親鸞聖人と人生の目的

                          


 親鸞聖人は、人生を海にたとえて、苦しみの波の絶えない「難度海」とか「苦

海」と言われました。

 天下を取り、征夷大将軍にのぼりつめた家康でも、「重荷を背負うて、遠き

道を行くがごとし」とみずからの一生を述懐しています。死ぬまで、苦悩という

重荷はおろせなかったというのです。無類の楽天家ゲーテでさえ、「結局、私

の生活は苦痛と重荷に過ぎなかったし、75年の全生涯において、真に幸福

であったのは4週間とはなかった」と嘆いています。

 自由奔放に生きたといわれる女流作家の林芙美子も、「花のいのちはみじ

かくて、苦しきことのみ多かりき」と言いのこし、夏目漱石は、「人間は生きて

苦しむ為の動物かもしれない」と妻への手紙に書いています。

「人生は地獄よりも地獄的である」と言ったのは芥川龍之介です。

 これらの愁嘆を聞くまでもなく、「人生は苦なり」の、2,600年前の釈迦の

金言に、みなうなずいているのではないでしょうか。

 しかし、私たちは決して、苦しむために生まれてきたのではありません。生

きているわけでもないのです。すべての人間の究極の願いは、苦悩をなくし

て、いかに明るく楽しく難度海の人生をわたるか、に尽きます。

 これこそが人類最大の課題であり、その解答を明示された方が親鸞聖人だ

から、今日「世界の光」と仰がれるのです。
淀川と夕日