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我が子を見ての第一印象は、よくもまあこんなものがお腹に入っていたもんだ、だった。検診の時に超音波診断装置で子宮内を観察したりしたけど、先生が「ここが頭でぇ、ここがお尻でぇ、ほら足が下になってるでしょ?」と説明しても、なんだか映りが悪くてよくわからなかったし。まだどっちに似ているかはわからないけど、予想どおり一重まぶたではあるらしい。両親とも一重なんだからしょうがないんだろうけど、大きくなってから恨まれないように想定問答集を心に準備しておく必要はありそうだ。
かくして娘は後に「澄夏(すみか)」と命名されたが、そこへ至るまでは試行錯誤の連続だった。妻の名前は江理子というのだが、自宅に送られてくるDMの約半数は「江里子」と書かれてある。相当親しい友人でもこんな調子で、過去には披露宴の席札も間違っていたことがあるらしい。妻の両親は「我が家は文科系の人ばかりだからこの子は理数系に強い子に育ってほしい」という願いを「理」という文字に込めたそうだが、妻は残念ながら海外旅行先での為替レートの換算が得意ではない。そんなわけで、命名にあたってはとにかく正確に記述され読まれることを第一に考えた。最初は国際化時代にかんがみ、外国人にも読みやすい名前というのも考え実際に図書館で本も借りたのだが、大半は想像を絶するような当て字や強引な読みばかりでとても使い物にならなかった。字画で決めるというのも常套手段だが、本によって書いてあることは違うというし、そもそも人間の運命がそんなもので決まってたまるかという考えが元からあったので、結果的には一切参考にしなかった。
で、ああでもないこうでもないと考えあぐねた後、私は「香住(かすみ)」というのはどうだ、と妻に提案した。香りが住む、というのは何とも風流であるし兵庫県の香住町は蟹で有名な港町でもある(だから何なんだ!)、から。というのは嘘で、妻の実家の最寄駅がJR相模線の香川駅で私の実家の最寄駅は南海本線の住ノ江駅だから、両方の頭文字をくっつけたわけである。安直だと非難されるかもしれないが、実際のところ思い入れたっぷりに名付けたところで多かれ少なかれそれは両親の自己満足に過ぎないわけで、将来子供が困るような事態(例えば、フリガナなしでは誰からも正確に読んでもらえないとか、男か女かわからないとか、画数が多すぎてテストの際に不利になるとか、有名人にあやかったら後年そいつが凶悪犯罪を犯して学校でいじめられる、とか)だけ回避すればそれで良いのではないかと思っている。が、娘が大人になった時に名前の意味を知ったらぐれるかもしれない、という妻のまあもっともな意見を受け、音はそのままに漢字だけを替えるという手を使い、「夏澄(かすみ)」とした。結婚したのが海の日で生まれたのが真夏ということで、当初「海」「夏」のどちらかは使ってもいいなあ、と考えていたこともあり、これでほぼ内定し実際親しい人に名前が決まりましたというメールまで書いてしまった。しかし、その頃娘が無呼吸発作症候群(睡眠中に呼吸がとまる症状)と診断され、保育器の中で箱入り娘になっていたこともあり、「かすみではは霞のようで消え入ってしまうような弱さがある」と疑義が生じ、これまた安直と言われれば反論できないが上下を入れ替えて晴れて「澄夏(すみか)」に決定したのであった。
命名の経緯はともかく、澄んだ夏の日のように爽やかで曇りのない目で物事を見つめてほしい、という思いを込めて育てることにしようと思う。皆様方におかれましては、娘が大きくなったら以上のような経緯はすっかり忘れて下さることを切に希望いたしますです。
