず、一つのまとまったザカフカス料理があるということはできない。それどころか、ザカフカスの人々は、それぞれ独自の民族料理をもち、それぞれ特徴のある調理カラーを持ちつづけている、とはっきり断言できる。そのカラーは、ただ民族料理の名称だけでなく、むしろ民族調理技術の特色と風味、味付け全体に現れている。
 ザカフカスの各民族の歴史的発展の違いは、食物と調理法の分野における民族的特色の保持にも見られる。だから、ザカフカスの人々の料理にある共通の特徴を強調はするが、その料理を別々に見ることにする。 また、ザカフカスの三っの民族料理が互いに区別されることを別にしても、それぞれのなかに地域的な違いがある。それは、自然、地理上の理由と、ザカフカス全体に典型的な歴史上の理由で説明できる。人が近づけないような高い山や深い谷が、一つの民族の多くの部族、例えばズバン、ヘブスール、ブシャフ、トゥシン族を他のグルジア民族と切り離していることが少なくない。また一方では現代のザカフカスの共和国はそれぞれ、かっては非常に多くの小国家 (公国または汗国、時には独立し、時には大きな隣国であるトルコ、イラン、ロシアに従属していた) に分かれていた。自然・地理上または歴史・民俗上のそれぞれの地域で、細かな点で違いのある独自の調理慣習が作り出されたことは当然のことである。
 このようにザカフカス民族料理の地域性は、現在でもはっきりと現れてはいないが、かなり根強く残っている。

グ ル ジ ア 料 理  Грузинская кухня
  グルジアは、スーラミ峠で、地理的に二つの部分にわけられる。スーラミから西が西グルジアで、面積では東より小さいが、豊かな自然があり、民俗学的にも歴史的にも多彩なところである。スーラミ峠から東には、違った自然地域に、中部グルジアと東グルジアが広がっている。
 グルジア料理について語るとき、西と東グルジアの違いにふれないわけにはいかない、その違いは、自然条件の違いだけでなく、西グルジア料理へのトルコ料理、東グルジア料理へのイラン料理の一定の影響によるものである。その結果若干の基本的な材料 (穀物、肉) の利用、そして幾分かは今も残っている風味や味の好みの違い、そういう違いが確立したのである。
 例えば西グルジアでは、とうもろこしパンととうもろこし粉で作る特殊なレピヨーシカのムチャディが広くゆきわたっている。一方東グルジアでは、小麦粉のパンの方が好まれている。西グルジアの若干の地方( メグレリンとアプハジヤ) ではチュミーザ (きびの一種) もパンに利用され、チュミーザからスープ, 肉、野菜料理と一緒にパンの代わりにされる、お粥のようなもの (ゴーメ) が作られている。肉類について言えば、東グルジアではグルジア人の基本的な肉である牛肉と並んで、羊肉が食べられ、獣脂がかなり多く使われるが、西グルジアでは牛や羊肉は東より食べられず、家禽主に鶏と七面鳥の肉の方が好まれている (がちょうとあひるは、グルジアでは食用とされない) 。また西グルジアでは、刺激の強い料理と幾分違ったソースが利用されている。
 だがこれらは、西と東のグルジア料理の間に越えられない垣根を作る根拠となるものではない、なぜならグルジアの民族料理の基本的な特色に、それらはかかわるものでなく、その特色を変えるものでもないからである。また多くの材料の利用、さらに調理法全般についてもグルジア料理全体には特色がある。
  例えば、ザカフカスにかなり普及している肉料理をとってみよう。多くの文化と影響の接点にグルジア民族が長く置かれていたことが、グルジア料理全体にどの肉も主要な意味をもたない結果をもたらした。グルジアの肉料理は、豚 (ムジュジ) 、羊肉 (チャナヒ) 、牛肉 (ハルチョ) 、家禽 (チャホフビリ) から作られる。このような幅の広さは、東方の他の民族には通常ないものである。そのことを、古いグルジア料理の一つのいわゆ る「雄牛の串焼き」は、。非常にはっきりと示している。それに含まれるのは、きわめて簡単なものである。丸の雄牛の中に子牛をいれ、子牛の中に子羊、子羊に七面鳥、七面鳥には鵞鳥、鵞鳥にあひる、あひるに鶏の雛を入れる。これらの動物の間と動物の中には、すみずみまでとうがらし、にんにく、サフラン、肉桂、くるみで味をつけたり、それらをふりかけた青物スパイス (キンザ、バジル、エストラゴン、ポレーねぎ、はっか) を詰める。この非常に大きな焼き物を、串に刺して、屋外の炭火の山の上で数時間かけて焼く。外側では、そのかなり厚い皮が焼け焦げ、肉の一部がなくなる。そのかわり内側には、汁気の点でも、味のデリケートな点でも、世界のどんな肉料理も及ばず、真似のできない風味の汁がたっぷりある。
 しかし、あらゆる種類の肉にたいする寛容さは、グルジア人が牛肉と家禽 (七面鳥と鶏) をとくに好む妨げになっていない。
 肉料理にくらべて魚料理はグルジアではかなりひかえめな場所をしめている、もちろん川の近くにある地域だけである。ついでに強調しておきたいことは、ザカフカスの代表的な魚は、鯉科に属し、非常にデリケートで脂肪の多い肉を特徴とするウサーチ (にごい),フラムーリ (いわな)、シェマヤー (黒海、裏海産のにしんに似た魚) 、パドゥーストであると言うことである。アプバジヤ、スパネティー、ヘルプスレティー、ベルフネ・カルタリニーの高山地帯の透明な急流には、フォーレリ (いわなの一種) が分布しているが、その肉には洗練された味があり、特別な「魚」臭さがない。魚料理の材料に地域性があるというこの特色は、グルジア料理では肉にくらべて魚があまり利用されないことと重なって、グルジア人の魚を調理する性格に跡を残している。魚は、とくにゆでるか、蒸し焼きにして使われ、肉や野菜料理と同じソースや調味料で味がつけられている。
  グルジア料理の中の精進料理は、たとえばロシアと違って魚やきのこ料理ではなく、主に、野菜、果実料理を開発する方向で形作られた。それに、自然環境もぴったりだった。その結果グルジア料理で、野菜料理が大きな、そして種類の多さを考えれば、ほとんど支配的な場所を占めるようになった。その多くはいんげん、なすび、きゃべつ、カリフラワー、ビート、トマトから作られている。これらが、いわゆる基本野菜である。菜園の野菜とならんで、野草 (いらくさ、落花生、ぜにあおい、ジョンジョリ、すべりひゆ等) や菜園作物 (ビート、カリフラワー) の若い茎、葉が多く使われている。植物性の料理には穀作物からつくる多くの加工品をふくめねばならない、穀作物には、スペルト小麦の一種であるザンドーリ、きび、米、とうもろこしがある。
  グルジアの野菜料理には、生のもの、サラダ・タイプのものがあるが、よく使われるのは煮、焼き、炒め、蒸し、酢漬け、塩漬けである。一種類の基本野菜 (例えば、いんげん、なすび) と様々に取り替えられる調味料の組み合わせが一番多く使われる。例えば、数十種ものロビオである。別の場合には、それとは逆に、料理の中の基本野菜 (きゃべつ、いんげん、なすび、ビート、ほうれん草) が変えられ、調味料、ソース、かけ汁がそのままのこともある。例えばムハリ、ボラニ型の料理である。
 グルジア料理で、木の実 [リシーナ (はしばみの実 Coryllus avellana),フンドゥーク (はしばみの実Coryllus tubulosa),ぶなの実] 、へん桃が大きな場所を占めているが、くるみが一番よく使われている。これは、特殊な材料で、家禽、野菜さらに魚料理に一様によくあう各種の調味料やソースに欠かせないものである。木の実は、肉スープ、菓子、冷菓、熱物二の膳料理に入れられる。要するに木の実をぬきにして、グルジアの食卓は考えられない。
 最後に、グルジア料理で大きな意味を持っているのは、一年中使われる薬味用の草である。それはキンザ、エストラゴン、バジル、きだちはっか、ポレー葱、青葱であり、部分的にはっかが使われる。
 グルジアの食卓のもう一つの特徴は、チーズをしばしば多量に使うことである。まずチーズの構成を見よう。それは専ら塩漬けタイプのチーズで、主に革袋法で作られ、一部は壺を使う方法で作られる。辛みがなく、薄味で酸乳の風味があるチーズ (スルグニとイメェレチンスキー・チーズ)の製造は、西グルジアに集中している。東グルジアの北部高山地域では、辛みのある、塩味チーズ (カビスキー、トゥシンスキー、グルジンスキー・チーズ) が作られている。風味だけでなく、グルジア・チーズの使用法もヨーロッパ・チーズと非常に違っている。ヨーロッパの料理では、様々なチーズが、基本的には前菜用か、デザート用に分けられているが、グルジア料理では、熱物料理を作るときは、二の膳物でも、一の膳物 (ガダゼリリ) でも、チーズが使われる。グルジア料理では、チーズが、牛乳の中でゆでられたり、十分軟らかくなるまで煮られたり、串にさして焼かれたり、フライパンで炒められたり、生地にくるんで焼かれたり、水に浸して軟らかくされたり、つきくずされたり、バターやスパイスで味付けされたり、されている。チーズ使用のこの特色は、ザカフカスのチーズが、多くは完全な熟成のプロセスを経ない典型的な半製品であることと、一連の昔からの山岳民族に共通する、肉の熱加工法を他の畜産加工品に移す、例えば熱加工をチーズに適用しようとする気持ちと結びつくところが大きい。例えば、チーズを煮たり、まわりをざっと焼くのは、スイス料理にもあるが、串にさしてチーズをざっとあぶるのは、グルジア料理にしかない。
  肉料理だけでなく、野菜、魚からさらにチーズ料理を作るために、裸火と焼き串を今でも広く利用していること、また粘土製の壺型の竈であるトルネを粉加工品を焼くために利用することはいうまでもなく、グルジアだけでなく、ザカフカス料理全体の特色である。揚げたり、焼いたりするためにグルジア人が利用するキョーツィ( 小型の粘土製か大型の石製のフライパン) とプレスした家禽を揚げるための広い金属製のフライパン タパ は、もっと特殊なものである。この最後の調理法は、昔アルメニアから借りたものだが、グルジア料理に非常に広くゆきわたっている。しかし、この調理法はどれも、グルジア料理の民族料理色を作り出す要素の一つでしかない。
  グルジア料理の、もう一つの外見はそれほど目をひかないが、もっと本質的で、真に民族的な特色は、様々な料理を作るための特殊な調理法の利用である。この調理法の中で、二つのものをあげねばならない。それは、グルジア・スープ独特の風味と濃度をつくるために酸味、酢油、酢・たまごベースを利用することと、二の膳の種類を多くするためにソースを使うことである。
  グルジア・スープには、野菜の滓がほとんどない。そのかわり濃度は普通のスープよりはるかに濃い。それは、スープに卵黄か全卵を入れることで作られることが多い。たまごが温めたときに固まらないように次の方法が使われる。たまごをあらかじめ酸を含んだベース [天然の果物の酸味のあるジュース (マツォニ) または酢] とよくまぜて、均一の乳濁液にするという方法である。酸味のベースとして特に多く使われているのはトゥクラピと言われるトゥケマリ (プルーンの一種) の濃厚な、干したピューレである。酸味ベースはたまごがなくて脂肪と肉が非常に多い場合、スープに使われる。これは料理の味を良くし、変化をつけるだけでなく消化度を著しく高める。
 フランス料理のように、グルジア料理はソースをぬきにしては考えられない。だが、グルジアのソースは、成分でも、作り方でもヨーロッパのソースと違っている。あらゆる種類のグルジア・ソース用のベースとして利用されるのは、専ら植物性の原料である。それは酸を含んだ液果類や果物のジュースまたはトゥケマリ、チョルン (いずれもプルーンの一種) 、ざくろ、くろいちご、めぎ (へびのぼらず) 、時にはトマトのピューレであることが多い。また木の実ソースも広く利用されているが、それでは、ヴィヨンか水またはぶどう酢に溶かした粉に挽いた木の実がベースになっている。若干のソースのベースとして、つぶしたにんにくがたまに使われている (だがにんにくは、補足成分として大部分のソースに入っている) 。多くのソースやかけ汁には、これまであげた基本的な植物性要素 (酸味ジュース、木の実、にんにく) が、様々な割合でまぜられている。基本的な物とならんで、グルジア・ソースには、スパイス主に青物スパイス、薬味草が大量に入れられ、それに少量の乾燥スパイスが入れられる。青物スパイスとしてキンザ、バジル、エストラゴン、きだちはっか、バセリ、ディル、はっかがあり、乾燥スパイスにはとうがらし、コエンドロの種子、肉桂、カルドベネディクト (イメェレチンスキー・サフラン) 、クローブがある。どのソースでもスパイスの独自の組み合わせが利用される、すなわち前にあげたスパイス全部ではなくて、そのうちから3 〜4 種が選ばれるのが普通である。個々のソースでのこのような選択こそソースに、様々なベースと組み合わさって多様な味と風味をつけるものである。
 グルジア・ソースの作り方の要点は、次の二つの基本的な操作である。
 それは果実ジュースまたはピューレを煮詰めることと、木の実、にんにく、スパイスをすりつぶすことである。三分の一か半分まで煮詰め、滑らかなペーストか乳濁液になるまですりつぶすのである。
 煮詰め、すりつぶした後は、ソースに入れる材料全部を混ぜるだけである。普通、この混ぜ合わせは、乾燥した材料を液体材料 (ジュース、ぶどう酢、ヴィヨン、水) に溶かしてされる。グルジア・ソースの多くは、濃度では、例えば濃いヨーロッパ・ソースより薄いが、時には、濃いスメタナよりも濃いことがある。
 グルジア料理でのソースの使用も独特である、あるソースが全く別の素材 (肉、野菜さらに魚) に使われ、それに応じて違う料理が出来る。例えば、サチビ・ソースがそのように使われる。ソースの使用範囲も、野菜料理だけに限られない、またさらにその野菜料理も、基本的な野菜が多くなければならない、すなわち、この場合にも始めのきまりである「別の素材に一つのソースを使う」が残されている。例えばきゃべつ、なすび、ビート、いんげんに同じソースのトゥケマリ (プルーン) が使われる。また逆にある一種の素材に違うソースが使われることもある。この手法も料理の名称を多様にしている。例えば、全く同じように焼かれた鶏肉に、サツェ
ベリ、サチビ、ガロ、トゥケマリ、にんにく、ぶどう、木の実、めぎの実などのソースをかけてもよい。
  一般にそう多くない基本的な材料でも、ソースを変えることで、グルジア料理の二の膳料理はきわめてバラエティーに富んだものになっている。
 基本的なものとして一番多いのは、いんげん、なすび、家禽である。それらは、きわめて中性に近いが全く中性ではない風味を作り出すことができる、その味や風味をひきだすために、グルジア・ソースの辛みは都合がよい。
 グルジア・ソースは独立の料理として現れることがあるが、この場合パンと一緒に使われる。十分なカロリー、豊富なビタミン含有量、高度な味は、ソースがこのように利用されることでも分かるだろう。
 グルジア・ソースの味覚について若干述べよう。その最大の特徴は、天然の果実・液果類のジュースで作り出される渋みのある薄い酸味である。それは、間違って (ソースの) 「刺激性」ととられやすく、スパイスとくに胡椒の使い方がうまくないことに関係がある。しかし、酸・渋みは、「刺激性」とは何の関係も無い。言うまでもなく、酸・渋みは、風味と後味を強くするが、それらをグルジア・ソースにつけるのは、利用されている薬味用の草である。だがその酸味ベースとこれらのスパイスの性格そのものに刺激性はない。
  果実ジュースの天然の薄い酸味は、レストランでグルジア料理を作るときに、このジュースの代用とされることがある酢の刺激性とは、何の共通点もない。グルジア料理でソースに入れたり、料理を作るときに直接利用されるスパイスについては、それらも風味に特徴があり、一般に刺激的なものでない。例えばキンザ、バジル、きだちはっか、エストラゴン、はっかのような青物スパイスだけでなく、グルジア人が好む乾燥スパイス (ホップ、肉桂、カルドベネディクト) は、味の極端さを和らげ、穏やかにするし、何よりも辛みがなく、高い風味を特徴とするものである。
    グルジア料理でのスパイスは、他のザカフカス料理のように辛味ではなく、風味づけとさわやかにする効果をもたらすように選ばれている。それで、グルジア料理では、乾燥したものでなく、生のスパイスと、また典型的なものより地方にあるスパイスがよく使われる。それは生の薬味用の草が、はるかにやわらかく作用するからである。
  グルジア料理唯一の辛味スパイスはとうがらしだが、にんにくのように常にきわめて控えめにしか使われない。またとうがらしとにんにくは、味つけの主要な成分ではなく、補足的なものとしていつも使われ、しかもその辛味は、それを和らげる粉にした木の実 (くるみ) や酸乳 (マツォーニ) のような食品とかならず一緒にして、軟らかくされている。
  もちろんグルジアの各地域のあいだには、スパイスの使用に若干の違いがある。西グルジアとくに約250 年 (1578〜1810年) の間トルコの領有下にあったアプハジヤでは、とうがらし (トルコ胡椒) の使用が東グルジアよりはるかに広く普及している。
  例えば、アプハジヤでは、混合スパイス、アジクーが使われているが、その四分の一(!) がとうがらしである。グルジアのその他の地域では、混合スパイスの中のとうがらしの割合は、 (西から東へ行くにつれて) 次第に減って、5 パーセントすなわち20分の一にまでなっているが、普通、平均して十分の一をこえることはない。
     以上グルジア料理