千葉詩人会議とは 

千葉詩人会議は、千葉県に在住の方 または千葉に職場の
ある方を中心に集まっている詩のグループです。地域は厳
密なわけではありません。近くの方や通勤途上など、どんな
きっかけでもけっこうです。どなたでも参加できます。あなた
も参加してみませんか。

                           千葉詩人会議の概要

団体名  

千葉詩人会議

代表者

宮本勝夫  TEL0473-85-1566

編集長

南浜伊作 TEL 0471-72-6370 
事務局長
都月次郎  TEL043-421-1044

参加資格

詩の好きな方。年齢、性別は問いません。

機関詩誌名

『澪』 現在25号

機関誌発行回数

年に1〜2回

例会

2ヶ月に1回 (原則は第3曜日)

会費

毎月千円

現在の会員数

約20人

その他

詩の朗読会ほか、さまざまなイベントを行います

お問い合わせ

代表者もしくは編集長までご連絡下さい。

千葉詩人会議恒例の竹林の朗読会(最近は、地理的な問題から本八幡、船橋
など交通の便のよい場所で行っています)
朗読会風景    竹林
    初期に行っていた竹林での朗読会

最近の朗読会から

05年6月12日には、本八 幡で武力也追悼を兼ねた紫陽花詩の朗読会を開催しました。
What's Newを参照 してください。当日の模様のリポートがあります。

朗読会風景
    JR本八幡近くの「四季よし」で開かれた詩の朗読会

機関誌『澪』25号は武力也追悼特集号と なっています。



千葉詩人会議の詩人たち

赤木比佐江 ******************************************************

NTTの番号案内のオペレーターとして36年間働き続けてきた女性詩人。
民営化と利潤追求の中でいま五万人の削減を打ち出している会社方針に
抗いながら、切実な生活の痛みと、仲間や人間そのものへのいとおしさを
抒情的に歌い上げる。全労連文学賞詩部門入選。詩集『花をつなぐ』『春
を迎えに』。電通文芸同好会「窓」代表。詩人会議会員。「炎樹」同人。労
働者文学賛助会員。

目の容積

目はしまう
サルビアの赤い花を
ドアをあけて
通りを歩いていく息子を
風にゆれている
草の葉を
草の葉の先の露の玉を
あなたの瞳の中の
暖かさを
ふるさとの山や
港に停泊する船をしまう

そして
ひろびろとした草原も
つらい光景も
一瞬にしてとり出せる不思議な穴

渇く
ズキッと痛む
シパシパする
チカチカする
オレンジ色に見えてしまう
一時間につき
七〇件
電話番号を案内した目
それでもすくないので
もっと数をこなせと言われている目
 
目には
どれだけのものが入るのだろう
仕事帰りの
わたしの目から
カタカナや数字や漢字が
涙のように溢れて落ちる
地下鉄の雑踏も
ネオンの光もぼんやりとかすみ
朝止めた自転車が
見つからない

     (詩集『春を迎えに』から)
 

秋野銀杏 ************************************************

(あきのぎんなん)。会の中でもっとも若い男性詩人。青春のひかりと苦
悩を繊細な比喩に託します。最近は、詩作から遠のいているようですが、
今も会員として参加をしています。

「T市の空」へ

剃刀が入っているかもしれないと
冬空に透かしてみた
それは 彼女からの手紙だった

とある日の夕暮れ
錆びたポストの前で
寂しいT市の生活
誰かからの手紙を待ち侘びる日々。

その手紙は
以前(まえ)差し出した僕の手紙への返事らしかった。

いや 先に差し出されていたのは
彼女にとっての「T市の空」。
重く重くのしかかるT市の空
どんよりと水気を帯びた黒い雲が 彼女を覆い
今にも押しつぶそうとしている。支えきれない小さな肩
したたり落ちる赤い涙
詩で訴えようとした涙の声。

だから
僕にとってのT市の空も
彼女に手紙で伝えてみたのだ。

--重さのないT市の空 重さを感じられない 自分の
存在も感じられない 逆に体がふわっと浮いて上昇し
て 寂しさまでもが天空の星々に届いてしまった--と。

剃刀が入っているかもしれないと思った。
空を仰いで封を切った。

                  (「澪」第4号から)
 

市島睦子 ************************************************

(いちじまちかこ)。誰もが見る日常を、微妙にはずれた視点から見る
ことによって、現実の奥深さをかいま見させるシニカルなアングル。あら
ゆる秩序や、自分自身の存在さえ冷静に見据える新即物主義的な書き
方を、ご本人は「無限の空間の中で遊んでいる」と語っています。詩集
『アスファルトの湖』『記憶の変更』。詩人会議会員

到着時間

人はめいっぱい詰め込むことができるけど
牛や馬は そうはいかないんですって
満員電車の中での見知らぬ人たちの会話
誰もがおし黙った中での唯一の会話
 
 (牛や馬と一緒にされてはたまらないわ)
 (でも そういう話嫌いじゃない)

人と人と人とは
整然と緻密に少しの無駄もなく
詰め込まれてゆく

くる日も くる日も
そうして人は満員電車の中にさえも
ささやかな居場所をみつけてしまうのだろう

悠然として動じない牛
瞳に優しさと哀しみをこめた馬が
大切に 輸送車に乗せられて

人も牛も馬も
行き着く先と
到着時間を知らない

          (「澪」第4号から)

潮田順子 ***********************************************

会の中でも目立ちたがらないシャイな性格が作品にも反映して、
日々の日常の中から、素直な言葉で語りかけてきます。しかし
一方で、生活が投げかけてくる問題には、しっかり頭をあげて
答えようとする、優しさの奧にひそむ芯の強さが特徴です。

しゃつ

赤い水玉のしゃつを昔あの人が
買ってくれた
生まれてはじめてのぞいた店の
ウィンドウの前を
いったりきたりして
やっと買ってきたのだよと
ゴツゴツした手で
むぞうさに差しだしたつつみ
クシャクシャになって
今にも泣き出しそうな音をたて
目の前に
とびこんできた赤い水玉のしゃつ
背を向けたむこうがわの
あなたの笑顔に押し出されて
私はそのしゃつをはおった
そしてしばらくの間
あなたといっしょに
ひかりの中を輝きながら
しゃつにゆられて街を歩いた

いつのことだろう
ゆうぐれに陽はしずみ
月日は流れ
かがやきを失ったシャツは
タンスのすみにしまわれていた

私は別な色のしゃつにつつまれ
あなたも別な色のしゃつにつつまれた

ピカピカの店のウィンドウの前を
とおるたび
あのときのあなたのつつみを思い出す
生まれてはじめて買ってくれたというつつみ
生まれてはじめて他の人から
もらったふしぎなきもち
心の中に生まれたあの水玉のシャツのことを

シャツはすこしほころびて
色あせた時間をくぐりぬけ
ゆらゆら
新しいひかりの中で
すきとおっていった

           (「澪」第10号から)

喜多井すみじ ***************************************

名前が男性のようですが、知的で洒脱な女性詩人です。若い頃か
ら詩に携わっておられたようですが、本格的に書き始められたのは
数年前から。グループの詩の批評でも的確な指摘で、早くも仲間
の信頼感を勝ち得ているようです。

新しい年の
新しい風が吹いている
風は どこからきて どこへ果てるのだろう

かつて訪れた
スペインのセビリア地方
風と 空と 人々の暮らしに魅せられて
一組の夫婦が空港から飛び立った

長かった仕事や子育てから解放され
共に味わう 自由と躍動
家具とベッドの付いた小さなアパートメントに
最小限の荷物と パソコン一台を添えて
二人で始める夢の実現

まといついて離れることのなかった
柵(しがらみ)や 日々の喧噪
親子さえも別々の存在として
新しく創り出す理想の境地
それは一年
否 三年 永遠に・・・・
   (二人の気持ちに係っている)

心模様を遥かに遠く
風は 送ってくるだろうか      (『澪』第15号から)

里村誠太郎 *****************************************

会の中では数少ない戦争体験者ですが、単に歳の功というのでは
なく、若い日々から培われてきた文学的な感性と深い洞察力で、会
の内外から尊敬されている老紳士です。特に東京外語大学で仏語を
専攻したこともあって西欧の詩や文学に造詣が深いのですが、それ
に加えて、ビルマでの凄絶な兵士の体験が詩作品に大きな影を落と
し、哲学的で内省的な詩を発表し続けています。同時に現代の問題
を鋭く、洒脱に描く芸をもつ詩人という横顔も。近く、ビルマの戦争
体験を詩集『血の夕焼け』として刊行。詩人会議会員。2000年秋に
亡くなったが、今すこしだけ、ここに紹介文を載せておきたい。

風船かずら

これはあの方が南方戦線へいでたつとき
わたしへの形見として残していったものです
なにかの草花の種子とはおもいましたけれど
あの方は笑って 花の名は告げず
ただ僕の戦死の報がとどいたら
庭の片すみにでもまいてくれとだけいって
宇品の港をあとにしました
あの方は軍医少尉でした

海のむこうで激しいいくさがありました
当時のさる筋から聞いたところによれば
あの方はフィリッピンで米軍とたたかい
山のおくの熱帯雨林においこまれ
それきり行方不明になったとか
生死のほどもさだかでないまま
戦争が終わっても帰ってきませんでした
何年も何年もずうっと

わたしはとうとう垣根ぞいの地面をならして
あの方の命のこもる形見の種をまきました
春がすぎ 夏がきて 蝉の声しきりなるころ
ついにそのDNAにたたみこまれた暗号文が
メッセージの形をとって空間へあらわれました
うすみどりの蔓を竹垣の格子にからませ
小さな提灯のような赤い花を
点々とつけているではありませんか
いそいで植物図鑑をめくってみますと
それは風船かずらの花でした

まるでうつくしい恋歌のように
野分ふくわたしのくらい青春の血汐に
遠く去った日々のかなしみをともして
ほんのり咲きでた風船かずら
瞼にしぶく想いをこらえ
ただじっとみつめていますと
ゆくりなくそのうえを光が通っていきます
そうして ああ
ぼうようとけむる夏の日のゆうぐれ
まぼろしでなくわたしはうつつにみたのです
風船かずらの花が蔓をはなれて
蘇芳(すおう)いろの空へのぼってゆくのを

              (「澪」第13号から)
 

城侑 ************************************************

(じょうすすむ)。日本の戦後史の出発期を築いた詩誌「荒地」に
若手として参加。その後、草鹿外吉、武田文章、小島俊明、村田
正雄、佐藤文夫、市川清らと同人誌「赤と黒」を創刊。壺井繁治、
黒田三郎の後を受けて詩人会議運営委員長をつとめる。壺井繁
治賞、多喜二百合子賞受賞。詩集『奇形論』『不名誉な生涯』『泥
棒』『日比谷の森』『沖縄紀行』『豚の胃と腸の料理』『新たな関係』
『被爆一七〇〇〇の日々』『手賀沼の遺産』『定本 城侑詩集』。
村野四郎に師事し、独新即物主義の影響が強く、主観を排したき
びきびした叙述が特徴だが、特に常識を逆転させた論理構造によ
る「泥棒詩」で、現代詩の世界に広く知られている。

二人の山師
      --山師の腰に刃物がある--

おれの山の木を盗んだな
盗まぬ
それはなんだ
薪にする木だ
どこで切った
山でだ
どこの山でだ
ずっと奧だ
だれの山だ
だれのか知らぬ
立札が立っていたろう
憶えていない
そらっとぼけるな
白い杭は立っていたが読めなかったのだ
だれの山か知らずに薪の木を切れるのか
いいあんばいに枯れかかった木があったのだ
この薪は赤松だろう
たしかにそうだ
赤松はおれの山だ
赤松はほかにもある
この道はおれの山から降りる道だ
そうかも知れん
隠れていたらこの奧からおまえはでてきた
だからどうしろとおまえはいうのだ
薪を返えせ
それだけじゃ証拠にならぬ
切り株を調べにいこう
おれは嫌だ
なぜ嫌だ
切った株はもうないからだ
なぜないのだ
土をかぶせて隠したのだ

           (詩集『泥棒』から)

鈴木文子 ******************************************

「女にさよなら」という衝撃的な詩集名で、知られているが、その実
きめ細やかな女性心理と私鉄労働者としての社会矛盾を鋭く突く
詩人。若くして死別したご主人との愛を原点に描いた詩編の数々
は特に多くの読者をもつ。壺井繁治賞受賞。千葉県詩人クラブ、
労働者文学会議、私鉄文学集団、詩人会議に所属。「炎樹」同
人。詩集『鏡と女の物語』『おんなの本』『女にさよなら』。

母・カケラ

テレビの時代劇が終わって
親子三人
一件落着に満足して
 さあ、ねるとしようか。
母が湯飲みを集め
 どっこい、しょ。

……ビシッ、バリッ、ガラガラッ、チロン。
勝手場にとんでった娘
いつもよりオクターブ上がって
あら、あらっ。
またか---。の顔で父
飲みいい茶碗だっけが。
 <そんなことゆったって
  不具(かたわ)なんだから しょがんめな>

たった今まで
満足にぬくもっていた湯飲みが
台所の床で カケラになって
母の手のようにしびれている
平凡な器は
決して平凡には生きなかったのだと
母は
人工弁の心臓をコチコチ鳴らし
ごちゃごちゃふくれる感情のカケラを
拾い集めている

いっそ 医学に見捨ててほしかったと
苦しみは誰れにも分からないと
生き残ったコオロギのように
母がないている
細胞のカケラが親子に
親子のカケラが家族に
家族のカケラが社会にというように
人間は
純粋なずるさを秘めた
接着剤でつながっている
モザイクのようなものだから
母の苦しみは誰れにも分からないのだ

ひとつの屋根の下で
湯飲み茶わんが割れた
たったそれだけの出来ごとなのに
錆びた刀の傷あとのように
なぜか
しらしら痛みが食い込んでくる

             (『澪』第4号から)
 

猿渡陽一郎 ***************************************

(さるわたりよういちろう)。物静かな表情の中に、孤独の影を宿し
ているのは、常にいじめの対象だったという少年時代に培われた
ものかもしれません。外界からの距離が彼を文学少年に育てまし
た。家族の何気ない対話の中にも、深い安らぎを宿しながら、ど
こかひょうきんなやさしさを湛えた詩人です。

アンデルセンの魔法

母よ。
あなたの生んだ雛鳥は
ひ弱でちいさく、
生き延びられるかどうかも
おぼつかないありさまでした。
でも、
食べこぼしの虫けらなどを
啄み、
どうにか、
親鳥になりました。

母よ。
あなたは疲れたからだで、
添い寝をしながら、
よく、お話をしてくれましたね。
あのお話のなかに、
白鳥になったみにくいあひるの子が
いましたが、
あなたの雛鳥は
そのお話を
何度も聞きたがりました。
でも、
あなたの雛鳥は
白鳥にはなれませんでした。
そのかわり、
心暖かい妻に恵まれ、
そのうえに、
健康な一粒だねまで
授かりました。

母よ。
病弱で
根性まがりの雛鳥を
一人
残していくのが
気がかりだった母よ。
でも、今はもう、
ご心配なく。
あなたとおなじように
やさしく巣を繕ってくれる
妻がいますから。

母よ。
はやく父を亡くし、父の分まで働き、
働きずめった母よ。
アンデルセンの魔法をかけたのは
しあわせうすかったあなた
だったのですね。
いまだに魔法の解けない
あなたの雛鳥は
あいも変わらず、世間を狭くし、
白鳥になる夢を見ていますが、
あなたの孫は
きっと上手に羽ばたき、
仲間たちと肩を並べて
生きていけるでしょうから。

          (『澪』第5号から)

田中陽子 *************************************************

元気がよく、婦人運動(?)にも熱心な人のようですが、意外に静かで
発言も少ない方なので、同じグループにいても詳しく語ることができま
せん。鈴木文子さんたちと野田で「あした葉」という小グループを作り、
詩誌を発行しています。詩人会議会友。

消える

雨あがり 寒さがすこしゆるんだせいか
あたり一面深い夜霧
暗い車内には
一日の仕事をおえた人が
皆押し黙ったまま
離ればなれに座って 病院バスにゆられている

ライトに黒い木立もぼんやりうかび
胸の奥の溜め息と 重い疲労を漂わせて
手探りで バスはゆっくり走ります

このまま走りつづければいい
私と無口な人たちをのせたまま
何もかもすべて忘れて
この深い霧の中にすいこまれて
消えてしまうまで

          (「澪」第10号から)

都月次郎**************************************************

私が生まれて初めて詩集というものをいただいた詩人。詩集名は『タバコ屋
のかどで』。最近まで大切にしていたが、私よりもその詩集を持つのがふさわ
しい人に出会ってしまったので、差し上げた(特に名を秘す)。繊細な感受性
から生まれた詩の言葉は読者の心を水面のようにふるわせる。一方で「東京
は雪」のように抒情の中にも、社会の矛盾に立ち向かう詩も。特に同詩は朗
読でも圧倒的な支持を得て伝説に残る傑作となった。(その詩ができた時、
失業中の私は、自転車でやってきた彼に叩き起こされ、この詩の感想を求め
られ、否定的に答えた。不覚であった。私は眠かったのだ、きっと・・・。)
都月さんは才能がありあまっている貴族のように飽きっぽかったので、詩のス
ターの座をすててどこかへ行ってしまっていたが、最近復活し、エネルギッシュ
な活動をされている。千葉詩人会議が現在、非常に活発化しているのは、彼
の参加に拠るところが大きい。遠い昔『冊』の同人でもあったことを時として思
い出す。彼の詩が私にとって最高であったのは同人誌『風』時代だと思う。
現在は彼の復活と軌を一にして旗揚げした『1/2』の同人のほか、個人詩誌
『海と猫』を刊行。上記詩集に続く詩集『次郎ぶし(遅れてきた詩集)』で詩へ
の帰還をアピールした。

くらやみの言葉たち

  
ねむってしまえば
今日の私はおわる。
のどの奥で
子猫がないている。
  
猫がソファで爪を研いでいる
爪が絡まって取れなくなる
ほどいてやろうとすると
私と猫がからまってしまう。
  
夜は肩の上に降りる。
「わたしがわがままだから」
姉もそうだった
わがままに生きられれば
たぶん幸せだ。
姉の場合
すこしさびしいわがままだった
つめたい肩だった。
  
眼ざめると
枕元に鳥の羽根。
このせまい部屋で
鳥はどこから来て
どこへ消えた。
あれは私自身のものだったろうか
まだ抜け落ちる羽根が
私にもあったのか。
  

頭がぐらぐらしている。
今日わたしは
何を失った。
  
むこうから
本当のわたしが歩いてくる
すれちがうとき
眼をふせてしまった。
  
朝からずっと雨
屋根にぽこぽこふっている。
猫は表へ飛び出していった。
こんな日も
一日じっとしてられない。
  
みんな一人だから
びしょびしょの雨の夜
外を歩いてはいけない。
光る水たまりの中
すいこまれてしまう。

  (『詩人会議』02年6月号から)

    

遠山信男 **************************************************

グループの長老的存在。しかし、気の若さでは誰にも負けない万年青年の
風貌を持っている。モダニズムの影響を色濃く受けており、今もなおシュー
ルレアリスティックな詩を発表し続けている。反骨精神が強く、戦後のGHQ
支配に抵抗して投獄されたことも。また、詩を暗誦することにかけては、一
家言をもち、昨年暮れ、初の詩の暗誦に関する著書も刊行。理論だけでな
く、実践しており、その分野はフランス語、ロシア語、東北弁(これは生まれ
が影響している)など、多岐にわたり、各国語の歌も得意です。今時、彼のよ
うな澄んだ瞳を持っている人は少ないことでしょう。詩集『匿名の炎』『釜石
風景論』。同人誌「舟」の中心的なメンバー。同人誌「光芒」同人。詩人会
議会員。前掲のエッセイ集『詩の暗誦について』が1999年度の壺井繁治
賞を受賞しました。

僕の酒の飲み方

部屋には
僕には見えない闇から流れてくる川があって
といつもそう感じてしまうのだが
その川のあたりにたたずんで
ときおり天空をながめると
白鳥座がよく見えるときがある
主星<デネブ>に眼をやりながら
<大三角>の片隅にかがやいている
織女 牽牛星にもおもいをそそぐというのが
X線天体の白色矮星のことも気にかけながらの
僕の酒の飲み方だ

そうなのだ
地上のブラックホールに吸い込まれまいとして飲む近頃の
僕の酒の飲み方だ
ふたたび<おしつぶされる>ことのないように
<重力崩壊>に抗して僕は飲むのだ
グッと飲んで
ピリリとした粒子になるのだ

                (「澪」第8号から)
 

福永充郎 ***********************************************

千葉詩人会議の会長をつとめている。社会悪に対しては特に敏感に
抗議の声をあげる、戦闘的な詩人である。詩集『旗持ちの彼』中の同
名の詩は安保反対闘争のなかでひとりの青年の目覚めを描いて、よ
く知られている。長いキャリアながら、詩集はかなり後に出されたその
一冊だけである。現在は、千葉市の居住地域の考古学的考察による
詩の構築を図っている。その他、環境問題にも深く関わっており、バ
ーベキュー・パーティなどでは、彼の差し入れが欠かせない(^^;)。
詩人会議は創立から参加している。

手紙の記憶

1 母の手紙

手紙を書かなくなったなと 思う
用事は電話ですむ
この頃ではファックスもできる
だから手紙をもらうと
ときめきのようなうれしさを覚える
絵手紙に添えられた一言でも嬉しい

「……で候、」以外
父からの手紙の記憶は幾らもない
手紙はいつも方言交じりの
「仮名釘流」といわれる字で
母が書いて寄越した
母の手紙はそれで結構近況を教えてくれた
間違い字が年老いるほどに多くなった
孫が間違い字をみつけては大きくなった

2 手紙の使者

ときどき手紙をみると思い出すことがある
小学生の四年か五年か定かでないが
家の前は用水路があり
蛙の鳴き声がしていたから六月ごろだろうか
自転車に乗った青年から呼びとめられ
部落のなかの知っている家の女性に
手紙を届けるように頼まれた
家から坂道を下っていく子どもでも十分ぐらいか
青年はかなり真剣な表情で直接渡すようにいった
さいわいその家に行くと出てきたのが当人だった
使いを終わって青年に知らせると
青年は嬉しそうにわたしに五十銭をくれた
それは子どもには大金だった
それから何年かして
手紙を届けた女性の人が結婚したと聞いた
その家とは遠い親戚だったので父か母か
お祝いにいったのだろう
でも新婚まもなく夫は召集され
中支方面で戦死したと聞いた
手紙の使者が
どんな運命の赤い糸をひいたか
思い出の中で
あの青年の笑顔が
苦いものとなってときどきもたげる

          (「澪」第13号から)
 

武力也 ***************************************************

この人がもしブリキ屋さんだとしたら、そういうペンネームは許さない!と、
会う前には思っていた。会ってみると、ブリキやさんであった…。そのペン
ネームを使って彼は詩人会議新人賞に応募してきた。そしてみごと入賞し
た。労働者として、彼にしか書けない現場の詩を、という人が多い。しかし
わたしはそれとは逆のことを考える。彼の繊細な感性を生かすには、どん
なテーマでもいいと思う。むしろ、労働現場に自己の表現を限定すべきで
はないのではないかと。詩集『釘を打つ』。彼の詩人会議への参加が、千
葉詩人会議の、休眠状態からの復活に大きく寄与した。彼を軸に千葉は
展開してきたともいえるだろう。02年頃から朗読に目覚めた彼は、03年
詩のボクシング東京大会で準決勝に進出、04年には全国大会で準決勝
に駒を進めた。しかし、04年12月6日、心筋梗塞で急逝された。しばらく
はここにその名をとどめておきたい。
彼の詩の朗読に関しては、当サイトのWhat's Newに折にふれ、報告を書
いてきたので、参照されたい。

学校帰りのデタラメ座

両脇を抱えられた男が出てきた
戦闘帽に白衣を着ていた
舞台の真ん中で正面を向くと
女がその人の足をはずした
片方
もう片方
男は宙づりになった
観客はため息をあげ
パラパラとおひねりが飛んだ

学校帰りのデタラメ座
デタラメ座は芝居小屋
映画もやれば芝居もやったが
いつもどこかが抜けているので
デタラメ座の名がついた

母にねだってついて行ったその夜も
芸を見せるはずの猿が逃げて大さわぎ
穴埋めに出てきたのが足を外す男だった

次の日学校から帰るとき
デタラメ座の裏をのぞくと
こめかみを壁にもたせて
男は七輪の上のニシンを見ていた
下駄を履いた足
俺は思わず後ずさりした
後ろから襟首をつかまれそうで
七輪をあおぐウチワがおいでおいでをしているようで

デタラメ座の跡に
今は公民館が立っている
帰省して学校通りを通りかかると
一座のことが
公民館の壁に浮きあがる
 
誰が考えたことだろう
にっちもさっちもいかなくなると
戦闘帽と白衣と足を外す芸を持ちだし
一座の苦境を凌いだのだろう

村人に小さな嘘をついたあと
一座は丸くなって酒を酌んだり
夜食をとったりしただろう
男の足から外した義足を
楽屋の隅にころがしたまま

       (「澪」第9号から)

南浜伊作 *************************************************

現在、「澪」の編集長。マメにみんなから原稿を集めては本を出し続けて
くれていて、頭が下がる。これぞ編集者と思わせる。気さくな性格なので、
誰からも親しまれている。詩は多作。それだけに、淡泊な言葉遣いで、日
常を切り取ったり、歴史に位置づけたりと、どこか学者ふうになるところがあ
る。しかし、最近は、散文脈の持つ魅力が磨かれ、すごみが出てきている
ようだ。ここでは最近の詩集だけを挙げておくと、『虫たちの宴』『朝霧晴
れて』『橋』など。詩人会議会員。グループ耕会員。

橋(11)

初めて傘さして歩いた日のこと
橋の上から流れの底を覗くと
石たちが一斉に川上めざし昇って行った

橋(12)

同じ並木なのに
なぜか一本だけ
こぼれるほど雀が群がる樹

同じ川に並んでかかる橋なのに
なぜか一つだけ
やたら人が行きかう橋がある

橋(13)

河面によりそい
手摺も欄干もないまったいら

降るとたちまち水中に没し
泥水の奔馬は
悦び 踊り 走り出す

橋(14)

クレマチスの花片が
空を支えている

まったいらな沈下橋も
谷あいの大空を支えている

      (詩集『橋』から)
 

宮本勝夫 *************************************************

元プロ野球の選手が詩人?という変わり種。それだけに直球勝負の詩が
多い。特に銀行を通して、日本の社会と政治のゆがみを告発していく作
品で知られている。詩集『損札』『光る雨』。詩人会議会員、「日曜詩の会」
会員。

淋しい男

背を二重に折り曲げ 息を切らして
毎朝 閉店時間に
貸金庫を開けにきては
きまって昼時に帰って行く。

貸金庫のなかには
宝石・貴金属 金の延板 定期預金証書
株券 通帳 印鑑 権利書…
それらは 深く沈黙し
持ち主に従順に 生活の闇に沈んでいる。

--親兄弟それに連れあいも 戦争で死に
  一人息子は病気で亡くし
  その当時は文なしだった それから
  食うや食わずで働きに働いて
  ほれ これがわしが貯めた財産
と、軋む声が金庫室に響く。

  (いまだ地球のあちこち、
   戦争で 家族や子供たちが殺され
   あるいは飢えで死んでいるということも
   知らぬ気に)

壁に向かって話しかけている声
その自分の背中に 自分の生活哲学を
背負ったその声
細かいしわの深く刻まれた手
渇いてひび割れた唇
しぼんで小さくなった眼の鋭さに
歯のない顔の笑顔が消されて。

ここ三ヶ月姿をみせない。
 
ふと 見れば 窓の外
冬の木枝が風に揺れている。

         (「澪」第11号から)

村上佳子 *************************************************

村上さんは、最初は歌詞を書く詩人として私たちの前に現れました。その
詩は曲も付いていたので、よく歌ってもらいました。彼女は歌声でも活躍
しています。しかし、この頃は歌詞にこだわらず、詩そのものを書く喜びが
出てきたそうです。身近な家族への思いに深いものが現されることが多い
ようです。最近はそれに巧まないユーモアが加味されて、独特の「間」を
持った作品が生まれつつあります。

夫婦湯呑

三十年の歴史を刻んだ
夫婦湯呑は
伊予の水月焼の「かに」
ちょっと小ぶりで
ひょうきんで
岩陰からのぞく「かに」の姿は
まるで夫婦の呼吸をうかがうような

  よくもまあ
  割れもせず
  傷もつかずに

ここは
癌病棟の一室
ベットに横たわる夫のかたわらで
お茶を注ぐ
お湯呑は もちろん「かに」
温もりを両手に包み込み
ふうっと優しく息を吹きかけると
二人の湯気は
ゆうら ゆうら
やがて
ひとつとなり
離れて消えた

それから
七年が過ぎました
久し振りに
あのお湯呑でお茶を入れ
そして仏さまにも

あらあら
また岩かげから「かに」がのぞいている
わたしのようすをうかがうように

       (「澪」第14号から)
上手宰 ****************************************************

おっと、忘れるところだった。わたしがこのHP開設者の上手宰(かみておさ
む)=OKです。紹介はトップページから見ることができます。詩はたくさん
載せているので(詩集コーナーや、今月の詩コーナー)、割愛しようかと思
いましたが、みんなと並んで載らないと寂しいので、僕も「澪」に載せたのを
載せることにします。この詩は将来、僕が死んだときには、必ず通夜で読ん
でくれと、柴田三吉にお願いしてあるものです。彼は「それより、自分の書
いた追悼詩のほうが読みたいんだけど」とわがままを言うので「それも読ん
でもいいから、この詩も読んでよ。主役は俺なんだから…」。別のができた
ら、変わるかもしれませんが、当面はこれを読んで下さい。
 

  お  菓  子  の  夜
                     
わがままでした
けれど死にました
お集まりの方々に彼が残した文書を読み上げます

一、ぼくは愛と詩に生きた
  だから愛の喧騒と 詩の静けさのなかに
  ぼくを送ってくれ
一、残されたものは 生きていることの喜びを
  そこはかとなく語り合ってもよい
  祭り騒ぎになるのもよいが
  一応 ご近所に気を遣うのを忘れぬように
一、いちばんむずかしいことだが
  思いもよらず今夜の主人公の面影が
  かすかにあなたの心をよぎること
  題名を思い出せない音楽が
  ふいに聞こえて 消える街角のように
一、生前、ぼくを好きだと言えずに
  今日という日を迎えてしまった女性は
  今からでも遅くはない
  ぼくのむくろにちいさく手を振れば 心も晴れよう
  時のなかで大きく手を振ることは歴史だが
  雑踏のなかでちいさく振れば それは愛だ
一、ぼくはなぜ この世界にやって来たのか
  考えたことがあった
  そして今 その答えを思い出した
  小さな箱に入ったお菓子を
  ぼくは誰かにあげにきた
  幼いこどもたちへか 美しいご婦人にか
  なつかしい友へか
  たくさんぼくは配り歩いて来たはずなのに
  まだその箱はぼくの手のなかにある
  つきることのないお菓子だったのか
  それとも ぼくは
  本当は 誰にもあげなかったのか
  かすかに気に掛かるのはそのことだが
  とにかくこの小箱は
  この世に残していくことにするよ
  みんな さよなら

わたしも一ついただきましたが
とてもおいしいお菓子です
どうぞ食べていってやってください
誰も居なくなった部屋に
これが残されていたら
故人は悲しむことでしょう

最後までわがままで恐縮です
でも ご安心ください
もう戻っては来ません
かきならされた弦の音が 時の波間に消えれば
二度と帰ってはこないように

       (「澪」第10号から)



以上のメンバーと紹介は2002年8月現在のものですが、
詩を紹介していない方に、最近入会の、近藤信之さん、金
屋敷文代さんが
がいらっしゃいます。もう少しお待ちください。
 

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