| <<目次へ | <戻る | 保育参加で大モテ |
保育園でわが子がどのように過ごしているのか、親なら誰もが興味を持つものである。子育て関連サイトでも保育参観のことはよく話題に上っており、とある保育園では親の存在をカモフラージュするために、割烹着を着て白頭巾をかぶった栄養士さんの格好をさせられたりするなんて書き込みを読むと、可笑しくてくすくす笑ってしまう。わが子の保育園でもそういうのが行われないものかと思っていたら、1月のある日ついに告知が出た。平日休みの私は問題なく参加できるのだけど、さすがにこういう催しにママ抜きで出るのはちょっとびびるので、妻が休める日を選んで参加の申込みをした。私は当然傍観者的に保育の様子を隠れて見るのだろうと思い込んでいたら、これは「保育参観」ではなくて「保育参加」であった。ただし書きには「当日は保育士と同じ立場で保育に参加していただきます。ご両親が参加できないお子さんの世話も行っていただきます」とあった。そんな、話が違うぞ〜!、と心の中で叫んではみたものの後の祭り、申し込んだ以上は当たって砕けろである。いや、他人の子のオムツ替えは大丈夫なんだけど、お遊戯で歌ったり踊ったりというのが恥ずかしいのだ。三十代半ばのいいおっさんが、「いないいないばあ」をやったり「♪これくらいのお弁当箱に〜」なんてフリつきで歌うなんてできるものか。なんとかその手の催しがないことを祈るばかりである。
当日の朝、いつものように慌てて準備をして親子三人で保育園へ向かう。娘の所属するゼロ歳児のひよこ組の子供はほぼ全員出席で、既にわさわさとアナーキーな状態に陥っている。参加するお母さんが妻を含めて3人、お父さんは例によって私だけである。保育士さんの注意事項説明の後、まずはオムツ替え。私はこのみちゃんという女の子のオムツ替えを担当した。「普段子供の世話をあまりしないお父さんだと、女の子のオムツ替えを恥ずかしがる人もいるんですよ〜」と保育士さんに声をかけられたが、私には日常的な作業なので別に何ということもなかった。でも思い返すと最初は恥ずかしかったなあと回想。せっかくだから経験のない男の子のを替えた方が面白かったかな。オムツはマミーポコだったが案外肌触りがよくて、うちもそのうち試してみようかと思った。オムツ替えのあとはしばらく子供たちと室内で遊ぶ。こういうところで男の人を見かけるのが珍しいのか、動物園のパンダを見るように子供達が好奇の目を向けて近寄ってくる。そのうちのゆうなちゃんはまだ10ヶ月の女の子でびえびえ泣きながら抱っこしてぇ〜と両手を斜め前方に差し出してきた。しょうがないなあと思いつつも頼られていることに父性本能をくすぐられ抱っこしてあげるとピタッと泣き止んだ。保育士さんが「わぁ、ホンモノのパパみたいだ」と冷やかす。ちなみに私は園では「上品な大阪人」ということになっているらしい。
さて、上着を着て靴を履いて帽子を被って園庭でお砂遊びの時間だ。私が担当したのはありかちゃんという女の子。ところが靴をうまく履かせられない。そう、考えてみるまでもなく娘はまだひとりで立つことができず、靴を履かせた経験がないのだ。靴を広げてあげればいいのに、狭いところへ無理やり足を突っ込もうとしてありかちゃんには申し訳ないことをした。砂遊びは楽しい。おもちゃの茶碗やひしゃくに砂をいっぱい詰めて地面に逆さまにして伏せ、出来上がった砂の山を子供たちは不思議そうに眺めたり喜んだり片っ端から破壊したり・・・。私も子供の頃は砂遊びが好きだったように思う。掘った穴に水を溜めてアリを溺れさせたりもしたけれど。(^_^;)これくらいの月齢の子供たちは発達の度合いに個人差が大きいようで、早い子は立つどころか走ったり飛び跳ねたりしている。滑り台のはしごにもひとりで登って楽しそうに滑っている子もいる。澄夏はまだ立てないけれど、全体としてみれば同じくらいの発達度合いの子もたくさんいて結構それはそれで安心した。お砂遊びは思ったより本格的で、妻は土日のどっちかは公園にでも連れて行かねば、と思ったようだ。遊んでいるうちにもさっきのゆうなちゃんが相変わらずびえびえ泣くので抱っこしてあやしてあげた。保育士さんが抱いても泣き止まないのに私が抱くとピタッである。私はお父さんに似ているんだろうか。部屋に戻ってからも置けば泣き、抱けば泣き止む、の繰り返し。まだハイハイもできない子なのだが、お座りしたまま器用に腰を浮かして両足を動かしながら私に近づいてくる。まったく人気者は辛い。(^_^;)他のお母さんたちからも微笑を持って見つめられていた気がする。男が何かひとつでも育児の作業が普通にできると誉められるというのは、妻からすると納得いかないらしいが、まだ世間では育児は女の仕事という風に捉えられているのだろう。
オムツをもう一度替えてお昼ご飯の時間。保育士さんからの注意事項で、昼ご飯のときは自分の子供にだけ食べさせてください、ということだったので二人で娘の世話をした。病み上がりで朝から機嫌が悪くて泣いてばかりだった娘だが、家でときおり見せるスプーンを投げたり食器をひっくり返したりといった乱心ぶりは見られず、機嫌が悪いながらもまあまあ静かに食べていた。周りの子を見るとこれまた個人差があるものの娘と大差ない様子にまたまた安心した。隣りの子のおかずを取ったり、嫌いなおかずを摘んで隣りの子の食器に入れる子もいて楽しい。ご飯が終るとおねんねの時間だが、今日は二人とも休みなのでおねんねはさせずに三人で帰ってきた。ホントはそのまま娘を預けて二人で近くの焼肉屋へでも行こうと画策していたのだが、よくよく考えたら親が二人とも休みなのに娘を引き取らない理由がないわけで、まことに恥ずかしい限りである。
書き忘れたことがあった。隣りの1歳児クラスは「保育参観」だったのだが、吹きさらしの廊下側の窓に厚紙で目貼りをして隙間から2人のママがコートを着て部屋の中を覗き込んでいた。寒い中、お互い会話をするでもなく中腰で中を覗いている様子はまるで嘆きの壁のようだった。これなら絶対保育参加のほうが楽しいなあ。なお、懸念していたお遊戯は特になくてホッとしたことを付け加えておく。
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