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私の転勤を機に千葉県市川市の社宅へ引っ越すことにした。転勤といっても神谷町から水道橋に変わっただけだから引っ越さなくても通勤時間は大差ないのだが、子供の服やらおもちゃやら何だかんだで荷物が増殖し散らかり放題になってしまったので、広いところに住みたかったわけである。大森の賃貸マンションが50u以下、市川の社宅が90uほど、おまけに家賃は?分の1。となればやはり引っ越さない手はない。数えてみると私はこれが10回目の引っ越しになる。しかし今まではお気楽な一人暮らしの身の上だったけど、今回は妻子連れだから身軽ではない。安く上げたかったけど、これだけ荷物が増えると梱包なんてかったるくてやってられない! というわけでアート引っ越しセンターの「おまかせパック」を奮発した。実はネットで数社から見積もりももらったけど、こういう役務提供業務って価格を比較するだけでは良し悪しが判断できなくて結局会社でも使っている大手に頼ったわけである。

前日に小物をパッキングしてもらい、いよいよ大森での最後の夜。澄夏がいなければお洒落なレストランで乾杯してかの地での2年間の思い出を語り合う夕べとなっただろうが、結論としてはほか弁だった。(;_;) 万感の思いを噛み締めながら旨くない「すき焼き弁当」を最後の晩餐とした。お茶の葉もないし、注ぐ急須もないし(なんだか電気グルーヴの曲のようだ)、第一お湯を沸かすやかんがないから、お茶も自販機で買った。その夜、ダンボールに囲まれながら激動の2年間を振り返ってみた。京都からの引っ越し、同棲(まあ、一般的にはそういう言い方になるでしょうなあ)、婚約、結婚、妻の妊娠、出産・・・。虚しくもあり気楽でもあった長い一人暮らしから今や私は3人家族の主(あるじ)となったんだなあ、としみじみ感慨に耽っっているうちにあっという間に東京都民としての最後の眠りに就いたのだった。翌朝も作業は順調に進み、昼過ぎにはトラックが出発した。何にもなくなってしまった部屋は思いのほか広く感じる。京都の部屋ではうっかりカメラを梱包してしまって後悔したけど、今回はリュックにAPSカメラを忍ばせてある。妻はそれほど興味はないようだけど、私はもう二度と入ることのないこの部屋を最後にカメラに収めたかった。何枚か撮影していると不動産屋がやってきて居室点検。「部屋はクリーニングさせていただきますから」「ここのクロスは張替えになりますから」と敷金の差っぴき項目をしゃべりながら写真をばしばし撮っている。「タバコを吸わないからクロスの汚れなんてないのになんでこっちが持つんだよ〜 経年劣化だろうがよぉ」と不満に思いつつも、もはや引っ越しとエアコンの購入で金銭感覚がなくなっていた私はにこやかに対応、一緒に退去しドアに鍵をかけた。全景を写真に収め、歩き慣れた商店街をベビーカー連れで駅へ向かった。お気に入りだった昔ながらのそば屋さんも、いつも買い物していたスーパーも、庶民的なもんじゃ焼き屋さんも、もう来ることはないんだろうなあ。そしてホントに最後の食事は駅前のマクドナルドだった。(^_^;) 巨大A型ベビーカーでは普通のお店に入るのは無理があるんだよなあ。

電車を乗り継いで市川の社宅へ。待ち構えていたトラックから荷物が次々と吐き出され夕方には作業は終了。他との比較はできないが、アートは作業も丁寧だし礼儀正しい。引っ越しが終わって食べた最初の晩御飯は松屋の牛焼き肉弁当だった。澄夏はたった6ヶ月足らずで都落ちになってしまったけれど、いつかまた都民に戻る日も来るに違いない。くさるな澄夏、千葉といってもここは江戸川を越えてすぐだから多摩地区の都民なんかより都会に住んでいるんだぞ。でも乳幼児医療費助成には本当にがっかり。大田区6歳まで無料だったしお隣りの江戸川区も同じ。ところが川を越えると途端に、無料なのは1歳まででその後は所得に応じて自己負担額が増える。自治体によってばらつきは多いとは聞いていたけどここまでとは。健保もあるし実際には大して負担する額なんてないんだろうけど、市の財政状態は推して知るべしだなあ。

思い出が一杯詰まった部屋にお別れ