ウ ク ラ イ ナ 料 理
ウクライナ料理 補遺1
スラブ料理の中で、ウクライナ料理は広く知られている。それは、ずっと昔にウクライナからはるか遠くに広がり、そのいくつか、たとえばボルシチやワリョーニクは世界の料理メニューに入っている。
ウクライナの民族料理は、非常に遅く主に18世紀の始めから半ばにかけて形作られ、最終的には19世紀の始めまでに形成された。それまではウクライナ料理と親類の間柄にあるポーランドや白ロシアの料理とウクライナ料理とを区別することは難しかった。それは、ウクライナ民族とウクライナ国家の形成過程が長期にわたり、複雑だったことで納得がゆく。
キエフ・ルーシーへのモンゴル・タタールの侵略の後、ウクライナはリトワニア、ハンガリア、ポーランドの諸侯に侵略され、その結果、国土の大部分が、多くの国
(リトワニア、ポーランド、ハンガリア、ルーマニア) の支配下に置かれた。
本質的には、ウクライナ民族の形成は、17世紀にやっと始まり、百年かかって完成した。
ウクライナの国土の一部が長いあいだ切りさかれていたので、全ウクライナ的な料理は、ウクライナの人民が統一して後に始めて、きわめてゆっくりと作られるようになった。17世紀に(ドニエプル河)左岸ウクライナとキエフが、また1
8 世紀の末には右岸ウクライナがロシアの支配下に入った。18世紀末からは、ウクライナ南部の黒海沿岸とノボロシアに、ロシア南部諸県からの移住者が入植するようになった、その後彼らは先住者に同化した。
このように19世紀の始めから半ばにかけて、基本的にウクライナの国土が形づくられ、ウクライナ民族の大部分が再び統一して一つの国家にまとまることが出来るようになった。これが、全ウクライナ的な料理の特徴の形成と普及をいちじるしく助けた、しかし、チェルニゴフとガリチャ、ポルタワとボルィニ、ブコビナとハリコフ、バドーリとザカルパチャの料理の違いは今でも残っている。
その後のウクライナ料理の形成が、次のような幾つかの特質を作り出す条件となった。
第一にウクライナ料理は、すでにウクライナの各地で作られていた調理技術の要素を土台にして作られた。
第二に、これらの要素はきわめて多様だったが、それはカルパートからアゾフ海、プリピャチから黒海に広がる国土の広さ、地域の自然条件や史的発達の違い、ロシア人や白ロシア人、タタール人、ノガイ人、ハンガリア人、ドイツ人、モルダビア人、トルコ人、ギリシア人など多くの民族の雑居によるものであった。にもかかわらず、ウクライナ料理には、稀に見る一体性があり、さらに特徴のある民族的な食品素材の精選やその調理加工法の点で幾分の一面性さへ見られる。
第三にウクライナの民族料理には、古代ロシア料理の伝統が入っていない、古代ロシア料理との結びつきは、モンゴル・タタールの侵略の後失われた。これが古い伝統を、形を変えてではあるが、多くの世紀にわたって保ちつづけてきたロシアや白ロシアの料理とウクライナ料理とを違うものにしている。
同時に、ウクライナ料理は、ドイツやハンガリア料理だけでなく、タタールやトルコ料理の幾つかの調理法を、自己流に一部を変えてとりいれている。例えばチュルク料理独特の過熱した油で材料を炒めることがウクライナの「スマージェニエ」(すなわちボルシチや二の膳に入れられる野菜の前炒め)に変形されているが、その方法は、ロシア料理の全く知らないものである。トルコ料理のペリメニ風の料理であるジュシュ・バラがウクライナのワリョーニクに変わり、ついで民族独特の添加物であるさくらんぼ、トゥバローク、葱(ツィブリ)、シュクバールカ(獣脂などの溶け滓)を入れたワリョーニクになっている。ドイツ料理からは、材料の細分が取り入れられたが、具体的には、各種のウクライナ「シチェニク」〔細かく刻んだつめ物(細切り、挽き肉、たまご、にんじん、きゃべつ、きのこなど)で作るカツレツ風料理〕にそれが見られる。
食品素材について言えば、ウクライナ料理では、東方の料理とは対照的な方向で選ばれている。例えば回教の上昇期にウクライナのコザックは、16−18世紀に豚の脂を使うようになった。一方では、ロシア人のあいだで広まっていた牛肉の使用は、ウクライナ人の間では、とるに足りないものだった、というのはウクライナでは、去勢牛は育ちが悪く、一方役畜や用畜の肉は、味が劣るだけでなく豚肉にくらべて堅かったからであり、また完全に綺麗なものとは考えられていなかったからである。
同時に若干の外国の材料、例えば植物油(オリーブ油)も普及した。それはウクライナの土地とは宗教上の絆で結ばれた国であるギリシアから来たので、ラードより貴重なものと考えられていた。一方では、トルコ料理に使われ、南ウクライナでよく育つなすびは、「回教徒」料理として、ウクライナの民族料理では使われなかった。17世紀から19世紀のすべてのウクライナ人に共通する食品素材選択のこのようなきまりは、居住する場所に関係なく、結局はウクライナ料理を驚くほど同形のものにするとともに、真似のできない、独特なものにした。
ウクライナ民族料理の独特さは次の点にあらわれている、第一に豚肉、獣脂(ラード、ヘッドなど)、ビート、小麦粉その他若干の材料を特に使うことであり、第二に、一つの主要で決定的な物をバックとして、多くの材料を火加減を組み合わせて処理するという調理法の特殊性である。その典型的な例がボルシチで、ビートにその風味を損なわず、ひきたたせ、増大させるだけの20種類の材料が加えられる。
好みの、最もよく使われる材料は豚の脂身で、主に炒めたり、いわゆるシュクバールカ(脂身の揚げ滓)の形で独立の料理にしたり、様々な調味料や各種料理の脂肪ベースにされている。豚肉のこのような扱いは、ウクライナ料理を、西スラブ人、ハンガリア人、ウクライナ人の隣人である白ロシア人の料理に近いものにしているが、ウクライナ料理での獣脂(サーロ)の利用は、きわめて多様である。
豚の脂身(サーロ)は、生、塩漬け、煮、燻製、炒めで食べられたり、それで調理するだけでなく、脂身のない豚以外のあらゆる肉にそれをはさみ、さらに砂糖または糖蜜と組み合わせてデザート料理にさへ利用されている。例えばベルグウヌィのような大衆的な菓子はラードで焼かれる、より正確に言えば熱いラードでゆでたり、揚げられる。
ウクライナ料理に固有なことは、たまごをかなり多く使うことである。たまごは独立の料理{様々な「イェシェン」(たまご料理)}を作るためだけでなく、ラードのように、粉、粉・たまご、たまご・果物(デザート)料理に欠かすことのできない添加物として使われている。
ウクライナ料理にとってきわめて特徴的なことは、粉で作るものが多いことである、しかも特に好まれている生地、(イーストなどの酵母類を入れない)プリョースノエ生地である。それには単なるプリョースノエ、半分引き伸ばしたプリョースノエ、煮たプリョースノエ、軟化用に重曹を使った味付けプリョースノエがあり、菓子類のためにはペソーチュノエ・プリョースノエがよく使われる。民族料理は単純な、酵母類を入れない生地から作ったもの、すなわちワリョーニキ、ガルーシュカ、シュリキ、レミシュキ、グレチャニキ、コルジ、時代の新しい菓子類のベルグウヌィとスタビーツィである。粉物料理では、ほとんど小麦粉が使われ、ごく稀に、小麦粉と組み合わせてそば粉が使われる、挽き割りの中では、きびに人気があり、米〔米は「ソロチンスコエきび」と言われているが、これは「サラチンスコエ」(サラセンのすなわちトルコ)アラブきびを間違えたものである〕も、ウクライナ料理では14世紀以降使われている、それはウクライナには西から、ハンガリア人を通じて入ってきたもので、そこから、その西の名称「サラチンスコエ」(サラセン人の)も意味が分かる。
粉で作るものと並んで、野菜に重要な役割が与えられている。それは脂気の多い肉物の付け合わせとして使われたり、豚の脂身(サーロ)を添えて独立の料理として食膳に出される。野菜のうちで一番目にあるのは、言うまでもなくビートである、それはこの民族の野菜と考えられ、生だけでなく塩漬けとしても使われている。例えば塩漬けビートから、秋から春まですなわち一年の大部分のボルシチが作られる。
ウクライナ料理では、大豆、レンズ豆とくにいんげん豆(さやいんげんではない)等の豆類を使うことも、その特徴である。豆類は、他の野菜に加えるものとして広く利用されている。
その他の好まれている野菜や植物の中ではにんじん、カボチャ、トウモロコシ、じゃがいも、トマトをあげねばならない。とうもろこしはいんげん豆のように、添加物の役割を果たすことが多い、それは、すでに18世紀に、とくに南ウクライナと南西ウクライナのウクライナ料理に普及していた。18世紀からウクライナにじゃがいもが入り始めた。しかし、ここでは白ロシアのように、じゃがいもは独立の意味をもたず、他の野菜類と同様、二の膳の「調味料」すなわち付け合わせの、重要ではあるが、その他多くのものの一つとして利用されるようになった。じゃがいもピューレは、ピューレ状のいんげん豆、にんじんにトゥバローク、りんご、けしの実を入れるときによく利用されている。のみならずじゃがいもは、二の膳物の脂をよく吸収するものであり、またデザート料理とくに液状の果物キショーリや菓子を作るために利用される澱粉を作る原料でもある
ウクライナ料理が、ほぼ最終的に形作られたのは1 8 世紀だったが、19世紀には、トマトとひまわり油という、それなしでは現代のウクライナ料理が考えられない特徴的な材料が、広く使われるようになり、メニューに大きな影響をあたえた。植物油(各種のオリー)が、ウクライナ料理では、昔から獣脂と並んで使われていたが、それにもかかわらず、ひまわり油はこの百年間に始めて普及し、その他の植物油をほとんど駆逐してしまったことを言わねばならない。それは現在二種類使われているが、煎ったひまわりの種子で、ウクライナ人の大好きな強い、独特の香りのついた加熱搾油の油とウクライナの外でよく知られている冷間搾油の油である。 加熱搾油の油は、普通冷たい料理(サラダ、ビネグリョート)にあてられ、冷間搾油の油は、炒め物や揚げ物すなわち二の膳料理の熱物料理を作るために使われることが多い。
スパイスや調味料の中で、とくによく使われるのは玉葱、にんにく、ディル、キャラウェイ、アニシード、はっか、ロベージ、アンゲリーカ、きだちはっか、とうがらしであり、輸入スパイスではローリエ、黒胡椒、シナモン(デザート料理用)である。肉料理、冷たい料理、野菜料理の調味料として、酢が大きな役割を果たしているが、度を過ごすことが多い。
ウクライナで好まれている果実や液果類の中では、さくらんぼ、すもも、梨、すぐり、西瓜わずかに少ないがりんごとえぞいちごの、生、水漬け、乾し、煤乾しが民族的なものと考えられる。
果実と並んで、現代のウクライナ料理では、砂糖と糖蜜が、そのままかまたは、ウズバル、ジャムとくにパビードロや菓子類に入れて、非常に多く使われている。
すでに言ったように、ウクライナ料理の調理法の最大の特徴は、材料の熱処理の組み合わせである。その要点は、次の通りである、すなわち生の材料は、動物性のものでも植物性のものでも、はじめにざっと炒めて、かなり早く淡い色をつけるかまたは、ウクライナ人が言うように「スマージェニエ」(油を塗る)して、その後にもっと長い熱処理である煮、焼き、蒸しをすると言うことである。
ウクライナ料理を作るこの特色は、古くからウクライナの食器の特色と結びついていた、それには煮物用のカザンキー(大釜)、スマージェニエ用のフライパン(深い物と中深のもの)、その後の半蒸煮用の浅い陶製の各種のグレチカ、ミースカ、チャーシュカ、マキトゥーラがある。
調理法では、材料とくに肉を細かく刻むことや切断その他の細分も注目される。このような調理法によって、様々なルリョート〔ザビバーネツ(挽き肉料理)〕、細かく刻んだ詰め物料理、ザペカーンカ(焼き物料理)、挽き肉や「シチェーニク」(細切れ肉)入りのクルチョーニク、すなわちポーランドやチェコを通じてドイツ料理から借用したコロッケやカツレツ型の多様な肉料理が、ウクライナ料理にあることになる。
豊かな歴史上の過去をもったあらゆる料理と同じように、ウクライナ料理も地域性の強いものである。例えば、西ウクライナ料理は、東ウクライナ料理と大きく違っている。ブコビナ料理へのトルコ料理、グツリースク料理へのハンガリア料理、スロボードスコイ・ウクライナ料理へのロシア料理の、それぞれの影響は疑いない。中部ウクライナとくに(ドニエプル河)右岸諸州の材料は、最もバラエティに富んでいる。ウクライナで人気のあるボルシチには、多くのバリアントがあり、実際それぞれの州でそれぞれの方法で、特別な作り方でボルシチが作ら
れている。
おわり