レトリックは通常、「修辞」「修辞学」「美辞麗句」「言葉のあや」などと訳されるので、文章表現にとってはおまけのようなもの、不要な飾り物、ととられても仕方ないかもしれない。しかし、自分の考えをより効果的に伝えるための工夫というように広くとらえれば、誰もがおこなっている自然な行為ともいえるだろう。逆に、古典的な修辞学を勉強したから、いい文学作品が書けたと言う話を聞いたことがないと、『レトリック感覚』『レトリック認識』『レトリックを少々』などの著者、佐藤信夫氏は書いている。彼は、上記の著作によってレトリックという言葉そのものの復権に貢献した。わかりやすい本なので、各論に興味がある方はお読みになるといいと思う。今では文庫本にもなっているはずだ。その他、詩人会議が臨時増刊号の形で編集した入門書『詩作案内』の表現技術的な部分も参考にされたい。ということで、私は自由に広い意味でのレトリックについて書いてみたい。
*
かなり前のことだが、テレビで次のような話を知った。ある国では、結婚前の娘さんが、花を見ることは「はしたない」こととみなされているために、若い女性は花から遠ざけられているというのだ。この話は認識とレトリックとの間の関係を考える上でとても興味深い。
花は、私たちの間では通常、美しいもの、やさしいもの、の象徴であり、時に清楚さや、か弱いものを意味することさえある。しかし、花というのは、科学的な視点から見れば生殖器であり、雌しべに受粉させようとして、虫や動物たちを招き寄せるために色や香りで自分を目立たせるのである。自然に親しんで生活をしている民族は、そのことをよく知っていて、花が咲き誇ることをみだらなものと感じ、若い娘たちに近づけさせない習慣を形成していったのだろう。花に近づきすぎると、きつい匂いにむせかえることがあるが、あれは生命が発する匂いである。種が生き延びるためにこれをかぎりと必死に咲く生命の輝きと力なのだ。
その民族にあっては、花は卑しめられているのかといえば、そうではない。花が表面的な飾り物として認識されているのではなく、おとなにならなければ近寄ってはならない、美しく魅惑に満ちたものなのである。それは男女の秘めごとと同じほどの位置づけを与えられているといってもいい。花の美しさを「美しい」と表現するのではなく「危険だから、近づけさせるな」と表現するほうがはるかに、花の実体(かぐわしい生命力へのおそれ、神秘と危険を内に秘めた美しさ)を豊かに描き出した、すぐれたレトリックといえるのである。これは、誰もが造花ではなく生きた花でなければ花と認めないのと変わりがない。どうして、文学で描かれる「花」が造花であってよいだろう。花はそこに存在するだけで花であるが、それを言葉にした瞬間に生命を失った造花になる。
**
花といえば、昨年公開された、キューバの老音楽家たちのドキュメンタリー映画「ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブ」で歌われた単純な詩のすばらしさを思い出す。その曲「私の花になにをした?」は次のような内容である。あるとき、娘が木に自分の名前を彫りつけた。木はその嬉しそうで一心な姿に打たれて、花を彼女の上に落とす。痛みとともに刻まれた娘の名前をいつまでも覚えていよう、と木はいうが、同時に「おまえは、私の哀れな花になにをした?」と問いかけている。スペイン語がまったくわからないので、原詩のニュアンスが今ひとつ不明なところもあるが、振られた男のくりごとだろう。昔から振られた男の恋唄より美しいものはないのである。動けずに立ちつくす木が、少女を愛する姿が比喩的にもみごとに描かれている。名前が木の表面に彫り込まれたことの痛み、彼女が去っても、その名前はいつまでも木に古傷のように残って消えることがないというのは、映像的にも鮮やかである。人間同士なら、どんな対話があったのか、もしくは片想いかもしれないが、ここにあるのは、名前を嬉しそうに彫った少女と、それにこたえて花をひとつ落としたという対話があるきりである。しかし、これを物語として成立させているものは、単純な状況設定というレトリックではないだろうか。大きく手を広げた木は、強い日差しから、雨から彼女を守ることができても、去っていく少女をかき抱いて引き止めることはできない。木の根のそばにいるちいさな少女と、それを見下ろしている慈愛に満ちた木の存在感が対照的である。。娘が木全体を見上げることはないだろう。歌なので、活字だけの評価はむずかしいだろうが。これを歌っているギタリストのコンパイ・セグンドは7歳の時、スペインからの独立運動の精神的な支柱となった国民的な吟遊詩人、シンド・ガライの歌を聴いたのを憶えているという。必要以上に思い入れはすべきではないだろうが、吟遊詩人の歌を聴いたということへの羨望はやみがたいものがある。映画では最後の数分間、キューバの首都ハバナを古い自動車が走っていく。壁に大きく書かれた「我々は夢を信じる」というメッセージが吟遊詩人の歌のように近づいて、遠ざかっていった。
***
レトリックは美を守る衣装ではない。それが衣装であるのなら、むしろ鎧のように、私たちを美から隔てるだろう。
レトリックはむしろ、美しく完成された日常的な見方のほころび、言い古された美学の傷口からこそ誕生する。人間の肉体が弱いものであるように、心も傷を負う。痛みに身をよじってあげた叫びがレトリックという表現行為であり、作品はその痕跡なのだ。詩が時として、通常の文法を越えて行こうとする衝動の形をとるのは、そのようにしてしか表すことのできないものを抱え込んでしまったときだ。
吉野弘の詩「初めての児に」は、子どもが産まれて間もない時に生命保険の勧誘員が訪ねてくるという作品である。「ずいぶん お耳が早い」と作者が言うと「匂いが届きますから」という答えが返ってくる。作者は「顔の貌さえさだまらぬ/やわらかなおまえの身体の/どこに/私は小さな死を/わけあたえたのであろう//もう/かんばしい匂いをただよわせていた というではないか」といぶかしがる。作者は生命保険という命を商売にする人間の営為に、しかも生まれたての赤ん坊の命にそれをただちに適用することへの批判、揶揄の感情を漂わせている。しかし最終連にいたって、人が誕生するということが、その瞬間死の種子をはらむことなのだという認識を理論としてでなく、実体感として定着させたとき、この詩は真の作品として完成されたのである。それを可能にしたのは、生まれたての赤ん坊が放っていたあのよい匂いは、死の匂いでもあったということを受け入れたことによるのである。静かな詩だが、若い頃に初めて読んだとき、こういう詩を書けたらどんなにいいだろうと思ったことを思い出す。多分、それはレトリックへの渇望であったのだと思う。それまでにももちろん比喩を多用したレトリックの詩を書いてきたつもりではあったが、そのとき憧れたものは、今も私が憧れ続けているレトリックというものの実体、意味である。一行一行を飾り立てるのではなく、赤ん坊から、ふくいくたる匂いが立ちのぼるような詩を書くこと。それが本当にふくいくたる生になるためには死の香りが必要だった。それは、花に危険な美しさを見る人々、愛を永遠に憶えておくために少女の名前を傷口の痛みのなかにいとおしむ木という発想を持つ人たちに共通するものではないだろうか。
****
オルフェウスが死んだ妻を求めて冥界にまで出向いて、ついに冥界の王、ハデスから連れて帰ってよいと許しをもらいながら、地上近くで、約束を破って妻を振り返ったために彼女を永遠に失ってしまう物語に心惹かれる。一つは優れた芸術による感動が、死者の生還をも一度は許したということによる。だがそれは完遂できなかったという、生と愛と死の最大のレトリック(一度は不死を手に入れ、失ってしまう世界最古の『ギルガメッシュ叙事詩』にも共通する)でもあるのだが。そのあと、彼を誘惑しようとして相手にされなかったトラキアの女たちが彼を殺す場面が印象的である。彼に向かって投げられた石も矢も、その音楽に感動してみな地に落ちてしまい、彼を殺さなかった。R・M・リルケは晩年の傑作「オルフォイスに寄せるソネット」(オルフォイスはオルフェウスのドイツ語読み。ギリシア語はオルペウス)のなかで「石たちは耳を与えられ聴き入るのだった」と描いている。そこで、トラキアの女たちは、一斉に大声で叫んでリラの音をうち消した。音楽が聞こえなくなった矢は彼を引き裂いた。私が作るレトリックがトラキアの女たちの叫びでないことを祈るばかりだ。
賛歌(ほめうた)の国のなかをのみ
嘆きは歩くことを許される
リルケ前掲詩より(高安国世訳)
(『詩人会議』01年3月号)
伊藤啓子詩集『ウコギの家』
「花追い」という言葉はあるのだろうか
★
ちょっと危ないのかなと自分を振り返った。このごろ、飲んで文章を書いて、そのまま
書いたこと自体を忘れることがある。老人性の痴呆症までは行かないが、酩酊性記
憶喪失とでも呼ぶべきもののようだ。一冊の詩集を読み終わって、「あとがき」を読ん
でいたら、少し前に自分が書いた詩と同じようなことを書いている文章に出会った。
この詩集が届いた時に読んで、それをヒントに詩を書いてしまい、自分は憶えていな
いのか?と不安になったのだ。でも、偶然の一致のようだ。時間的にもずれがあった。
痴呆老人になるだけの心構えが私にはまだない。あれには、きっと決意がいるのだ
と思う。必ず決意の瞬間があったはずだ。そしてそれを忘れなくてはならない。それ
こそが真に決意に値するものではないだろうか。「詩を書く時だけは、見えない尻尾
や角のようなものが生えてくればいいな、と思う。」と、この詩集の「あとがき」は締めく
くられていた。私は、見えないものを感じている作者のありようを思って、そうなのかな、
と思った。私は角や、しっぽが自分を引き止めるもののように思えたりする。(詩「野原
で」参照・・「今月の詩」コーナーにあります。)
この詩集は、たいへんすぐれていて、散文による駄弁を許さないかもしれない。実際
に読めばすぐにわかることなので、出版社と詩集名をここに記せば、私の仕事は終
わるのだ。えーと、伊藤啓子詩集『ウコギの家』(夢人館刊)。以上。みなさん、おやす
み。
この続きが書かれることがあったら、いつかお会いしましょう、というのも、この文章は
どこかの詩の雑誌に頼まれた原稿として書いているのではなく、なんの義務もなく書
いているだけなので、テーマ、長さ、をはじめ、すべて自由というか、好き勝手に書い
ているので自分自身が書き始めたことすら忘れてしまう可能性があるわけなのだ。も
し、おぼえていて、この先が書かれた場合には、わがホームページの「レビュー」に載
せたいと思います。誰も読んでくれないところなので、伊藤さんには、申し訳ないけど
も、純粋に詩の喜びについて書きたくなったので、勝手に書くことにします。
OK
★★
上記で中断された文章は、予定通り忘れ去られ、パソコンの中のファイルとして眠り
込んだままであった。ファイル作成日時を見てみたら、一ヶ月と3日たっていた。その
ままではあんまりなので、続きを書くことにする。
ふい に
詩がうまれた。
たまごを産み落としたような心地で。
書きとめるたびに
また すこし
じぶんが遠ざかる。(「不眠」冒頭)
そんなふうに詩を書いている人もいるのだと、うらやましいような不気味でもあるような
一連である。最初からあかんぼの形で産んでしまえばいいのに、なぜ卵がいいのか
なぁ、と不思議な気もするが、何か容器が必要だったのだろう。理想的な容器として
の卵。赤ん坊といえども人間の形で産み落としてしまうと、即、人間同士の関係が生
じるが、卵だと、猶予期間が与えられ、とりあえず産み落としたことにスポットが当て
られる。そのために作者は、別の動物になりたいのかもしれぬ。
女性の詩だからといって、特別視はしたくないが、やはり、この「卵」的な発想がこの
詩集に貫かれているのは事実だろう。山之口獏なら、人間の列をずーっと書いて、
「神のバトン」が血にまみれて落ちている、とか何とか書いて「男子と生まれたからに
は哲学的な構図でまとめてみるか」みたいな書き方をする。ちなみに、このかぎカッ
コは、私の文章に勝手に付けた気分的なもので、彼の発言ではないので気をつけ
よう!!「卵」的な表現では、卵を産んだ瞬間の生理的な感覚が重視される。詩を
書くことにさえ、その感覚を適用せずにはおられないのだろう。
女性が生理的なものをモティーフに人間を語る手法が、正直言って僕は苦手だ。
「あなたたち男には分からないでしょうけどね」と言われているような気がするからだ。
これは、過敏すぎる男性の防衛本能からくる論理かもしれないが、実感的にそう思
う。男と女は違うが、その差を金輪際共有できない断絶のように描かれると、つまら
ない。伊藤さんの詩は時としてその領域をさまよっている。しかし、その作品は気が
付くと常に、その領域を軽々と越えている。
赤ん坊、と発音するとき
ふいに 川の匂いがしてくる (「川床」最終連)
同じ「ふいに」だが、今回は卵に守られていない。川、つまり水が赤ん坊を飲み込
んだ。その話を聞いている作者はまだちいさな、おびえる少女なので、夜になると
夢の中にも川が流れ、それは「発熱する夜の川」となる。それから時間がたつと、
川の上に建物がたち、川は蓋をされて人の目からは見えなくなる。しかし彼女は、
その川を匂いで嗅ぎ付けるのだ。それを上記二行で書いている。実にこわい行だ。
この詩集の圧巻は「U鯉の家」で、特に最終8編はすばらしい。息も継がせず読
まされる醍醐味を味わってほしいものだ。私は、これらの詩編を初出の雑誌で読
んでいた。つまり最低一月をあけて読んだわけだ。何ヶ月もかかって、これら数編
を読んだ。それでも、この連作(僕が勝手に名づけただけで、作者がそう言ってい
るわけではないので気をつけよう!!)はあまりに緊密であった。それを今回は連
続的な空間で読めるということは詩集だからこそできることで、さらなる喜びだ。こ
の詩集ができたことに感謝したい。
詩集名ともなった「ウコギ摘み」は、死と向き合った寝たきりの母の目の中にあるも
のを読み取ることで、その中に広がっていく自然や社会(人間関係というべきか)
も描き切っている点で、感銘を受けた。昔もよかったが、今度読んで、またよかっ
た。いぜん、ウコギがどんなものかを知らないまま。
「あなたは仕事がのろいから ウコギを摘むのは朝のうち
夕暮れは刺が見えなくなるから。」 (「ウコギ摘み」から)
とげがある植物らしい。詩集の表紙にある写真があやしいのだが・・・
「時々 目をあけて ウコギを摘みに行きましょうと
わたしを見つめる もう日がくれた
でしょう それにわたし あの家に行く道を知らないもの。
耳元で言い聞かせると か細い手足が ぴくりと動く」
(前掲詩・最終部)
おののきのなかに、この作品は閉じられた。おののきとは「戦き」でもあり「戦慄き」
でもあった。作者は最後まで、感傷に流されることなく戦い続けた。「ウコギ摘みに
行こう」と母が語りかけてくるのを、静かに耐えたといってもいいかもしれない。「あ
の家に行く道をしらないもの。」と。そこに出掛けていかなくても手はすでに刺に
よって傷だらけになっている。対話が普通の文章として淡々と書かれていて、かぎ
カッコなどもない。言葉の抑揚によってだれが発した言葉か分かるはず、との自信
に満ちて書かれているのか、それとも、そうした挟雑物を一切排除しなければなら
ない緊張感が持続されるためか。どちらにしても、昔のもの書きの風情があり、言
葉の表現としても逸品である。
【私の頭脳がアルコールに攻撃されて、今倒れようとしているので、倒れることに
する。この続きはまたいつか。2000年8月17日。OK】
★★★
夜の庭にほうけた母が何かを探しに行く。「捨てたいものと捨てられないもの/忘れ
ていいもの忘れてならぬもの」のバランスが取れなくなっていく。(「夜の庭」)この
作品も異様な迫力がある。「花追い」では嗅覚と花の思い出が交差し、美しくも厳
しい視線が展開される。
「言葉の一切と 手足の機能を失ったかわりに 目に見えぬあたらしい力が
母の中
で 発芽し始めている」(「花追い」)
脳の中で嗅覚は、きわめて古い層に属するそうだ。それを食べたら死んでしまうか
もしれないものを識別したり、外敵が近づくのを察知したりするのに、嗅覚が果た
した役割が多かったものと言われる。より本能に直結した器官なのである。ほうけ
ても、本能は眠らない。他の機能が劣化すれば、むしろ本能は深層部から表面
に浮かび上がってくる。一方、花は、植物の生殖器である。民族によっては、未婚
の娘が花を見ることをみだらな行為として禁じていさえする。その二つのものが出
会う詩である。作者は母の崩壊していくさまを感傷によって描くのではなく、何か
別の生命のようなものの「発芽」としてとらえている。しかも全体は静かな情景の中
に定着される。それにしても「花追い」という言葉はあるのだろうか。「広辞苑」と「大
言海」を調べたが、見つからなかった。造語だったのか。しかし、美しい言葉だと
思う。
何かを埋め、それを取り出そうとしたり、思い出せない花を思い出そうとしたりする
が、半面、見舞いに来ている人が誰だったかはどうでもよくなる。作者もそれを受
け入れていく。「みつこ」と呼ばれれば「はぁい」と答え、「すみお」と泣かれれば、
すみおのふりをして布団をかけ直したりする。
この中のだれかが
今夜にでも
死の淵に戻るかもしれない
ここでは
記憶や順序をたがえても
大差ないことのように思えてくる (「回復病棟」最終連)
順番に人は生まれ、死んでいく。しかし、神のような、あるいは自然史的な視点か
ら見れば、そんなものはシャッフルされた偶然のようなものであり、現象的なできご
とに過ぎない。その一つ一つを記録することは意味がない(全く無意味とは言わな
いが)。しかし、この詩集が母の痴呆や死に遭遇したときの反応は、濃密な生命の
つながりを再度、創造していくような決意に満ちたものであった。赤ん坊と老人は、
シャッフルされて入れ替わることは十分にあり得るのだった。ここにあるのは記録
ではなく創造である。母を葬って母を超えるのではなく、自分が母になること、生
命が、一つの転機を経て自覚的な生命に生まれ変わること、それがこの詩集に
集約された意味である。私の理屈が読者を遠ざけてしまってはいけないので、念
のために申し添えるなら、読めば作品の魅力と、言葉のしなやかさを実感できるだ
ろう。前半の詩に触れることが少なかったが、不思議な空間が現出するものが多
く詩の魅力満載である。「夏の外套」は私のお気に入り。それから、子どもが金魚
を飼っている人は「水槽の周り」が必読文献。我が家も水槽だらけなのだが・・・
2000年8月18日
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書評 小柳玲子詩集『こどもの領分』
遠いところへ
要らなくなってから、何かを失うというのは、なんともったいない
失い方だろう。自分にとって美しく、価値のあるものであり続けて
いるときに失うことこそ「失う」という言葉に値する。何かが失われ
ても、そのものの美しさは自分の中に残るからだ。子どもが少し
ずつおとなになっていく時に、たくさんのおもちゃや、親しかった謎
や、異界へのおびえがいつのまにか消えていく。いつ失ったかに
さえ気づかず、それらのひとつひとつは身辺から失われている。
不思議なくらい私たちはそれらのものを忘れているのである。これ
はなくなったのであって「失った」わけではない。
小柳玲子詩集『こどもの領分』を読んでいると、なくなったものは、
どれひとつとして知らずに失ったものはないことを感じる。それらは
今も作者の心に、不思議で、美しいものとして残されているからだ。
詩集中の「遠いところ」という言葉をみてみよう。この言葉が、いか
に頻繁に出てくるかを読者の多くはいぶかしく思うにちがいない。
誰かと一緒に 遠くへ帰っていく(「こどもの日・像」)
彼はとても遠いところにいる(「冬至のキツネ」)
熊はもう遠くへ行ってしまった(体育の日、熊が」)
翼のあるものは みんな遠くへ行けることに決めよう」
(「夏至の魚」)
遠いところ、とは小柳玲子にとって何なのだろう。自分がけっして到
達できない場所。たとえ、それが、おとなの目から見れば、単に町外
れにすぎないとしても、それはこどもにとって、「遠いところ」である。
それがまだ、永遠であるうちに彼女はそれを美しく失ったのではない
だろうか。
彼女は「笑ういのしし」という詩の中で、書く。「夢で拾った鍵は/
どの鍵穴にも入らない/夢と鍵の間にはそういう固い約束があるの
だ」。ところが、そのいのししの頭が付いた鍵で開く門についに出会
う。閉ざされた門のアーチからいのししの首が語りかける。「おや
あの鍵を失くしておしまいかね 残念だね/夢に見たのではない
夢に見られていたあの/ほんとの鍵のことだよ」。「またいつ逢える
ことだろうね/ずっと先のことだろうね 多分/あんたがこんな深い
場所へやってくるのは」。本当にごくまれに、「遠いところ」に踏み迷
って入ってしまうこともあるのだ。
全編、美しい言葉と不思議な空間に満たされた詩集だ。
(花神社刊 二〇〇〇円)
書評 城侑詩集『手賀沼の遺産』
自由さが光る詩の絵画
二十代の頃、同人誌『層』に城侑論『泥棒が死ぬとき』を連載し
ていたことがあるが、いつの間にか二十年以上が流れ、その間
に城侑は六冊の詩集を刊行した。第九詩集『手賀沼の遺産』を
手にしてもいまだに私は新詩集の中に泥棒の姿を探すくせが抜
けない。
「ゴッホの絵」という詩は作者の住む村の通りを腰の折れ曲が
った老婆たちが、古びた小型の乳母車に両手でつかまって歩い
て行く風景と、ゴッホが描いた炭坑町の悲惨な労働者の姿とを
重ねたものだ。この詩が直接現代の老人の悲惨を描いたもので
ないことは明らかである。「わが村の」老婆たちは談笑さえしてい
るのだ。しかし作者はどうしても「ゴッホの描いていたあの恐い絵
のことを/思わずにはおれないのだ」と譲らない。おそらく、彼の
いいたいことは、談笑している顔ではなく、乳母車に寄りかかりな
がらのあのおぼつかない足どりをこそ見よ、ということなのだ。逆
に言えば、ゴッホの時代には、石炭の入った汚れた袋をかついで
運ぶ労働者を見ながら当時の人たちは何も感じることもなく、その
横を通り過ぎたかもしれない。だが、その脚を見たゴッホは、それ
が歪んでいびつになっていることを見のがさずに描いた。城侑が
書いたのも同じものなのだろう。作者は絵の詩人だなと、つくづく
思う。
「快挙」という作品は、子猫がネズミをくわえて道路に飛び出し
反対側の垣根の陰へ姿を消した、というだけの詩だが、不思議な
魅力をもっている。誰もその快挙に気づかなかったという叙述が
この詩の主人公である。
「道のまんなかでは 主婦が二人で自転車を止め/笑いながら
八百屋の小僧の不親切をなじっていたし/二階の窓では/若い女
が/特別大きな音をたてて 蒲団をたたいていた/郵便配達夫は
というと/いつもながらに表札を探しながら/首をかしげて/電柱
のむこう側へと/曲がっていった」子猫の快挙を見なかった人たちを、
言葉という絵の具を使ってかき上げた絵がこの詩である。日常を嘲
ってはいない。いとおしんでいるといってもよいくらいだ。しかし、自
分は見たという強い主張もそこにはある。日常からわずかにはずれ
た、日常の町外れのような場所に城侑の座る席があって、そこから
彼はいつも世界を見ているのだ。昔はそこに哲学者の風貌をした泥
棒が座っていたはずである。
表題作の「手賀沼の遺産」は、作者の地元の神社に保存されてい
る、アイヌの人々が使っていたという丸木舟をめぐって書かれた詩
だ。関東大震災のおりに「手賀沼の湖底が隆起し/湖底に眠ってい
た幾艘もの丸木舟が/水面より浮上し」てきたが、まもなく「舟は/
再び 湖底へと/沈んでいった」という。かつてここに住んでいたアイ
ヌたちの生活が一瞬だけ私たちの眼前に現れ、そして消えていった
という事実の前に城侑の感性は研ぎすまれ幻想的ともいえる詩をも
たらした。彼の簡潔な語法が最大限に生かされた傑作の一つになる
だろう。
自由さが光る絵のような詩集だ、と思う。
(詩人会議出版 二〇〇〇円)
かたちよく眠るべし
詩集『老齢入門』は当初、作者自身のワープロ入力と、知り合い
の造本による限定五部の作品集として刊行されたが、「五部限定
では貰うわけにはいかないから、コピーが欲しい」という人がいた
ことから、一定数の「復刻版」の刊行になったということである。も
し、五部しかこの世になかったら、自分でコピーする人たちが多数
出ただろう。私は片羽登呂平の第一詩集『旗のある風景』を一冊
まるごとコピーして読んだことを思い出した。
これを書いている日が偶然「敬老の日」で、『毎日新聞』の一面ト
ップは「70歳以上1割突破―65歳以上15・6%」という見出しであ
る。だが、この詩集は老齢を論じるだけですますことのできるような
ものではない。作者は老いを全身にまとい、世間や社会を見渡して
いるように見えるが、実は私たちに突きつけてくる。「私には世界が
こう見えるんだが、君たちにはどうかな?」と。
「老齢入門(一)」に引用されている世阿弥元清の伝書『風姿花伝』
のくだりは暗示的である。「老人の物まね、この道の奥義なり」。それ
と自分を対比させて、いじけ(?)て見せる作者は、実は共犯者かも
しれない。片羽登呂平の詩には、老いが演じられる時の「花」がある。
その姿から老いを信じれば、思うつぼにはまってしまうかのような。思
考の深さとリズムが安定した文体を生み出しているのはいつものこと
である。この詩では、作者は『花伝』の言葉に「いとも易々とこづき廻さ
れる」と書いているが、同じ「小づき廻す」という言葉が呼応する別の
詩がある。
「老齢入門(四)」は、ガブリエル・バンサンの画集と、その中で砂漠の
民が「一人のもの」という所有の概念を不毛なものとして退けていること
をモティーフとしている。「砂のやすりにかけられたガラス状の老いのか
たちを。/小づき廻すこともなく。/今夜はかたちよく眠るべし、と。/
『一人のもの』の不毛の痛みを撫でさするのである。」過酷な砂漠で暮ら
す民になれるわけではない。しかし彼らや、彼らを取りまく自然の美しさ
に見とれることはできる。彼らが砂のやすりや「時」のやすりに身を委ね
た時、汚れた、傷ついた日用品さえが輝いて見えるのはなぜなのか。
老いを形のよくない、汚れたものであると打ち捨てるのではなく、精神と
いうやすりにさらせるものだけが、その真の美に触れ、自らの生に慰撫
を、読者に感銘を与えることができるのである。「小突き廻すこと」を忘れ
た静寂の中になんと鮮烈な一行が響くことか。「今夜はかたちよく眠るべ
し」とは。
「飯を喰う」という詩がある。食に興味を失ったかに見える作者に奥さん
が一つの茶碗を与える。「その茶碗の見込(=茶碗内側中央の底面…作
者注)に。/…略…『生』の字が書かれていて。/飯を平らげると否応なく
その『生』が。/眼につく仕掛けで。」というユーモラスな筋書きながら、稚
拙だというその「生」という字の切なさに対面してしまう。食を促すつもりが、
詩なぞ作り出している夫を見て、奥さんは苦笑していることだろう。表看板
の「老い」の向こうに、精神の若々しさ、繊細で強靱な感性を感じさせる詩
集である。
(私家版の復刻、非売品)
人間丸ごとの「没収」を問う
詩集『募集』は赤山勇の第六詩集である。読み方は「ぼっしゅう」で、現
実に筑豊の古い抗夫たちが使っていた言葉であることが、上野英信『追
われゆく抗夫たち』(岩波新書)の引用で紹介されている。この読み方の
ねじれこそ、この詩集のテーマである。つまり、「募集」とは通常、応募す
る側の自由意志を前提として、双方の合意によって成り立つものだが、日
本の過去がこの言葉を使いながら行ってきた朝鮮人強制連行や、従軍慰
安婦の強制などは「募集」ではなく、「没収」であり、それも人間まるごとの
没収であったことを作者は主張しているのである。
詩集は三部からなり、第一部は「少年」で、自らの出生や、自己の再発見
への旅である。 第二部「軍艦島」は、佐賀藩から三菱鉱業に引き継がれ
た石炭採掘のための人工的な島を描いている。巨大な墓に似たその地は
炭坑施設のほか、高層アパート、学校、病院、映画館、遊郭までそろった小
都市のような存在であったが、閉山とともに無人島と化した。現地に渡って
滅びるにまかされた光景を描きながら、作者は幻想の中に取り込まれて行
く。非常に迫力のある叙述で、すばらしいが、その中にも、「募集」されてき
た朝鮮労働者の住む一角が浮かび上がってくるのである。 第三部「追
究」は、第二次大戦が終結する八ヶ月前に日本に連れてこられ、その後「逃
亡行方不明二」と資料にある中国人の行方を作者が追跡していく物語だ。
彼はついに段ボール十箱あまりの「華人労務者就労事情調査報告書」の復
刻版(彼はそれを紙の墓と呼ぶ)の中にふたりに関する二行の叙述を発見
する。しかし、さらに地名に関する新たな疑問が生じてくる。この追跡は、作
者の父に対する思いや、墓(個別の人間がそこに生きた象徴)と呼応しなが
ら進められ、感動的である。地図にない「准海省」は「新しい国づくりの/戦
地だった」ことに彼は到達するのだ。
テーマを語ることに紙数を費やしたが、同時にその独特の文体が詩的表
現としてすばらしいことも付け加えておくべきだろう。彼は自らの使命を知り、
そのために妥協することなく人生を捧げている数少ない詩人だ。
---清野裕子さんと渋谷卓男さんへの手紙
新緑の季節ですが、いかがお過ごしですか。
柴田三吉・草野信子往復書簡集『詩に降り注ぐもの』をめぐって、鼎談を行
うことになりましたが、それに先立って、僕から問題提起をするよう編集部か
ら依頼がありました。しかし、この本の性格から、具体的なことについての問
題提起は難しいことに気がつきました。当日の鼎談の中で自由に語り合うほ
うがよいように思います。ここでは、僕の印象を簡単に述べるにとどめておき
たいと思います。
1)公開を前提とした手紙という形式について、どう感じましたか。ぼく自身
は、おしゃれで、自由な形式だと思いました。手紙というものが本質的に持っ
ている、相手の安否を問うやさしさが底流に生まれますし、一人でエッセイを
構築していく力技ではなく、相手の動きに応じて対話していくしなやかさが、
今日を生きていくことや、表現とは何かという、不定型なテーマに立ち向かう
には適しているような気がするのです。もちろん、二人の操舵者がいるので、
息が合わないと、どこへ行ってしまうからないという危険があるわけですが。
小さな船に乗って広い海を走り回っている彼らは、今のところ、消息を絶って
はいないので、私たちと同じ空気を吸っていると思われます。消息とは、昔の
人たちが手紙のことをそう呼び慣わしていた言葉だそうです。二人でやりとり
している手紙なのに、それはまた僕にとっての、世界の消息なのだと思わせ
るところが、この書簡集のすばらしいところですね。
2)ところで、この書簡集をまだ読んでいない読者もいらっしゃると思いますの
で、簡単に紹介だけさせて下さい。柴田三吉さんと草野信子さんの二人で刊
行している詩誌『Janction(ジャンクション)』は文庫本をちょっとノッポにしたよ
うな薄い冊子です。10ページの詩と4ページの手紙文が、季節の移り変わり
とともに届く仕掛けになっています。その手紙文の五年分を本にしたものが『詩
に降り注ぐもの』です。本の刊行後も、この対話はむろん続いています。
3)手紙の形式をとっているのですが、公開を前提にしていますから、二人で
わかっているだけでは不充分で、読者と場を共有していくために、さりげなく状
況説明を入れたり、逆に個人的な感情を抑制することで開かれた場を提供する
努力もなされているようです。自由に書いているようですが、実はかなり高度な
修練が要求される文章といえそうです。また、生や文学を語ろうとすれば、ある
程度の葛藤が不可欠ですが、それが議論や対立になるのではなく、「慰撫され
た葛藤」とも呼ぶべきものが、話を進める推進力になっているようです。
4)初出では、タイトルはなく、S→K、あるいはK→Sという記号と日付だけがし
るされています(本では、二往復=四通の手紙ごとにタイトル)。この矢印をはさ
んだSとKは、なんといろいろなことを日々考えているイニシャルなのでしょうか。
多くの書物を読み、写真集のページを繰り、時にはSとKが並んで展覧会で同じ
絵を見上げていたりする二つのアルファベットだと想像すると、おかしくて笑いそ
うになってしまいます。どちらかが一冊の本について語り、問いを投げかけると、
二人の間にその本が置かれます。あの矢印のあたりに。すると、もう一人が、そ
の本に手をのばして、何かを語るのです。そこに置かれるのは、本とは限りませ
ん。音楽や、絵や、時に自然さえも置かれるのです。先生が宿題を出すのではな
く、ちいさな子ども同士で宿題を出し合っている図を思わせますね。こういう形の
学ぶ姿もあるのです。というより、これこそが学ぶと言うことなのかもしれません。
二人の間に置かれたこの矢印は、ドラえもんの魔法のポケットのように、はてしな
くこれからもいろいろなものが出てくる空間なのでしょう。でも、本当は、あのポケ
ットは、最初から何かが入っているのではなくて、新しいものを入れていくものな
のです。自分たちの願っているものを形にして、あの中におさめるための場所。
あの矢印は、一人のひとに向かうものでありながら、もっと広いどこかへ僕たちを
導いていく何かであるのでしょう。
5)この書簡集は、なにかの結論をもたらすために書かれたものではなく、日々
の生活の中から、ともに考えるための材料を提供してくれているものです。モチー
フは多岐にわたるので、数え上げればきりがないのですが、無理にテーマとして
まとめてみると、@個として現代を生きることの中に見えてくるものはなにかA背
景としての生と死をどう捉えるかB人間社会が現在および過去に生み出した錯
誤や悪意と拮抗しうる希望や勇気を私たちは持ちうるのかC芸術作品や、広い
意味での思想が発信しているメッセージをどのように感受するのかD言葉を使っ
て表現する詩人として、いま何をなし得るのか。----僕の粗いくくりで書いただけ
でも、世界中の人が集まって大シンポジウムをしても解決しそうにないテーマです。
それを、二人の手紙による対話で行うことは、量的に見れば、まるで無限の空間
を、断片で埋めていく試みのように見えるかもしれません。しかし、どんなに大きな
歴史の流れもそこに生きた無数の個人の日常が支えてきたのではないでしょうか。
個は断片であり、同時に全体でもあるという信念こそ、詩の根底的な思想であると
考えている僕は、この、思考する二つのイニシャルのやさしい対話に魅せられてき
ました。自らを、そして相手をはてしなく耕すことの中に実りが宿ることを信じている
対話。そこから、彼らの詩も生まれてくるのでしょう。
6)僕の書いてきたことは、概説的な形式の説明、あるいは僕のおおざっぱな印
象にすぎません。新しいCDを買っても、家にたどり着くまで聴けないので、仕方な
く電車の中で解説を読んでいる、そのような味気ないものです。鼎談では、聴かれ
た音楽について語り合いましょう。どのフレーズが美しかったのか、どこに刺激を受
けたのか、といった具体的な話ができるといいと思います。必要に応じて二人の詩
作品についても語れるように、特に最近の彼らの詩集も読んでおいて下さい。最近
知った僕の好きな言葉を引用しておきます。
A lot of disappointed people have been left standing on the
street corner waiting for the bus marked Perfection.
(「完璧」という名のバスを待って、多くの失望した人たちが取り
残されて街角にたたずんでいる。)
Donald Kennedy(educator)
完璧さを求めて、むなしく街角に立ちつくしていてはいけないのでしょう。そのことを
一番よく教えてくれるのは、このちいさな書簡集ではないでしょうか。私たちも彼らの
流儀で、いま自分たちの前に静かに停まったバスに乗り込んでみましょう。
1998年5月30日