モ ル ダ ビ ア 料 理
 補遺1
モルダビアは、自然資源の豊かな国であり、ぶどう、果物、多種類の野菜、牧羊と養鶏の国である。モルダビア料理が昔から、この富をすべて利用していることはもっともなことである。また自然条件の他に、モルダビア人民の歴史的な運命、異種の文化をもった国の接点、「ワリヤーグ (スカンジナビヤ) からギリシアヘ」の最古の、活気にみちた商業路の一つにモルダビアが位置していたことが、モルダビア料理の発達に大きく影響している。古代ギリシア文化、つぎにビザンチン文化、大昔のギリシアの習慣との結びつきが、10〜13世紀にモルダビアが古代ロシア国家の版図に含まれた時期にも、また約180 年 (1359〜1538年) にわたる独立の時期にも、はるかにさがって18〜19世紀の時代にも育てられつづけ、伝統的に保たれてきた。この結びつきが反映しているのは、モルダビア料理に、すでにモルダビアのものになっているギリシア料理が数多くある (プレチントィ、ベルトゥトィ) ということだけでなく、大事なことだが、バターをいれたり、叩いたり、重ねたりする (パイ型の) 生地や植物油 (オリーブ、日まわり油) や、野菜、肉料理をつくるときにドライ・ワインを使ったり、スパイス入りの辛いソースを好む多くの地中海・南欧料理独特の調理法や作り方をモルダビア人が自分のものにしたことである。それとともにモルダビア料理の形成には、300 年にわたるモルダビアのトルコへの従属も大きく作用している。トルコの影響は、材料の組み合わせ、羊肉を使う傾向、トルコ帝国の版図に属していたバルカンの諸民族全部に共通するいくつかの料理の名前が同じであることにみられる (その料理は、ギベチ、ムサカ、チョルバなどである) 。古代スラブ (ロシアとウクライナ) の影響も、モルダビア料理に無縁のものでない。それを証明するのが野菜の塩漬け、乳酸醗酵漬けの洗練されたシステム、きゃべつのピローク、モルダビア風クリチーである。そのようなことがあるにもかかわらザ、モルダビア料理は、はっきりした特徴のあるきわめて純粋な、独自の料理を作り出しており、さまざまな、時には矛盾する影響をうまくさばいて、それらを結びつけ、材料の一番美味しい組合せを見つけだし、好みの食品素材を選びだしたのである。こうしてブルィンザととうもろこしの利用がモルダビア料理の大きな特徴となっている。
 ブルインザは、羊の乳でつくる一種の塩入りチーズである。それには僅かな保存性 (1 〜1.5 週間) しか要求されず、モルダビアでは、大昔から大量に作られており、17〜19世紀に最高度に発達し、モルダビアの主要な産業であった伝統的な牧羊を基礎にしている。ブルインザはそのままふだんのザクースカ (前菜) として使われるだけでなく、すりつぶして野菜、たまご、粉物、肉料理の添加物やつめ物にも使われる。プルインザにくらべて、とうもろこしが、モルダビア料理を特徴づける材料となったのは、そう古いことではなく、約200 年前にすぎない。とうもろこしは17世紀にはじめてモルダビアにもちこまれ、18世紀に広く普及し、何よりも貧農の日常食品になった。時代とともに、モルダビアでは、とうもろこしからさまざまな料理がつくられはじめた。この民族の有名なカーシャであるママリーガはスープとつけ合わせにとうもろこしを多く利用している。とうもろこしは (実の成熟度によって) 煮たり、焼いたりされ、とうもろこし粉からは菓子が作られている。一方モルダビアでは、とうもろこしパンではなく、小麦粉パンが伝統的に使われている。
 モルダビア料理では、野菜が大きな役割をはたしている。野菜から、つけ合わせや独立の料理がつくられる。野菜は煮、焼き、つめ物、蒸し煮、塩漬けが多く、炒められることはすくない。モルダピア料理好みの特色のある野菜は、さやいんげんといんげん豆、レンズ豆、トマト、ゴゴシャル、ピーマン、なすび、かぼちゃである豆類は玉葱、植物油とまぜてピューレ状で使われることが多いその他の野菜とくにピーマン、ゴゴシャル、なすびは、普通、他の野菜のつめ物にするか、野薬や肉をいれた米にまぜられる。野菜はソースやマリネード たはワイン、スメタナ、青物スパイスから作られるその他の調味料と一緒に使われることが多い。植物油や獣脂、スパイスと一緒に弱火で蒸し煮された野菜から、多くの野菜ラグ (ギべチとムサカ) が作られるが、それはさわやかな軽い辛味のある料理である。この野菜料理には、独特の酸味と軽い塩辛さをつけるため、ブルインザやスメタナがよく加えられる。
 青物スパイスや野菜のうちで、よく使われるのはポレーねぎ (プラーシュ) とセロリで、モルダビアでは、それらは味をととのえるためだけでなく、独立の料理として、また乳酸醗酵漬けに大量に使われている。その他のスパイスでは、コエンドロの種子、黒胡椒、オールスパイス、クローブ、ローリエ、エストラゴンとくにその塩漬けが使われている。にんにくも大量に使われるが、モルダビアで一番普及している二つの民族的なソースであるムシュデェイとスカルドーリのべ一スになっており、またすべての肉料理と野菜、とくに豆料理に入れられている。モルダビアの言い伝えや迷信では、にんにくは奇跡的な力をもつとされている。夏が暑く、冬はじめじめして水がすくないモルダビアでは、昔 にんにくは食事と一緒に使える民間薬だった。
 モルダビア料理は、すでに指摘したように隣接諸民族の調理習慣をうけいれる寛容さをもつていた。それは肉料理を例にとって、たやすくあげることができる。モルダビア人は、民族料理で、羊肉 (チョルバ、ギベチ、ムサカ) 、豚肉 (クイルネツェイ、カスチーッア、ムーシュカ) 、牛肉 (ミチーチェイ) 、家禽の肉(ザマ、レソールなど) を同じ程度に利用していて、それぞれの肉に最もあった野莱やスパイスを見つけだしている。その場合、子牛、子羊、若い雄鶏、鶏のひなの若い、やわらかい肉が明らかに好まれる。肉は、かならず野菜と組合せて料理される。野菜に対する割合から言えば、このような料理で肉は多くない [四分のー、三分のー、半分になることは非常にすくない (ギベチ、ムサカ) ] 。また、果物と組合せて (子牛の肉にマルメロ、七面鳥にあんず) も料理される。モルダビア料理の特徴は、肉料理とそのソースで、ドライ・ワイとトマト・ジュースを組合せることである。それは、肉をとくにおだやかなものにするとともに、味に刺激をつける、このことはモルダビア料理を、フランス人もふくまれる他のローマンス人種の料理に近づけている。
 民族的な肉料理のつくり方の特徴は、裸火とグラタルの利用である。グラタルとは堅い広葉樹{さんざし、くるみ、ぶな) の木炭の上にわたした頑丈な鉄の格子である。グラタルには、前もってバター、ラード、獣脂などを塗っておき、その上に肉または家禽を、塊か、ひき肉か圧縮した形でのせる (ドゥローフ、ミチーチェイ、クイルネツェイ) 。蒸し煮には、こんろではなく、オーブンがよく利用されている。
 モルダビアのデザート料理も興味探い。それには、主に豊富なぶどうや果物が材料として利用される。とくにマルメロ、りんご、すもも、みざくらの実、桜桃、あんずが利用される。くるみもよく使われている。この材料をもっと濃度の高いものにしようとする努力が、マーマレード、バスチラー、スモークワ (濃厚で半乾きのシロツプのないジャム) や、煮た果物や液果ジュースからつくる独特のジェリー (ペルチ) を生みだした。ワインをつくる時にできる中間生成品 (醗酵前のぶどう汁すなわち濃い、滓が沈まず、こされていないぶどう汁、それで果物や野菜を煮る) も利用されている。果物とワインは菓子 (バターをいれたパイ型の生地でつくるピロークや焼き菓子) をつくる時にも使われる。モルダビア人はモルダビア風ハルバー (アリビーッア) やくるみヌガーのような菓子も好きだが、ここにも近東やトルコ料理の影響が見られる。
 モルダビア料理は、かって貧弱で、多様性がないものと考えられていた。この誤つた考えは、それをよく知らないことと、モルダビア料理からトルコの影響をうけてつくられた料理を人為的に除外したこと、また独立の料理の源としての野菜やブルインザと果物を過小評価していることによつて説明される。しかし現代の考えでは、モルダビア料理は、まさに野菜と果物の種類が多いことで、非常に味のよい、健康によい料理に入っている。
 料理の豊かさは、そこにある料理の数ではなくて、その味のニュアンスが豊かなことと、さまざまな材料を組合せる技術によって評価される。多くの歴史上の経験とすぐれた材料基盤をもつモルダビア料理は、わが国のきわめて興味のある料理のーつである。

    モルダビア料理おわり