無邪気な笑顔
長崎の実家の前には保育園がある。
そして、日本での大学時代に過ごしたアパートの前にも保育園があった。
私の生活の場は常に“保育園”と向かい合っていた。
「うわぁーん。 おどうざーん、いがないでぇー!!」
彼ら、保育園児たちの泣き声が、朝の目覚し時計だった。
たとえ私が夏休みに入っていても、、、
そして日中鳴り響くアニメソングから、「○○くーん。おとうさん きたよー」と
先生が子供たちを呼び始める夕方まで、彼らの活動を耳にしていたこともあった。
“こんな環境”が、私を子供好きにさせたと思っている。
だが“こんな環境”よりもさらに「私が子供好き」と言える強い理由がある。
それは彼らの“顔にはっきりと表れる表情”である。
彼らは単細胞らしく正直に、そして素直に自分の気持ちを出してくれる。
喜んでいる時は、カン高い声をあげて走り回り、
怒っている時は、歯を食いしばってじっと睨む。
哀しい時は、瞳から滝のように涙を流し続け、
楽しい時は、無敵な笑顔を見せつける。
そんなめまぐるしく変化する彼らの“顔”が、私は大好きである。
時々、イジワルをしてその表情を操作することもあるのだが、、、。
彼らの出す表情にウソはない。
彼らは心の底から“自分の気持ち”を表現してくれる。
だから私も心の底から彼らに応える。
彼らと一緒にいる時の自分にウソはない。
さらに彼らと一緒に遊んでいる時の私は、脳ミソが柔らかくなっている。
なぜなら、彼らの発想力に驚かられてばかりだから。
むちゃくちゃなアイデアもあるが“工夫”や“知恵”を加えれば、面白いものが出来上がる。
常識や規則に縛られない彼らのそのストレートな意見が、この私には新鮮に感じてならない。
しかしながら、月日がたつにつれ、そして年を重ねていく毎に
“その表情”は上手に使い分けられていく。
怒りたいのに怒らず、陰で愚痴を言い、
哀しいはずなのに、その場で泣かず、
楽しくもないのに、笑って調子を合わせ、
いつも他人に左右されながら生きていく。
そんな社会を誰もが経験していく。
子供の頃のように言いたい事が言えず、自分の中に“不満”を溜めながら、
決してそれを発散することなく生きている人もいる。
私自身は言いたい事を言う人なので、そのような人たちの気持ちが残念ながら理解できない。
だがその大変さ、辛さは感じ取れていると思う。
なぜなら、心身共に疲れているのが目に見えているから。
時代が進み、世界が新しくなっていこうが、
文化が発展し、社会が複雑になっていこうが、
子供たちの“無邪気な笑顔”は、ずっと同じままであってほしい、、、
Monday,July 31,2000
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