予定日から3日遅れた10月14日、ようやく二女が産まれた。前の晩から妻が痛がっていたけど、ここ数日ずっとそんな感じで昼ごろには痛みがなくなっていたからまだ大丈夫かなと思って夜更かして、12月の釧路出張にかこつけて冬の道東をどんな風にひとり旅しようかとワクワクしながらネットで遊んでいたのは失敗だった。
早朝、妻に起こされた。陣痛の間隔が短くなったので病院に電話したら、すぐに来なさい、とのこと。眠い目をこすりながら車に妻を乗せて病院に向かったのは6時頃だっただろうか。
病院では妻は陣痛室なる大部屋に通され、妻のベッド隣には丸いすが一個。向かい側のベッドには、うんうん唸っている妊婦さんがいるようだった。妻の陣痛はまだ大したことがないようなので、私は別の待合室に移っていんちきくさい字画命名術の本などを退屈しのぎに読んでいたが、全然面白くないのでソファーに座ったままうつらうつら二時間ほど(寝すぎか?)。何回目かの船漕ぎで後頭部を壁にぶち当ててようやく目が覚めた。
妻は相変わらずな小康状態で、助産婦さんが言うには夕方くらいまでかかるかもしれない、とのことなので、妻の許しを得てひとり朝飯を食べに外出した。本能的にこれが最後の自由時間と思い小一時間病院の周囲を散策した成果は、朝9時のこの街は見るべきものがない、とわかったことだった。マックのくせに、ベーカリーのくせに、ファミレスのくせに、この街は10時開店なのだ。ちくしょう、結局コンビニで買った日糧パン(注:札幌・東北限定ブランド。鈴木杏樹がCMやってる)を車で食べるハメになったじゃないか。
病院に戻ると妻は少し症状が進んだようで、時折苦しそうな表情をする。私がなかなか戻ってこないもんだから、なんでも助産婦さんに「ご主人は本当に立会い希望なんですか?」と尋ねられたらしい。単純な質問なのか、皮肉なのか、ニュアンスはわからんけど、夕方までかかるって言ったじゃないか。
案の定、このあとは妻の陣痛がどんどん強く周期も短くなってきて、私はどうしたものか結構困っていた。ウンコを我慢する痛さや、便秘でたまったガスが腸を圧迫する痛さや、尿管結石が暴れている痛さとは全然違う種類の痛さらしいから、男の私にはどこがどんな風に痛いのかわからないのだ。で、妻をいたわりつつも間が持たないので、昨日の続きで「道内時刻表」をぺラペラめくりながら、釧路・根室・網走・帯広あたりをどのように踏破すべきか自分なりに悩んでいた。すいません、今日がバーゲンフェアと超割の締切日なもので。(^_^;)
そうこうしているうちに、陣痛はいよいよ激しさを増し、妻に頼まれてげんこつででん部を圧迫したり、背中をさすったり。妻も世間話をする状態でなくなってきた。そしてついに14時30分ごろ分娩室に妻は入ることになった。「ご主人は、手を洗ってこれを着たら分娩室に来てください」といきなり割烹着のようなものとマスクと頭巾を手渡し、助産婦さんはさっさと行ってしまった。元々不器用なものでなかなか後ろ手に割烹着を着ることができず、5〜6分遅れて入室したら妻はもう台上の人だった。
そこから先のことはよく覚えている部分と不確かな部分がある。また、書ける部分と書けない部分がある。ひとつ言えることは、明確な任務を持ってここにいる医師・助産婦・妻に比べ、私は明らかなみそっかすであるということだ。やったことは妻の側に立って、手を握ったりさすったり額にかかる髪をかき上げるくらいのもの。直前に読んだモノの本の体験談によると、頑張れ!と励ました旦那は、これ以上どう頑張れっていうのよ!と逆ギレされたらしいから、痛みの程度もわからない私が無神経に声を掛けるのはやめようと思った。ちなみにいいのか悪いのかわからないけれど、妻は汗をあんまり掻かない人で、ティッシュで額の汗を拭いてあげるというありがちな仕事(ある意味、格好のスタンドプレー)はまるで意味がなかったので途中でやめた。あんなにつらそうなのに汗が出ないか、普通。
とても苦しそうな妻の姿を見ていると、どうにかなってしまうのではないかと心配だった。でもそんな素振りを見せると妻も不安になるかもしれないと思って私は平静を装っていた。こんなに息んでもまだ出ないのか、早く出てこいよ〜。先生たちはひとつの陣痛が終わるたびに「はい、今のすごく上手でしたよ〜」と褒めるかたわら「できれば、息んでいる最中に一回息継ぎを入れてもう一回やってみましょう」とか「できれば、お尻に力を入れて、顔には力をいれずに顎は引いて、目を開けておへそを見るようにしましょう」などと注文が多い。この状態でそんなに言われても・・・と妻は思ったに違いない。
何回目かの陣痛が終わったあと、呑気そうに見えたお医者さんが手袋をはめ出した。近い、のだろう。「頭が見えてきましたよ。髪が多くて元気そうですよ」という助産婦さんの声に、妻は一瞬私の方を見てにこりとした。上の子が女の子にしては髪が今でも少なくて、いつも二人目はふさふさかなあ、などと夫婦で話していたのだ。それからもう2回くらい陣痛が襲った後、妻は急にホッとしたような表情になって、あとはちょっと息んだだけで、ずるずるずると赤ちゃんが出てきて、ほとんど間をおかず胎盤も出てきた。へその緒があんなに長いとは知らなかった。うまく比喩できないけれど、まるで緑色の大蛇のようで、あれが赤ちゃんの首に巻きつくというのはじゅうぶん想像できるくらいのものだった。産み落とされた赤ちゃんの第一声は元気なオギャー。上の子は「ふぇ〜ん」って感じで弱々しかっただけに安心した。時間は15時17分になっていた。
妻には、おめでとう、おつかれさま、と小さな声で言った。感動的といえば感動的だけど、それ以上に、えらいもんを見てしまった、というのが率直なところだ。それに壮絶すぎて細部はうまく思い出せない。当分、妻にはかなわないなあと思った。
かくして10月14日、2876グラムの二女誕生。名前は未定。ちなみに助産婦さんが言うほど髪は多くなかった。そして、あんなに朝から飲まず食わずで頑張った妻にあの粗末な病院食はないだろう、と軽く憤慨した。昼飯を抜いた私はコンビニで買ったカルビ丼を食った。感動的においしく感じた。最後に、長女が帝王切開なので少し危ぶまれた今回の出産が無事に自然分娩でできて本当に良かった。