北 カ フ カ ス 、 ボ ル ガ 沿 岸 、 ぺ ル ミ ャ ツ カヤ 、 カ レ リヤ 、 ヤ ク ー ト 料 理
Северокавказская, Поволжская, Пермяцкая,    Карельская、Якутская  кухни.
 ここでは、ソ連邦内に見られる14の料理の傾向のうちのどれか一つに隣接している民族料理の特徴をあげることにする。北カフカス、沿ボルガ、前ウラル、シベリア、極東、カレリアの諸民族料理では、基本的な、14の料理傾向の調理法と素材構成が、何らかの形で真似られている。したがって、その特徴は、主に真似ではない、少数の民族料理にまとめられる。それはまた当然のことである。民族形成の基本的な過程はまさに、連邦構成共和国を単位として、また一部は、次のような大きな自治民族の中で進行した、それらの自治民族には、タタール{これにはソビェトの時代だけでチュバシ族、シシャリ族、クリャシチェン族、ナガイバク族その他の小民族 (全部で約50万人) が加わった}やウドムルト( これにはペルミャーク族の一部、ベセルミヤンその他の小民族が加わっている) がある。したがって、基本的な料理傾向の数は、全部で連邦構成共和国の数にほぼ一致する。しかし、基本的な料理傾向が、連邦構成共和国または自治共和国の数だけ真似されている、と考えてはならない。あれこれの民族料理、あれこれの料理傾向の形成で多くのことが、民族の歴史的な伝統、生活している自然条件、とくに過去の主要な経済活動の種類に依存している。
  また、例えばチュルク語またはウグル・フィン語のような類似した言語を話している人々が、必ず同じような料理傾向をもっている、と考えることも正しくない。言語やさらに民俗学上の親近さも、民族がある料理傾向を選択するときに大きな意味を持たない場合がある。自然や歴史条件が、はるかに大きい役割を果たすだろう。近隣民族の影響も重要である。例えば、タタール、アゼルバイジャン、ヤクート人は、チュルク語系グループの民族だが、民族料理は違っている。タタール料理は、調理法と料理の種類の点で、ウズベク料理に、一部はカザフ料理にきわめて近い、というのは、それらのルーツは共通で、キプチャツク料理であり、一方アゼルバイジャン料理は、調理法ではイランの影響を強く受け、食品素材や料理の種類では、他のザカフカス料理に近いからである。ヤクート料理について言えば、食品素材では、極北の種族の料理や、部分的にはロシアとブリヤート料理に近いが、調理法ではモンゴルの料理傾向に近い。
 社会主義社会での自由な民族間交流の結果展開されたソビェト人民の民族的発展の結合過程は、物質文化のいくつかの要素 (第一に住宅、生活用具、生活設備、衣服) のある程度の均等化を生み出したが、それらは、民族料理にあまり関係がない。民族料理と、それによって作り出された美味しい料理や、役にたつ料理は残さねばならない。なぜならば、それらは質の点で人間に「適したもの」であり、将来の世代にも役立つものだからである。しかし民族料理の調理手法は、変わることがあり、最後には本当の民族的なカラーを失って、忘れ去られるかもしれない。だから、民族料理、何よりも基本的な料理傾向を作り出した大きな民族料理の作り方を、後の世代への遺産として、集めて、残さなければならない。まさに、このような料理傾向を中心として、わが国の幾つかの小民族の民族料理が、グループを作っている。ある料理が、民族が違うと名称が違い、全ヨーロッパに普及している料理に、幾つかの民族で、翻訳した名称あるいは独自の名称がつけられていることが多いので、個々の民族料理の間の類似性は、調理手法と料理の構成を比較することだけではっきりさせることがてきる。場合によっては、この類似性が、非常によく現れ、複製 (真似) が目につく。例えば、ボルガ河沿いの多くの民族の民族料理に大きな影響を与えたタタール料理は、それ自体、大部分の料理が、構成と名称では、ウズベク料理に似ている。一方バシキール料理は、タタール料理に非常に近いが、同時にカザフ料理の若干の要素を含んでいる。
 別の場合、類似性は不完全で、部分的なことがある、それは若干の民族料理が、二三の料理傾向と、より基本的な料理傾向を組み合わせているからである。二三の傾向の真似は、北カフカス料理にはっきり見られる、その料理は、ダゲスタン、チェチェン、イングーシュ、カラチャイ、チェルカスク、カバルダ、オセット、アドゥイゲ民族の料理習慣をよせあつめたものである。 またボルガ河沿い料理にも、その重複が見られるが、それにはチュバーシ、モルドワ、マリ料理が含まれている。またペルミャツカヤ、カレリヤ、ヤクート料理もそのような料理である。

北 カ フ カ ス 料 理
カフカス料理という表現をよく耳にする。このような料理傾向はない。あるのは、三っのザカフカス料理すなわちグルジア、アルメニア、アゼルバイジャン料理と北カフカスの諸民族の料理である。北カフカス料理には、アゼルバイジャン料理と部分的にはグルジア料理だけにある多くの特徴があるが、それはステップ、牧畜民族の料理、カザフとタタール・ウズベク料理とはるかに多く結びついている、それらの習慣は、すでに古代に、ノガイ族、クムィク族、キプチャク族、トルクメン族によって、その後はトルコの占領者によって、北カフカスに持ち込まれた。言うまでもないが、北カフカス料理は、一種類ではなく数種の地域的な料理で構成されている。それらの料理では、似た料理に違う民族名称がつけられたり、料理の名称が同じでも、材料が違ったりしている。だが、これらの料理全部で、基本原則や料理傾向は共通している。
 タタール・ウズベク料理と北カフカス料理は、次の点で近い関係にある。すなわち穀物の調理原則{酵母を入れないレピヨーシカとチュレヨーク (カフカスの平型パン) }の共通性、羊肉の使用、シュルパ (シュウルバとチウルバ) タイプのスープがあること、肉・こね粉料理が重視されていること、酸乳加工品が似ていること (カトィーク、アイラン、トゥバローク・チーズ) である。同時に、デシュバル、クールゼ、ブグラマ、シャシリーク (カボブィ)塩漬けチーズのような料理や加工品、食品加工物の具としてスパイスとカトィークを使用することや、あらゆる菓子加工品 (ハルバ、シェルベート、バフラバ) の使用は、ザカフカス特にアゼルバイジャン料理に似ている。
 北カフカス民族のメニューの最大の特徴は、酵母を入れないレピヨーシカ (バター、スメタナ入り)の種類が多いことと、多様なヒンカル (ハンカル) とチドウ (チュドウ) があることである。ヒンカルは、小麦、とうもろこしまたはえんどうの粉の、酵母を入れない生地で作る、幅の広いラプシアか、その片を羊肉と色々組み合わせたり、さまざまな薬味と一緒に煮たものである。チウドウは、酵母を入れない生地で作るピロークで、フライパンで半分焼かれ、半分炒められたもので、生地の薄いころもと、作られる地域によって変化がある肉、トゥバローク、かぼちゃ、青物 (ねぎ) のつめ物を多くつめたものである。最後に、主要な食品、飲物、調味料として、カトィーク型の牛乳 (アイラン、ジュールトなど)が広く使われている。
 北カフカス料理には、名称や構成の点で、隣接する他の民族の料理を組み合わせたものが非常に多い。例えば、「オシュ アリシ」という料理は、名称では、トルクメンのピラフのアシュとアルメニアの小麦カーシアのアリサの中間のものである。タダゲスタンでは、その料理が肉を入れずに、甘い小麦ピラフのように乾燥果実を入れて作られている。時によっては、料理の名称が似ていて、だまされることがある。例えば、オセット族のアムィシュは、ウズベクのパトィル型のレピヨーシカで、とうもろこし粉だけで作られる、ところがアルメニアのアミーチは、果実を詰めた鶏の焼き物である。アバル、レスギン、カバルジーノ、アドィゲ各族の民族料理で、ザカフカスの名称のついた料理をよく見かけるが、その料理は、構成と調理法では、タタール・ウズベク料理を思わせるものである。北カフカス料理は、ソ連邦全体の料理に、非常に人気のある食品加工品を幾つか提供した。ケフィール、バズドゥーシュナヤ・ククルーザ (薄片のとうもろこし)、チェブリヨーク (羊肉入りだんご) である。

ボ ル ガ 沿 岸 料 理
  このモルドワ (モークシア族とエルザ族) 、チュバーシ、マリ (山地と草原マリ族) 自治共和国の諸民族の料理は、数世紀にわたって、ロシアと一部はタタール料理の影響のもとに形成された。料理の素材構成には、ボルガ中流地域の自然条件も大きく作用している。
  ボルガ沿岸料理は、肉、こね粉、肉・野菜料理の基本的な調理法をタタールから借りている、違うのは羊肉のかわりに、牛肉からさらに豚肉まで使用する点だけである。野うさぎの肉が民族の肉とされている。タタール料理からカトィークと、それを肉と野菜料理に利用する方法も借りている。スープの味つけにロシアの酸乳 (プロストクワシア、スィロクワシア) やスメタナも同じ程度に使われている。ロシア料理とボルガ沿岸料理は、きのこ、森の液果実類、川魚をよく使用する点で、近い関係にある。
  料理の構成は、常にきわめて単純である。スパイスは玉葱、パセリ、ディル以外はほとんど使われない。そのかわり、玉葱は多量に、とくに魚ときのこ料理で使われている。甘味料理を作るために、森の液果が利用される。その液果から、一番簡単な牛乳・液果、コールド・スープ (いちご、えぞいちご、こけもも、それらを混ぜたもので作る) が作られ、また液果 (カリーナの実、みざくら、いちご、ななかまどの実) と粉に砂糖を加えて (クラーガ型の) 熱物料理が作られる。
  タタール料理の若干の肉料理は、ボルガ沿岸民族によって、調理法に変更が加えられている。もつのソーセージと豚の胃のソーセージの肉は、半乾きの状態になるまで、竈の中で非常に高い温度で焼かれる。一方、野天干し、燻製、水煮はほとんど行われない。それによって、中央アジア料理の一連の保存・貯蔵加工品は、ボルガ沿岸料理では、半炒めかまたは焼いた肉料理に変えられている。( 例えば、チュバーシのシルタンとトゥルタルマシュ) 。

ペ ル ミ ャ ツ カ ヤ 料 理
この名称で、ウドムルト、コミ、ペルミヤーク、ベセルミヤン等のプリカミヤ(カマ河沿い) 、北部プレドウラル (西ウラル) とウラルの小民族の民族料理がまとめられる。この料理も、ボルガ沿岸料理のように、ロシアとタタール料理の影響のもとで形成され、それらにも影響を与えた。とくにプリカミヤの昔の住人、18世紀のブルガリー大公によるキプチャク汗国占領以前のボルガ、カマ・ブルガル族に普及していた肉・こね粉料理がプリミヤッカヤ料理に、そこからロシア・タタール料理に移って行った。
  多くの類似した特徴が、ペルミャツカヤ料理とロシア料理、とくに昔のロシア料理にはある。それはカマ河沿いの森林の、その他の贈り物 (森の液果、きのこ、野生の蜂蜜) と組み合わせて野生動物 (野うさぎの肉、大鹿、えぞらいちょう、しゃこ、くろらいちょうの肉) を広く利用することであり、えんどうとかぶを使用することである。 (ウドムルト人が、かぶをしばしば大根とよび、この間違いが時によれば、料理書や、ウドムルト料理のレシピーにも見られることを考えねばならない) 。 森の野鳥とならんで、家禽もとくに最近利用されている。ペルミャツカヤ料理だけに使われる材料の中では、スープの具、ピロークの詰め物、ペルミャツキーの「セリャンカ」に入れる野菜として利用されている、「つくし」(ペシュニ) とピカヌィ (アンゼリカに近い植物) をあげねばならない。このロシア名「セリャンカ」は、ペルミャツカヤ料理では (火ではなく) 竈でフライパンに入れて焼かれ、大量の肉、魚、きのこ、野菜で味をつけたオムレツのようなたまご・牛乳を混ぜたものと間違われている。しかし「セリャンカ」は、熱いものでなく、冷たいものが食べられる。きのこは、焼いたものではなく、塩漬けがピロークに利用される。かぶから、パレンキが作られる、それは、水なしの鋳物の鍋に入れて、数時間蒸し焼きにされた野菜である。かぶに、煮た野菜の後味がつかないように、鋳物鍋はライ麦や大麦の桿や大麻の実の殻や外皮で厚く覆われ、ひっくりかえされて、竈に一晩入れておく。このような手法で、煮えてはいるが、よく乾いていて、余分な水分を含まない野菜が出来る、それはまたこの野菜に独特の堅さと味、ライ麦、大麦、大麻の風味をつけるのである。パレンキは濃い大麦クワスと一緒に食べる。
  基本的なスープは、きのこシチ (いらくさ、すべりひゆ、かぶをいれたきのこ) 、大麦シチ、大麦の挽き割りで作るスープとウハーである。
  魚は、ペルミャツカヤ料理、とくにカマ河沿いの住民のあいだでは、大きな場所を占めている。昔、魚は煮られるだけでなく、醗酵させられていた、魚が主に使用されるのはピロークで、それには、わたを取って洗い、骨をとるが鱗をつけたままの魚が入れられる。これが、ペルミャツキー・ピロークに独特の味をつけている、さらにそのピロークは、酵母を入れないライ麦かライ麦・小麦、ライ麦・大麦の生地で作られる。
  ペルミャツカヤ料理は、ロシア、タタール、全連邦の料理に大きな貢献をしている、それはペリメニで、ウドムルト語ではペリニヤニ (ペリは耳、ニヤニはパン) と呼ばれるものである。17世紀以後使われていた、二つの言葉{ペルニヤニとペルミヤニ (すなわちペルミの、ペルミャツカヤの食べ物) }をロシア人が複合して19世紀に「ペリメニ」になり、この料理のロシアと国際的な名称になった。ペルミャツキーのペリメニの特色は、三種類の肉 (牛肉・45パーセント 、羊肉・35パーセント 、豚肉・29パーセント)が使われていることである。タタールとウズベク料理では、ペリメニ (マントゥイ) は、羊肉だけで作られ、リトワニアでは豚肉だけ、ロシアでは、とくに牛肉だけで作られている。ウラルとシベリアだけで、牛肉と豚肉を混ぜたものからペリメニが作られているが、それはペリニヤニに近いことを示している。肉のペリメニの他に、ペルミャツカヤ料理では、きのこ、玉葱、かぶ、酢漬けきゃべつを入れたペリニヤニも普及している。

カ レ リ ヤ 料 理
  カレリヤまたは東フィン料理は、カレリヤ人だけでなくペプス人、イジョル人とコラ半島のコミ・イジョム人の一部の民族料理も含んでいる。この料理は、古い民族を基礎として作られ、多くの点で古ロシア料理に近いものである。
  エストニア料理と同じく、東フィン料理傾向に属するカレリア料理の特徴は、肉をあまり使わないこと (針葉樹林の野鳥を除く) 、明白な魚類好み、これまですべての料理で小麦粉よりも、ライ麦、大麦粉をはるかに多く利用していることである。エストニア料理とカレリア料理の違いは、「森の」料理の幅が広い、すなわちきのこ、森の液果 (きいちご、つるこけもも、ほむろいちご、こけもも、いちご)で作る料理の数が多く、牛乳料理の種類がいくぶん少ないこと (しかし、牛乳入りの魚も含めて主な牛乳料理はすべてとりいれている) 、エストニア料理固有のドイツ、スェーデン料理の調理手法がないことである。カレリア料理では、古ロシア料理の手法、とくに竈のたえず低下する温度の中で調理する方法が利用されている。
  ペルミャツカヤ料理のように、カレリア料理では、魚の醗酵 (酸、塩漬け) が行われている。そのかわり、バルト海沿岸料理に普及している燻製はまったく知られていない。
  カレリア料理の基本的な民族メニューには、必ずカラルオッカ (ウハー) があるが、最も典型的なものは、シグ (しゃけの一種) のウハー、牛乳ウハー、醗酵させた魚、酢漬けの魚から作るウハーである。それらは最近作り方が忘れられ、その結果苦みが強く、不快な臭いのするものになっている。その作り方のこつは、煮終わる約5 分前に、魚ヴィヨンを木 (白樺) 炭の厚い層を通すことである。
  カレリア料理では、ウハーは、たまごと一緒に煮られる。その時たまごを入れるために、スェーデンの方法 (パシロバーニエ) や東方の方法 (参照 ドォブガ) が使われる。ロシアの透明なウハーと違い、カレリア料理のカラルオッカには、淡くにごりがある、それには牛乳、たまご、アイスランド苔だけでなく、松や白樺の芽、ライ麦粉、乾物 (粉を混ぜた乾し魚) が入れられる。
  一の膳の多様な魚料理とならんで、カレリア料理では、きわめて単純な二の膳料理が出される。それはエストニアのカラクークッコに似た漁師ピロークである。事実上あらゆる魚が、二の膳の料理として、ライ麦の酵母を入れない生地の薄い皮のピロークに入れて食べられる。ウドムルト、ペルミャツカヤ料理のように、ピロークに入れる魚はうろこをつけたままのものである。その他のカーシア入りのピロークは、細長い魚ピロークと違って、半円形か鎌の形に作られる (カーシア用の穀粉が、鎌で刈り取られることを思わせる) 。カレリア料理には、果実料理や菓子がまったくない。甘味料理として、かってはロシアのカルーガ生地に似た麦芽醗酵の生地 (ミャミ) またはクラーガが利用されていた。

ヤ ク ー ト 料 理
  ロシア連邦の民族の中で約30万をヤクート族が占めている。その起源と言語はチュルク系民族だが、18世紀以来、東シベリアと極北地方に住んでおり、ロシア文化をしっかりと受容している (ヤクート人の姓、名がロシア流であることを言えば十分であろう) 。
  ヤクート料理が、ヤクート人の歴史的発展のこの特色を反映していることは明らかである。二の膳の肉料理の調理法は、モンゴルとカザフの料理を思わせるが、それは大昔、ヤクート人の経済が遊牧に基礎をおいていたからである。今でも、ヤクート人のあいだでは、馬肉が高く評価されている。馬乳酒は民族の飲物として残っている。ヤクート人の多くの料理、とくに牛乳料理は、隣接するブリヤート人の料理を思わせる。一方、ヤクートの現代料理の一の膳料理は、ロシア料理を思わせる、というのは、かってヤクート料理には、民族的なスープがなかったからである。東シベリアのタイガ (密林) 、アナバル、インディギルカ、アレニヨーク、コリマの河川、シベリアの大河レナ河と、その支流のアリョークマ、ヴィリュイ、アルダン河に沿った (極北地帯の) 生活条件が、ヤクート料理に決定的な跡を残している。そこでは、野鳥、鹿、シベリアの魚が広く利用されている。シベリアの魚には、ハトィス (シベリアのちょうざめ) 、チル、オームリ、ムクスーン (いずれもしゃけの一種) 、ネーリマ (川かますの一種) 、タイメヨーニ、ハーリウス (いずれもしゃけの一種) がある。さらに、食品素材の利用法は、多くの点で、亜北極地方の料理に似ている、すなわち肉と魚は、生でしかも冬だけ利用されることが多い、冬には冷凍した肉や魚からストローガニナ{かんなくずのように肉を削ったもので、のびる (わさびに似た、ともしりそう属の草)(Alliumrsinum) 、サラン (ねぎ科の植物 Cochearia) から作った辛みのあるつけ汁と一緒に食べる}が作れるからである。
  ヤクート料理の構成は、きわめて単純なものである、それは煮物 (肉、魚) 、生物 (牛乳、血、肉魚、野草) 、生を醗酵させたもの{馬乳酒、ブザー (きび)、麦製の軽い酒}である。果実は言うまでもないが、野菜は、民族料理では使われていない。液果やきのこの利用さえ、ごく最近始まったばかりで、昔はそれらをうまく料理できなかった。

亜 北 極 、 モ ン ゴ ル 、 ユ ダ ヤ 料 理
  三つの大きな民族料理の傾向が、ソ連邦国内だけでなく、国外にわたって見られる。モンゴル、亜北極、ユダヤ料理である。この三つは、互いに、また本書ですでに見たものとも大きく違っている。実生活で、これらの民族料理を利用する民族は、ソ連邦のヨーロッパとアジアの端から端までの膨大な距離のあいだに散らばっており、それだけでなく、その主要な集団は、わが国の外にある、それで、これらの料理傾向は、国外で最も発達している。
  例えば、モンゴル料理は、当然モンゴル (蒙古人民共和国) と中国 (内蒙古とチベット) で最高度に発達し、ユダヤ料理は、大部分がルーマニアとポーランド、もちろんイスラエルとアメリカ合衆国で育て上げられ、亜北極料理は、北カナダのインディアンとインヌィト、グリーンランドのエスキモー、北部スエーデン、ノルウエー、フィンランドのラップランド人の間で、現代風にアレンジされながら、保たれている。
  ソ連邦に、この三つの料理傾向を何らかの形で利用する人々が約300 万人いるので、それらの最も独創的な手法や、独特な手法にふれ、典型的なレシピーをあげ、主要な特徴を見ることにする。

亜北極または北極に近い地域の料理
  極北地方の民族 (ラップランド族、ネネツ族、ダルガーン族、エベンキ族、チュクチ族、ヌガナサン族、エスキモー族、コリヤーク族など) は、民族学上のグループも違い、違う言語を話し、コラ半島からチュコト半島までの北極に近い膨大な場所に散らばっているが、その自然の生活条件が似ていて、これらの民族の所では、長い世紀にわたってトナカイの飼育、狩猟、漁業を基礎とする同じ型の経済が形成されてきた。これらのことがすべて、これらの民族の中で、類似した調理技法や習慣、亜北極型と言ってもよい、一つの料理傾向を作りだす原因となった。
  まじめな学術上の労作でさえも、これらの民族の独創性にまったくふれず、原始的と評価することが非常に多い。場合によっては、これらの民族に独自の料理があることさえも否定されることがある。この評価は、食品素材の貧弱さ、食事を作るのに火をあまり使わないこと、調理器具のないことを根拠としている。
  極北民族の食事については、種類を純粋に外見だけ記録した断片的な民俗学的な描写があるにすぎない。亜北極の深い研究は、まだ試みられたことがない。しかし、北極に近い地方の厳しい条件の下で生活し、きわめて単純なものを食べながら、極北の人々が、同じ緯度のヨーロッパ人を脅かしている壊血病やその他のビタミン欠乏症にかからないことを指摘するのは、きわめて重要なことである。生の材料、とくに生の肉や魚を食べることは、一寸見た時に思われるほど原始的なものではない。亜北極料理には、食べる生肉 (すなわち熱処理を加えないもの) に三種のものがある。そのすべてが、現代の科学の立場から納得のゆくものである。
  第一種 これは動物 (となかい、せいうち、あざらし、鯨) の新鮮な生肉、脂肪、血である、もっと正確に言えば、生きている動物、すなわちまだ死なないで、傷ついただけの動物の肉である。例えば、グリーンランドのエスキモーは、海岸に打ち上げられた、傷ついた鯨から肉をとって、すぐ食べる。この場合、肉はまだ分解過程が始まっていないので、独特の軟らかさ、甘さとよい香りがある。
  現代の学術用語で言えば、これは屠殺してから rigor mortis(死後硬直) が、はじまる迄の短い時間に肉を使用することである、その間蛋白の分解も始まらず、筋肉も軟らかいままである。このような肉の味見をしたヨーロッパの旅行者は皆、その味が非常によいと指摘している。ごく最近まで、新鮮な肉の、このような特性は説明できないと思われていた。ところが、北極に近い地域の人々は、肉の質をよくする別の方法も知っているが、それは今では学術的にも認められている。その方法は、動物を屠殺する前に、落ちつかせ、暖かいところで特別な飼料を与えて飼育し、正しく放血させることである。
  この種の食物に、ざっと切った動脈から出る動物 (となかい、馬) の血液で、すぐ飲まれるものがある。亜北極料理では、このような血液は、しぼりたてのとなかいの血に様々な割合でまぜられ、洗練された料理となっている。同様な習慣は、12世紀から17世紀までのタタールにもあり、それ以前には、スキタイ人にもあった。「牛乳入りの血」という表現は、その時からロシア語にもあり、健康食品を意味するもので、後で説明するように、血色のよい顔色を意味するものではない。牛乳入りの血を飲んだ人間は、非常に健康であった。
  生肉の摂取は極めて簡単で、特別な調理法は必要ないように思われる。実際は、特別な準備 (このことについては前述した) の他に、新鮮な肉を食べる速さを守らねばならない。それは、すぐ、できるだけ早く食べなければならない。ヨーロッパの旅行者は、その「土地の人」が新鮮な肉を食べる速さに、しばしば注意の目を向けているが、それを貪欲さや欲張りとしてだけ説明している。実のところは、殺したての肉は、すぐ食べなければならない, というのは肉の柔らかさと味は、rigor mortisが始まると、ほとんど一晩のうちになくなるからである。(ついでに言えば、ロシア語の「殺したて (パルノエ)の肉」という表現は、古い表現だが、肉からパール (湯気) が出ている、まだ温かく新鮮であることを意味する、だが、殺したての肉から湯気が出るのは、非常に寒いとき、すなわち北の方だけである) 。
  第二種の食用生肉・魚も独特な物である。これも新鮮な、われわれの考えでは、ほとんど殺したての肉だが、 (凍らせて水分を取ったものでなく) 凍寒にあったもの、したがって汁気を失っていないものである。この肉は、薄くて長いかんな屑のように削られ (ストローガチされ) ストローガニナと呼ばれる牛肉、となかいの肉、魚をストローガニナにすることができる。殺したての肉を何の調味料もなく、またその肉の非常なデリケートさと軽い甘味をそこなうにすぎない塩もつけずに食べる場合、ストローガニナは、肉でも、魚でも、亜北極地帯の辛味のきいた調味料{ともしりそう属の野草 (わさびに似たもの) 、海や川のクレス、野びる (ねぎ) 、サラナー (シベリアゆりの一種) }で味をつける。肉のストローガニナには、冷凍した酢漬けか水漬けの亜北極地帯の液果{ほむろいちご、くろいちご、つるこけもも、からすいちご (クリヨークベル) }がそえられる。こうして作られる料理は、どうしても原始的なものと評価できないであろう。その構成が簡単で、火を使わずに作られるということと、原始的ということは別である。
  ついでだが、極北地方の民族に、火を使う料理がないことは、その多くが、金属製の食器がないことによるものである。そのかわり、石の壺、平らな石 (石のフライパン) 、または圧力をかけて肉が焼ける石の板、炭、裸火、灰、砂が利用される。 (砂は、植物の根や油の多い部分のいわゆる砂焼きに利用される) 。肉を焼いたり、肉の煮出汁の利用は、亜北極料理ではきわめてまれで、そこにはロシア料理から入ったものである。民族料理の手法としての肉の油 (脂) 炒めもない。
  第二種の食用肉 は、寒気と風で乾燥した肉である。保存のもう一つの方法は塩漬けで、燻製は作られない。亜北極料理では、魚は生、塩漬け、醗酵酸味漬け、乾し、冷凍 (ストローガニナ) 、灰焼きで供されるが、煮られたり、炒められたりされることはない。植物性の材料では、すでにあげた野草や根、液果を別にして、味にくせのない、肉の多い種々の野草、野生の根菜、木の汁、アイスランド苔が食されている。
  一の膳の熱物料理は、茶、乳入りの茶で代用され、若干の民族では、となかいの乳を蒸留した加工品で代用されている。場合によっては、野鳥{北極しゃこ、水鳥 (かも、がん) のたまご}が、亜北極料理の食品素材目録にあげられることがある。全体として、その目録はそれほど貧弱なものではない、それどころか一連の民族 (例えば、ラップランド族、コリヤーク族、ネネツ族、エベンキ族) は、その食品を貴重な魚{スヨームガ、ロソーシ、オームリ (すべてしゃけの一種) }で補充している。

蒙古料理
  わが国のなかで、蒙古料理の傾向に属するのは、カルムィーク、ブリヤート、シヨルツ、アルタイ、トゥーワ族と一部のハカシー族の民族料理である。
  この料理傾向は、基本的に肉、乳、粉の利用の上に組み立てられており、此の材料加工の調理手法は、カザフ・キルギス料理の手法と違っている。これがまたカザフ・キルギス料理を独立の傾向に分離する決定的なものである。
  蒙古料理では、乳はもっと複雑に、さまざまな形で加工される、その要点は、主として微生物の作用によるものでなく、イースト醗酵とアルコール醗酵である。その際、最小限三種類、場合によっては五種類の乳 (馬、羊、牛、らくだ、ヤク)がほぼ同じように利用される。これによって、種類の違うバター、カティジ・チーズ、酸乳加工品を作ることができる。各種の獣乳と乳加工品の組合せ、様々な酵母や初乳加工品の利用は、蒙古料理の乳製品材料の品目を、さらに拡大している。カトィークに似たタラク や馬乳酒とならんで、フ−ルンガとその熱処理や蒸留加工品であるアリカ、ボゾなどが作られている。
  肉料理と肉加工品も、素材の多様さが特徴になっている。馬肉、牛肉、らくだ肉、山羊肉、ヤク、かもしかの肉が利用されている。肉加工の調理手法のうち、独特なものは,事前に何の加工もせず12月か1月に風や寒気で、長くて薄いテープ状のものを乾燥することと、獣乳を空気の流入を断ってアルコール醗酵させたもの (ボゾ) と組み合わせて肉をゆでることである。はじめの場合、ボルツォ(カルムィク人) またはボルソオ (ブリヤート人) ができ、後の場合、ボルホイリュクができる。この肉料理は、どれも味のよいものである。
  牧畜に従事するすべての民族のように、蒙古料理でも、もつの様々な組合せが広く利用されている。その場合、タタールやウズベク料理のように、数種のもつが組み合わされるのではなく、どれか一種類のもつ (例えば、肺臓または心臓)とパシーナ{しゃくし (前足のつけ根) }、つめ物をしない腸、各種の脂肪 (腎臓の脂肪、腸網膜) と組み合わせるのが特徴である。
  構成が単純で、つけ合わせや調味料 (乾かしたマンギーラ・ねぎを別にして)を使わない蒙古の肉料理は、それにもかかわらず、調理に時間がかかるものである (乳料理にも時間がかかるが) 、それは肉が大量にゆでられたり、乾燥されるからである。例えば、ボルホイリュクは8 〜10時間煮なければならない (これは主に、蓋をした大鍋で作られる) 。
  蒙古料理の特色は、ステップ (草原) の環境に適応していることである。したがって、現代の都市の環境の中で蒙古料理を再現することはきわめて困難である。料理のどれかを現代的にしようとする試みが、簡略化するだけでなく、民族的な調理法をゆがめる形で、したがって料理の味を変えるような形ですすめられている。例えば、大きなかたまりの肉片が、蒙古料理にはもともとない挽き肉で代用されている。
  チュルク料理と違い、蒙古料理では、肉が炒められない、ロシア料理と違って、塩漬けにもされず、亜北極料理のように生で食べることもない。それは乾され、灰や二つのフライパンの間や、生地にくるんで焼かれ、野天干しにされたり大鍋でゆでられたり、大鍋を使わずに、皮つきで煮られたりする。この一番後の煮方はトゥーワ料理に残っている。羊の屠殺したものを、皮を剥がずに、内臓をとり、そこに水か氷 (冬) を入れ、火でよく焼いた石を入れる、羊は薪の炭火の下におく。こうして、肉は内側から煮られ、外から焼かれる。この方法は、外カフカスの方法と大きく違っている、そこでは肉が直接火にふれることがない (参照グルジア料理) 。
  粉物の特徴は、脂肪と粉の割合が1 対2 ということである。水のかわりに脂肪が使われ、出来上がった生地 (それを水でこねた後) に最後の材料としてバターを加える。粉物は主として、酵母を入れない生地で作られ、フライパンか灰の中で焼かれる (今では、この方法は、味を変えないアルミ・ホイルに入れて焼くことで代用されている) 。粉物の形は、小さい片か、薄い薄焼 (ブリヌィ) 形である。蒙古料理では、植物性の材料はあまり使われない。マンギーラ・ねぎ、ねぎ、野びる、シベリアゆりが独特のものである。森の液果のうち、ななかまどの実とみざくらの実 (乾燥) だけが利用されている。スパイスでは、黒胡椒、肉桂、ローリエ、八角、さんしょう (Зантоксилум) 、薬味として、また基本料理の一つとして、カルムィク茶とよばれることが多い煉瓦状の緑茶が使われている。
  次に、蒙古料理の若干の料理と加工品の作り方をあげる、それは独特な調理法、または構成の点できわだったものであり、現代の都市条件のなかでも手軽に作れるものである。
  プイシュタク Пыштак (やわらかな酸味のないカテジ・チーズ)
   生乳・3 リットル,2〜3 日酸敗させた乳漿・2 リットル (よく冷えた、氷状のもの) 。
     牛乳を7 〜8 リットル入りの大型のシチュー鍋か大鍋で煮立てて、一番ふくれあがった     時に、パイプかじょうごを利用して、冷たい乳漿を強い勢いで急速に入れる。牛乳が      薄い膜を作って固まるが、その膜を注意してとりだし乾燥させて、その後おしぼりのよ     うに縒って乾燥する。こうしてノイゲン・プィシュタクができる。うまくとれない時は、トゥ     バローク状のかたまりを軽くプレスすると、クィスカン・プィシュタクができる。
  ティブゲン Тибген
   シベリアゆりの根・2 〜3 キログラム,スーベ (バターを濃縮したもの、ドールダ) ・1 リットル。
     ゆりの根を細かく切り、ざっとゆで (熱湯をかけ) 、煮立てたスーベに入れ、ごく弱火で    、よく煮え、均一の状態になるまで煮る。
  モィチョトォイ ティブゲン Мойчотой тибген
   シベリアゆりの根・1 キログラム,牛乳・3 リットル, 砂糖・200 グラム,みざくらの実 (乾燥して粉に   挽いた物)・1カップ 。
     ゆりの根を丸のまま牛乳に入れ、蓋をせず、弱火で、鱗片の一つ一つがよく煮えるま    で煮る (その場合、牛乳は三分の一に減る) 。次にみざくらの粉、砂糖、蜂蜜を加え、     よくまぜて、カーシア状になるまで煮続ける。
     これは冷ましてから食べる。
  フールンガ Хурунга
     古典的な方法でフールンガを作るのはきわめて難しい、それには、まず大きな器 (約    500 リットル入りの樽) と、特殊な酵母 (エヘ) が必要である。
     エヘは古いフールンガ、またはフールンガのもとで、ブリヤート人は、時によっては半    年からそれ以上保存することがある。現代の、最もやさしい作り方は、次のとおりであ    る。
      バター製造の後に残った乳漿の酸敗したもの・3 ビョードル (約37リットル) 、エヘまた     はライ麦酵母・1 リットル (ライ麦酵母は、1 キログラム のライ麦を目のつまった亜麻布の袋     に入れ、乳漿に1 週間つけておいたものから作る) 。
       乳漿を、小さい孔のある蓋で覆う。一昼夜の間時々かきまぜる、間隔は3 〜4 時      間ごとにする。1 回に15分以上まぜる。小さい泡が出たら、出来上がったとみてよ       い。
   ボルツォーク Борцок
     小麦粉・2.5 カップ,ライ麦粉・1.5 カップ,羊の脂身 (内臓) を溶かしたもの・1 カップ,濃縮バ    ター (溶かしたもの) ・半カップ,水・1/2 〜3/4 カップ,
     酸乳、スメタナ、乳漿を生地の堅さを加減するために入れてもよい。
       二種類の粉を混ぜ、ふるう。それに少量の水をいれ、固めの生地を作る(ざっと水      で湿す程度) 。
       生地に脂とバターを加えてこね、必要があれば、少量の乳漿をつなぎに加える。        厚さが約0.5 センチ の小皿大の薄焼き状のレピヨーシカを作り、弱火のフライパンで        (油を使わずに) 、両面を焼く、その場合、別のフライパンかスープ皿で覆っておく       。
   チャ・カルムィツキー チャイ (2 種)
     Ця−Калмыцкий чай (два варианта)
       変種I. 茶・200 〜300 グラム,水・3 リットル, 生クリーム・2 リットル, バター・50グラム,塩・      茶匙2,黒胡椒・5 〜6 粒。
       茶を粉に挽いて、冷水をかけ、中火で煮立たせ、それから火を細め、さらに15〜       20分煮て、表面に浮いた茶柱をとり、温めた生クリームを入れ、5 〜10分間煮る、       バター、塩を加え、蓋をして10〜15分おき、その後つぎわける。
       変種II. カルムィーク茶・山盛大匙4,牛乳・2 リットル, 水・1.5 リットル, バター・100 グラム,      小麦粉・大匙3,黒胡椒・7 〜8 粒, ローリエ・2,塩・茶匙2 。
       煮る順序は同じだが、塩を牛乳と一緒に加え、その後、粉をバターで淡黄色に炒      める (炒めすぎないようにする)、茶にスパイスを入れる。

ユ ダ ヤ 料 理
  ソ連邦国内で作り出された形のユダヤ料理は、ユダヤ人の伝統的な料理とポーランド料理、一部のドイツ料理の要素とを組み合わせた産物である。その他、カライーム、タート、モルダビアとブハラのユダヤ人 (ジュグート) の料理は、トルコやイラン料理の強い影響をうけている、とくに粉物と菓子にそれが見られる。
  ユダヤ料理全般の特徴は、食品素材の選択が特殊なものに限られていることと、一定の食品素材の混合である。例えば、肉と牛乳は、料理でもメニューでも、決して組み合わされることがない。若干の材料は、とくに好まれている、例えばユダヤ料理の基本的な脂である鵞鳥の脂 (その代用として、鶏やその他の鳥類の脂が許される) 、牛肉と子牛肉、たまご、魚では川かます、野菜では、えんどう、ビート、にんじんで、魚料理でさえも、それらの組合せが好まれる。
  好みの材料とともに、料理の型にも好みがある、一の膳料理の中では、薄いトースト片、プロフィトロリ (ヤミ) (マンドレン) 、炒めたラプシア入りのヴィヨン (肉、鶏肉) が好まれている。  二の膳料理では、挽き肉づめの料理 (つめ物をした魚、つめ物をした鵞鳥の類) 、挽き肉料理 (ルリョート、ミート・ボール、肉だんご) 、蒸し・煮半々の野菜であるツィメスが好まれている。一連の料理には、もちろんきわめて僅かだが、東方料理の影響が残っている。それは甘酸っぱい肉、ツィメスで、それでは肉や野菜が、ごく少量の乾燥果実と組み合わされることや、また甘味料理でないもの (にしん、魚、野菜) に砂糖を使うことに見られる。
  ユダヤ料理では、牛乳は新鮮なものだけが使われる。薄味の牛乳料理、いわゆるダイエット風の、軟らかく煮た、半流動状のカーシアはそこからでてくる。料理の構成も、原則としてややこしくない。とくに、野菜、牛乳料理とスープがそうである。好みの熱処理法は、ゆで、煮、半蒸しで、必ずこんろで、水をいれ、蓋をして処理される。オーブンが使われることは少なく、ほとんど使われない。これらのことはすべて、ユダヤ料理を東方料理からはっきりと分けるものである。東方料理では、蓋をしない大鍋での炒めや揚げ、特別な道具{タヌール、カスカン (せいろ)など}や、蒸気で煮ることが好まれている。
  スパイスの使用は、種類 (玉葱、にんにく、わさび、ディル、黒胡椒、しょうが、肉桂、クローブ) と、とくに量が限られている. すべてが刺激のない、薄味を保つようにされている。ユダヤ料理には、料理の濃さを少なくする特別の手法がある。例えば、野菜と粉の淡黄色炒めはよく利用され、とじ物の材料としてのたまごは、牛乳をまぜないで、そのまま、かなり大量に使われる。例えば、クゲリ (プディングとザペカーンカの中間の料理) では、牛乳を加えないたまごのソースが利用される。クゲリはメニューでよく見かけるものである。それはラプシア、米、ビート、じゃがいもから作られ、しかも時間がそうかからない、主な材料をゆで、刻み、バターでざっと炒めて、たまごをかけ、蓋をして、こんろで3 〜4 分煮る (ウクライナのザペカーンカのようにオーブンや竈で焼かない) 。
  菓子の特徴は、近東と似ていることである。だがこの類似は、作り方に見られ、素材の選択と構成ではない。例えば、ユダヤ料理では、近東料理でいちじく (ジャム「アンゲマフツ」) を使うところに大根を使い、ザカフカス料理でくるみを使うところに、粉や生地のボールやけしの実を使っている。ユダヤ料理の好みの生地は、イーストを入れないペソチュノエまたはクローフノエ生地である、しかし近東と違って、それはバターではなくたまご生地で、ベースは、粉の重量の50パーセントをたまごが占め、卵黄だけのことが多い。菓子で、蜂蜜と砂糖を、同量で組み合わせることも特徴である。味をつけず、酵母を入れない生地 (正確に言えば、軽い味つけをした) は、外観はワッフル用の生地に似ているが、もっと目のつまっているマツァーにだけ残っている。
  構成が簡単なこと、早く作れること、半加工素材 (ヴィヨン、たまご、ラプシア (バーミセリ) 、挽き肉 (カツレツ、パシュチョート) を使うこと、またユダヤ料理がこんろでつくるのに適していること、これらのことはすべて、公共給食網にユダヤ料理が広く普及する原因となっている。しかし若干の変更が加えられている (鵞鳥の脂がマーガリン、配合脂肪に変えられ、材料を別々に調理し、混ぜないという特色が守られていない) 。その結果、多くの料理が、民族のカラーと味、それに民族の名称を失っている。つぎにユダヤ料理の三つの典型的な料理 (フォルシュマーク、ツィメス、つめ物入り川かます) をあげる。

  フォルシュマーク Форшмак
    フォルシュマークは、「前菜」、「食事前の食べ物」、「前味」という意味である。ユダヤ料   理で、この料理は、民族料理になっているが、はじめは、東方料理から借りたものであっ   た。東方料理では、炒めニシン料理と言われ、前菜として供されていた。ユダヤ料理で、   フォルシュマークは、挽いたニシンから作られる冷たい前菜に形を変えた。
    構成でも、調理法でも、フォルシュマークは、典型的なユダヤ料理で、前菜としてだけ    でなくゆでじゃがをつけて、朝食の基本的な料理によく使われている。
     ニシン・2,皮をとった白棒型パン・1/2,たまご・3,植物油・大匙4 ( できればオリーブ油    ),アントノフ種のりんご (大) ・1,玉葱・2,葉つき玉葱・1,砂糖・大匙2,黒胡椒 (粉) ・茶匙1,    ぶどう酢の30パーセント 液・大匙2,オールスパイス・2 粒, からし粉・茶匙1 〜2 またはと     きがらし・大匙1/2 。
       ニシンをつくり、身を熱湯か牛乳入りの茶につけ、ミンチにかけ、玉葱、水につけて      軟らかくした白パン、りんごを加えてもう一度ミンチにかける。出来たものをよくまぜ      る。たまごを固くゆで、白身と黄身を分け、黄身を酢に入れてとかし、白身は細かく      刻んで、ニシンのかたまりとあわせる。スパイス、残りの酢、からしを加える。黄身       に砂糖、こしょう、植物油をふり、このまぜたものを、長方形か楕円形に形を作った       フォルシュマークに塗る。青ねぎをふりかける。

  シチューカ ファルシロバンナヤ  Щука  фаршированная
    川かます (大) ・1.5 〜2Kg,玉葱・3,白棒型パン・1/4,たまご・2,胡椒(粉) ・茶匙2,砂糖・   茶匙2,塩 (つめ物用) ・茶匙1 他の塩は好みによる, ビート (大) ・1,にんじん (大) ・1 。
     1. 川かますの鱗をとり、わたをとらないで4 〜5 センチ 幅の大片に切る。つぎにわたを      とり、身と骨を注意して切りはなす、その場合、「輪」ができるように、皮の下の肉を      0.5 センチ 以上の厚さにして、皮をそのままにしておく。頭も同じように、つめ物がで       きるように、きれいにしておく。しっぽはそのままにしておく。
     2. 川かますの身を玉葱、パン、固ゆでたまごと一緒にミンチにかける、出来たものに      砂糖、塩、胡椒を加え、それを「輪」と頭につめる。
     3. ビートとにんじんを細かく、薄い千切りに刻み、玉葱を半円形に切って、ソテー鍋に      並べて入れ、その上につめ物をした川かますを堅くつめ、もう一度野菜 (ビートとに       んじん、玉葱の混合物) を並べ、塩、胡椒をする。のこったつめ物を野菜を並べた上      に薄くのせ、その上にたまごを塗って、蓋をしないで (たまごがやわらかな皮になる      ように) 熱いオーブンに3 〜4 分間入れる、その後、野菜がやっと隠れる位に水をい      れ、蓋をして弱火のこんろに約 1 時間かける。
       (ユダヤ料理では、川かますやその他の魚は非常に長く1.5 〜2 時間煮られる。そ      うする必要は全くない。川かますで30分、鯉は20分で十分である) 。
       その後、魚をとりだして冷まし、皿の上で「魚」の形にして、煮た後に残った粘りの      あるヴィヨンにわさびをまぜてかける。 
       つめ物をした川かますには、ビート、にんじん (川かますと一緒に煮たもの) のつけ      合わせか、またはゆでじゃがをそえる。
    ツィメス クネィドラフ
       にんじん・0.5Kg,乾ぶどう・半カップ,くろすもも・5 〜10個, バター・50〜75グラム,塩・      茶匙1/2〜1,砂糖・大匙1/2,小麦挽き割りの固い粥・大匙1,たまご・1,オールスパイ      スまたは黒胡椒・茶匙1/4 。
       にんじんを小さい角に切って、ソテー鍋にバターを入れ、ざっと炒める、にんじんが      やっと隠れるくらいに水をいれ、蓋をして半煮えまで蒸す。
       次に乾ぶどう、黒スモモ、砂糖、塩をいれ、煮立たせ、クネィドリを入れ、出来るま      で煮る。
       クネィドリは生たまご、バター、胡椒、塩を混ぜた小麦の挽き割り粥で作り (クルミ      大のボールを作る) 、粉をまぶす (粉をまぶさずに、煮立ったツィメスに入れてもよい       ) 。
                          北カフカス 他 おわり